今回は、愛犬のユリ(フレンチブルドッグ)についてです。

過日、父とわたしのやり取りを記述したブログをお読み頂けると

より一層楽しめるかと思います ↓↓

ユリとわたし④ ~高校時代~

http://ameblo.jp/leaderyf/entry-11985212956.html



犬を飼うと市役所に登録に行かなければなりません。

『死にたい』という衝動が出るくらいのうつ状態だったわたしは、

父と市役所まで行きましたが突っ立ってぼーっとしていました。



狂犬病の予防接種のハガキが市役所から届いた時にびっくりしました!!

 ●ユリがカタカナ表記

 ●犬の色の欄は白

ユリは『ゆり』でなくても良いのですが、

毛色が白っていうのはどういう事なのかと(笑)。


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警戒心がまったくない子どもの頃のユリ。

来月で8才です(^_-)-☆



私「なんで黒い部分があるのに白にしたの?」

父「うちに来た時には白かったんだからしょうがないだろ~。」

私「顔の半分はもともと黒かったよ。」

父「お前は知らないかも知れないけど、昔は、黒、赤、白、ブチしかいなかったんだよ~。」

私「でも、フレブルは、クリーム、フォーン、プリンドル、パイドしかいないんだよ。」

父「(笑)」

私「仮にだよ、お父さんが言っている色に(ユリが)該当するのはブチでしょ?白ってことはないよね…97%無いよ!」

父「そんな事言ったってしょうがいないだろ~。コイツ(ユリ)は97%くらい白いんだから。」

私「お父さんはアホなの?あとの3%は一体何なの?黒じゃないの?」

父「(笑)」

私「市役所とか保健所の人もフレンチブルドッグなのに毛色が白って書かれてたらおかしいと思うでしょ~。疑われたらどうすんの?それに、ユリもカタカナって言ったかな?」

狂犬病接種のはがきが来るたびに、父をちくちく攻撃しています♪

父も笑いながら反撃してくるので漫才コンビの様です(笑)♪♪



ある日。

父がユリを頂いたペットショップで犬を見てきたというので

私「何がいた~?」

父「パグ、プードルが居た!フレンチブルドッグも居たよ~。」

私「え、パグは何色だった?普通の茶色いやつ?黒いやつ?」

父「黒いのが居た!」

私「フレブルは何だったの?」

父「ゼブラ!」

私「ゼブラって黒いやつでしょ~(爆笑)。あれはプリンドルっていうの!」

父「だってゼブラ柄だったよ~。」

私「そんなの居るわけないがな~(笑)」

父「ゼブラだよ、ゼブラって知ってんべ~(笑)」

私「ゼブラなんて知らんがな。聞いたことも無いよ~。ねぇユリ?あなたのお父さんアホなんじゃないの~。」



フレンチブルドッグのプリンドルです。

ところどころ茶色や白っぽい被毛が生えています。



わたしはプリンドルはカッコいいと思うのですが、

父は完全なる黒でない事が気掛かりな様です(^_^;)





☆次回のテーマは未定です☆








犯罪被害者、セクハラ等を受けた方で

フラッシュバックを起こしたり、気持ちが不安定になる方は

こちらの閲覧はご遠慮下さい ↓↓






前回、前々回と2回に渡って犯罪被害者としての体験を綴ってきました。

高校時代に遭った性犯罪についてです。

昼間は真面目な学生、夜は不良少女?でした。

下記のブログに記載しているのでまずはそちらからお読み下さい。

高校時代について ↓↓

http://ameblo.jp/leaderyf/entry-11985212956.html

犯罪被害者① ↓↓

http://ameblo.jp/leaderyf/entry-11988891051.html

犯罪被害者② ↓↓

http://ameblo.jp/leaderyf/entry-11989569146.html



勘違いされている方、誤解している方もいらっしゃるかも知れませんが、

声を大にして申し上げたいのが、

痴漢、セクハラ、わいせつ行為などが許されるべきものではないという事です。

  ●大した事じゃないのに騒いで恥ずかしくないのか

  ●女性が露出の多い服を着ていたからだ

  ●嫌がっている感じは無いのだから大丈夫だろう

  ●重大な犯罪じゃあるまいし

一刻も早くその概念を棄てて下さい!




