Lost and Found

土曜日の雨の中、お友達とフランス料理を食べに行きました。
溜池山王のシュマンです。
お休みの日に電車に乗って会社の方向へ行くのは、なんとなく妙な気分。
みんな今日も仕事かなー。なんてちょっと気になる・・・。

でも、素敵なお店で、ランチを食べるのっていいですね。
もちろんディナーもいいけど、明るいうちからワインを飲み、ゆっくりと美味しい料理を楽しむって、ぜいたくな感じがして好き! 非日常的な香。
残念だったのが、外が雨模様だったこと。
窓際から明るい日差しがキラキラ見えたら完璧だったんだけど。

お食事は「軽めのランチコース」を頼んだんだけど、これで「軽い」の?
っていうほどのボリュームでした。
オードブルの穴子も、メインのお肉も、デザートもとても美味しかった。
幸せ♪

Lost and Found


ランチだと言うのに4時まで居座り続けた私たち。
それでも、お店の人達はとても感じが良く、店の外まで出て私たちが見えなくなるまで見送ってくれました。

とても素敵なお店でした。★★★★★


Lost and Found

Lost and Found

イチゴは、言葉をいくつ理解してるのだろう?
この間、ふと思いついてリストアップしてみた。
名詞、コマンド系あわせて、30個位は理解しているようだ。
(写真は「待て」でエサを食べるのを待っている様子)

◆名詞系

1.イチゴ
2.私の名前
3.ダンナの名前
4.ごはん
5.牛乳
6.チーズ
7.クッキー
8.えらいね(コマンドが出来た時のほめ言葉、えらいね。と言うと、よろこんでお腹を見せる)
   
コマンド系

9.おすわり
10.ふせ
11. お手
12. 待て 
13. よし(吉永小百合、吉幾三なども聞き分ける・笑)
14. ジャンプ (俗にいうチンチン)
15. タッチ(出かけの挨拶代わりに、手に鼻をつける) 
16. だめ(進入禁止、ゴミ箱あさりなど、行動をやめさせる)
17. おいで (小走りで来る、場合によっては全速力)
18. ハウス(ベッドに入って待機) 
19. ねんね(ベッドに入って寝る) 
20. おしりはハウス(オシリを舐めるときはハウスへ行く) 
21. 降りて(ソファーから下りる) 
22. どいて (その場から、移動する) 
23. かまないよ(興奮して歯を立てるときに叱る) 
24. 誰か来た見てきて(玄関に見に行く)
25. 食べる?(エサ箱へ走る)
26. 散歩? (玄関へ行ってピョンピョンはねる)
27. 行く? (同上)
28. 2階へ行く? (階段に足をかけて待つ)
29. ボールちょうだい(ボールやぬいぐるみを探しに行く)
30. あとへ(歩いているとき後ろに下がる)
31. お風呂入る?(逃げる・笑)
32. バイバイ (玄関へ見送り)
33. ちっち(おしっこをする)
34. べんべん(大便をする)
・・・

と、こんな感じで理解してます。
みんなのワンコは何個くらい理解してるのかなー。

昨日の晩、1時半頃に帰宅した。

車を降り、玄関前まで行くと、いつも右端においてあるゴールドクレストの鉢が、

玄関ドアの前の左側に移動していた。


「あれ、植木が動いてる!」 驚いて私が言うと

「本当だ。ガスやさんでも来たんじゃないの?」

夫の言葉に、そうかもしれないと思いつつ鍵をあけた。

すると、玄関の小窓が開いている。

出かける前には確かに閉めたはず、泊まりで出かけたので戸締りは確認したのだ。

「あ、 窓が開いてる。お母さん来たのかな?」

「あれ? 網戸が破けてる! や、やられたかもしれない!」


夫と2人で顔を見合わせ、すぐに部屋の中を確認した。

が、何も変わっていない。

荒らされた形跡もないし、取られた物もない。

・・・・2階は?

