CLUB24-にいよんー -149ページ目

黄金コンビ 辻本/シュワンツ組ヨシムラ 八代/宮城組モリワキ '86鈴鹿8耐

 バイクブーム真っただ中の1986年鈴鹿8耐

 サーキット周辺はバイクで渋滞が起こるほどだった。鈴鹿でF1日本GPが開催された当時のように「あまり興味が無くても行ってみる」方も多かったはず。

 「キャンギャルオンステージ」は無く、グランドスタンド前でキャンギャル紹介が行われ始めたくらいだった。

 

 ホンダやヤマハのワークス勢とともにヨシムラモリワキも根強いファンが多いチームだ。

 

3位:

ケビン・シュワンツ選手/ヨシムラ・スズキGSX-750

 この年、AMAスーパーバイク選手権を主戦場とし、WGP500ccクラスにも4戦しゅつじょうしていた。

 鈴鹿8耐は初参戦の’85年に続いて2年連続3位表彰台を獲得。

 WGPでも鈴鹿8耐でもスターダムに上ってゆくのだった。

 

 

 

辻本聡選手/ヨシムラ・スズキGSX-R750

 ’85年に全日本TT-F1チャンピオンを獲得。この年は序盤に骨折。完治せぬままの8耐本番になった。

 TT-F1も二連覇を果たし、ノリに乗っていた。

 

 ヨシムラ60周年となった2014年の鈴鹿8耐で再びケビン・シュワンツ選手とチームを組む事になる。ーのだが…。

 

10位:大島行弥/宮崎祥司 組/ヨシムラ・スズキGSX-R750

 後にホンダ・ブルーフォックスでTT-F1チャンピオンを獲得、鈴鹿8耐でも2位表彰台に登る宮崎選手もヨシムラ・スズキで参戦していた。

 

 

 

5位:八代俊二選手/モリワキZERO X-7

 全日本ではTT-F1から500ccクラスに転向。8耐前の菅生戦で初優勝を遂げていた。更にはモリワキメンテでWGP500ccクラスにも参戦していた。

 

宮城光選手/モリワキZERO X-7

 昔はライト点灯時までライトカバーを付けていたんだなぁ。

 

 モリワキと言うと八代/宮城コンビを思い浮かべてしまう。やはり黄金コンビだ。

 

宮城光選手/モリワキZERO X-7

 この頃はちょっと不振時期に入っていたのかもしれない。

 

グレーム・マクレガー/レイ・スワン組/チームイクザワVFR750

 イギリスのハリス製アルミフレームにVFR750エンジンを搭載。他のホンダ車とはスタイルが異なっていた。

 

8位:コーク・バリントン/ロバートフィリス組/ホンダVFR750

 カワサキのイメージが非常に強いバリントン選手もホンダで8耐に参戦していた。

 

KISSのお姉さん❤

 

エルブ・モアノー/ブルーノ・レ・ビアン組/ケンウッド・スズキGSX-R750

 スズキの世界耐久チーム。エルブ選手は’83年世界耐久チャンプ。

 

クリスチャン・ル・リアール/シーリー・エスビエ/ベネトンICFスポーツ・アクションGSX-R750

 世界耐久シリーズに参戦するプライベーター。

 当時F1トールマンを買収して自チームを持ったベネトンがスポンサードしていたので写真に撮っていた。

 ヘルメットもグン・コマに似ていて、走っている所を見ると「グンか⁉」と思うほど。

 

ジェフ・ヘイミー/トッド・ブルーベーカー組/スズキGSX-R750

 

BMWK75

 リザルトに残っていないので、予選突破できなかったのかも。

 BMWはプロアームとは異なるリア片持ち。

 

KISSのお姉さん❤

 

KENZレーシングライダース・スズキRG500γ

 プライベーター勢は2スト500ccマシンも使用していた。

 KENZはショップオーナーご夫婦ペア!