人間の脳は3つあります。

①脳幹 ⇒ 爬虫類 『もっと寝たい。仕事、学校に行きたくない。』

②大脳辺縁系 ⇒ 哺乳類 『眠たいなぁ。でも仕事に行かなきゃ。』

③大脳新皮質 ⇒ 人間 『よし。今日も1日仕事しよう。』

テツ氏のブログより一部引用しています ↓↓

http://ameblo.jp/tetsulittleossan323/entry-11984481498.html

古い順に、脳幹→大脳辺縁系→大脳新皮質です。

痴漢、セクハラ、わいせつ行為が大した事ではないという考えは爬虫類です。

『あの子に触りたい、あの子を辱めてやりたい』

それをそのまま行動にするのはただの爬虫類です。




わたしが、何をそんなに大騒ぎしているんだ?と思っている方…

あなたの妻、娘、彼女、好きな人、妹、姉、母が同じ様な目に遭ったらどう思いますか。

あなたが、自分より明らかに強そうな男性に追っかけまわされ

性的な暴行を受けたらどうしますか。

満員電車で男性に性器を握られたらどうしますか。
助けて下さいと大声で叫べますか。

告訴する、警察に通報する事に全くためらいはありませんか。



わたしが行った行動で、

間違っていた言動と正しい言動があります。

ウォークマンで音楽を聴きながら

今のイヤホン、ヘッドフォンは性能が良いので周りの音が聞こえません。

携帯電話で通話をしている人は周りの音には鈍感です。

携帯電話を操作している時は注意力が散漫です。

音楽を聴きながら、携帯を操作しながら歩いている人は狙われやすいです!

誰かが背後に居ても分かりません。

非常に危険です。

犯罪者は探しています!

そういった警戒心の無い人を!!

車通りも増え、安堵しました。そのまま歩きました
わたしが大声で叫んでもどの車も止まってはくれませんでした。

・急いでいる

・他の誰かが何とかするだろう

・ただの痴話喧嘩

・厄介ごとに巻き込まれたくない…等々

今の日本人は無関心なのです。

土地勘があるところ、無いところに限らず

ゆっくり歩く、自転車で極端にゆっくり走行するのは危険です!

犯罪者は警戒心が無い人を観察しています!!

周りをきょろきょろ気にしつつ早く歩いてください。

出来ればコツコツとヒールの音が響く靴は控えて下さい。

遠くに居ても女性だと判ります。

自転車は押し倒されたらおしまいです。

転倒して怪我をしたり、自転車が体の上に倒れたら直ぐに動けません。




警戒心の無い人は特に狙われやすいのです。

満員電車に乗車する時には、気の強そうな顔で周囲を見回して下さい。

乗車した後もドアが閉まった後に同じようにして下さい。

わたしは警戒しています!

そういう態度をすれば犯罪者は敏感に察知します。

あいつは警戒心が強そうだから止めようと…。

歩いている時も颯爽と歩いて下さい。

信号が青になったら直ぐに歩き出さずにしばらく止まっていましょう。

後ろを気にしながら歩き始めます。

路地を曲がったら後ろを何度か振り返ります。

コンビニなどのお店でターゲットを探している犯罪者もいます。

万引き犯と間違われるかも知れないので

ドアから出て3歩くらいで小走りしましょう。

警戒しているという事を行動で示すのです!

もはや日本は、30年前とは違います。

自分の身は自分で守らなければならないのです。




また、知らない土地で人に道を尋ねる時も注意が必要です。

小さな子どもを連れている女性、おじいさん、おばあさん、お店の店員は比較的安全です。

(女性が協力者という事もありますので、女性なら誰でも安心という事はありません。)

土地勘がある所で道を尋ねられる時も注意が必要です。

とにかく手短に済ませます。

一言だけ言ってその場を立ち去って下さい。

多くて二言です。

 「わたしは越してきたばかりで良く分かりません。警察に連絡してみたらいかがでしょうか。」

 「この辺りの事には詳しくないので。他の方に訊いて頂けますか。」

 「あそこにお店があります。そこの方ならご存知かも知れません。」

 「(若い人なら)スマートフォンの位置情報で調べられますよ。」

案内して下さい、この地図だと何処ですか、前は何処に住んでたの?

巧みに話を引き延ばして来る人や

自分に物理的に接近しようと試みる人は危険です。

不親切なのは良く無い事ですが、

よほど困っていれば他の人に訊くか警察に連絡するか

何らかの手段があるので、

申し訳無いですが、わたしは道案内はしません。




何が危険か分からないので、

ニュースなどは欠かさずに観ます。

駅や交番に貼ってあるポスターなども眺めます。

犯罪の手口は巧妙化しているのです。

無関心が一番恐ろしいのです。

犯罪者が憎き存在である事は確かですが、

無知も怖いものなのです。




結局、犯人は捕まりませんでした。

既に時効をむかえています。

性犯罪被害者は、

誰もいない静かな山頂で夜空を眺める事が出来ません。
森を一人で散策する事も出来ません。

性犯罪を『心の殺人』と言います。



わたしは最悪の事態まで行かずに済みましたが、

こんなことならいっそ死んでいれば良かったという方も、

PTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しむ方も沢山いらっしゃいます。

そういった方の体験や現在のつらい状況を聞くとわたしも苦しくなります。

わたしが一時は心理職を目指していたのに

その道へ進まなかった理由のひとつでもあります。

一緒に抱え込んで自分の事であるかの様に深く考えてしまうのです。

自分は伴走者にはふさわしくないと感じたのです。

でも、恋愛、結婚、出産、昇進、大切な人を失う、愛犬を看取るなどの

人生経験を積んだ後でも遅くは無いと思っています。

心理職は、若い人よりも年を重ねた人の方が向いているのかも知れないと…。





☆次回のテーマは未定です☆











暴力犯罪から身を守る6つの鉄則
人に恨みを買うようなことはせず、ごく平和的に暮らしていても、突発的な暴力事件に巻き込まれる恐れは大い..........≪続きを読む≫



