今日覚えた使えるイタリア語
朗読の響きが心地よいイタリア古典文学。白崎容子先生の「原文で読む古典の楽しみ」。ダンテ『神曲』、ペトラルカ『俗語断片詩集』に引き続き、ボッカッチョ『デカメロン』をディクテーションしました
原文で読む古典の楽しみ
黎明期からルネサンス時代のイタリア文学
Quattro passi nella letteratura classica italiana
イタリア古典文学作家6人の作品を通して、現代とは異なる黎明期からルネサンス期のイタリア語の響きを楽しみ、魅力に触れ、気に入った一篇を口ずさめるようになるのが、この講座の目的の1つ。
La letteratura italiana delle origini e del Rinascimento
黎明期からルネッサンス時代のイタリアの古典文学
白崎容子先生のセリフ
Marcoさん(斜体字)のセリフ
(スクリプトがなく答え合わせもできないのですが、学習の記録としてディクテーションに挑戦したものをそのまま載せています。途中の猫まーく()は私の感想などです)
11月9日放送分
Lezione 9 Giovanni Boccaccio ①
«Decamerone» Chichibio e la gru
ジョヴァンニ・ボッカッチョ 『デカメロン』 第6日第4話「キキビーオと鶴」(1)
今日からの4回は、イタリア語散文の父、ボッカッチョです。
Molti di voi conosceranno certamente il nome di Boccaccio e del suo 《Decamerone》.
ボッカッチョのデカメロン、ご存知の方もいらっしゃると思います。ジョヴァンニ・ボッカッチョは1313年の生まれ、ダンテの1世代後、ペトラルカとは9歳違いです。
生まれた場所は、おそらくフィレンツェか、あるいは父親の家がある近くのチェルタルドという町か、少なくともトスカーナ地方のどこかとされています。お母さんが誰なのかわかっていないんですね。金融業を営んでいたお父さんに引き取られてフィレンツェで育ちました。
代表作は物語集『デカメロン』。
Boccaccio l'ha scritto in lingua volgare italiana.
先輩ダンテとペトラルカに倣って俗語「イタリア語」で書きました。タイトルの『デカメロン』はギリシャ語で10日間の意味。イタリア語風に「デカメローネ」と言うこともあります。10人の男女が10日にわたって毎日1つずつ語る合計100編の物語を集めたものです。
その中から今回取り上げるのは「キキビーオと鶴」。
Chichibio e la gru
「キキビーオと鶴」
10日のうち6日目の4番目に披露される物語です。短いのですが、全部通して読む時間は残念ながらないので、今回は少しずつピックアップして原文を読むことにしましょう。
まず登場人物ですが…
Currado Gianfigliazzi, un nobile di Firenze, che ama la caccia.
フィレンツエの貴族クッラード・ジャンフィリアッツィ、当時の貴族の例に漏れず狩り、狩猟が好きでした。実在した人物のようです。それから…
Chichibio, il cuoco di Currado.
クッラードお抱えの料理人キキビーオ。ベネツィアの出身です。そして…
Brunetta, giovane donna della contrada di cui chichibio è innamorato.
地元の娘ブルネッタ。この3人の物語。
最初に、今日読むところまでのいきさつをざっとお話しておきますね。
クッラード・ジャンフィリアッツィはお客をもてなすために、狩りで自分が仕留めた鶴を料理するようキキビーオに言いつけます。キキビーオが料理を始めると、かぐわしい匂いに誘われて調理場に入ってきたのはブルネッタ。鶴の腿肉が1本欲しいとキキビーオにねだります。キキビーオはこのブルネッタに実はぞっこん惚れていました。
さて、どういうことになるのか、原文と日本語訳を聞きましょう。
Chichibio le rispose cantando, e disse: «Voi non l'avrì da mi, donna Brunetta, voi non l'avrì da mi.» Di che donna Brunetta essendo turbata, gli disse: «In fé di Dio, se tu non mi dai, tu non avrai mai da me cosa che ti piaccia» e in brieve le parole furon molte; alla fine Chichibio, per non crucciar la sua donna, spiccata l'una delle cosce alla gru, gliele diede.
散文だし、ダンテやペトラルカよりとっつきやすい感じがしますよね。
それでは詳しく見ていきましょう。最初の文です。
Chichibio le rispose cantando, e disse:
キキビーオは歌うように彼女に答えて言った
どうですか?現代イタリア語と同じじゃないですか?700年前のイタリア語なのに、なんか嬉しくなっちゃいますね。
cantando 「歌いながら」と言っています。これはベネツィアの人特有の、歌うような調子のイントネーションで、ということなんですね。
そして、キキビーオの返事です。マルコさんはフィレンツエの人ですけれども、ベネツィア風イントネーション、がんばってくれますよ。
«Voi non l'avrì da mi, donna Brunetta, voi non l'avrì da mi.»
