一昨日からアメーバ始めました!!
研究の甲斐があり右くらいは分かるようになりました(前回のブログ参照)。
まだまだお手柔らかにお願い致します。。
因みにFacebookやTwitterは仕組みがさっぱり解らず…未だに放置です…。
我が家では約8年間、愛犬ユリと暮らしています。
ユリとの運命的な出会いについて今日も綴っていきます。
前回のブログ:http://ameblo.jp/leaderyf/entry-11983196951.html
父は幼い頃からずっと犬や猫と暮らしていたそうですが、
わたしにはそういった経験はほぼありません。
父と何軒かペットショップをまわりましたが、
結局、最初に行ったペットショップにた
フレンチブルドッグの女の子に決めました。
・もうすぐ4か月、他の仔犬たちと比べると明らかに大きい
・ヘルニアの手術をしている
・やんちゃな性格
女性店長は、積極的にユリを薦めませんでした。
初めて犬を飼うわたしには不向きだと思ったのでしょう。
「このコにする!」と言い放ったわたしに父も良い顔をしませんでした。
しかし、抱っこをして顔をなめられた時に既にわたしの心は奪われていたのです!
『最初に飼うのは、ブルドッグ、パグなどのしわしわ犬がいい!』
そう思っていました。
あのシワを伸ばしたい!
たぷついた体をもふもふしたい!
しわしわの顔とにらめっこしたい!
わたしは鼻ペチャ犬の天敵でしたが、
後々、そんな不純な(?)思考の持ち主=わたしに『生きる力』をくれたのはユリです。
ハウス、餌、トイレシート、おもちゃなどを買って帰宅。
その日はわたしの部屋で一夜を共にしました。
慣れないところでハウスに入れられ、心細かった事もあるでしょう。
ユリはいつまで経っても寝る気配が無くハウスをうろついていました。
ハウスのトイレで排泄する度に
「ク~ン」と鳴いて知らせてくれるおかげで
わたしはほぼ眠れませんでした。
当時は睡眠導入剤、抗うつ薬を調整している段階。
しかも気持ちはどん底だったので疲労困憊…。
このまま暮らしていけるのか不安な一夜でした。
『犬を飼うには勉強が必要だ!』
そう思ったわたしは、近所の書店でフレンチブルドッグの本を買いあさりました。
傷病手当が出ていたので、そのお金をつぎ込んで。
本を読んでも分からない事は多々ありましたが、
ユリと一生懸命向き合いました。
昼間はユリとふたりきり。
ずっと一緒にいました。
わたしの方が一緒にいる時間も長いのにも関わらず
犬の扱いに慣れている父にユリはすぐなつきました。
おなかを見せて喜ぶユリ。
わたしにはなかなかおなかを見せてくれないのでじっくり見た事が無かったけれど、
おなかにはヘルニアの手術の痕が残っていました。
後ろ足を引きずる様なこともしばしばありました。
『小さな体で懸命に生きている』
『ウソをついたり、あざむいたりしない』
『痛いとか苦しいとか弱音を吐かない』
ユリは『生きる』ということをみせてくれる、
今…ここで…生きていること感じさせてくれる…
いつしかかけがえのない存在になっていました。
ユリのために生きなきゃいけない。
わたしは死んではいけない。
今がつらくても生きなきゃ。
今度はわたしがユリを幸せにしなくちゃ。
当時を振り返ってみると
どんな気持ちで父がわたしと弟を育ててくれたのかを
教えてくれたのもユリでした。
「(母が失踪し、祖母(父の母)が心臓を患って亡くなった時に)
お前たちを海に連れて行って一緒に死んでしまおうかと思ったよ」
父からその話を聞いて涙が止まりませんでした。
ユリは親心も教えてくれました。
父がその時、死を選ばなかったのは
今のわたしと同じ様に感じていたからかも知れないです。
ユリが我が家にやって来たのは、7月10日。
母方の祖父の命日です。
母方の祖父はわたしが物心つく前に亡くなっているのでわたしは知りませんでしたが、
「ユリがうちに来た日は祖父の命日なんだよ。
自分の親の命日だって覚えていないのに…
とても優しい仏の様な人だったよ。
きっとユリは(祖父の)生まれかわりなんだろうね。」
父はユリを愛でながらそう言っていました。
わたしの命を救ってくれたのは生まれかわった祖父=ユリです。
『まだこちらに来てはいけない!』
姿を変えて伝えに来てくれたのです。
救ってくれたのです。
☆次回に続きます☆
