1988年4月13日ー珈琲は可否だったー | LETTER

1988年4月13日ー珈琲は可否だったー

コーヒーのことを漢字で「珈琲」と書く。

しかし、むかしは、少し違った。


「可否」(コーヒー)


日本の喫茶店の第一号は、明治21年の4月13日に、

東京・下谷西黒門町、いまの上野1丁目に店開きした。

その名が「可否茶館」だ。

店を開いたのは、アメリカ帰りの中国人の鄭永慶という人。

1階にビリヤード(玉突き)、2階が喫茶室だった。

コーヒーは1杯が1銭5厘、ミルク入りが2銭。

いまでいうと100円ぐらいかな。

しかし、長続きはせず、すぐ、店は閉められたらしい。


上野の近くに東京大学があったので、むかしから、

外国ものは、あの辺で始まっている。

いまは、六本木かな。