夫を先頭に、私は何故かクイックルワイパーを片手に、恐る恐る階段を上る。

何も変わっていない。

綺麗な夫の部屋と、散らかった私の部屋。いつもどおりだ。

窓も破られてないし、取られたものもないようだ。


もう一度、破られた小窓を見てみると、窓が壊されていた。

ところが、全開しない窓なのであきらめて、逃げたようだ。

と推測した。

迷ったが、とりあえず警察に報告した方がいいのでは?

と110番に連絡を入れた。

すると、すぐに警察の人達が4人もやってきた。


事情を聞いてくれて、破られた窓や周りの様子も確認してくれた。

窓の外には、軍手の後が付いていたそうで、窓は何かでこじ開けられた跡が付いていた。

最近は、変な入り口、つまり玄関とか掃きだし窓ではなく

小さな窓などから侵入する手口が増えているらしい。


普段なら、犬がいるので玄関の窓なら必ず吠えたはず。

警察がいる間も、ずーっと吠えていたくらいだから。

でも、警察いわく、普段吠える犬でも泥棒には吠えない場合があるという。

やはり、怖くて萎縮してしまうらしいのだ。

こんな体のでかい人間だって、いきなり知らない人が侵入してきたら

怖いですからね。と1人の警官が自分の大きな体を指して言っていた。


たぶん昼間から雨戸がしまっていたのを見ていたのだろう。

ゴールデンウィーク、留守を狙って入ろうとしたとしか思えない。

本当は、もう一泊して次の日に帰ってくるはずだった。

だけど、実家へ行くと何故か具合が悪くなる夫が、またもや具合が悪くなり

喘息が起きてしまった。薬を持っていなかったため、治すには実家を離れるしか

方法がなく、もう寝巻きに着替えて、布団に入っていたのに、

急きょ戻ってきたのだ。

これで、もしもう一泊していたら、もしかしたらもう一度来てたかもしれない。

不幸中の幸い。

夜中に帰ってくるのは、大変だったけど、帰ってきてよかった。


警察が帰ったのが、3時半頃。

それから布団に入ったがなかなか眠れず

空がうっすらと明るくなり始めてからやっと眠りについた。


泥棒が入ろうとしていたことを考えると、とても怖くて、気持ち悪い。

もっとセキュリティを強化しなければ。

近所の人にもお知らせして、頼まなければ。

今度旅行に行くときはどうしよう。

いろいろなことを考えているうちに腹が立ってきた。

なんで、泥棒のせいで、こんなことでいろいろと心労を追わなければならないのか

とても理不尽なものを感じて、ムカついてきた。


もし、これが実際に入られていたり、例えば、殺人事件だったりしたら

いったい、どれだけ落ち込み、どれだけ怒りが生まれるか、

想像がつかないほど。

江戸時代にはあだ討ちの制度というのがあったが、

あれは人間の感情として「あり」だと思う。





休み明けの月曜日、先生は私のお腹を押して、いつもの渋い顔をする。

「うーん、半分くらいにはなったけど、まだまだ大きいな。」

入院して1週間もたつのに、未だ手術できないことに苛立っていた私。

まだダメですかね? と軽くプッシュしてみる。

「うーん、この状態だと、お腹を大きくきらなきゃいけないから、大変だよ。」