 

スズキRG500γ

スズキRG500γ

 

 

ビモータYB4R

 同年、ヤマハFZ750のエンジンを搭載したYB4RでTT-F1世界選手権にも参戦していた。

 ビモータも予選突破できなかった。

 

ヤマハFZ750

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韋駄天・ガードナー/サロン組 完全勝利 3回目の鈴鹿8耐観戦 1986年

 本来の開催日なら鈴鹿8耐開催まで一か月というところだ。楽しみで眠れぬ日々が続いていたところだ。

 そして例年なら6月に入れば鈴鹿8耐テストが行われ、観に行っていた。「いよいよ今年の夏が来た」と感じたものだ。

 今年は11月1日が決勝日。事前テストは行われるのだろうか?

 ワールドスーパーバイク組は来るのだろうか? いや、EWC参戦チームすら来ることができるのだろうか?

 まだまだ先行き不透明だ。

 

 3回目の観戦となった1986年鈴鹿8時間耐久オートバイレース

 前年-’85年大会限りと思っていたケニー・ロバーツ選手再挑戦。前年にも増してWGPラーダーが参戦するようになって盛り上がりを見せた。

 

 毎年一緒に8耐観戦していた東京の友人が来られなくなった。

 バイクブームを受けてサークルの友人が「行きたい」と志願したので、彼の車で観戦に出かけた。

 宿泊できる❝車❞という基地ができた。逆に彼は鈴鹿初観戦となるのであまりムチャも出来なくなった。

 決勝日朝のグランドスタンド席確保争奪戦だけは参加。選手紹介が成されるグランドスタンド中央前方日陰になる最上段裏側を確保した。

 金曜日から観戦に出たので、彼は決勝日にはもうバテバテで7時間30分日陰エリアから出てこなかった(笑)。

 カセットコンロを持って行き湯は沸かせられたので、カップ麺やレトルト食品で夕食を済ますことができた。

 帰りは直後の大渋滞を避けてしばらく仮眠して夜半に名古屋に向けて出発。

 それでも渋滞していたので、道路マップを見て裏道を探して進んでいた。

 ーところが裏道を選び過ぎてかなり細い道に入り込んでしまった。ガクン! とシートから強い衝撃が伝わって来た。降りて見てみると脱輪していた。車1台しか通れぬほど細い登り坂で。夜半なので人通りもない。ドルフィン一人では持ち上げられない。

 万事休す。

 明るくなるまでここで待たねばならぬか~ッ⁉ と観念した時、1台のバイクが後方からやってきた。そのライダーさんも一緒に持ち上げて下さったおかげで車は路上に復帰できた。本当に感謝しかない。

 名四国道に出てしばらく、友人が睡魔に負けサービスエリアで朝まで仮眠して帰途についたのだった。

 

鈴鹿サーキットクィーンのお姉さま方❤

 コスチュームはハイレグ水着風をベースに、タンクトップ+ホットパンツ、タンクトップ+スカートの3パターン。

 キャンギャルの数も急上昇していった。

 

選手紹介は国別

フランス組にはヤマハTECH21のクリスチャン・サロン選手もいる

 

アメリカ組にはヨシムラ・スズキのケビン・シュワンツ選手も登場

 

日本は平忠彦選手、辻本聡選手、木下恵司選手

 

ポールポジションを獲得したガードナー/サロン組の選手宣誓

 ガードナー選手は予選から速かった。前年ポール獲得のケニー・ロバーツ選手も及ばなかった。

 

優勝

ワイン・ガードナー選手/ホンダRVF750

 ポールポジションからスタートし、ライバルたちを寄せ付けず圧倒的速さでゴールまで突き進んだ。

 史上初の連覇「ミスター8耐」と呼ばれるようになった。

 

 

ドミニク・サロン選手/ホンダRVF750

 フランス・ホンダで世界耐久に参戦の傍ら、当時はWGP250ccクラスに参戦していた。

 

勝利のチェッカーフラッグを受けるガードナー選手

 

HRCのステッカー

 ホンダ・ワークスは全車プロアーム化されたRVF750を使用。

 

世界耐久チーム

ジェラルド・コードレイ/パトリック・イゴア組/ロスマンズ・ホンダ・フランスRVF750

 

