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かなざわリージョナルシアター「劇評」ブログ

本ブログは金沢市民芸術村ドラマ工房が2015年度より開催している「かなざわリージョナルシアター」の劇評を掲載しています。
劇評を書くメンバーは関連事業である劇評講座の受講生で、本名または固定ハンドルで投稿します。

この文章は、2021年11月27日(土)19:00開演の劇団浪漫好 -Romance- 『ポケット芝居』についての劇評です。

粗削りだが、不思議な魅力がある。11月27、28日に金沢市民芸術村ドラマ工房で上演された劇団浪漫好 -Romance- 『ポケット芝居』(脚本・演出:高田滉己)は、「冬にはね 数学よりも 物理だね」「小さな嘘からコツコツと」「野口と樋口と諭吉」の3本からなるオムニバス作品だ。いずれもコメディー風を装ってはいるが、笑いを本気で狙っているとは思えなかった。もしかしたら、戯曲の弱さを自覚しているが故に、表面的なドタバタでごまかそうとしたのだろうか。どこか中途半端だった。それにもかかわらず、おそらくこんなことを言いたいんだろうなという作り手の気持ちは何となく伝わって来た。特にシリアスなドラマに挑戦した2本目の「小さな嘘からコツコツと」は、切なさがあり、人を信じるまっすぐさがうかがえた。こんな持ち味をもっと生かしてほしいと願う。

1本目は俳句をテーマにしたコント的な作品。生徒(岡島大輝)の作った俳句があまりにも適当過ぎるので、国語の先生(横川正枝)が呼び出して注意していたところへ、俳句界のスーパースターと呼ばれる男(アレックス秋山)が登場。問題の作品は俳句コンクールの最終選考に残っているが、念のために意図を聞きに来たという。生徒が適当に作ったことを正直に白状すると、男は気に入った様子で最優秀賞に選ぶと宣言する。俳句をもっと崇高な芸術だと信じていた教師はいい加減さに怒りを覚え、そこら中にあった俳句カードを彼に向かって投げつける。男はその中の一枚にふと目を止め、これこそ最優秀賞にしたいと言い出す。それは教師が夏休みに一か月間かけて練った作品だった。状況の変化に当惑しつつも嬉しさを隠せない教師。とは言え、男が去った後、教師は何となくどうでもいいような感じになる。体を張ったドタバタ喜劇でありながら、曖昧な評価基準に頼らざるを得ない芸術文化に対する素朴な不信感をしのばせていた。

2本目はややシリアスなドラマだった。公園のベンチに座ってうなだれる飛鳥(西村優太朗)のそばへ、自ら暇人と名乗る奇妙な女性(山崎真優)が現れた。彼女によれば、言葉には言霊(ことだま)があり、口に出して言ったことは実現するという。したがって、幸福になりたければ、誰かに前向きな嘘をついてみろとけしかける。半信半疑だった男だが、母親に電話をかけて勤め口が見つかりそうだと報告してみると、不思議なことにスーパー店員として就職できた。その調子で彼女ができたら女に紹介するなどと笑っていたが、実際に彼女もできた。しかし、飛鳥が彼女を連れて公園のベンチを通りかかった時、女の姿はもはや見当たらないのだった。

面白い作品だと思った。しかし、最初に通りすがりの男女がいきなり話し始めるのがいかにもご都合主義的で、落ち着かない気持ちにさせられた。暗い顔でベンチにうずくまっているダメ男に進んで声をかけて来る若い女性は、私の経験では新興宗教の伝道以外には考えられない。また、いくら気が滅入っていたとしても、正体不明な女にいきなり話しかけられて、自分の苦境を率直に打ち明ける男がいるだろうか。自然な会話を成り立たせるにはそれなりに準備が必要だ。十分な手続きを踏まず、物語を強引に進めようとすると、見る者に戸惑いと気恥ずかしさを感じさせてしまう。役者陣の演技が素晴らしかっただけに、導入部がもっとリアルで説得力があったなら、スムーズに話の中身へ入って行けただろうにと残念だった。

例えば、こんな始まり方はどうだろうか。最近流行のマッチングアプリに登録し、チャットで適当なことを書き込んでいたら気が合いそうなのでオフラインでも会うことになった男と女。しかし、二人とも恋愛などとは程遠い状態だった。女はもともと詐欺師なのであくまでも暇潰しのつもり。一方の男は無職で母親に嘘をついてまで生活費を騙し取った罪悪感から自暴自棄に陥っている。彼がアポを取ったのは、素敵な女性から振られることでさらに自分を惨めにしたかったからに過ぎず、当日も相手が本当に来るとは思っていなかった。公園で、女はベンチに座っている男を先に発見する。髪はボサボサでシャツも薄汚れ、5mも先から酒の臭いがプンプン漂ってくる。こりゃダメだと帰りかけるが、意外にイケメンな若い男じゃないかと気付き、少しだけからかってやろうと声をかける……。こんな設定なら、二人の間で自然な会話が生まれるのではないだろうか。

