ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

何だか、

桜🌸がもう咲きそうなくらいに、

ポカポカ陽気が続きますね!

(ただ、花粉が辛いですが💦)

 

アサーションの第一人者、

平木典子先生の名著、

 

三訂版 アサーション・トレーニング: さわやかな〈自己表現〉のために

 

 

を紹介・解説しています。

 

今回で4回目になります(^^;

 

アサーティブとは、

自分も相手も大切にした

自己表現のことです。

 

自分の気持ち、考え、

信念などが正直に、素直に、

その場にふさわしい方法で

表現され、

 

相手も同じように

発言することを

奨励しようとします。

 

アサーティブな表現をするためには、

まずは、

「自分のほんとうの気持ち」

を明確に把握することが

ポイントですが、

 

それが意外と難しい(^^;

 

しかし、

実は、私たちは、

誰もが、

「自分のほんとうの気持ち」

は、わかっていたし、

表現もできていたんですね。

 

ず~いぶん、

昔になりますが・・・

 

それって、

いつのこと・・・?

 

 

・・・赤ん坊の頃です(^^;

 

 

実は、

自分の気持ちを

最もはっきりわかっていて、

それを訴えることが

できているのは、

 

生れたばかりの

赤ん坊です。

 

赤ん坊は、

言葉を知りませんので、

泣くことしかできませんが、

 

お腹が空いたとき、

おしめが濡れて

気持ちが悪いとき、

抱いてほしいとき、

気分が悪いときなど、

すぐ泣いて表現します。

 

 

たしかに、

変な忖度なく、

素直に表現しますよね(^^;

 

 

しかし、

そんなに素直な

人間の赤ん坊も、

 

やがて、

自分の訴えを

聞き入れてくれない

親の態度や、

禁止する親の言動に接して、

 

素直な自己表現を

しなくなります。

 

特に感情を軽視し、

感情表現を嫌う親に

育てられた子どもは、

 

自分の気持ちを抑えるため、

自分の内面に鈍感になります。

 

そして、

親に受け入れられる

言動だけを選んで

身につけていくように

なります。

 

 

なるほど・・・

 

親を誰よりも愛し、

そして、愛されたいのは、

子どもですからね。

 

もちろん、

親もまだ未熟で、

親自身の心の傷つきも

あったりしますので、

 

決して、親が悪いという

わけではないのですが・・・

 

程度の差こそあれ、

誰もがそうなることだと思います。

 

 

親とは生活を共にし、

つき合いも長いので、

 

よほど柔軟で、

幅広い行動範囲をもった

親の下で育たない限り、

 

子どもの中では

親に認められた

一定の気持ちや考えを

表現することだけが

強化されます。

 

逆に、

表現しない気持ちや考えは

強化されないので、

だんだん薄れ、

忘れ去られていきます。

 

ときには、

そんな気持ちや考えがあると、

表現できないときに

苦しくなるので、

 

自分の中で

ないことにして否認し、

心の奥底に抑圧してしまう

こともあります。

 

 

ないことにして否認し、

抑圧してしまう・・・

 

そうですね・・・

 

別の箇所ですが、

平木先生は、

感情を表現する際に、

 

「男性は、

悲しいのに怒ったり」

 

「女性は、

怒っているのに泣いたり」

 

するケースが多いと

述べられていますが、

 

これはやっぱり、

親や社会から、

 

「男の子は、強くあるべきだ。

だから、悲しんではならない」

 

「女の子は、やさしくあるべきだ。

だから、怒ってはならない」

 

と子どもの頃から

直接または間接的に要求され、

「悲しみ」や「怒り」の感情を

抑圧してきた影響があるように思います。

 

 

その結果、

自分の気持ちが

はっきりせず、

また、把握できなく

なるのです。

 

気持ちや感情は

誰でも持っていますが、

 

感じ方と表現は

その人の性格とも

関わっていますので、

 

それを把握することは、

自分らしさを知ることにも

つながりますので、

 

感情を把握することは

大切なのです。

 

 

感情を把握することは、

自分らしさを知ることにも

つながる・・・

 

そのとおりだと思います。

 

特定の感情を抑圧すると、

他の感情にも気づきにくくなるので、

 

たとえば、

悲しみや怒りのような

ネガティブな感情を抑圧していると、

 

喜びやワクワクといった

ポジティブな感情にも

鈍感になってしまうので、

 

「自分らしさ」を

なかなか見い出せなくなって

しまうのだと思います。

 

 

アサーティブになるには、

ものの見方、考え方も

ポイントになってくるのですが、

 

こんな考え方が、

アサーティブになることを、

阻害するといいます。

 

 

・相手に賛成した方が

好かれる

 

・愚痴はこぼしては

ならない

 

・子どもは

大人より劣っている

 

・先生は生徒より

優れている

 

・負けることはよくない

 

・上司には従うべき

 

・人を傷つけては

ならない 

 

