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1989年1月7日ー七日正月ー

きょうは7日。

「七日正月」とか「七草の日」とか呼ばれる。

また、この日、普通なら、門松をはずす。

だから、きのう6日までが「松の内」だ。


学校は「七日正月」までが休み。

いつもだったら、あすが始業式のはずだ。

しかし、ことしは8日が日曜日。

おかげで、冬休みを1日得をした。

15日の「成人の日」も、官庁も前後合わせて

3日間も休みになる。

ことしから、官庁も、第2、第4土曜日が休みになるからだ。

そして、15日は日曜日のため、翌日の16日は振り替え休日。


これからは、日本も、欧米並みに、休みが、どんどん増えていく。

学校の週休2日制は「学校5日制」といわれる。

授業が5日間ということだ。これもいつかは始まる。

土曜にも新聞を買ってもらうことになるかな。


2010年1月7日

1989年当時は、成人の日はまだ15日。

学校も週休二日ではなかった。

ゆとり教育が始まるのは、これからだった。


日曜日は、いつも私が新聞を六本木交差点にあった

誠志堂書店まで買いに行っていた。

(いまは、書店ではなくnojimaになっている)

日経、産経、毎日、朝日、読売、東京と6紙

日曜版だから、重い重い。

そして、帰りにロアビルの隣のマクドナルドで

朝マックを買って帰るのが日曜の朝の私の日課。



1989年1月6日ーミュージカル「夢から醒めた夢」

「夢から醒めた夢」

途中で眠り込んで、夢でも、見てしまうかと思ったけれど、

最初に、ちょっと、うとっとしただけで、あとは、最後まで、

劇にひきずられて、見てしまった。

正直のところ、原作から、すべて“日本人製”の

ミュージカルは初めてだった。


「キャッツ」も「ウェストサイド物語」も「オペラ座の怪人」も、

どれもこれも、アメリカやイギリスで大当たりしたものを、

まねしたものばかりだった。


それでも「キャッツ」を見たときは、日本人でも、

ものまねとはいえ、ここまで見られるミュージカルを

やれるようになったのかと、驚いたものだった。

それが、今度は、全部“日本製”。

ほとんど、居眠りもせず、見られたんだから、

本当に日本のミュージカルを見直した。


「夢から醒めた」気持ちだよ。


2010年1月6日

小学生・中学生までは、父の仕事関係で

劇団四季をよく見に行った。

本場のミュージカルをみたことはなかったが、

劇団四季のミュージカルにすっかり魅了されていた。

「夢から醒めた夢」は、その後、小学校だったか中学校だったか

記憶があいまいだが、学校で特別上演され、

既に歌を覚えていた私は、得意げだった覚えがある。


それから十数年後、父とイギリスで

「オペラ座の怪人」、「ミス・サイゴン」を見た。


イギリスでミュージカルをみて思った。

劇場に漂っている空気が違うと。

もちろん、劇場そのものの歴史が違うのは、

いうまでもない。

でも、観客も違うのだ。

後から来た人が奥の席にとこうとすると、

既に、席がすわっている人たちは、必ず席を立って

後から来た人が、通りやすくする。

足だけよける日本人とは、雲泥の差だ。

ミュージカルは、開演前の空気も大事。

この頃は、ミュージカルとご無沙汰なので、

今はどうなっているのだろう!?

1989年1月5日ー北極オリンピックー

ことしは、まるで、「北極オリンピック」の年になりそうだ。

世界各国の6つのチームが、北極点を目指し、

どこが一番に到着するかを競うからだ。

女性のチームも3つ。

4年前に、挑戦し、148キロ手前で断念した

女優の和泉雅子さんをはじめ、アメリカやイギリスの女性たち。


和泉さんが失敗したとき、お父様たちは、ヨーロッパへの

行き帰りに、飛行機でちょうど北極の上を飛んでいたから、

よく知っているだろう。


なぜ、ことしは、こんなに北極探検ブームなのだろう。

アメリカのピアリーという探検家が、1909年の4月6日に、

人類で初めて北極点に立ってから、ちょうど80年目にあたるからだ。

わずか80年。いまは飛行機が自由に飛んでいる。

1989年1月4日ー御用始めと年末年始のテレビ番組視聴率ー

ことしも、3日過ぎ、きょう4日は「御用始め」。

官庁や会社が、きょうから始まる。

欧米では、「御用始め」は、きのうの3日。

普通なら、2日からだが、1日の元旦が日曜日だったので、

2日の月曜が、振り替え休日になったからだ。


レコード大賞、紅白歌合戦、NHKの新大河ドラマ「春日局」など、

この年末年始のテレビ番組の目玉は、どれも、つまらなかったね。

特に大賞や紅白に、南野陽子がでなかったので、

○○○ちゃんにはつまらなかっただろう。

そのためかどうか、どちらも視聴率がガタ落ち。

紅白などは、53.9%と1昨年(前回)の55.2%より1.3%も低く、

史上最悪だった。

大賞も21.7%、これも前回を8%近く下回っている。

いい気味だね。

1989年1月3日ー宮尾登美子「春燈」-

「春燈」はどうだった。

あのような世界が、日本にも、わずか、43年ほど

前まで、あったんだよ。


あれを書いた宮尾登美子も、自分の育った家が、

あんな商売をやっていたことに、ずっと憎み続け、

それを小説(「春燈」の前か後かに書いている。名前は少し忘れた)

