世はまさにデジタルエイジスマホAIスピーカーに向かって「セックス・ピストルズのアナーキー・イン・ザ・UKをかけて」と言えば曲が流れる便利な時代。え、「そんな反社会的な曲はかけられません」と検閲される?

 

 なのに、我々(アナログレコードに憑りつかれた哀れな老いぼれ)は曲を聴くために、紙のジャケからレコードを取り出し、内袋を外し、クリーナーで盤面のゴミを取り、プラッターにうやうやしく置き、トーンアームを曲の頭に移動させ、リフターのレバーを降ろすのである。あぁ、書いてるうちに寿命が来てしまう。

 

 この一連の動作を少しでも省きたいと先人があがいた結果がフルオートプレーヤーだが、それでも「レコードをかけてくれ」と言葉に出すだけで曲が流れる域には到達できなかった。

 

 そんなアナログ派の夢を軽々と実現した男がいる。トニー・スターク。そう、我らがアイアンマンである。

 

 以下、ネタバレといえばネタバレかもしれない、微妙な描写があるので注意!

 

 

 

 

 

 「ジャービス、針を落としてくれ

 

 『アイアンマン3』の冒頭、ラボでマーク42のスーツを試着するトニーは、相棒のAI、J.A.R.V.I.S.にそう指示を出す。ジャービスはこの雑な指示を正しく理解して、ラボに置かれたターンテーブルのスイッチを入れ、針を降ろすのだ。一連の動作はすべてリモートでコントロールされる。これこそ真のフルオートだ。

 
 アナログの極みであるレコードプレーヤーAIの出会い。さすが大富豪、やることが違う。印象に残るシーンなので、YouTubeにも動画が切り抜かれてる。

 

 

 世界有数のリッチマンが愛用するターンテーブルである。『ジョン・ウィック』のコンチネンタルホテルを超える、とんでもないハイエンドなブランドがそこにあるはず。そう期待すると、とんだ肩透かしを食らって土俵を割ることになる。

 

 

 拡大してみよう。

 

 

 これは奥に置かれたマシン。

 

 

 そして、手前にあるのがコレだ。

 

 ラボにあるのは、この2台。特徴的なので、正体はすぐに分かった。奥が「BSR C123R」、手前が「Stanton STR8-150」である。

 

 なんと、レコードチェンジャーDJタンテだ。しかも数100ドルで買える普及モデル金持ちのやることは分からんなあ。

 

 

 BSR C123Rは、70年代イギリスで製造されたレコードチェンジャーだ。実物は見たことがない。トニーは物持ちがいい。

 

 細かいことだが、さっきの動画を見ると、動作に違和感がある。レコード(赤い7インチシングル盤)がプラッターの上にあり、トーンアームはすでに1曲目の頭の位置にあって、トニーが合図するや、ドンと針が落ちる。

 

 違う。そうじゃない。

 

 これはチェンジャーだ。ならばレコードは、その長い長いスピンドルの上に刺さってるはずだ。スイッチONでプラッターが回り始め、レコードがストンとプラッターの上に落ち、やおらトーンアームが動き出して1曲目の頭で止まり、ゆっくり針が降りる。これが正常な動作だろう。

 

 BSRの修理動画を見つけた。長いので、修理が終わって完璧に動作する感動のシーンに直接リンクしたから、ちょっと見て欲しい。カチャカチャと、まるでAIを搭載したかのように動くカラクリには、デジタル世代でなくても心が躍る。

 

 

 

 で、もう1台はスタントンのDJタンテ、STR8-150。同社の最高峰モデルで、強靭な起動トルクはテクニクスSL-1200を凌ぐ。トーンアームはS字タイプとストレートタイプがあり、ストレートは特に針飛びに強いので、スクラッチDJから根強い支持がある。このサイズで重量16kgは驚異で、低周波振動の抑制に大きな効果あり。ダストカバーが付属しない(別売りも無く、本体にヒンジすらない)ことでも分かるが、DJユースに特化したモデルだ。これで実売6万円ほどだったから、まさにベストバイ。惜しくも数年前に製造終了した。

 

 なぜ、この超個性派の2台、70年代のビンテージと2010年代のプロユースモデルスタークインダストリーズのラボに鎮座するのか。ナゾだ。

 

"人はその気になれば変わることができるんだ" - チャーリー・ブラウントニー・スターク

 

 ナゾ解きはもう1つある。ここで再生されるレコードは何だ? さっきのスクショにヒントがあるぞ。

 

 

 向きを変えて拡大してみると…チャーリー・ブラウンのレコードではないか。

 

 正体はあっさり分かった。

 

 

Charles M. Schulz – A Charlie Brown Christmas (1977)

 

 トニーは1970年生まれだから、これはまさにトニー少年の思い出の1枚に違いない。もしかすると、これが初めてのマイレコードで、さっきのBSRも一緒に父親からプレゼントされたのかもだ。

 

 ここで探求が終わらないのがレコード馬鹿の常。Discogsのデータによれば、このアルバムには6バージョンがある。さて、トニーがかけたディスクはどれだ?

 

 ジャケに特徴があるイタリア盤がまず脱落したが、残りのアメリカ盤x4バージョンとカナダ盤は、ジャケで区別がつかない。色味の違いはあるが、映画のカラーバランスはたいてい加工されるので、あまり参考にならない。ならば、レーベルだ。

 

 

上から順に:

Waddell pressing  US 1977

Keel pressing  US 1977

Waddell pressing  US 1977(別バリ)

PRC pressing  US 1977

Canada 1978

 

 最初の2枚を除くと、デザインに違いがある。これなら特定できるだろう。さて、トニーのタンテに乗ってるディスクのレーベルは、と…

 

 

 …なんと、どれとも一致しない。こんなオチが待ってるとは。もしかして、世界に数枚しかないテスト盤か何か??

 

 色々調べてるうちに、このレコードを再生した動画を発見した。なんと、プレーヤーはBSRチェンジャーである。偶然にしても出来過ぎだ。もしかして、当時チャーリー・ブラウンとコラボでもしたのか!?

 

 

 最後に、もう1つのナゾに触れたい。映画でチャーリー・ブラウンのクリスマスアルバムを再生するのはBSRではなくスタントンの方だ。BSRは何をしてるかというと、別のレコードが乗っている。先ほどのスクショに再登場を願おう。

 

 

 なんだろう、この赤いドーナツ盤は? ジャケも見えるが、特定はできなかった。

 

 さらに言うなら、2台の動作もナゾだ。「ジャービス、針を落としてくれ」の直後、2台のプレーヤーでトーンアームが同時に降りる。違う曲を同時に流すのかと思ったら、聴こえるのはチャーリー・ブラウンの曲だけ。なんだ、こりゃ?

 

 そこに何か巨大な、人類の命運を決するほどの秘密が隠されているとしたら…。答えは『アイアンマン4』にある! ありません