でも、手術しなければ、いつまでたっても退院できないのだ。


「傷口が大きくてもかまいませんから」

煮え切らない先生に、さらにプッシュをする。

「そーだなー、もう抗生剤ではこれ以上小さくならないかもしれないなー。」

「先生、切りましょう!」

「うーん、傷が大きくなっちゃうけど、いいか?」

「はい、もうお嫁に行く必要もないので、大丈夫です。」

とわけのわからない説得を繰り返した。


「よし。やるか? やるぞ! 明日手術!」

先生は、自分に言い聞かせるかのように、渇を入れながら部屋を出て行った。

ところが、明日は手術室も麻酔科の先生も忙しくて空いてないという。

「じゃ、しょうがない。今日やろう。今日の3時だ!」


いきなり手術が今日になってしまい、急にバタバタと忙しくなった。

手術前に説明をしたいから、2時頃までに家族を読んでくださいとのこと。

夫に電話すると、筑波まで営業に出ていて2時に戻るのはムリという。

母に、お願いしてきてもらう事に。


それから、麻酔科の先生が来たり、再び生えてきた毛を剃毛したり、手術着に着替えたりと。

そうこうするうちに、あっと言う間に12時を過ぎた。

すると、看護婦さんがやってきて「ご家族の方はまだ来ませんか?」と言う。

3時だったはずの手術時間が、2時に繰り上がったというではないか。

そんな事急に言われたって、来れないって・・・。

実家に電話するが、すでに母は家を出たのか、誰も出ない。

このまま誰もこないまま手術になったら、さすがに心細いなー。

早くお母さんこないかなー。と1人病室で待つ。


1時頃、突然夫がやってきた。

なんと仕事をキャンセルして、戻ってきてくれたのだ。

ありがとう。ありがとう。涙が出そうだ。


さっそく別室で先生からの説明を2人で受ける。

8割がた盲腸に違いないが、それ以外のことも想定しなければならないとのこと。

炎症がひどければ、腸を着る場合もあるし、

婦人科系の病気が見つかるかもしれない。

などなど、恐ろしい事をたくさん言われた上で

それでもOKですよ。という意味のサインをさせられる。

同意書ってやつだ。


それまで意気込んでいた私も急に不安になってきた。

でも夫は、冷静で手術後はどれくらいで退院できますか?なんて聞いてる。

あー、この説明を母と一緒に聞かなくて良かった。

心配性の母と一緒だったら、余計不安になったに違いない。


説明が終わり病室に戻ると、母も来ていた。

それからあわただしく、パジャマのズボンと下着を脱ぎ、

手術用の靴下をはき、名前と年齢が入った腕輪を付けられ

床ずれ防止用に腰にテープを張られ、

最後に、ゲーゲーしながら、鼻からドレインを入れられた。

準備完了。


「さー、行きますよー。」元気の良い看護婦さんの掛け声と共に

ベットに乗った私は、看護婦さん、夫、母と一緒に地下の手術室へ向かう。

手術室の手前で手術担当の看護婦さんに引き渡される。

「がんばって!」と家族と看護婦さんに言われながら、いざ手術室へ。


・・・・・・・


手術開始!!!



