古書散歩の後、「珈琲豆の蔵 平蔵」で山口農園コーヒー その麻袋が…
「じないまち古書散歩」巡りが終わった後、珈琲豆の蔵 平蔵さんで一息ついた。
雨が降ったり止んだりしたうえに夕方だったので温かいコーヒーを体が要求していた。
珍しい上に人気があるのですぐに無くなってしまうというブラジル「山口農園」の豆があるというので、初めて飲んでみた。
鼻から抜ける香り、喉越しやコク、舌に残る酸味のトータルバランスが高い! マルチに強い戦隊ヒーローのレッドのようだ(笑)。
平蔵さんのコーヒーで“コーヒーが飲めるようになった”嫁はんからすると「強すぎる」らしい。
今まで店内にディスプレイされていた豆袋しか見たことが無かったが、ようやく飲むことができた。
その「山口農園」の珈琲豆が入っていた麻袋は、ソラハナ堂さんの手によって―
こんなステキなバッグになっていました。
“漢字”表記の珈琲豆袋は珍しいのだそうだ。
めっちゃオシャレ~♪
マチャアキも出走 クラシックカー・ラリー「ラ・フェスタ・プリマヴェラ」
東海~近畿に春を告げる国際格式のクラシックカー・ラリー「ラ・フェスタ・プリマヴェラ」。
秋に東京周辺で開催される「ラ・フェスタ・ミッレミリア」とともに大会の“顔”になっているのがタレントの堺正章さん(マチャアキ)だ。
今大会も1957年製MASERATI 200 SIでラリーを走破。
やはり沿道やチェックポイントにはマチャアキ見たさに集まる方が多い。
ザ・スパイダース時代はドルフィンの叔父叔母世代になってしまう。ドルフィンの子供の頃には既にソロ歌手であり、コントやドラマに出演していた。
『マチャアキ!するぞー びっくり大喜劇』は、地元の町にやってきた唯一の全国ネット舞台バラエティ番組だった。
『時間ですよ』から『西遊記』という今でも有名なドラマに出演。
そしてミスターかくし芸。『チューボーですよ!』や『世界一受けたい授業』などの司会行い、1960年代から常にトップタレントとして活躍してきているので、ほぼ全世代で知名度が高い。
チェックポイントの奈良ホテルで昨年の写真にサインを頂いた
スタート準備に足早に通り過ぎるところ、写真をお見せしたところ歩を止めてサインに応じて下さった。
ファンサービスも欠かさないところがトップタレントとしての所以なのだろう。
ありがとうございました。
マセラッティは一昨年の大会でもドライブしていた。
ロングノーズにタイヤハウス上の膨らみが時代を象徴しているカッコイイマシン。
MERCEDES BENZ 190 SL 1956年
長谷寺
AC ACE 1957
長谷寺
ゼッケン「45」ってエントリーリストにもリザルトにも掲載されていないのだが??
鹿先輩と桜
奈良ホテル
長谷寺
PORSCHE 356 A 1958年
長谷寺
ALFA ROMEO GIULIETTA SS 1958
長谷寺
LENHAM GTO 1959年
長谷寺
FIAT ABARTH 850 SS RECORD MONZA 1960年
奈良ホテル
PORSCHE 356 B SUPER 90 KARMANN BODY 1961年
長谷寺
PORSCHE 356 CABRIOLET SC 1964年
長谷寺
ALFA ROMEO GIULIA SPIDER 1964年
大会3日目に出走車両全車総覧、これにて終了!
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佐藤琢磨選手が3位入賞したBAR006ホンダ ファン感謝デー~伝説の物語10
鈴鹿サーキット・ファン感謝デーに展示されたホンダのF1マシンたち。
“常勝”と呼ばれる時代のものもあれば、見るのも辛いシーズンのマシンもあった。
今年、2015年のF1に復帰したホンダも後者になってしまうのだろうか?