木下恵司/マルコム・キャンベル組/ホンダRVF750

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日産MID4、Be1出展 '85年 東京モーターショー 4輪とお姉さん編

 1985年東京モーターショー、4輪で注目したのは日産MID-4の登場だ。

 リトラクタブル・ヘッドライトを採用。ウエッヂ・タイプのボディに3ℓV6エンジンをミッドシップ搭載したフルタイム4WDのスーパーカー。

 日本のメーカーもいよいよスーパーカーを出すのかと当時はワクワクした。ー夢で終わってしまったが。

 

レース仕様も同時に公開

 

ロードモデル

 完成度が高いと評されていたが、販売価格と開発費が釣り合わない等、諸々の理由から市販されなかった。

 

Be-1

 マーチをベースにレトロで可愛い雰囲気を持った車両にした。

 こちらは市販され大人気を得た。オシャレ女子が乗っていたイメージが強い(笑)。

 「パオ」「フィガロ」とレトロ調シリーズが続いた。

 

スバルF-9X

 

 モーターショー4輪のお楽しみはスーパーカーメーカーの最新マシン。

 

ランボルギーニ・カウンタック5000クワトロボルバーレ

 

フェラーリ308GTS

 ❝バブルの象徴❞テスタロッサも同時に展示していた。

 

ロータス・エスプリ・ターボ

 エスプリは丸みを帯びる前のこの形が好きだ。

 

ポルシェ959

 この当時のポルシェの技術を結集した超スーパーカー。

 Gr.Cポルシェ962Cのエンジンをデチューンして搭載したフルタイム4WD。ボディはカーボンこそまだ使用されていないが、ケブラーが使用されはじめている。

 現在もサウンド・オブ・エンジン等で観る事があるが、他のスーパーカーとオーラが違う。フェラーリF40くらいグッとくるマシンだ。

 

'85東京モーターショー 好みのお姉さんツートップ

 今なら「メイド風」になるだろうが、当時は「不思議の国のアリス風」だった。

 

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スズキ・ファルコラスティコの衝撃 '85東京モーターショー 2輪編

 晴海国際展示場で開催された’85年 東京モーターショー

 オートバイも現在のモーターサイクルショー並みの出展があった。実際にまたがれる市販車も数多く置かれていた。「4輪のイメージが強かったモーターショーに、こんなにも多くの2輪があるとは知らなかった」と驚かされた。

 オートバイブームもあったからかもしれない。

 

 スズキが参考出品した未来型バイク、ファルコラスティコ

 東京モーターショーに行く目的の一台だった。

 ガングリップ式の操舵。可変フロントスクリーン。チェーンレス液圧ドライブ。電磁ブレーキ…。

 漫画やアニメに登場するバイク以上にハイテクだ。今でも人気のコンセプトカー。

 事実OVA『学園特捜ヒカルオン』ではファルコラスティコそのままが主人公マシンとして登場している。

 エンジン部分は青塗りの為てっきりダミーだと思っていたが、記事を書くために調べた「Webオートバイ」によれば「実働した」そうだ。知らなかった!

 VTRでも良いので実走している映像も背後に流して欲しかった。

 数年前にミニカーも発売されたそうだがそれも知らず。欲しかったな。

 

ウオルターウルフ・カラーのRG500γお姉さん

 

辻本聡選手が全日本TT-F1チャンピオンを獲得したヨシムラ・スズキGSX-R750

 

世界耐久選手権用スズキGSX-R750

 

 ヤマハ鈴鹿8耐で大活躍したケニー・ロバーツ/平忠彦 組のTECH21ヤマハFZR750をカウルレスで展示。

 

全日本500ccチャンピオン平忠彦選手のYZR500

 

 ホンダフレディ・スペンサー選手が脅威のWGP500cc&250ccのダブルタイトル獲得レーサーを2台並べての展示。

NSR500

 

NSR250

 

世界耐久選手権に参戦するジェラルド・コードレイ/パトリック・イゴア組のRVF750

 

全日本250ccチャンピオンを獲得した小林大選手のNSR250

 

ホンダブースのお姉さん❤

 

