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1988年12月28日ー八百屋のお七・火事事件ー

きのうは、久しぶりに、華やいだ雰囲気を楽しんだね。

考えてみると、25日から元旦までは、○○○ちゃんに

とっては、「ゴールデン・ウィーク」だね。


こちらは大変だ。


天気予報では、きょう、また、北風が吹き、

寒くなりそうだ。


多分、こんな日に発生したのだろう。

あの「お七火事」だ。

天和2年(1682)のきょう、駒込大円寺から出た火は

浅草から本郷、日本橋をひとなめにし、3500人が焼け死んだ。

このとき駒込正仙院に避難した八百屋の娘のお七は、

寺の小姓の庄之助と恋仲になった。

家に戻って、また、火事になれば彼に会えると翌年3月

自宅に放火、火あぶりの刑となった。

○○○ちゃんなら、こんなバカなことはしないね。



2010年12月28日

恋は、人間をバカにする。

いま、騒動になっている山路、麻木、大桃、の不倫騒動も

まさにそういう感じがする。


父親は、娘がこんなバカなことをしないで

ほしいと思うもの。

でも、私も多少、バカなことを

してしまったこともあった。

でも、バカだなぁと思っても、繰り返してしまう

それが恋だと思う。

1988年12月26日ー宇宙ステーション「ミール」で滞在366日の新記録ー

先週、ソ連の宇宙飛行士2人が、

宇宙ステーション「ミール」で

帰還、新しい記録を作った。


「宇宙滞在、366日」だ。


これまでの記録を40日も更新した。

アメリカはまだ84日間が最高だから、

宇宙滞在では、ソ連が断然リードしている。


しかし、なぜ、こんなことをするだろう。

目標は火星探検。

往復するのに、丸一年かかるからだ。

そのためには、長期宇宙飛行の人間の体への

影響を調べておかなくてはならない。

無重力の中に長くいると、カルシウムが減少し

骨が弱くなり、筋肉も心臓も衰える。


地上よりははるかに多い放射線も心配だ。

狭いところに長くいるためのストレスと重なって、

ガンになりやすい。


こうしたことが安全とわかると火星行き。

2015年ごろだ。

○○○ちゃん間に合うね。


1988年12月25日ー聖母マリアがヨルダンの少女に描いた十字架ー

メリークリスマス!

それにちなんだ不思議な話。

この10月7日、ケガをした足の手術で病院に入院していた、

カラバシというヨルダンの、この少女。

突然光と共に現れた聖母マリアが、首、胸、腕に、

このような、紅の十字を描いていったという。

3日後に十字は消えたというのに、毎日、いまも、

数百人の信者が、その話を聞きにやってくるそうだ。

アーメン!


LETTER-十字架

1988年12月24日ー東京タワー

きのうは楽しそうだったね。

あんな髪型をすると、すっかり大人だ。

そして、○○○ちゃんが、これまで見つづけてきたのが、

この東京タワー。


昭和33年のきのう完成、公開された。

ちょうど30周年になる。

写真は、そのころのタワー。

いまでは、周りにビルが立ち、全景を、これだけ

はっきりと、写真をとることは、ほとんどできない。

333メートル。エッフェル塔より20メートル高い。

そのエッフェル塔は来年で100周年。

この正月には、それを祝い、タワーも全塔光りになる。



LETTER-東京タワー



2010年12月24日

1988年当時、髪型をサイドにレイヤー(その頃は段カット)を

入れたボブに変え、友人宅で開催されるクリスマスパーティーに

出席して、すっかり大人になった気分でいたものだ。


東京タワーが、現在のイルミネーションになったとき、

「空が赤く染まって無気味」だとか、「ますます星がみえなくなる」

とか、かなり不評だった覚えがある。

でも、慣れてくると、誰も不思議に思わなくなった。

いま、あのタワーを縁取りするような点灯に戻ってしまったら

もの足りなく感じるだろう。

暗い道を通って、家に帰らなければいけないとき、

東京タワーの灯りが、どれだけ心強かったか。

メリークリスマス。

ペプシネックスサンタに会いました

昨日、ペプシネックスサンタにあえました!!


サンタさんは、ペプシネックスを飲んでいました。
LETTER



それでは、私も・・・。
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メリークリスマス!!