3本目は2019年10月から10%になった消費税という(やや遅い)時事ネタに基づいた風刺劇。お札の肖像画になっているお馴染みの人物が登場し、税率がアップしていく様子を擬人化してみせた。最初に出て来たのは一万円札の福沢諭吉(平田渉一郎)と千円札の野口英世(杉山佑介)。福沢は茶系統の和服を着込み、野口はグレーのスーツ姿で鼻の下にはトレードマークのチョビ髭を生やしている。消費税10%ということで、これから二人で一緒に働く機会が多くなるからよろしくみたいなノリで挨拶する。次の場面ではチョビ髭の野口が三人(杉山、岡島大輝、秋山アレックス)に増え、税率が30%に上がったことを表現した。続いて五千円札の樋口一葉(横川正枝)が登場。税率50%だから仕方ないが、福沢はどうも樋口の無遠慮な性格が苦手のようだ。次は再び三人の野口が姿を見せ、税率もようやく30%に下がったのかと福沢はしばしホッとするが、その後から樋口が押し出して来て、税率80%を告げるのだった。消費税の必要性に理解を示すセリフもあったので、単純な政治批判ではなさそうだが、重税がのしかかる庶民の不安を代弁しているようだった。

(以下は更新前の文章です。)

粗削りだが、不思議な魅力がある。11月27、28日に金沢市民芸術村ドラマ工房で上演された劇団浪漫好『ポケット芝居』(脚本・演出:高田滉己)は、「冬にはね 数学よりも 物理だね」「小さな嘘からコツコツと」「野口と樋口と諭吉」の3本からなるオムニバス作品だ。いずれもコメディー風を装ってはいるが、笑いを本気で狙っているとは思えなかった。もしかしたら、戯曲の弱さを自覚しているが故に、表面的なドタバタでごまかそうとしたのだろうか。どこか中途半端だった。それにもかかわらず、おそらくこんなことを言いたいんだろうなという作り手の気持ちは何となく伝わって来た。特にシリアスなドラマに挑戦した2本目の「小さな嘘からコツコツと」は、切なさがあり、人を信じるまっすぐさがうかがえた。こんな持ち味をもっと生かしてほしいと願う。

1本目は俳句をテーマにしたコント的な作品。生徒(岡島大輝)の作った俳句があまりにも適当過ぎるので、国語の先生(横川正枝)が呼び出して注意していたところへ、俳句界のスーパースターと呼ばれる男(アレックス秋山)が登場。問題の作品は俳句コンクールの最終選考に残っているが、念のために意図を聞きに来たという。生徒が適当に作ったことを正直に白状すると、男は気に入った様子で最優秀賞に選ぶと宣言する。俳句をもっと崇高な芸術だと信じていた教師はいい加減さに怒りを覚え、そこら中にあった俳句カードを彼に向かって投げつける。男はその中の一枚にふと目を止め、これこそ最優秀賞にしたいと言い出す。それは教師が夏休みに一か月間かけて練った作品だった。状況の変化に戸惑いつつも嬉しさを隠せない教師。とは言え、男が去った後、教師は何となくどうでもいいような感じになる。体を張ったドタバタ喜劇でありながら、曖昧な評価基準に頼らざるを得ない芸術文化に対する素朴な不信をしのばせていた。

2本目はややシリアスなドラマだった。公園のベンチに座ってうなだれる飛鳥(西村優太朗)のそばへ、自ら暇人と名乗る不思議な女性(山崎真優)が現れた。彼女によれば、言葉には言霊(ことだま)があり、口に出して言ったことは実現するという。したがって、幸福になりたければ、誰かに前向きな嘘をついてみろとけしかける。半信半疑だった男だが、母親に電話をかけて就職が決まりそうだと報告してみると、不思議なことにスーパー店員として就職できた。その調子で彼女ができたら女に紹介するなどと笑っていたが、実際に彼女もできた。しかし、飛鳥が彼女を連れて公園のベンチを通りかかった時、女の姿はもはや見当たらないのだった。

面白い作品だと思った。しかし、最初に通りすがりの男女がいきなり話し始めるのがいかにもご都合主義的で、落ち着かない気持ちにさせられた。暗い顔でベンチにうずくまっているダメ男に進んで声をかけて来る若い女性は、私の経験では新興宗教の伝道以外には考えられない。また、いくら気が滅入っていたとしても、正体不明な女にいきなり話しかけられて、自分の苦境を率直に打ち明ける男がいるだろうか。自然な会話を成り立たせるにはそれなりに準備が必要だ。十分な手続きを踏まず、物語を強引に進めようとすると、見る者に戸惑いと気恥ずかしさを感じさせてしまう。役者陣の演技が素晴らしかっただけに、導入部がもっとリアルで説得力があったなら、スムーズに話の中身へ入って行けただろうにと残念だった。

例えば、こんな始まり方はどうだろうか。最近流行のマッチングアプリに登録し、チャットで適当なことを書き込んでいたら気が合いそうなのでオフラインでも会うことになった男と女。しかし、二人とも恋愛などとは程遠い状態だった。女はもともと詐欺師なのであくまでも暇潰しのつもり。一方の男は無職で母親に嘘をついてまで生活費を騙し取った罪悪感から自暴自棄に陥っている。彼がアポを取ったのは、素敵な女性から振られることでさらに自分を惨めにしたかったからに過ぎず、その約束も当日にはすっかり忘れていた。公園で、女はベンチに座っている男を先に発見する。髪はボサボサでシャツも薄汚れ、5mも先から酒の臭いがプンプン漂ってくる。こりゃダメだと帰りかけるが、意外にイケメンな若い男じゃないかと気付き、少しだけからかってやろうと声をかける……。こんな設定なら、二人の間で自然な会話が生まれるのではないだろうか。