ビモータDB1

 フルカウリングされていてレーサーっぽくて格好良かった。

 ドゥカティ750F1(↓)の750ccエンジンを搭載している。

 

ドゥカティ750F1パンタ

 

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1985年 初めての東京モーターショーは広かった 世界で活躍4輪レーシングマシン編

 1985年末に❝晴海❞で開催された東京モーターショーに初めて行った。

 『サーキットの狼』の影響でスーパーカーに興味を持った時から行きたかった。モーターショーではスーパーカーや未来の車が見られるからだ。

 その後「スーパーカーショー」が開かれるようになり、東京までモーターショーを観に行かなくても済むようになっていた。

 

 時は流れレーシングやバイクにも興味を持つようになった。

 ’85年の東京モーターショーにはF1に復帰したホンダのエンジンを搭載したウイリアムズF1がやってくる。スズキが未来型バイクを発表する。ーこれだけでも東京まで行く価値があった。

 

 神奈川に住む友人と東京モーターショーに出かけた。晴海国際展示場はコミケで1回行った事があった。

 しかし、使用している館の数が違う。広い!こんなにも多くの建物に自動車、オートバイだけでなくトラックや周辺機器までが展示されている。会場の広さと台数の多さに驚いた事が印象に強く残っている

 じっくり見ていてはとても1日だけでは足りない。かなり駆け足で会場を回ったのだった。

 

ウイリアムズFW10/ホンダ ナイジェル・マンセル車

 第二期F1参戦3年目の’85年シーズン4勝、終盤で3連勝した。

 日本でF1が開催されていない時期だったので、現役のF1マシンが見られる貴重な機会だ。

 

ブラバムBT54/BMW

 BMWエリアにひっそりと立てられて置かれていた。ホンダエリアのウイリアムズに比べると全然人がいなかった。

 意外なところでF1を見られて嬉しかった。

 

ボルボ240ターボ

 欧州ツーリングカー選手権(ETC)でチャンピオンを獲得。

 角ばったフォルムから「空飛ぶレンガ」と呼ばれていた。

 

マツダ・サバンナRX-7 Gr.B

 WRCに参戦。当初は20台製造の予定だったが、Gr.Bの突然の終焉によって7台しか生産されなかった。

 展示車はアクロポリスラリー参戦車かな?

 

CM's1/72ラリーカーコレクション RX-7 Gr.B

 

マツダ・サバンナRX-7 GTO

 

マツダ737C

 全日本耐久やル・マン24時間レース・グループC2クラス参戦マシン。

 ムーンクラフトデザインの最終形。

 

トヨタ・セリカ・ツインカムターボ Gr.B

 ユハ・カンクネン選手によるサファリラリー優勝車

 

CM's1/72ラリーカーコレクション セリカ・ツインカムターボ

 

ニッサン・シルビア・ターボCニチラ(マーチ83G)

 星野一義/萩原光/松本恵二 組によってWEC JAPANで優勝

 

パーソンズ・ルマンLM05Cニッサン

 長谷見昌弘/和田孝夫 組で全日本耐久に参戦。

 トラック館のポーター内に展示されていた。 「こんなところにも⁉」と発見の驚きがあった。

 

ミツビシ・パジェロ

 日本車として初めてダカールラリーを制覇

 

MG・メトロ6R4 Gr.B

 Gr.Bラリーカーでありながら敢えてNAエンジンを採用。

 F1ウイリアムズも車両開発に携わっていた。

 

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ベネトン・マシンの美しさに見惚れてしまった’87年F1日本GP/スタートシーン

 1987年F1日本GPでベネトン・マシンの美しさに見惚れてしまった。

 刷毛で塗ったようなデザインのベネトンB186を雑誌の写真で見て「綺麗なマシンだ」と注目してはいたが、原色を配した87年型実車も今までのレーシングカーには無かった新鮮な美しさがあった。

 

 当時、アパレルは猫も杓子も「レイトンハウス」だったので「同じアパレルならベネトンで行こう!」とベネトン派になったのだった。

 

