サイドカーレースのアニメ「熱風の…」いや、「つうかあ」に期待
秋スタートのアニメの中で期待しているのが、サイドカーレース(ニーラーレース)をテーマにした『つうかあ』。
『ばくおん!』第二期も無さそうだし。
原作や詳しい事はあまり知らないのだが、どうやら現代アニメの流れに沿った❝女の子だけ❞のレースらしい。
ドルフィン世代が「サイドカーレース」と言ったら、村上もとか氏の『熱風の虎』だ。
基本は同じ少年ジャンプ誌で連載していた『サーキットの狼』のバイク版を狙っていたのだが、人気が出ず途中で路線変更したっぽいのだ。
シリーズ中盤でサイドカーレースが展開される。
主人公がライダーではなくパッセンジャーだった。
まだレースの事などよく知らない頃だったので、バッセンジャーの体重移動によってコーナーリングする競技は衝撃的だった。
練習走行で肉まで擦れて包帯だらけの主人公の凄まじさ。
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'80年代になってロードレースに興味を持つようになってロードレース世界選手権WGPにサイドカークラスがあることを知った。
’87年に鈴鹿でWGPが開催された年でもサイドカークラスはあったのだが、日本では開催されず残念な気持ちだった。
未だにエキシビションでさえもレーシング・サイドカーが走るところを見たことが無い。
❝サイドカー❞自体は子供の頃から―いや、子どもたちこそ知っていたはず。
特撮ヒーローが初めてサイドカーに乗った『人造人間キカイダー』だ。
専門誌によると、重心を低くして膝を折る乗車姿勢になるバイクはカワサキのモーターショー用コンセプトモデルだったとか。
しかし、このサイドカーは❝乗車❞が目的の構造になっている。
❝乗車❞を無視したよりレーシング・サイドカーに近い構造になっていたのが―
『宇宙刑事ギャバン』のサイバリアンだ。
さぁ、大空に向かって呼ぼう「サイバリアァァァァン‼」。
『つうかあ』初回放送が録画されていたので見た。
マシンって2スト? しかも公道レースって…! 三宅島の道路脇にはあちこちお地蔵さんが立ちまっせ!
チームは部活なんだね。
『ばくおん!』では「女子高生とバイクの組み合わせは最悪」と言われ、丘乃上女子高等学校バイク部の女子部員がメンテナンスしたレーサーは爆発して、ライダーだった来夢先輩は炎上して吹っ飛んで行ったが…。
CG技術で昔では表現できなかった動きが現代ではできるようになっているところは良いだろう。
セルアニメの頃は正面か横しか走りを表現できなかった。レース表現に必要な❝回り込み❞を描く時間と技術が無かったから。
だが、今後あまり❝レーシング❞を期待し過ぎるとガッカリするので、その辺りは心に言い聞かせないと。
レーシングスーツもあんなに体のライン出ないんだけどなぁ。
『ばくおん!』みたいにサイクルモーターショーや全日本ロードレースとのタイアップしてもらいたいな。
国内主要メーカーが集まった NCCR葛城 国産旧車編
NCCR葛城には日本の旧車も参加している。
競技参加車と関係車両を集めたら、国内主要メーカーが全て集まっていた。
ホンダNSX 1991年
新型NSXもカッコイイが、やはり前モデルの方がスッキリしていてスーパーカー世代にとっては心にグッとくる。
街中を走っても、サーキットを走っても、田園を走っても絵になる車だ。
葛城山中腹から
スバル360ヤングS 1968年
大衆車360の内外装をスポーティーな仕様にした「ヤングS」。
現在の軽自動車なら「ハイウエィスター」とか「ワークス」とかそのものズバリ「スポーツ」に当たるのかもしれない。
リアを開けた感じはフィアット500っぽい。
レクサスLC500 2017年
GT500のベース車となったレクサス最新スポーツモデルも登場。
ドライバーは井入宏之選手。
スタート前の集合写真で 井入選手と中野信治選手
ダットサン・エクセレント・サニークーペ1400GX 1970年
TSレースのベース車として絶大なる人気があったサニー。時代を経てもなおレーシングな雰囲気がある。
日産スカイライン2000GT-R 1972年
オーバーフェンダーにワイドタイヤ、リアスポイラーと生粋のレーシング車。
正面を向いた走行写真では三角窓を開けている様子が分かる。
一般車が路肩に停まって道を譲ってくれたため車線をはみ出している
三菱FTO
国産FF車最速との呼び声も高いFTO。久しぶりに見た。
ゼッケン「0」を付けていたが走っているところを見ていない。
カラーリングや改造具合から公式協議に参加しているのだろう。
