
子供の服薬を嫌がる親
今回は「精神科あるある」の話。ここで言う子供とは未成年に限らず35歳くらい以下の年齢全てを指している。
親が精神科に連れて来ているケースでさえ、向精神薬は怖いと言う感覚を持つらしく、服薬した方が良いと医師が助言してもそれを快く思わないことがある。親が服薬を嫌がっているのは診察の時の気配でわかる。
これはその子供がいかなる精神疾患なのかも重要だと思う。
統合失調症の場合、家庭でかなり親を困らせていることもよくあり、やっと精神科病院やクリニックに連れていく流れで初診していることもある。困らせている内容だが、例えば風呂に全然入らない、外に向かい大声を出す、家族に暴力を振るうなどである。他、テレビを壊すなど器物破損や、独り言を言い続け話ができないなども含まれる。
このような際、親もおそらく子供が重大な精神疾患に罹患していると考えていることも多く、投薬された際に、服薬はやむを得ない、あるいはこれで症状が良くなると思うことも多い。治療に乗ったことに安心する感じである。このような際、「子供の服薬を嫌がる」ことは当初はほとんどない。
しかし、統合失調症の子供が服薬により多少落ち着いたとしても、多くの副作用が出て「この治療はどうだろうか?」と思うこともあるようである。今は治療薬はスマホやパソコンの検索でいかなる薬なのかわかるので、診断や治療薬に疑念を持つこともある。このような際、セカンドオピニオン的に他院に相談し薬を変更してもらう家族もいる。
僕はこのような時、転院して治療内容を検討してもらうのは現代風で悪くはない判断だと思う。
ただし統合失調症では治療を中断するのは悪い選択肢である。その理由は序盤でしっかり治療を続けないと予後不良になることが圧倒的に多いからである。真の統合失調症(中核群)は自然に良くなることはまずない上、抗精神病薬以外の治療法がほぼないこともある。
十分に統合失調症の症状が揃っているのに、子供に対し強制的に服薬を止めさせたり、通院を中断させるのは、ある種のネグレクトだと思う。
それに対し発達障害ではかなり状況が異なる。発達障害による不安障害やうつなどの二次障害では、本人が家族に言わないで初診することも良くある。厳格な診断基準の発達障害よりグレーゾーンの方が一般の社会生活をしていることが多く、一見、外からはわからず、内面の苦悩が大きいことがある。
このような患者さんが家族が同伴して精神科、心療内科に受診した場合、家族から見て全く問題がないように見えるのに、向精神薬を投薬されるなんてとんでもないと言う感覚になりやすい。医師もその辺りは察せられるので、急を要さないレベルでは投薬しない判断をすることもある。服薬を強く勧めるかどうかは症状の重さや希死念慮などの他の所見も判断材料になる。
若い患者さんが独りで受診した際、親に精神科に行くと言ったか聴くこともある。聴かないこともあるが。親に言ったという患者さんには、親からどのようなコメントがあったかも聴く。これは家族のスタンスの一部が見えるからである。
発達障害でも、極めて暴力的で器物破損も多く、しばしば警察官を呼んだことがある家族では、手が付けられない症状が収まるならと、服薬を歓迎することが多い。なぜならこれを放置すると生活が成り立たないからである。このようなケースでは本人に治療意欲がないことがあり、これは統合失調症の病識欠如とはまた異なると思うのだが、長期的には対応が難しい。
精神科輪番では、夜間に学童期から大学生くらいの破壊的な症状がある患者さんがパトカーなどで受診することがある。普通、輪番は当日に入院させても翌日か翌々日には本人が強く要求して退院するケースも多い。
しかしこれくらいの症状があり、パトカーで来院しているのに、安易に退院させて翌日ないし1週間以内にまた事件を起こし輪番で受診になるのは道義的問題も生じる。このような際は本人と両親とも意見を聴き、しばらく入院させるかどうかを決める。この際、既にかかりつけ医がいるのであれば主治医にも意見を聴く。精神科は強制的な場面も生じざるを得ないが、長期的には周囲の根まわしも重要だと思う。
このようなパトカーが頻回に出動するレベルの患者さんも、治療がフィットすればかなり良くなるものである。N数は少ないが、輪番で初診した思春期も患者さんは全員上手くいった。統合失調症の人との相違は、彼らが良くなった時に、良くなったと判断できることだと思う。統合失調症の人は、例えば薬が良く効いていても、どれがどのように良くなったのかほとんど内省できない人もいる。