3本目は2019年10月から10%になった消費税という(やや遅い)時事ネタに基づいた風刺劇。お札の肖像画になっているお馴染みの人物が登場し、税率がアップしていく様子を擬人化してみせた。最初に出て来たのは一万円札の福沢諭吉(平田渉一郎)と千円札の野口英世(杉山佑介)。福沢は茶系統の和服を着込み、野口はグレーのスーツ姿で鼻の下にはトレードマークのチョビ髭を生やしている。消費税10%ということで、これから二人で一緒に働く機会が多くなるからよろしくみたいなノリで挨拶する。次の場面ではチョビ髭の野口が三人(杉山、岡島大輝、秋山アレックス)に増え、税率が30%に上がったことを表現した。続いて五千円札の樋口一葉(横川正枝)が登場。税率50%だから仕方ないが、福沢はどうも樋口の無遠慮な性格が苦手のようだ。次は再び三人の野口が姿を見せ、税率もようやく30%に下がったのかと福沢はしばしホッとするが、その後から樋口が押し出して来て、税率80%を告げるのだった。消費税の必要性に理解を示すセリフもあったので、単純な政治批判ではなさそうだが、重税がのしかかる庶民の不安を代弁しているようだった。
#劇評講座2021
この文章は、2021年11月20日(土)19:00開演のフガフガLaboratory第14回研究発表会『マルチダ』についての劇評です。

 女がピンクのバラを持ってビルから飛び降りる。ピンクのバラの名前は「マチルダ」。花言葉は、上品、愛を持つ、私の気持ち……。女には婚約者がいて、その男は、彼女を死に追いやった者たちを突きとめ、その内部組織へと侵入し、壮大な復讐劇を計画する。
 だが、しかし、もし「マチルダ」の花に意味がなかったとしたら。自死ということはもちろん衝撃的なこととしても、その動機や意味を婚約者が勘違いしているとすれば、復讐劇自体が何やら可笑しい喜劇に見えてくる。
 観客に配布された当日パンフレットに記載されたタイトルらしき言葉。周りにはご丁寧にバラの花模様が散りばめられている。劇が始まる前にぼんやりと目を通してさして気にも留めていなかったその言葉は、劇の内容にのめりこむに連れて、すっかり「マチルダ」になってしまっている。だが、芝居のオチが教えてくれたようにそこに書かれていた言葉は似て非なる「マルチダ」。タイトルはマルチ商法の話でもあり、さらに深く言うと意味の無限の複数性の話でもあると最初から教えてくれていたのだ。
 2009年に結成され、福井県で活動するフガフガLaboratoryによる金沢初公演。金沢市民芸術村ドラマ工房のフラットな空間に、書類保管用の段ボールが壁のようにうず高く積み上がる。壁の前には、同じく段ボールを土台にして、6人の登場人物に合わせて6本の放射線を伸ばす星型の舞台。星の先端は個室で、中心は共有スペース。マルチ商法の勧誘者と勧誘される側の被害者が同居する特異なシェアハウスの空間をうまく表していて面白い。
 作・演出のロビン!は、サルトルの「嘔吐」を引き合いに出しながら、「いろんな状況はただ起こっている出来事であり、意味なんてなくて良いじゃないか」とパンフレットに書いている。意味がないというのは否定的に聞こえるかもしれないが、全部無意味と考えれば自由にやれる、それが今回自分の書いた戯曲であると。
 意味がないことをふてぶてしくここまで大胆に宣言されると観客も楽になれる。陳腐で微笑ましくさえもある催眠術のトリックで人が操られ、踊らされている様にも意味はない。外部の世界に何らかの疫病が起こり、外とのつながりが遮断されるというホラーやミステリーにつきものの密室の状況が作り出されることにも深い意味はない。ないない尽くしで、全ての事象はお芝居という狂言であり、本質的な意味なんてさらさらないのだと嗤い飛ばす。
 ある意味、演劇自体も外部との接触を遮断された劇場という密室で起こる集団催眠と言えるかもしれない。そんな演劇に対するメタ批評を軽やかにやってのける、観客をも巻き込んだ壮大な催眠実験に付き合ったのだと思うとなぜか不思議な爽快感が残った。

小峯太郎(劇評講座受講生)

この文章は、2021年11月20日(土)19:00開演のフガフガLaboratory『マルチダ』についての劇評です。

フガフガLaboratoryの作品『マルチダ』(作・演出:ロビン!)が11月20、21日、金沢市民芸術村ドラマ工房で上演された。人々が突然血を吐いて倒れる原因不明の感染症やマルチ商法、催眠術といったテレビのワイドショー的な時事ネタを巧みに織り交ぜながらも、人間が他者とともに生きていく上で避けて通れない「信じること」と「騙すこと」の本質について考えさせる骨太な悲劇となっていた。

段ボール箱が積み上がった地下倉庫の一角に6人が集まり、談笑している。彼らは共同生活を送りながら、スマホやパソコンの画面を通して誰かと会話し、さまざまな勧誘を行っている。バーや健康食品を売る店舗の運営にも携わっているようだ。最近入った新人のうち、宝屋茉莉子(坂本☆ユキ枝)は離婚したばかりで経済的な自立を目指している。もう一人の堂本美里(坂井紗衣)は親からの仕送りにより、このグループに参加するためのノルマである月額15万円を払っている。他のメンバーらは彼女たちが一人前に育つことを見守り、新人たちも皆が応援してくれるから頑張れるという。ここは理想的なユートピアなのだろうか。

彼らの生活は必ずしもバラ色ではなさそうだ。堂本が親から支送りを断られたと先輩の小宮あきら(伊藤梢)に相談するが、慰めてくれるどころか、厳しく叱責され、バイトでもして稼ぐように忠告される。堂本をグループに招き入れたのは小宮だが、彼女は毎月のノルマがきちんと入金されることを何よりも重視しているようだ。ウィキペディアによれば、「会員が新規会員を誘い、その新規会員がさらに別の会員を勧誘する方法によって組織を拡大させ、かつ一定額以上の商品を継続的に購入しなければならない販売形態」はマルチ商法である。斉藤和文(塚町幸憲)は結婚をにおわせることで女性をまるめ込み、ジョー秋川(福田ユキヒロ)は催眠術師として活動している。