三菱ランサー
駐車場と帰りに寄った道の駅でも見かけた。
この車両も競技に参加している感じだ。
あ、マツダがいなかった…。
'87鈴鹿F1日本GPの思い出 佐藤琢磨選手と意外な接点
本日は2017年F1日本GP決勝。ドルフィンは月曜日のBSフジでのTV観戦。それまでネットは封印して結果を知らないようにしなければならない。
「今のF1つまらなくなっちゃったなぁ」「2輪の方がバトルあって面白い」「無料TV放送が無いから全然わからない」―と言いつつも、鈴鹿に行っている方のブログ等を読むと疼いてしまう。血が沸いてきてしまうのだ。
これにちなんで書く、初めて鈴鹿サーキットでF1が開催された’87年F1日本GPの思い出を読んで頂きたい。
’87F1日本GPチケット
10年間待ちに待ったF1が日本で開催される。
F1人気は急上昇してチケット獲得も一苦労。「往復ハガキで応募。観戦エリア第三希望まで記入。1人1通まで」
友人に葉書を書いてもらって30枚くらい送った。自由席エリアで3通くらいが当選した。
一緒にレース観戦に行っていた友人分も含めて3枚チケットを取ったのだった。
2輪パーキングチケット3日分
当時は名古屋に住んでいたので、毎日バイクで❝通った❞。
初開催サーキットということで木曜日に1時間だけ慣熟走行が行われたので、木曜日から通ったのだ。
木曜日は朝から「何か走らないかな~」とヘアピンに行っていたが、何も走りはしなかった。今らなドライバーがピット入りするのをスタンド裏で待つくらいの事はしたいたのだが、当時は思いもつかなかった。
そう、当時はF1ドライバーでもホテルから遊園地を歩いて来てメインスタンドの階段を下りたパドックトンネルからピット入りしていたのだ。
バックストレートスタンドから撮影
金土のフリー走行、予選も今より走行時間が長かったので、2日間かけて鈴鹿サーキットをほぼ1周して撮っていた。
小雨がちの天候だったのでリアウイング翼端板からの❝飛行機雲❞もよく発生していた。これはカッコ良かったなぁ。
当時はまだ210ミリ望遠しか無かったので、ヘアピンでさえもマシンまで遠かった。
しかもF1は速くてなかなか良い写真が撮れていなかった。
ヘアピンからスプーンに向かうポイント
決勝日は東京からバスツアーで友人2名が合流。
ドルフィンはゼミの友人の津市にある実家に泊まらせてもらい、彼と一緒に鈴鹿入り。
泊まる時にはスキヤキをご馳走になったりお世話になったのだが、ちゃんとお礼ができていただろうか? あまり記憶にないので心残り。その友人とは卒業後に交流が無くなってしまったので「あの時のお礼を言いたい」と『探偵ナイトスクープ』に依頼しようかとも考えている。
ヘアピン
決勝が終わると、余韻にふけることなく速攻で帰った。―と言うのも、富士での’77年F1日本GPを一緒に観戦した友人と一緒にTV放送を観たかったからだ。それが10年間待った私たちの儀式のように感じたからだ。
渋滞する名四国道をスリ抜けながらバイクを走らせ、放送時間ギリギリに友人のマンションに到着し、一緒にTV放送を観る事ができたのだった。
彼はサーキット観戦こそ何十年もできていないが、今でも2輪、4輪ともにドルフィンより詳しい。また彼と一緒に観戦に行きたいものだ。
最終コーナーの土手からスタートを撮影
佐藤琢磨選手がレーシングドライバーを目指すきっかけとなったエピソードが紹介される時に使用されるのが下(↓)の写真。'87年日本GP観戦された時のものです。
この琢磨少年の黄色い帽子の上にあるオレンジの物体―赤丸印をしている部分ですが、実はコレ。
ドルフィンが作った中嶋応援旗(↓)なのです!
いやぁ~、意外なところに佐藤琢磨選手と繋がっていました。
貴重なフィルムで撮影していた当時、雑観を撮る事は無かったのでこの写真は掲載してくれたモーター誌から拝借したもの。
翌年から自分で作った旗を記念に残しておくために写真に収めるようになりました。
モーター誌のステッカーを貼っていたので、その1誌しか掲載されなかった
当時は望遠レンズと標準レンズを交換しながら撮影していた。
キャンギャルや展示車を撮る際は標準レンズに交換する不便さを解消するために、後年はコンパクトカメラを用意。ベネトンのウエストバッグに入れてサッと取り出して撮影できるようにしていた。
モービル1のお姉さん
F1だけにキャンギャルのレベルも高かった。
同じ年の夏の鈴鹿8耐で「カワイイ♡」と思っていた3名。8耐では別々のチームに付いていたがF1で集結。❝ドリームチーム❞と呼んでいた。
スポンサーもドルフィンと同じ好みだったのか?