などなど・・・

 

 

私は、今でこそ

だいぶ緩んではきましたが、

(まだ少し残っていますが(^^;)

 

若い頃は、

ここに挙げられたような考え方に

かなり縛られておりました(^^;

 

 

私たちは、

多くの常識といわれる

考えや思い込みに従って

生活しています。

 

これらの考え方は、

親や先生など

まわりの人々から

さまざまな形で

教えられます。

 

よく考えて見ると、

それは大人の都合のいい

言い分であったり、

 

ときには

親が子どもを

自分の思い通りに

動かすための理屈だったり

することが多いのですが、

 

子どもは大人に

受け入れられ、

養育してもらうためには、

 

本能的に、

あるいは無理やりに

大人の言うことに従います。

 

実は、

それらの考えは

その人自身の都合に

合うものであって、

 

誰にでも適応されるわけでは

ないのですが、

 

そんなやり取りと

関係が続くと、

 

その考え方が正しく、

当然のことのように

なって身につき、

 

それに従った行動を

取るようになります。

 

 

そうですね・・・

 

かなり辛辣な文章ですが(^^;

 

たしかに、

いわゆる「常識」とは、

 

個々の大人の

都合のいい言い分にすぎない

ことってありますよね。

 

自分が大人になってみて

はじめて分かりましたが(^^;

 

 

他者の思いに合わせて、

自分の希望や欲求を

抑えたり禁止されたりする

やり取りや生活は、

 

このような相手独自の、

自分には合わない

考え方に縛られていることから

きている可能性があります。

 

自分に合わない考え方に

合わせて生活することは、

 

自分自身で自分の言動を

調整しているのではなく、

 

外的な基準で

コントロールしている

ことになります。

 

もちろん、

文化的、伝統的に

大切にしたい考え方や、

 

地域によって

多くの人が守っている

対人関係の知恵は

あるでしょう。

 

それまでも、

すべて悪いといっている

わけではありませんが、

 

自分を苦しめている

考え方については、

検討してみることも

必要です。

 

 

そうですね・・・

 

自分を苦しめている

考え方があれば、

 

もしかしたら、

過去の重要な人から

受けた影響なのかもしれない・・・

 

そして、それは、

その人独自の考え方であって、

決して普遍的な考え方ではない・・・

 

それに気づくことが、

大切なことのように思います。

 

 

 

------------------------------------------------

 

 

 

次回に続きますね(^^;

 

今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました😊

 

 

 

------------------------------------------------

 

 

 

おまけです(^^;

 

 

今回の写真は、

横浜国際プールの近くの公園から。

 

 

 

 

横浜(の北部)は、

小高い山が多いのですが、

けっこう竹林が多いです。

 

(ちなみに、ウチの目の前も竹林)

 

 

 

落ち着きます・・・

 

「和」の心を感じますね(^^)

 

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

アサーションの第一人者、

臨床心理学者

平木典子先生のロングセラー、

 

三訂版 アサーション・トレーニング: さわやかな〈自己表現〉のために

 

 

を紹介・解説しています(^^)

 

前回、

自己表現の3つのタイプのうち、

あまり好ましくない、

「非主張的」「攻撃的」

な自己表現について、

引用、解説をしました。

 

今回は、

「アサーティブ」

な自己表現について、

引用、解説をさせていただきますね(^^)

 

 

<アサーティブ>とは、

自分も相手も大切にした

自己表現です。

 

アサーティブな発言では、

自分の気持ち、考え、

信念などが正直に、素直に、

その場にふさわしい方法で

表現され、

 

そして、

相手が同じように

発言することを

奨励しようとします。

 

つまり、

アサーティブな自己表現では、

自分の自己表現の

権利を活用して

自ら自分を表現し、

 

同時に相手の自己表現の

権利と自由を

尊重しようとします。

 

 

アサーティブとは、

自分も相手も大切にした

自己表現のこと。

 

自分が自己表現

するだけでなく、

 

「相手」の自己表現の

権利と自由も尊重するというのが

ポイントですね。

 

 

その結果として、

お互いの意見が

葛藤を起こすことも

あり得ると考えます。

 

つまり、

お互いに率直に話をすれば、

 

自分の意見に

相手が同意しない

こともあるし、

 

また、

相手の意見に

自分が賛同できるとは

限らないでしょう。

 

むしろ、

率直に話した結果、

意見や考えが一致すれば、

それはラッキーなことです。

 

一致しないときは

葛藤が起こります。

 

そんなとき、

アサーティブなやり取りでは、

すぐさま意見を変えて

相手に譲ったり、

相手を自分に同意させようと

するのではなく、

 

面倒がらずに

お互いの意見を出し合って、

譲ったり、

譲られたりしながら、

 

双方にとって

納得のいく結論を出そうとします。

 

 

アサーティブは、

簡単ではない・・・

 

面倒くさいものなんですね(^^;

 

 

