ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

横浜は、晴れの日が

ずっと続いています!

 

 

私、カウンセラー有資格者として、

日々研鑽に励んでおりますが、

 

さらなる上位資格取得のために、

新たな「学び」を始めました(^^)

 

その中で、講師から、

課題図書として出される本が

あるのですが、

 

その内容が、皆さまにとっても、

なかなか有益なのではないかと感じます。

 

アウトプットすることで、

私自身の理解も深まりますので(^^;

 

今後、皆さまと

シェアさせていただきたいと思います!

 

で、今回紹介させていただく本は、

 

自分らしく生きる! 40代からはじめるキャリアのつくり方

 

 

著者は、キャリアコンサルタントの

石川邦子さん

 

高卒でIT関連企業に入社されますが、

23歳で管理職、

35歳でなんと役員に就任されたという、

すごい経歴の持ち主です!

 

入社当時は、

25歳で寿退社して、

平凡な専業主婦になるのが、

夢だったとのことですが、

 

とても熱心で優秀だったため、

抜擢をされ、

とんとん拍子に出世されました。

 

しかし、42歳で、

現場から外されたことを機に、

 

「私の人生は、

これでよかったのだろうか?」

 

と悩まれることになります。

 

いわゆる、

ユングの「中年の危機」

(中年の転機)

というやつですね。

 

石川邦子さんは、

その転機に、

ご自分のキャリアを、

 

管理職から

カウンセラー(キャリアコンサルタント)

に、大きく方向転換することを

決意されます。

 

産業カウンセラーや

キャリアコンサルタントの資格を取得され、

(さらにその上位資格も取得)

 

何と44歳で、

法政大学のキャリアデザイン学部に

入学されます。

 

若い子に混じって、

体育の授業も不本意ながら出席した(^^;

エピソードが紹介されていますが、

 

その後、

大学院の修士課程まで学びを続けられ、

 

やがて、

キャリア教育の専門家として、

大学や企業の講師として

活躍されることになるのですが・・・

 

58歳の時、

「多発性骨髄腫」という

血液のがんを告知されます。

 

現在は、

完全寛解されて、

再び講師として活躍されていますが、

 

石川邦子さんは、

 

中年期の転機、

すなわち、

「企業の管理職から

カウンセラー(キャリアコンサルタント)」

 

不可抗力な転機、

すなわち、

「多発性骨髄腫

(血液のがん)の告知と治療」

 

という、

人生の大きな転機2つを

乗り越えられて、

今に至っているんですね。

 

それが、この本には、

リアリティをもって

語られているのですが、

 

皆さんが、

ご自分の今後のキャリアを考えていくうえでも、

大いに参考になる内容だと思います。

 

興味を持たれた方は、

是非、お読みいただければと思いますが、

 

今回は、本書で紹介されている、

キャリアに関する、

いくつかの有益な理論を、

紹介させていただきますね(^^)

 

まずは、

スタンフォード大学、

クランボルツ教授が提唱された、

有名な、

 

「計画された偶発性」理論。

 

 

20世紀末に発表された

この理論では、

 

個人のキャリアは、

予期しない偶然の出来事によって

その8割が形成されるとしました。

 

 

ええっ、

 

キャリアは偶然の出来事によって、

8割が決まる?

 

では、何をしてもムダで、

偶然に任せるしかないのか・・・

 

いいえ、違います(^^;

 

 

その偶然の出来事を、

主体性や努力によって

最大限に活用し、

 

キャリアを歩む力に

発展させることが

できるという考え方です。

 

偶然の出来事を

ただ待つのではなく、

 

それを意図的に生み出すように

積極的に行動したり、

 

周囲の出来事に

アンテナを立てたりして、

 

自らのキャリアを

創造する機会を

増やしていくことが大事だと

しています。

 

 

自分が今、

できることをやって、

 

偶然を招き寄せるという

イメージですね。

 

 

積極的に行動して

偶然を必然化する

行動・思考のパターンとして

 

次の5つを示しています。

 

・「好奇心」

たえず新しい学習機会を

模索すること

 

・「持続性」

持続しなければ、

成長できる機会は出現しない。

失敗に屈せず努力し続けること

 

・「柔軟性」

柔軟でなければ、

成長できる機会を

受け入れられない。

こだわりを捨てること

 

・「楽観性」

楽観的に前に進む。

新しい機会を実現可能と

捉えること

 

・「リスク・テーキング」

不確実でリスクがあっても、

行動を起こすこと

 

 

なるほど・・・

 

これらの5つの

行動・思考のパターンによって、

「偶然」を「必然化」する!