ベネトンのステッカーとワッペン

 ベネトンの虜になってしまってステッカー2枚、ワッペン2枚、キーホルダーを購入。

 ステッカー1枚は当時乗っていた車に貼り(乗り換えで1シート分)、ワッペン1枚は後に購入するブルゾンに縫い付けたのだった。キーホルダー所在不明。

 

5位:ティエリー・ブーツェン選手/ベネトンB187/フォード

 ノンターボエンジン搭載車でありながらシリーズランキング8位(中嶋選手は12位)。NA勢では最上位を獲得。最終戦オーストラリアでは3位表彰台にのぼっている。

 素性の良いマシンを操って❝腕❞でポイントを稼いでいる感じがアリアリと伝わって来た。

 

昨年(2019年)の鈴鹿サウンド・オブ・エンジンで来場した際にミニチャンプス1/43ミニカーに、ブーツェン氏のサインを入れて頂いた

 

テオ・ファビ選手/ベネトンB187/フォード

 

ダンロップイメージガール・望月知子さん

 同年、鈴鹿8耐では水着風ハイレグ姿も披露。綺麗な方だった。

 

アレッサンドロ・ナニーニ選手/ミナルディM186/モトーリモデルニ

 翌年からベネトン入り。翌年、初めてお会い出来た。

 好きなドライバーの一人だ。

 

アドリアン・カンポス選手/ミナルディM186/モトーリモデルニ

 ドライバー引退後に「カンポス・レーシング」を立ち上げ、マルク・ジェネ選手やフェルナンド・アロンソ選手を輩出した。

 

エディー・チーバー選手/アロウズA10/メガトロンBMW

 

ディレック・ワーウィック選手/アロウズA10/メガトロンBMW

 

リカルド・パトレーゼ選手/ブラバムBT56/BMW

 

アンドレア・デ・チェザリス選手/ブラバムBT56/BMW

 

ロベルト・モレノ選手/AGS JH22/フォード

 ラルト/ホンダF2で鈴鹿にも来てくれた、全日本F2にも参戦してくれたモレノ選手。パスカル・ファブル選手の代役として再び鈴鹿を走ってくれたのは感慨深かった。

 後年、サウンド・オブ・エンジンでも再来日してくれた。

 

ルネ・アルヌー選手/リジェJS29/メガトロンBMW

 

ピエルカルロ・ギンザーニ選手/リジェJS29/メガトロンBMW

 

 決勝は東京からバスツアーで来た友人とホームストレートが見える最終コーナーの土手席や、看板の上(良い子はマネしないでね)とかで観戦していた。

 仮説スタンドが無かったので、あらゆるところに人が集中していた。 

 

F1日本GPスタート

 ゴール後は、余韻に浸る事無く名古屋にむけてMVX250を走らせた。

 ’77年の富士F1を一緒に観戦した友人と一緒にTV観戦したかったので、その時間までに帰り着きたかったのだ。

 TV放送開始(午後7時だったかな?)直前に彼のアパートに到着。一緒に観戦できたのだった。

 

 

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'87F1日本GP ホンダ本拠地で優勝・フェラーリ/ベルガー選手 レイトンハウス他

 F1に復帰したホンダが本拠地・鈴鹿サーキットで初めて迎える母国GP、1987年F1日本GP。

 鈴鹿でF1エンジンテストも繰り返してきた。ワールドチャンピオン争いもウイリアムズ/ホンダの2台でもつれ込んで来て、コンストラクターズ・タイトルは手中に収めている。

 ホンダにしてみれば満を持して迎えたレースだったはず。

 ふたを開けてみれば予選でナイジェル・マンセル選手がクラッシュによる欠場が決定。決勝でネルソン・ピケ選手がリタイア。

 優勝はフェラーリのベルガー選手に奪われてしまった。

 

優勝ゲルハルト・ベルガー選手/フェラーリF1-87

 この撮影ポイントは後に火花が飛び散る場所として混雑するようになった。

 

フェラーリF1マシンコレクションの!/43ミニカー

 鈴鹿初開催の日本GP優勝車として日本人にとっては忘れられないマシン。

 第1回サウンド・オブ・エンジンにも展示・走行された。

 