初診から時間が経ち、このようにパトカー出動レベルの人が、もはや服薬の必要性もなさそうに見えることがある。このような時は、「服薬は必要ないが、3か月ごとに受診してください」とだけ伝える。このような人はきりがないので、1年くらいでもう来なくて良いと言うことが多い。あるいは、進学で転居する場合は、紹介状なしで自然に治療終了とする。
問題は、発達障害ないしグレーゾーンで、幻聴や妄想まで発展した人たちである。彼らは、ほとんどの精神科医は統合失調症と診断する。
一般にドパミン過剰でも激しい興奮(暴力や破壊行為も含む)と、幻聴ではドパミンの脳への影響(ダメージも含む)は異なると言った感じである。当初は診断が何であれ抗精神病薬で治療されることが多い。
中核群の統合失調症と発達障害では、抗精神病薬の反応(特に副作用)が異なるように見える。発達障害の人は興奮や幻聴が激しい時も意外に薬の副作用に弱い。もう少し厳密に言えば、急性期にはわりあい薬が噛み合い副作用も少なめで済むが、落ち着いてくると薬負けして、副作用が目立つようになる。急性期から薬に弱すぎて幻聴が収まるまで増量できない(医師の判断)ケースもある。
家庭で治療する人では、親から見て副作用が悲惨過ぎて、タイトルとは違う意味で子供の服薬を嫌がることもある。見ていて可哀そうだからである。このような人は興奮などなく大人しくしている人も多いので、幻聴は残遺したとしてもガチガチに治療はしてほしくないと思う親も多い。外来では、その辺りで薬と症状のバランスを診ながら経過観察する。
このような特殊なケースではなく、発達障害の二次障害、不安障害や強迫症状、あるいは双極性2型ないしうつ状態くらいの人は、本人は服薬した方が生活しやすいと思っていても、親は服薬を否定ないし歓迎していないことも診られる。
これは、実は親の発達障害的な所見でもある。それは反精神医学的な思想と、いわゆる「食べてはいけない」と言う書物を妄信する延長線上にある。
オーストラリアの16歳未満のSNS禁止法
オーストラリアは2025年12月10日、世界で初めて16歳未満のSNS利用を禁止する法律を施行した。Instagram、TikTok、X、Facebookなど主要10サービスが対象で、違反した企業には最大約50億円(4950万豪ドル)の罰金が科される。目的は若者のネットいじめや心身への悪影響を減らすこととされている。
このような法律が施行された原因となる事件は多くあると思うが、ある少年がSNSで騙されて、囮の恋愛対象に自分の裸の画像を送ってしまい、それを犯人から脅されて、悩んで自殺したことが大きな事例とされている。この事件は確かにSNSがなければ起こっていないものだった。
最終的にメンタルヘルスに影響し、自殺という転帰になったのである。
オーストラリアは先進国だが、人口が少ないこともあり実験的な試みもしやすい国である。この行方を各国が現在注視している。例えばフィンランドはオーストラリアに似た法律を導入しようとしている。
オーストラリアのSNS禁止法だが、子供はともかく大人には好評のようである。
過去ログでは統合失調症の人はインターネットには相性が悪いという記事をアップしている。この記事は過去ログで見つからなかった。ある青年は外泊する度に、パソコンでインターネットに繋ぎ、その結果、妄想が重くなった。彼は元々インターネットに詳しい人だったこともかえって悪いのか、自我障害症状が悪化してしまうのである。
それ以外でも、ある女性患者さんは携帯電話を持つことで妄想が惹起されることが多く、しばしば入院にまで至った。家族及び本人と話し合い携帯電話を持たない生活にした。この方が抗精神病薬増やすより遥かに効果的なのである。
近年は、対話型AIの利用がメンタルヘルスに悪いというニュースも出てきている。いわゆるAI精神病である。
インターネットは2000年当時の牧歌的時代は過ぎ去り、各国はSNSも含むインターネット利用の落とし処を探る時代になったと思う。
なぜならSNS利用により、しばしば犯罪に巻き込まれたり(SNS詐欺など)、メンタルヘルスに有害な作用を及ぼすことがあるからである。
オレキシンと食欲及び覚醒
今回は上に挙げたコンサータと深夜に食欲亢進の記事の続きのような内容である。少々、複雑であるし僕本人も十分にはわかっていないため厳密な記事ではない。
本来、オレキシンと呼ばれる神経ペプチドは精神科であまり意識されていないものであった。オレキシンと関係が深いナルコレプシーは稀な疾患の上、他科で治療されることが多いからである。
ところが、ベルソムラ、デエビゴなどオレキシンの働きをブロックする新しいタイプの眠剤が発売されるようになり、精神科医もオレキシンの作用について考慮することが増えた。
