ヨーロッパでは宗教改革が起こり、プロテスタントでは、「人々は神の前に平等」「万人祭司」という考え方が広まった。その考え方では、神は皇帝にではなく、国民一人一人に主権を与えていることになる。



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 現代日本のように、宗教と政治が分離されている国では、神の概念を出すことはできない。そのため、主権は国民が生まれながら持つとされる。



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 皇帝の主権はいつでも好きなように行使できるが、国民の主権行使は、憲法の制定および改正の時のみに行われる。憲法は主権者の意思を表しているのだ。そして、国の最高権威は憲法ではなく主権者の意思なのだ。

 日本では、最高神である天照大神の子孫である天皇に主権が与えられているとされていた。征夷大将軍は戦闘地域を支配するために派遣され、その地域では絶対的な存在である。カナダやオーストラリアにいるイングランド王の代理人である総督と同じような存在だ。



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 征夷大将軍から各地の大名が統治権を得て地方を支配する体制が取られていた。征夷大将軍が皇帝代理、各地の大名が王のような関係だ。

 鎌倉幕府時代に、征夷大将軍が支配する地域は日本全土に広がった。室町幕府時代には、3代将軍足利義満は天皇から統治権を授かった征夷大将軍であると同時に、中国から統治権を与えられた日本国王となった。足利は中国との貿易による利益を求めてそうしたのだ。中国の属国となれば、他国から侵略されたり、中国から離れようとするなら、中国は軍隊を送って、それを阻止しようとするが、中国にはまったくその意図はなかった。つまり、全くの形式にしすぎないのだ。逆に、日本が朝鮮を攻めたときには、中国は軍を送り日本と戦った。室町幕府以降は、特に、秀吉の朝鮮征伐(唐入り)もあり、中国との関係が切れた。

 中国では、天より命令を受けて皇帝になるものと考えられていた。皇帝は直轄地以外で王を任命して統治させた。


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 朝鮮国王は中国皇帝によって、統治権を得て朝鮮半島を支配していた。しかし、日清戦争の結果、日本は朝鮮の独立を清に認めさせた。朝鮮では、中国との隷属関係から独立したことを記念して独立門を建て、大韓帝国を名乗り独立を果たした。朝鮮王が大韓帝国皇帝として主権者になった瞬間だ。
 その後、主権者である大韓帝国皇帝は日本との併合をおこなうことになる。主権者であるから、何も相談することなく決めることができるのだ。

 琉球では少し複雑な状況が生まれている。中国皇帝より、琉球王に統治権が与えられているにも関わらず、薩摩藩の属国と成っていた。通常は主権(日本と中国)が重なり合うなら、戦争状態になり、どちらかの主権の下に入るものだが、そうは成らなかった。日本は中国と貿易をしたかったが、中国は属国に成らなければ貿易をしないとしていた。日本は、天皇と言う主権者がいて中国皇帝と対等だという立場であったため、それは受け入れられなかった。そのため、属国にした琉球を通じて間接貿易を行うことにしたのだ。
カトリックの国々では、王の上に教皇が存在し、教皇が、それぞれの国々の国王に統治権を与えている。


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 トルデシリャス条約、サラゴサ条約など教皇のお墨付きによって、ヨーロッパ以外の世界はスペインとポルトガルに二分して与えられることに成った。キリスト教徒にとっては、神は唯一絶対のもので、この世界その物が、神の物であるとされる。その神の使徒であり、キリストの代弁者である教皇は絶対で、教皇が「新世界はスペインとポルトガルに二分して与える」といったら、両国にとって、新世界は約束された領土になる。

 日本では、最高神である天照大神の子孫である天皇が日本を統治しているとされていた。そこに、他の神(キリスト教の神)が日本を支配しようとしているということを知り、キリスト教を禁止した。




 ナポレオンは、教皇から戴冠されるのではなく、自ら戴冠した。すなわち、自分は教皇の下にいるのではない。つまり、皇帝であると言うことを示した。


 英国では、教皇と国王が対立して、英国国教会が教皇から独立して、大英帝国を名乗った。しかし、英国の上に教皇がいなくなっただけで、国王が皇帝に成ったわけではない。イングランド国王が、英国国教会の首長と北アイルランド国王、スコットランド国王を兼務し、イングランド皇太子がウェールズ大公を兼務する。