4位:ミケーレ・アルボレート選手/フェラーリF1-87

 

 

イヴァン・カペリ選手/レイトンハウス・マーチ871/フォード

 日本でもF3000やJSPCのスポンサードをしていたレイトンハウス。

 当時はレイトンのアパレルを身に着けた方だらけだった。それほど爆発的なヒットを飛ばしていた。

 日本でも走っていたカペリ選手だが、会ったことは無い。

 

 

 中団以降のチームの選手は後にFIA GT1やDTM/ITCで聞く名前が多い。

 

ジョナサン・パーマー選手/タイレル016/フォード

 

フィリップ・ストレイフ選手/タイレル016/フォード

 

ヤニック・ダルマス選手/ローラLC87/フォード

 

フィリップ・アリオー選手/ローラLC87/フォード

 

アレッサンドロ・カフィ選手/オゼッラFA-11/アルファロメオ

 

クリスチャン・ダナー選手/ザクスピード871/ザクスピード

 ザクスピードは自社開発の直4ターボを搭載していた。

 

マーチン・ブランドル選手/ザクスピード871/ザクスピード

 

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土曜日にチャンプ決定 ’87年F1日本GP ウイリアムズ・&ロータス ホンダ勢

 1987年F1日本GPは、ホンダにとってF1復帰後初の母国GPでもあった。

 ホンダがエンジンを供給したウイリアムズとロータスの活躍もあって、F1人気は爆発した。イギリスGPでのホンダ勢1-2-3-4フィニッシュは素晴らしかった。正直「1-2-3はあっても❝4❞があるとは思わなかった」と仲間内で話していた。

 

’87年F1日本GPステッカー

 日本GPまでチャンピオン争いがもつれ込んだ。ドライバーはウイリアムズ/ホンダのネルソン・ピケ選手とナイジェル・マンセル選手の2名。

 決勝は激しい攻防戦になるとみられていた―が!

 

 土曜日予選中に何やら場内アナウンスが激しい。赤旗中断になって静かになったところで聞いてみると、ナイジェル・マンセル選手がS字でクラッシュして救急搬送されたとの事。

 S字と言ったらほんの15分前まで観ていた場所じゃないか!

 

 結局体を激しく打ったマンセル選手の決勝欠場が発表され、土曜日の内にワールドチャンピオンは決定した。なんとも拍子抜けだが、実質のチャンピオン決定戦となった予選を見られただけでも良かったか。

 決勝日だけ観戦する方にとってみれば、来場した時にはチャンピオンが決まってしまっていたという珍事だ。

 

ネルソン・ピケ選手/ウイリアムズFW11B/ホンダ

 ターボ時代の申し子。ブラバムで2度のチャンピオンを獲得した超グレーテッドドライバーだ。

 

 1000馬力のターボエンジン・パワーでリアウイングから❝飛行機雲❞が伸びていた。

アオシマ1/64ミニカーのウイリアムズFW11Bはチャンプ獲得のピケ車

 

 

ナイジェル・マンセル選手/ウイリアムズFW11B/ホンダ

 毎年、タイトル争いに絡んでは最終戦で夢と散ってしまっていた(前年はタイヤバースト)。

 スポンサーであるキャノンの看板に突っ込み「クラッシュしてもタダでは済まさない」ところがマンセル選手らしい。

 

Mobil1のお姉さん❤

 同年の鈴鹿8耐の際に「めっちゃ可愛い!」と思っていた方々が同一スポンサーのキャンギャルとして集結。キャンギャルのドリームチームだった。

 

Canonのお姉さん❤

 

キャメルの日本GP記念ステッカー

 

 中嶋悟選手が所属するチーム・ロータス。希望としては前年までのJPSカラーのロータスであって欲しかった。

 

2位アイルトン・セナ選手/ロータス99T/ホンダ

 前年までF1を追って来たファン以外、一般には翌年、マクラーレン・ホンダに乗って大活躍するまでは❝F1トップドライバー❞の一人だった。それほど特別な存在ではなかったように見受けられた。

 