 

どれも大切ですが、

中でも中年にとって

忘れてはならないのは、

 

やはり「好奇心」

だと思います。

 

そして、

「迷ったらやってみる!」

 

「やった後悔より

やらないで後悔するほうが辛い」

 

これは、

ある講師の先生が、

私にアドバイスしてくださった

言葉です。

 

 

思いもよらぬラッキーを

「棚からぼた餅」

と言いますが、

 

棚の下に行くという

行動がなければ、

 

ぼた餅が落ちるのを

ただ眺めるだけ。

 

まずは、

棚の下に行くという

積極的な行動が

偶然を引き寄せます。

 

 

そうですね・・・

 

まずは「棚の下に行く」

 

石川邦子さんは、

「中年の危機」

を節目として、

大学や大学院にチャレンジして、

 

それが、

キャリアコンサルタント講師として活躍する

人生の転機となった。

 

まさにこれが、

「計画された偶発性」

ですね!

 

 

巷では、

リカレント教育(学び直し)

といわれていますが、

 

皆さんも、

小さなことや趣味の範囲でもいいので、

何か「学び」を始められては

いかがでしょうか。

 

(このブログを読んでくださる方は、

既にされている方も多いと思いますが(^^;)

 

ここでポイントになるのは、

いわゆる見栄や世間体ではなく、

 

自分の

「興味の持てること」

「ホンネで大切なこと」

を自発的に学ぶことだと思います😊

 

 

 

------------------------------------------------------------

 

 

 

今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました😊

 

次回に続きます(^^;

 

 

 

------------------------------------------------------------

 

 

 

おまけです(^^;

 

新年早々、名古屋出張しました。

(悲しいかな、日帰り・・・)

 

 

恒例の新幹線、

富士川鉄橋から

 

太平洋側は、意外と雪が少ないですね。

 

 

 

ちらっと遠目から名古屋城、

 

天守閣、木造に建て替えるみたいですね。

楽しみです!

 

 

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

遅ればせながら、

明けましておめでとうございます🌄

 

今年も、皆さまにとって

素晴らしい年でありますように、

心からお祈りいたします。

 

 

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「猿」の研究者が主人公の

遠藤周作さんの小説、

 

彼の生きかた

 

 

あまり紹介し過ぎると、

ネタバレになってしまうので、

前回で終了する予定だったのですが、

 

動物つながりで、

補足しようと

思っていたことがありますので、

 

本作とは直接は関係ないのですが、

今回、触れさせていただきます(^^;

 

カウンセラー

古宮昇先生

のFBから引用させていただきます。

 

 

「子どもやペットに

愛情を注ぐと自分が癒される」

 

私がおこなうセラピーでは、

来談者の心に、

子どもだった来談者自身の姿が

イメージで出てくることが

よくあります。

 

その子どもは、

ほとんどの場合

傷ついています。

 

泣いていたり、

おびえていたり、

怒っていたり、

 

一人ぼっちで孤独だったり、

 

傷つきすぎて感情がマヒし

無表情だったり・・・

 

そのような傷ついた子どもが

イメージとして出てきたときには、

 

その子が得られなかった

優しさ、温かさを、

(大人になった)来談者が与えます。

 

たとえば、

イメージの中で、

 

大人の来談者が

その子を優しくハグして

「大好きだよ」と伝えたり、

 

その子と

一緒に公園で遊んだり、

 

その子に

「私が守るからもう大丈夫だよ」

と伝えたり、

 

「うまくできなくてもいいんだよ」

と伝えたり、など。

 

その子に必要な形で、

充分に愛情が注がれると

 

その子は、癒されて

心からの笑顔になったり

落ち着いたりします。

 

するとそのセッションの後、

来談者は日常生活で

生きるのがラクになります。

 

気持ちがラクになったり、

人間関係の負担感が減ったり、

孤独でなくなったり、

気分が安定したり。

 

そして、思うのです。

 

私たちが子どもや動物に

「かわいいね」

と愛情をかけるとき、

 

ひょっとしたら、

子どもや動物は

愛情が足りなくて傷ついた

(子ども時代の)

自分自身の代替になっていて、

 

象徴的に、

その傷ついた自分自身に

愛情を注いでいるのかも

しれない、と。

 

少なくとも、

私たちが

子どもや動物に愛情をかけながら

 

何となく、

その子が傷ついた

自分自身のように思って

心から愛でるとき、

 