そんな中で、メンバー同士のドロドロした人間関係が浮かび上がってくる。このグループを作り上げた首謀者は「師匠」と呼ばれているが、彼は小宮と付き合っていた。ところが、小宮が勧誘した「マリコ」という女性はよほど魅力的だったらしく、師匠と肉体関係になって小宮から奪ってしまった。小宮はそんなマリコが憎くて仕方なかったのか、彼女に売春まがいの行為をさせて稼がせた。やがて彼女は父親が誰かわからない子を妊娠。絶望のあまり、薔薇の花束を抱えて高い建物から身を投げて死んでしまった。

その話に驚いたのが斉藤だった。マリコに誘われてグループに参加した彼は、自らの得意技が結婚詐欺まがいであるにもかかわらず、自分こそマリコの婚約者だと信じていた。マリコの復讐を遂げるため、斉藤はさまざまな小細工を仕掛けて着々と準備を進めてきたが、最後の仕上げとして小宮と秋川と佐山正平(ちゃ〜り〜)に自分は死んでいるという催眠術をかける。3人は死んだようにぐったりと倒れ込み、身動きもしない。その後、斉藤は何もかもどうでも良くなり、一人だけ催眠術が効かなかった堂本に自分を殺してくれという催眠術をかける。その催眠術はやはり堂本には効果がなかったが、その代わり、横にいた佐山に(二重に)かかってしまう。やがて堂本の助言で斉藤は3人の催眠術を解くが、斉藤を殺すという催眠術がまだ残っていた佐山は、いきなり彼に飛びかかって首を絞める。

そもそもマルチ商法とは、各人のかけがえがない魅力である上機嫌や愛想や信頼性などによって築き上げた人間関係を資本として切り売りし、お金に換える商売だ。メンバーたちがグループに入った動機として、経済的な自立に加え、誰も自分を認めてくれないとか、仲間がほしかったなどと言われると、何だか切なくなる。素直に自分を表現しても効果がなく、相手を騙すことによってしか好意や優しさを引き出せないと本気で思っているのだろうか。そもそも現代の人間関係自体がマルチ商法的にしか成り立たなくなっているのではないか、とつい不安になってしまった。

その上、降って湧いたように謎の伝染病が外部で発生。(斉藤によって)通信網も遮断されたことにより、マルチ商法のメンバーたちは地下空間に閉じ込められ、自転車操業の輪を回せない状態に追い込まれた。このことは、世界中に市場経済が浸透した結果、新たなフロンティアを獲得できず、成長が止まってしまった(さらにコロナ禍によって著しく停滞させられた)現代資本主義のメタファーとなっていた。この狭い地下倉庫は、地球全体の縮図と考えられるのだ。資金源となる新たな会員を勧誘できなくなった登場人物たちは、暇を持て余した挙句、お互いを不審な目で見るようになった。隠されていた事実が日常会話の中でほじくり出され、同類同士がまるで共食いでもするかのように憎み合い、殺し合う結末へと突き進んでいく。行き詰まった資本主義社会の中で、マルチ商法でしか生きて行けないと信じ込まされてしまった人間たちの悲劇という気がしてならなかった。

(以下は更新前の文章です。)

フガフガLaboratoryの作品『マルチダ』(作・演出:ロビン!)が11月20、21日、金沢市民芸術村ドラマ工房で上演された。人々が突然血を吐いて倒れる原因不明の感染症やマルチ商法、催眠術といったテレビのワイドショー的な時事ネタを巧みに織り込みながらも、人間が他者とともに生きていく上で避けて通れない「騙すこと」と「信じること」の本質について考えさせる骨太な悲劇となっていた。

段ボール箱が積み上がった地下倉庫の一角に6人が集まり、談笑している。彼らは共同生活を送りつつ、バーや健康食品を売る店舗の運営に携わっている。最近入った新人のうち、宝屋茉莉子(坂本☆ユキ枝)は離婚したばかりで経済的な自立を目指している。もう一人の堂本美里(坂井紗衣)は親からの仕送りにより、このグループに参加するためのノルマである月額15万円を払っている。他のメンバーらは彼女たちが一人前に育つことを見守り、新人たちも皆が応援してくれるから頑張れるという。ここは理想的なユートピアなのだろうか。

彼らの生活は必ずしもバラ色ではなさそうだ。6人はスマホやパソコンの画面を通して誰かと会話し、さまざまな勧誘を行っている。そのうち3人は、ネット越しに喋っていた相手が次々に血を吐いて倒れてしまった。外部で何が起こっているのだろうか。別々の場所にいる3人がほとんど同時に血を吐いたということは、伝染病のようなものがかなり広範囲に流行しているのではないかと一同はパニックになる。一方では、堂本が親からの支送りを断られたと先輩の小宮あきら(伊藤梢)に相談するが、慰めてくれるどころか、厳しく叱責され、バイトでもして稼ぐように忠告される。堂本をグループに招き入れたのは小宮だが、彼女は毎月のノルマがきちんと入金されることを何よりも重視しているようだ。会員が新規会員を誘い、その新規会員がさらに別の会員を勧誘する方法によって組織を拡大させ、かつ一定額以上の商品を継続的に購入しなければならない販売形態はマルチ商法である。斉藤和文(塚町幸憲)は結婚をにおわせることで女性をまるめ込み、ジョー秋川(福田ユキヒロ)は催眠術師として活動している。

