以前の私は、


思うように動いてくれないこどもたちに


いつもイライラ怒っていて、




手がいっぱいで困ってるのに


夫にも素直に頼れませんでした。




疲れてるのにがんばることを


辞めれませんでした。




私はこんなにがんばっているのに

全部うまくいかない。




漠然とした絶望感を抱えて


暮らしていました。




そんな自分のことが恥ずかしくて、


隠さなきゃいけないと思っていました。




外では、ニコニコ笑顔で優しいお母さんを


演じていたんです。




こうやったら、


ちゃんとしたお母さんに見えるかな?と


自分なりに考えながら

 

まわりの反応ばかり気にしていました。





そのままの自分には全然自信が持てなくて、



こどもたちのために自分とは違う


「ちゃんとしたお母さん」


になろうとしていたのです。





心のことを学んでいく中で、




自分の人生なのに


自分じゃない誰かに


なろうとしてることに、


気づいた私はびっくりしました。





文字にしたらすごい違和感ですが、


当たり前にやってたので


気づかなかったんです。




でも、もうやめました。


自分のまま

自分の人生を生きる!って


決めました。


 


私が今目指しているのは


幸せなお母さん。




ちゃんとしたお母さんには、なれなかった


(なる必要がなくなった)けど、



幸せなお母さんは自分でなろうと


決めたらなれるんです。





自分に寄り添って


言いたいことを言わせてあげて


やりたいことをさせてあげて


行きたいところに連れて行ってあげる。





そんな、


自分を幸せにする覚悟


できたら、


誰かの手を借りなくても、


自分で満たせる部分が増えていきます。





最近ときめく服がないな、と気づいたので


買い物に行ってきたんです。





光沢のあるブラウスと、


長めのデニムのスカート。




試着したらいい感じに似合って


嬉しかったので購入しました。




買ってきた服を出してニヤニヤしながら


タグを切っていると、




「スカート何枚持ってるん?」(苦笑い)




私「最近、るんるんする服がなかったから


 買った」




夫「その服はるんるんするん?」




私「うん、るんるんするよ〜」



夫は笑っていましたが、私は幸せだな


って感じました。




こどもにも


「ママは好きなことして幸せそうで


 いいよな〜、早く大人になりたい」


って言われます。




二人ともふざけて変なダンスをしたり


してるので、



「変な兄弟やなぁ」って私が言うと、


「だってママが変なママやから


 仕方ないやん笑」



って言われました。





確かに私は変なママかもしれません。


じゃあ仕方ないか、


楽しい子供達で最高!って思いました。




幸せなお母さんでいると夫もこどもも、


嬉しそう。




究極を言うとお母さんの役割って


幸せな人でいることだけかも


しれません。





こどもはそれだけで安心できるし


自分の人生を作っていけますからね。





家事や育児は二の次です。


こどもが小さいうちは0にはできないけど

ちゃんとしてなくても大丈夫ですよ〜



子育てや夫婦関係が、


しんどいな苦しいな、と感じていた時


こどもや夫が変わってくれたらな、と


いつも思っていました。





でも、やってみたら


自分が変わる方がずっと

簡単でした。



自分を自分が幸せにしてあげる覚悟さえ


決まれば、


いつからでも「幸せなお母さん」には


なれるのですからね





みなさんは幸せなお母さんですか?


自分を幸せにする覚悟は決まってますか?




今日も最後までお読みくださり


ありがとうございましたにっこり

「どんなお母さんだったんですか?」

 

そう聞かれて、私は少し言葉に詰まりました。

 

あなたならどう答えますか?