このような言動は、

余裕と自信に満ちており、

 

自分がすがすがしい

だけでなく、

相手にもさわやかな印象を

与えます。

 

また、

相手は大切にされたという

気持ちをもつと同時に、

 

二人の努力に対して

お互いに誇らしい気持ちを

もつでしょう。

 

また、

アサーティブな表現を

する人に対して、

尊敬の念を覚えるでしょう。

 

 

そうですね・・・

 

アサーティブな表現が

自然にできる人って、

ほんと、素敵だなあ~

って思います(^^)

 

まさに、

「さわやか」な感じですよね。

(あこがれます(^^;)

 

 

アサーションには、

歩み寄りの精神があり、

 

多少の時間がかかっても、

お互いを大切にし合ったという

気持ちが

残る会話があります。

 

また、

話し合いのプロセスでは、

より豊かな創意や工夫が

生み出され、

 

一人の提案より

むしろ満足のいく妥協案や

より創造的な結論が

導きだされることもあります。

 

その結果、

お互いの関係も

安心したものになるでしょう。

 

 

たしかに、

アサーティブな会話ができた時って、

何だか、後味がいいですよね(^^)

 

「一人の提案より

むしろ満足のいく妥協案や

より創造的な結論が

導きだされる・・・」

 

これは、

名著「7つの習慣」の、

第6の習慣、

「シナジーを創り出す」

(相乗効果を発揮する)

に通ずるものがありますね!

 

初期のブログで紹介しました。

よかったらご参照ください(^^;

 

 

 

ところで、

 

皆さんの、

日頃の言動はアサーティブでしょうか?

 

私の場合は、う~ん・・・

 

「人による・・・」

という感じでしょうか(^^;

 

実際、多くの人は、

特定の人との関係や、

特定の状況で、

アサーションができなくなると

いいます。

 

 

ある人に対しては

きちんと言えるのに、

 

同じことでも

他の人には言えないとか、

 

状況によって、

言えたり言えなかったり

するなどです。

 

それは、長い間に

特定の人や状況に対して

つくられ、

 

習慣化された行動パターンが、

似たような人や状況の下で

表現されている

可能性があります。

 

 

これは、

心理学(精神分析)的な

表現をすれば、

「転移」ともいえますね。

 

 

親とか権威者には

どんなことがあっても

従うべきだと思っていると、

 

自分が子どもの立場や

地位のない立場にいるとき、

 

従属的または

非主張的になります。

 

逆に、

自分が親や権威者の

立場にいるときは、

攻撃的になる可能性が

高いのです。

 

また、

過去のある状況下で取った

アサーティブでない反応が

身についてしまっていて、

 

それを無意識に

くり返している場合も

あります。

 

 

特定の人との関係や、

特定の状況で、

アサーションができなくなる人は、

 

そのことにまず

「気づく」ことが大切だと、

述べられています。

 

そこから、

「行動」を変えるチャンスが

つかみやすくなるといいます。

 

本書には、具体的な、

アサーティブな表現方法が、

いろいろと紹介されています。

 

 

で、

アサーティブな表現をするためには、

前回も少し触れましたが、

 

まずは、

「自分のほんとうの気持ち」

を明確に把握することだといいますが、

 

実は、私たちは、

誰もが、

「自分のほんとうの気持ち」

は、わかっていたし、

表現もできていたんですね。

 

ず~いぶん、

昔になりますが・・・(^^;

 

 

 

-----------------------------------------------

 

 

 

・・・次回に続きますね(^^;

 

今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました😊

 

 

-----------------------------------------------

 

 

 

おまけです(^^;

 

 

 

近所の鶴見川で動禅・・・

 

 

 

 

 

オオバンという、

くちばしが白い渡り?鳥。

 

鳴き声が子犬みたいで、

可愛いです!

 

 

 

 

この子もたまに、

子犬みたいに鳴きますが😸

 

あれ、

うとうと・・・

 

 

 

 

落ちました💤

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

前回から、

 

三訂版 アサーション・トレーニング: さわやかな〈自己表現〉のために

 

 

という本を紹介、解説しています。

 

 

アサーション(アサーティブ)とは、

 

「自他尊重のコミュニケーション」

すなわち、

「自分も相手も大切にした自己表現」

 

いわば、

「さわやかな自己表現」

のことです。

 

前回、

ステーキを注文した例を引用して、

 

自己表現には、

3つのタイプがある、

すなわち、

 

「非主張的」

「攻撃的」

「アサーティブ」

 

があると紹介しましたが、

それぞれ、深堀りしていきますね。

 

まず、

「非主張的」な自己表現、

 

 

<非主張的>とは、

自分の気持ちや考え、

意見を表現しなかったり、

 

しても伝わらないような、

あいまいな言い方や、

言い訳がましい言い方を

したりすることです。

 

また、

自分を抑えて、

相手を優先する気持ちや

態度があります。

 

 

これ、

けっこう私、

やってしまいます(^^;

