大きな勘違い。
ゴヤの「着衣のマハ」。
だいぶ前から、日本で公開されると話題になっていました♪
国立西洋美術館で、10月某日からということで、しばらく絵画を観に行くこと
もなかったので、楽しみにしていました。駅中ポスター、車内中吊りにも広告
が多くて、先日ついぞ、出向きました。。。
そうそう、大看板ね 。
・・・あれ?
チケット売り場は、常設展の入場しか扱ってない。
はい、恥ずかしながら・・・開催日を見間違っています (^▽^;)
体調不良も12日と22日を勘違いするぐらいなので良くはなかったのでしょ
うかしら。(・・・もしくはハヤ呆けかw)
気を取り直して常設展を見学。
なつかしい。相当長く来館していません。国立西洋美術館の常設展示と言
えば松方コレクション。フランスからの返還作品が主体です。
ロダンとモネの作品の多くをいつでも観ることができます。
それにしても、元々は1万点以上の美術工芸品を集めていたというのです
からスゴイですね。松方幸次郎氏の情熱と松方コンツェルンの財力あって
のことなのですが。
たくさん、たくさん感想を綴りたいのですが(´□`。)
限がないし、ちょっと疲れぎみでもあるので、今回ランク上位のみ。
「石化した森」
マックス・エルンスト 1927年
※出会えて嬉しかったエルンスト。そう確かに彼の世界がありました。
「ピアノを弾く妻イーダのいる室内」
ヴィルヘルム・ハンマースホイ 1910年
※午後の陽射しうける室内。静寂の中、ピアノの音色が聞こえてくる。
「悲しみの聖母」
カロル・ドルチ 1650年
※頬の骨格が透けて見えてきそうな肌の透明感。ベールの藍の深さよ。
「ばら」
フィンセント・ファン・ゴッホ 1889年
※群生する薔薇。一輪一花の美しい描写ではなくて群れ成す生命感!
「セーヌ河の朝」
クロード・モネ 1898年
※川面と河畔、陸地の区別もあやしいのに川は流れ、柳は風にそよぐ。
中学生時代、バイト代で美術雑誌類を買う頃がありました。もちろん高価
なグラビア上本なんて買えませんから、ポケットブックのようなシリーズも
のでしたが、一冊ずつ買い足すのが楽しみにしていた少年だったですね。
印象派の絵画世界に引き込まれていました。・・・あぁ、もちろん多感な少
年期ですから裸婦描写への興味は、芸術性とは別のところで持っていま
したが (^▽^;)ヾ
最近、土台が免震構造になった、ロダンの「地獄の門」
ダンテの叙事詩、「神曲」地獄篇の冒頭で出てくる地獄の門。ちなみに構成
部位とされる「考える人」は、けっこう離れたところに佇んでいます。
先月、阿刀田さんの「 やさしいダンテ「神曲」 」を読んでいましたから、
真っ先に観に行きましたね (^-^)/
常設展とはいえ、やっぱり心動かされます。繰り返し観ていくと、きっと異な
る世界観が開けるような気がしました。その時々の感情や体調によって、
作品から受け取るメッセージもきっと変わるんだろうなーとも、思いました。
「ゴヤ展」については、きっと後日紹介できるようにしたいと思います。
あらためて。
風邪をひいたらとにかく寝るっ!
体調芳しくない状況で、週半ばに人混みへ出向いたことから
一気に風邪をこじらせてしまい、2日間寝込みました (´□`。)
3日ぶりにPCつないでます。
まだ全快には、ほど遠いですがさすがに寝続けると腰がイタイです。
のど風邪ではなかったので、通院せず市販感冒薬のみで
ずっと寝てました。
この土日で全快予定です (^▽^;)
Truth is more of a stranger than fiction.
読了
森田邦久 【量子力学の哲学】 非実在性・非極所性・粒子と波の二重性
講談社 2011年9月
講談社現代新書シリーズの最新刊。
量子力学の入門で必ず出てくる「シュレーディンガーの猫」。結果と原因の
関係を説明する分かりやすいこの話しは、ザックリと言うと、いつ箱の中を
満たすかわからない毒ガスといっしょに猫を閉じ込めた箱があるとすれば、
その箱を開ける瞬間までは生きている猫と、死んでいる猫の二つの結果が
二重に存在している、というものです。ちょっと動物好きには酷な例え話し。
「未知」とは何?という疑問が頭の中をぐるんぐるん駆け巡ります (^▽^;)
ニンゲンの知覚によって“結果”が判明されているとすれば、じゃ、その判断
しているニンゲンそのものは何でできているのか?
