1989年1月26日ー「平成」を商標登録する人々ー
年号が「平成」に変わって、もう2週間以上たった。
運転免許証も、ようやく、日付けが「平成」になったそうだが、
まだ、なかなか、慣れないね。
「1.1.21」などと、略して書くときなどは、
特に最初の「1」のおさまりが悪い。
やはり「64.1.21」とした方が、なんとなく落ち着く。
しかし、世の中には、抜け目のないのがいる。
この「平成」という言葉を、いち早く特許庁に
商標登録する人が相次いだという。
これを登録しておくと、ほかの人は、これを
店の名前や商品の名前に使えない。
もし使うときには、登録した人に、お金を払わないと
いけないのだ。
また、これを他人に権利を譲ると数千万円もするらしい。
やってくれるね。
1989年1月25日ー昭和天皇の誕生日が「みどりの日」にー
きのは「イリュージョン」に素っ飛んでいったんだって。
むかしから、あのようなサーカスが好きだったからね。
お父様は大変だった。
大阪の○○のおじさん、おばさんのお伴をして、
皇居へ「一般拝礼」に行ったり、○○のおじさんを
見舞いに世田谷の病院まで案内したり。
まさに、足は棒のようになった。
その前の天皇の誕生日(4月29日)が、これまで通り
祝日として残り、「みどりの日」という名前に
なることが決まった。
けれども、5月1日の「メーデーの日」を祝日になるのは
見送りになったようだ。
これも、いつかなるだろう。
アメリカやヨーロッパの国から、「日本人は働き過ぎ」と
非難されるので、政府は休みを増やすのに懸命だからだ。
1989年1月24日ー牛肉の普及は明治天皇のおかげ!?ー
明治の初めは、なんでも、かんでも「文明開化」。
この言葉は、いまでいえば、「国際化」のようなものだった。
食べ物も、例外ではない。
その代表が「牛肉」だ。
明治5年1月24日、明治天皇が、これを試食。
それ以来、爆発的に普及した。
そのころの新聞に、こう書いてあるそうだ。
「わが朝(国または天皇家のこと)にては、中古以来、
肉食を禁ぜられしに、恐れ多くも天皇いわれなき
(理由ない)儀(こと)に思召し、自今(その後)肉食
を遊ばさるる旨、宮内にて御定めこれあり」
そうなると、たちまち、肉を食べないと、
人間ではないことになってしまうのが日本。
「牛鍋食わねば開化不進奴(ひらけぬやつ)・・・」
こういって、爪はじきされた。
天皇の“御威光”は牛肉にまで!
1989年1月23日ー宮沢賢治の天啓ー
○○ちゃんが東京に来ると楽しくなるね。
特に、お母様は、身内の人が東京にいなかったから、
うれしそうだ。
これで、また、お母様も、行動の範囲が広くなることだろう。
ところで、宮沢賢治。
あの「銀河鉄道の夜」とか「セロ弾きのゴーシュ」などを
書いた作家だ。
「アメにもまけず(「雨ニモマケズ」)」だったかな)も有名だね。
その賢治は大正10年のきょう、突然、盛岡から東京へ行く。
実家は質屋さん だった。
夕方、店先に何気なく立っていると、何のきっかけもないのに
上の棚から本が落ちてきた。
その本は「日蓮上人(にちれんしょうにん)遺文集」。
それを賢治は天啓(天からのお告げ)と直感、
そのまま、上京したのだという。
彼は「法華経」の信者だったので、
そうなったのだろうが、いかにも賢治らしい。
そのとき26歳。11年後に死んだ。
1989年1月22日ー最後の共通一次試験ー
「共通一次試験」というのを知っているだろう。
確か、前に書いたことがあるね。
東大、京大など国立や都立大学など公立の大学に
進みたい学生は、必ず(推薦は除く)受けなければ
ならない全国一斉試験だ。
このあと、各大学が独自に実施する二次試験がある。
その共通一次が、きのうときょう行われている試験を
最後になくなる。
しかし、喜んではいけない。
来年からは、これにかわって「大学入試センター試験」が
始まるからだ。
別名「新テスト」。
共通一次は国公立大だけだったが、これに私立大も加える
ことになり、名前が変わった。
だから、中身は、ほとんど同じ。
私大の参加はまだ少ないが、いずれ増えるだろう。
私大希望者は、これから大変になりそうだ。
1989年1月21日ーアメリカ大統領の就任式と聖書ー
ブッシュ新大統領の就任式も無事おわったようだ。
華やかで、厳粛で、そして壮大、かつ、きわめて
スピーディーだったろう。
しかも、常に聖書がある。
イギリスの清教徒の移民によってつくられた、
いかにもアメリカらしい伝統だ。
だが、これがいつまでつづくのだろうか。
イスラム教徒、ユダヤ教徒、あるいは仏教徒が、
将来、大統領になるかも知れないからだ。
また、いま、もう一つの問題にアメリカは直面している。
それは英語。
メキシコなどスペイン系の移民が激増、カリフォルニア
などでは、1/3がスペイン語をつかっている。
このため、いつまで英語がアメリカの国語として
残るかわからないのだ。
まあ、100年は大丈夫だろうけどね。