決して、

「いやされたぁ~」

と一時的に

うれしくなっているのではなく、

 

より深く持続的な

癒しが起きているのかも

しれません。

 

 

・・・なるほどです。

 

ウチの場合は、

子どもがいないので、

ちょっと寂しいということもあって、

 

「猫」を飼って、

可愛がっているのですが、

 

もちろん、

一時的な癒しも

大いに与えてくれるのですが、

 

それだけでなく、

傷ついた子ども時代の自分自身を

投影する存在にもなってくれている、

 

それに愛情を注ぐことによって、

私自身により深く持続的な

癒しが起きている・・・

 

としたら、

「子ども」や「ペット」は、

ほんとうに有り難い存在ですよね。

 

この小説の主人公、

福本一平も、

「猿」を愛することによって、

 

吃音でみじめな思いをした

自分自身の傷が癒されたのだと思います。

 

そして、

満州大連の少年時代に、

「犬」を飼っていた遠藤周作さんも・・・

 

珠玉のエッセーがあります。

 

エッセー集

万華鏡

 

 

より、

「別離」(一部引用します)

 

 

(中略)

 

・・・両親が

次第に不和となり、

今まで楽しかった家庭が、

夕暮れ、急に陽がかげったように

暗くなった。

 

少年の私には

その理由が一向にわからず、

ただ当惑し、

ひたすら息をのんで

毎日を過ごした。

 

父にやさしくしてもらえば、

母を裏切った気がするし、

 

母に甘えれば

父に背いた気持ちに

なるのだった。

 

とはいえ、

友だちにも先生にも

そんな心の辛さを

相談することはできない。

 

話しても

同じ子供の仲間に

わかる筈はない。

 

私にはその頃、

クロという飼い犬がいた。

 

学校の行きかえり

いつもクロは

わたしのそばを

のそのそとついてきた。

 

暗い家に戻りたくない私が

いつまでも塀に落書きしたり、

蜘蛛の巣を見ていると、

 

彼も立ち止まり、

欠伸をしたり、

脚で耳をかいたりして

待ってくれた。

 

「家に帰りたくないんだよ」

 

と私はそのクロだけに

自分の切なさをうちあけた。

 

「どうして

こうなったんだろうなア」

 

と、クロは

私をじっと濡れた眼で見て、

 

「仕方ないですよ。

人生って、そんなもんですよ」

 

と答えた。

 

読者は笑われるかもしれぬが、

あの時、

クロは確かにそう言って

くれたのである。

 

ほかに話し相手のない

子供にとって、

 

その犬だけが

悲しみのうち明け相手、

慰めてくれる友だった。

 

(中略)

 

 

・・・やがて、

両親の離婚のため、

 

クロとの別れの時が

訪れるのですが・・・

 

遠藤周作さんは、

そのシーンを、

 

大人になってから、

新約聖書の

ペテロがイエスを

見棄てた箇所を読んだ時に、

 

ふと思い出されたそうです・・・

 

氏の小説やエッセーには、

よく、動物が、

イエスの投影として登場しますが、

 

たしかに、ペットって、

私たちにとって、

 

黙って話を聴いてくれる、

小さな神さまのような

存在かもしれませんね😊

 

 

 

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ちなみに、

このエッセー集

万華鏡

は残念ながら絶版のようですが、

 

幻の原稿「影に対して」

が掲載されている最新刊、

影に対して―母をめぐる物語

(過去ブログでも紹介しました)

 

 

の中に、

「雑種の犬」

という短編小説が掲載されています。

 

こちらも、心に沁みますよ。

 

 

今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました(^^)

 

次回は別の本を紹介する予定です。

 

 

追伸

 

今、思い出しましたが、

クロは、代表作、

深い河

にも登場しています!

 

 

 

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おまけです(^^;

 

 

初日の出・・・

ではなくて(^^;

 

近所の鶴見川の夕日です。

 

 

 

有り難いことに、

晴れた日には、

近所から富士山がちょっとだけ見えます🗻

(横浜市港北区からでも見えるのです)

 

 

 

 

ウチの小さな神さま、

宮音(みやお)です😸

 

 

 

 

 

寝正月・・・

(座れないよ~早く、どいてくれ!)

 

今年もよろしくおにゃがいします😸

 

 

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

昨日、

大ヒット映画、アバターの続編、

アバター:ウェイ・オブ・ウォーター

を観てきました。

 

IMAXの3Dで見たのですが、

大迫力!

