仙台駅→青葉神社→大崎八幡宮→亀岡八幡宮→仙台城
→宮城懸護国神社→瑞宝殿・感仙殿・善応殿→愛宕神社
続いて訪れたのは・・・林香院。
始めにも言った通り、仙台=伊達政宗ではありますが、
伊達政宗とは少し離れまして、
こちらは戊辰戦争の際に、新選組の屯所となったところなのです。
土方さん大好きな私としては
是非訪れたいと思っていたところの一つであります。
そして、こちらは、
仙台七福神巡りの出来るお寺の一つなのですが、
今回は七福神巡りをする余裕はなく・・・
そりゃそうですよね。
一日目・・・一体いつ終わるんだ?
と思っている方もいらっしゃるのではないかと(笑)
山門
この左側に弁財天堂。
こちら、自動ドアなのでビックリしましたが、
自動ドアの所も増えていますね・・・。
写真を意外と撮っていなかったな~
と思うのですが、
さて、ここで気になるのは
新選組はここでどれ位滞在していたのだろう

という事なのですが・・・。
気になってサイト巡りをしてみましたが、
なかなか見当たらず・・・。
私、調べ物をするのが
とても苦手です

と言う事で、アナログに戻り・・・
手持ちの史料で調べてみました。
そんなにいくつも雑誌を買っているわけではないのですが、
な~んとなくありました。
戊辰戦争っておおまかに
宇都宮→会津→函館
となってしまうので、仙台は省かれた資料が多い気がします。
そこで、私が調べられる限りのことですが・・・。
土方さんの流れを調べてみました。
4月下旬→会津入りし、3か月の療養生活へ。
7月上旬→福良で新選組と合流する。
8月18日→猪苗代城下へ着陣
8月19日→大鳥圭介を対象とする新選組らが菩なり峠に着陣
8月21日早朝→敗退
8月21日夜→土方は猪苗代城下より、救援要請の書簡を送るが会津 諸隊は動けず、猪苗代城は炎上落城する。
8月22日→松平容保が出馬していた滝本本陣に土方も駆けつける
が退却。
8月23日→塩川にて新選組分裂。
土方は大鳥圭介、松平定敬に会い米沢街道を北上。
斎藤一を等残留組20名余りは鶴ヶ城を目指す。
8月25日→米沢入り
9月3日 →土方は榎本武揚と合流し仙台青葉城で軍議に参加。
9月16日→旧幕軍が仙台入り。
10月10日→仙台を出港し函館を目指す。
だいぶ前に、
宇都宮から会津にかけて調べた事もあったな~と思い出しました。 でも、忘れてしまう・・・

だから日々勉強なのですね!
それにしても目まぐるしい・・・



そしてやはりこうなってしまうのですよ・・・。
仙台にいたであろう期間は、9月3日から10月10日。
この一ヶ月間のうちのどこかで
林香院にお世話になっていたと言う事なのでしょう。
うーん。
敗走・退却・・・
そんな文字ばかり見ていたらモヤモヤしてきました。
正しいと思ってやっていた事を否定され、
賊軍と言われ・・・どんな気持ちだったことか・・・。
芯の強い人だから、
自分の思う事を思った通りにしてきたのだろうとは想像できるけれど、思うように行かなかったことも想像出来る・・・。
そんなリ林香院で戴ける御朱印はこちら

:..☆.。.:*・°☆.。.:*・° 続く ☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆*