大好きなベネトンB189/ロータス101 1989年F1 鈴鹿サウンド・オブ・エンジン
鈴鹿サウンド・オブ・エンジンの「LEGEND of Formula 1」。今年は海外からの参加が無く、日本のオーナーさんが持っているF1マシンだけとなった。
サウンド・オブ・エンジンやファン感といった鈴鹿サーキットのイベントでは❝お馴染み❞のマシンたち。
その中でも日本がF1ブームに湧いていた1989年のマシンが2台参加していた。
ベネトンB189/フォード
日本GPでアレッサンドロ・ナニーニ選手が優勝したマシン。
選手&マシンともに大好きだ。鈴鹿サーキット50thアニバーサリーデーにナニーニ氏が来場した際、このマシンをドライブして欲しかった。
当時はまだマシンが日本になかったのだろうか?
ピットアウトのマシンを撮れるのは練習日ならでは
このスタイル、カラーリング…カッコイイ!
B197から採用さ入れたコクピットサイドのラムエアインテークはカラーリングとともにベネトンマシンの特徴。
安定感は前機B188の方があったものの、それでもナニーニ選手は10戦中3戦で表彰台に上がった。
サウンド・オブ・エンジンのゲストでナニーニ選手を呼んで頂いて、このマシンで再び鈴鹿を走ってもらいたい。
ロータス101/ジャッド
ホンダエンジンを失ったロータスがジャッド・エンジンを採用。ゼッケン「12」は中嶋悟選手がドライブした。
チームメイトで3度の世界タイトルを獲得したネルソン・ピケ選手でさえ表彰台を獲得できず入賞がせいぜいだった。
中嶋選手も最終戦までノーポイントだったが、雨のオーストラリアGPでファステストラップを叩き出したのは応援していたファンにとっては感動的だった。
土曜日午前の走行ではゲストのティエリー・ブーツェン氏がドライブしたが、今回掲載した写真はオーナーさんがドライブしたもの。
ガレージ内では移動用ダミータイヤ
昔のFJ1600くらいのタイヤ幅(笑)。
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ラストラン片山千彩都選手/笠井杏樹選手 鈴鹿サンデーNGK杯JP250
鈴鹿サンデーロードレースNGK杯・土曜日はナショナルJP250クラスにエントリーしている片山千彩都選手の公式戦引退レース(の予選)をメインで観に行った。
片山千彩都選手/GOSHI Racing
予選:総合1番手/決勝:総合2位・ナショナル優勝
予選では多くの選手が集団で走りスリップストリームを使ってタイムを出しているが、片山選手はほぼ最後の辺りに単独でコースイン。
自分だけの走りでどこまでタイムを詰められるかに挑んでいるように、周回毎にタイムを短縮。2番手との差を1秒(!)までに広げていた。
S字で観ていたが、走るフォームが他の選手と違うので1コーナーに進入して来るだけですぐに分かる。綺麗に体重を乗せている感じだ。
決勝では予選2番手に甘んじたインタークラスの伊達悠太選手とバトルの末、2位フィニッシュ。総合トップは獲れなかったがナショナルクラスの表彰台では中央に上がった。
Twitterをフォローしているが、片山選手の考え方や気持ちの持ちようが強さの源だと感じた。このような選手に育てた親御さんは立派だな-と思うオジサン思考。
予選が終わって「これで片山選手は見納めだな」と思っていたら、タイムスケジュールの最後にあった「スタート練習」に登場。
大排気量クラスと小排気量クラスに分かれて行われたスタート練習。
2台ずつシグナル消灯でスタート。そのまま東コースを回って帰ってくる。一人2回くらいはできる。
昼間に片山選手にサインを頂くために車検からパドックを徘徊。
何度か見かけてはいたが車検後で荷物を持っていたり、若い選手たちで集まってお喋りしてたりと、オジサンが突入できる雰囲気ではなく(苦笑)、ただ近くでウロついている❝不審者❞と化していた。
若くても男性選手だとそうなならないのだが…。モトクロスでもそんな感じ。
全日本ロードレース最終戦での写真にサインを入れて頂いた
新品の蛍光ピンクペンおろしてきたのにインクの出が悪い~!