 

何だかアバターと同じ世界に

一緒にいる感覚になりましたよ。

 

大自然や海の生き物の映像が

とても美しかったです!

 

 

で、今回紹介する本は、

 

ここのところ、

何故か、

遠藤周作さんモードになっていた私。

 

まだ、

読んだことのない小説があったかな・・・

 

とアマゾンで調べていたら、

 

ありました!

 

彼の生きかた

 

 

さきほどの、

アバター:ウェイ・オブ・ウォーター

にも、海の生き物を中心に、

多くの架空の生き物が登場するのですが、

 

この本に登場するのは、

 

「お猿さん」です(^^;

 

主人公の福本一平は、

猿の研究者なんですね。

(実際のモデルの方がいるそうです)

 

彼が何故、

猿の研究者になったかというと・・・

 

彼は、子供の頃から、

吃音(どもり)でした。

 

そのせいか、

人とうまく接することができず、

いじめられたり、ばかにされたり・・・

 

唯一、心が休まったのは、

動物とふれあう時。

 

学校のうさぎ小屋の世話を熱心にする

彼を知って、

 

担任の先生は、

こういいます。

 

 

あなた、

そんなに

動物が好きなら・・・

 

動物の勉強を一生やったら。

 

誰にも負けない

動物学者になったら、

 

素晴らしいんじゃない。

 

 

学校の先生の

何気ないひとことって、

けっこう影響力ありますよね。

 

私事ですが、

小学校高学年の時、

担任の先生から、

 

「(れっつごうくんは)

3組の物知り博士です」

 

と学級新聞で紹介されて以来、

 

その気になって、

百科事典を見て、

自主的にいろいろと調べ学習をした

記憶があります。

 

まさに、

「豚もおだてりゃ木に登る」(笑)

 

まあ、私の場合は、

木に登ったのは、

ほんの数か月くらいでしたが(^^;

 

で、

担任の先生に勇気づけられた

主人公の福本一平くんは、

 

第一志望の大学に落ちたり、

戦災をくぐり抜けたり、

苦労を重ねながらも、

やがて動物の研究者となり、

 

ご縁を得て、

日本猿研究所の所員となるのですね。

 

山の自然環境そのままの状態で、

猿の餌付けをしようとする彼ですが、

 

しかし、そこに、

金儲けのために

観光開発しようとする

資本の圧力が加わってきて・・・

 

もちろん、物語は、

主人公と猿との交流だけではなく、

様々な人物が登場します。

 

たとえば、

主人公が密かに惹かれている、

幼馴染みの朋子。

 

気の弱かった彼に、

何度も「弱虫!」というような、

気の強い女の子だったのですが、

 

戦災を経て、

その後は、平凡な家庭の主婦として、

落ち着いています。

 

しかし、

小市民を絵に書いたような夫に、

何か満たされぬものを感じていて・・・

 

(このテーマ、

遠藤周作さんの他の作品にも、

出てきますね。

モーリヤックの

「テレーズ・デスケルウ」の影響)

 

そこに、夫の上司で

いかにも、やり手の

加納専務が絡んできたりして・・・

 

男女の描き方は、

ちょっと昭和な感じもするのですが(^^;

(でも、本質は変わっていない?)

 

ハラハラ、ドキドキするような

ロマンスがありながらも、

物語は意外にもシリアスな展開に・・・

 

・・・と、

 

これ以上はネタバレになるので、

ストーリーの紹介はこれくらいにしますが、

 

以下、私の印象に残った文章を、

引用させていただきますね。

 

 

もし自分が

生れつき口が不自由で

なかったならば、

 

動物など見向きも

しなかったかもしれぬ。

 

口が不自由なゆえに

学校でも友だちができず、

犬や兎を相手にした。

 

その時だけが

安心した気持ちでいることが

できたのだ。

 

人間の言葉を話せぬ

動物たちに

まじわっている時だけが

 

彼に心の安らぎを

おぼえさせたのだ。

 

 

ちなみに、

遠藤周作さん自身、

子どものころ、

両親が不仲であったため、

家に帰るのが嫌で、

 

外の飼い犬に、

話しかけたりして、

慰めてもらったことが、

多かったそうです。

 

私も、両親が喧嘩している時は、

ほんと家にいるのが辛かったので、

気持ち、わかります。

 

残念ながら、

子どもの頃は、

マンション住まいだったので、

犬も猫もいなかったのですが・・・

 

 

そして

口の不自由な自分が

友だちから

苛められたように、

 