そう、この宇宙世界をも成している原子、分子の世界であるわけですから、
物理学では答えは出ないよっ!という、「物心二言論」として土俵を違え、
哲学的な話しにもっていくしかないのです。(うまく切り分けられています)
ヒトの意識と言うのは、科学とはまったく別世界のことでしょ?と言えばそこ
でお話しは止められますものね。 うん、なんとなく腑に落ちてしまう。
人工的につくった素粒子ニュートリノ(素粒子=ニュートリノではない)が3年
の月日、1万5000回以上の実験結果から「光より早かった!」という、現代
の世界中の物理学者を悩ませる発表が先月ありました。1億分の6秒、どう
しても早いことを誤差とできない結果が出ちゃったというお話しです。
まだ疑いは晴れないし、否定して欲しい、間違いだよと論破して欲しいという
気持ちも、発表した側も持っていて、困惑している事態なのですね。
興味がわかなければ、「それって、だからぁ、なんなの?」というところですが、
コペルニクスの地動説が引き合いに出されているぐらいの事態にも例えられ
ています。物質は、光の速さを超えることはできないという相対性理論に反し
て、光より早いニュートリノがあるとすれば、結果から原因へ遡れる可能性が
あるということ。
それは時間の逆行が可能であることになって、SF世界のタイムマシンも現実
味を帯びてしまうわけです。シュレーディンガーの猫は、生きている猫も、死ん
じゃった猫もどちらでも自由に選べるというわけです。
「物心二言論」超えて、原因と結果の説明ができるかも知れません。
宗教概念を横断するアカシックレコードと相対性理論を
拙くも織り交ぜたお話しはこちら。お時間あればどぞ(笑)
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この世界は人知を超えるところで成り立っているという意味合いのこと
をアインシュタインは言いました。
ミクロの研究がマクロ、この宇宙世界、私たちが暮らしているこの世界
の成り立ち、意味合いまでも解き明かせるかも知れない可能性が見え
てきます。それが何を意味するかと言えば、人類が天地創造の神さま
と肩を並べるということじゃないかと、わたしは考えます。
地球の存在理由?、もちろん人類の存在、わたしの存在の理由は?
ニンゲンが自我、欲求をぶつけ合いながら、文明を築き続けている訳
は?そんなことが「物心二言論」ではない土俵で解き明かされるときが
来るとすれば、神さまの正体、み姿もきっとつまびらかになっているだ
ろうと想像します。
思いとか、知覚とか、歴史さえ包括してしまう「この世界が何でできて
いるか?」という疑問は、“生きている”ことの探求そのものではないで
しょうか。
きっと、地球に存在する人類の意義さえ、明示される日がくるかも知
れません。真実は小説より奇なり。しゃんはいさんの想いを以下に。
「わたしたちはこの世界のどこまで
知ることを許されているのだろうか」
筋肉痛の予感。
日曜日は町内の運動会でした。
会場は自宅から45秒の地元小学校。東京から千葉へ引っ越し、はや15年。
自治会の世話役になった今年、初めて参加したコミニュティ・イベントでした。
昨晩未明に雨も降ったりして、天気も心配しましたが、晴れ間25%ぐらい
の曇り空。屋外のイベントには、丁度イイ気候となりました。
(^-^)/ ヨカッタ.ヨカッタ-.
ブロックごとの自治会で競う800mリレーなど、とっても楽しく盛り上がり
ました♪ わがチームは、可もなく不可もなく、予選は勝ち抜けるけれど、
3位入賞まではなかなか届かない(笑)単純なゲームでも、一緒に参加
るチームプレーは必然的に親しさを増してくれるものです。
ご近所づきあいも、イワユル向こう三軒両隣はヨシとしても、同じ町内に
どんな方がどこに住まわれているかは家々に伺うことでしか、なかなか
分からないものです。ちょっと広めのご近所とお話しができるのも楽しい
ものです。集金に回ったり、回覧板をまわしたりって、大した仕事じゃ無
さそうでも、けっこう手間なんだなー、ということを実感しています。
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相当に久しぶりに屋外で一日を過ごしました。ハナ曇りでしたが顔面は
けっこうヒリヒリ。お風呂に入ると、半そでで露出していた二の腕も赤く
なっていました。
それより何よりも、腹筋とか側筋とか、大腿部の内側部分とか、筋肉痛
の予感を感じてまして、ちょっと心配。。。 (´□`。)
趣味趣向。
読了
楽月慎 【陽だまりのブラジリアン】
朝日新聞社 2006年6月
さぁ、タイトルの“ブラジリアン”とは、
いったいブラジル風の、なんなのでしょうかー。
女装癖に目覚めた“取締役部長”さんは、ソノスジのお仲間と早朝の公園
で女性モノ豹柄ブラジリアン・ショーツを身につけ、自己解放の素晴らしさ
に身を震わせます。走り、ころげ、奇声を発して、まさに歓喜雀躍 (^▽^;)
第16回朝日新人文学賞受賞作だそうですが、どいったブンガクに位置す
るのかよく分かりません。中盤、女装趣味のおじさんたちが集うお店「える
えるクラブ」でついに覚醒する主人公のクダリは、理解コンナン!
