一昨日(2022年11月23日)、衛星フジテレビの報道番組『プライムニュース』(キャスター:反町理フジテレビ報道局解説委員長)の『次世代半導体』と題する番組に、3ヶ月前の8月10日に設立された次世代半導体の製造を目的とするRapidus㈱(ラピダス)の社長に就任した小池淳義が自民党政調会長の萩生田光一と経産省の設置したデジタル戦略検討会議のメンバーである東京理科大教授の若林秀樹とともに出演し、Rapidusの設立目的や今後の事業計画について詳しく説明しました。
今回は、小池社長の発言からRapidusが実際に次世代型半導体の生産・販売に成功する見込みがあるか、について、当面の私の理解について話したいと思います。
ここでいうところの「次世代半導体」というのは、データの記録を目的とするメモリ用半導体ではなく、スマホやその他機器の動作を支配するCPU(central processing unit:演算用半導体)を動作するロジック半導体(論理素子)で、電子回線の幅が2ナノ(=10億分の1メートル、または、100万分の1ミリメートル)でつくられているものを言います。回路幅が小さくなれば、その分演算速度が速くなり、同時に消費電力が小さくなるので、CPUの動作性能を格段に向上させることができます。
現在、日本の半導体メーカーが一般に実現している電子回路幅は40~50ナノであり、そして世界を先導する演算用半導体の最大ファンドリー(設計は行わずに完成半導体の需要者から設計図を受け取って受託生産する企業)である台湾のTSMC(Taiwan Semiconductor Manufacturing Company, LTD:台湾積体電路製造)が実現している最先端半導体の電子回路幅は3ナノであり、アメリカのアリゾナ州に建設する新工場で生産する計画を既に公表しています。
一方、TSMCが熊本に建設する工場で生産する予定の半導体の電子回路幅は22~28ナノであり、現在日本のメーカーが国内で生産する半導体よりは高水準のものとなっていますが、「先端型ではあるが最先端型ではない」と言われています(なお、萩生田自民党政調会長は番組中に、TSMCは先端型以上の半導体を製造する意思を既に示していると発言していますが、詳細は不明です)。
TSMCは、3ナノの電子回路幅の製造技術を確立してうえで、現在は2ナノの電子回路幅の半導体製造技術を研究・開発する段階にあります。Rapidusの公表した目論見は、今から5年間でTSMCに追いつくほどの微細電子回路幅をもった最先端半導体技術を成功させるという、「野心的」なものです。TSMCが3ナノから2ナノに向けての技術開発を進めている一方で、現在は40ナノの製造技術しかもたない日本の半導体製造メーカーが共同出資した会社でいきなり2ナノの半導体製造を目指す、という点で、「野心的」なのだ、というのが私の理解です。
さて、新社長に就いた小池淳義は、早稲田大学理工学部を卒業後に日立に入社し、半導体グループ生産統括本部長を務めた後、日立の100%子会社として2003年に設立された300㎜ウエハーを製造するトレセンティテクノロジーの社長に就任しています。小池はこのとき、当時の日本業界の常識に反して垂直統合型(1社で設計から製造まで一貫して行う)から水平統合型(複数の異なった企業が半導体の違った工程を担当し、それらを積み上げて1つの半導体をつくりあげる)に移行すべきだと考えて、トレセンティを立ち上げたと説明しています。
ただベンチャーの起業が難しい日本では、トレセンティは日立1社による100%出資となっており、親会社から独立した完全に「公平な」立場を実現できなかったところには、少し残念なところがあります。しかし、新たな発想で向かったところは大きく評価されるべきでしょう。
小池社長はその後2018年にアメリカのウエスタンデジタルの日本法人社長として東芝を分社化してつくられたフラッシュメモリ製造メーカーのキオクシアと協働してフラッシュメモリの製造に携わったと説明しています。下に、東芝半導体部門→キオクシアとウエスタンデジタルの売上高の推移をグラフにして示しています。ただし、東芝半導体部門→キオクシアの売上高は2000年代以降実質円安が進んでいたことを勘案すれば実質ドルベースでの販売高は減少しており、2001年にその販売高が世界第2位であったものが、2021年には世界第12位にまで落ちています。
出典:東芝半導体部門→キオクシアについてはポジテンの、ウエスタンデジタルについてはdeallbの示すデータを素に作成。
そのような経歴をもつ小池社長の率いるRapidusが、今後5年のうちに世界の先頭を走るTSMCと同等の次世代半導体製産を実現できるのか、というのが今回私が提起した質問です。