動物たちも動物であるという、

それだけの理由で

人間たちから

苛められている。

 

群れから連れ去られ、

狭い檻のなかに入れられ、

研究所や動物園に

送られる。

 

彼は自分と動物たちに

同じように加えられている暴力を

感ぜざるをえなかった。

 

 

私は、動物園が割と好きで、

そこで動物たちの姿を見ていると、

わくわくして、

癒される感じがするのですが、

 

ウチの妻は、時折、

「閉じこめられて、かわいそう・・・」

とつぶやく時があります。

 

たしかに、

そうかも・・・

 

 

「さ、猿が、

あんたたちに、

ど、どんな悪いことを

したというんや。

 

さ、猿が人間に、

ど、どんな害を、

あ、あたえたと言うんや。

 

さ、猿はものが言えん。

 

に、人間のように

ものが言えん。

 

し、しかし、

ものが言えんでも、

 

猿かて・・・

か、悲しみはあるんや。

 

さ、猿かて・・・

悲しみはあるんや」

 

朋子は思わず、

耳を両手でふさぎたかった。

 

猿はものが言えん。

 

でも悲しみはあるんや。

 

この言葉は

一平が口の不自由な

自分自身のことを

語っているのだと

彼女にはわかったからだった。

 

 

・・・考えさせられますね。

 

ちなみに、

この小説には、

遠藤周作さんの小説によくあるような、

いわゆるイエス・キリスト的なものは、

直接は描かれていませんが、

 

そこは、遠藤周作さんの作品、

 

間接的には、ちゃんと、

盛り込まれていると感じます。

 

主人公の生き方に投影されていますし、

 

実は、最後で「さようなら」

と呟いた、朋子にも・・・

 

 

 

 

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以上、遠藤周作さんの小説、

 

彼の生きかた

 

 

をネタバレしない程度に、

紹介させていただきました。

 

文章は、純文学と、

狐狸庵モノのちょうど中間くらいで、

さくさく読めますが、

 

扱われているテーマは、

けっこう深いと思います。

 

あと、

今回紹介しませんでしたが、

猿の生態や、ボス猿の悲哀

(ボス猿はつらいのです・・・)

も味わえて、

なかなか興味深い作品です。

 

動物が好きな方、

また、遠藤周作さんの作品が好きだけど

まだ本作をお読みでない方には、

是非おすすめします!

 

絶版ではないので、

紙の本の新品で読めますよ😊

(もちろん電子でも)

 

 

 

 

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今回も、

最後までお読みくださいまして、

そして、

一年間ご愛読くださいまして、

有り難うございました。

 

今年もブログを続けることができたのは、

ひとえに、

読んでくださる皆さまがいらっしゃる

おかげです。

 

感謝申し上げます。

本当に有り難うございました😊

 

来年も、

マイペースで続けさせていただきますので

引き続き、

よろしくお願いいたします(^^;

 

 

 

 

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おまけ

 

 

仕事納めの日、

桐谷氷川神社で、

感謝のお参りをしました。

 

一年間、

お守りくださいまして、

導いてくださいまして、

有り難うございました。

 

 

 

少し足を延ばして、

目黒不動。

 

初詣の前なのに、

けっこう賑わっていました!

 

 

 

目黒不動の狛犬(のファミリー?)

優しい感じの狛犬たちです🐕

 

 

 

 

今年もお世話ににゃりまして、

ありがとうございました。

 

良いお年をお迎えください😸

 

By宮音(みやお)

 

 

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

遠藤周作さんの歴史小説、

 

王の挽歌

 

 

を紹介しています。

 

主人公は、

切支丹大名として有名な、

大友宗麟(義鎮)

 

この小説、

かなり史実に近い、

ストーリーのようですが、

 

なるべく

ネタバレにならないように、

ストーリーはあまり触れずに、

私にとって、

印象深かった箇所を、

紹介・解説していきます。

 

この小説では、

豊臣秀吉と大友宗麟(義鎮)の生き方が、

対比して述べられているのですが、

 

なかなか興味深いです。

 

 

「明日を思い煩うなかれ。

明日は明日思い煩えればよし」

 

「野の花をみよ。

骨折ることも紡ぐことも致さぬ」

 

あの時、

聖句をききながら―

 

紙燭(しそく)の炎が、

ラグーナ神父のそばで

細かな音をたてて

ゆれていた―

 

宗麟はふと

巨大な大阪城を思い出した。

 

そのほの暗い広間で

自分を謁見した

関白秀吉のことを

思い出した。

 