決勝は小雨がちで寒かったので、お姉さんたちも厚着。
今はもうアラフィフになっているはず…。
鈴鹿1000km エヴァAMG/GreenBraveマークX/フェラーリ488
10月に入って涼しくなってきても、未だに夏の鈴鹿1000㌔ネタです。
エヴァRT初号機 Rn-s AMG GT
コアなファンがいるエヴァレーシング。
一時期は弐号機までも登場していた勢いがあった。初号機カラーは派手でサーキットに映える。
ピット内もエヴァ一色
8耐の時のように水着じゃなかったのが残念。
石川京侍選手
山下亮生選手
植田正幸選手
埼玉トヨペットGreenBraveマークX MC
「レーシング」とは遠い高級乗用車をサーキットに持ち込むところが驚き。まあ、中身はオリジナルではないだろうが。
開発も大変なのではないだろうか?
番場琢選手
脇阪薫一選手
密山祥吾選手
INGING & Arnage Racing フェラーリ488 GT3
フェラーリのレーシングマシンは格好良いですなぁ。
継続してスーパーGTに参戦してもらいたいものです。
都筑晶裕選手
新田守男選手
NCCR葛城/マクラーレン675 と さんまの柿の葉寿司
今年のNCCR葛城に参加したマクラーレン軍団。
「アリティメットシリーズ」のP1を除く現行車両がほぼ全ラインナップが集まったところが凄い。P1は昨年のサウンド・オブ・エンジンで見る事ができた。
今回もその一部を紹介。
マクラーレン675LTスパイダー
ネームの「LT」はル・マン24時間レースで優勝したマクラーレンF1-GTRロングテールの「LT」。
675LTはマクラーレンの中で区分されている「スーパーシリーズ」最上位クラス。
クーペモデルが500台。スパイダーモデルが500台生産されている。
マクラーレン675クーペ
基本カラーはシックだが、随所にマクラーレンのイメージカラーであるオレンジが配されていて派手に見える。
マクラーレン675クーペ
マクラーレン650S
御堂筋のマクラーレンショールームに行った時に初めて見たのが650S。
「スーパーシリーズ」のスタンダートな車両。
マクラーレンのイメージカラーのオレンジが似合っている。
走行写真を撮った後、大阪府と奈良県を結ぶ日本最古の国道「竹ノ内峠」近くにある「柿の葉すし本舗たなか」に寄って軽く昼食。
道端にノボリが立っていた期間限定(9月、10月)の「さんまの柿の葉寿司」が目的。さんま大好きなので見過ごす事ができなかった。
店舗なので1個単位から買えると思っていたので、さんま3個にサバ2個に鮭2個くらいにしようかと考えていたが、個数セットになったものしか置いていなかった。
おばちゃん店員さんの説明に圧倒されながら「このまま黙っていたらずっと商品説明されてしまう」と思い「さんま3個のヤツ下さい。食べていきます」と切り出したのだった。
さんまが炙られていて香ばしく、柚子の擂りおろしが乗っているので軽い柑橘の酸味が感じられる。そのせいか、脂が乗っているイメージがあったが意外にアッサリしている。
3個セットで売られていたが、この倍は軽くイケそうだった。
大好きなレーシングバイク「elf-moto」特集のRACERS
ちょっと前の話になるが、本屋に行くと「RACERS」誌のelf-moto号が出ていたので買ってしまった。
’80年代、この未来型バイク・シリーズに対して非常に興味があった。いや、今でも大好きだ。
30年も経ってよくここまで調べ上げたものだと感心する。
さらにはeif-motoが主人公マシンとして登場する漫画『ふたり鷹』の新谷かおるさんのインタビューも載っているところが嬉しい。
鈴鹿レーシングシアターに展示されていたelf-e Motoの模型

’83年の鈴鹿8耐にも参戦し、友人が「8耐観に行こう」と誘ってくれたのだが、都合が悪かったので「来年にしようよ」と観戦を先延ばししたのだった。
だが、翌年にはTT-F1にレギュレーション改正されてelf-motoは走らなかった。
―なので実車は見たことが無い。
本誌によると、非公開だがホンダ・コレクションホールにプロトモデルが1台保管されているそうだ。
WGPにプロジェクトが移行したelf-3は富士スーパースプリントで走るのを観られたし、今も鈴鹿のレーシングシアターで展示されている。
秋に刊行されるというPART2も出るのを待っている。
昨年のMFJ-GPの際、eil3の写真にロン・ハスラム氏のサインを入れて頂いた
ランボルギーニ・アヴェンタドールSとSVロードスター NCCR葛城