新たな道に進む片山選手を拍手で送りたい。
昼休みのNGK杯記念写真撮影での片山千彩都選手と笠井杏樹選手
今年の鈴鹿サンデーロードレースJP250 4時間耐久でペアを組み、史上初の女性ペアで優勝を遂げた笠井杏樹選手と一緒に記念撮影。
笠井杏樹選手/TEAM TEC2 K0RS
予選6番手/決勝:総合3位・ナショナル2位
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日産Gr.C デイトナ91CP/長谷見氏ニチラR86Vでも走行 鈴鹿サウンド・オブ・エンジン
鈴鹿サウンド・オブ・エンジンの「Group C 世界を席巻したモンスターたち」には日産から虎の子・ニッサンR91CPと個人オーナーさんのニッサン・ニチラR86Vが出走した。
ファン感やサウンド・オブ・エンジンといった鈴鹿のイベントでは❝お馴染み❞のマシン達。
これらのマシンを❝お馴染み❞として❝見慣れて❞しまっている贅沢さ。-とは分かっていても、毎年参加している身としては違うマシンも観てみたいのだ。
NISSAN R91CP
1992年のデイトナ24時間で優勝。日産にとっては国際レース最高成績となるマシン。
鈴鹿50thアニバーサリーでーで初めて観た時は感激した。
日産ヘリテージコレクションで再開した時も。
しかし、ここ数年サウンド・オブ・エンジンでずっと出ずっぱりになってしまっているので、感動も薄れてしまっている。もったいない話だが…。
金曜日は松田次生選手もドライブ
星野一義氏のドライブ
NISSAN ニチラR86V
1986年のル・マン24時間制覇のためにマーチ製のボディに日産V6ターボ・エンジンを搭載。
星野一義/松本恵二/鈴木亜久里 組でル・マンに挑むも4時間でリタイア。
星野選手のイメージが強いニチラ車だが、この日は長谷見昌弘氏がドライブ。
マシンのあるピットで星野氏とともに話をしていると思ったらそういう事だったのか!
長谷見昌弘氏に昨年のサウンド・オブ・エンジンで走らせたR91CPの写真にサインを入れて頂いた
今年のGr.Cカーの走行はコーナーで撮影しなかった。
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鈴鹿サンデーロードレースNGK杯土曜日に行って来た 片山千彩都選手ラストラン
鈴鹿サンデーロードレースNGK杯土曜日予選を観に行って来た。
このレースをもって片山千彩都選手が引退するのだが、決勝の日曜日は仕事を休めないので、せめて予選日だけでも―という思いだった。
サウンド・オブ・エンジンに行ったばかりだし、世界規模の選手がいるわけでもないのだが❝やはり❞ワクワクして早く目が覚めてしまった。
ふとんに潜り込んでくる愛猫のぬくもりをも振り切って起床。
まだ暗いうちに出発したのだった。やはり朝は寒い!
