ネット気取りNo.1の俺が言うのもおこがましいが、インターネットが無かった頃の昭和的ノスタルジーに時折スポイルされる。
ネットの情報は即時性はあるが、玉石入り交じり、質は良くない様に感じる。
たまに小人を目撃する俺だが、もしインターネットが無かったら、俺は疲れていて、妙な白日夢を見たのだ、って事で終わっていたかも知れない。
ところがネットを行き交う情報を追うと、俺と同じ様な体験をした人がごまんと居るのに気付く。
そして「あの小人は何だ」って事で世間は騒ぎ立てる。
だけど、だからと言って誰も追求しようとはしない。
ネットが無かったら、きっとそんな騒ぎは起こらないだろう。そして、一部の探求心旺盛な誰かによって研究され、一部の愛好家に重宝がられる一冊の書物が編纂されたかも知れない。
だからこそ思う。昭和の頃の都市伝説が、いかに強烈なインパクトを以って世間を震撼させたか。
口裂け女などは最たるものだ。
口裂け女が里中学校の給食室に出たぞ、いやいや、戸田ボートのあたりで襲われた人が居るらしい、情報伝達の未熟だったあの頃、口裂け女は、彼女の走る60キロメートルパーアワーよりも速いスピードで全国を駆け抜けた。
火の無いところに煙が立つだろうか。もし無いところからまことしやかな物語を流布させた人物が居たとしたら、相当な想像力と伝達能力を持つ超人であったに違いない。



安田ちんはアパレルメーカーに長く勤め、その後、俺が店長を勤める画廊に転職してきた、北海道育ちの純粋な乙女だった。
冗談のひとつも言えない不器用な子だった。
ある日その安田ちんが、口裂け女を見たと主張した。
「どこで見たの?」
俺は店員のシフトを組むのに四苦八苦していて、安田ちんの話を片手間に聞き流していたが、安田ちんは、これ以上大変な事件は無いとばかりに、真剣な眼差しを俺に送るのだった。
「京王線で、向かいの席に・・・ちょっと店長、手を止めて聞いて下さいよ!」
やむを得ず俺は安田ちんの方に向きなおり「はいはい、聞きますよ」と、ペンを内ポケットにしまった。
「それにしても、今更口裂け女かあ、あの話が流行ったのっていつだったっけ?俺が4年生位の頃だから、もう14、5年前だぜ?」
「流行りとかそんなの、どうでもいいです。とにかく、私見たんですよ、電車の中で」
彼女がそこまで主張するなら、多分ほんとうに見たのだろう、だって今にも泣き出しそうな顔をしていたから。
「で、どんな感じだったの?」
「大きなマスクをしていたんですけど、端っこから口がはみ出てるんです。時々、その口が開いて、ヒューヒュー音を立てるんです。その時、見えちゃったんですよ、獣みたいに尖った歯が」
安田ちんはすっかり涙目だった。
「あたしどうしたらいいですか?」
「どうしたらって、何かされたの?」
「何もされてませんけど、怖くって」
「口裂け女はどうした?」
「おとなしく座っているだけでしたけど、私をじいっと睨むんです。その目が蛇みたいで・・・」
そこまで言って、安田ちんはめそめそと泣いた。
その晩、怖がる彼女の為に車でアパートまで送った。
それから一週間しないうち、父親が急死したとの報せが安田ちんのもとに届き、彼女は会社を辞め、小樽に帰って行った。



安田ちんが泣いて主張したのだから口裂け女は実在するのだ。





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