少し前のことですが、父の言葉に

 

衝撃を受けたことがありました。

 

 

 

子供たちの話をしていた時に、

 

父がこう言ったのです。

 

 

 

二人とも同じようにしようと

したらあかんよ。

 

 

えっ!兄弟は平等にしないといけない

 

んじゃないの?

 

 

私は思わずそう感じました。

 

 

 

 

私は3人兄弟の一番上で

 

長女って損だな、とか

 

妹だけずるい!、弟だけずるい!

 

と感じた経験がたくさんあったんです。

 

 

 

だから、自分の子供には平等でありたい

 

と常々感じてきました。

 

 

 

そして、両親だって

 

本当はそうしたかったんだろうけど

 

その時々の状況で、

 

平等にはできない状況があったんだ

 

と思ってきたのです。

 

 

 

 

親にしたら仕方なかったこと

 

だったんだと感じていたんですね。

 

 

 

長女の私にしたら辛かったし、

 

理不尽に感じたこともあったけど

 

親は親で3人の子供を育てることに

 

精一杯だったんだろうな、と思うと

 

 

 

共感はできないけど、

 

理解はできるという感覚でした。

 

 

 

それが、そもそも

 

同じようにしようとしていなかった

 

とは…。

 

 

 

私の想像の上をいってる答えでした。

 

衝撃を受けたのはココです。

 

 

 

でもね、

 

それを知ると理不尽に感じていた

 

不平等さが、実は

 

親から私への信頼の気持ち

 

だったんだな、と妙に暖かく受け取る

 

こともできたんですよね。

 

 

 

 

私たち3人兄弟の子供の頃のイメージは

 

 

真面目で努力家の私

 

不安定で手のかかる妹

 

お調子者で自分の好きなことをする弟

 

という感じでした。

 

 

 

お察しいただけるように、

 

兄弟の中で一番手がかからないのは

 

長子であることだけではなく

 

性質的にも私だったんです。

 

 

だからといって子供だった私が

 

それに納得していたかというと

 

そんなことはもちろんなくて、

 

 

自分は大切にされていない、と

 

淋しさや、悲しさや、悔しさを感じたり

 

 

思春期の頃には納得できず親に

 

抗議したこともありました。

 

 

 

でも、そうしながらも

 

私はちゃんと進んできたし

 

乗り越えてこれたんですよね。

 

 

 

簡単に、ほら大丈夫だったでしょ?

 

と言われると納得はできませんが

 

自分で乗り越える力を持っていた

 

いうのが事実です。

 

 

 

親が見ていたのはここで、

 

そんな私に対して

 

信頼があったから

 

安心して手を引いて見ていられたんです。

 

 

 

そして、

 

両親(特に母)が一貫して、

 

子供に信頼感を持って見守れるタイプか?

 

というと決してそんなことはないのです。

 

 

 

妹に対しては才能を活かそうと躍起に

 

なったり、妹の代わりに進路を決めたり、

 

過干渉な親でした。

 

 

 

弟に対しては末っ子の男の子というのも

 

あり、両親共にかわいがっていたし

 

でもどこか頼りなくて助けてあげないと

 

いけない存在として見ていたようにも

 

感じます。

 

 

 

この距離感の違いを子供だった私は

 

「不平等」「不公平」だと捉えていた

 

のですよね。

 

 

 

それぞれがタイプの違う私たち3人の

 

子供を両親は、

 

 

同じようにしたらあかん

 

というポリシーのもと育てていた

 

という視点で見ると、

 

 

 

私との間にあった距離感は

 

信頼という名の愛でしかない。

 

 

 

妹や弟のような距離感に縮められて

 

いたら、

 

私はきっと窮屈に感じていただろうし、

 

鬱陶しくも感じていただろうとも

 

冷静に見えてくるのです。

 

 

 

子供の側からだと、

 

手の掛けられ方=愛情の大きさ

 

と見えがちですが、

 

子供一人一人の個性にあった

 

ちょうどよい距離感があります。

 

 

 

その距離感を見誤ると、

 

過干渉やネグレクトという極端な距離感

 

を作ってしまうこともあるでしょう。

 

 

 

そこまででなくても、

 

子供にとっては心地いい距離感

 

逸脱すると、

 

近すぎても、遠すぎても不快なものであり

 

そこにお互いが依存心を生みやすく

 

なると思うのです。

 

 

 

兄弟であっても

 

中身は全く違う人間ですから、

 

親との心地いい距離感というのはそれぞれ

 

違うんですよね。

 

 

 

一人の子でも時期によっても変わって

 

きますしね。

 

 

 

そこを「同じようにしなければいけない」

 

と感じるのは、

 

親にとってもプレッシャーですし、

 

子供にとっては押し付けとなることも、

 

あるでしょう。

 

 

 

そこに重きを置くことには、

 

意味がないことかもしれません。

 

 

 

大切なのは

 

この子との距離感はいまお互いにとって

 

心地よいものなのか?