鈴鹿に到着すると、金曜日の朝よりは寒くはない感じだった。
朝の車検から観はじめた。
サンデーロードレースは開催クラスが多いので、常に走行が行われている状態なので忙しい。
激感エリアは開いていないので、パドック~S字を3往復してしまった。
気温は暖かいものの、コーナーに出ると冷たい風が吹いていたので体感は寒い。もう12月なので当たり前なのだが。
気温が上がらない午前中の小排気量クラスは転倒続出だった。
お昼休みには恒例の記念撮影が行われた。
全予選終了後にはメインストレートで「スタート練習」が行われた。これは初めて観た。
NGK杯は全国のトップランカーが集まるクラスもあるので、鈴鹿のスタートに慣れる必要もあるのかも。
スタート練習する片山千彩都選手
今回の鈴鹿サンデーロードレースで年内の鈴鹿行きは終了。
また来年、ファン感謝デーから。
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日本2輪レジェンド・トークショー 鈴鹿サウンド・オブ・エンジン
鈴鹿サウンド・オブ・エンジンのGPスクエア・メインステージでは、朝一番のティエリー・ブーツェン氏、ピエルルイジ・マルティニ氏のトークショーに続いて、日本人レジェンド・ライダーのトークショーが行われた。
バイクブーム全盛期’80年代のロードレースで活躍した河崎裕之氏、水谷勝氏、八代俊二氏が登壇して主に開発話で盛り上がった。
方々のレースに胸を熱くして観戦したものだ。
こんな豪華な面々が❝話す❞だけで来場されるのはもったいない! 次に機会があるときは、昨年の「MFJ-GP」の「レジェンド・ライダー・レース」のように走って頂けるイベントを企画して欲しい。
河崎裕之氏
「ヤマハで開発を任されましたが、その技術は全てスズキ時代に教わりました(笑)。スズキで色々と試させてもらったのが良かったです」
初めて河崎裕之氏のサインを頂いた。
1987年MFJ-GP練習日 YZR500
サインを頂いている時に「引退レースも観に行きました。最後にノーヘルで鈴鹿を一周されて、思いっきり手を振ってました」とお話すると「そうだったね。懐かしいね。ありがとう」と言われた。
MFJ-GPのレジェンド・ライダー・レース
水谷勝氏
「ロッシが❝足出し❞の乗り方始めたって言われてるけど、俺なんかオフロード出身だから、コーナーになると足出しちゃってた。ロッシより先だよ」
司会:「❝足出し❞は俺が元祖だと!」
「そうだね。でもシャケさん(河崎氏)に『あの乗り方、カッコ悪いよ』って言われて直したんだけど(笑)」
「筑波のコーナーで平が一旦アウトに体重振るのも❝平乗り❞なんて言われてるけど、俺の方が先だったんだよな(笑)」
ウルフγ500の写真には以前にサインを頂いていたので、今回はレジェンド・ライダー・レースの写真に水谷氏のサインを入れて頂いた。
MFJ-GPのレジェンド・ライダー・レース
八代俊二氏
初めて観戦に行った鈴鹿8耐でサインを頂いたのを機に応援してきた八代選手。
「全然回らないエンジン渡されて、開発1年で降ろされちゃいましたから(笑)」
「すぐ(現役を)辞めてしまいましたが、ライターの仕事をさせて頂いて、いろいろなバイクに乗る機会が増えたのは良かったですね」
2枚並べてお願いしたら、繋げて一気にサインを入れて下さった。合理的…。
MFJ-GPのレジェンド・ライダー・レース&'85年鈴鹿8耐
フォトセッション
中央だけでなく、左右も向いて頂きたかった~ッ!
まだまだお元気で-。
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日本レースを築いてきたレジェンド達にお会い出来た 鈴鹿サウンド・オブ・エンジン
今年の鈴鹿サウンド・オブ・エンジンでは、日本のレース界を築いてきた往年の選手が集まる「LEGEND DRIVERS DEMONSTRATION RACE」が初めて催された。
ウエストレーシングカーズが開発したワンメイク用単座席レーシングカー「VITA-01」を使用。
「VITA-01」は2015年の「モーターフェスティバルin舞洲」で見た事があった。
このレースに参加する選手は❝この機会でなければお会い出来ない❞ような方々ばかり。
金曜日に打ち合わせで選手たちが控室やマシンがあるピットに集まった。現役当時の写真をプリントして持って行き、サインを頂いた。
鮒子田寛氏
F1グランプリに参戦した初の日本人ドライバー。
2017年のサウンド・オブ・エンジンで鮒子田氏が乗られた日本製F1マシン・マキF101Cが来日した際、対面した写真にサインを入れて頂いた。
「これは…?」と言われるので、「去年、マキF1が来た時の写真です」と言ったら「それは一昨年だよ」とキッチリ覚えておられた。
柳田春人氏
富士GCやスーパーシルエットレースやWECジャパンを走って来た。
柳田選手にお会いするのは’83年富士GC第2戦で、グランドスタンド裏の「セントラル20」サイン会以来。
「写真撮らせて下さい」と、お願いすると「一緒に撮ろうよ」と誘って下さった。感激~!