そんな中で、メンバー同士のドロドロした人間関係が浮かび上がってくる。このグループを作り上げた首謀者は「師匠」と呼ばれているが、彼は小宮と付き合っていた。ところが、小宮が勧誘した「マリコ」という女性はよほど魅力的だったらしく、師匠と肉体関係になって小宮から奪ってしまった。小宮はそんなマリコが憎くて仕方なかったのか、彼女に売春まがいの行為をさせて稼がせた。やがて彼女は父親が誰かわからない子を妊娠。絶望のあまり、薔薇の花束を抱えて高い建物から身を投げて死んでしまった。

その話に驚いたのが斉藤だった。マリコに誘われてグループに参加した彼は、自らの得意技が結婚詐欺まがいであるにもかかわらず、自分こそマリコの婚約者だと信じていた。マリコの復讐を遂げるため、斉藤は小宮と秋川と佐山正平(ちゃ〜り〜)に自分は死んでいるという催眠術をかける。3人は死んだようにぐったりと倒れ込み、身動きもしない。その後、斉藤は何もかもどうでも良くなり、一人だけ催眠術が効かなかった堂本に自分を殺してくれという催眠術をかける。その催眠術は相変わらず堂本には効果がなかったが、その代わり、横にいた佐山に(二重に)かかってしまう。やがて堂本の助言で斉藤は3人の催眠術を解くが、斉藤を殺すという催眠術がまだ残っていた佐山は、いきなり彼に飛びかかって首を絞める。

この作品では、屋外で謎の感染症が発生して通信網も遮断されてしまった結果、マルチ商法のメンバーたちは資金源となる新たなメンバーを勧誘することができなくなった。このことは、世界中に市場経済が浸透した結果、新たなフロンティアを獲得できず、成長が止まってしまった現代資本主義のメタファーとなっていた。すなわちこの狭い地下倉庫は地球全体の縮図とも考えられるのだ。自転車操業の輪を回せなくなった登場人物たちは、改めてお互いに不審の目を向けるようになり、知らなくてもよかった事実をほじくり出し、まるで共食いでもするかのように殺し合う。

今回の上演を見て感じたのは、そもそも現代の人間関係自体がマルチ商法的にしか成り立たなくなっているのではないか、という不安だった。マルチ商法とは何よりもまず、本来なら人と人の心を繋いでくれるはずの上機嫌や愛想や信頼性など、かけがえのない長所を切り売りしてわずかなお金に換える商売だ。登場人物たちがマルチ商法のグループに入った動機として、経済的な自立に加え、誰も自分を認めてくれないとか、仲間がほしかったなどと言われると、何だか切なくなる。素直に自分を表現しても効果がなく、相手を騙すことによってしか好意や優しさを引き出せないと信じ込んでしまったのだろうか。彼らの心がそのように捻じ曲げられてしまったことこそが最大の悲劇ではないかと考えさせられた。

この文章は、2021年11月20日(土)19:00開演のフガフガLaboratory『マルチダ』についての劇評です。



開演前、セットが組まれたステージ上にモニターが一台置かれていて、動画が流れていた。しばらくして耳に飛び込んできた台詞が「お声掛けしましょう!」だった。思わず顔を上げた。マルチ商法の定番トークだ。フガフガ Laboratory『マルチダ』の予告動画だったのだろうか。作品に対する興味のゲージの針がグンと上がった。マルチ商法のお誘いトークを聞くことを一時期趣味にしていた。話を聞いた団体の数は多くはないが、行きやすい(行っても断りやすい)場所には何回も通った。何かを信じた人びとの集う会場の高揚感が面白くて楽しかった。


作中では独立を目指すという誘い文句で集まったマルチ商法の信者がシェアハウスに住んでいる。マルチではあまり聞かないが宗教では同じ家に住む話はよく聞く。マルチ商法と宗教にはまる人たちは信じてのめりこむという部分が似ていると常々思っていたので、私のツボに入った。マルチの手法の再現はとてもよく作られていて、何度も笑いがこみ上げた。私が趣味にしていた頃と大きく違うのは、オンラインを使うところだ。2名の新人が友人と家族にそれぞれ拒絶され、オンラインを切断されていた。人間関係が破綻するのもマルチ商法あるあるだ。


その後、通信をしていた他の3人の通信相手にほぼ同時に異常が起きた。2人は血を流し死んだように見え、残る一人も急に画面から消えた。程なくして、すべての通信そのものが同時に切れた。オンラインの相手の様子から6人は外で何かが起こっていると、なぜか全員思い込んだ。携帯電話は探しても見つからないか、あっても充電が切れていて、外の様子を知る手段がない。陸の孤島。密室状態だ。ここから住人の一人による復讐が始まる。


マルチ商法を茶化したコメディの部分はとてもよく描かれていたし、後半のミステリー部分もそのテンポを崩さず、ラスト近くまで面白く見ることができた。だが残念なことに種明かしがされた後の説得力のなさはそれまでの良さを崩してしまった。ただでさえトリックは催眠術だったという時点でどうやって納得しようかと頭をめぐらせているところに、いきなりオンラインの相手だった3人が声だけで登場し、結託して死んだふりをするという今や熊相手でも通用するかどうかわからない種あかしを上乗せされたのだ。私には消化できなかった。ラストがうまく受け止め切れなかったことで、作品全体の印象が負の状態で残ってしまった。


