ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

稲盛和夫さんの代表作、

 

生き方


 

から、

私の印象に残ったところを、

紹介・解説しています。

 

今回のテーマは、

 

「思いを実現させる」

 

です。

 

「世の中、

思い通りにならないことが多い・・・」

 

私の人生を振り返って見ても、

それを実感します(^^;

 

しかし、

稲盛和夫さんは、

 

「人生は、その人が思った通りになる」

とおっしゃいます。

 

「思い通りにならないことが多い」

と考えるから、

そのとおりの結果を呼び寄せているのだと。

 

・・・う~ん、

たしかにそれは一理あるかもしれない。

 

「空を飛びたい」

という願望があったからこそ、

飛行機が生まれたように、

 

たしかに、

「こうありたい」

と思うことなしに、

実現はしないのかもしれません(^^;

 

とはいっても、

半端な願望ではだめなんですね。

 

稲盛和夫さんは、

寝ても覚めても

強烈に思い続けることが大切だといいます。

 

 

願望を成就につなげるためには、

並みに思ったのではダメです。

 

「すざまじく思う」

ことが大切。

 

漠然と

「そうできればいいな」

と思う生半可なレベルではなく、

 

強烈な願望として、

寝ても覚めても四六時中

そのことを思いつづけ、

考え抜く。

 

頭のてっぺんからつま先まで

全身をその思いでいっぱいにして、

 

切れば血の代わりに

「思い」が流れる。

 

それほどまでにひたむきに、

強く一筋に思うこと。

 

そのことが、

物事を成就させる原動力と

なるのです。

 

 

切れば血の代わりに

「思い」が流れる・・・

 

大事を成す人の「思い」とは、

これほどすざまじいものなのですね(^^;

 

 

ああなったらいい、

こうしたいということを

強く思い、

 

さらには

強く思うだけでなく、

その実現へのプロセスを

頭の中で真剣に、

こうしてああしてと幾度も考え、

シミュレーションを繰り返す。

 

将棋の差し手を

何万通りも考えるように、

何度も何度も

達成への過程を模擬演習し、

 

うまくいかない部分は

棋譜を描いては消すように、

プランをそのつど

練り直してみる。

 

 

実現させるためには、

プロセスを真剣に考え、

シミュレーションを繰り返すんですね。

 

 

そうやって思い、考え、

練っていくことを

しつようにくり返していると、

成功への道筋があたかも

一度通った道であるかのように

「見えて」きます。

 

最初は夢でしか

なかったものが

しだいに現実に近づき、

 

やがて夢と現実の境目が

なくなって、

すでに実現したことで

あるように、

 

その達成した状態、

完成した形が頭の中に、

あるいは目の前に克明に

思い描けるようになるのです。

 

しかも、

それが白黒で見えるうちは

まだ不十分で、

より現実に近く

カラーで見えてくる

 

―そんな状態が

リアルに起こって

くるものなのです。

 

スポーツでいう

イメージトレーニングに

似ていますが、

 

イメージも

ぎりぎりまで濃縮すると、

「現実の結晶」

が見えてくるものなのです。

 

 

すでに達成した状態のイメージが

「カラー」で見えてくるまで考え抜く・・・

 

このレベルまで達しないと、

なかなか願望は実現しない。

 

う~ん、甘くはないですね(^^;

 

自己啓発の考え方で、

「引き寄せ」の法則というものがありますが、

(鏡の法則も同じです)

 

その中で、

「~が欲しい」という思いは、

その状態を引き寄せてしまう

ということがあります。

 

たとえば、

「幸せになりたい」

という思いは、

「今は幸せではない」

ということを認めていることになる。

 

したがって、

幸せにはなれない。

 

だから、あたかも、

すでに「幸せ」であるように、

 

「幸せな状態」

をイメージして、

それに感謝することが、

結果的に幸せを実現することになる

 

という考え方ですね。

 

すでに達成した状態のイメージが

「カラー」で見えてくるというのは、

こういうことかと思います。

 

・・・しかし、

 

「カラー」で見えてくるまで

考え抜くというのは、

なかなかできないですよね(^^;

 

たとえば、

「億万長者」になりたいという

願望があっても、

その状態を「カラー」で

ありありとイメージするのは難しい。

 

一時的にはできても、

それを継続して思い続けるのは

なかなか難しいと思いますし、

 

たとえ、

お金持ちになったとしても、

その状態は続かないような気がします。

 

なぜなら、

「心の底」で認めたことではなく、

「心の表面」で認めたことだからです。

 

稲盛和夫さんは、

NTTに対抗して、

現・KDDIを立ち上げる時、

このように問い続けたといいます。

 

 

参入を意識してからというもの、

就寝前のひとときに

毎晩欠かさず、

 

「おまえが

電気通信事業に

乗り出そうとするのは、

 

