しゃんはい、じゃなくてペキン。
昨晩の食事は、乗り継ぎ駅に隣接のデパート上階にある北京料理店。
久しぶりに行きました。好きな海鮮五目つゆそば♪
(暗いこともあってか、ケータイだと美味しく写らない)
スープの旨味は海老と貝柱。薄味なのに海鮮の風味バツグン。
チャーハンもおいしいから本当は食べたかったっ。10年前なら、麺類と
ご飯ものと、二品ぐらいはイケましたけど今はもう、そんなにいらんわい。
元来、食にはうるさくない(基本、不味くなければなんでもイイw)のですが。
半世紀生きて、郷里の中華料理店でリーさんが作ってくれたチャーハン
と二分するおいしさ、きっと。 ( ...大そうな。笑)
学生の頃のむすこもオイシーオイシーと食べてました。今度帰省してき時
には、また行こうかしら。 ちょっとお高いけどね、おいしい「天厨菜館」。
※借りも物ph.
あー、お腹すいた。 (・・・寝ます)
ちいさな芸術家たち。
今日はお仕事でしたが、
某ギャラリーで、小学生の子供たちの絵画展をのぞきました♪
休み時間だけだったので、要所で立ち止まるだけでしたが。
その中で、気に入った絵を拾わせてもらいました。
「ジャングルでかくれんぼ」
とってもビビッドで、イキイキしている。
キース・へリングを知っているのかなぁ(笑)
パンダさんの目元が隠れているのもごあいきょう。
そして白の配置も絶妙。
(写真は、絵のベースが黒い樹脂版のために
乱反射してしまって、ちょっと残念でした)
「ピエロらいじん」
このまま“日本むかしばなし”の絵本に使えそう。
腕が太くて、つおそうですねー。
背景の処理もいいなぁ。
完成度高い、版画のかみなりさま。
「リボンするくろねこ」
コラージュ。背景には、五線譜をコピーした色紙。
親猫の目のアンバランスが、表情をゆたかにしてます。
子猫の位置を引き立てる、全体のバランスが絶妙。
ねこふんじゃった。を弾ける女子なのかな。
二年生にしてはちょっと、でき過ぎの感もありますが ... (笑)
「図工室へんしん」
こういうふうにイメージをふくらませることができるのはいいなぁ。
補色の原理は分かっていなくても、イイバランスで塗り分けできる
というのは、センスだと思います。
こういう子は透視図法のルールを教えてあげれば、
こういった、ペン画の表現にきっとハマること間違いないでしょう。
みんな上手でしたー (^-^)/
ボードビリアン
読了
吉村平吉 【浅草のみだおれ】
三一書房 1997年8月
吉村さんの最後のエッセイのようです。2005年に84歳で他界。野坂
昭如さん「エロ事師たち」のモデルであり、吉行淳之介さんのエッセイ
にも登場。もちろん作家さんたちとはリアルな交流もお持ちでした。
高見順、田中小実昌、そんな方たちとの交流の話しもあります。
生涯独り身。好きなように生きましたっ!というニュアンスの回顧録。
演劇が好きで、お酒が好きで、女性が好きで、 浅草が大好きで。
こんな人生も良さげに映ります(笑)
浅草オペラの二村定一のお話しがあったのを思い出しました。
浅草の水族館ではじまったカジノ・フォーリーの舞台は観ていらっしゃ
らない。そんな草創期は、小説でしか知らなかったとのこと。それにし
ても吉村さんは、中学生の歳から浅草通いをはじめられて、生涯を
この浅草界わい、飲み食い、交友で過ごされたわけです。
浅草の魅力にすっかり取り憑かれた吉村さんでした。
“ボードビリアン”というのは、今や忘れられたことばかなぁ。
辞書で検索すると「ボードビルを演じる芸人。軽演劇俳優」と出ました。
vaudeville(フランス語):
歌と対話を交互に入れた通俗的な喜劇・舞踊・曲芸など。また、それら
を取りまぜて演じる寄席の芸。
あとがきは“お愛想”と題して、まるで最後の執筆を窺わせる語り。
末筆には、「お粗末さまでした」 竜泉のご自宅で独り亡くなり、
数日後マンションの管理人さんに発見された吉村さん。
ちょっとシンミリしました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
思い出したのは、春先に木馬亭の実姉のライブで演奏くださった
ジンタラムータ(シカラムータの変隊) のリーダー大熊ワタルさん
のMC。ここ浅草との縁について語られたとき、昭和初期にあった
水族館の舞台の話しなどをチューバのギデオンさん(英国人)に
ふってらっしゃいました(笑)
この「浅草のみだおれ」で懐古されている川端康成の『浅草紅団』
あたりにつながっているんだろうなーと、ふと、思ったりしました。
・・・なんでしょうね、日本を好いてくださるガイコクの方というのは、
普通の日本人以上に、文化や歴史なぞの造詣が深い場合が多々
あります。今読んでいる、ちくま新書でもブルガリア出身の著者は
信じられないぐらい古典文学を詳しく解説してくださる。
日本文化って素晴らしいって! (^-^)/
宅録はじまるっ!