変わった趣味を持っていても、周りに迷惑をかけなければかまわないと
思いますが。。。主人公も中盤までは、オオヤケにそのコンバージョンを
晒さないのは、社会人として家庭人としての分別のはずなのですが、部
下にそして娘にまでバレてしまいます。反抗期のはずの娘が父親への
理解を示してくれて意外な展開。そして、最後はついにぞカミングアウト。
ちょっと救いがたい、でした。
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TOKYOBAYららぽーとに休日行きますと、2回に1度ぐらいの確率で
女装趣味を楽しまれている方達と出会います。なぜだか良く見つけて
しまうのです。別に羨望しているわけではないはず、ですが。私自身、
行き交う人々のウオッチングが好きなこともあるのでしょうかね。。。
えっ?これも趣味ですか? (^▽^;)
拾い物のエピソードありますか?
読了
山本甲士 【 ひろいもの 】
連作5編。いろんなところでつまずき、生きることが上手くいかない5人が
生きがいや、新たな目標を発見していく物語り。きっかけはすべて何らか
のアイテムが関わっていて、それがタイトルの「ひろいもの」でもあります。
作品のタイトルもその拾い物の名称そのまま。
セカンドバッグ
サングラス
バッジ(警察手帳)
ハンドグリップ
ウオッチ
サングラスとウオッチは、スピリチュアルな展開でした。
連作にしたことでお話しの幅が変わったのかどうか?は分かりませんが、
どれもがハッピーエンドですから、誰でも、いつでも、どこでも楽しく読め
ると思います(笑)
新しい人間関係に慣れない社会人一年生とか、仕事への向きなおしにも
最適な一冊かもしれません。きっと元気をもらえます。
おもしろかったですよっ (^-^)/
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通勤利用駅で、定期入りのお財布を拾ったことがあります。
ピンク色の女性モノでした。朝のあわただしい時間帯でもあったので、
さっさと駅員さんに渡しました。でも何の記録を取るでもなく受け取っ
たのち、中身を広げてチェックしているのを、窓口を離れながら振り
返って見ていたのですが、ちゃんと連絡とって渡してくれているんで
すよ、ね? (笑)
しゃんはいから来た?
読了
シャーウッド・キング 【上海から来た女】
早川書房 2007年5月
訳 尾之上浩司
オーソン・ウェルズ自身が気に入り、自らの出演によって1948年に映画化。
その原作 「If I Die Before I Wake」 。
雇われ運転手ローレンスは、雇い主の片割れグリズビィから殺人の誘いを
受ける。なんと、その殺しの相手はグリズビィ自身!当然それは偽装殺人
なのだけれど、グリズビィは、計画とは無関係な殺人に巻き込まれてしまい
ローレンスは事件の真相どころか何を信じていいのかさえ、分からない状
況に追い込まれてしまう。
読みどころは中盤の法廷サスペンス。真実を明かせないローレンスは弁護
人であり、グリズビィの相棒でもあったバニスターを首謀者と見切り、彼との
約束を破り証言を覆す! ・・・おもしろいです(^∇^)
けっきょく、最終章、死刑執行のカウントダウンの中で一気に真相が暴かれ
るのですが、ちょっと強引な感じは否めません。邦題からして、誰が主犯な
のか分かってしまう(しゃんはいさんは分かってしまいました(笑))ので、
ちょっと残念でした。
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映画ではだいぶ演出が異なっているようです。60年前のサスペンス映画
って観たい気もします。オーソン・ウェルズは2時間半を超える大作映像に
仕上げてしまったらしいのですが、バイヤーうけは悪く、なんと半分ぐらい
の上映時間に縮められてしまったらしく、結果としてあちらこちらに、ほころ
びと言うか辻褄の合わない物語りになってしまったようです。
ちなみに小説の中で邦題の「上海」はひと言も出てきません。映画の中で
バニスターの妻がダンサーとして、上海で仕事をしていたことになっていま
す。原作でも元ダンサーではあるのですが、ショービジネスの先が上海で
あったことは、どこにも記されていません。末巻の解説では映画との関係
性について説明はありますが、態々どうしてこんなヘンテコなことにしちゃ
ったのでしょうね。映画の内容と原作を混ぜこぜにしなくてもいいのにと。。。
不思議だなぁー(^∇^;)
わん!