スーパーシルエット 日産ブルーバード・ターボの写真と-
WECジャパン 日産LM03Cの写真にサインを入れて頂いた。
「これ『Z』だからね」と「Z」の文字を入れて下さった。
長坂尚樹氏
長坂氏にお会いするのもJGTC以来、何十年ぶりになるだろうか?
’83年スーパーシルエットレースのBMW・M1(前年チャンピオンを獲得してゼッケン「1」)の写真。
「これいい写真だね~」と言って下さった。
出走前に柔軟体操をしている長坂選手。
JTC FET GT-Rの写真にサインを入れて頂いた。
黒い稲妻・桑島正美氏
’78年F2・JAF富士グランプリのSPLラルトの写真と―
「え~!? これいつの?」と言われるので「’78年の富士GPです」と応えると「懐かしいね」と話されていた。
2016年のサウンド・オブ・エンジンでぷらべーとで乗ったタキ・レーシング ローラT70MkⅢの写真にサインを入れて頂いた。
土曜日のレジェンド・トークショー①
高橋晴邦氏、戸谷千代三氏、長坂尚樹氏、中谷明彦氏
実のところレース自体は観れていない。S字からパドックに戻ってくる間に終わってしまっていたのだ。
また来年も行って欲しい企画だ。今回来られていないレジェンドも呼んで頂きたい。
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懐かしいF2 & F3000も走る 鈴鹿サウンド・オブ・エンジン お喋りもまた楽し
鈴鹿サウンド・オブ・エンジンでは懐かしいマシンを観たりや豪華ゲストに会えるのも楽しかったが、鈴鹿で知り合った方々とお会いしてお喋りできたのも楽しい思い出になった。
一緒に行っていた友人が亡くなった後は一人でサーキットに行っていたが、少しずつ知り合いが増えていった。
2輪でお会いした方、4輪でお会いした方、両方とも来られている方とも再会して色々とお話したり情報交換したりした。
日頃モータースポーツについて話せる相手が少ないので、このような機会が一層楽しいのかもしれない。
朝は「おはようございます。お久しぶりです」から始まり、一日の終わりはそれぞれバラバラになるので特に挨拶も無い。今回お会い出来なかった方も含め、また次に会える時を楽しみに-。になる。
今年は「F2&F3000」もひとつのジャンルとして走行が行われた。
毎年、開催後の鈴鹿HP「アンケート」で「昔のF2も集めて走らせてもらいたい」と書いて来た甲斐があった。
ドルフィンが見たかったマーチ832やレイナード95Dは来なかったので、もう走行できるマシンが無いのかも。-いやいや、そう思っているだけで実は参加していないだけで現存しているのかもしれない。
「Gr.C」とともに「F2」のジャンルも今後盛り上げていってもらいたい。
ブルーノ・ジャコメリ選手のマーチ782とか見たいなぁ。
コレクションホールにあるJPSカラーのマーチ832/ホンダやラルト/ホンダ、スピリット/ホンダはもう走れないのかな? ジェフ・リース選手をゲストに呼んで走らせて欲しいな。
NOVA 532P 1978年
星野一義選手がドライブした国産F2。
鈴鹿50thアニバーサリーデーでは星野一義氏がドライブした。
今回も乗って欲しかった。
’78年JAF富士GPで観て以来、大好きなマシンのひとつ。
中嶋悟車は残っていないのだろうか?