 

という視点であり

 

その時々での距離感を調整して

 

見つけていくことだと思うのです。

 

 

 

二人とも同じようにしようと

したらあかんよ

 

 

という、父の言葉はこういうこと

 

だったのだと受け取れました。

 

 

 

 

兄弟を「平等にしなければ」と力が入り

 

すぎるとかえって子供との距離感を

 

狂わせてしまうことがあります。

 

 

 

もし、今お子さんとの間に心地よさが

 

感じられないのであれば、

 

距離感を見直してみるタイミングかも

 

しれません。

 

 

 

近すぎても、遠すぎても苦しい。

 

 

 

だからこそ、

 

「今この子にとっての心地いい距離感は

 

 どこだろう?」

 

という視点で見ていくといいですね。

 

 

 

あなたの内側の感覚を大切にして

 

感じてみてくださいね。

 

 

わが家の兄弟          

4歳差、性別、性格全然違う2人です

 

 

今日も最後までお読みくださり

ありがとうございましたにっこり

昨日のわが家の夕食は、 


煮込みハンバーグとポトフとサラダでした。




ハンバーグは煮込んでしまうので、


玉ねぎは粗めのみじん切り。




玉ねぎだけ炒めることもしなくて、


生のまま投入します。


 さっぱりした感じに仕上がりますウインク



パン粉も切らしていたので、


なしにしました。




適当に丸めて形作って焼いている間に、


ポトフの野菜を切ります。




キャベツをざくざく切っていき


圧力鍋に放り込んでいってると、   


ふと感じたんです。




私この作業すごく好きだってね。




料理している時の私の頭の中って、


なぜか過去の出来事が


流れていることが多いのです。





考え事をしている訳でもなく、


勝手に再生されているような


感じです。




だから、


料理しているのに、


意識はここにあらずという、


ちぐはぐな状態だったんです。




もちろん無意識のことですけどね。




それがね、


自分の好きな作業だと気づくと




好きなことをしている


ちゃんと感じないともったいないな、


という気持ちが湧いてきたんです。




お留守になっていた自分の意識を


今ここに戻してみました。




包丁でザクザク切る感覚。


特にキャベツの切り心地が好き。




切れた野菜をお鍋に放り込み


まな板がスッキリする感じが好き。



どんどん切って、


どんどん入れていく。




大雑把でも大丈夫な単純作業だけど、


淡々とこなせると


料理のできる人になった


気分になれてしまいます。




楽しい!大好き!を味わいながら


切っていくと、とてもいい気分。




毎日のように、


何気なくやっている料理なのに、


自分の「好き」を感じながらすると


満足度が違います。




料理が好き?と聞かれると、


下味を付けたり、


揚げ物の衣を付けたりする細かい工程


は、面倒で好きではありません。




なので、気持ちに余裕のある時でないと


やる気になれないのです。




献立を考えることすら、


負担に感じることもあります。




それって、


実は、料理が嫌いなのではなく



献立を決めるのことや



細かい作業や手の込んだ調理が



苦手で嫌いなのです。




料理そのものが嫌い、苦手なわけでは


ないのですよね。




そこは一括りにしないほうがいいかも


しれません。




敢えて細分化することで、


「好き」が見つかることがあるから。




私たちの日常って、ほとんどのことが


オートマティックに流れています。




歯を磨く時に


右の奥歯から磨こうとか、



身体を洗う時に、


まず左前腕から洗おうとか、



トイレにいって用を足す時に


外尿道筋を緩めておしっこを出そうとか、




いちいち意識して行動に移さなくても、




歯を磨いたり、身体を洗ったり、


できてしまいますよね。




いちいち意識しないとできないこと


ばかりだと、


1日24時間では、足りなくなってしまう


でしょう。




だから、無意識にオートでできること


も素晴らしいこと。




でも好きなことをしてる時は、


敢えてそのオート機能を外してみるのも


いいかもしれません。


 


意識を今ココに戻して、


じっくりと好きを感じて、


身体の感覚を感じてみるんです。

 



アナログで感じてみる。




思った以上に、


心が満たされますよ。




私は、大好きなお寿司を食べる時に


感じることに集中したりします。




振り返ると、いつもは


お寿司屋さんに行っただけで、


満足していたんですよね。




でも、ネタの食感やわさびの抜ける感じ


までしっかり感じてみたら


美味しい、幸せ、が増し増しで受けとれて


心が満たされる、いい時間が過ごせます。




あなたの好きなことは何ですか?