かわいい! ただそれだけ (^▽^;)
なにも言えません、いりません。。。
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すっかり寒くなってきました。
みなさん風邪などめされないように。
来週末は町内会の大運動会です!
自治会役員としましては、お弁当券の配布やら
いろいろと準備に忙しくしておりますぅ。
怪我のないよう、今週はちょっと多めに
体を動かしておこうと思います(^-^)/
TONEWOOD。
読了
アコースティックギターマガジン 9月号
リットーミュージック 9月
ほぼ、毎号欠かさず読んでいます、アコースティックギターマガジン。
“読書”とカテゴるにはナンですが、今回はとっても良かったので (^▽^;)
特集は「永久保存版! アコギライフを100倍楽しむための木材徹底ガイド」
と銘打って、アコースティックギターの材の話し。きっと読者からのリクエスト
も多かったのだと想像します。100倍か?と言われると、ちっとキビシイ気も
しますけれど、季刊雑誌で扱える情報量を考えると素晴らしいです。編集さ
れているみなさんの情熱に頭がさがります。
この号に至っては、税込2100円も高くはないなぁ。
世界中の原木から、流通卸しに携わる方達の話しから、クラフター達の材
への思い入れや、音響の科学的な分析記事、そして世界的なトーンウッド
の枯渇問題。とっても読み応えがありました。
テイラーギターのボブ社長さんのおっしゃる、きっと素晴らしい代替えの材
を提供できるようになりますよというお話しにちょっと安心したり。
需要と供給の論理、それは金儲けとは別に“イイギターを造りたい!”とい
う創造欲も片棒を担ぐこととなってしまっていて希少な材を用いたギターの
異常なほどの価格高騰に繋がってしまっているのも確か。。。
ギターは木材でできているから、あたりまえながら同じギターというのは、
2台と無いわけです。だからこそ愛着も湧くというもの。例外的に樹脂成型
によるボウル・バックの“オベーションギター”や、最近では、オールグラフ
ァイトという異端ギターまで登場してはいますが。ネーミング“RAINSONG”
ってかわいい♪
きっと評判になるであろう内容ですし、別タイトルで刊行されることも可能
性を感じます。そのときには是非、トーンウッドのサンプル画像は原寸で、
裁ち落とし全面に印刷して欲しいなぁ。もしも叶うのなら (^∇^)
本文で紹介のあった参考サイト。
※最後のイケベ楽器さんのインタビューは、しゃんはい追加
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実は、月はじめに本屋さんで手にしたのですが、他の本をすでに抱えて
いたので、また次の機会にと買わなかったのです。うっかり買わずじまい
となるところで、書店を回りました。と、どこにもない!どの書店でも売り
切れです (´□`。) ところが、食材の買出しに行った地元のスーパー
「プライス」(笑)の建屋内にある小さな本屋さんで、なんと発見!
(^▽^;) トウダイ,モト,クラシィ-!
マイルス系譜を聴くだけでジャズは語れる
読了
河出書房ムック 【マイルス・デイビス 不滅の帝王】
河出書房新社 2011年6月
没後10年の2001年が初版。20年目にして増補新版となったムック。
たぶん質、量をして現在もっとも簡単にマイルス・デイビスを知ることが
できる一冊。彼の音楽は伝説ではなく今でも生きている、そんな印象を
うけました。
評論家のみなさんの座談会はマニアックなトコロが多くてちょっとヒクと
ころもありますが、“そうそう”とか、“だよね”というのがどうも読みづらい
のです、昔から苦手なのです(´□`。)
情報としては凄まじいところがあります。ジャズを、マイルスを語りたい
ヒトは必携かもしれません。
マイルスがエレクトリックを取り入れはじめた1960年代は、わたしは小
学生ですし、歌謡曲が通学唱歌だった自分につながりは当然ないし、
多感な10代もジャズとの接点はなかったし、結局は20代で、ブルー
グラスに接してから、その流れで、デビッド・グリスマンやステファン・グ
ラッペリなどに導かれた感じがあります。
ギターをあまり弾かないころは、女性ボーカルの定番は多く聴きました。
英会話のセンセイのおススメもあってウォークマンで聴いていましたね。
そのころ、マイルスはジャンルにこだわらない演奏、アレンジを盛んに
やりはじめていて、そんなところでわたしは多くに触れることはなかった
と思います。ボブディランやニールヤングとの接点も面白いなぁ。
週末は、YouTubeでタップリ聴きました。
タモリさんのインタビューは1985年。カチカチにこわばるタモリさんも
めずらしいです。同じ楽器をたしなむ上で、フツウ以上に雲の上の
存在なのは確かでしょうね。











