私は毎朝、BSテレ東(BSテレビ東京:日本経済新聞社の持ち株比率=32.62%)の『モーサテ』を見て、最新の経済ニュースを一応チェックすることに努めていますが、昨日に出演した経済ジャーナリスト(大手証券会社研究所研究員)は、「日本は日本の特徴を活かして経済成長を図るべきだ。日本の特徴は円が安いということだ」と発言し、円安という状況を最大限に活かして経済回復を図るべきだと主張しています。
「またか!?」、という暗いショックに襲われています。
日本の経済学者や経済ジャーナリストたちは、長年「円安で日本経済は成長する」と言い、第2次安倍内閣が黒田日銀と協働して円安政策を進めたことを評価してきました。良識ある経済学者たちは、「円安は日本経済を弱めるだけだ」と警鐘を鳴らしてきましたが(例えば、野口悠紀雄著『円安待望論の罠』〈2016年〉。私も、円安政策には強く反対し続けてきました)、日本は国を挙げてその主張を抑え込んできました。
それが今年(2022年)に入って急激な円安が進み、輸入物価が高騰し始めると、「今回は『悪い円安だ』」と突然これまでの論調を翻して、円安が日本経済に悪影響を与えると主張し始めたのです。節操のなさにも、ほどがあるだろうと言いたいところです。
しかし、円安が容易に改まることがないと知れると、今回また、「円安を活かせ!」と再度主張を変え始めているのです。「節操のなさ(-)」を2乗すると「節操あり(+)」に戻るとでもいうのでしょうか?
「異次元の金融緩和」を行って「円安」を誘導すれば、「デフレから脱却できて経済は成長し始める」と2000年代末から2010年代初頭にかけていわゆる「リフレ派」の学者たちが大騒ぎし、その論を容れた安倍晋三が内閣をつくり、リフレ派のリーダー格の学者(岩田規久男)を日銀副総裁に据えて際限のないマネタリーベース、円の発行残高、の拡大を行った結果、急速に円安が進んだのですが、しかし、一向にデフレは収まらず、経済もまったく成長しなかったのは、すでに多くの日本人が知ることとなっています。
「円安にしたが、経済成長はしなかった」のですが、さらに円安が進むと、改めて「円安状態を活かした経済成長を図れ」というのですから、支離滅裂というほかありません。それが、日経新聞が看板とする経済専門番組での日本を代表する証券会社の研究員の主張であるというのは、「日本はそういう国であったのだ」ということを改めて認識するということにしかなりません。
同じく昨日の日経新聞には、『LNG船、中韓が増産攻勢』と題する記事が書かれ、韓国と中国がLNG船(液化天然ガス運搬船)の建造競争に邁進しているが、「日本勢の存在感は薄い」と報道しています。
このことをもう少し掘り込んで調べてみると、「円安」が日本の造成業の維持、発展に貢献しなかったばかりか、円安になっても日本の造船業は後退を続けた、ということがわかってきましたので、今日このことを報告したいと思います。
世界の造船業は、日本、韓国、中国の3国による寡占体制にあります。日本はかつて世界の造船量の半分以上を占めたこともあるのですが、2000年代に入って世界1位の座を先ず韓国に奪われ、そして2010年代に入って中国が躍進すると世界3位の地位にまで落ちています(竣工トン数ベース。下のグラフを参照ください)。2021年の日本の世界シェアは17.6%と2割を切るまでに小さくなっています。
出典:UNCTAD(国連貿易開発会議)が示すデータを素に作成。
下に示すのが、日本の造船会社の総売上高(2020年基準実質円ベース)の推移ですが、日本の造船会社の売上高は1990年代に1~1.5兆円であったものが(但し、新造船と改修・修繕船を含む)2000年代半ばにアジア新興国の急速な発展による影響を受けて2009年には2.5兆円をうわまわるほどに成長した後、2008年のリーマンショックに端を発した世界的景気後退期に一転して激減して年1.5兆円水準にまで落ちて、一旦留まるように見えたものの、2010年代半ば以降に再び急速な減少を始めています(下のグラフを参照ください)。
出典:日本造船工業会の示す会員企業の総売上高データを素に作成。
改めて、造船会社の業績と円/ドル為替レートの変化がどの様に関連しているのかを見るために作成したのが、下のグラフです。
出典:筆者作成。
こうして見ると、2009年以降はリーマンショックに端を発した世界的景気後退期に円高が進んだときに売上高は急速に減っているのですが、しかし、2013年に入って以降急速に円安が進んでいたのに、日本の造船量(竣工トン数)も売上高もまったく増加に転じず、むしろ減り続けたのです。
この間、円ベースでの単価(売上高/竣工トン数)はおおよそ一定値を保っているので、ドルベースではこの間日本の船の単価は急速に安くなったはずなのですが、それでも円安が日本の造船業を救うということにはなりませんでした。
では、いったいどうしてこのようなことになったのか?