盲腸と言えば、外科で一番簡単な手術。

一般的に、1週間くらいの入院になる。

最初に外来で診てくれた先生もそう言っていた。


1週間入院して、2,3日の自宅療養。

まあ、長くても2週間も休めば会社に復帰できるだろう。

そう思い、会社に連絡を入れた。


「すみません、盲腸になっちゃいまして。ええ、いま病院なんです。

はい、声は元気なんですけど、お腹は痛いんですよ。えへへ。

今日手術をするというので、少なくとも1週間はお休みすることになるので

よろしくお願いします。」


突然の病気になり、突然の入院と手術を控え、会社を休む事になってしまい

自分の事ながら、少し興奮気味だった。

その興奮が電話を通して相手に伝わっていたらしく、ずいぶん元気ですね。

なんて言われた。


盲腸なんだから、簡単な手術なんだから、直ぐに退院できるんだから。

私は大丈夫です・・・・・。

でも、もしかしたら、自分を落ち着けるためにそう言い聞かせていたのかもしれない。


ふたを開けてみれば、1週間たってもまだ手術のメドがたたず

10日間くらい休めば復帰できると思っていた会社も

もっと休まなければならなくなりそうで、内心かなりあせっていた。

早く手術をしないと。って


そう思えたのは、手術前だったからなのだろう。

痛みも治まっていたからなのだろう。

病気の症状を甘く見ていたからだろう。


結局は、1ヶ月近くも休んでしまったのだが、

このときは知るよしもなく。


どうせ入院するなら、病院は新しい方が良い。

古い病院だと、トイレは病室の外だし、夜には何か出そうな気もするし。

それだけで、気がめいりそうだ。



その点、入院した病院は最近出来たばかり。

設備も最新式だ。


トイレは、病室内にあり、尿の量を計測できる装置も付いている。

ま、自分で尿を取る手間は必要なのだが・・・。



テレビは液晶、冷蔵庫も備え付け。でも、もちろん有料だけど。


ベッドは介護用なので、リモコンで背もたれや、足の高さが調整できる。

お腹が痛かった私には、大変便利な機能だった。


ただ、このベッドすっごく固くて、1日寝ただけでお尻、とくに尾てい骨が痛くなった。

これでは、お腹を切る前にお尻が切れそうだ。

次の日から、家からクッションを持ってきてもらい、オシリにあてていた。



私が入ったのは個室だった。

個室しか空いてなかったのだ。


でも、個室の中でも一番安い部屋。

それでも差額ベッド代は取られるけど、6000円だというので割とお得な感じ。

それくらいなら保険も入ってるから、なんとかなる。

てなわけで、最初の1週間は個室ですごした。



個室だと、誰に気兼ねもなく、夜テレビを見たり、トイレに行ったりできた。

夫も気兼ねなく、病室ですごすことができた。

夫は、たまに仕事の書類などを持ってきて、病室で読んだりしていた。

そう、部屋にいてくれるだけで、いいのだ。

1人は心細いから。



犬の散歩をするとき、この病院の前を通る。

時間を決めて散歩をすれば、私が犬の姿を見れるだろう。

明日の朝、8時に窓から外を見ているようにと、夫が提案。


次の日の朝、窓から下を見ると夫が手を振っているのが見えた。

そして、小さくて茶色い塊が、夫のそばをウロチョロしている。

うちの犬は、ミニチュアダックスフンドなので、

知らなければ、それとは分からないほど小さくしか見えない。


それでも、なんだかとても嬉しくて、涙が出そうになった。



入院してから4日目、ずっと絶飲食が続いている。


栄養剤が日に4回、さらに抗生剤が日に2回も点滴される。

つまり、朝も昼も夜も点滴しっぱなしなのだ。

もちろん寝ているときも。



熱は初日に9度まで上がったが、

その後は8度から7度代で落ち着いている。


昨日あたりから、高熱が出なくなったので

テレビを見たり、雑誌を読んだりできるようになった。



痛みはあるものの、初日に鎮痛剤を点滴してもらったほどではない。

痛いかと聞かれれば、痛いが、我慢できないほどではない。

少し元気になってくると、何で入院しているのかわからなくなってくる。



盲腸の炎症がひどく、そのせいでお腹に膿が広がっている。

中がぐっちゃぐっちゃになってるから、すぐに手術はできない。

そう言われてから、もう4日もたっている。


私の予想では、木曜日つまり今日あたりに手術できるのではないか?

と期待していた。



主治医の先生は、毎日私のお腹を押しては

苦味をつぶしたような顔をして

「固いなー、カチンコチンだなー。」と言い続けている。

つまり、固い部分に膿がたまっているようなのだ。



今日も、渋い顔をしながらお腹を押す。

いつから痛かったんだっけ? え?先週の火曜日ぃ~??

と首をかしげて、さらにお腹をグイグイ押す。



そういえば、2月の半ばにお腹の風邪を引いた。

吐いたり、下痢したりして、ちょっと熱が出たのだ。

内科で抗生物質を処方してもらい、直ったのだ。

それから、なんとなくお腹の調子はイマイチだった。



その事を先生に伝えると、えーそんな前から~?