萩生田自民党政調会長と小池社長は番組中で、今回は経済安全保障の観点からアメリカと手が組めることになり、そのことによってアメリカがもっている技術を手に入れることができれば(TSMCに)キャッチアップできるという絵が描けてきたので、Rapidusが設立され、政府支援がなされることになったと話していますが、アメリカが2ナノの半導体製造について具体にどのような技術をもち、そしてそれをいかなる条件でRapidusに開示しようとしているかについての見通しについては、説明されていません。
現在、最先端半導体の製造技術を独占的にもつのは、TSMCであり、その微細な回路をウエハーに焼き付けるEUV露光装置は(ニコンとの技術開発競争に勝った)オランダのASMLが世界独占しており、TSMCの最先端半導体はこれら2社の協働により実現しています。それらの技術をTSMCやASMLが他社に開示することはあり得ません。TSMCは最先端半導体をアメリカに新たにつくり工場で生産しようとしていますが、しかしその製造技術が半導体による対中国安全保障政策を追求するアメリカ政府経由で日本のRapidusにもたらせれる可能性は、まず考えられません。
アメリカのバイデン政権は巨額の予算(500億ドル≒7兆円)を計上して半導体業界支援に取り組む構えでありますが、しかし今まで専ら私企業の自己努力によって開発されてきた最先端半導体関連技術を今後連邦政府主導によって最先端技術を官民共同開発することそう容易ではないように私には思えますし、また成功したとして、その成果が日本を含む同盟国の企業に開示されることがあり得るのか、という疑問もあります。
例えばアメリカの最先端宇宙技術開発はNASAの予算を利用しつつも宇宙ベンチャーであるイーロン・マスクの起業したスペースX社が他を大きくリードして行っていますが、そこで得られた先端宇宙開発技術はは他社が利用できるものとはなっていません。
アメリカと組めばアメリカから技術の提供を受けてRapidusはTSMCと同等の最先端半導体をつくれる、という説明について、アメリカがもっているのはロジック半導体の設計技術と一部の先端半導体製造装置の開発・製造技術で、最先端半導体製造技術そのものではないだろう、というのが私の理解です。ただ、この点については2人の説明の根拠となる私の知らないアメリカの最先端技術があるのか、よく調べてみる必要は残されていることについては白状しておきます。
小池社長は工場の開発について一つたいへん興味深い発言をしています。工場は水やエネルギー供給が円滑にできるということよりは(「九州シリコンアイランド」はそのような地理的特徴を活かして実現された、とかつて説明されたことがありました)、みんなが働きたいと考える快適な居住空間があり、そこに大学もあるところがいい、というのです。これは、スタンフォード大学を拠点校としたシリコンバレー開発の発想を日本でも実現する、という趣旨でしょう。
それは実現できれば、まことに結構なことで、私が今まで強く願ってきたところです。今その実現方策について、私なりの提案ができないか、懸命に思索しているところです。
人材の確保策について小池社長は、一つには台湾や韓国に渡った日本の技術者シニアを呼び戻す(台湾や韓国の半導体技術開発に関わった日本人が多くいる、と小池社長は説明しています)、あるいは革新的なアイデアをもつものの今は日本企業の中に埋もれている中年の日本人技術者を探し出してリクルートする、そして有能な新卒者を雇って社内で育てることによってできる、と説明しています。
しかし、例えば明治維新の時にそうであったように、外国人技術者を高報酬で雇うことを考えたらどうかと水を向けられた小池社長は、「大切なのはお金じゃなくて、チャレンジしたいという技術者の夢を叶える場所を提供することだ」と説明し、有能な研究・開発技術者をグローバルな労働市場から得ることについては消極的な姿勢を見せています。
結局のところ、小池社長は先端的半導体技術者の雇用と育成について、日本の大企業のもつ伝統的な終身雇用態勢を維持することを前提として考えている、と私には感じられます。
そしてそのことは、日本の終身雇用制こそが日本の30年間に及ぶ経済停滞→後退の根本的な原因だという私の考えに、最も沿わない部分です。
つまり、高い流動性をもった労働市場の存在を前提としたベンチャーによる最先端技術・製品の開発という方途を日本の半導体業界は今後もとることはないとの宣言がなされたように聞こえてしまったのですが、それは私の勘違いでしょうか?
以上が、一昨日のテレビ番組での小池社長の発言から私が読み取ったところです。しかし、多くの構想・計画の部分はただ1回のテレビ出演での発言から読み切ることはできるはずもなく、今直ちにRapidusの成否を断定的に予見することはできません。
また、日本企業が最先端半導体を開発・生産・販売することに成功することは、私がおおいに期待しているところです。ただ、私がそれを実現できると考える道筋としては、今回のRapidus創設の方向とは少し違ってはいるようです。しばらくの間、Rapidusの発展の経緯を私なりに見守っていきます。