 

 

 

 

私の母は認知症で、

 

今は施設で暮らしています。

 

 

 

60歳をすぎた頃から、

 

少しずつ忘れっぽくなってきて、

 

 

そんな中、何とか手さげを作ってくれた話。

 

 

 

 

 

 

 

65歳の頃には料理ができなくなって

 

きましたが、何とか父と暮らしてきて、

 

 

 

70歳になる頃には、

 

介護の力をお借りするようになりました。

 

 

 

2年前に感染症で、

 

入院したのをきっかけに、

 

実家の近くにある今の施設で

 

お世話になりはじめました。

 

 

 

今は、私のことも父のことも

 

ほとんど分かっていないような感じ。

 

 

 

大分痩せて、髪の毛も白くなって


しまいましたが、

 

見た目は母なのです。

 


 

 

笑い方も、


時々出る「お父さん」の言い方も。

 

 

 

でも、話しかけても、会話にはならないし、

 

昔のことも覚えていません。

 

 

 

それが今の母です。

 

 


 

昨日は、3か月に一回の担当者会議でした。

 

 

 

ケアマネさん、


現場の介護スタッフさん、看護師さん

 

が母の様子を話してくださいました。

 

 


 

車椅子に移乗する時の指示が、

 

入りにくくなったりはしているよう


でしたが、概ね変わりなく、

 

 

 

みなさんのお力を借りて、

 

安定してすごせている様子に安心しました。

 

 

 

先日の介護認定では


要介護5になっていました。

 

 

 

 

最後にケアマネさんが母に、

 

「いい生活が送れているようですが、

 

 幸せですか?」

 

 

って質問されたんです。



 

正直なところ「幸せではないよなぁ」って

 

思うと同時に、


胸がわずかに締め付けられるのを


感じながら、




母がどう答えるのかを見ていました。




結局母は、無反応でしたけどね。

 

 

 

 

正確にいうと、今の母にとっては

 

とてもいい環境だとは思うのです。

 

 

 

 

でも、できることなら

 

 

 

自分で好きなものを食べて、

 

父とたわいもない話をしたり、

 

パッチワーク仲間と集まったり、

 

お菓子作ったり、旅行に行ったり、

 

孫の成長を見て喜んだり、

 

 

 

そんなことが、したかっただろうな。

 

 

 

それが


母にとっての幸せだったんじゃないかな、

 

と娘の私は思ってしまいます。

 

 

 

過去の母を知っているからこそ感じること

 

なんですよね。

 

 

 

そうやって感じると、

 

「母は幸せだったんだろうな」と思うんです。




それは、できなくなった今だからこそ


分かること。

 

 


 

そして、その幸せな母の記憶というのは

 

私にとってもとても暖かくて大切なもの。

 

 

 

何歳になっても、

 

「お母さんの幸せ」は、

 

子供の心の栄養剤であり続けるのです。

 

 

 

今の母の顔を見ていると、

 

平穏という言葉がピッタリ。

 

 

 

真顔か、笑っているかで、

 

怒ったり、嫌な顔をしたり、


悲しそうな顔をすることがないのです。

 

 

 

眉間にあった縦皺もなくなり、

 

頬のシミも何故かなくなった、

 

つるんとした顔。

 

 

 

それを見ると、

 

幸せもたくさんあったけど、

 

そうでないこともたくさんあったんだろう、

 

とも感じるし、

 

 

 

早くして認知症が進んだのも、

 

母の宿命であり、最善でもあったのかも

 

しれないとも思うのです。

 

 

 

家族は悲しいし、切ないのですけどね。

 

 

 

 

冒頭の「どんなお母さんだったんですか?」

 

という質問。

 

 

 

帰り際に母がニコニコ笑っていた時に、

 

「元々こういう人だったんです」と


言った私にケアマネさんが


たずねてくれたことです。

 

 

 

これ中々難しいな、って思いました。

 

 

 

厳しい母、鈍感な母、優しい母、可愛い母、

 

色んな母を見てきたので

 

一言では言えないんですよね。

 

 

 

そうやって少し考えていたのですが

 

気がついたら、

 

「好きなことをしている母でした」

 

って答えていました(笑)

 

 

 

 

私を産んで育ててくれた母は

 

よくも、悪くもそういう人でした。





そして、その姿は今の私の本質的な


ところにもしっかりと影響している


ように感じます。

 

 

 

あなたのお母さんはどんな人ですか?

 



その記憶は、


今のあなたに何を残していますか?