8トラックのマルチトラックレコーダ(MTR)、ズームのR8。
パソコンと連携させて編集できるアプリケーションを使用して、デジタル・
オーディオ・ワークステーション(DAW)としてミキシングします。
コンデンサ・マイクの電源供給もできてその点でも。
マルチトラックレコーディングも「弾き語り」なので、基本2chで十分で
すが、この先どんなことになるやらよくわからんので。。。
プロビデンスのマイクケーブルR301。これはちょっと奢りました(笑)
デジタル・レコーディングに最適化されたマイクケーブル。
エレキギターとかベースギター用しか知らなかったのですが、
まぁ考えてみればマイク用もあって当然でした。
高価だけどそうそう買いかえたり、買い足すことも無いと考えて。
周波数特性やカージオイド特性とかネットで比較して、ユーザー評も
参考にしながら。少ない知識で知っていた昔のスペックを考えると、
信じられないコスト・パフォーマンス。指向性はボーカルと、アコギに
理想的な仕様。ポップノイズに効く、ローカットフィルターのスイッチ付
きという点も、手間なしで便利そう。
そんなこんなで楽しいです。
いろいろと学びながら、宅録機材揃えていきます♪
How Societies Remember.
読了
ポール・コナトン 【社会はいかに記憶するか】 個人と社会の関係
新曜社 2011年8月
訳 芦刈美紀子
1章: 社会の記憶
2章: 記念式典
3章: 身体の実践
章のタイトルにちょっと違和感。それもまたタノシミなり (^▽^;)
構造主義といえば人類学。社会や文化の成り立ちを詰めていくと、自ずと
精神世界や哲学的なトコロにたどり着いてしまいます。この本で突き詰め
られるのは社会科学。タイトル通り、営々社会に蓄積されていく記憶は、
どんなふうになされていくのか?、というお話し。
「記憶」というのは、個人それぞれの能力の集成なのだという結論でいいと
思います。(ここでの記憶能力は、受容力に特化しています) 個人的には
様々なコミニュティという大小の集団枠にあって、それぞれのレベルで共有
できている文化形成とその継承なのだっ!と理解します。
引用は当然ながら、イスラム、キリスト教圏なので、シックリこないのは、
いたし方なしかな。何方か、コナトンさんのこの本のテーマを一にして、
出典や用例をすべて日本に限定して、お話ししてもらえたらもっと面白く、
分かりやすくなるような気がしました。
ヒトが中心なのは絶対としても、祭事とか、礼儀作法とか、衣服の慣習と
かは16世紀のヨーロッパ文化が、現代社会のどこまで“効いて”いるんだ
ろ?と読みながら思いました。つまり、時代錯誤もあるんじゃないかぁ、と
いうことです (^▽^;)
女性のコルセットに“拘束”の意味を語っても、それは明らかに薄れていく
記憶ではないかな。。。風土、風俗は地域差も大きくて、特に大都市圏で
核家族はとっても進んでいますから例えば、おじいちゃんの神棚の扱い方
などの神事(お神酒をあげたり拍手打ったりのアクション)から、おばあちゃ
んの七草粥の料理とか。そんな「記憶」は、なかなか継承されていかない
と思うんですね。まだ形骸化するにしてもなんらか残ればまだ助かるように
思います。残念ですけれど。
・・・だから、ということでもないのですが、
みなさんのブログを通じて、知ることができるいろんなことが楽しみになる
のです。四季折々の景観とか、衣食住の文化も、なんてカンタンにリアル
タイムに知ることができるんだろうって、思います。
わずか半世紀前の“社会の記憶”を思うと ・・・ありえない 。
この先、ネットワーク社会はいかに記憶していくんでしょうか (^▽^;)
わたしの好きな神話や昔ばなしは、歴史、文芸など文化全般に包括され
ているわけですが、そこから、さかのぼって行くことで、大きく領域を占め
る人文科学の概念、外延にたどりつけます。そんなふうに感じながら読ま
せてもらいました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
芦刈さんの訳や編集も読者への気配りが感じられていいです。専門的な
用語を日本語に当てるのもタイヘンだろうなーと。そんなところはカタカナ
のルビ振りが、効果的に読み下しを楽にしてくれています。
知識欲みたいなところソソられました (^-^)/ オモシロカッター!