 

一見、

慎ましいようですが・・・

 

 

「自分はやっぱりだめだ」

といった劣等感や、

 

「どうせ言っても

わかってもらえないに

決まっている」

といった

あきらめの気持ちが

つきまといます。

 

また、

相手に対しては、

 

「譲ってあげたんだ」

といった恩着せがましい

気持ちや、

 

「人の気も知らないで」

といった

恨みがましい気持ちが

残ります。

 

 

そうなんです・・・

 

謙譲の美徳のようですが、

無理に抑圧していますので、

 

恩着せがましさや、

恨みがましい気持ちが、

残るんですね(^^;

 

 

もし本当に

相手を配慮し、

尊重して同意したり、

譲ったりしたのであれば、

 

自分の決断で

そうしているので、

 

気持ちはさわやかで、

未練は残らないと

思われます。

 

逆に

非主張的な言動を

した後では、

 

わかってもらえなかっと

思う気持ちや

傷ついた感じが

残りがちなので、

惨めになります。

 

そもそも

自己表現していないので、

相手にわかってもらおうと

期待することは

欲ばりなのですが、

 

つい

「黙って引いてあげたのに」

とか、

 

「相手を立てたのに

わかってくれない」

といった甘えた気持ちや、

 

「思いやりのない人だ」

とか、

「鈍感な人だ」

といった

相手への軽蔑の気持ちを

もったりもします。

 

 

そうですね・・・

 

自己表現しないのって、

「察してほしい」という、

いわば、

「甘え」なんですね。

 

比較的日本人に多いタイプだと

思いますが(^^;

 

私は、会議の場で、

うまく自己表現が出来ずに、

あとで後悔することがあるのですが、

 

相手の意見に対して、

その場でとっさに

言葉に出てこないことがあるんです。

 

あまり頭の回転が

早くないということもあるのですが(^^;

 

やっぱり、

「甘え」や、

否定されることへの

「怖れ」があるのかな~。

 

で、後になってから、

何だか、もやもや、

むかむかしてきたり・・・

 

「その時に言えよ~」

という感じですが(^^;

 

 

このような不快な経験が

重なると、

 

不快感は欲求不満や

怒りとなって

心の中にたまっていきます。

 

たまった怒りは、

何度も同じ思いをさせている

相手への恨みとなり、

 

あるいは

関係ない人への

不当な八つ当たりや

意地悪となって

表現されることがあります。

 

いわゆる

「キレる」とは、

 

「もの言わぬは、

腹ふくるる技」の挙句、

非主張的な言動が転じて、

ある日突然、

攻撃的になるのです。

 

 

ううっ・・・

 

ガマンして、

ため込んでしまうと、

それは消えることなく、

 

関係ない人にも、

攻撃的になってしまうわけですね。

 

私も、

仕事のストレスをため込んだ時、

妻に対して、

やってしまっているかも

しれません(^^;

 

(今はだいぶ少なくなったとは

思いますが(^^;)

 

 

逆に、

不快な体験をじっと我慢して

耐え続ける人もいます。

 

相手との関係に

波風をたてないように

するには、

自分でその場を治める

責任を取ろうとするのです。

 

過剰なストレスを

自分にかける結果、

 

頭痛、肩こり、

神経性の胃痛などの

心身症やうつ状態になったり、

 

人とつき合うのが

おっくうになったりします。

 

その場では優しく、

いい人なのですが、

生き生きした感じはなく、

 

無表情で、

慇懃無礼な振る舞いを

したりすることにも

なりかねません。

 

 

自分を責めてしまい、

結果的に、

自分の心身を痛めてしまう・・・

 

ちなみに、私は、

若い頃、酒量が多くて、

それが一因で体を壊したのですが(^^;

 

その時は、

あまり自覚はなかったのですが、

こういうことだったのかな・・・

 

 

・・・ということで、

「非主張的」な自己表現は、

しょせん、その場しのぎであり、

 

あとで結局、

他人に攻撃的になってしまったり、

また、

自分を痛めつけてしまう結果に

なりかねないのですが、

 

では、対して、

「攻撃的」な自己表現の場合は・・・

 

 

<攻撃的>とは、

自分の意志や考え、

気持ちを

はっきりと言うことで、

 

自分の言動の自由を守り、

自分の人権のために

自ら立ちあがって、

自己主張してはいるのですが、

 

相手の言い分や気持ちを無視、

または軽視して、

 

結果的に、

相手に自分を押しつける

言動をいいます。

 

 

「非主張的」な自己表現とは、

対極ですね・・・

 

 

このような言動を

している人は、

 

一見、表情豊かで、

ハキハキものを

言っているように見えますが、

 

相手を無視、

あるいは軽視して

自分のことだけを

主張していることになり、

 

相手を踏みにじっている

ことにもなります。

 

その場の主導権を

握りたいだけで

「自分が一番」

とか

「あなたはだめ」

といった態度を取り、

 