そもそも6人はなぜシェアハウスに集まったのか。登場人物の設定を整理してみると、宝屋(坂本☆ユキ枝)と堂本(坂井紗衣)については経済的な状況がわかる。特に宝屋の設定は絶妙だった。冒頭の場面で宝屋から公務員かそれに近い職業の雰囲気を感じていたのだが、彼女の勤務形態はパートだった。小宮(伊藤梢)が彼女のことを専業主婦だったのにプライドが高いと評していて、演ずる坂本がそこまで計算して表現していたのだとしたらすごいと思う。15 万円の手取りの給料で一人暮らしをするために実家から仕送りをしてもらっていたという堂本の設定も、リアリティがあってその暮らしの様子が想像できる。小宮はお誘いをするときの表の顔と、仲間をジャッジしたりお金のことになると声を荒げたりする裏の顔があることがはっきり描写されていた。カワニシマリコへの感情も彼氏を取られて恨んでいると周りから思われていた表の顔だけでなく、堂本が見ていた裏の顔があった。小宮ではなく堂本のセリフで語られたことは自然だったが、小宮自身から複雑な

心理状態が表現されていたら、ラストの斉藤と堂本が小宮について語る場面でもっと重みをもたせられたのではないだろうか。


対して、男性のパーソナル情報は薄い。秋川(福田ユキヒロ)は消息の知らない両親と妹がいて妹の名前はマリコであることと、職業が催眠術師であると具体的な設定があるが、これは自殺したカワニシマリコとの関係をミスリードするためだろう。男女の恋愛のもつれに導くために必要じゃないものは端から省いている。しかし斉藤(塚町幸憲)の人となりについてはもっと情報が欲しかった。男性たちのパーソナル情報が少ないのはラストの意外性につなげるためだったとしたら、確かに意外だった。小宮だけでなく秋川や佐山に対しての殺意に気づかなかったからだ。秋川と佐山も殺そうとしたのはカワニシマリコを自殺に追いやった噂に加担でもしていたのだろうか。具体的に殺したくなった理由をもっとはっきり描いてもよかったのではないかと思う。そもそも、マルチ商法とは人間関係を利用して成り立つ商売形態である。そこに惹かれてしまう人の深層心理も一人一人違うだろう。うまく表現できればもっと面白いものが出来たのではないかと思う。




(以下は更新前の文章です)



開演前、セットが組まれたステージ上にモニターが一台置かれていて、動画が流れていた。ちゃんと見るには少し遠かったので手元の携帯を見ていると耳に飛び込んできた台詞が「お声掛けしましょう!」だった。思わず顔を上げた。マルチ商法の定番トークだ。フガフガ Laboratory『マルチダ』の予告動画だったのだろうか。作品に対する興味のゲージの針がグンと上がった。マルチ商法のお誘いトークを聞くことを一時期趣味にしていた。話を聞いた団体の数は多くはないが、行きやすい(行っても断りやすい)場所には何回も通った。何かを信じた人びとの集う会場の高揚感が面白くて楽しかった。


作中では独立を目指すという誘い文句で集まったマルチ商法の信者がシェアハウスに住んでいる。マルチではあまり聞かないが宗教では同じ家に住む話はよく聞く。マルチ商法と
宗教にはまる人たちは信じてのめりこむという部分が似ていると常々思っていたので、私のツボに入った。シェアハウスにはマルチ商法の商品が入った段ボールが堆く積みあがっている。商品で一部屋埋まっている人は実際にいた。シェアハウスには6人住んでいるので6人分だ。壁が箱で埋まるのもわかる。人を誘うために電話で話すときの言葉の選び方やしゃべり方も、独特で既視感がある。人を誘いやすいように直営のお店(この作品ではバー)があるのも、そこまで再現するのかと笑いがこみ上げた。私が趣味にしていた頃と大きく違うのは、オンラインを使うところだ。2名の新人が友人と家族にそれぞれ拒絶され、オンラインを切断されていた。人間関係が破綻するのもマルチ商法あるあるだ。


その後、通信をしていた他の3人の通信相手にほぼ同時に異常が起きた。2人は血を流し死んだように見え、残る一人も急に画面から消えた。程なくして、すべての通信そのものが同時に切れた。オンラインの相手の様子から6人は外で何かが起こっていると、なぜか全員思い込んだ。携帯電話は探しても見つからないか、あっても充電が切れていて、外の様子を知る手段がない。陸の孤島。密室状態だ。ここから住人の一人による復讐が始まる。

マルチ商法を茶化したコメディの部分はとてもよく描かれていたし、後半のミステリー部分もそのテンポを崩さず、ラスト近くまで面白く見ることができた。ただ種明かしがされた後の説得力のなさはそれまでの良さを崩してしまった。あのバーの設定が、伏線の中で一番座りが悪くて違和感が強い回収がされていたことも残念に思った。そもそも6人はなぜシェアハウスに集まったのか。登場人物を整理してみると、男性のパーソナル情報がとても薄い。秋川(福田ユキヒロ)は消息の知らない両親と妹がいて妹の名前はマリコであることと、職業が催眠術師であると具体的な設定があるが、これは死んだカワニシマリコとの関係をミスリードするためだろう。宝屋(坂本☆ユキ枝)の設定は絶妙だった。冒頭の場面で宝屋から公務員かそれに近い職業の雰囲気を感じていたのだが、彼女の勤務形態はパートだった。小宮(伊藤梢)が彼女のことを専業主婦だったのにプライドが高いと評していて、演ずる坂本がそこまで計算して表現していたのだとしたらすごいと思う。15 万

