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1988年4月14日ーユーゴスラビア・アフガニスタンの雪の感じ方ー

「鷲のように飛んできて、皇帝のように落ちてきて、

犬のように、みじめな死に方をする」


「矢のように来て、王様のように座り、乞食(こじき)の

ように追い出される」


どちらも「なぞなぞ」。

じゃあ、何のことを言っているのだろう。

雪が突然やってきて、猛威をふるい、そして、

溶けて行く様をいったものだ。


前の方はユーゴスラビア、後の方は

アフガニスタンのもの。


それぞれの国特有の雪に対する感じ方が

あって面白いが、雪の積もった姿を皇帝や

王様、そして、泥にまみれて消える寸前の雪を、

みじめに見ているところは同じだ。


いま、北国の川は水かさが増して冷たい。

みじめな雪が溶けて流れ始めたからだ。

川の水になってしまうと美しい。

なぞなぞも、そこまでは表現していないね。

雪がかわいそうだと思う。

1988年4月13日ー珈琲は可否だったー

コーヒーのことを漢字で「珈琲」と書く。

しかし、むかしは、少し違った。


「可否」(コーヒー)


日本の喫茶店の第一号は、明治21年の4月13日に、

東京・下谷西黒門町、いまの上野1丁目に店開きした。

その名が「可否茶館」だ。

店を開いたのは、アメリカ帰りの中国人の鄭永慶という人。

1階にビリヤード(玉突き)、2階が喫茶室だった。

コーヒーは1杯が1銭5厘、ミルク入りが2銭。

いまでいうと100円ぐらいかな。

しかし、長続きはせず、すぐ、店は閉められたらしい。


上野の近くに東京大学があったので、むかしから、

外国ものは、あの辺で始まっている。

いまは、六本木かな。

1988年4月11日ー地球誕生の時期は放射能がカギー

この宇宙が誕生したのは、いまから、約150億年前。

そして、地球は、それより約105億年後の

45億年前に生まれたというのが、これまで科学者

が考えていた、いわゆる“定説”だ。

だが、これを根本的にひっくり返してしまいそうな

新発見があった。

アフリカのザイールから産出されたダイヤモンドを

調べたところ、60億年前にできたものだとわかったからだ。

物質に含まれている放射能の量を測ると、年代は

非常に正確にわかる。

それを利用して小島という東大教授が最近発見した。

これが本当だと地球は60億歳以上ということになる。

地球の歴史もすべて書き変えなくてはならなくなるかも

しれない。ひょっとすると地球より古い星から飛んで

来たのだろうか。

面白くなってきた。

1988年4月9日ー瀬戸大橋開通ー

中学、毎日、楽しそうだね。

○○○ちゃんが、生き生きしているのを

見ていると、こちらも、嬉しくなってくる。

でも、2日間は、少し、会えない。

きょうから、岡山に行くからだ。


10日の瀬戸大橋の開通式に出席してくる。

先月の13日の青函トンネルが開通して、

北海道と本州がつながった。

今度は本州と四国が結ばれる。

すでに九州と本州は関門トンネルと橋とで

連絡されているから、これで日本の4つの

島は1本のレールで、すべてつながる。

日本列島ならぬ“1本列島”だ。


本州と四国に橋をかけることは四国の人たちの

長年の夢だった。

昭和30年に連絡船、紫雲丸(しうんまる)が衝突、

沈没。修学旅行生ら168人が死んだのがキッカケで、

ついに実現したものだ。

明石と尾道にも橋ができる。


では、日曜には、新聞を頼むよ。


1988年4月8日ー極点の“一番乗り”ー

南極も北極も19世紀ごろから、探検が始まり、

特に、極点の“一番乗り”は、熾烈をきわめた。

南極点に最初に到達したのは、ノルウェーのアムンゼン。

1911年(大正元年)12月14日だった。

翌年の1月17日にイギリスのスコット隊が到着したとき、

すでにアムンゼンが来たのを知ってがっかり、

しかも帰りに凍死したのは有名だね。


北極点の“一番乗り”はアメリカのベアリー。

南極より少し早い1909年(明治42年)4月6日。

ところが、これにも、先着争いがる。

やはり、アメリカのクックが前年の4月21日に

北極点に達した、と言い張ったからだ。