犯罪被害者の方で

フラッシュバックを起こしたり、気持ちが不安定になる方は

こちらの閲覧はご遠慮下さい ↓↓




上記のニュースは納得できる部分、実際にはそうはいかない部分があります。

今回も前回に引き続き高校時代の事について綴ります。

高校時代について ↓↓

http://ameblo.jp/leaderyf/entry-11985212956.html

前回のブログ ↓↓

http://ameblo.jp/leaderyf/entry-11988891051.html






パトカーはわたしを連れて最寄りの警察署へ向かいました。

制服の男性警官が2人、運転席、助手席から話しかけてきました。

警官「誰か変な人に遇わなかった?夜遅くに歩いていると危ないからね。」

わたし「変な人に遇いました。」

警官「(女学生の)制服を来ているだけで襲ってくるようなやつもいるからね。」

わたし「そうなんですね…。」

そうこうしているうちに最寄りの警察署で下ろされ、

わたしを保護した旨を警察署の男性刑事女性刑事に告げて

パトカーは去っていきました。



男性刑事「今日はどうしちゃったの?」

わたし「テスト勉強をしていて終電に間に合うかと思ったら間に合わなくて。」

男性刑事「そうだったの。」

わたし「それで、○○駅から17号線を歩いて帰ろうと思ったんです。」

女性刑事「タクシーで帰ろうとは思わなかったの?」

男性刑事「お金がなかったのかな?」

わたし「お金は1万円位はあります。でも、こんな時間にタクシーに一人で乗るのは怖かったので。色々聞きますし…。」

女刑事「そうだよね。私も一人で乗るの怖いもん。」
男性刑事「ところで靴(ローファー)が土で汚れてるけど、随分汚れちゃってるね。」

男性刑事が4~5メートルくらい離れたところから執拗にローファーを見てきます。

とっさに

『転んだ』

『途中で土で汚れた』

と言おうと思って、自分のローファーを見ました。
男性刑事「転んだとかそういうのかな?……そういうのじゃないよね。何かあったんだよね。」

わたし「はい。」

全てを見透かしているんだ!

この人はベテランだ!

そんな事を1秒位で思いました。

わたし「実は、さっき……((前回のブログで記載した内容を話しました))。」


男性刑事、女性刑事、鑑識係(カメラをもっていたので恐らく鑑識の人?)

わたしの4人で直ぐ覆面パトカー(普通の車)で現場に戻りました。

  ●犯人がまだ近くにいるかも知れない

  ●現場検証をしなければならない

  ●わたしが嘘の供述をしているかもしれない

という理由だと思います(訊いたわけではなく、自発的にそう思いました)。

怖くて怖くて、歩きたくなかった。

『また襲われたらどうしよう!』

女性刑事が肩を抱いて歩いてくれましたが、後ろが怖い、恐ろしいのです。

男性刑事は、わたしが落としたメガネを見つけ、

男性刑事「だから、通報の時に、今どの辺りか見えないから分からないって言ってたのか。」

男性刑事「このメガネがそうだよね?ここに押し付けられた跡もある。」

メガネが落ちていたトタン小屋の一部にへこんでいる場所があるのも直ぐ発見しました。

現場周辺も歩いてきょろきょろと観察していました。

犯人とその手掛かりを探していたのだと思います。

男性刑事「あなた傘持っていなかった?」

わたし「持っていました!」

男性刑事「(陸橋にかかっていた傘を持ち上げながら)これかな?」

わたし「いいえ、荷物を軽くしたくて(走って逃げるのに)捨てましたが、それではないです。」

脱帽です。

そんなことも手掛かりにしようとするんだ、と。



念のため、産婦人科に連れていかれました。

触られただけですが、

当時、そういった経験が無いので全く分かりませんでした。

女性刑事別の男性刑事が付き添ってくれました。

医師はわたしを白い目で見ながら、

男性経験があるのか否か?生理は来ているか?等々を訊いてきます。

更には、嘘をついていると直ぐ判りますからね!と言い放ちました。

ウソなんかついていないし、わたしは被害者なのに…。

検査が終わると急に態度が急変して、

大丈夫ですよ~、膜は開いていませんよ~。

と…。

何なの?この医者は!?

怒りがこみ上げてきました。



更に、付き添ってきていた別の男性刑事が耳を疑う事を言ってきました。

別の男性刑事「本当は、その友達(テスト勉強をしていた人)にやられたんでしょ?」

わたし「違います!」

別の男性刑事「本当の事言った方がいいんじゃないの?犯人は友達だって。分かるんだよ。」

わたし「違います!全然知らない人です!」

何なの?この刑事は!?