開発途中のホンダのパワーユニットに、昨年は最強エンジンを搭載しても冴えなかったマクラーレンのシャシー。このマシンをドライブしているのがワールドチャンピオン2人なのだからもったいない。ここまでグダグダのマシンになると、ワールドチャンピオンのテクニックだけではどうにもならないだろう。開発上手のドライバーにしておいた方が良かったのではないかと思う。
2004年のF1アメリカGPで、日本人ドライバーとしては2人目の3位表初代を獲得した佐藤琢磨選手。
海外サーキットでの表彰台獲得は未だに日本人唯一の記録だ。
表彰台はおろか、優勝すら手に届きそうなシーズンだった―らしいのだが、ドルフィンはあまりレースを観ていなかった時代なので、そこまで期待と悲観の繰り返しはしていなかった。
この近年のマシンはカラーリングとスタイルが似ているので、ぱっと見て区別がつかない。
「このマシンは琢磨選手が3位になったマシンだったか? バトン選手が優勝したマシンだったかな?」という感じなのだ。
ミニチャンプス1/43ミニカー、B.A.R HONDA006 日本GP仕様。
BAR006は日本GPでは惜しくも4位だが、アメリカGPでは3位表彰台を獲得。琢磨選手のF1キャリアの中で一番好成績を挙げたマシンとなった。
2013年のスーパーフォーミュラ最終戦に佐藤琢磨選手がスポット参戦した際にサインを入れて頂いた。
2000年からのF1復帰を目指して開発されたホンダオリジナルのテストカー。
映画『RUSH』にもジェームス・ハント選手が所属したヘスケス・チームのデザイナーとして登場するハーベイ・ポスルスウェイト氏のデザインで、ダラーラが製作した。
ポスルスウェイト氏はヘスケス以降、数々のF1チームで優勝マシンを作り上げた。タイレルのハイノーズ+アンヘドラルウイングの開発は有名なところ。
17歳F1ドライバーとして注目を浴びているマックス・フェルスタッペン選手のパパ、ヨス・フェルスタッペン選手がテストドライブを務めていた。
結局はオールホンダでの復帰ではなく、B.A.R.へのエンジンサプライヤーとして復帰するのだった。
目覚めてしまった― パティスリー・モリタのマカロン
友人から四条畷市にある パティスリー・モリタのマカロンを頂いた。
左奥から柚子、珈琲。左手前から紅茶、ピスタチオ
「マカロンって可愛いけど、美味しいとは思わないな…」と思っていたのだが、モリタのマカロンを食べてその考えが変わった。
粉っぽくなく、フレーバーの香りが活きている。
一口して「うわっ! ウマッ!!」っと声を上げてしまった。
かつて食べたマカロンもそこそこ有名なお店のものだったのだが…。それだけに「マカロンってこの程度のもの」という意識が芽生えてしまった。
友人から頂いたのは今回が2度目。嫁はんはもちろんのこと、初回でマカロンに目覚めてしまったドルフィンなので、この店のマカロンを頂けて非常に嬉しい。
百年の町で「じないまち古書散歩」 旅するランボルギーニ・イオタ
5月9日の土曜日、大阪府富田林市にある重要伝統的建造物群保存地区―じないまちで、「じないまち古書散歩」が行われたので行って来た。
前日まで晴れか曇りの予報だったのにもかかわらず、午後から雨が降り出す“本”には不適切な天候になってしまった。
一昨年も雨に降られた経験から、今年は旧万里の春酒造の酒蔵がメイン会場となった。
百年前の建物が残る町の至る所に一箱古書店が点在し、地図を見ながら探し歩く一種のオリエンテーリングか宝探しのような楽しみは無くなってしまったが、雨でも開催できる強みがある。
どちらが良いのだろうか…?
酒蔵の入り口
酒蔵に入ると多くの箱主さんとお客さんでいっぱい。
古書イベントにこれほどまで多くのお客さんが集まるとは、嫁はんに誘われて出かけるようになるまで知らなかった。
生活がかかっている職業の古書店よりは安く、意外に掘り出し物もあるところが魅力。
箱主さんと好きな本に付いてお喋りするのも楽しい。
酒蔵の中には1DAYブックカフェも出店。
ご当地モノが売られていると買いたくなるのがドルフィンの常。
―と言う訳で
米粉を使っているのでモッチリとした生地。バニラビーンズたっぷりのクリームで美味しかった。
本会場とは別に、かつて書店を営んでいた町屋で「休日書店 青々堂」と「佐ノ川谷藍子 器展」、「ソラハナ堂 布雑貨」が開催されていた。
“じないまち”らしい良い雰囲気。
町屋の外にも器が並べられていて目を引く
町屋の中は、本、陶器、布雑貨が区分けされた展示ではなく、それぞれが融合した状態になっていて調和がとれている。
棚にも本と陶器が展示されていた