相手より優位に立とう、

「勝ち負け」で

ものごとを決めようとする姿勢が

見え隠れしています。

 

 

今どきの言葉だと、

「マウントを取る」

というのでしょうか(^^;

 

これが行き過ぎると、

いわゆる、

「自己愛性パーソナリティ障害」

傾向となりますが、

 

権力者がそうなると、

「パワハラ」や「セクハラ」問題を

引き起こすおそれがありますね。

 

 

このような

言動をしている人は、

堂々としているように

見えるわりには

どこか防衛的で、

 

必要以上に威張っていたり、

強がっていて

自分に不正直です。

 

また、

自分の意向は通っても、

その強引さのために

後味の悪いことが多く、

 

それが自分の本意では

なかったことに気づき、

後悔することになります。

 

 

いわば、

虚勢を張ってしまうわけですね(^^;

 

で、結局、

後味が悪くて、

この場合も後悔してしまうことに・・・

 

 

また、

攻撃的な対応をされた相手は、

 

自分の意に反して

服従させられた気持ちになり、

軽く見られ、

バカにされた気持ちが

残るでしょう。

 

その結果、

傷つき、恐れて

相手を敬遠し、

 

同時に、

怒りを感じて、

復讐心を抱くかもしれません。

 

 

そうですね、

相手も人間ですからね・・・

 

悪質なクレーマー

の対応をしたときなど、

こういう気持ちに

なるのかもしれません。

 

 

・・・ということで、

 

「非主張的」な自己表現、

「攻撃的」な自己表現、

 

それそれ問題がある訳なのですが(^^;

 

私なりに、

心理学的に考察をすると、

 

そうなるのは、

やはり、

自分の「ほんとうの気持ち」

に気づいていない、

 

もしくは、

気づいているけど、

それを受け入れていない

(特にネガティブな感情を)

のが原因だと考えます。

 

その時その時の

自分の気持ちに、

 

まずは、気づいて、

そして、受け入れて、

 

相手の権利や自由も尊重しつつ、

自己表現するのが、

 

「アサーティブ」

な自己表現なのですが、

 

表現できないまでも、

まずは、

自分の「ほんとうの気持ち」

に気づくこと。

 

「今、自分は、

いったい何を感じてる?」

 

それが第一歩として

大切なのではないかと

思います(^^)

 

(ただ、無意識の信念と

いうものが邪魔をするので、

これが意外と難しいのですが(^^;)

 

 

で、望ましい表現方法、

すなわち、

「アサーティブ」

な自己表現についてですが・・・

 

次回、詳しく掘り下げていきますね。

 

 

---------------------------------------------------

 

 

次回に続きます(^^;

 

今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました😊

 

 

---------------------------------------------------

 

 

 

おまけです(^^;

 

 

丹沢の三ノ塔に登りました(^^)

 

 

 

 

左の山は大山です(^^)

右の奥の方に江ノ島が見えましたよ!

 

 

 

 

富士山は、残念ながら

雲に隠れていました(^^;

 

そろそろ、すぎ花粉の影響か、

けっこう鼻ずるずるの

山歩きでした💦

 

 

 

 

にゃんもないと。

胎児にも見えます(^^;

 

この子は、花粉症とは無縁かな😸

 

 

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

今回は、まずはご案内から😊

 

私の心の学びの師匠のひとり、

古宮昇先生の

無料オンライン・セミナーがあります!

 

『50代から始まる、

輝く自分を取り戻す心理学の処方箋』

 

50代以降の方はもちろんのこと、

そうでない方にも、

とても有益だと思います。

 

オススメします!

 

以下、ご案内です(^^)

 

 

 

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心理学博士で現役カウンセラーの
古宮昇(こみやのぼる)さんが


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講師プロフィール
古宮昇(こみやのぼる)
・心理学博士・臨床心理士・公認心理師
・カウンセリング・ルーム輝(かがやき)代表
・カウンセラー歴は、日米ニュージーランドで合計28年、

来談者数はのべ約8000人。
・著書は32冊。
心理学の学術専門論文は60本を超える。
講演やセミナーは日本全国および米国、
中国、ニュージーランドで計600回以上。 

 

 

 

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で、本題に入ります。

 

今回、ご紹介する本は、

 

三訂版 アサーション・トレーニング: さわやかな〈自己表現〉のために

 

 

著者は、

臨床心理学者の平木典子先生。

 

「アサーションといえば、平木先生!」

といっても過言ではない、

臨床心理学の世界では、有名な先生ですね。

 

平木先生は、

日本にアサーティブ(アサーション)

の考え方を広められた第一人者で、

この本は、なんと30年を超えるロングセラー!