またまた怒りがこみ上げてきました。

この刑事は女性刑事が席を外している時に話しかけてきました。

こういうデリカシーが無い警察官が存在するのが社会悪をもたらすのではないかと思いました。

とにかく不愉快な経験でした。

わたしは被害者で、一番気持ちが落ち着かない時に

笑いながら、わたしの供述を疑ってくるのです。



また、最寄りの警察署に戻りました。

男性刑事女性刑事に告訴するかどうかを訊かれたので

告訴したい旨を伝えました。

 『この2人ならきっと力になってくれる。』

 『犯人を野放しにしてまた被害が出たら絶対に許さない。』

この時、強制わいせつ罪、強姦罪などが親告罪なのだと知りました。

調書を作成したり、また現場に行ったり、大変なのだと説明されました。

でも、犯人を告訴する以外に選択肢は無いと思いました。


犯行があったのが夜の2時前で、

鑑識の方に写真を撮られたり、

現場検証に行ったりであっという間に朝でした。

朝5時半過ぎに父が警察署まで迎えに来てくれました。

あまり待った記憶が無いので、直ぐに来てくれたのだと思います。

わたしは非常に安堵しました。

しかし、父は険しい顔をしていました。

第一声は、

父「お前は何をやったんだ!」

突然、警察から電話が掛かってきて迎えに来てくださいと言われたら

どこの親もきっと父と同じ反応でしょう。

男性刑事「お父さん。彼女はちょっといたずらをされましてね。」

女性刑事「(わたしに向かって)大丈夫?平気?お父さん迎えに来てくれて良かったね。」

実は、このあたりの記憶はあいまいで…良く思い出せません。

とても安心したからだと思います。

父はわたしをトラックに乗せて帰りがてら

「嫌なことは早く忘れなさい」

とだけ言いました。

優しい声で。

その後、ふたりとも無言で帰宅しました。

この時の事を後に詮索されたりもしませんでした。

詳細は、警察しか知りません。

詳細を知るのは、わたしとこのブログの読者だけです。



テスト期間が終わってから

調書を作成したり、現場検証をしたりで何回かその警察署に通いました。

家に帰りたくないのですが(この事は家庭環境によるものですので後程ブログに書きます)、

深夜徘徊などはやめました。

夜が怖いのです。

寒い夜が怖いのです。

家からたった10メートルもない自販機に飲み物を買いに行くことさえためらわれます。


事件後は、高校の図書室で性犯罪被害者の本を読みました。

(図書委員なので怪しまれず立ち読みできました)

 『他の人はどうやって苦しみを乗り越えているのだろう?』

 『わたしと同じような体験をした人はいるのか?』

怒り、辛さ、苦しみを吹っ切る方法が知りたかったのです。

毎日毎日、図書室に行くわたしを友人は不思議に思っていたかも知れません。


このブログを綴るにあたって性犯罪について調べました。

光市母子殺害事件、スーパーフリー事件、バッキー事件、女子高生コンクリート詰め事件…等々

性犯罪について調べると本当に悔しくて許し難く怒りがこみ上げてきます。

同時に非常に怖くもなります。

オートロックのマンションに住んでいるのに誰かが入ってきて襲われるとか、

知らない人に追いかけまわされるとか、

そんな悪夢を見る様になりました。



それなのに、わたしの体験をブログで公開したのは

ここ1ヶ月以上会社に行けないからです。

行こうと思っても心身が全く働かないのです。

あの事件の季節です…冬です…。

もう何十年も前の事なのに…。

思い起こせばいつも冬に心理的につらくなるのです。

人間関係が上手くいかなくなったり、

仕事でミスが多くなったり、

欠勤や遅刻が増えたり…。

心理学では暴露療法という治療法があります。

ネガティブな感情を吐き出すことで無力感を克服するという方法です(詳しくは割愛します)。

自分自身をなんとかしたくてブログに記すことにしました。

ブログで公開して、つらい気持ちのまま生きている方のお力になれれば良いとも思っています。

このブログは犯罪被害者、これから犯罪被害者になるかも知れない方の為のものでもあります。




☆次回に続きます☆




前回、今回ともにいいね!は受付中です♪

コメントはデリケートな問題なので受付していません、あしからず<(_ _)>











暴力犯罪から身を守る6つの鉄則
人に恨みを買うようなことはせず、ごく平和的に暮らしていても、突発的な暴力事件に巻き込まれる恐れは大い..........≪続きを読む≫



犯罪被害者の方で

フラッシュバックを起こしたり、気持ちが不安定になる方は

こちらの閲覧はご遠慮下さい ↓↓↓




上記のニュースは納得できる部分、実際にはそうはいかない部分があります。

今回は高校時代の事について綴ります。

高校生の頃は、家庭環境から不良少女だったわたし…。

詳細は、下記のブログに記載しています。 ↓↓↓

高校時代についてのブログ:http://ameblo.jp/leaderyf/entry-11985212956.html




わたしは犯罪被害者です。

終電を逃し、国道17号沿いを歩いて帰っている所でした。

恐らく始発前には家にたどり着くだろうと高をくくっていました。

短距離、長距離ともに得意だったので、

警察のある場所、コンビニなど確認しながら、堂々と歩いていました。

大好きな曲をウォークマンで聴きながら

立体交差点のあたりにやってきました。

車通りの多い上に行くか、下に行くか迷いました。

歩道があるので下を選びました




しばらく歩いていると細い路地でヤンキー座り(死語?)をして

タバコをふかしているひとりの若者(20代?)と目が合いました。

30メートルくらい歩いていると人の気配を感じました。

あの男が10メートルくらい後ろを走って追いかけてくるのです!!