藍色を基調にした作品が多い藍子さんの器。持つ手への馴染じ感があるうえに軽い。
器のひとつひとつに吸い込まれるような魅力がある。
ソラハナ堂の布雑貨
ソラハナ堂さんの本拠地・奈良の珈琲屋さんや、じないまちにある「珈琲豆の蔵 平蔵」さんで使われているコーヒー袋を使用した麻袋。
奈良公園にいる鹿先輩をモデルにデザインされた布雑貨。
藍子さんの器やソラハナ堂さんの雑貨はネットでも購入可なのだそうだ。
青々堂さんは古書だけではなく書店を営んでいた時からの新古書も格安で販売されている。
猫本も多い。
昔の書店ポスターやノボリ、出版取次の箱も飾られている休日書店 青々堂
「蔵を整理していたら色々と本が出てきたので」と、急遽“シークレット会場”となった旧家。
畳の部屋に上がって本を見る。
幻のレーシング・スカイライン ケンメリGT-Rワークス UCC「NISSANワークス―Rの奇跡」
高橋国光選手が腕を組みケンメリ・スカイライン2000GT-Rと一緒に写ったポスターを見たのはガキの頃。車好きの従兄のアニキの部屋に貼られたものだった。その頃からこのレーシングカーは“渋い”印象がある。
'72年の東京モーターショーに参考出品されたものの、実際にレースに参戦する事はなかったマシン。
2011年の名古屋ノスタルジックカーショー「桜井眞一郎の世界展」で初めて見ることができた。
ケンメリ自体は“大柄で重い”感じがする(R33みたいに)ので好きではないが、このレーシング仕様は好きなのだ。
ライトが無いマスク、大きく張り出したオーバーフェンダー、濃緑に金のラインが入るカラーリング…。どれもこれもカッコイイ。
手前からUCC、トミカ、リアルX
UCC缶コーヒー「NISSANワークス―Rの奇跡」にラインナップされたケンメリGT-Rワークス。
ラメが入っているものの深緑のボディカラーはなんとなのっぺりとしてしまっている。
全体的には良い出来なのだが、リアルXやトミカのそれと並べてみると「あれあれ? ボディのゴールドラインが無いぞ!?」。
せっかくボディ・フォルムが良く、ホイールもトミカと違ってリアルに再現されているのに勿体ない…。どうりでのっぺりとした感じがするはずだ。
ボディへの細いラインプリントは“オマケ”で行うのにはコストがかかるのだろう。
フェンダーの張り出しの大きさ、横出しエキパイが良く分かる
市販車ベースにしてチンスポイラーやオーバーフェンダーを加えただけで、巨大ウイングやサイドスカートが無いのにこんなにも格好良くなるものか?
実際にレースに出てスポンサーカラーを纏っていたらどのような印象になったのだろう?
東海~近畿を走破するクラシックカーラリー、ラ・フェスタ・プリマヴェラと長谷寺
東海地方から紀伊半島一円を巡るクラシックカーラリー、ラ・フェスタ・プリマヴェラ(春の祭り)。
今年は初めて奈良の長谷寺がチェックポイントになったので行ってみた。
昨年は橿原神宮でスペシャルステージみたいなタイム計測区間が行われたので期待したが、それは大阪のGLION MUSEUMで行われた。そちらに行けば良かったかな?―と後から思った。
奈良ホテル
長谷寺駐車場
長谷寺
季節の花々で有名な長谷寺だが、参道の町は『「わらしべ長者」の里』として、物語の絵を暖簾にして軒先に飾っている。
「わらしべ長者」は主人公が長谷寺の十一面観音様に3年間毎月お参りしたところから物語が始まる。
参道の町には昔ながらの古い家屋が点在していて、旅館として利用されているところもある。
―が、富田林のじないまちによく行くので、あまり感動が無い…。
AUSTIN HEALEY 100/4 BN1 1954年
長谷寺
奈良ホテル
TRIUMPH TR2 1954
奈良ホテル
長谷寺
TRIUMPH TR2 1954
長谷寺
JAGUAR XK120 1954
長谷寺
AUSTIN HEALEY 100 BN2 1955
奈良ホテル
MERCEDES BENZ 190 SL 1955
長谷寺
奈良ホテル
奈良ホテル
TRIUMPH TR2 1955
長谷寺
TRIUMPH TR2 1955
長谷寺
長谷寺
ALFA ROMEO GIULIETTA SPRINT VELOCE LIGHT WEIHT 1956
奈良ホテル
MG MGA 1956
伝説!ジル・ビルヌーヴのフェラーリ312T2 フェラーリコレクション94号最後のF1ミニカー
フェラーリ312T2'77年型―は、帝王ニキ・ラウダ選手が2度目のワールドチャンピオンを獲得したマシンなのでラウダ選手のマシンとしてのイメージが強い。