けれども、今では、ベアリーの北極点の方が

正確な位置だといわれている。




【関連記事】

1988年1月28日ー日本で初めて南極探検に挑戦した白瀬中尉ー

1988年1月29日ー昭和32年永田隊長らが「昭和基地」と名付けるー

1988年4月7日ーいよいよ中学生ー

いよいよ中学生だね。

おめでとう。


春休み中は、ディズニーランドに2回も行き、

プラハでバイキングを、○○さんとはニコラスへ、

○○さんには、ウォークマンを買ってもらい、

食事もいっしょにした。

小学生の最後の日々を、心ゆくまで楽しんだろう。


お父様が中学生になったのは昭和15年。

「皇紀2600年」の年だった。

当時は神武天皇が即位して2600年。

キリスト誕生より660年も古いといばっていたものだ。

翌年にアメリカと戦争を始める。


兵隊になるために、中学から軍事教練をやらされたものだ。

でも中学生になれたのは、同じ年頃の子供の約2,3割ほど。

戦後は全員が行けるようになった。

受験地獄といわれても、平和に勉強できることは幸せだ。

がんばれ!

1988年4月6日ーシベリア出兵ー

70年前の4月5日。

この日に何があったかを知っている人は

まずいない。


前年の大正6年(1917年)11月(?)

ロシアの革命が成功、王様(皇帝)にかわって、

労働者(働いている人)が政治をおこなうようになった。

以来、ソビエト連邦となる。


これに対して、ほかの国々が困った。

自分の国にも革命がおこったら大変だからだ。

このため、アメリカやヨーロッパの国々が

ロシアに兵を出して、新しい国をつぶそうとした。

それにならって日本軍がシベリアのウラジオストック

に上陸したのがこの日。

「シベリア出兵」という。

日本軍は全滅したりしたが、ロシア軍も民衆も、

ずい分殺した。これも歴史の汚点。

ロシアの人々はまだうらみを持っている。

1988年4月5日ー寿命ー

医学が、ものすごく進歩し、長寿の

科学が発達したら、人間は、一体、

何歳まで生きられるのだろう。


女2400歳

男800歳


これが、現在、出されている“予言”のなかで、

最も長い寿命だ。


人間は、年をとるごとに、細胞の中で、

間違った化学反応を起こす機会が増える。

それが寿命を縮めている。

これを予防し、化学反応の間違いをなおしてやると、

これだけ長生きするはずだという。


女だと、キリストより412年も前に生まれた人が、

ことしになって、やっと寿命つきる計算だ。

おかしいのは、男の寿命が女の三分の一しかないこと。

これは、男は女にくらべ、事故にあうことが多いからだそうだ。

1988年4月4日ー清明ー

4日は「清明(せいめい)」。

暦のうえの名前だ。

春になり、空気が、清く明らかになるから

そういわれる。


ドイツの有名な作家(文豪といった方が

ふさわしい)にゲーテという人がいる。

1833年の3月22日に82歳でなくなった。

彼は、最後に、こういった。


「光を、もっと光を!」(メーア・リヒト)。


ドイツの冬は、暗く、寒く、長い。

本当の春は5月にならないとこない。

3月は、ほとんど冬だ。

ドイツ人が家具や台所をピカピカに

磨きあげるのも、冬の室内を少しでも、

明るくしたいためだといわれる。

その3月、ゲーテは、少しでも光が

ほしかったのだろう。


「清明」は日本人しかわからないかもしれない。


1988年4月3日ー開花宣言ー

東京に「開花宣言」が出た。

二日午前。

「ソメイヨシノ(桜の一種)が、東京でも咲きはじめましたよ」

と、気象庁が、認めて、発表することを

「開花宣言」という。

いかにも、自然好きな日本らしい行事だ。

寒さがつづいたので、平年より3日、昨年より

10日も遅い。

だから、開花といっても、ほとんどは、蕾がちょっと

ふくらんだくらい。

本当の、お花見は、多分、つぎの日曜日くらいだろう。

ことし、真っ先に桜が咲いたのは、もちろん九州だけれども、

3月28日に高知に上陸してからは、

地元の高校生の上海事故※がひびいたのか、

そこで足踏み。

やっと東へ移動しはじめたのだ。

でも、夜は上野の山は大騒ぎだったらしい。



※1988年の上海列車事故のこと