1988年12月23日ーものマネ日本から立場逆転「ニコン」から「オリンパス」までー

屋号、店の名前、商品の名前には「登録商標」というのがあり、

登録しておくと、同じ名前を他人が使うことができない。

まぎらわしい名前をつけても、訴えることができる。

この面でも、これまでは、訴えられるのはいつも日本。

「また、ものマネをした」といわれたものだ。


かつてカメラの「ニコン」も西ドイツから横ヤリが入った。

向こうには「イコン」という有名なカメラがあったためだった。

これは時間をかけてやっと解決、名前を使えるようになった。


ところが最近は逆転した。

来春、32カ国が構成するヨーロッパ放送連合が放送衛星を

打ち上げる。

その名前が「オリンパス」。

これは本来、ギリシャの山の名前で「神々の住む天」の

ことをいう。

日本の抗議で、あわてて名前を変えた。

1988年12月22日ー夕焼けと朝焼けー

前にこう書いた。

「朝焼け門を出でず、夕焼け千里を走る」

朝焼けの日は、雨が降り、夕焼けのときは翌日、

晴れることが多いからだったね。

けれども、雨を知らせる、この朝焼けも、

美しさ、は、夕焼けに、まさる。


どちらも、仕組みは同じである。

地平の向こうの太陽の光が大気の層を斜めに

通過(要するに、下から上に向かって通りすぎる)、

その間に、青い色が青い空となって消え、

赤っぽい色の光だけが残って、空を染めるのが、

朝焼け、夕焼け。


けれども、染まり方は、光を通過する途中の

大気にある水蒸気や塵の具合で違う。

ところが、昼は空気の対流が盛んなので、

水蒸気も塵も上空まで広がるので、夕焼けは、

少しにごってみえる。

しかし、朝は塵も下に沈んでいるため、光が

あざやかに見えるのだ。

冬は、この朝焼けが、特に美しい。

きょうは、冬至。


【関連記事】

1988年11月5日ー「西風」=「木枯らし」

1988年12月21日ーデパート第一号は三越ー

デパート。

英語では「Department Store」。

直訳すると「いろいろ部門に分かれた店」となる。

つまり、1つの大きな建物の中に、様々な物が、

それぞれの売り場で、売られているので、

こう呼ばれるようになった。

「百貨店」-百もの商品のある店、というのは、いい訳だ。

むかしは「勧工場(かんこうば)」ともいった。

工業・産業を勧める場所といった意味かな。


日本のデパート第一号は、三越。

明治37年の12月21日に営業を始めた。

その前は三井呉服店、そうして、当時は三越呉服店といった。

その他のデパートも、ほとんどが呉服屋から変わったものだ。

名前からしてそうだろう。

松坂屋、白木屋、松屋・・・。

1988年12月20日ー上野の西郷隆盛像が軍服姿ではない理由ー

上野公園にたっている、西郷隆盛の銅像。

犬を連れた、ちょっと短めの、ゆかた姿の西郷さんは、

親しみ深くて、日本人で、だれ知らぬものはない。

しかし、日本で初めて陸軍元帥(げんすい)に

なった人物である。

軍人としては、最高の位である。


それなのに、なぜ、あんな姿なんだろう。

あの像を作った彫刻家、高村光雲(こううん)は、

やはり、最初は軍服姿を考えた。

けれども、政府高官の一人から、横ヤリが入った。


「賊軍が、軍服を着るのは、けしからん」


そして、結局、あの、ウサギ狩りのかっこうに落ち着いた。

その方がよかった。


除幕式は明治31年12月18日。

死んで、21年後だった。

あの目は、昭和51年に測量したら、ちょうど、

太平洋を見ているそうだ。

1988年12月19日ーナイロン・コピー機・蛍光灯は1938年生まれー

新聞記者のなかには暇なヤツもいる。

他社の話だけれど、ことし50歳になった男が、

50年前の1938年(昭和13年)に生まれ、いまも使われている

技術がないかを調べた。

よく知られているものが、3つあったそうだ。


1つは「ナイロン」。「石炭と水と空気から」という

宣伝文句とともに米国のデュポン社から

売りだされた。

ただし歯ブラシの毛。

日本にストッキングとして発売されたのが昭和27年で

1足1000円(いまは100円!)もした。


2つ目はゼロックス。

コピー機だ。

製品になったのは発明から10年以上たってから。


3つ目が蛍光灯。

アメリカで製品化された2年後の昭和15年に

早くも日本で実用化された。

何にだと思うー。

奈良・法隆寺の壁画を模写するための照明にだ。

日本も進んでいる。