ヘアピンでマシンを停めたセナ選手。初❝生❞セナ選手

 

翌年のチームメイト、アラン・プロスト選手との並び

 

ヘアピンでマンセル選手を差すセナ選手

 

6位中嶋悟選手/ロータス99T/ホンダ

 当時はまだ大きな車載カメラを搭載していた。「重量バランスが悪かった」とインタビューで話されていた。

 初の母国GPで6位入賞を果たした。ポイント獲得の瞬間を見られてサーキットは沸いたなぁ。

 

F1マシンコレクション1/43ミニカーにオリジナル台紙を付けて

 ホンダコレクションホールに現存するマシンは、全国を展示で回りもう走行できないのだろう(エンジンレス?)。

 

 

キャメルのお姉さん❤

 決勝レースが終わって、帰りの客さんをお見送りしているところ。

 

 以前にも紹介したのですが—

 佐藤琢磨選手がレーシングドライバーを目指すきっかけとなったエピソードが紹介される時に使用されるのが下(↓)の写真。'87年日本GP観戦された時のものです。

 この琢磨少年の黄色い帽子の上にあるオレンジの物体―赤丸印をしている部分ですが、実はコレ。

 ドルフィンが作った中嶋選手応援旗(↓)なのです!

 いやぁ~、意外なところに佐藤琢磨選手と繋がっていました。

 貴重なフィルムで撮影していた当時、雑観を撮る事は無かったのでこの写真は掲載してくれたモーター誌から拝借したもの。

 翌年から自分で作った旗を記念に残しておくために写真に収めるようになりました。

モーター誌のステッカーを貼っていたので、その1誌しか掲載されなかった

 

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10年待った鈴鹿で初開催 1987年F1日本GP マクラーレン編

 今年(2020年)のF1日本GPの中止が発表された。

 ファンの多くは薄々覚悟していたが「認めたくないものだな」という気持ちがあったことだろう。

 ドルフィンは元々行くつもりはなかったが、楽しみにしていた方のショックは大きいものだろう。

 1987年に鈴鹿サーキットF1日本GP初開催された。

 富士スピードウェイでの開催から10年。ー待った。待ちかねた。毎年、当たり前のように開催されているこの30年しか知らない方には、空白の10年…特に少年期の10年がどれほど長い年数か計り知れないだろう。

 その10年でウイングカー時代が全盛を迎え終焉していた。歴史に残る名ドライバーが活躍してこの世を去って行った。

 ターボエンジン時代が到来し、ホンダがF1復帰し、日本で走ったドライバーがF1にステップアップし、日本開催を迎えた。

 中嶋悟選手が日本人初のF1レギュラードライバーとなり、フジテレビが全戦中継してくれたおかげで空前のF1ブームが到来。観戦チケットも初年度からプラチナペーパーとなっていた。

 往復はがきに座席希望を第三候補まで記入して送り、返信ハガキの結果で購入できる。

 ドルフィンはサークルのメンバーにハガキを書いてもらい30通くらい出したが、指定席は取れず自由席だけ確保できた。

 鈴鹿サーキットはF1初開催なので木曜日に1時間の完熟走行が行われ、そこから観戦に出かけた。

 住んでいた名古屋市から愛車・ホンダMVX250で日々往復した。

 

 決勝日だけは津市の知り合いが指定席で観戦するというので土曜日予選終了後に落ち合って、家に泊めて頂いた。夕食にすき焼きをご馳走になったのが忘れられない。

 改めてお礼をしたか覚えていないので『探偵ナイトスクープ』に彼の居所を調べてもらってお母さんお祖母さんにお礼を言いたいと考えた事もあったが実行できずにいた。 

 決勝日朝は彼の50ccスクーターの後ろに付いていきサーキットまで向かった。

 木曜日は朝からヘアピンで走るのを待っていたが、今から思えばグランドスタンド裏で選手が来るのを待っていれば良かったとか、ピットでの作業の様子を見ておけば良かったとか反省は残る。

 F1が走り出した時の感激「あぁ、ようやくGPが帰って来てくれたんだ」と。

 