マルコさん、ちょっと歌ってるみたいでしたね。訳すと「あなたは私からそれをもらわないでしょう、ブルネッタさん」。キキビーオはブルネッタに、tu よりも丁寧な voi を使って、親しいはずなのに敬語で話していますね。これはどうやら、わざと敬語を使ってブルネッタをからかっているんですね。
donna Brunetta の donna は敬称、今のイタリア語の signora にあたります。
avrì これはヴェネト地方の方言で avere の voi の未来形 avrete 。
da mi これは da me のことです。
それから…
Di che donna Brunetta essendo turbata, gli disse:
ドンナブルネッタはこの返事に怒って言った
Di che の che は関係代名詞 cui の代わりです。
turbato は「怒った」「気分を害した」。今のイタリア語では「うろたえた」なので、意味がちょっとずれていますね。
ジェルンディオ essendo の使い方は今と同じです。
さて、ドンナブルネッタの反応は…
«In fé di Dio, se tu non la mi dai, tu non avrai mai da me cosa che ti piaccia»
「神様に誓って、あんたがあたしにくれないのなら、あんたは好きなものをあたしからもらうことはないだろう」
あなたがほしいものを絶対あげない、ということです。
「私にそれを」 me la となるはずの代名詞が la mi 、今なら間違いとされる形ですよね。
cosa che の関係代名詞節で、piacere が piaccia と接続法になっているのは、「あなたがきっと好きなもの」と、それがなんだかはっきり言わないでぼかしているためです。
そして…
e in brieve le parole furon molte;
手短に言うと、言葉がたくさんあった
つまり、早い話が、激しい口論になった。
その結果?
alla fine Chichibio, per non crucciar la sua donna, spiccata l'una delle cosce alla gru, gliele diede.
結局キキビーオは、自分の惚れた女を怒らせないために、鶴から腿肉を片一方引きちぎって、彼女にそれを与えた
目的語の代名詞 gliele これもちょっと不思議ですね。「彼女にそれをあげた」。「それ」とは l'una delle cosce 単数なので、 gliela となるはずじゃないですか?
In quell'epoca la forma dei pronomi non era ancor ben definita come oggi.
はい。そうなんですね。当時は俗語で文章を書くということがまだ始まったばかりで、代名詞の形もまだ定着していない、文法がおおらかな時代だったんですね。
さて、鶴の脚は1本になってしまいました。どうなるか、この続きは次回のお楽しみです。
では、もう一度イタリア語の朗読を聞いてみましょう。
今日のトピック
さて、今日1つ目のトピックは?
Napoli
ナポリ
ボッカッチョは14歳のころ、フィレンツェを離れて、父親が関わる会社の支店があったナポリに移り住みます。
Ha trascorso la sua gioventù a Napoli.
ナポリの宮廷には父親のコネがきいたようで、ボッカッチョは上流社会の人たちにも快く迎えられます。明るい性格で人に好かれるタイプだったんですね。
Sì.
10代から20代の多感な青春時代に開放的なナポリで様々な文化、イスラム教やユダヤ教などの宗教にも触れて、キリスト教を相対化する視点も身につけます。こうした柔軟な物の見方は、『デカメロン』の中にも生きていますよね。
Sì, quell'esperienza allarga certamente le sue vedute.
商人見習いの丁稚奉公をさせたかった父親も、息子がお金儲けに何の興味も示さないので諦めますが…
Il padre di Boccaccio voleva che il figlio studiasse legge.
お父さんが次に期待をかけたのは、法律でした。教会法を学ぶため、ボッカッチョはナポリ大学に通いますが、これも性に合いません。自分の天性は詩と小説を書くことだけと感じて創作の瞑想にふけりながら好きな古典を読みあさり、独学で詩を学びました。頼りにするのは自分の感性だけ。いいですね、こういう生き方。
Eh sì. Una vita ideale.
理想的ですね。ナポリを去る20代なかばまでに、韻文、散文合わせて4つの作品を書き上げています。
2つ目のトピックは?
Il padre della prosa italiana
イタリア語散文の父
ダンテとペトラルカがイタリア語で語ったのは愛の詩でした。ボッカッチョは町に生きる人たちの日々の生活を短い物語にして鮮やかに描写しました。
短い物語のことを?
In italiano si dice novella.
ノヴェッラといいます。この言葉にはもともと「新しい」、つまり「ニュース」というような意味もありますよね。
Sì,qualcosa di nuovo. Anche nel senso di fantastico, di non ancora conosciuto.