ほんとうに

国民のためを思ってのことか。

 

会社や自分の利益を

図ろうとする私心が

そこにまじっていないか。

 

あるいは、

世間から

よく見られたいという

スタンドプレーではないか。

 

その動機は

一点の曇りもない

純粋なものか・・・」

 

という自問自答を

私は繰り返しました。

 

すなわち

「動機善なりや、

私心なかりしか」

 

―ということを、

何度も何度も

自分の胸に問うては、

 

その動機の真偽を

自分に問いつづけたのです。

 

 

「動機善なりや、私心なかりしか」

 

う~ん、やはり、

偉大な方の考えることは、

すごいですね(^^;

 

単に「カラー」で

イメージが描けていただけではなく、

 

このような考え方が、

心の根底にあったからこそ、

現KDDIの立ち上げという大偉業が実現でき、

それが今でも続いているのだと思います。

 

・・・では、

私のような凡人には、

「思い」を実現することはできないのか?

 

私は、このように考えます。

 

「心の底から認めたもの」

は実現できるのではないかと思います。

 

逆にいえば、

「心の底から認められないもの」

は、なかなか実現しないし、

実現したとしても、続かない。

 

たとえば、

「人よりも上に立ちたい」

とか、

「人から認められたい」

といった、

外部からの承認欲求が根底にあると、

 

それは、

内発的動機ではなく外発的動機、

すなわち、

自分の心の底で認めたことではないので、

難しいのではないかと考えます。

 

では、

「心の底から認めたもの」

とは何を差すのか。

 

やはり、

「自分にとってホンネで大切なこと」

だと思います。

 

稲盛和夫さんの場合は、

「起業して、会社を大きくして、

社会に貢献する」

ということを常に真剣に考えていて、

それがホンネで大切なものだったからこそ、

カラーでイメージすることができ、

実現することができたのだと考えます。

 

「ホンネで大切なこと」

 

ヒントは、身近にあると思いますし、

既に手掛けているものも多いのだと思います。

 

 

皆さまの

「ホンネで大切なこと」は何でしょうか😊

 

 

 

------------------------------------------------------

 

 

 

なお、

今回紹介した、

 

「心の底で認めたものは現実化する」

 

という考え方の出典は、

野口嘉則さんの著書、

 

3つの真実

 

です(^^)

 

私は、この本から、

多くの影響を受けました。

 

かなり初期のブログですが、

紹介しましたので、よかったらご覧ください。

 

 

 

あと、

「ホンネで大切なこと」の見つけ方は、

これも過去ブログ、

 

 

で紹介しました。

ご関心のある方は、ご覧ください。

 

 

 

次回に続きます・・・

 

今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました😊

 

 

 

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おまけです(^^;

 

 

出張、名古屋駅前・・・

 

もうクリスマスか、早っ(^^;

 

 

 

名鉄駅前の巨大ナナちゃん人形。

 

今回の服装は、ふつーな感じでした(^^;

 

 

 

 

 

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

横浜郊外も、

木々の葉が落ちてくるようになりました。

 

今年の8月に他界されました、

日本が誇る偉大な経営者、

稲盛和夫さんの代表作、

 

生き方

 

 

から、

私の印象に残った箇所を、

紹介・解説しています(^^)

 

今回のテーマは、

「感謝」です。

 

引用します。

 

 

禍福はあざなえる縄のごとし―

 

よいことと悪いことが

織りなされていくのが

人生というものです。

 

だから

よいにつけ悪いにつけ、

照る日も曇る日も変わらず

感謝の念をもって生きること。

 

福がもたらされたとき

だけではなく、

 

災いに遭遇したときもまた、

ありがとうと感謝する。

 

そもそもいま

自分が生きている、

生かされている。

 

そのことに対して

感謝の心を抱くこと。

 

その実践が私たちの

心を高め、

運命を明るく開いていく

第一歩となるのだと、

私は心にいい聞かせてきました。

 

 

そうですね・・・

 

明石家さんまさんは、

「生きてるだけでまるもうけ」

とおっしゃいますが(^^)

 

たしかに、

今、自分が生かされていること自体が、

感謝できることなのですが、

普段の日常生活では、

なかなか自覚はできません(^^;

 

それに、

災いに遭遇したときに感謝することは、

さらに難易度が上がります(^^;

 

 

しかし、

言うは易く行うは難しで、

晴れの日も雨の日も、

変わらず感謝の念を忘れない

ということは人間にとって

至難の業です。

 

たとえば

災難にあう。

 

これも修行だと

感謝しなさいといっても、

なかなかそんな気には

なれません。

 

むしろ、

なんで自分だけが

こんな目にあうのかと、

恨みつらみの思いを抱くのが

人間の性というものでしょう。

 

 

「なんで自分だけが・・・」

 

そうですね・・・

災難にあうのはやむを得ないとしても、

 