とまたもや苦い顔をして、私のお腹を押す。


まだまだダメだな。もう少し、抗生剤でたたくから。

もちろん切るよ。でも、まだ先だね。

そう言いながら、行ってしまった。



今日は木曜日。週末に手術するのは考えにくい

ってことは、来週の手術になるってことだ。

あー、なんてこと。

手術もせずにすでに1週間も入院しているなんて。



それにしても、盲腸の始まりが2月半ばの風邪だったとすると

1ヶ月弱、盲腸を暖めていた事になる。

そりゃ、炎症も広がるわけだ。

そのせいで、手術もできない。



近所の内科の先生を恨むわけではないが、

あのときインフルエンザの検査をしてくれたのに、

どうして、お腹も押したりしてくれなかったのか。


もうあの内科へはぜったいに行かない。




入院した市立病院は、家から見える距離。

歩いて3分という近さだ。


朝、病院に駆け込んだと言ったのは、まさに文字通りで

自分の足で歩いて病院へ行き、「急患なんです」と、伝えたのだ。



入院が決まったとき、一回家に帰りたいと先生にお願いした。

すっごい近いんです。もうすぐそこなんです。歩いて3分!

力説したが、すぐに検査があるのでダメだと断られた。


3分で帰り、5分で支度、3分で戻る。

ほんの10分程度なのにそれでも家に戻れないのか。

そんなに私の容態は悪いのか・・・。



そうではない。すぐに検査に回らなければならいし、

家に帰したら、患者の管理ができないし、面倒だからだろう。

しかたがない。


検査は1人で回れるからと、夫にはいったん家に帰ってもらった。

休み明けの月曜日だし、急ぎの仕事をかたずけ、

手術ともなれば立会ってもらわなければならず、

他の仕事もキャンセルしなければならないからだ。



検査が終わって病室に戻るが、何の準備もなく入院した私は

セーターと、ツイードのパンツという姿で、点滴を刺し、ベットに寝ていた。


ほどなく夫も、病室を探してやってきた。

今日は手術はしないらしいと伝えるとほっとした様子。

パジャマとスリッパを持ってきてと頼む。

夫は、再び家へ戻る。



午後、夫は父と母を連れてやってきた。

母には連絡した事は聞いていたが、父までくるとは!

母がわざわざ職場にまで連絡したそうだ。

たぶん、心配性の母がおおげさに言ったのだろう。


盲腸なんだから、そんなにあわてて見舞いに来なくてもいいってば!


母は、バスタオルなどをたくさん持ってきてくれた。


あとなぜか、袋入りのキットカットチョコレートも。

私は絶食だというのに、いったい誰が食べるんだ??