だが、ドルフィンにとっては好きなラウダ選手やチームメイトのカルロス・ロイテマン選手ではなく、ジル・ビルヌーヴ選手のイメージなのだ。
観戦した'77年F1日本GPにラウダ選手はエントリーしなかった。チャンピオンを決め、早々にチームを離脱したラウダ選手に代わって、新人のジル・ビルヌーヴ選手がステアリングを握ったのだ。
正直言うと、当時は「名も知らない新人よりラウダ選手が見たかった」と思っていた。
だが、ビルヌーヴ選手は綺羅星のようにF1にデビューしては消えてゆく幾多のドライバーではなく、正真正銘の伝説的大スターになった。
こうなると掌を返したように「ジル・ビルヌーヴ選手が見られて良かった」と思うようになるのだ。
'77年F1日本GPでのジル・ビルヌーヴ選手/フェラーリ312T2
'77年型312T2のミニカーが出てもほとんどがラウダ選手かロイテマン選手のマシンだ。僅か2戦しか走っていないビルヌーヴ選手仕様車はなかなかない。
公式フェラーリF1コレクション94号ではビルヌーヴ選手ファン待望の312T2ビルヌーヴ車だ。
100号で完結するシリーズ最後のF1マシンのミニカーでもある。
ただ、残念なのは日本GP仕様ではなかった事だ。日本GPではゼッケン「11」で、ドライバー名も筆記体になっていた。
マシンにはビルヌーヴ選手のネームが入っている―あ、サイドミラーの取り付けが…
公式フェラーリF1コレクションは100号までラインナップが発表されているが、実際に書店には並んでいない。何号からかは不明だが“定期購読者”の分とわずかに破損交換分が作られているだけなのだそうだ。(ドルフィンもそうなのだが「ミニカーコレクターは破損等にかなり厳しい」ので破損交換分は用意されているらしい)
よって、好きな車だけ入手しようと書店を回っても見つけることは至難の業。置いてある場合は書店が買い取りで定期契約してところなのだろう。
ドルフィンはかなり前から知り合いの本屋に頼み込んでなんとか入荷してもらった次第だ。店長がなかり骨折りしてくれたそうで感謝している。
写真背景は'77年F1日本GPのチケット
'77年型312T2のミニカーは京商1/64「フェラーリF1」でロイテマン車を持っているだけ。
94号の1/43ミニカーは、サイドポンツーン前方に三角のエアアウトレットが設けられている後期型になっていて、43号の6輪車や54号のラウダ車、92号のロイテマン車とは異なっている。単にゼッケンやネームの違いではないところが嬉しい。
京商ミニカーも前期型なので、'77年312T2後期型はこの1台だけだ。
日本GPでジル・ビルヌーヴ選手はロニー・ピーターソン選手とクラッシュ。観客と警備員を巻き込む大事故に発展してしまった。人ごとに思えないところがある。
実を言うと、ドルフィンも一緒に行った友人と「決勝は1第コーナー行こう」と話していたのだ。
FOSCOの観客席に対して観客が非常に多かった。しっかり見られる場所が無かった。
フリー走行中にFISCOをほぼ1周して観戦する場所を探していた。
脚立を持っている方に一瞬だけ昇らせてもらってスターティンググリッドを撮影させてもらうことができた。幸か不幸かこれで出遅れて「1コーナーは諦めよう」となったのだ。
スタンド脇からS字方面に抜けてヘアピンを通った。この時に既にマリオ・アンドレッティ選手や高原敬武選手はリタイアしていた。
そのまま最終コーナーが始まる手前のマーシャルカー待機スペース後ろの金網に昇って観戦したのだった。目の前でエンサインのクレイ・レガゾーニ選手が白煙を上げた。
レース終盤にパドック裏に戻り、ゴールの“どさくさ”に紛れてパドックに侵入したのだった―。
道の駅「奥河内くろまろの郷」で河内晩柑ソフトクリームを
昨年秋にオープンした道の駅「奥河内くろまろの郷」に行って来た。
「花の文化園」入口前にできた「くろまろの郷」では河内長野周辺の特産品や食材を活かしたパンなどが販売されている。
ここで珍しいソフトクリームを発見。
河内晩柑はザボンの一品種になる柑橘類。ジューシーフルーツの事だった。
「河内長野」で育てられたから「河内晩柑」かと思ったら、品種が発見された熊本県河内町から「河内」と名付けられたそうだ。洒落で作ってるのかな?
ソフトクリームというよりジェラートのようなシャーベットに近い感じ。
爽やかな酸味がおいしい。
北海道牛乳ソフトクリーム
甘味が強かったので、もう少し控えて牛乳の風味を楽しめるようにしたらもっと美味しくなりそう。





































































