Truth is more of a stranger than fiction.
読了
森田邦久 【量子力学の哲学】 非実在性・非極所性・粒子と波の二重性
講談社 2011年9月
講談社現代新書シリーズの最新刊。
量子力学の入門で必ず出てくる「シュレーディンガーの猫」。結果と原因の
関係を説明する分かりやすいこの話しは、ザックリと言うと、いつ箱の中を
満たすかわからない毒ガスといっしょに猫を閉じ込めた箱があるとすれば、
その箱を開ける瞬間までは生きている猫と、死んでいる猫の二つの結果が
二重に存在している、というものです。ちょっと動物好きには酷な例え話し。
「未知」とは何?という疑問が頭の中をぐるんぐるん駆け巡ります (^▽^;)
ニンゲンの知覚によって“結果”が判明されているとすれば、じゃ、その判断
しているニンゲンそのものは何でできているのか?
そう、この宇宙世界をも成している原子、分子の世界であるわけですから、
物理学では答えは出ないよっ!という、「物心二言論」として土俵を違え、
哲学的な話しにもっていくしかないのです。(うまく切り分けられています)
ヒトの意識と言うのは、科学とはまったく別世界のことでしょ?と言えばそこ
でお話しは止められますものね。 うん、なんとなく腑に落ちてしまう。
人工的につくった素粒子ニュートリノ(素粒子=ニュートリノではない)が3年
の月日、1万5000回以上の実験結果から「光より早かった!」という、現代
の世界中の物理学者を悩ませる発表が先月ありました。1億分の6秒、どう
しても早いことを誤差とできない結果が出ちゃったというお話しです。
まだ疑いは晴れないし、否定して欲しい、間違いだよと論破して欲しいという
気持ちも、発表した側も持っていて、困惑している事態なのですね。
興味がわかなければ、「それって、だからぁ、なんなの?」というところですが、
コペルニクスの地動説が引き合いに出されているぐらいの事態にも例えられ
ています。物質は、光の速さを超えることはできないという相対性理論に反し
て、光より早いニュートリノがあるとすれば、結果から原因へ遡れる可能性が
あるということ。
それは時間の逆行が可能であることになって、SF世界のタイムマシンも現実
味を帯びてしまうわけです。シュレーディンガーの猫は、生きている猫も、死ん
じゃった猫もどちらでも自由に選べるというわけです。
「物心二言論」超えて、原因と結果の説明ができるかも知れません。
宗教概念を横断するアカシックレコードと相対性理論を
拙くも織り交ぜたお話しはこちら。お時間あればどぞ(笑)
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この世界は人知を超えるところで成り立っているという意味合いのこと
をアインシュタインは言いました。
ミクロの研究がマクロ、この宇宙世界、私たちが暮らしているこの世界
の成り立ち、意味合いまでも解き明かせるかも知れない可能性が見え
てきます。それが何を意味するかと言えば、人類が天地創造の神さま
と肩を並べるということじゃないかと、わたしは考えます。
地球の存在理由?、もちろん人類の存在、わたしの存在の理由は?
ニンゲンが自我、欲求をぶつけ合いながら、文明を築き続けている訳
は?そんなことが「物心二言論」ではない土俵で解き明かされるときが
来るとすれば、神さまの正体、み姿もきっとつまびらかになっているだ
ろうと想像します。
思いとか、知覚とか、歴史さえ包括してしまう「この世界が何でできて
いるか?」という疑問は、“生きている”ことの探求そのものではないで
しょうか。
きっと、地球に存在する人類の意義さえ、明示される日がくるかも知
れません。真実は小説より奇なり。しゃんはいさんの想いを以下に。
「わたしたちはこの世界のどこまで
知ることを許されているのだろうか」