「なんでアイツでなくオレなんだ・・・」

 

とつい思ってしまうことがあります、

私(^^;

 

 

それなら、

物事がうまくいったとき、

幸運に恵まれたときには、

ほうっておいても

感謝の念が生まれてくるのか

といえば、

これもそうではありません。

 

よかったらよかったで、

それを当たり前だと思う。

 

それどころか

「もっと、もっと」

と欲張るのが

人間というものなのです。

 

つい感謝の心を忘れ、

それによって自らを

幸せから遠ざけてしまう。

 

 

・・・う~ん、ありますね~。

 

私、ポイントがたまった時に、

新幹線をグリーン車にアップグレードして

乗れることが

たまにあるのですが、

 

「オレはグリーン車であたりまえだろ」

 

と思ってしまうことがあります(^^;

 

そのあと、普通席に乗ると、

ちょっと不満を感じてしまったりして(^^;

 

もちろん、

グリーン車に乗ること自体は

悪いことではないですし、

たまには自分へのご褒美として

全然いいと思いますが、

 

感謝の気持ちを忘れてはいかんですね(^^;

 

そもそも、

新幹線で快適な出張ができること自体が、

有り難い事なのですから。

 

 

したがって、

必要なのは

 

「何があっても

感謝の念をもつ」

 

のだと理性にインプット

してしまうことです。

 

感謝の気持ちが

わき上がってこなくても、

とにかく

感謝の思いを自分に課す、

 

つまり

「ありがとう」

といえる心を、

 

いつもスタンバイ

させておくことが大切です。

 

 

同感です(^^)

 

いってみれば、

あまりあれこれ深く考えずに、

感謝を習慣化する、

 

まずは「感謝ぐせ」

をつけてしまうということですね。

 

感謝ぐせをつけるには、

難しく考えずに、

まずは、とにかく、

「有り難う」という言葉を、

気軽にアウトプットすると

いいと思います。

 

私は、レジで、なるべく、

「有り難う」

「有り難うございます」

という言葉を返すようにしています。

(ただし、

あまりにも感じの悪い店員さんには、

言えないですが(^^;)

 

ちなみに、

私の心の学びの師匠の一人、

古宮昇先生は、

 

カウンセリングルームに行く際、

自転車に乗りながら、

ぶつぶつ「有り難うございます」

とつぶやいているそうですよ(^^)

(ちょっとアヤシイですが・・)

 

あとは、

習慣化としては、

朝晩に感謝の言葉を述べるとか、

感謝ノートもいいですね。

(頭の中だけでなく、

アウトプットすることがポイントです)

 

私もスマホのメモレベルですが、

ほぼ毎日、今日の感謝3つを書いてから

ベットに入ります。

 

「感謝ぐせ」をつけるには、

この本が有益ですよ。

 

プロカウンセラーが教える 絶対幸せになれる「感謝ノート」

 

感謝のコツがわかります!

 

過去ブログでも触れましたので、

よかったらご覧ください(^^;

 

 

 
話を戻します(^^;
 
 
困難があれば、
成長させてくれる機会を
与えてくれてありがとう
と感謝し、
 
幸運に恵まれたなら、
なおさらありがたい、
もったいないと感謝する―
 
少なくとも
そう思えるような
感謝の受け皿を、
いつも意識的に
自分の心に用意しておくのです。
 

 

困難に対して感謝するというのは、

なかなか難しいことですが、

 

手法としては、

ディマティーニ・メソッドがとても有益です。

 

プラスとマイナスは、

コインの裏表。

 

プラスとマイナスは、

同じ量だけある。

 

という考え方です。

 

もっとも、私自身、

同じ量だけあるというのは思えない時もあり、

 

「これは7:3でマイナスのほうが

多いのではないか?」

 

と考えてしまうこともありますが、

 

ただ、それは、

私自身が自覚(意識化)

できていないだけであって、

 

宇宙のしくみ?の真実は、

プラスとマイナスは同じだけあり、

表裏一体であるのだと思います。

 

だから、

 

一見、マイナスに思えることの中にも、

プラスを見い出し、

それに感謝する。

 

意識しないと、

(書き出してみないと)

なかなか見つけられない時もありますが、

 

忘れずにいたいです😊

 

 

ディマティーニ・メソッドに関しても、

過去ブログで触れました。

 

よかったらご覧ください。

 

 

 

 

ちなみに、

何かの段階が終わる時に、

それまでの「感謝」をすればするほど、

 

次のステップでいいことが起きる、

すなわち、

感謝色に染まるようですよ!

(古宮昇先生に教わりました)

 

たとえば、

 

転職や異動をする際には、

前の職場に「感謝」をすればするほど、

次の職場でいいことが増える。

(引っ越しも同じですね)

 

月末に今月の「感謝」を多くすればするほど、

翌月は感謝色に染まる。

 

ということで、

ちょっと早いのですが、

 

私は、今年の「ありがたかったこと」

コツコツ、最低100個書き出します!