 

2021年に三訂版、

今の世相を反映して、

新しく生まれ変わりました(^^)

 

 

・・・で、皆さん、

「アサーティブ」(アサーション)

という言葉は、

聞いたことのある方が多いと思いますが、

 

そもそも、

「アサーティブ」とはいったい何ぞや・・・

 

・・・はい、アサーティブとは、

 

「自他尊重のコミュニケーション」

すなわち、

「自分も相手も大切にした自己表現」

 

のことなんですね。

 

この本のサブ・タイトルにもなっている、

「さわやかな自己表現」

ともいえます。

 

 

ある北米の心理学者は、

人間関係の持ち方には、

大きく分けて

三つのタイプがあると

言っています。

 

第一は、

自分よりも他人を優先し

自分のことを後回しにするタイプ、

 

第二は、

自分のことだけを考えて

他者を踏みにじるタイプ、

 

第三は、

第一と第二の

黄金比ともいえるあり方で、

自分のことをまず考えるが

他者にも配慮するタイプです。

 

アサーションとは、

第三のタイプをいいます。

 

そして、

アサーション・トレーニングでは、

 

第一のタイプを

「非主張的」

または

「ノン・アサーティブ」、

 

第二のタイプを

「攻撃的」

または

「アグレッシブ」、

 

第三のタイプを

「アサーティブ」

と呼びます。

 

 

3つのタイプ、

「非主張的」

「攻撃的」

「アサーティブ」

がある・・・

 

具体例が挙げられています。

 

たとえば、

 

中村さんが、

友人とレストランで

夕食をとっていて、

ステーキの焼き加減を

レアで注文しましたが、

 

ウエイターが運んできたステーキが、

ウエル・ダン

(肉の内部までよく火を通したもの)

に焼かれていた場合・・・(^^;

 

 

<非主張的>

 

友人に、

「こんなに焼けてしまっている。

もうこのレストランにはこないぞ」

と愚痴をこぼすが、

 

ウエイターには何も言わず、

笑顔で受け答えをする。

 

せっかくのステーキはまずく、

こんなところに

友人を連れてきてしまったことを

後悔する。

 

何だか自分が

すっかり委縮してしまった

感じになる。

 

 

ううっ・・

 

私、時と場合によっては、

このパターンかもしれません(^^;

 

ストレスたまる・・・

 

 

<攻撃的>

 

大声でウエイターを呼び、

ステーキが注文通りに

焼けていないことを

必要以上に怒鳴り、

 

もう一度注文通りの

ステーキを注文する。

 

中村氏は、

自分の要求が通ったことには

満足したが、

怒鳴ったことで

その場が気まずい雰囲気になった。

 

友人に対しては、

ややきまりが悪く、

また、

夕食の雰囲気は台無しに

なってしまった。

 

一方、

ウエイターは

侮辱された感じがして、

不愉快な気持ちになった。

 

 

ウチの妻はどちらかといえば、

このタイプか・・・

 

あっやばい、言ってしまった(^^;

 

 

<アサーティブ>

 

ウエイターに合図をして

テーブルに呼び、

 

「自分はステーキを

レアで注文したこと。

しかし、

ウエル・ダンのステーキが

きてしまったこと」

を伝えて、

 

ていねいに、

しかしはっきりと

「レアのステーキと

取りかえてほしい」と頼む。

 

ウエイターは

間違いを謝り、

まもなくレアのステーキを

運んでくる。

 

中村氏も友人も

夕食を満喫し、

中村氏は自分の取った

言動にも満足して、

夕食を終える。

 

もちろん、

ウエイターも

客が気持ちよく過ごしたことで、

気分がよい。

 

 

これが、

アサーティブ(^^)

 

WIN-WIN、

近江商人の「三方よし」

といった感じですね。

 

私も、さすがに、

人生経験を積んできたので、

 

最近は、

アサーティブな表現ができることが

多くなってきましたが、

 

やっぱり、

非主張的や攻撃的な対応を

してしまうこともあります(^^;

 

皆さんは、

いかがでしょうか?

 

 

非主張的だったり、

攻撃的だったりすると、

いろいろと問題があるわけですが、

 

次回以降、

それを心理学的に

深堀りしていきますね・・・

 

 

 

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次回に続きます(^^;

 

今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました😊

 

 

 

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おまけ(^^;

 

 

三重県津市、

真宗高田派の本山、

専修寺

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さすが本山!

とても大きくて立派なお寺でしたよ。

 

 

 

 

津城跡🏯

 

 

 

 

藤堂高虎公、

築城の名手ですね!

 

 

 

 

 

・・・おい、早くどいてくれ😸!