NCCR葛城には新旧いろいろな車が集まる。関東圏ほど多くの自動車イベントが行われないため、新しいスーパーカーを目にする貴重な機会なのだ。
初めてこのイベントに参加したのは平安遷都祭とタイアップして開催された2009年のNCCR奈良だった。それ以前も存在自体はインターネットで見つけて知っていたのだが、日曜日になかなか休みが取れずにいた。
久しぶりに多くのスーパーカーや旧車を見る事ができて大興奮だった。いずれネタが尽きた頃にプレイバックしようと考えている。
彼岸花だけでなく秋の菊も咲いていた
中野信治選手がドライブした青のアヴェンタドールSの他にも色違いで2台が参加していた。京商1/64ミニカー「ランボルギーニ」シリーズが続いていたら、こんなカラーバリエーションが並んでいたかもしれない。
新鋭マシンが多台数参加して華やかだった。
ランボルギーニ・アヴェンタドールS
八重歯のようなノーズの垂直フィンのある❝顔❞が並んで凄みがある。
ランボルギーニ・アヴェンタドールS
スタート&フィニュッシュ地点の屋敷山公園近くにある蕎麦畑は満開
ランボルギーニ・アヴェンタドールSVロードスター
メタリック・レッドのホイールが合っていてめっちゃカッコイイ。
SVを名乗る初のオープンモデル。500台限定生産。
クーペモデルより50kg重くなっているものの、同等の剛性と加速・最高速をキープしている。
ランボルギーニ創業50周年となった昨年に日本上陸したばかりの希少車が2台も会場にやってきた。
ラリー参加者ではなく、関係者の車両と思われる。
希少車かどうかは知らなくともカッコイイので周囲には多くのギャラリーが集まって来た。
ランボルギーニ・アヴェンタドールSVロードスター
リアウイングと巨大ディフューザーで後姿も迫力がある。
フェラーリ70周年記念車も走る NCCR葛城
今年のNCCR葛城にはラ フェラーリ アペルタをはじめとした今年発売になったフェラーリ創業70周年記念車が参加した。流石は都市圏のイベントだ。
ラ フェラーリ アペルタを積んできたトランスポーター
駐車場に車を停めて会場の屋敷山公園駐車場に着いた時にフェラーリのトランスポーターが会場に入って来た。
フェラリ・カリフォルニアT 70th
フェラーリ創業70周年記念限定車。青ラインとゼッケンナンバー、ブルーのホイールも限定車の仕様。
フェラーリ488スパイダー
フェラーリ458スペチアーレ
ドルフィンは488よりも458の方が好きだ。スペチアーレはエアロパーツがゴチャゴチャの一歩手前まで付いて更に格好良くなっている。
フェラーリF12ベルリネッタ
つい最近発表され、フェラーリ・レーシング・デイズで初めて見たような気がするが既に7年も経っていて、後継機の812スーパーファストの発売が決定している。早いサイクルだなぁ。
葛城山を背景に走るクラシックカー NCCR葛城
NCCR葛城は、奈良県葛城市にある屋敷山公園をスタート&フィニッシュ地点として、途中名阪国道を使って名阪スポーツランドを中継。京都府相楽郡にあるレイクフォレストリゾートを折り返すルートを辿る。
大会公式カメラマンの写真を見ると「良い景色だな」と思わせる場所があって行きたくなるが、どこなのか分からない。名阪スポーツランドさえ行ったことが無いのだ。
スタートギリギリまで屋敷山公園駐車場で停まっている参加車の写真を撮っているので、バイクでもない限り先回りして何か所も撮影に行けない。
大会名が「葛城」となっているので、葛城山が写り込む近場で撮影するようにしている。
スタートして道の駅かつらぎまでの区間が田舎道で割と写真を撮り易いロケーション。ドルフィンのように写真を撮っている方が何人かいた。
秋が進んで栗や柿が色付いている
名阪スポーツランドにも行ったことが無く、今年は全日本モトクロス選手権に行きたかったが、じない町でのイベントと重なってしまったので断念。来年は行きたいな。
トライアンフTR-4 1964年
赤いオープンカーが田んぼや山の緑に映えて綺麗だった。
ポルシェ356Cカブリオレ 1964年
ジャガーE TYPE 1964年
#48のジャガーEタイプが総合優勝。
フィアット500F 1965年
ルパン三世の愛車としても有名。かわいい車ですなぁ。
トミカを持って行って一緒に写真撮ればヨカッタ~!
メルセデス・ベンツ300SEクーペ 1966年






































































