(宿題が出たので・・・(^^;)

 

来年が、さらによい年になりますように・・・

皆さまも、よかったらいかがですか😊

 

 

 

-----------------------------------------------

 

 

 

次回に続きます(^^;

 

今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました。

 

 

 

-----------------------------------------------

 

 

 

おまけです(^^;

 

一週間前ですが、

 

 

北口本宮

富士浅間神社

(富士吉田市)

 

 

 

 

拝殿の前の

超巨大なご神木!

 

 

 

これも立派!

 

 

 

 

 

絵画のような紅葉・・・

 

素敵な神社でした!

 

 

 

 

 

爆睡中💤

 

 

 

あれ、お見送り?

 

有り難う😸

 

 

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

だいぶ秋らしい気候に

なってきましたね。

 

先日、富士吉田方面に

山歩きに行ってきたのですが、

 

かなり紅葉が進んでいましたよ!

(最後に少し写真をアップしますね)

 

 

京セラやKDDIを創業し、

日本航空(JAL)の再建にもご尽力された、

稲盛和夫さん。

 

8月に他界されましたが、

私、まだピュア?だった若い頃に、

ずいぶん著作を読ませていただきました。

 

意外にも、

このブログでは紹介していなかったので、

 

久しぶりに、今回、

代表作である、

 

生き方

 

 

を読み返してみました(^^)

 

(この本、今では150万部突破!

中国ではなんと500万部だそうです)

 

・・・いやあ、

改めて、本当に偉大な方だったと思います。

 

もちろん、

日本を代表する経営者として、

抜群の手腕を発揮されたのは

いうまでもないのですが、

 

何より、私がすごいと思うのは、

実業界に身を投じながらも、

「人格者」であり続けたこと。

 

驕ることなく、

常に「心を高める」べく、

精進されていたというところです。

 

実際に、

65歳の時、

俗界に身を置きながらも、

仏門に入られて、得度されているんですね。

 

晩年、本当は、

仏門の世界で、

精神的な高みの境地を、

目指されたかったのではないかと推察しますが、

 

この本が出版された

(2004年の)後になりますが、

時の政権から請われて、

もう一度、本格的に実業界に、

 

JALの再建に、

それこそ命を懸けて

尽くされることになるわけです。

 

そんな、

「実業家」としても、

「人格者」としても、

偉大であった稲盛和夫さん。

 

どんな人生観をお持ちだったのでしょうか。

 

プロローグから引用します。

 

 

私たちはいま、

混迷を極め、

先行きの見えない

「不安の時代」

を生きています。

 

豊かなはずなのに

心は満たされず、

 

衣食足りているはずなのに、

礼節に乏しく、

 

自由なはずなのに

どこか閉塞感がある。

 

やる気さえあれば、

どんなもにでも手に入り

何でもできるのに、

 

無気力で悲観的になり、

中には犯罪や不祥事に

手を染めてしまう人もいます。

 

 

そうですね・・・

この本が出版されたのは、

2004年ですが、

 

今のご時世も、

変わらないというか、

 

いや、もっとこの傾向、

顕著かもしれません。

 

 

そのような閉塞的な状況が

社会を覆いつくしているのは

なぜなのでしょうか。

 

それは、

多くの人が

生きる意味や価値を見いだせず、

人生の指針を

見失ってしまっているからでは

ないでしょうか。

 

今日の社会の混乱が、

そうした人生観の欠如に

起因するように思えるのは、

私だけではないと思います。

 

 

同感です(^^;

 

「多くの人が、

生きる意味や価値を見いだせない」

 

これは、

日本だけではなく、

先進国の多くの人々が抱えている、

問題だと考えます。

 

何か、

空しいような感じ・・・

 

 

そういう時代に

もっとも必要なのは、

 

「人は何のために生きるのか」

 

という根本的な

問いではないかと思います。

 

まず、そのことに

真正面から向かい合い、

 

生きる指針としての

「哲学」を確立することが

必要なのです。

 

哲学とは、

理念あるいは思想などと

言い換えてもよいでしょう。

 

 

「人は何のために生きるのか」

 

これは、私が物心ついたときから、

ずっと追い求めているテーマでも

あるのですが(^^;

 

どこか空しさを感じやすい時代にこそ、

生きる指針としての

「哲学」を確立する必要があると思います。

 

では、稲盛さんは、

それをどのように

定義されているのでしょうか。

 

 

私たち人間が

生きている意味、

人生の目的は

どこにあるのでしょうか。

 

もっとも根源的ともいえる

その問いかけに、

私はやはり真正面から、

 

それは心を高めること、

魂を磨くことにあると

答えたいのです。

 

 

「心を高める」

「魂を磨く」

 

ううっ・・・

ズバリきましたね!