目新しくて面白いホットで日常的な話題、その中にはときに猥雑なものも含まれます。それにふさわしい文体としてボッカッチョが選んだのは韻文ではなく散文でした。
ペトラルカがペトラルキズモとして後の人たちが模倣する詩の形を作り上げたように、ボッカッチョは『デカメロン』によって、現代イタリア語の散文のもとになるスタイルを築いたってことですね。
Sì , certo.
ずっと後になって、『デカメロン』こそ俗語散文の完璧な模範であるって言った人がいましたよね。
Sì, Pietro Bembo. Nel suo 《Prose della volgar lingua》 fissò(?) 《Decamerone》 è il modello perfetto della prosa volgare.
ピエトロ・べンボ、16世紀を代表する文人。ボッカッチョより150年ほど後の人ですね。事実、いま原文で見たとおり、今日のイタリア語とまったく同じというわけではないけれど、現代イタリア語を知っていればどうにか読み解くことができますよね。そうした散文のスタイルをボッカッチョが築いてくれたわけです。
Proprio così.
ところで、ボッカッチョはまた先輩のダンテとペトラルカをすごく尊敬していましたよね。
Sì, certo. Ha scritto delle note alla 《Divina Commedia》.
『神曲』に注をつけて 解説しているし…
È stato proprio Boccaccio che ha creato il titlo 《Divina Commedia》 aggiungendo la parola ”Divina”.
そう。タイトルをただの《Commedia》から《Divina Commedia》にしたのもボッカッチョでしたしね。ダンテとは実際に会う機会はなかったけれど、ペトラルカとは?
Sono diventati grandi amici.
晩年、親しくなりましたね。最初の出会いは1350年の秋。ペトラルカがフィレンツェに立ち寄ったときのことでした。ずっと前から尊敬していたペトラルカにようやく会うことができて嬉しかったでしょうね。
Sì, per Boccaccio l'incontro con Petrarca è stato certo un incontro fortunato.
はい。それもちょうど『デカメロン』を書いていたときだったのはラッキーでしたよね。学識豊かなペトラルカから直接いろいろ教わって、『デカメロン』の完成度をより一層高めることができたわけですからね。
Sì.
その後もボッカッチョはペトラルカをミラノ、ヴェネツィアなどの家にしばしば訪問したようです。2人の往復書簡集にも面白いエピソードがあります。ダンテのことはペトラルカもボッカッチョも尊敬していましたが、2人のスタンスに若干温度差があったようです。
ボッカッチョは一度ペトラルカの家を訪ねたときにダンテを絶賛したことがありました。フィレンツェに帰ってから、ちょっと褒めすぎてペトラルカが気を悪くしたんじゃないかって心配になったんですね。そこで弁解の手紙を送ります。
「私がダンテを称賛することはすなわち、ダンテよりも高く評価している詩人ペトラルカのさらなる賛美を意味しているのだ」
という内容でした。
これに対してペトラルカは、「君はダンテを褒めすぎたと心配しているようだけれど、それで私の名誉が損なわれることにはならないから安心しなさい」と返信しています。
Ah, interessante.
きっと苦笑いしながらこの返事を書いたんでしょうね。日本語訳があるので、興味があったらみなさんも興味があったらぜひ読んでみてくださいね。
では、最後にもう一度、「キキビーオ」の今日の部分を聞きながらお別れしましょう。
Alla prossima puntata!
白崎容子先生とMarcoさんのセリフ(斜体)は例によりディクテーションしました (スクリプトがなく答え合わせもできないのですが、学習の記録としてディクテーションに挑戦したものをそのまま載せています)。
まいにちイタリア語2017年11月号応用編より
原文で読む古典の楽しみ
黎明期からルネサンス時代のイタリア文学
Quattro passi nella letteratura classica italiana
Lezione9 Giovanni Boccaccio①
今日の部分は 1:17 から 1:42 の部分です
Dante Alighieri①はこちら
Dante Alighieri②はこちら
Dante Alighieri③はこちら
Dante Alighieri④はこちら
Francesco Petrarca①はこちら
Francesco Petrarca②はこちら
Francesco Petrarca③はこちら
Francesco Petrarca④はこちら
2018年1月から始まった応用編は、待ちに待った朝岡直芽さんの24chiacchierateです。お聞き逃しなく!テキスト購入もお忘れなく~。
興味のある方はぜひNHKゴガクでストリーミング
で聞いてくださいね♪
「原文で読む古典の楽しみ」2017年10月~12月号も、
白崎容子先生による和訳や、語句の詳細な説明、
こぼれ話、パラフレーズ(現代イタリア語への原文の置き換え)、
さらには略年表や関連図書の記載もあるので、
放送を聴き逃した方もテキストだけでも、ぜひお手元に!
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