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 動物を殺して食べたり、他人から税と称して金を奪ったり、他人を使って城を作らせたり、罰を与えたり、殺したりするする権利はどこからくるのか。昔の人は、それを正当化するために、それらの権利は神から与えられた権利だと主張した。


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 神から帝に主権が与えられ、帝は地方の王に統治権を与える。帝は自らの直轄領を持つ場合もあるし、持たない場合もある。は時間と空間を支配すると言うことで、元号を定めることが多い。

◯中国では、帝は天命によって選ばれ、革命(天命をあらためる)によって、交代すると言われていた。

◯日本では、天照大神の子孫である天が統治すると言われていた。

◯カトリックヨーロッパでは、キリストの使徒である教によって各国の王に統治権が与えられていると考えられていた。

こんな感じでの権利を正当化していた。
 証券新聞によると、世界株式市場の4月までの年初来騰落率で、日本は46市場中45番目という悪さとのことだ。日本より悪いのはハンガリーだけという状況だが、麻生総理の顔は明るい。経済の悪さより、小沢問題で自分の支持率が上がったことが嬉しいのだろう。

 今日の株式市場は、日本のザラ場内でシカゴ先物市場が上昇していることに引っ張られ、強かった。まだまだ、アメリカ頼みの日本株式市場だ。そのアメリカではストレステストが終わり、市場はアメリカの金融システムに安心感を抱いた様だ。一方、世界最大の自動車メーカーGMの破綻が見え始めている。クライスラーの破綻ではラインを止め部品会社にも影響が出始めている。ここに、GMも破綻すれば、アメリカの失業率はかなり上がるだろう。ただ、アメリカの株式市場における自動車メーカーの比率は日本ほど大きくなく、アメリカ株式市場に与える影響は軽微だ。一方、日本メーカーは現地調達では同じ部品メーカーから買い付しているので部品メーカーの連鎖倒産の影響は小さくない。

 株価は将来に渡って得られる利益を現在価値にした総和が妥当な値段だ。株価の集まりである株価指数(TOPIXなど)は日本全体が生み出す将来利益を現在価値にした総和に比例するはずだ。つまり、TOPIXはだいたいGDPの将来価値を現在価値にした総和に比例するはずだ。

 今日本は人口が減少している。人口が減れば必ずGDPは下がる。将来のGDPが下がるなら、現在のTOPIXが下がることになる。つまり、日本は構造的に株価が下がるように成っているのだ。しかし、利益を測る現金の価値が変われば別だ。現金の価値が将来下がるならば、金額で表される利益は大きくなる。つまり、インフレーションを起こせば、TOPIX、株価は上がる。

 日銀はアメリカからインフレターゲットを定めて金融政策を行うべきだと言われても無視しつづけているが、その方針を転換し、インフレ目標を定め経済運営を行うべきである。そうしなければ、株価が下がる日本から資金が逃げていく。

 いままで、1月7日が年初来高値で、そこから下がりつづけた。やっと、その高値を越えたようだ。ただ、この高値は日本が原因ではなく、連休中にアメリカが上昇していたことを見て、投資家が買い上がっただけの様だ。

 日本のような加工貿易国では、消費国の経済回復は大きなインパクトがある。自動車のようにアメリカに直接輸出しているものにはメリットが大きい。一方、日本の最大の貿易国は中国であり、中国が日本のものを輸入してもらわなければ、日本全体の経済回復は望めない。今、中国は日本から部品や材料を輸入してアメリカなど世界中に輸出しているが、中国は、部品、材料、原料を自前で確保するように転換を進めている。

 日本はすぐにでも経済構造を作り直さなければ、衰退し続けることになる。しかし、役人はこの不況を利用して利権を拡大しようとするし、族議員たちは金融出動を名目に自分のところに税金を引っ張ろうとしている。

 野心あるものは海外に出ていくだろう。
 裁判員制度は、主権者である国民が裁判に参加する制度である。参加する範囲は、一審の凶悪事件だけである。しかも、裁判官3人が審議に参加し、裁判員を誘導する。似たような制度としてアメリカの陪審員制度があるが、全裁判が対象で判決は陪審員のみで行われる。主権者が積極的に統治に参加する制度と言える。