 

ふつうのオジサンが

このような訓辞を垂れても、

「またきれいごとを・・・」

と思ってしまいますが、

 

稲盛さんがおっしゃると、

何だか説得力があります(^^;

 

 

生きている間は

欲に迷い、惑うのが、

人間という生き物の性です。

 

ほうっておけば、

私たちは際限なく

財産や地位や名誉を欲しがり、

快楽におぼれかねない存在です。

 

 

はい、

マスコミを賑わしているように、

巷ではもちろんのこと、

 

私の周囲にも、実際、

財産や地位や名誉を獲得して、

最初は立派な人でも、

それが長期政権になればなるほど、

だんだんおかしくなっていく人がいます。

 

それが、

人間というものの

性なのかもしれませんが(^^;

 

 

なるほど、

生きている限り

衣食が足りていなくては

なりませんし、

 

不自由なく

暮らしていけるだけの

お金も必要です。

 

立身出世を望むことも

生きるエネルギーとなるから、

一概に否定すべきものでも

ないでしょう。

 

 

・・・同感です(^^;

 

 

しかし、

そういうものは現世限りで、

いくらたくさんため込んでも、

どれ一つとして

あの世へ持ち越すことは

できません。

 

この世のことは

この世限りで

いったん清算しなくては

ならない。

 

 

たしかに・・・

 

 

そのなかで

たった一つ

滅びないものがあるとすれば、

 

それは、

「魂」というものでは

ないでしょうか。

 

死を迎えるときには、

現世でつくり上げた

地位も名誉も財産も

すべて脱ぎ捨て、

 

魂だけ携えて

新しい旅立ちをしなくては

ならないのです。

 

ですから、

「この世へ何をしにきたのか」

と問われたら、

私は迷いもてらいもなく、

 

生まれたときより

少しでもましな人間になる、

 

すなわち

わずかなりとも

美しく崇高な魂をもって

死んでいくためだと答えます。

 

俗世間に生き、

さまざまな苦楽を味わい、

幸不幸の波に表れながらも、

 

やがて息絶えるその日まで、

倦まず弛まず一生懸命

生きていく。

 

そのプロセスそのものを

磨き砂として、

おのれの人間性を高め、

精神を修養し、

この世にやってきたときよりも

高い次元の魂をもって

この世を去っていく。

 

私はこのことより他に、

人間が生きる目的は

ないと思うのです。

 

 

・・・経営の中で、

幾多の修羅場を、

逃げることなく、

真正面から受け止め、

乗り越えてこられたからこそ、

至った境地なのだと思いますが、

 

それにしても、

俗世間の荒波、

欲望に飲み込まれることなく、

人格、すなわち、

「魂」を見つめ、

磨き続けてこられた生涯・・・

 

久しぶりに再読してみて、

背筋が伸びる思いがしました。

 

 

・・・次回に続きますね(^^;

 

今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました😊

 

 

 

------------------------------------------------

 

 

 

おまけ(^^;

 

山梨県富士吉田近くで、

山歩きをしました。

 

 

高座山から🗻

 

ああ、美しいお姿!

 

 

左は山中湖。

 

 

 

杓子山山頂から。

ちょっと雲がかかってきましたが(^^;

 

この開放感、サイコー!

 

 

 

鐘が鳴らせるみたいです。

(勇気がなくてできませんでしたが(^^;)

 

 

高座山から杓子山にかけての山歩き。

 

このコース、

富士山🗻を観るには、

私史上ベスト3に入るコースでした。

 

おすすめします!

 

(ただし、途中急坂があるので、

小さなお子様連れとかだと、

ちょっと厳しいかもしれません(^^;)

 

 

 

山の紅葉。

 

 

 

今回、初めて車中泊(寝袋)して、

早朝から登りました。

 

相棒のヴィッツ。

 

11年以上乗っていますが、

いい車です!

 

あと半年ほどのお付き合いですが・・・

いつも有り難う😊

 

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

今日の横浜は、

天気がとってもよくて、

ぽかぽかでした😊

 

テレビドラマの脚本家、

作家としても有名な、

山田太一さんの

 

異人たちとの夏

 

 

を読んで、

私の印象に残ったところを、

紹介しています。

 

48歳の男性の主人公は、

何故か、自分よりも年下の

両親らしき?人と遭遇し、

何度か浅草の自宅を訪れるのですが、

 

そこで、

私にとって、

印象的なシーンがあります。

 

 

「英雄」

 

急に背後から声をかけられた。

父の声だ。

すぐには振り返れなかった。

 

「なにしてる?」

 

声は忽ち近づき、

右肩を軽く

たたかれたかと思うと、

父は私の横を

すりぬけるようにして

部屋に向かっていた。

 