 

 

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

ユング派心理学者の大家、

河合隼雄さんの名著、

 

ユング心理学入門

 

 

内容がとても濃い本なので、

過去6回にわたって、

解説してきましたが、

 

今回で7回目、

最終回です(^^;

 

今回は、

まとめ的な感じになりますが、

 

自我(ego)と自己(self)

について、

紹介、解説していきます。

 

 

今まで、

人間のタイプや、

ペルソナ、

アニマ・アニムス等について

述べてきたが、

 

これらの間に

つねに相補的な関係が

存在していることに

気づかれたことと思う。

 

たとえば、

内向と外向、

思考と感情、

ペルソナとアニマ(アニムス)

等はお互いに他と対極となし、

相補的な性格をもっている。

 

 

相補的というのは、

「互いに不足を補うような

関係にあること」

ですね。

 

 

人間の心が

これらの対極の間の

ダイナミズムに支えられて、

一つの全体性・統合性を

もっていることは、

 

ユングがつねに

注目してきたところである。

 

もっとも我々の意識も

自我(ego)を中心として、

ある程度の安定性をもち、

統合性を持っている。

 

そして、

そのためにこそ、

われわれは一個の人格として

他人に認められている

わけである。

 

 

ユングのいう「自我(ego)」

 

このegoは、

いわゆる利己的という意味ではなく、

「意識」

の中心的機能という意味ですね。

 

決して悪い意味ではなく、

社会生活を営むうえで、

「自我」の確立は、

とても大事ですが、

 

 

しかしながら、

その安定した状態に

人間の自我はとどまることなく、

 

その安定性を崩してさえ、

より高次の統合性へと

志向する傾向が、

人の心の中に認められる。

 

 

なるほど・・・

 

安定した状態にとどまることなく、

それを崩してまで、

 

人は、対極の部分を統合して、

成長したいという志向性があるのですね。

 

 

個人に内在する

可能性を実現し、

 

その自我を

高次の全体性へと

志向せしめる努力の過程を、

 

ユングは個性化の過程、

あるいは

自己実現の過程と呼び、

 

人生の究極の目的と考えた。

 

そして、

われわれが

心理療法において

目的とするところも、

 

結局はこのことに

ほかならないのである。

 

 

自分の無意識に抑圧してきた

感情や欲求をも受け入れて、

 

それを自分の中に統合し、

成長・成熟する。

 

それが、ユングのいう

「個性化」「自己実現」なのですが、

 

 

(中略)

 

危険をおかしてさえ、

高い次元の統合性に

向かう働きが生じたのであるが、

 

その意識を超えた

働きの中心として、

 

ユングは自己なるものを

考えたのである。

 

自我が意識の中心で

あるのに対して、

 

自己は意識と無意識とを含んだ

心の全体性の中心であると

考えた。

 

自己は意識と無意識の

統合の機能の中心であり、

 

そのほか、

人間の心に存在する

対立的な要素、

 

男性的なものと、

女性的なもの、

 

思考と感情などを統合する

中心とも考えられる。

 

 

「自我」と「自己」

 

似たような言葉で、

ちょっと区別が

つきにくいのですが(^^;

 

「自我(ego)」

は意識の中心。

 

「自己(よくselfといいます)」

は、意識と無意識とを含んだ

心の全体性の中心。

 

言葉だとイメージしにくいので、

よく図で表されることが

多いのですが、

 

こうなります。

 

 

自我と自己の関係図

 

(画像お借りしました)

 

球体の上の部分が「意識」で、

その中心が「自我(ego)」

 

「意識」「無意識」(こちらのほうが大きい)

が合わさって球全体になり、

その中心が「自己(self)」

 

ですね。

 

 

フロイトが

これらの現象を

無意識内の性的な動因に

還元しようと

努めたのに対して、

 

ユングが心の全体性という

考えによって、

目的論的な観点を

導入したことは、

 

両者の明らかな相違を

示すものである。

 

 

そうですね。

 

同じ精神分析的立場でも、

フロイトとユングは、

明らかに違う。

 

ユングの心の全体性を

志向する考え方、

 

すなわち、

自己(self)が対極を統合して、

成長しようとするという

目的論的な考え方、

 

私は魅力を感じます(^^)

 

しかし、

何度か申し上げましたが、

統合の道のり、

個性化、自己実現の道のりは、

 

けっこうリスクがありますし、

簡単なものではないんですね(^^;

 

 

自己(self)との対決を

行おうとするひとは、

相当な自我(ego)の強さを

もつことが要請される。

 

(中略)

 

まず自我を

相当に強化し、

 

その強い自我が

自ら門を

無意識の世界に対して開き、

 

自己との相互的な対決と

共同を通じてこそ、

 

自己実現の道を

歩むことができると

するのである。

 

 

トランスパーソナル心理学、

インテグラル理論で有名な思想家の

ケン・ウィルバーが、

 

人の発達段階は、

 

プレ・パーソナル

↓

パーソナル(自我の確立)

↓

トランスパーソナル(自己実現)

 

の順だといいましたが、

 

まずは、

「自我の確立」をしっかり行わないと、

「自己実現」には至らないんですね。

 

実際、

自我が脆弱なまま、

自己に飲み込まれて

同一化をしてしまうと、

「自我肥大」が生じてしまい、

 

たとえば、

宗教家や心理療法家が、

無意識のうちに、

鼻持ちならぬ高慢さを

さらけ出してしまったり

するようです(^^;