 


クリスマスローズが大好きで


イングリッシュガーデンに憧れていた母。


そんな姿も、私の中に残っています。

 

 

今日も最後までお読みくださり、

 

ありがとうございましたにっこり

 

 

 

 

世間はどう感じるのだろう?


一般常識的にはどうなんだろう?


どうするのが普通?




そう感じることってありますか?




言葉は微妙に違いますが、


全部正解を自分の外側に探すこと。




結婚した頃の私はそんなことばかり


考えていました。




当時、ChatGPTみたいに


何でも教えてくれるAIは、


まだいませんでした。




私がよく見ていたのは、Yahoo!知恵袋。




自分と似た悩みを探して、


その回答の中に自分と同じ意見があると


ホッとしていたことを覚えています。




「私、間違ってなかったんだ」って、


そこではじめて思えるんですよね。




そして、夫に対して


「こうするのが普通だから、


 あなたはおかしい。普通にして。」



みたいなことを言って、


よく喧嘩になっていました。




家計の管理についてや、


家事の分担、


夫がタバコをどこで吸うか、


などなど。




全くというほど意見が合わなかったんです。




要は価値観の違い。




育ってきた環境も、


見てきたものも違うので当然のこと


ではあるのですが、



私の価値観を受け入れてもらえない


=私を大事にしてもらえない



と感じていたんですよね。




そして、


「大事にしてもらえない私」を感じる


のが怖かったので、


(これメンタルブロックです)





何とかして私の意見や価値観を


受け入れてもらおうとしていたのです。




もちろん、無意識のことですけどね。




でも、夫は私の話を


全然聞いてくれませんでした。




「時間を決めて話せ。会議の常識だ」



なんて言われたりもして、


話し合いにすら応じてくれないことも。




振り返ると、


私は話し合いをしていると思っていました。




でも、相手に伝わるのは言葉よりも


意識なんですよね。




「私のことを大事にしてね。


   大事にしているのなら


    私の言うとおりにしてね。」




という、動機がマイナスな上、


コントロールの意識だったので


夫からもマイナスが返って


きていたのですよね。




意識の法則で整理すると、


こういうことが起きていたのです。




更に事態をややこしくしていたのは、


私が自分の価値観に対する自信が


持てていなかったこと。




だから、


「私が、こう感じるからこうして欲しい」


と言えずに、




「こうするのが普通だから、


 こうして欲しい」



という風になっていたんです。



 


主語が「私」ではなくて、


世間、一般、みんな、という


見えない誰かになっていたということ。




今ならわかるけど、


それでは伝わらないですよね。




自分がどう感じるか、どうしたいか。


そこには根拠なんて必要ないんです。




まずは自分がどう感じたか、


自分がどうしたいかを大切にして


いいんです。




そこに正解や不正解をつける必要は


ありません。




自分を信じて、


まるっとそのまま受け取ればいいのです。


まずは自分がね。




それができれば、


まっすぐなエネルギーで


相手に伝わる、伝え方ができるように


なります。




そして、


伝わらなくても、分かってもらえなくても


大丈夫な自分になれます。




自分が分かってくれて、


信じてくれていれば大丈夫ってね。




私たち夫婦は、


今も意見や価値観が合わないことは


よくあります。




そんな時、


ついついChat GPTに


「世間一般的には?」なんて聞きそうに


なってしまうのですが(笑)




聞く相手は、自分。




私はどうしたいの?どう感じるの?


って聞いてあげるんです。




そして、自分を主語にして、


「私はこうしたいから」


「私は嫌だから」


って伝えるようにしています。




そしたら、夫の方が


「世間一般的には…」と返してくるという


おもしろいことが起きたりすることも


ありますが、それはそれでいいんです。




わが家の場合は、


リアルタイムでは受け取ってもらえなくて


も、時間差で分かってもらえることが


増えてきました。




自分が自分の味方でいれば、


案外にまわりも自分の味方になってくる


のかもしれませんね。




あなたは自分の気持ちに自信を持てて


いますか?


自分の内側の声を大切にしてあげて


くださいね。


ノースポールかわいく咲いてきました。

蕾もたくさんで楽しみです♪





今日も最後までお読みくださり、


ありがとうございましたにっこり