背中のまま父はいった。

 

「キャッチ・ボールやるか?」

 

 

キャッチボール・・・

 

幼い頃、

亡き父と、キャッチボールをしたことを、

ふと、思い出しました・・・

 

といっても、

せいぜい1~2回くらいしか記憶になく、

それも、私のほうからお願いして、

父は、しぶしぶだったような気もします(^^;

 

詳しくは覚えていないのですが、

たしか、父は、

グローブをしなかったんですね。

 

球はソフトボールだったとはいえ、

素手では、

ちょっと痛かったと思うのですが、

 

父は、両手でなんとかボールを受け取って、

砲丸投げみたいな慣れない感じで、

投げ返してきました・・・

 

推測ですが、

父は、ちょうど戦時中に少年時代を過ごしたので、

敵国のスポーツである野球は、

ほとんどやらなかったのではないか。

 

(もしくは、貧しくて、

グローブを買ってもらえなかった?)

 

だから、

グローブの使い方も分からずに、

素手でやったのではないか・・・

 

もちろん、

父は単に野球が嫌いだっただけ

かもしれませんし、

 

もしかしたら、

そのとき、グローブがひとつしかなかったので、

私に使わせてくれただけかもしれません。

 

今となっては、真相はやぶの中ですが・・・

 

私のささやかな

キャッチボールの思い出でした(^^;

 

 

キャッチボールといえば、

内田樹さんのエッセーで、

印象深い文章があったと思うのですが、

 

どれだっけ・・・

 

・・・ありました!

 

ひとりでは生きられないのも芸のうち

 

 

過去ブログでも取り上げていました(^^;

 

(よかったらこちらもご参照ください)

 

この本、

数ある内田樹さんのエッセー集の中でも、

私の中でベスト3に入る

おすすめ本なのですが(^^)

 

こんな一節があります。

 

 

キャッチボールは

ひとりではできない。

 

私が投げる球を受け取った

相手のグローブの発する

「ばしっ」

という小気味良い音と、

相手が投げる球を

補給したときの

手のひらの満足げな

痺れのうちに、

 

私たちは

自分がそのつど

相手の存在を要請し、

同時に相手によって

存在することを

要請されていることを知る。

 

あなたなしでは

私はこのゲームを続けることが

できない。

 

キャッチボールをしている

二人は

際限なくそのような

メッセージを

やりとりしているのである。

 

このとき、

ボールとともに

行き来しているのは、

 

「I cannot live without you」

という言葉なのである。

 

これが根源的な意味での

「贈与」である。

 

 

たしかに、

キャッチボールって、

相手がいないとできないですよね。

 

自分が投げたボールを、

相手が「ばしっ」と

キャッチしてくれた時には、

 

「自分を受け止めてもらえた」

という感覚になる。

 

逆に、

相手が投げたボールを、

自分が「ばしっ」と

キャッチした時には、

 

「あなたを受け止めたよ」

というサインになる。

 

ボールが行き来するたびに、

お互いが、

「あなたのことが必要だ」

 

すなわち、

「あなたなしでは生きてゆけない」

 

というメッセージを、

お互いに与え(贈与し)合うことになる。

 

なるほど・・・

 

だから、

キャッチボールをすると、

何だか気持ちよくなるんですね(^^;

 

久しぶりにキャッチボールが

したくなってきましたよ⚾

 

 

 

異人たちとの夏

 

に戻ります(^^;

 

別の印象に残ったシーンから、

(ここ、クライマックスですね)

 

 

「いい?」

と母が、座り直した。

 

「気がせいて、

うまくいえないけど、

お前を大事に思っているよ」

 

「行っちゃうの?」

 

そんな気がした。

 

「お前に逢えてよかった」

と父はいった。

 

「お前はいい息子だ」

 

「そうだよ」

と母がいう。

 

「よかないよ。

ぼくはお父さんたちが

いってくれるような

人間じゃない。

 

いい亭主じゃなかったし、

いい父親でもなかった。

 

お父さんやお母さんの方が、

どれだけ立派か知れやしない。

 

暖かくて驚いたよ。

こういう親にならなくちゃって

思ったよ。

 

ぼくなんか

親孝行面してるけど、

お父さんたちが

ずっと生きてたら、

大事にしたかどうか

分からない。

 

ろくな仕事も

して来なかった。

 

目先の競争心で―

 

(中略)

 

「なんにもいうな」

とその父がいった。

 

「もうなんにもいうな」

 

「あんたをね」

と母がいった。

 

「自慢に思っているよ」

 

「そうとも、

自分をいじめることはねえ。

手前で手前を大事にしなくて、

誰が大事にするもんか」

 

・・・

 

 

「お前を大事に思っているよ」

 

「お前はいい息子だ」

 

「自慢に思っているよ」

 

「自分をいじめることはねえ」

 