LOLA B351 2005年
デモレースではポール・トゥ・フィニッシュ。
以前にもサウンド・オブ・エンジンで走った時に高木虎之介選手がドライブしたマシンだと教えてもらったような。CARTから全日本復帰した年のマシン。
LOLA T90-50 1990年
F3000マシンの中では一番カッコイイと感じる。
ベネトンF1風のサイドポンツーンのエアインテークが特徴的。1991年になっても「91」より前年の「90」の方が出来が良く、シーズン途中で「90」に戻す選手も少なくなかった。
片山右京選手のマシン。
LOLA T90-50 1990年
昨年登場し、確か未使用で残っていたマシンを整備して走れるようにしたとの事だった。
「90」はF1の空力を取り込んで完成度が高い❝量産❞フォーミュラだった。
フロントウイングは直線だが、その下部に入ったエアをそのままボディ下部に導く構造になっている。
LOLA T93-50 1993年
カワイスチール・カラーのマシンを見るとフォルカー・ヴァイドラー選手が強かった事を思い出す。
1993年はF1に行く前のハインツ=ハラルド・フレンツェン選手がドライブした。
LOLA T96-51 1996年
ゼッケンNoこそ異なるが、シオノギNOVAは後にF1に進むペドロ・デ・ラ・ロサ選手とノルベルト・フォンタナ選手がドライブしていた。
この頃から仕事が平日休みになったので、テストとかよく観に行っていた。
当時シオノギで頂いた「元気!ポポンS」のバンダナは、今でも弁当包みに使用している(笑)。
LOLA T98-51 1998年
’98年のコスモオイル・セルモに乗っていたのは野田英樹選手。
F1のようにコクピットサイドにプロテクターが付くようになった。この時も昨今のヘイローのように安全面と引き換えに観客側から「ヘルメットが見え難くなる」と言われていた。
March 88B 1988年
ワコール・ダンロップ88Bは童夢からロス・チーバー選手が参戦していた。
下着メーカーのワコールがモータースポーツのスポンサーになった時は驚いた。雑誌等でもよく取り上げられていた。カラーリングが綺麗だった。
レース前に観客席にプレゼントとしてカプセルに入った下着を投げ入れていた時もあった。当時一枚持っていたな。
March 842 1984年
ゼッケンNoがそのままだとすると松本恵二選手のマシンかな?
この年の全日本F2選手権にはジェフ・リース選手、ステファン・ヨハンソン選手、エジェ・エルグ選手、ロベルト・モレノ選手らが走っていて外国人ドライバーも豪華な年だった。
富士戦とか友人と金曜日の練習走行を観に行って、日曜日の決勝も観に行っていた。
Mclaren M4A 1967年
F2やF3000と一緒に「Historic Formula Resister」のマシンが走っている―と思っていたら、れっきとした葉巻型時代のF2マシンだった。さすがにこの頃のマシンは分からない。
March 702 1970年
昨日発売 F1マシンコレクション76号はアロンソ選手のフェラーリF138
昨日発売されたF1マシンコレクション76号の1/43ミニカーは、2013年のフェラーリF138。
現在使用されているような❝パワーユニット❞になる前、V8エンジン最終年。フェラーリでのチャンピオン獲得はならなかったものの、フェルナンド・アロンソ選手にとって最後のF1優勝マシンになった。
2013年F1日本GP
2013年は小林可夢偉選手がF1浪人をしていたので、日本人F1ドライバーがいない日本GPになった。
それでも金曜日券を購入して友人と観戦に行ったのだった。当時はまだ電車で鈴鹿通いをしていた。
TVのF1中継を見ていて、アロンソ選手は当時のF1ドライバーの中でルイス・ハミルトン選手と並んで技術がある選手だと確信していた。この頃のハミルトン選手は結構ハジケた私生活が取り沙汰されて良く思わない方も多かった。
F1マシンコレクションの1/43ミニカーは、複雑化してきたフロントウイングがかなり省略した造りになっている。