急いで逃げました。

文化部の女子高生が大人の男性に勝てるはずもなく・・・

その時は下着を取られただけで済みました。

男は、走って元来た道を引き返して行きました。

少なからず気が動転していましたが、

何事も無かったかのように制服を整えて

極めて冷静であるかのごとく装ってまた歩き始めました。

立体交差点を過ぎたので車通りも増え、安堵しました

警察に電話をしよう、友達に連絡しようなどと思いましたが、

何と話せば良いのか恥ずかしい気持ちがこみ上げてきて

この時は何もせずそのまま歩きました


でも、この選択は間違っていました。

また男が走って追いかけてくるではありませんか!!

今度は30メートルくらい離れています。

車通りも多いです。

『大丈夫!絶対大丈夫!!』

言い聞かせて走りましたが、

明らかに捕まえられる距離にいるのに男はわたしを捕まえようとしません

そのまま50メートルくらい走った所で捕まってしまいました。

民家が無い空き地の前です。


わたしはまだ諦めていませんでした

歩道で車に向かって叫びました。

「助けて下さい!!」

「お願いです!助けて下さい!!」

何台も車が通り過ぎて行きました。

車道すれすれだったので、トラックはクラクションを鳴らして通りすぎました。

誰も止まってくれません。

そのうち空き地の方へ引きずり込まれて、

体を触られました。

『もう終わりだ。わたしはここで終わるんだ…。こんな男に襲われて……。』

そう思っていました。

でも男は何故かまた突然、元来た道を走り去っていきました。

しばらく茫然と立ち尽くしていましたが、

また戻ってくるとも限りません。

素早く立ち去ろうとしましたが、メガネがありません。

暗くて何処に落ちたのか分かりません。

1分でもここに居てはいけないと思って走りました

メガネが無いと良く見えませんが諦めました。


その場からしばらく走って逃げた後、警察に通報しました。

「終電を逃して、歩いて帰ろうとしたところ道に迷いました。」

警察官は、

「覆面パトカー、普通の車ね。あれが直ぐ行きますので、

誰かを待っている感じで車道を見て待っていて下さい。」

とおっしゃっていました。

ひとりで待っているのも怖いので、

近くにあった運送会社の警備をしているおじさんに話しかけました。

「今、道に迷ってしまって警察に迎えに来てもらうので、

一緒に立っていてもらっても宜しいでしょうか?

「もちろんですよ、この辺りで大丈夫ですか?

わざわざ歩道まで出てきて下さって、

快く1月の寒空の下、5分ほど付き合って頂きました。

5分後、普通のパトカーが来ました(一番近くにいたからだと思います)。

警官はおじさんにも連絡先を訊いてわたしを連れて走り出しました。




☆次回に続きます☆


【追伸】

赤字:悪いポイントです×

青字:良いポイントです○















毎度、お騒がせな愛犬ユリ(7才・フレンチブルドッグ)。

子犬の頃はちょび尻尾じゃなかったんだな~と懐かしい気持ちです。


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最近、睡眠導入剤(一般では眠剤、睡眠薬といっていますね)を変えました。

夜は大変良く眠れます☆☆☆

ブログを書く時間が無くなってしまいずいぶん間が空いてしまいました。

せっかく読者になって下さった皆様、失礼致しました。

今回は原因不明の腕痛の事について綴ります。

前回のブログ:http://ameblo.jp/leaderyf/entry-11986247334.html


1月29日頃から急に前腕や上腕が痛くなり、

3日後に『これはおかしい』と勇気を振り絞って整形外科に行きました。

外に出るのも新しい場所に行くのも怖かったので

相当なエネルギーが必要でした。


整形外科の医師は、

『問診、触診、レントゲンでは悪い所は分かりませんでした。』

『ずっと続くようならMRIなどの精密検査が必要です。』

と言っていました。

腕の痛みはどこが原因で来ているのか分からない事が多いらしいです。


約束の1週間後、整形外科を受診した際には

右の首~上腕にかけてのみ痛く、しばらく様子をみる事に…。

右の前腕は腱鞘炎だろうとの事でした。

飲み薬3種類、湿布薬をまた1週間分もらって帰宅。

どうにもこうにも急に重く痛くなるので困り果てていました。

これは整体か整骨院の分野に違いない!