 

宗麟は、

島津氏に対する援助を乞うために

秀吉のもとを訪れたことがあるのですね。

 

 

(関白殿下は

今も明日のことのみ、

思い煩うておられるのだろう。

 

骨折ること、

紡ぐことのみ

考えておられるのだろう)

 

彼には

関白秀吉の心が

手に取るようにわかる気がした。

 

欲望は次の欲望を生み出す。

 

高麗鼠(こまねずみ)がまわす

小さな独楽(こま)のように

際限もなく続く、

空しい努力。

 

(むかし、

同じような迷いに

とらわれたことがあった)

 

 

欲望は次の欲望を生み出す。

際限がない・・・

 

そうですね。

 

天下を統一した秀吉は、

それでは満足できず、

無謀な朝鮮出兵をするわけです。

 

子の秀頼が生れると、

怖れや疑心暗鬼に支配されていき、

甥の秀次一家を処刑したり、

暴虐な一面を見せはじめます。

 

少し、私なりに

心理学的な分析をしてみますと・・・

 

貧しい生い立ちをバネにして、

欲望、すなわち、

立身出世のみをひたすら追いかけた秀吉は、

もちろん、

若い頃は大変な苦労を重ねたわけですが、

常に、明日のことだけを見続けていた。

 

自分のダークな部分、

すなわち、

弱さや至らなさ、自己嫌悪、

怒り、悲しみなどには、

目を向けることはなく、

いわば抑圧してきた。

 

その状態で、天下を取ったものだから、

万能感に支配され、

抑圧してきた

無意識のシャドーが暴走してしまい、

晩年は暴君と化したのではないか・・・

 

と、勝手に解釈しておりますが(^^;

 

対して、

宗麟は、名門の出こそあれ、

人間不信に陥るような経験を重ね、

また、内省的な性格も相まって、

大変な葛藤や苦しみを味わいつつも、

 

それを経た晩年は、

信仰の世界によって、

欲望が欲望を生むという、

無間地獄の世界からは

脱することができたのではないか。

 

 

宗麟は

現在の自分と

関白秀吉の

生きたかを対比した。

 

あまりにも

隔たっている二人。

 

秀吉にたいする

羨望の気持ちは

毛ほども起きない。

 

天下人になった秀吉、

 

津久見のわびしい集落で

遠い海なりの音を

じっと聞いている自分。

 

「種は悪しき人にも

善き人にも陽をのぼらせ、

雨を降らせ給う」

 

その真実がかすかだが

人生の終わりになって

宗麟にはやっとわかった気がする。

 

しかし

その地点にたどりつくまで

 

彼は何と大きな

紆余曲折を

経なければならなかったろう。

 

 

この

「大きな紆余曲折」

がドラマチックに描かれているのが、

本作品なわけですが(^^;

 

いってみれば、

秀吉が、

「生活」すなわち「現実」

のみをひたすら追い求めて、

生涯を閉じたのに対して、

 

宗麟は、

「生活」すなわち「現実」

を求めた前半生から、

大きな代償を払いながらも、

 

晩年は、

「人生」すなわち「理想」

の世界に生きることができたのだと

思います。

 

 

では、私の場合、

どちらの生き方をしたいのか・・・

 

う~ん、

迷いますが(^^;

(迷うんかい!)

 

秀吉のような立身出世を極める世界も

捨てがたいし(^^;

 

でも、それだけだと、

死ぬときは、

虚しそうだし・・・

 

一方で、

宗麟の生き方は、

けっこう辛そうで、

 

苦難に満ちているけど、

死に際は安らかかな・・・?

 

なかなか宗麟のような境地には

立てないと思いますが、

 

ありのままの自分を愛する、

すなわち、

「自己受容」

に生涯取り組みつつ、

 

死に際は、

「これでよかった・・・」

と心から思える生き方をしたいなあ、

 

と思います😊

 

 

 

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以上、

遠藤周作さんの歴史小説、

 

王の挽歌

 

 

を2回に渡って紹介してきました。

 

この作品、

遠藤周作さんの歴史小説の中では、

後期の作品になりますが、

 

氏の思想のエッセンスが、

多く盛り込まれているような気がします。

 

歴史エッセー集、

戦国夜話―こころの風景

 

(この本も、とてもおすすめですが、

残念ながら絶版・・・古本で)

 

で、遠藤周作さんは、

大友宗麟(義鎮)について、

こう述べています。

 

 

彼の英雄でも

成功者でもない面に、

今度は逆に興味を覚えたのです。

 