このオレキシンの働きをブロックするタイプの眠剤は近年増えており、例えば、ベルソムラ、デエビゴ、クービビック、ボルズィなどが挙げられる。これはイメージ的には夜間にナルコレプシー的な状況を作り出すことで眠らせると言ったところだと思う。これらオレキシン受容体拮抗薬については以下の記事を参照してほしい。
精神科医がオレキシンについて考慮するようになったと記載しているが、実際のところ、考えているうちに混乱して何がどうなっているのかわからなくなる。少なくとも、僕はよくそうなる。
オレキシンはヒトの食欲、覚醒に深く関わっており、空腹時にはこれが活性化し摂食行動を強く促す。逆に満腹になると、オレキシン活性が低下し眠くなるのである。これが基本である。
ナルコレプシーはオレキシンの分泌が不足していることで生じている。つまりナルコレプシーは、オレキシンの覚醒作用が著しく欠乏する結果起こる。ナルコレプシーの人は自己免疫反応により、オレキシン産生細胞が減少することが原因であろうと言われている。
だから、オレキシンの作用だけを考慮すれば、オレキシンの作用の欠如ないし著しい低下により、ナルコレプシーの人は日中の眠さに加え、食欲不振傾向があってもおかしくない。オレキシン活性の不足により、常時、摂食行動を促さないからである。
ところが、ナルコレプシーの人は著しい体重増加や肥満を来す人が多いと言われている。例を挙げると、ナルコレプシーと言われる阿佐田哲也氏は確かに肥満していた。麻雀の闘牌中に眠っていたと言われる。
僕の患者さんについては、N数が少ないが、さほど肥満していない人がむしろ多かったような気がする。ただし、昔の患者さんは既に薬で改善しており、外来で治療している限り、本当にナルコレプシーなのかわからないところがあった。また肥満していないことについても当時はリタリンが処方されていて、薬剤的なものも影響しているのだろうと思った。
後年、睡眠時無呼吸症候群を経験するにつれて、当時の特に肥満体型のナルコレプシーの患者さんの一部は、実は睡眠時無呼吸症候群ではなかったのか?と思うようになった。
睡眠時無呼吸症候群は呼吸が90秒とか止まり、SPo2が70代程度まで下がる人は、ヘモグロビン値が正常上限を超えることがある。これは、つまり血がドロドロになっているわけで脳血管障害などの事故が起こりやすくなる。なぜヘモグロビン値が上がるかと言うと、慢性的な脳の酸素不足による代償である。一方、ナルコレプシーは呼吸までは止まらないので、ヘモグロビン値まで影響は及ばない。少なくとも代償性にヘモグロビンが正常値を超えるような人は、CPAPをした方が予後は色々な点で改善すると思う。
なぜ、一見、食欲不振に陥りそうなナルコレプシーの人が肥満傾向になるかだが、いくつか理由がある。
まずオレキシンは、エネルギー代謝にも関わっており、これが不足することで基礎代謝が低下し肥満しやすい体質になること。オレキシンが不足すると(おそらく体内バイオリズムが悪化し)夜間不眠になりやすい。睡眠の質が悪くなる結果、食欲を増進するホルモン(グレリン)が増え、食欲を抑えるホルモン(レプチン)が低下しやすい。古い過去ログに、ナルコレプシーの人は意外に不眠などを訴えて初診すると言う記事をアップしている。
ナルコレプシーの人がオレキシン活性が不足しているのに肥満している人が多いのは、このような理由からだと思われる。
今日の記事のテーマはなぜかASD、ADHDになっている。なぜ彼らに偏食が多いかを考えていた際に、インスパイアされて今回の記事に至ったのである。
彼らによく見られる偏食の原因もオレキシンないし類似物質?が、多少関わっているのでは?と思うようになった。確かに彼らの偏食は感覚過敏(例えば匂いや色、舌触り)、特別なこだわりから来る部分が大きいようには見える。
上の記事から抜粋。
漢方薬が好きな人は問題ないが、独特な臭いや舌触りを嫌う人はけっこういる。子供は平均して漢方が苦手な子が多い。例えば、漢方ではないが正露丸の臭いや味もそうである。このような舌触りが嫌以外に、感覚の過敏性が高いことはASD的所見だと思う。例えば、
〇偏食が酷い。
〇魚、卵、特定の野菜、果物など匂いのきついものを嫌う。
〇親子丼など舌触りや食感の異なるものが混ざっている料理が食べられない。
以上抜粋終わり。
この感覚過敏やこだわり以外に、同じものばかり何度も飽きずに食べると言う特性が見られる。例えば、カレーやフライドチキンなどである。
これは特定の食物にしか報酬系が活性化しないように見える。この際、特定の食物にしかオレキシン的な食欲亢進が起こりにくくなっているのでは?と思う。これは、食行動のイントロの部分を言っている。トータルでは、報酬系だけではなさそうなのである。
