災害被害者、大切な人を亡くされた方で
フラッシュバックを起こしたり、気持ちが不安定になる方は
こちらの閲覧はご遠慮下さい ↓↓
リーダーです<(_ _)>
こちらのブログへのご訪問、ありがとう御座います。
今回は、利他的行動について綴ります。
利他的行動とは、社会心理学ではもちろんのこと、経済学でも重要な研究対象です。
簡単に説明すると、寄付、ボランティアなど困っている人を助ける行動を利他的行動と言います。
後藤健二氏の殺害から約1ヶ月経ちました。
国内では賛否両論あります。
そもそも後藤氏がイスラム国へ行こうとした理由は何だったのでしょう。
兄と慕ってくれていた湯川氏を救出しようとしたから、
その手筈が整ったから極めて短期での渡航を計画したのでしょう。
政府は、3回渡航中止要請をしたと言っていますが、一体何なのでしょうか?
だから政府に責任は無いとでも言いたいのでしょうか?
そもそも政府は湯川氏、後藤氏それぞれが拘束されていると知っていたのにも関わらず
なぜその時々に何もしなかったのでしょう?
後藤氏が渡航し、イスラム国に捕らえられ、殺害されたのは自己責任なのでしょうか?
イスラム国は、最初から日本を敵国と見なしていたのです。
その火種として後藤氏、湯川氏は尊い命を奪われる事になったのです。
後藤氏、湯川氏でなくとも日本人であれば誰でもその対象となり得る状況だったのです。
つまり、後藤氏には否はありません。
ラッカ(イスラム国勢力圏内)に入る前、友人に託したビデオレターには、
「自分に何が起こっても、その責任は自分にある。シリアの人達に自分に起こった事の責任を負わせないで欲しい。」
というメッセージを残しています。
死を覚悟してのメッセージだったのでしょう。
その後、後藤氏と思しき人物の音声のみのメッセージがイスラム国から発信されます。
「助けて欲しい」
という様な内容でした。
わたしが聴く限り、本人の言葉とは到底思えませんでした。
台本を読まされている様な話し方です。
わたしのゼミの教授が統計屋だったのでそう思いました(下記参照)。
元心理学徒のつぶやき③ ↓↓
http://ameblo.jp/leaderyf/entry-11995816393.html
そもそも、ジャーナリストが居なければ遠い異国の事を知ることは出来ません。
日本は、農耕社会→産業(工業)社会→情報化社会という進化をしています。
しかし、すべての国や地域が日本と同じではないのです。
原発事故が起きた時に、それを世界の一般市民に発信したのはジャーナリズムです。
原発事故が起きた時に、誰かがそれを処理しなければならないのと同じように、
誰かが現地の人の声を伝えなければならないこともあるのです。
ジャーナリストが居なくなったら、
私たち日本人は平和ボケした世界情勢に無関心な国民になってしまうのです。
現地の人が現地の事を報道すれば良いと思う方もいらっしゃるでしょう。
しかし、その手段が無い国や地域はたくさんあるのです。
誰かがやらなければならない仕事=ジャーナリストなのです。
日本でテロが起きる可能性が高まった!どうしてくれるんだ?
そう思っていらっしゃる方…
テロが起きる可能性より交通事故が起きる可能性の方が何百倍も高いです。
日本人が標的にされては困ると言ってもそれは今に始まったわけではありません。
アルカイダだって日本を標的にする発言をしています。
しかし、それが広く報道されていなかっただけです。
隣人を助けるのは、30年前は当たり前の事でした。
見て見ぬふりなんてしないおせっかいな大人がいたのです。
国、性別、宗教、習慣が違っても「人類皆きょうだい」。
暴行されている人を見て110番しないのは、
利他的行動が著しく欠如しているのです。
利他的行動は、「ヒト」にしか見られません。
つまり、隣人を助けない人は「ヒト」ではないのです。
報道は医療とは違い、間接的にしか働きかけることが出来ません。
しかし、報道によって得られるものは、医療と同じく尊いものなのです。
どうかその事を忘れないで欲しいです。
後藤氏がジャーナリストとして、一人の人間として動いたその意味を考えて欲しいのです。
☆次回のテーマは未定です☆
ページ上部の画像は、後藤氏の著書。
ページ下部の画像は、若かりし日の後藤氏。
そちらでは平和で幸せに暮らして下さい。