そう思ったわたしはクチコミが良く、直ぐ予約の取れる整体に行きました。


整体の先生は中国の方でした。

腕が良くて、患者の事を思いやってくれる温かい人で安心しました。


 ・耐え難い痛さで痛いと言ってもやめてくれない

 ・こんな痛い思いをする位なら来なければ良かった

 ・強く指圧して余計悪くなったらどうするんだ


先生はそういう方ではなく、

『痛い位の方が本当は効くんだよ。同じチャーハンだって美味く感じる人とそうでない人がいる様に、無理に強くしたりはしませんよ。』

でも効かないのでまた直ぐ痛くなるとおっしゃっていました(笑)。

筋肉ではなくもっと奥の筋を何とかするには強く指圧しなければ駄目なのだそうです。


整体の先生は、

『首筋には7本筋が通っていて、普通の人は小指くらい。でもあなたは親指くらいあるんだよ。』

そんなに太いとそこが○○(全然覚えてないです)して肩が凝ったり他の所にも影響が出てくる…。

筋はレントゲンでは分からないのでそれが原因なのではないかとの事でした。

高血圧かどうか、そういう家系かどうかも訊かれました。

それも関係あるのかも知れません。


とにもかくにも、右の首~上腕にかけての痛みはとても楽になりました。

頑張って行ってみて良かったです。

未知なる所へ行くことの不安よりも痛みを我慢する方が苦しかったので…。

出来れば定期的に通いたいですが、

もう金銭的に余裕がないので悩み中です。

次回は、初回料金と同額でやって下さるそうなのですが、

そうはいっても3千円はちょっとツライところです。


全然違うところに治療に行っても意味が無い事を痛感しました。

ラーメン屋に行ってハンバーグは出てきませんからね(笑)。


☆次回の内容は未定です☆



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今まで愛犬の事を綴ってきました。
ユリとわたし:
http://ameblo.jp/leaderyf/entry-11983196951.html
今回は、父についてです。

因みに、上の画像は寒がりなフレンチブルドッグのユリ(7才・パイド)が

父の足の間で暖を取っている様子(笑)。

※ 2月7日に一部修正しましたので、悪しからず ※




昨日は悪天候の為、大工の父はお休みでした。
やっと父に現状を話せました。
うつ、睡眠障害、原因不明の腕痛…。
約1ヶ月仕事を休んでずっと引きこもっている理由を話せました。


『心配かけたくないし、迷惑もかけたくないし、何もかもする気力がなかったから話せなかったし話さなかった。』
と言いました。
父は、
『親なんだから心配するのは当たり前だし、何でもっと早く話さないんだ、言わなきゃ分からないだろう、お前は頑張りすぎなんだから少し力を抜きなさい。』
と言われました。


わたしと同じ年齢の頃には既にわたしと弟を一人で育ててくれた父に申し訳なく思っています。
好きで心身が悪くなった訳ではないけれど、全然恩返しも出来なくて情けなくて…。



  ・アラサーでパラサイトシングル

  ・6年前まで正社員として6年働いたけれどその後はフリーター

  ・ろくに家にお金を入れる事も出来ない

  ・8年前からうつ、睡眠障害で治る兆しも無い

  ・最近では原因不明の腕痛で整形外科にも通院



こんなわたしは生きていても良いのだろうか?

いっそ死んでしまった方が良いのではないか?

そんな事ばかり考えていました。



でも話したら少しスッキリしました。
根本的には解決はしていませんが、
肩に重くのしかかっていた荷が下りた気がします。


☆次回は例の腕痛についてです☆


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まだまだ不慣れなので上手く書けるか定かでありませんが、
お手柔らかにお願い致します。
フレンチブルドッグのユリ(7才・パイド)との事を綴ってきましたが、
今回はその名前についてです。
前回のブログ: http://ameblo.jp/leaderyf/entry-11984701155.html



ユリという名前は、高校時代の友人から頂きました。

また、リーダーというハンネも高校時代のものです。

昼間は真面目な生徒、

夕方からはプチ家出をしたり夜遊びをしたり不良少女でした。

家庭に問題があっての事です。

このあたりは現在のうつ症状や睡眠障害にもつながっているので、

おいおいブログでお話しさせて頂きます。

学校では真面目だったので成績はそこそこ良かったです。

40人学級で3~6番位です。

7クラス中では10~30番位でしょうか。



正義感が強かったので、いじめっ子と闘ったり(?)もしました。

友人を助けようとしたところ、自分が標的になったりもしました。

一匹狼タイプなのでそれも関係していたのかも知れません。

クラスには信用出来る人はいなかったのですが、

幸いにも隣のクラスには図書委員会、体育の授業で仲良くなったコがいました。

それがもう一人のユリです。

それがもう一人のリーダーです。



●もう一人のリーダーについて●

体育の授業でバレーボールをやる事になり、

じゃんけんで負けたわたしと隣のクラスのリーダーが『リーダー』になったのです。

お互いに『リーダー』と呼び合っていました(笑)。

因みにわたしは人事部ではありません!

なった事もありません!!