唯一回だけ行ったバックストレートスタンドから撮影

 木~土曜日までは一人でサーキットの自由席各所を回って観て写真を撮っていた。この時が一番鈴鹿サーキットの各所に行ったかもしれない。

 決勝日にはバスツアーで東京から友人2名が来ることになっていた。彼らも自由席。

 

鈴鹿サーキットクイーンのお姉さん❤

 

 当時は敬愛するドライバー、ジェームス・ハント選手ニキ・ラウダ選手が所属したマールボロ・マクラーレンが一番好きなチームだった。

 決勝日には'83年WEC JAPANで購入したマールボロのシャツを着て行った。

 もう1年早く鈴鹿で開催されていたらニキ・ラウダ選手の走りが再び観られたのだが…。

 

 日本GPでベネトンマシンの美しさに見惚れ、且つ「タバコは健康によくない」という意識からベネトンに鞍替えしたのだ。

 

アラン・プロスト選手/マクラーレンMP4/3/TAGポルシェ

 前年のワールドチャンピオン。’87年はタイトル争いに絡むも最終戦までには脱落していた。

 

ステファン・ヨハンソン選手/マクラーレンMP4/3/TAGポルシェ

 日本でも走ってくれていたヨハンソン選手が「マクラーレンのドライバーになって帰って来た」のはとても嬉しかった。

 サウンド・オブ・エンジンや鈴鹿のイベントで来て欲しいドライバーだ。

 

京商1/64ミニカーのマクラーレンMP4/3もヨハンソン車を選んだ

 

 

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R32GT-Rはカッコイイ ’92 N1耐久 オートテック富士ツーリングカー6時間レース

桂伸一/原貴彦 組/ALTIAスカイライン

 1992年N1耐久・オートテック富士ツーリングカー6時間レース観戦に東京から社用車のホンダ・シビック(EG6)を借りて出かけた。

 N1は現行のスーパー耐久も含めWTCCと併催の2015年時しか観たことが無い。N1目的で観戦に行ったのはこの1回ポッキリ。

 

 N1マシンは市販車に市販パーツを組み込んで調整した程度の改造範囲だったのでGr.Aとは違った面白さがあった。好きなスカイラインR32GT-Rが大挙出走しているところが良かった。

 ピットウォークとかあったのかな? 珍しくお姉さんの写真は1枚も撮っていない。

 スタートは第1コーナー進入で観戦。その後移動した。

 「N1も面白いなぁ」と友人と話していた。

 

 現行・S耐は慣れていないせいか、クラスが多くて分かりづらい。

 

 レース中盤から雨が降り出しペースカー(セーフティーカー)も導入された。

 表彰式の写真が無いので思い出してみたら、雨が降って来て寒くなったのでゴールを待たずに帰ったのかもしれない。

 

パドックのガレージにあったRX-7

 記録に残っていないので出走していなかったようだ。

 

真田睦明/藤村満男 組/BMW M3

 

スタート直後の第1コーナー進入

 

 

優勝砂子智彦/高杉好成 組/プリンス東京スカイライン

 

2位木下隆之/山田英二 組/ZEXELスカイライン

 

3位都平健二/河合博之 組/BOSIスカイライン

 

4位:佐藤久実/大井貴之 組/アセロラ・スカイライン

 

5位:清水和夫/影山正美 組/Gathersプレリュード

 

6位:小幡栄/玉本秀幸 組/B-ing KEGANIスカイライン

 

7位:#71 横島久/津々見友彦 組/RAZOシビック

 

福山英朗/飯田章 組/NISMO Casteolスカイライン

 富士フレッシュマンレースからステップアップしてきた飯田章選手がドライブしているので注目していた。

 「このままGr.Aスカイラインにも乗って欲しいな」と。

 

村松康生/松田秀士 組/FALLENスカイライン

 

長坂尚樹/こもだ きよし/小宮延雄 組/オートテックM3

 

山崎泰文/日下部保雄 組/NORI-P HOUSEシビック

 当時大人気だったあのアイドルのキャラクターショップがスポンサード。

 本人も1回くらいはサーキットに来て話題になった。

 

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