ベランダでタバコを吸う様になってから、毎晩決まってUFOと遭遇する様になった。最初はビビったが、今はだいぶん慣れた。
彼らは、南の空の低いところを申し訳なさそうに飛ぶ事もあれば、目の前を一瞬の高速で飛行する劇的な曲芸をしでかしたりもする。
彼(もしくは彼ら)が何の接触も試みず、ただ俺の前にゆらゆら現れるのは何故だろう。
例えば、こうじゃないかな。俺は「星の王子様」のキャラクターの中でも、とりわけ「キツネ」が好きなので、高度な文明を持つ彼(もしくは彼ら)は俺の嗜好を何らかの方法で探り、アプローチの策を練っているのかも知れない。
俺としては今の状況を面白く思っている。イニシアチブは俺にある様だ。先程も、南の空の低いところを、申し訳なさそうにゆらゆらと飛んでいた。
それを見ながら、俺はタバコをくゆらせる。
電車の寝言が遠く聞こえる夜、街はおとぎ話めいた夢でも見ているかのように穏やかだ。
地平線近く群れなすビルの赤い光が、いつもより暗く輝くのは、冬の夜としては穏やかな気温のせいかもしれない。
雨が降るのだろう。
だとしたら、ときおり違法改造したバイクの群れが、どことも判らぬ遠くの道を抜けて行くのも今のうちかもしれない。
俺はベランダから星の無い暗い曇天を仰ぎ見ながら、いろんな友人たちとのかつての会話のひとつひとつを、ほつれた糸をほどくように、大切に大切に思い出している。
もしも今夜、彼らと語り合った話の続きをするとしたならば、朝までに俺たちはどこに着地できるだろう。
よからぬ企みも、はらぐろい思惑も、声をひそめて語り合ううち、大爆笑しながら涙をながせるバカ話に開花するだろうか。
それまでの俺はパソコンの前で無意識に喫煙していたものだ。
何時間でもキーを打ち、灰皿に吸殻の山を作った。
星を見る機会が増えたのは、俺がホタル族の一味に加担したからだ。何故ホタル族に加担する様になったかは訊いてはいけない。
パソコンの前で無意識に喫煙していると、タバコの味にも無頓着だったと思う。得なことなのかどうかはさて置き、星を眺めながら喫煙する様になってからはタバコ一本一本の味わいの変化などが楽しめる様になった。
それよりも、毎晩、夜空を観察する幸運を手に入れたのが、俺にとって新たな幸福だ。
俺は妻意外に毎日、毎晩の様にオリオン座に出会う。妻に次いで第二位の頻度でオリオン座と対峙する。
今現在、俺の酒の相手ナンバーワンはオリオン座である。
あの雄々しいオリオンの棍棒を振りかざす姿を見ていると、些細なことで思い悩むのがバカらしく思えて中々グッドだ。
いつか俺はオリオン座を題材とした何かを作るだろう。
妻を題材とした何かを作った後に。
月が天上でシャトヤンシ-(キャッツアイの効果)やアステリズム(スタールビーなどのスター効果)を見せるのは、実は睫毛のせいで、それが故に月は本来の姿にも増して美しく輝く。それら睫毛による幻を避けるため、月に対し真正面に顔を向けて大きく目を見開くと、淡々とした月の光をキャッチ出来るだろうが、俺はそんな事なんかしやしない。あいも変わらず睫毛越しの月の光を見る。だって、月にシャトヤンシーやアステリズムがあったほうが好きだからだ。綺麗じゃないか。君だってそう思うだろう?キラキラするものが好きだろう?
正しい月の光を見ようとする人は奇特である。幻であろうと、美しいものを見たいのが人情だ。だから、過去の素敵な思い出の数々は、睫毛越しの月の光に似ている。幻と分かっていても、その一瞬の美しさに酔ってしまう。
願わくば、俺が、あなたが、皆が、たとえそれがフェイクだとしても、睫毛越しの妖しい光を放ち続けますように。
そしていずれ、その光の正体がバレてしまったとしても、麗しかった睫毛越しの光を思い出して、その思い出に酔えるだけの記憶力が備わりますように。