楽しむ能力を育てる魔法の言葉 -24ページ目

本当は すべてが そろっていることこそ 「不自由なこと」なのかもしれません★★



『耳をふさいでみる』



そうすると 本当のことがわかります。



よーく周りを見てみる。



そこには、「ことば」がありません。



綺麗に飾られたことば もなければ 批判的なことばもありません。



見えるのは 「その人が 今 なにをしようとしているか」だけです。



そこには ことばでなく『その人の姿勢』という本当の姿が見えてくるのです。








『目を閉じてみる』



そうすると 本当のことがわかります。



そこには 「すがた」がありません。



耳を澄ませば 外見や形ではなく 本当のその人の『こころの姿』が見えてくるのです。







『口を閉じてみる』



そうすると 本当のことがわかります。



そこには 「じぶん」がありません。



じぶんをなくしてしまうと 相手が『本当に伝えたかったこと』が見えてくるのです。











耳がきこえにくい友達もいます。



目が見えにくい友達もいます。



しゃべることができない友達もいます。







みんなは それを「不自由」といいます。







それは まったく反対なのです。






それは 神様にひとつ 自分のからだを 返したことで



「こころの目」を頂いたからなのです。



だから ほんとうのことが 見えるのです。








事故や病気で 自分のからだの一部を なくしてしまった友達もいます。



でも それは 神様に ひとつ 自分のからだを 返したのです。



そして その代わりに 「こころの目」を頂いたのです。








本当は すべてが そろっていることこそ 「不自由なこと」なのかもしれません。








すべてが そろっている僕らが こころの目を頂く方法







それは 「他人の身になること」です。







「その人の身になって考えること」






これが たったひとつの「こころの目」を頂く方法なのです。





                         (げんき)




「帰りの会」が しっかりできるクラスのこどもたちは 成功する確率が高くなるのです。


「帰りの会」が しっかりできるクラスのこどもたちは 成功する確率が高くなるのです。






僕は、時々 小学校の授業を見学させてもらうことがあるのですが




できるかぎり 最初から下校まで 一通り こどもたちと一緒にいるようにしています。




授業の様子を拝見させてもらったり 一緒に 給食をたべたり


お昼休みに遊んだり  そして帰りの会のあと 集団下校する こどもたちを見送ります。







僕が この学校生活の中で もっとも重視しているもの








それは 「帰りの会」なのです。






帰りの会は 先生によって中身は ずいぶん違います。




明日のことを説明して とにかく 早く帰る段取りをする先生もいれば



一日の振り返りをしっかりさせる先生もいらっしゃいます。






「今日あった出来事を振り返ること」




「うまくできたこと  もっとこうしたらよかった」と振り返ること




これは 何よりも重要なことなのです。







PLAN  DO  SEE  という流れの中で



PLAN(計画)し、とりあえず DO(やってみる)人は たくさんいますが




SEE(振り返ってみること)を実行する人は そのうちの10%と言われています。



そして なにより この10%の人たちは すべて成功しています。









「きょう ぼくは 『さかあがり』ができたのが うれしかったです」



「きょう そうじとうばんの ときに あそんでしなかったので あしたから やります」



「きゅうしょくとうばん のとき もうすこし ていねいに くばるよう がんばります」







帰りの会での1日の振り返り




この習慣は きっと 大人になったときに 彼ら そして彼女たちを 支えてくれるはずです。








「今日あったことを 振り返ってみる」



そして 明日につなげてみると



目に見える形で 自分の変化があらわれてきます。






仕事帰りに 自分だけの「帰りの会」



やってみませんか?



                            


                              (げんき)








イライラさせられたら  おおいに喜びましょう★★


イライラさせられたら  おおいに喜びましょう




こどもたちから イライラさせられることがあります。



急いでいる時に ぐずぐずしたり 言うことをきかずに暴れたり泣いたり。



そんな時には 少し思い出してみましょう。




実は それは、神様の作戦なのです。



こどもは 急速に大人へ成長するようにプログラムされています。



こどもの成長がどんどん分かりはじめると嬉しい反面 少し淋しくなってきます。




そこで 成長をわかりにくくするために 神様は、イライラさせる方法を選びました。



実は イライラさせることは 「成長の証」つまり 大人へ一歩進んだ証拠なのです。



「どうして言うこときかないの!」は 本当は、「また一つ大人になったんだね」なのです。





大人の世界でも そうです。



旦那さんや会社の上司、近所の人など 



もしかすると 誰かが あなたを イライラさせているかもしれません。



そのときにも 思い出してください。





その人もまた 今「成長している」のです。





だからこそ 温かくみつめながら



「今 この人は 成長しているんだ」 



そう思ってあげることが大切なのです。








でも 忘れないでください。




 それは



一番 成長しているのは  あなた自身なのです。




                      (げんき)




泣きたくなったとき  すでに 神様の手助けは 始まっているのです★★

こどもたちが泣くのは 神様の近くにいるからです。




こどもたちは よく泣きます。

本当に 小さなことでも・・・

あんまり泣きすぎると 大人は 大変かもしれませんが

少しだけ 捉え方を変えてみることも大切です。



「泣くこと」  それは 神様の近くにいる証拠なのです。



人が生まれてくるとき

最初に おぎゃーという産声と共に泣き始めます。

神様から離れた瞬間です。




そして 人が この世界から離れていくとき

周りの人たちの温かい 涙に包まれて 天へと向かっていきます。


神様のもとへ 送り出す 涙

そして ありがとうの涙です。




「泣くということ」は とても神聖な行為なのです。



そして 泣いているとき

それは 神様が 近くにいる瞬間です。



合格発表で見せる 涙も

オリンピックで金メダルをとったときの 涙


とても 神聖な場所にいる瞬間     神様がそばにいる瞬間なのです。




悲しくて 泣くとき 悔しくて泣くとき

その時も  神様が近くにいる瞬間なのです。




こどもたちが 泣くのは

それは まだ 神様に近い存在であるという証拠なのです。



歳をとると 涙もろくなるのも

それは 少しづつ 神様へと 近づいている証拠です。



思い切り 泣いてみること

とても 大切なことです。


その時 間違いなく あなたの後ろには 神様が 必ずいます。





「泣きたくなるほどつらいとき」

実は、もう神様の手助けは はじまっているのです。




                             (げんき)

僕も 今日から 『美人』 を目指します★★

今 ウオーキングから帰ってきました。






今日は、朝から美人に会いました。




すごく美しい人で 電撃的な速さで現れました。


大きな道の歩道を車イスの方が 通っていました。


その方は、一瞬 横断歩道とその反対側の道を見たのです。


車イスの方と横断歩道は、まだ少し距離がありました。


その美人は、その車イスの方の目線から 一瞬のうちに判断しました。さりげなく横断歩道の



横の 信号ボタンを押して


すーっとまた歩きはじめました。




車イスの方が横断歩道に着いた時には見事に 信号は、青になっていました。




その美人の素早い判断とさりげない小さな優しさには、


本当に驚きました。






その美人は、50代後半の男性でした。




美しい女性は、美女です。



美しい男性は 美男子です。






でも美しい人は、 男女、年齢関係なくいます。


僕も そんな「美人」になりたい。




                       (げんき)