親からの、

無条件の肯定・・・

 

 

私たちは、

心の中では、

誰よりも、

親からの「無条件の肯定」

を求めているのかもしれません。

 

48歳の主人公は、

「中年の危機」に直面して、

それこそ、かなりの危機を乗り越えて、

結果的に、

未完了の感情を完了させることが

出来るのですが・・・

 

・・・詳しくは、

是非、本書をお読みくださいね(^^)

 

 

 

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あまり詳しく紹介すると、

ネタバレになってしまいますので、

 

以上で、

山田太一さんの

 

異人たちとの夏

 

 

の紹介を終わりますね(^^;

 

中年危機がテーマともいえる小説ですが、

 

読後感は

あたたかい気持ちになると同時に、

生きる力も湧いてくると思います。

 

ご一読をおすすめします😊

 

次回は、別の本を紹介します。

 

今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました(^^)

 

 

 

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おまけ

 

 

よくウチに遊びにくる、

タキシーくん😸

 

(九州から、くろちゃんが時空を超えて、

来るという説もあります)

 

 

あれ、表紙にも登場していましたよ(笑)

 

 

 

 

うちの宮音くん😸

 

これ「ごめん寝」

というのでしょうか(^^;

 

 

 

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

今回は、

前回の河合隼雄先生の著書、

 

中年危機

 

からの芋づる式読書ということで、

そこで取り上げられていた小説、

 

山田太一さんの

 

異人たちとの夏

 

 

を読んで、

私の印象に残ったところを、

紹介します(^^)

 

この本、

あるブロガーさんが読まれたということで、

興味をもって私も読んでみたのですが、

なかなか面白かったです!

 

私の場合は、

河合隼雄さんの本を読んで、

ちょっとネタバレしたうえで読んだので、

展開が少し読めてしまったところが

あるのですが(^^;

 

予備知識なく読めば、

かなり意外性もあり、楽しめますし、

どこか、しんみり、

心の中があたたかくなるような、

読後感にもなると思います。

 

ということで、

ネタバレに注意しながら、

紹介していきますが、

 

主人公は、

47歳のシナリオライター。

 

妻子と別れたばかりで、

孤独な日々を過ごしています・・・

 

そこで、

幼い頃、死別したはずの、

父母と出会ったり、

 

同じマンションに住む、

謎の美女との関係が深まったり・・・

 

というお話しなのですが(^^;

(はしょりすぎ)

 

ちなみに、

「異人」というのは、

外国人のことではありません。

 

では、どんな人かというと・・・

 

これネタバレになるので

いえませんが(笑)

 

ヒントは、

ちょっとハロウィン🎃

っぽいかもしれません(^^;

 

で、私の印象に残った箇所ですが、

引用します。

 

 

「静かすぎる」

 

(中略)

 

離婚による

一種の神経症かも

しれない。

 

幹線道路の側のビルを

静かすぎると感じるのは、

普通ではなかった。

 

しかし、

離婚は私が望んだことである。

 

そして妻も、

はじめはいろいろ

いったにせよ、

 

二人の間にある主感情が

無関心であることは

認めたのだし、

妻も空虚をかかえていて、

 

結局のところ

離婚に希望を託したのだ。

 

経済的な条件で

少しごたごたしたが、

悪い離婚ではなかった。

 

少なくとも、

あのまま

あたりさわりのない

表情をつくって

同居を続けるよりは、

はるかに生きる力の湧く

行動だった。

 

 

二人の間にある主感情が

「無関心」・・・

 

おそらく、主人公は、

仕事に意識を奪われていて、

妻に「無関心」になっていったんですね。

 

マザーテレサは、

「愛情」の反対語は

「無関心」といったそうですが、

 

たしかに、

「怒り」や「憎しみ」ではなく、

(それは愛情の裏返しでもあるので)

お互いが、

「無関心」になれば、

関係は終わってしまうのかも知れません。

 

ちなみに、

私は、何とか妻とは続いておりますが、

 

う~ん・・・

今のところは、

「無関心」というよりも、

「怒り」や「憎しみ」を

感じることが多いので、

 

まだ、大丈夫かな?(笑)

 

 

それと、

「静かすぎる」

という言葉。

 

幹線道路沿いの、

騒音がうるさい

マンションの一室にも関わらず、

主人公は、

「静かすぎる」

と感じる。

 

これは、

離婚を機に、主人公が、

いままで目をそらしてきた自分の内面、

すなわち、

ほんとうの自分を

見つめるモードになったという、

「シグナル」なのではないかと考えます。

 

うるさい、静かというのは、

けっこう主観的なものであって、

 

たとえば、

騒々しいカフェにいる時でも、

何かに集中していたり、

深く考えている瞬間には、

気にならないですよね。

 

もちろん、

一人で静かな環境にいる時が

多いのですが、

 