モバゲーの質問広場でその様に名乗っているだけでそれをそのまま使っています(いわゆるネタですので悪しからず…)。

リーダーには図書委員会でもお世話になりました。

いつも笑顔で優しくて心が広くて面白くて他愛的で…。

大好きな人です。

次に愛犬が出来たら、

『さやか』という名前から『さや』にしたいと思っています。



●もう一人のユリについて●

お名前は、『ゆかり』でした。

真ん中の一字を抜いて『ユリ』と命名。

勿論、リーダーとゆーさん(=ゆかり)にご相談の上で決めました。

ゆーさんとは体育の授業で戦ってから仲良くなりました。

芯がしっかりしていて、努力家、良妻賢母タイプ、何でも出来る人。

尊敬していました!



因みにユリがカタカナ表記なのは、父が市役所で勝手に記入してしまったからです。

犬の色の欄も白と記入しています。



  ・なんで黒い部分があるの?

  ・フレンチブルドッグに白なんか存在しないし疑われるんじゃないの?

  ・カタカナって言ったかな?



狂犬病接種のはがきが来るたびに、父をちくちく攻撃しています。

父も笑いながら反撃してくるので漫才コンビの様です。

今は頭がうまく働いていないので、思い出したら、また書きますね♪



とにもかくにも、ふたりと友人でなければ高校を卒業できなかったと思います。

死んでいたかも知れません…。

今の自分が大学まで出させてもらって、

生きているのはふたりに支えてもらったからです。

感謝してもしきれません!

ふたりは幼馴染みで、マンションの隣の部屋に住んでいました。

誕生日も近いのです。

わたしが割り込んで良いのか悩んだりもしましたが、

ふたりはそんな事は全く気にせず接してくれました。

ふたりも成人してから精神疾患に…。

わたしはその頃は心理職のタマゴだったので、

少しでもふたりの力になりたいと思っていました。

リーダーとゆーさんも命の恩人です。

大切な人です。



☆次回の予定は未定です☆







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アメーバデビューして数日です。

不慣れですがお手柔らかにお願い致します。

フレンチブルドッグのユリ(7才・パイド)との約8年間の話です。

前回のブログ:http://ameblo.jp/leaderyf/entry-11983699433.html




ユリは成長するにつれて手術の痕がなくなりました(お腹まわりは未だに薄毛ですが…)。

足を引きずる様に歩く症状も無くなり、立派なおてんば娘に!

陽気でエネルギッシュ、細かい事は気にしない!!

わたしとは真逆です。

生きる気力がなく、食欲も無く、寝たきりで泣いてばかりだったわたし…
『もしあの日、他の犬を選んでいたらどうなっていたのだろう』
いつもそう感じています。

神経質で大人しくて良い子で健康で…

そういう犬だったら、わたしの経過も全く違っていたかも知れません。

というのも、ユリとの出会いには様々な偶然が重なりました。







  ・わたしのボーナスが入ったのが、7月10日(母方祖父の命日)

  ・その日に父が早く帰宅して閉店間際のペットショップに連れて行ってくれた

  ・たまたまその時間にユリがゲージに居た

  ・オスはマーキングをするのでメスを条件にされた(父は大工)

  ・人見知りをしなかった




一年間の休職の後、復職出来たのは、ユリとの生活が大きいと思っています。

今のわたしが死なずに生きているのも前向きに歩もうと思えたのも、ユリのおかげです。

ユリがもたらしてくれた全ての事に、ユリ本人(本犬?)に本当に感謝しています。




☆次回は、もう一人のユリについて綴ろうと思っています☆






一昨日からアメーバ始めました!!
研究の甲斐があり右くらいは分かるようになりました(前回のブログ参照)。
まだまだお手柔らかにお願い致します。。
因みにFacebookやTwitterは仕組みがさっぱり解らず…未だに放置です…。



我が家では約8年間、愛犬ユリと暮らしています。
ユリとの運命的な出会いについて今日も綴っていきます。

前回のブログ:http://ameblo.jp/leaderyf/entry-11983196951.html



父は幼い頃からずっと犬や猫と暮らしていたそうですが、

わたしにはそういった経験はほぼありません。

父と何軒かペットショップをまわりましたが、

結局、最初に行ったペットショップにた

フレンチブルドッグの女の子に決めました。


  ・もうすぐ4か月、他の仔犬たちと比べると明らかに大きい

  ・ヘルニアの手術をしている

  ・やんちゃな性格


女性店長は、積極的にユリを薦めませんでした。

初めて犬を飼うわたしには不向きだと思ったのでしょう。

「このコにする!」と言い放ったわたしに父も良い顔をしませんでした。

しかし、抱っこをして顔をなめられた時に既にわたしの心は奪われていたのです!

『最初に飼うのは、ブルドッグ、パグなどのしわしわ犬がいい!』

そう思っていました。

あのシワを伸ばしたい!

たぷついた体をもふもふしたい!

しわしわの顔とにらめっこしたい!