その理由を示唆する一つのデータがあります。それは、船舶の中でも特に高度な建造技術を要するLNG(液化天然ガス)運搬船の建造量(受注隻数)の推移についてのものです(下のグラフを参照ください)。
出典:日経新聞昨日付記事に示されたデータを素に作成。原典:イギリスのクラークソン・リサーチ。
韓国が世界全体の9割近くのシェアをもち、そこにわずかに中国が攻め込んでいるという状況です。そして日本は2016年以降、受注に成功していません。これは、日本の造船会社が韓国の造船会社の技術発展にまったく追いつけず、コスト面で太刀打ちできないためだ、と説明されています。中国は韓国に何とか追いつこうとしているのですが、未だに成功していません。
LNG運搬船
【画像出展:Wikipedia File:Methanier aspher LNGRIVERS. jpg、Author: Pline】
韓国も日本と同様に鉄鉱などの素材の供給に恵まれておらず、鉄鋼の生産量でも日本に大きく劣っている(韓国:67.1百万トン、日本:83.2百万トン)ので、日本が韓国に較べて高性能船の建造量で劣っているのは、建造技術の発展に置いて韓国に追随できず、コスト面で立ち遅れているということが理由なのだ、と結論付けざるを得ません。
件〈くだん〉の経済ジャーナリストは、「円安を活かす」分野として国際観光業の振興をも挙げています。いわゆる「インバウンド需要」の取り込みです。
しかし、日本の観光業を支える宿泊業は、長時間・低賃金労働に甘んじる労働者によってかろうじて支えられている状況です。
宿泊業に従事する労働者の非正規雇用率は53.8%であり、製造業の25.3%の倍以上であり、全産業平均の37.1%の1.5倍近くにです(下のグラフを参照ください)。
出典:『2002年版観光白書』に示されたデータを素に作成。
そして宿泊業の月平均就業時間は142時間と、製造業の122時間、さらには飲食店の120時間をも大きく上回っています。宿泊業に携わる労働者の多くは、深夜、早朝の時間帯に働かざるを得ない状況ですが、その上に長時間労働でもあるのです。
出典:同上。
その上で、年間賃金は360万円ほどでしかありません(下のグラフを参照ください)。
出典:同上。
雇用が安定せず、深夜・早朝を含む長時間労働で、かつ賃金が安い、というのが宿泊業が実現している雇用環境です。日本の悪い雇用状況を一番典型的に表しているものの一つが、日本の宿泊業です。
「円安を活かす」ために「インバウンド需要を取り込む」というのは、このような劣悪な宿泊業の実態を維持し、あるいは拡大する、という一面をもつことに真剣な目を向けることが必要です。
件の経済ジャーナリストが言うところの「円安という日本の特徴を活かす経済活性化策」は、製造業においては産業の構造改革なくして短期間中に追求できるというものではなく、宿泊業については日本の労働環境の悪化をさらに進める、ということにしかなりません。
日本経済を救う唯一の方策は、「円高」でも生き残り続けるられる最先端技術を活用した未来型産業を開発・発展させ、「円高」を実現して日本人の生活環境をよくするということでしかない、ということを今一度確認するべきです。そして、そのことが期待できる分野に計画的に集中して財政資源を投入するべきです。
そしてその効果が発揮できるよう、日本の教育を含む労働・経済市場構造改革に今すぐにでも取りかかるべきなのだ、という認識を若い日本人たちはめげずにもち続けることです。その様な人に対する情報支援を、私はこのブログを通じて行い続けます。
繰り返しになりますが、「円安を活かす」と唱えながら「円安論の罠」に再び落ちることがあっては、決してなりません。