 立法、司法、行政がお互いに独立して、監視し合う政治体制は、為政者の暴走を防ぐためには必要な制度だ。主権者が直接関与する機関の権力が強くなっている。

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 議会は主権者が代表者を送り込んでいるので国権の最高機関とされる。しかし、選挙制度を変えれば、議会の性格は変わる。例えば、純粋に比例区選挙のみにしたら、政党の党首が絶対の独裁体制ができるだろう。極端な例としては、大日本帝国時代の翼賛選挙だ。また、完全小選挙区制にすればアメリカのように2大政党性になるだろう。選挙制度でコロコロ変わる議会のみに大きな権力を与えておくことは問題だ。

 今、司法では、国民審査で形だけ主権者が参加していることに成っている。実質的にも主権者が参加するようにすれば司法の権限は強くなる。司法の判断は主権者の判断となるからだ。

 裁判員制度を全裁判に拡張すれば、自衛隊関係の裁判で憲法判断を回避すると言うことがなくなるし、解釈改憲を止めさせることもできる。憲法は主権者が発するものだから、その解釈は主権者が行うべきものだ。
 憲法改正には、両院の2/3の賛成と国民の過半数の賛成が必要とされる。国民主権であるから、国民の過半数の賛成は妥当だろう。しかし、両院の2/3の賛成は他の法案に比べても、きついように感じる。実際どうだろう。

 参議院では、2人区29、4人区12、6人区5、10人区1と比例区96人がある。憲法改正が争点で、国民の過半数が憲法改正を支持している場合を考えよう。半数毎改正の参議院選挙では2人区では三年ごとに一人づつ選挙をするので、国民の過半数が憲法改正を支持しているなら2人とも改正派の議員が選ばれる。同じように4人区では少なくとも2人は改正派だ。そして比例区では国民の比率そのままの議席数になる。
 それで計算すると58(2人区)+24(4人区)+20(6人区)+6(10人区)+48(比例区)=156
国民の過半数が憲法改正に賛成しているなら、少なくとも242議席中156議席は改正派が取る。これは64%である。2/3まで6人足りないだけだ。つまり、国民の過半数と参議院の2/3は同程度の難しさだ。

 一方、衆議院では小選挙区300人、比例区180人であるので、国民の過半数が改憲に賛成であれば、480議席中390議席が改憲派のものと成るはずだ。憲法改正に必要な2/3を越える81%の議席を占めることになる。国民の過半数が支持していれば問題なく2/3を満たす。

 国民の過半数が憲法改正に賛成すれば、憲法改正が成立する。

 5月3日は憲法記念日ということで、マスコミは自称護憲派、自称改憲派の集会を報道した。自称護憲派は議論すら拒否するヒステリックな対応が見受けられるし、自称改憲派は日本国憲法をGHQが押し付けた憲法として、日本国憲法自体を認めていない。

 自称護憲派のおかしいところは、憲法には主権者は国民であり、国民に憲法改正権があると書かれているのに、それを拒否していることだ。つまり、自称護憲派は憲法を守ると言いながら、憲法を否定している矛盾だらけの主張だ。

 自称改憲派は、自主憲法を作れと言っているようだが、改憲でなく、創憲なら、主権者である国民を無視したものであり、革命である。革命と言うのは、主権者 が交代することを指す。大日本帝国憲法では主権者は天皇とされていたものが、日本国憲法では主権者が国民とされた。主権者が交代することを革命と呼ぶから 革命憲法とも呼ばれる。自称改憲派の自主憲法制定と言う主張は革命であり、国歌反逆罪に相当する重罪だ。

 自称護憲派も自称改憲派も国民主権を奪う勢力で、国民の主権行使である憲法改正を否定し、馬鹿な国民を指導するのは自分たちだと驕っているのだ。憲法に 示されているように、国会で憲法改正案を作り、「これでよろしいでしょうか」と主権者の前に提出すべきだ。それをやらずに、憲法の文章を歪曲かして解釈す ることは国民主権の侵害である。