円の手取りの給料で一人暮らしをするために実家から仕送りをしてもらっていたという堂本(坂井紗衣)の設定も、リアリティがあってその暮らしの様子が想像できる。小宮はお誘いをするときの表の顔と、仲間をジャッジしたりお金のことになると声を荒げたりする裏の顔があることがはっきり描写されていた。カワニシマリコへの感情も彼氏を取られて恨んでいると周りから思われていた表の顔だけでなく、堂本が見ていた裏の顔があった。小宮ではなく堂本のセリフで語られたことは自然だったが、小宮自身から複雑な心理状態が表現されていたらラストの種明かしにもっと重みをもたせられたのではないだろうか。


斉藤(塚町幸憲)の人となりについてももっと情報が欲しかった。男性のパーソナル情報が少ないのはラストの意外性につなげるためだったとしたら、確かに意外性はあった。小宮だけでなく秋川や佐山(ちゃ~り~)に対しての殺意に気づかなかったからだ。斎藤だけでなく秋川と佐山も殺したのはなぜだろう。カワニシマリコに関する噂に加担でもしていたのだろうか。具体的に殺したくなった理由をもっとはっきり描いてもよかったのではないかと思う。マルチ商法を扱った作品だと知ってテンションが上がった私としては、最後までマルチ商法を茶化しきって欲しかった。同時に、もっとじっくり人間を描いた作品を見てみたい気もした。

この文章は、2021年11月20日(土)19:00開演のフガフガLaboratory『マルチダ』についての劇評です。

 「あ、マチルダじゃないんだ」公演案内の立て看板を見ていた人が、そう言葉を発していた。タイトルを読み違えてしまうところから、フガフガLaboratory第14回研究発表会『マルチダ』(作・演出:ロビン!)の企みは始まっている。マチルダではなく、「マルチだ」である。これはマルチ商法を取り上げた話なのだ。しかし、それだけではなかった。マルチで、心理戦で、パンデミックで、ゾンビで、密室でと、そこに入れ込まれている要素が多い。人間ドラマ? 愛憎劇? ミステリー? フガフガLaboratoryはこれらの物事を全て織り込んで、一本の芝居に仕立てあげた。

 会場であるドラマ工房に入ると、壁面にずらりと高く積まれたダンボール箱の山が目に入った。山の中央付近は空けられており、人が通れる出入口となっている。その手前には、床から一段高くなった舞台が作られている。アスタリスク(*)を横にしたような形で、舞台真ん中から6方向に突き出た部分には、それぞれ台形の椅子が置かれている。そして各椅子の下には木箱が入っている。

 登場する6人は、シェアハウスで暮らしている。彼らは、起業するという目的の元に集っているようだ。電話やネットを駆使して誰かを懸命に説得する様子は、どう見てもマルチ商法の手口である。だが、新入りの会社員、堂本美里(坂井紗衣)や、離婚したばかりの女性、室屋茉莉子(坂本☆ユキ枝)は、起業できるという話を信じきっている。堂本を誘った小宮あきら(伊藤梢)や、催眠術師のジョー秋川(福田ユキヒロ)、会社員らしき斉藤和文(塚町幸憲)、何をしているのかわからないがやたらチャラい佐山正平(ちゃ~り~)ら4人は、新入り2人に彼らの本当の狙い、マルチ商法のカモにしたということを悟られないよう、曖昧に取り繕う。
 
 事件は彼らがパソコンを使いネット飲み会の勧誘をしている時に起きた。ネットの先の別々の相手、柿谷(声:みなみりんご)、紺野(声:田村ちぐさ)、飯村(声:こーすけ)が、同じタイミングで血を吐いて倒れたのだ。そしてネットが不通となる。外では何かが起きているのではないか。彼らは調べようとするが、スマホが無くなっている。ネット回線は切られていた。斉藤は、外に出たら死ぬと主張。さらに、外へ出ようとすると、なぜか彼らは不思議な踊りを踊ってしまい、足止めされてしまう。これは催眠術師の秋川の仕業なのか。だとしてもなぜ。地下の部屋に閉じ込められた彼らの間で、少しずつこの事件の真相に近づく会話がなされていく。

 緻密に構成された戯曲である。ラストの種明かしによって、なるほどあれがそうだったのかと気付かされる細かな設定がいくつもあった。伏線はきちんと張られていた。これはミステリーを好む者にすれば高得点を上げられる作品なのかもしれない。筆者にその心得がないことが、この芝居を観終えて、何か気持ちがすっきりしない理由なのだろうか。オチに向かって、それまでのシーンや役者の動きやセリフがオチを構成するためのパーツとして逆に配置されていったような、そんな気がしてしまったのだ。

 最初に、読み違えの話をした。そもそもこの芝居を、マルチ商法に関わる人々の悲喜交々なのだろうと思っていた筆者が読み違えていたのかもしれない。ぱっと見で『マルチダ』をマチルダと読んで、そうだと思い込んでしまうように、人は自分の都合のよいように物事を見る。都合よく受け取ろうとしてみた筆者だが、『マルチダ』の構成の複雑さがそれを拒んだ。あのエピソードも、そのエピソードも、なぜそうなってしまったのか、登場人物達の心情がもっと知りたかった。