付加パーツも細かくなってきているためか、他号のミニカーに比べて❝あら❞が目立つ。コクピット脇やリアウイング翼端板が特にベコベコした感じだ。
フロントカウルのスポンサーロゴやイタリア国旗のカラーラインは綺麗に表現されていてカッコイイ。
毎年チャンピオンを獲得してもおなしくない走りを見せていたアロンソ選手だったが全盛期だったレッドブルを打ち負かすことができず、2度のタイトル獲得だけに終わってしまった(現時点で)。
今では世界三大レース優勝を目指し、幾多のジャンルのレースを制する事を目標としているようだ。
観に行ける範囲の鈴鹿サーキットで、アロンソ選手の本気の走りを観る事はもう無いのかもしれない。
長谷見/星野/松田選手が日産プリンス60’s’sマシンで走行 鈴鹿サウンド・オブ・エンジン
日産は今年の鈴鹿サウンド・オブ・エンジンにプリンス・グロリアSuper6とプリンス・スカイラインGT S54とGr.Cカーのニッサン91CPを持ち込んでくれた。
日産やマツダは毎年マシン協力してくれるから嬉しい。
日本レース界のスーパースター2人・長谷見氏、星野氏ともに金曜日からサーキット入りして練習走行をされていた。
レースウィークやテスト日のようなピリピリ感が無いので、お喋りやサインもして頂けた。
長谷見昌弘氏
星野一義氏
2人で何やら打ち合わせ? 決してネタ合わせではない。
松田次生選手
サウンド・オブ・エンジンではスカイラインGT-Rやニッサン91CPをドライブ。
スカイライン2000GT-R
BHオークションが出品しているスカイラインGT-Rを、自他とも認めるGT-Rマニアの松田次生選手がドライブ。
職業ドライバーではなく❝マニアの顔❞になっている松田選手。自身のスマホで撮影して楽しんでおられた。
「買っちゃいましょうよ」と言うと「いやぁ、ムリムリ」と言われていた。この数日後、最新型GT-R NISMOが松田選手の元に納車されたのであった。そっちでお金使っちゃったか!(笑)
長谷見昌弘氏に、金曜日にスカイライン・スーパーシルエット前期型の写真と-
ロータス79と並ぶ一番好きなレーシングカー、スカイライン・シルエット前期型。’83年富士GC第2戦で撮影。
土曜日に金曜日のプリンス・スカイラインの写真にサインを入れて頂いた。
星野一義氏に金曜日のプリンス・グロリアの写真にサインを入れて頂いた。
松田次生選手に、スカイライン2000GT-Rとの写真にサインを入れて頂いた。
土曜日午後のプログラム「NISSAN Legend Cars」で3周の走行。
プリンス・スカイラインGT S54 1964年
プリンス・グロリアSuper6 1964年
長谷見選手のプリンス・スカイラインに追い越しを掛ける松田選手の2000GT-R
スカイライン2000GT-R
ラストラップは手を振って下さった。
来年はスーパーシルエット日産ターボ軍団3台を走らせてもらいたい~ッ!
タイレル019をドライブする中嶋大祐選手 最後の雄姿になってしまった サウンド・オブ・エンジン
スーパーGT×DTM交流戦のレース2ポールポジション獲得のインタビューで引退発表した中嶋大祐選手。いやぁ、驚いた~。
引退後はモータースポーツとは別の世界に進むのだとか。
鈴鹿サウンド・オブ・エンジンのゲストとしてタイレル019をドライブした姿がドルフィンが目にした最後の雄姿になってしまった。
タイレル019のピットでの中嶋大祐選手
まだやれると思うが、ご自身の中で思うところがあっただろうし、良い就職先に巡り合うタイミングがあったのだろう。
今季のスーパーGTでの写真にはサインを頂いていたので、今回撮影した写真を❝次の機会に❞サインを入れて頂こう-と思っていたが、もう❝次❞が無くなってしまった。
次にサーキットでお見かけする機会があるとすれば、プライベートで陣中見舞いに来られているときになるのだろうか?
何年か先にでもサウンド・オブ・エンジンにはゲストで来てマシンをドライブして欲しいな。
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