宗麟の人間としての生き方や、

その内面性に、

現代人にも通じる苦悩を

見たといいましょうか。

 

膨大な資料を繰るごとに、

宗麟は生涯、

己自身と戦い続けた

人生求道者だったのを知り、

 

「王の挽歌」

を書きたい気持ちに

なったのです。

 

 

現代人にも通じる苦悩・・・

 

たしかに、私も、

宗麟の背負った苦悩と比較すれば

ちっぽけなものですが、

同じような悩みを感じるところが

あります(^^;

 

 

1587年(天正15)、

宗麟は熱病のため

57歳で逝きました。

 

戦国時代の

最も人間的な武将というのが

彼の特徴です。

 

が、苦悩しつつも

自己に忠実に対したという点で、

私は共感を覚えるのです。

 

 

遠藤周作さんは、

宗麟に、自分を投影しているところが、

あるのかもしれませんね。

 

王の挽歌

 

今は絶版で、

電子か古本になりますが、

 

年末年始のお休みに、

物語の世界に浸ってみてはいかがでしょうか。

 

歴史小説、遠藤周作さんが好きな方には、

特にオススメします!

 

 

 

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今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました😊

 

次回は別の本を紹介します(^^;

 

 

 

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おまけです(^^;

 

 

福岡、鹿児島、宮崎の出張、

鹿児島中央駅前のホテルから。

 

 

 

駅前の「若き薩摩の群像」。

まったく観光はできませんでしたが(^^;

写真だけ何とかパチリ。

 

いつか、の~んびり観光したいです!

 

 

 

近所の鶴見川。

ダイナミックな夕暮れでした😊

 

 

 

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

今回紹介させていただくのは、

遠藤周作さんの歴史小説、

 

王の挽歌

 

 

私、遠藤周作さんの作品の多くは、

既読なのですが、

 

何故か発作的に

読み返したくなる時があり(^^;

 

その時の気分で、

手に取るのですが、

 

最近、九州に出張に行く

機会があったからなのか(?)、

久しぶりに再読してみた

王の挽歌

 

いやあ、

「こんなに骨太な作品だったっけ」

と思えるほどに、

読み応えがありましたよ(^^;

 

主人公は、

豊後(今の大分県)の切支丹大名、

大友宗麟(義鎮)

 

最盛期には何と九州6か国!

(今の大分県、福岡県、熊本県、宮崎県)

を支配した、大大名でしたが、

 

やがて、島津氏との戦いに敗れて、

衰退していくことになります・・・

 

彼は、名門の守護大名の出で、

お坊ちゃん育ちに見えますが、

 

実は、なかなかヘビーな

経歴を辿っています。

 

目が不自由な母親を

早くに亡くし、

父からは愛されず、

 

自分の守役にも裏切られ、

その騒動で父は殺害され、

 

急に家督を継ぐことになります。

 

その後も、

度重なる、謀略や裏切り・・・

 

 

(信じられぬ、

誰も信じられぬ)

 

 

人間不信に陥いるのですが、

そりゃ、無理もないです。

 

自分を育ててくれた

守役にも裏切られ、

その後も、

酷いことが続いたわけですから。

 

そんな彼は、

有名なフランシスコ・ザビエル

と面会し、言葉を交わします。

 

 

「まず殺すなかれ、

奪うなかれ、

偽りを申すなかれ・・・

 

だがそれはできぬぞ、

この余には」

(宗麟)

 

「なぜ、でございますか」

(ザビエル)

 

「大友家の家形であり、

九州数国の領主である余には、

 

養わねばならぬ一族、

重臣、家来がいる。

 

そのためには

敵とも戦わねばならぬ。

敵から奪わねばならぬ。

敵を殺しだまさねばならぬ。

 

家形である限り、

尊師の教えを守れば、

領国を失うことになる。

 

 

そうですね・・・

 

気持ち、わかります。

 

程度の差こそ、

かなりありますが、

 

私も、家族を養うために、

所属する組織のために、

 

ライバル会社から、

シェアを奪ったり、

出し抜いたりすることも、

あるわけですから。

(もちろん、合法の範囲ですが)

 

しかし、ザビエル氏は、

容赦ない(^^;

 

 

この時、

神父は間髪を入れず、

きびしく鋭い答えを

返しました。

 

「殿、魂の至福を得ることは、

家形を守ることより

大事でございます。

 

もし殿が我らの神を

御信心になる時には、

 

神は今の殿よりも

もっと大きな栄光を

お与えになりましょう」

 