ASDやADHD以外の人でも、「ケーキは別腹」と言ったりする。これは満腹でもケーキはお腹に入るよ、と言っているのである。これは満腹の状況でも、ケーキが目の前にあれば食欲が刺激されていることを示している。
正しいかどうか自信がないが、このような満腹の状況では100%報酬系と言う感じではないよね、と思うのである。
ASDやADHDの人たちがいわゆる向精神薬に過敏で思わぬ副作用が出やすいと同じように体内の神経ペプチドにもある意味、まだらな過敏性が生じているのかもしれない。
発達障害の人は、感覚過敏やこだわりだけでなく、内因性のオレキシンないしオレキシン的な神経ペプチドの反応性やバランスが悪いために偏食が生じているのでは?と考えている。
ローンパイン・コアラ・サンクチュアリのコアラ
コアラの顔は皆同じイメージだと思うが、オーストラリア国内の地方により顔立ちがかなり異なる。僕は顔を見ればだいたいどの地方のコアラかわかるようになった。上の動画は、ブリスベン郊外のローパイン・コアラ・サンクチュアリのコアラである。このローンパイン・コアラ・サンクチュアリはコアラだけでなくさまざまなオーストラリアの動物を観ることができる。
上のように活発にユーカリの葉を食べるコアラはあまり多くないはずだが、この日は食欲旺盛のコアラが多かった。コアラはたいてい日中は寝ている。これはユーカリ葉の栄養が少なすぎるため、体力消耗を抑える面もかなりある。
ブリスベンやゴールドコーストのコアラは可愛いコアラが多い。ケアンズはもう少し色黒と言うか野生的?なコアラで、言い方が悪いがあまり可愛くない。
それに対し西オーストラリア、パースのコアラは大人びており?、ヨーロッパ的?な顔立ちのコアラが多い。よく言えば端正だが、あのようなコアラは好みではない。やはりブリスベンやゴールドコーストのコアラが最も可愛いと思う。
このような動植物園でコアラ抱っこできる州とできない州がある。クィーンズランド州では、コアラ抱っこできるが、料金がコロナパンデミックの間にかなり値上がりしていた。
ゴールドコーストのカランビン動植物園で偶然、日本人観光客の団体さんと一緒になった。彼らが順番にコアラ抱っこしているのを見て、一体いくらなのか聴いたところ、彼らは料金を知らなかった。彼らの団体旅行ではコアラ抱っこはコミコミだったのである。
上は過去ログにあるかなり昔のコアラ動画。これもローンパイン・コアラ・サンクチュアリのコアラ。動きも含め可愛さは歴代最高である。
心療内科クリニックの終活
ここ20年くらいで心療内科(精神科)クリニックが増加し、特に大都市部では過当競争と言って良いほどになった。現在、地方でも心療内科クリニックは増えてきており、ホームページの院長の名前を見ても全然知らない人だったりする。これは過去ログにアップした落下傘開業だと思う。
最近、最も驚いたことは、いつも行く温泉地の近郊の市に心療内科クリニックの看板を発見したこと。おそらく人口は5万人ほどと思うので、そうだとしたら破綻せずやっていけないことはない。
地方都市に心療内科クリニックができることは、精神科のアクセスを増やすと言う点で悪くない話だと思う。
人口の多い地方大都市でさえ、現在の1.5倍まで心療内科クリニック数が増えたとしてもやっていけるような気がする。ただし多くなると言うことは人気の差が出るので、良くないクリニックは淘汰されるであろう。
実は心療内科クリニックが新規開業する一方、廃院するクリニックも珍しくない。これは淘汰されたのではなく、院長の健康状態が悪化したために廃院したケースが多い。例えば、余命が比較的わかる癌など。あるいは、院長が突然死(自殺も含む)したため廃院したクリニックもあるが、これも健康上の問題である。
クリニックが完全に廃院するかどうかは、院長の健康状態も含め状況にもよる。例えば子供がいて精神科医ないし心療内科医だったとしよう。その場合、子供が後を継ぐパターンがあり得る。あり得ると記載したのは意外に少ないからである。
本来、心療内科クリニックは相撲の一代年寄みたいなものなので、子供が医師になったとしても、そのクリニックを継ぐインセンティブは低い。まして女性医師なら尚更だと思う。ここが有床の精神科大病院との大きな相違である。