その後、夫はまたもや母と一緒に家に戻る。

何日分かの着替えや、洗面用具を取りに行ってもらったのだ。

夫は、この日、何回病院と家を往復してくれたのだろう。

近いとはいえ、本当にありがたい。



でも、何回も往復してくれたのに、なぜかスリッパだけは忘れてしまっていた。

夜、トイレに行くたびに、革のローファーを履かなければならず

熱でもうろうとしていたのに、パジャマにローファーの自分を見て

なんだかおかしくて、笑った。


手術するのは大変だ。


お腹を切る前には、たくさんの検査をしなければならない。

血液検査、レントゲン、エコー、心電図、尿検査。



一通り回っていくうちに、だんだんお腹が痛くなり

腰を曲げないと歩けなくなってくる。

見るからに病人らしくなってきて、痛みも増してきた。



入院するのは頭ではわかっていたけど、実際に痛みが増すと

「入院したい」と体で納得できるようになる。

それほど、辛い。



検査は1人で回れるからと、夫に自宅に戻ってもらっている間に、

病室に案内されてしまった。夫はわかるだろうか。ちと心細くなる。

でも、不安になる暇もないくらい、次々と看護婦さんがやってくる。



まず、病室の説明から始まり、

手術をするからと、手術着、靴下、などを身に着けるよう指導され

点滴が始まり、指輪をはずすように言われ、家族構成を聞かれ

手術の立会人は誰かと聞かれ、

そして、手術前の儀式である剃毛も、無事終了した頃に

主治医の先生が、やってきた。



「今日手術だって?」

いぶかしげに、私のお腹をグイグイ押して診察を始めた。


「なんだこりゃ、固いなー。何でこんな固いの??」

・・・なんでって言われても、わからないんですけど・・・・

と不安になっていると。



「うーん、ちょっと手術はムリだなー。

たぶん膿が広がっていてね、お腹の中がぐっちゃぐっちゃになってるから。

しばらく炎症を抑えた方がいいな。」

と言いながら、先生は病室を出て行ってしまった。



え?それじゃ手術しないってこと?

いつ、手術するの? それともしないの?


1人で不安になるが、それを深く考え込む時間もなく、またもや看護婦さんがやってきた。

「さーCT取りに行きますよー」



お腹が痛い私を気遣って、車椅子に座らせてくれた。

車椅子に揺られながら、一緒にエレベータにのり、CT室に向かうが

途中で気持ち悪くなり、トイレで吐く・・・、

が何も出ない。胃に何も入ってないのだ。


その代わりといっては何だが、下痢をする。

体調は最悪だ。



CTを取るときは、すでにお腹の痛みが激しく体が伸ばせない状態に。

余りに痛いので、手術をしないのなら、痛み止めをもらえないだろうかと

看護婦さんに頼む。


ふらふらになって病室に帰ると、栄養剤、抗生剤、痛み止めの点滴が始まる。

痛み止めのせいで、かなり眠くなる。



その後、熱がどんどん高くなり、もうろうとしてくる。

1人でいる不安を感じる余裕もなく、何時なのかもわからず

いつ手術するか気にするのも忘れ、

痛みや辛さと戦うことを体が優先していた。

そんな夜だった。



夜中に熱が9度以上になったので、

ものすごく痛い注射をされた。

はっきり覚えているのはそれくらいだ。



入院1日目は、長ーい1日だった。


病気と言うのは突然やってくる。

あれは、3月1日(火)の午後にやってきた。

おへその辺りからじわじわと腹痛が始まったのだ。



そろそろ生理が始まる頃だから、そのせいだろう。


なーんて思っていたが、痛みがだんだん大きくなってきて

イタイ、イタイ、イタイ・・・・と頭の中は痛みの事でいっぱいになり

仕事に集中できなくなってしまった。


これはイカンと思い、庶務さんから鎮痛剤をもらう。


とりあえず痛みは収まったものの、その日以来ずーっとお腹の調子は悪かったのだ。

でも、今回の生理痛は、手ごわいな。くらいにしか思ってなかった。



そんな状態で、週末を向かえ、さらに腹痛は悪化していった。

生理痛にしては酷すぎないか? 

とやっと、5日目にして疑問を持ち始めた。


明日は月曜日だから医者へ行った方がいいだろうかと思いつつ、眠りに着く。


そして夜中、気持ち悪さで目が覚める。


トイレに駆け込み、嘔吐、そして下痢。

熱を測ると、7度以上はある。そして、腹痛は右下腹に移動していた。


「あれ?これはもしかして盲腸か??」

やっと、ここで異変に気づいた。鈍感な私である。



痛みは次の朝になっても消えず、夫に支えられながら、市立病院に駆け込む。

急患で外科の先生に診てもらうと、私のお腹をグイグイ押す。

右の下腹を押されると、「ビビッ」っと、体を丸めるほど激痛が走る。



うん、これは盲腸ですね。詳しく調べないと何とも言えないけど

たぶん今日のうちに、手術でしょう。 

この状態じゃ、昨日でもおとといでもよかったくらい。

え?火曜日から痛かったの?

ずいぶん我慢しちゃったねー。



そう、この「ずいぶん我慢しちゃった」状態が、大変なことだったのだ。

そして、私はこのまま家には帰れず、入院となる。