 

もっと大きな栄光・・・

 

う~ん、

 

よくいわれるように、

大友宗麟(義鎮)は、

当初、貿易の利点があるために、

キリスト教を利用しようとしたのですが、

 

このザビエルとの出会いが、

終生、彼の心に痕跡を残すことに

なるのですね。

 

「理想」と「現実」

「人生」と「生活」

 

その狭間で葛藤する・・・

 

遠藤周作さんの作品によく現れるテーマが、

この作品にも含まれています。

 

彼は、教養もある聡明な君主で、

特に中央政権との外交には

手腕を発揮するのですが、

 

いかんせん、

戦は苦手だったようです(^^;

 

頭がよく、繊細だったからこそ、

迷い、あれこれ考えすぎてしまうという、

「弱さ」を抱えていたことが

描かれています。

 

その「弱さ」ゆえに、

正室との関係に苦しんだり、

 

ある女性に対して、罪を犯し、

それが一生消えない心の傷になったり・・・

 

「善」と「悪」の二面性があり、

揺れ動く自分とはいったい

何なんだろう・・・

 

そんな彼は、

「禅」に傾倒したりもしますが、

そこでは心の平安が訪れることもなく、

 

しだいに、ザビエルのいう、

「キリスト教」の世界に惹かれるように

なっていきます・・・

 

 

宗麟は

禅を捨てて切支丹にすがるのは

自分が弱いゆえだと知っていた。

 

(中略)

 

(他にすがらず、

おのれによって

おのれを救う者がいる。

 

禅はかかる強さを

持つ者に向いている。

 

だが余のごとき者には、

何かにすがらねば

安らぎを得られぬ)

 

 

禅は、自力の宗教だといわれますが、

たしかに、

自分一人で自分を見つめるというのは、

けっこうしんどいですよね(^^;

 

ある意味、

「強さ」が必要かもしれません。

 

ちなみに、

私は、なんちゃって坐禅や

瞑想が好きですが、

とても無我の境地など至りません(^^;

 

(ただ、

いま・ここの自分の気持ちに気付けたり、

リラックスや癒されたりする

マインドフルネスの効果は、

すごくあると思います)

 

 

(されど、なにゆえ、

切支丹の神でなければ

ならぬのか。

 

おなじ仏門でも

一向宗と申し

阿弥陀如来にひたすらすがる

宗門があるではないか)

 

 

そうですね・・・

 

私も、キリスト教と浄土真宗は、

(素人目ですが)

割と似ていると感じているのですが、

 

物語に登場する、

カブラル神父は、こう答えます。

 

(遠藤周作さんの考えを

代弁している?)

 

 

「あのお方は

ユダヤと申す国にて生き

そこで死にました。

 

だが

阿弥陀如来は

人々の頭にて作られた想念、

理念でございます。

 

想念、理念に我らがすべてを

頼み参らせることはできません。

 

我らが頼みと致せますのは

あきらかにこの世に生まれ、

この世にて生き、

苦しみ、死なれた

あのお方のみでございます。

 

 

なるほど・・・

 

「実在した人物」か

「想念、理念」か、

 

たしかに、そこは、

大きく違う。

 

私は、

特定の宗教の信者ではないのですが、

 

遠藤周作さんの描くキリスト教には

とても共感します。

 

というのは、

人間らしいイエスを

モチーフにしているからだと思います。

 

実際に存在した人物だからこそ、

信じられるし、親しみが湧く。

 

もちろん阿弥陀如来のような

超越した存在に

包みこまれるような安心感もいいですが、

(私は仏像はとても好きです)

 

やっぱり、

人は人に理解してもらいたい。

 

自分の至らなさ、

ずるさや、弱さ、虚栄心、

理不尽さ・・・

 

遠藤周作さんの描く、

人間イエスなら、

 

わかってくれそうな気がします(^^;

 

そういう意味では、

人の悩み、苦しみに、

寄り添い、共感してくれる

カウンセラーという存在は、

 

現代人にとって、

人間イエス・キリストのような

存在なのかな~

 

とも思います。

 

ちょっと大きく出てしまいましたが(^^;

 

私はそんなカウンセラーでありたいと

思っています😊

 

 

 

 

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今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました(^^)

 

次回へ続きます(^^;

 

 

 

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近所の鶴見川で動禅!

 

空気がクリアな感じがして、

気持ちよかったです(^^)

 

 

 

 

夕陽・・・

 

陽が落ちるの早いですね。