読者の方はピンと来ないと思うが、精神科医になろうとする時点で、それなりに必然性があるので、精神科、心療内科医の子供が精神科を選ばないことは普通にある。それに対し、有床の精神科大病院は医師の跡継ぎがいないと病院が他人に渡ってしまうような感じになるので、子供もそれがわかっていて、精神科医になることがほとんど全てである。しかし、子供が3人とかいて、長男は精神科医だが、他の子供は内科や外科医になるケースはある。
これはあくまで印象だが、このような跡継ぎの精神科医は、元々ありがちな必然がないので、わりと普通に見える人が多い。これは以下の記事の「プラスアルファ」がないからだと思う。
もちろん、プラスアルファは遺伝しやすいので、凄く?プラスアルファのある人もいる。これは真に精神科医になりたかった人より、精神科医にやむを得ずなった人の方が普通の人?がむしろ多いというブラックジョークというか皮肉になっている。
さて、院長が診療を中止せざるを得ない時、例えば子供が医学部生とか医師になったばかりくらいの年齢だと普通に廃院しやすい。なぜならクリニックはビル診のことが多いし、基本家賃を払っているからである。この際に最も気になることは、診療している患者さんをどうするかであろう。これは近辺に単科精神科病院があれば、彼らにとって患者さんを譲ってもらうことは大歓迎なので、患者さんさえ了解すれば完全に転院手続きが終わる。
ただし、どうしても単科精神科病院は嫌と言う人もいる。これは単科精神科病院はそれなりに従業員が多いので、地方だと特に知り合いに会ったり、受診を知られたくないと言う理由がある。このような際は市内のクリニックに紹介するのであろう。近年はクリニックが増えたのでこのような対応もしやすい。
僕はこれまで近郊の心療内科(とは言え実質精神科)クリニックが突如、廃業し、患者さんをまとめてもらった事が2度あるが、2度ともバタバタだったためか碌に紹介状がなかった。これは紹介状を書く余裕もなかったためと思う。
2度目はクリニック院長が同門の先輩だったこともあり、健康上の理由で紹介状も碌に書けず申し訳ないが、これらの書類を参考にして下さいと簡単な記載があった。その書類とは自立支援法や精神障害者保健福祉手帳の診断書のコピーだが、これらでも初診日がわかるのであるかないかでは大違いである。
1度目は書くのも苦痛だが、そのクリニックは、落下傘開業で突然開業し数年して風のように消えた。患者さんが通院しようとしたら既に閉院していたらしい。過去ログに少し触れているが、紹介状の記載が精神科医とは思えなかったので、おそらく他科の医師が開業したのだと思う。
このような廃院で最も困るのは、患者さんが将来、障害年金を受給しようとした際に、受診の証明(特に未成年)が出来ないことだと思う。
最近、増えたのは、心療内科精神科クリニックを他の患者さんごとクリニックを他の精神科医に譲るケースである。これは引き受ける方も患者さん付きで経営的にリスクが少ないので大歓迎だと思う。少なくとも落下傘より遥かに良い。患者さんも転院しなくても良いことや、診療録が失われるリスクがなくなるので、共にメリットが大きい。
また、このような廃院危機のクリニックを単科精神科病院が買取り、サテライトクリニックにすることも増えている。精神科病院がサテライトクリニックを作ったり、既にあるクリニックを買い取るのは、ここ20年くらいの入院患者数の減少と関係している。これは強制的に入院させると言う意味ではなく、今の精神病院は入院しても入院期間が短いので、ある程度外来患者数がないと経営的にやっていけないからである。
地方ではビル診もあるが、普通に内科や歯科のように一戸建ての診療所を建てていることもあるので、このような院長交代は無駄がないと思う。精神科は診療録の継続性というか、記録が残ることは重要である。
そのような視点では、未成年の場合、心療内科精神科クリニックにマイナンバーカードを保険証として使うのは非常にメリットが大きい。受診歴や処方内容までデジタルで保存されるからである。突然の廃院のリスクが多少は避けられる。
昨年、大学の同窓会に出た時、同窓生の子供が既に医師としてバリバリ働いているという話を聴いた。その際、精神科病院の勤務医や心療内科精神科クリニックの医師の子供たちが、しばしば精神科以外の科、例えば外科医や内科医として働いていることを知ったのである。
そもそも勤務医とかクリニックの精神科医は、そこまで子供に医師になることを強制しない。子供が東大や京大を卒業しているが、医師ではないと言うのもある。
これは今では精神科医の思考バイアスではないかと思うようになった。この精神科医の思考バイアスは、患者さんの診察でいわゆる?毒親の話を聴くので、「少なくとも自分はそうなりたくない」という思考から来ているような気がする。これらは以下の記事に記載している。