斉藤和義
最近、音楽雑誌でフューチャされ表紙も飾ったりしてる斉藤和義さん。
風呂上りにテレビをつけると、ZERO・PERSONで登場されてました。
チャリティライブもあのあと、ずっと敢行。
昨日は福島の復興ライブで歌われてたのですね。
45歳ですか。かっこええなー。
誤解を生むかなぁと思いました。
けっして模倣しようとかでは無いと思うのです。
番組では当然のようにボブ・ディランのポートレート出してましたけど。
確かに音楽ライブのメッセージ発信に電気は欠かせないですね。
ちゃんと考えなきゃって、おっしゃってました。
あの東海村臨界事故は、ご実家の近くだったとのことで
栃木出身としてココロに刻まれることがあったのですね。
アルバム買ってみようと思います 新しいヤツ。 (^∇^)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
YouTubeで、愛器の黒いJ45で「キャンディ」を弾き語ってらして、
コピろうとしている矢先、画像は抹消されていて残念な。
(どなたか音源ありませんか (´□`。) モウキケナイー... ) ※
ちょっとは進んでいるので(笑)なんとか、しゃんはいバージョンで、
近々アップさせてもらいたいと思ってます。
※追伸。
あれ!? リンクキレだったと思ったらありました! よかったー (^-^)ヾ
ビバ!カッパ!
読了
町田康 【浄土】
講談社 2005年6月初版
短編7作品は、2001~2005年の文學会、群像、新潮から。
町田さんワールド全開です (^∇^)
楽しいなぁ。エンディングの唐突ささえイヤにならないのは、作家自身が
楽しみながら(たぶん随所でぐふぐふふと含み笑いでもしながら)創作さ
れているのが感じられるからかなぁと思います。
聴きなれない(活字だから見慣れないかw)擬音と、関西弁。時に九州の
方言もあるように感じます。
現実から離れて、完全に“イッちゃってる”ストーリがほとんどなので、
心おだやかに読書したい向きにはおすすめできませんが、ファンキーな
ココロ持ちでのぞむなら、きっと応えてくれるお話しばかりです。
作品「どぶされえ」は、“ビバ、カッパ!”の雄たけびで始まります。
とにかく叫びたい主人公は、“ビバ、カッパ!”を連呼。
表紙は、この作品の中で、主人公が「どぶされえ」の疲労困憊の極限で
みた異界のキャラクターたちの一人。どうですか?こんなんヒトが背後に
トウトツに佇んでいたら。どうでしょうね。 どうなんだ? どないやねぇ!
・・・あぁっ、失礼しました (^▽^;)
町田さんに感化されていくぅ、って、そのくらい面白いですね。
「本音街」がとっても面白かったです。
その街に足を踏み入れると、誰もが思うままの言動をとってしまうという
ストーリー。タテマエとか虚栄心とか、取り繕う、なんてことまったくなく、
思うがまま感じるままに誰もが意見し、行動している街なわけです。
座布団を体の前後に括り付けて歩く男。
ウエディングドレスを着て買い物をしている女。
勧めておきながら自家製ケーキは不味いです、と言ってしまう店員。
座卓に独り客を座らせないのは銭を儲けたいから、と言ってしまう店主。
でも、以外にもお話の中が平穏なのを訝ってはみるものの現実にあった
としても(ありえないですが)、なるほど、すべての人々が本音であったら、
けっこう上手くいくんじゃないだろうか?と勘違いさせてくれました (笑)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
町田さんは、ロック歌手だし、俳優としても
活躍されていてメディア露出の多い作家さんですね。
わたしとも歳が近いし、懐古さる昭和風情、場末のエアー感なぞ、
とってもよく伝わる、気もしたりします (^∇^)
ゲド戦記はこれから。
読了
アーシュラ・K・ル=グウィン 【いまファンタジーにできること】
河出書房新書 2011年8月初版
訳 谷垣暁美
アーシュラ・K・ル=グウィンさん。
あの「ゲド戦記」作者。原作小説は読んではいませんが、日本では
スタジオジブリのアニメ映画で、知名度は高いものと思います。
全般、からくちです。(某女性作家のエッセイを思い出しましたw)
“ファンタジー書評に対する評”といった部分が多くて、けっこうイタイ
感じがあります(笑) そんなにファンタジーは書評家や有識者から
文学から蔑視されているものでしょうか?
ちなみにル=グウィンさんは、ジブリアニメのゲド戦記は原作とはまっ
たく別ものだと。これは宮崎吾朗の作品だと話されています。
「ゲド戦記」原作小説は読んではいませんし、アニメのそれも見てい
ませので、ル=グウィンさんおっしゃる、その差異は量れませんが、
息子の初監督作品にということで、宮崎駿さんにしてみれば、枕元へ
置いて寝ていたファンタジーであるとか、幾度とラブコールしながらも
アーシュラさんにふられ続けた原作への愛着、一家言をそれはそれ
はお持ちの父上で、本当は絶対、ご自身でアニメ化したかったはず
なのですから。スタジオ・ジブリにとっても意味深い原作のようです。
ハリー・ポッターに対しても、イタイなぁ。。。 (´□`。)
古典的なストーリーであることを知らない読者を扱下ろしてもしかた
ない気がしますけれど。ファンタジーの復権!みたいな随筆ながら、
どうも、遠まわしの自己擁護に読めてしまうのは気のせいかしら。
共感できることもたくさんあるのですが。残念でした。
「ゲド戦記」は読んでみようと思います♪