その「好き」をもっと感じてみませんか?





今日も最後までお読みくださり


ありがとうございましたにっこり




 

 

 

突然ですが、

 

3年前の自分のことを覚えていますか?

 


我が家で言うと、娘小5、息子小1の頃。

 

 

私は、週5で働きながら子育てしていました。

(今より働いてる私、尊敬です!)

 

 

 

1学期行き渋っていた息子も、学校に慣れて

 

学童にも行って帰ってきていました。

 

 

 

放課後は週2回くもんに送迎して、

 

スイスイ進んでいく息子のことを誇らしく

 

感じていたことも覚えています。

 

 

 

極々普通の小学生でした。

 

 

 

娘は放課後、友達と過ごす時間が長くなってきて、

 

帰る時間が遅かったり、

 

ピアノの練習をしなかったり、

 

学校の宿題も朝していたり、

 

 

 

しょっちゅう私に怒られていました(笑)

 

 

 

とはいえ、あんまり気にせず自由に遊んで

 

いたんですよね。

 

 

 

今思い返すと、

 

私の意識は息子に向いていましたから

 

娘は楽だったんだと思います。

 

 

 

夫と別居からの再構築してきたものの、

 

やっぱりうまくいかないな、と感じて

 

心理学系のブログを読むようになったのも

 

この頃でした。

 

 

 

子供達に対しても、夫に対しても

 

コントロールの意識がとても強くて、

 

私がどうにかしないと、と家族を

 

背負っていました。

 

 

 

なんなら、実家の両親のことまで

 

全力で助けようとしていました。

 

 

 

子供の習い事が増えた分、

 

勤務時間を増やしたりするのに

 

自分のためには中々お金を使えなくて。

 

 

 

なんだかいつもイライラしているのに、

 

がんばり続けている人。

 

 

 

嫌われないように、迷惑かけないように、

 

自分を押し殺している人。

 

 

 

それが私でした。

 

 
 
それから、色んなタイミングが重なり
 
心の勉強をはじめました。
 
 
 
それは、
 
迷子になっていた
 
自分の本当の気持ちを見つけることや、
 
感じる心を取り戻していく時間でした。
 
 
 
今だって、その途中です。
 
 
 
人間の脳は変化が嫌いですから、
 
元に戻ろう、戻ろうとするんです。
 
 
 
必要なのは、
 
気づいたら、また修正していくという
 
地道な作業です。
 



 
でも、3年前とは全く違うこともあります。
 
 
 
それは、
 
私の人生のまんなかには私がいるということ。
 
 
 
文字にしてみると当たり前のことだけど、
 
そうではなかったから、苦しかったのですよね。
 
 
 
自分ファーストが馴染んでくると、
 
やりたいと思ったことは、
 
自分で決めてできるようになったし、
 
本音で深く話せる友達もできました。
 
 
 
弱い自分も、情けない自分も、
 
自分が受け止めてくれるようになりました。
 
 
 
そして、
 
私が意識を自分に向けるようになったら、

不思議なことに、
 
子供たちも自分を生きるようになりました。
 
 
 
中2になった娘は、
 
自分がどうしたいかを大事にする子になりました。
 
 
昨日は、午後の授業がなかったので
 
友達とファミレスで5時間過ごし、帰ってきたら
 
「受験まであと365日。後悔しないように勉強する。」
 
と宣言していました。
 
 
 
小4になった息子は、今は学校に行っていません。
 
 
私が心の勉強をしていなかったら、
 
「行きたくない」って言えずに、無理してでも
 
行っていたのかもしれないし、
 
私も、行かない選択を受け入れることは
 
できなかったと思っています。
 
 
 
ちゃんと休ませてあげれる今があって
 
よかった。
 
 
 
大人になってからの、3年ってあっという間です。
 
 
 
意識して自分と向き合っていかないと、
 
前の3年と同じような3年を送ることになるのです。
 
 
 
子供はどんどん成長しますし、
 
気づけば自分の人生を生きはじめています。
 
 
 
だから、私たちお母さんも
 
自分を生きることに一生懸命になって

いいんです。
 
 
 
3年後、
 
あなたはどんな自分でありたいですか?
 
 
 
よかったら、少しだけ自分の心に
 
聞いてみてくださいね。
 



余談ですが、3年前より、

神社が身近な存在にもなりました。


 
 今日も最後までお読みくださり

 

ありがとうございましたにっこり