に書くことで、肩の荷をおろしたという。


自分の娘を、ああいうところに売らなければならなったのは、

当時、ほとんど東北地方の人たちだった。

寒さのために、米の不作が続き、

その日その日の食べるものもなかったのだ。

「おしん」にも、そういう場面があったね。


いま、日本は豊かになり、あれほどの悲惨さは、東北にもない。

また、あんな商売も、戦後、法律で禁じられた。


昭和というのは不思議な年代だ。

明と暗とが、これほど見事に描き分けられた年代はあるだろうか。

1989年1月2日ー初夢ー

初夢は、見たかな。

この初夢。実は、いつの夜に見たのかは定説がない。

12月31日から元日の朝までの夜に見た夢。

あるいは、元日から2日の朝まで。

さらに2日の夜から3日の朝まで

と、3日間の幅がある。

だから、昨日見なくても、明日の夜がある。


ところで、初夢の縁起のよいものの順に、

次のようにいう。

「一ふじ、二鷹、三なすび」

いわれは、いろいろある。

1つは、徳川家康が、駿河の国(今の静岡)で「高いもの」

は「富士に足高山に、初なすびの値段だ」といったからとか、

「富士は高く、鷹はつかむ(足のツメで運をつかむ)、なすは成す

(成功する)」だからとか。

でも少し古すぎるね。

今はなんだろう。


1989年1月1日ー思春期ー

おめでとう ○○○ちゃん

13歳の正月だね。

いよいよ、大人になっていく。

困難な年齢だ。

つまり、子どもから大人へ、体はもとより

心の方も、変わっていく、最も、複雑な年齢だからだよ。

乗り越えなくてはならない、多くのことがある。

人を好きになり、きらいになり、あこがれ、絶望する。

そんなことに、心が、揺れ動きはじめる。

人間が成長するためには、どうしても、経験しなければ

ならない年頃なんだ。

きっと、お父様やお母様の生き方にも、ものすごく

疑問を感じ、ときには嫌悪感を抱くこともあるだろう。

そういう○○○ちゃんを、お父様たちは、

じっと、みつめているよ。

1988年12月31日ー暦ー

きょうで、今年も、いよいよ終わりだ。

元日から365日目。

いつも、この半端(はんぱ)な数字のことを

考えると、感心する。

人類は、なぜ、これを一年にしたのかと。


日が上がり、日が落ちて、そして、また日が出るまでが

一日だということは、多分、人類は最初から、

そう決めていたに違いない。


月が満月から、次第に細くなり、再び満月になるまでの

期間に何か意味があることも、やがて気付き、

それを「月」と名付けたのだろう。


雪が降り、それが積もり、消え、また降り始めるまでの間に、

一定の長さがあることにも、知った。

季節の移り変わりが、特に農民は敏感だったはずだ。

そして暦ができるまでに、何万年かかったのか。

気が遠くなるね。

カレンダーは古い暦の月の第一日目をこう呼んだから始まる。

1988年12月30日ー雑誌「TIME」のMAN OF THE YEAR

この前、ホテル・ニューオータニで、

お父様が買った、アメリカの週刊誌「タイム」のこと、

中学生新聞にのっていたね。

表紙のあの写真は、「環境破壊」という名の荒ナワで、

がんじがらめになっている「地球」。


「タイム」は、毎年、年の末に、その年の最も話題を

呼んだ人間を一人選び、その写真を表紙にしている。

それを、こういう。


「MAN OF THE YEAR]


訳すと「年男」。

「この年一番の人間」といったところだ。


しかし、ことしは、それが「地球」になった。

物が「年男」に選ばれたのは2回目。

1回目は何だと思う。


「コンピューター」


1982年(昭和57年)のことだった。

米ソの熱い戦争は、ひとまず休戦。

これからは人間と環境との戦いになりそうだ。


2010年12月30日

今年は、フェイスブックの創設者でありCEOのマーク・ザッカーバーグ氏が

選ばれた。来年は、彼をモデルにした映画も公開される。

日本でも、来年はツイッターよりもポピュラーになるだろうか?

また、1999年にMAN OF THE YEARは、Person of the Yearに改められている。




1988年12月29日ーインディアンの聖地「ウンデッド・ニー」-

どの国も、その歴史に、必ず“汚れた部分”がある。

日本などは、前の戦争で、アジアの人たちを

無数、虐殺したことだろう。

南京では、何万人殺したかわからず、いまでも、

あった、なかったといって、日本人の間でもはげしい

議論が繰り広げられている。


アメリカはインディアンの虐殺。

西部劇では、いやというほど見せられるが、実際、

何万人、何千人殺されたかわからない。


その最後の大量虐殺が1890年12月29日、

ウンデッド・ニーというところで起こった。


降伏したスー族の男、女、子供300人余が

騎兵隊の銃で一方的に殺された。

一人のインディアンの若者の銃を取り上げようとして、

偶然暴発したという単純なきっかけだった。

ここは、いまインディアンの聖地となっている。

ウンデッド・ニーは“傷ついヒザ”という意味だ。