心の中が、

「し~ん」とする時は、

何かしらのメッセージが与えられると思って、

心の耳を澄ましてみると

いいかもしれませんね。

 

 

 

十二歳から

私はほとんど泣いたことがない。

 

しかし、

そのあたりを歩いて、

両親といた頃を

強く蘇らせるなにかに

ぶつかったりしたら

 

一瞬のうちに

身につけている鎧の

糸という糸がちぎれて、

 

素裸になり、

みすぼらしくただ

泣き崩れてしまいそうな

気がした。

 

 

「私は泣いたことがない・・・」

 

・・・ふと、

中森明菜さんの歌が

降りてきましたが(^^;

(「飾りじゃないのよ涙は」

井上陽水さんの名曲ですね)

 

主人公は、

十二歳の時に、

両親を交通事故で亡くしているんですね。

 

で、悲しむ間もなく、

祖父や叔父に引き取られて、

今まで必死に生きてきた・・・

 

十二歳という多感な時期に、

両親を理不尽にも突然失うという、

「悲しみ」を十分に感じて味わうことなく、

その感情を「抑圧」してきた。

 

そうでもしないと、

生きていけなかったのだと思います。

 

日々の生活があるので、

悲しみに浸る余裕などなかったのかも

しれませんし、

 

まだ幼い彼には、深い悲しみを受け止める、

それに直面するだけの、

心の器ができていなかったのかも

しれません。

 

同じようなケースを、

心理学の学びで教わったことがあります。

 

幼い頃、

両親を事故で失った兄弟姉妹がいました。

 

しかし、長男だけは、

「オレがしっかりしなければ」

という使命感もあり、

お葬式の時も、

いっさい涙を見せなかったそうです。

 

そんな彼が、

成人してから、

ちょっとした別れ、

 

たとえば、

信頼していた上司が異動する、

といった、よくありがちな別れでも、

 

ものすごく動揺して、

パニックになってしまったりする。

 

両親を失ったときの悲しみを

受け入れることが、

「未完了」になっているんですね。

 

(ちなみに、このような深い悲しみを、

大人になってから完了させることは可能です。

カウンセラーの力を借りると

スムーズかもしれません)

 

 

心理学者、

小此木啓吾先生の名著、

 

対象喪失―悲しむということ

 

 

この本には、

専門的な内容も含まれていますが、

 

悲哀を見つめることなく、

「全能感」を感じやすい現代社会に

警鐘を鳴らしていたり、

 

しっかり「悲しむ」ことの効用、

そして、他人の悲しみに

「共感」することの重要性

などが分かりやすく説かれています。

 

心理学に興味のある方、

援助職に就かれている方には、

ご一読をオススメします(^^)

 

 

中年から先、

私たちは否が応でも

喪失体験を重ねていくわけです。

 

肉親、先輩、友人の死はもちろんのこと、

 

自分自身も、

体力、記憶力、社会的地位など・・・

 

しだいに失っていくわけです。

 

いい意味で、抑圧や抵抗することなく、

喪失体験をしっかりと受け入れて、

 

同時に、

柔軟に新しいものも取り入れながら、

 

中年以降も、

心の成長・成熟をしていきたいですね😊

 

 

 

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今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました(^^)

 

次回に続きます(^^;

 

 

 

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おまけです(^^;

 

 

少し前になりますが、

東京の目黒不動周辺を散策しました。

 

 

目黒不動尊、仁王門。

 

 

 

水かけ不動様。

(このあと水をかけさせていただきました)

 

神社仏閣のある場所には、

けっこう湧き水や池が多いような。

(それだけ古来から

水は大事だということですね)

 

特に不動尊には多い気がしますが、

弘法大師が杖を突いたら

水が湧いた伝説が、

全国各地にあるようです。

 

弘法大師は、

実は治水工事に秀でた技術者の側面も

あったようですね。

 

 

 

大本堂の裏手の屋外に、

大きな大日如来様が、

鎮座されていらっしゃいますよ。

 

見どころの多いお寺です。

オススメします(^^)

 

 

 

近くの五百羅漢寺にも行きました。

 

撮影禁止なのですが、

ここの数百にも及ぶ、

羅漢様が並んでいるさまは、

圧巻です!

 

他にも、

 

本堂で、大きな釈迦如来様が、

弟子たちに説法しているお姿も、

見どころ。

 

隠れた仏像一大スポット!

仏像好きな方は一度、是非(^^)

 

 

 

その中で、

獏王像だけが、期間限定で、

めずらしく撮影可になってましたよ。

 

 

 

 

獏(ばく)とは、

悪夢を喰らうとされた空想の動物のことですが、

 

この獏王は、

人面牛身虎尾の聖獣で、

災いや病を避けるとのこと。

 

三つ目の「目力」ビームが強かったです!

 

皆さんにもとどけ~