わたしは鼻ペチャ犬の天敵でしたが、

後々、そんな不純な(?)思考の持ち主=わたしに『生きる力』をくれたのはユリです。


ハウス、餌、トイレシート、おもちゃなどを買って帰宅。

その日はわたしの部屋で一夜を共にしました。

慣れないところでハウスに入れられ、心細かった事もあるでしょう。

ユリはいつまで経っても寝る気配が無くハウスをうろついていました。

ハウスのトイレで排泄する度に

「ク~ン」と鳴いて知らせてくれるおかげで

わたしはほぼ眠れませんでした。

当時は睡眠導入剤、抗うつ薬を調整している段階。

しかも気持ちはどん底だったので疲労困憊…。

このまま暮らしていけるのか不安な一夜でした。



『犬を飼うには勉強が必要だ!』

そう思ったわたしは、近所の書店でフレンチブルドッグの本を買いあさりました。

傷病手当が出ていたので、そのお金をつぎ込んで。

本を読んでも分からない事は多々ありましたが、

ユリと一生懸命向き合いました。

昼間はユリとふたりきり。

ずっと一緒にいました。

わたしの方が一緒にいる時間も長いのにも関わらず

犬の扱いに慣れている父にユリはすぐなつきました。

おなかを見せて喜ぶユリ。

わたしにはなかなかおなかを見せてくれないのでじっくり見た事が無かったけれど、

おなかにはヘルニアの手術の痕が残っていました。

後ろ足を引きずる様なこともしばしばありました。


  『小さな体で懸命に生きている』

  『ウソをついたり、あざむいたりしない』

  『痛いとか苦しいとか弱音を吐かない』


ユリは『生きる』ということをみせてくれる、

今…ここで…生きていること感じさせてくれる…

いつしかかけがえのない存在になっていました。

ユリのために生きなきゃいけない。

わたしは死んではいけない。

今がつらくても生きなきゃ。

今度はわたしがユリを幸せにしなくちゃ。



当時を振り返ってみると

どんな気持ちで父がわたしと弟を育ててくれたのかを

教えてくれたのもユリでした。

「(母が失踪し、祖母(父の母)が心臓を患って亡くなった時に)

お前たちを海に連れて行って一緒に死んでしまおうかと思ったよ」

父からその話を聞いて涙が止まりませんでした。

ユリは親心も教えてくれました。

父がその時、死を選ばなかったのは

今のわたしと同じ様に感じていたからかも知れないです。



ユリが我が家にやって来たのは、7月10日。

母方の祖父の命日です。

母方の祖父はわたしが物心つく前に亡くなっているのでわたしは知りませんでしたが、

「ユリがうちに来た日は祖父の命日なんだよ。

自分の親の命日だって覚えていないのに…

とても優しい仏の様な人だったよ。

きっとユリは(祖父の)生まれかわりなんだろうね。」

父はユリを愛でながらそう言っていました。

わたしの命を救ってくれたのは生まれかわった祖父=ユリです。

『まだこちらに来てはいけない!』

姿を変えて伝えに来てくれたのです。

救ってくれたのです。







☆次回に続きます☆




犬飼うとしたらなんて名づける? ブログネタ:犬飼うとしたらなんて名づける? 参加中



昨日からアメーバ始めました!!
右も左も分からず研究中です。
お手柔らかにお願い致します。。
因みにFacebookやTwitterは登録したものの使った事がなく…未だに未知なるものです…。


我が家では約8年間、愛犬ユリと暮らしています。
ユリとの出会いは運命的だったと思います。


当時のわたしは、キャパを超えた業務、人間関係のストレス、大切な人の余命宣告、大失恋で酷いうつ症状が出ていました。
会社に行っても仕事が出来ず、ただ座っているだけで涙がこぼれ、人と話すのも怖く、食欲減退、不眠症状もあらわれ…。
あの時、よく生きていたな…と今では不思議でなりません。
そんな状態で働けるはずもなく…一年間、会社を休職する事になりました。
毎日毎日ベッドに横たわっていました。
食事、入浴、トイレに行く、寝返りをうつのも億劫でした。
実家に住んでいましたが、両親も弟もフルタイムで働いていたので、昼間はひとりです。
漠然とした不安感がいつも付きまとっていました。


休職して1ヶ月半後、父に「ごめん…もう死にたい…。」
そう言ってしまいました。
父子家庭でずっとわたしたちを育ててくれた父にそんなことを言ってはいけない!
でももう吐き出さずにはいられませんでした。
心理学に明るい方は、自殺は気持ちが少し上向いた時に起きることをご存知だと思いますが、わたしにとってはそれがこの時でした。
ちょうど(満額ではありませんが)ボーナスが入りました。
何か生き甲斐が欲しいと思ったわたしは、父に
「犬を飼いたい。犬を買わせて下さい。」
お願いしてみました。
ダメだろうと思っていたのに父は案外すんなり受け入れてくれました。
わたしのことをずっと考えてくれていたのでしょう。

『もう死にたい』

そんな言葉を発した娘を心配しないはずはありません。
仕事も忙しかったはずですが、その頃の父の帰宅は早かったです。


仕事帰りに父はわたしをペットショップに連れて行ってくれました。
2008年7月10日、ユリは我が家にやって来ました。
画像は我が家にやってきた日に撮影したものです。


☆続きます☆