 作・演出のロビン!は当日パンフレットに寄せた文章で「その理由にもその態度にも意味なんかありません。あの人は私に冷たい。ただそれだけです」と書く。そこから文章は「他人をコントロールするなんて出来る訳ないし、自分の事すらコントロール出来ません」と書かれ、「全部無意味。それなら自由にやろうぜってことです」と結論付けられる。意味を求めると傷付く。ならば無意味にすればよい。しかしコントロールできない他人は、自分に都合がいいように意味を付けてくる。舞台をコントロールする演出家の意図をうまく掴もうとすることもできるが、演出家の制御の手をすり抜けて、別の意味を見つけることもできる。そこが創作物を世に出すことの恐ろしさでもあるし、面白さでもある。『マルチダ』の世界では、舞台上に登場しない演出家の強い制御力が働いていた。マルチ商法を統率する師匠が、登場人物たちの会話上だけの存在で、姿は見せなかったように。物語から新しい解釈を引き出す隙間がなかったことは、その世界が閉じているという点で残念である。


(以下は更新前の文章です)


 「あ、マチルダじゃないんだ」公演案内の立て看板を見ていた人が、そう言葉を発していた。タイトルを読み違えてしまうところから、フガフガLaboratory第14回研究発表会『マルチダ』(作・演出:ロビン!)の企みは始まっている。マチルダではなく、「マルチだ」である。これはマルチ商法を取り上げた話なのだ。しかし、それだけではなかった。マルチで、心理戦で、パンデミックで、ゾンビで、密室でと、そこに入れ込まれている要素が多い。人間ドラマ? 愛憎劇? ミステリー? なんとまとめたらよいものか。これらの物事を全て織り込んで一本の芝居に仕立てあげた劇団に、まず拍手を送りたい。

 会場であるドラマ工房に入ると、壁面にずらりと高く積まれたダンボール箱の山が目に入った。山の中央付近は空けられており、人が通れる出入口となっている。その手前には、床から一段高くなった舞台が作られている。アスタリスク(*)を横にしたような形で、舞台真ん中から6方向に突き出た部分には、それぞれ台形の椅子が置かれている。そして各椅子の下には木箱が入っている。この舞台の奥には棚に載せたテレビが置かれていて、開演までの間、前説や宣伝などの動画を流していた。テレビと棚がスタッフにより撤去されると、明かりが落ちる。

 登場する6人は、シェアハウスで暮らしている。彼らは、起業するという目的の元に集っているようだ。電話やネットを駆使して誰かを懸命に説得する様子は、どう見てもマルチ商法の手口である。だが、新入りの会社員、堂本美里(坂井紗衣)や、離婚したばかりの女性、室屋茉莉子(坂本☆ユキ枝)は、起業できるという話を信じきっている。堂本を誘った小宮あきら(伊藤梢)や、催眠術師のジョー秋川(福田ユキヒロ)、会社員らしき斉藤和文(塚町幸憲)、何をしているのかわからないがやたらチャラい佐山正平(ちゃ~り~)ら4人は、新入り2人に彼らの本当の狙い、マルチ商法のカモにしたということを悟られないよう、曖昧に取り繕う。
 
 事件は彼らがパソコンを使いネット飲み会の勧誘をしている時に起きた。ネットの先の別々の相手、柿谷(声:みなみりんご)、紺野(声:田村ちぐさ)、飯村(声:こーすけ)が、同じタイミングで血を吐いて倒れたのだ。そしてネットが不通となる。外では何かが起きているのではないか。彼らは調べようとするが、スマホが無くなっている。ネット回線は切られていた。斉藤は、外に出たら死ぬと主張。さらに、外へ出ようとすると、なぜか彼らは不思議な踊りを踊ってしまい、足止めされてしまう。これは催眠術師の秋川の仕業なのか。だとしてもなぜ。地下の部屋に閉じ込められた彼らの間で、少しずつこの事件の真相に近づく会話がなされていく。

 緻密に構成された戯曲である。ラストの種明かしによって、なるほどあれがそうだったのかと気付かされる細かな設定がいくつもあった。伏線はきちんと張られていた。これはミステリーを好む者にすれば高得点を上げられる作品なのかもしれない。筆者にその心得がないことが、この芝居を観終えて、何か気持ちがすっきりしない理由なのだろうか。オチに向かって、それまでのシーンや役者の動きやセリフがオチを構成するためのパーツとして逆に配置されていったような、そんな気がしてしまったのだ。

 最初に、読み違えの話をした。そもそもこの芝居を、マルチ商法に関わる人々の悲喜交々なのだろうと思っていた筆者が読み違えていたのかもしれない。ぱっと見で『マルチダ』をマチルダと読んで、そうだと思い込んでしまうように、人は自分の都合のよいように物事を見る。都合よく受け取ろうとしてみた筆者だが、『マルチダ』の構成の複雑さがそれを拒んだ。あのエピソードも、そのエピソードも、なぜそうなってしまったのか、登場人物達の心情がもっと知りたかった。

 作・演出のロビン!は当日パンフレットに寄せた文章で「あの人が私に冷たいのには理由があると思いたかったり。(略)だけど、その理由にもその態度にも意味なんかありません。あの人は私に冷たい。ただそれだけです」と書く。作家にも意味を求める気持ちはある。しかしそこから文章は「世の中は思い通りにならないことばかりなんですよ。そういうものなんです。他人をコントロールするなんて出来る訳ないし、自分の事すらコントロール出来ません」と書かれ、「全部無意味。それなら自由にやろうぜってことです」と結論付けられる。

 意味を求めると傷付く。ならば無意味にすればよい。しかしコントロールできない他人は、自分に都合がいいように意味を付けてくる。舞台をコントロールする演出家の意図をうまく掴もうとすることもできるが、演出家の制御の手をすり抜けて、別の意味を見つけることもできる。そこが創作物を世に出すことの恐ろしさでもあるし、面白さでもある。しかし筆者が『マルチダ』のあれ、実はああでこうでそうだったのでは? なんて考えている状態は、演出家のコントロール下に置かれてしまっているのだろうか?