 

また、

自我の確立ができていても、

あまりにも

抑圧が激しすぎた場合、

スムーズに自己実現ができず

破滅してしまう例、

 

たとえば、

仕事命でやってきて、

功成り名を遂げた印刷所の経営者が、

長い間抑圧していた、

幼年時代に絵が好きだったことを思い出し、

 

急激に自社の製品を、

自分の幼児的な趣味に合わせて

作り始めたところ、

数年で会社をつぶしてしまったケースが

紹介されています。

 

 

事業と趣味を

同一視したりせずに、

 

彼の幼児的な世界を

徐々に受け入れてゆく

工夫をすれば、

 

彼の自己実現は、

このような破局的な結末に

至ることはなかったと

思われる。

 

 

過ぎたるはなお及ばざるが如し、

 

自己実現は、

あせらずじっくりやっていく

ものなのですね。

 

 

自分の意識体系を

強化させ、

発展せしめると同時に、

 

無意識なもの、

すなわち、

非合理的なもの、

劣等なものを

抑圧してきたひとは、

 

その強い自我によって

地位や財産を

築くことになるだろう。

 

しかし、

このようなひとは、

 

ふとあるとき

自分の地位や財産や、

その仕事など、

 

彼の誇りとしてきたものの、

「意味」がわからなくなったと

感じ出すかもしれない。

 

簡単にいうならば、

そのひとたちは、

自分が自分のたましいと

切れた存在であることに

気づきはじめるのである。

 

(中略)

 

このようなひとたちの

失われた「こころ」を

求める焦りに、

しばらくの間の

忘却のときを与えるために、

 

近代文明は

多くの発明をしている。

 

多くのひとは、

ただ刺激を求めて、

低俗な映画をみたり

競輪にこったりしはじめる。

 

われわれ人間の

時間節約のため

多くの発明を生み出した

近代文明は、

 

時間の浪費のための

テレビなども発明して

なんだか変な

折り合いをつけているが、

 

これによって、

失われたこころとの接触を

回復することは難しい。

 

 

そうですね。

 

失われた「こころ」を

求める焦りに、

しばらくの間の

忘却のときを与えるため・・・

 

今なら、

やはりネットやスマホ

でしょうか(^^;

 

 

それでは、

われわれは

テレビも洗濯機もなげすてて、

禅寺にでも

こもるべきであろうか。

 

実際、

日本古来の伝統に

支えられている方法として、

禅によって、

こころの回復を試みるひとも

多くあり、

その意義もはっきりと

認められる。

 

 

過去ブログでも紹介した、

稲盛和夫さんも、

禅宗で得度されましたね。

 

 
(よかったらご覧ください)
 
 
しかし問題は、
あれかこれかと
いうことではなく、
 
あれもこれもという点に
あるのではないか。
 
つまり、
外界との接触を
失うことなく、
 
しかも
内界に対しても
窓を開くこと、
 
近代的な文明を
消化しながら、
 
古い暗い心の部分とも
つながりをもとうとしなければ
ならないこともある。
 
ここにおいて、
ユングが東洋の思想に
大いに心ひかれながら、
 
あくまで
自我の重要性を強調し、
自我(ego)と自己(self)との
相互作用と対決ということを
主張することの意味が
 
十分に感じ取られる
ことと思う。
 

 

「あれもこれも・・・」

同感です(^^)
 
外界との接触を失うことなく、
しかも、
内界に対しても窓を開く、
 
近代的な文明を
消化しながらも、
古い暗い心の部分とも
つながりをもつ、
 
これが、
現代を生きている私たちが
「自己実現」していくために、
大切なことだと思います。
 
(稲盛和夫さんは、
これを実践されたのだと思います)
 
自分の中の対立する部分、
陰と陽を統合しながら、
 
らせんのように少しずつ
成長・成長していくイメージ。
 
焦ることなく、
コツコツ、一生かけて、
やっていきたいものですね😊
 
 
 
 
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以上、

ユング心理学入門

 

 

を、7回にわたって

紹介・解説させていただきました。

 

ユング心理学は奥が深くて、

うまく説明できたか

自信がありませんが(^^;

 

興味を持たれた方は、

是非、本書をお読みくださいね。

 

 
今回も、
最後までお読みくださいまして、
有り難うございました😊
 
次回からは、
別の本を紹介・解説します。
 
 
 
 
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おまけです(^^;
 

 

三重県尾鷲に行きました!

朝散歩。

 

 

 

 

尾鷲神社の大楠2本。

 

 

 

 

周囲10メートルだそうです!

 

 

 

 

尾鷲で出会った野良ちゃん。

 

 

 

 

お腹出してくれました!

 

 

 

 

うまく撮れました!

 

とっても愛らしい野良ちゃん(^^)

有り難うね😸

 

 

 

 

のどかで素敵な港町でした😊