1989年2月7日ー世界の平和の次は市民の軍縮ー
いま、世界中が、気味が悪いほど、平和へ
平和へと動いている。
アメリカとソ連はもちろんのこと、30年近くも
いがみ合っていたソ連と中国も仲直りし始めている。
アフガニスタンからは間もなくソ連軍の全面引き上げがおわる。
韓国と北朝鮮との間でも、いいムードが出てきている。
それなのに、今度は、町で、血なまぐさい事件が続出している。
特にアメリカはひどい。
最近も小学校で乱射事件があり多くの児童が死傷する
事件が相次いだ。
1984年、85年だけでも、銃などで殺されたり自殺した市民
は6万2897人に達したという。
これは8年間のベトナム戦争での米軍死者5万8千人より多い。
アメリカで銃を持っているのは全世帯に半分6千万世帯。
世界中の軍隊の銃より多いかもしれない。
この次は“市民の軍縮”だ。
1989年2月6日ー綴方運動(つづりかたうんどう)-
昭和の初め「綴方(つづりかた)運動」というのがあった。
「綴方」とは、いまでいう「作文」。
この「綴方」は国語の基礎ということで、
小学校では、盛んに、綴方を書かしたものだ。
一人の少女の書いた綴方が一冊の本になったことがある。
本の名前は、ずばり綴方教室 。
豊田正子という少女が、小学校時代の貧しくて苦しい生活
を、くわしく、こと細かに、しかも、文学的に書いたものだ。
昭和12年にでた。
確かベストセラーになり映画にもなった。
高峰秀子が主演をやったように思う?。
けれども、ここまできた「綴方運動」も、
昭和15年の2月6日、軍部によって禁止された。
余り、ありのままに書かれると、どうしても軍部批判になり、
日本の悪いところばかりが出るからだ。
○○○ちゃんもそうだろう。
1989年2月5日ー季節の帳尻ー
ついこの間、桜が「狂い咲き」したと思ったら、
猛烈な寒さ、そして、きのうは暦どおりの
「立春」らしい陽気が戻った。
季節も、ちゃんと、節目、節目には「帳じり」を合わせるらしい。
「帳じりを合わせる」とは、おカネの出し入れを記録する
「帳簿」で、合計の計算が合わない時、途中の数字を
少し変えて、帳簿の最後の合計、つまり「帳じり(尻)」を
合わせることをいう。
しかし「寒い」といっても、この冬は温度が零度以下になる
「冬日」になったことはない。
昨年は2月3日に「冬日」となり、
最も遅い記録となった。
ことしは、これより遅くなり、新記録をつくることは確実だ。
やはり「暖冬」なんだね。
わが家の桜は早くも満開に近い。
1989年2月4日ー1234567と数字が並ぶ日ー
きのは、滅多にお目にかかれない、
珍しい数字が並ぶ日だった。
「1234567」
つまり「平成1年2月3日午前4時56分7秒」
この次、こんな現象がおこるのは、天皇が
1月中に死んで2月3日までに元号が変わった
ときだけ、もし、2月3日以降なら、いくら天皇が
死んでもだめだ。
だから、明治も大正も昭和も、こんなことはなかった。
なぜなら「昭和」は12月25日、「大正」は7月30日、
明治は9月8日に元号が変わっているからだ。
それ以前はいつあったのだろう。
調べてみると面白い。
郵便局もきのうは行列。
「1年2月3日」の消印をもらうのが目的だった。
そしてきょうは「春分」。
時は過ぎる。
1989年2月3日ー芥川也寸志・ゲーテ・ベートーベンの最後の言葉ー
「もう一度、ブラームスを」
これは先月末になくなった作曲家芥川也寸志の
死ぬ直前の言葉だ。
也寸志は、もちろん、芥川龍之介の長男。
正確には、こういったという。
「もう一度、ブラームスの交響曲一番を聞けたらいいんだが・・・」
父親もそうだったが、いかにもダンディーな也寸志らしい一言だ。
有名人には、有名な最後の言葉が多い。
ゲーテ(ドイツの大作家)は「もう少し光を(メーア・リヒテ)」。
こういってカーテンをあけさせて死んだ。
「友よ拍手を!喜劇はおわった」
これはベートーベン。
本当は、まだ、このあとがある。
死の床に好物のワインが運ばれた。
それをみていったそうだ。
「残念だ、まったく遅すぎた」
1989年2月2日ートマト銀行誕生!その他かわった社名ー
中小企業向けの銀行だった「相互銀行」が
きのうから、一斉に「普通銀行」(第一勧銀とか富士銀行
と同じ銀行)に昇格した。
そこで、多くの銀行で名前もかえた。
そのなかで特に面白いのが岡山市にある「山陽相互銀行」。
新しい名前は「トマト銀行」!
「トマト」の庶民的な感じで、銀行に親しみを
もってもらおうというねらいだ。
はたして、この改名、うまくいくか。
ほ かにも、かわった社名がある。
「愛があれば大丈夫」-ある音楽プロダクションの本当の名前。
「エディトリアルさぁかす」-これは本の編集プロダクション。
商売がサーカスのように綱渡り的だからだそうだ。
「ソフトクリーム」-広告の制作企画会社。
「常に新しく、自由な発想。おいしさあふれる味わいのある仕事を」が心。
「仕事」という会社もある。
社名も自由な時代になった。
1989年2月1日ー「一円玉」がブスから美人にー
「デノミ」のことを書いた時、忘れたけれど、
こんな言葉を知っているかい。
「一円玉ブス」
いまは「銭」がなくなったので、「一円」
を「銭」にくずしてくれるところはない。
だから、「これ以上くずれない女性」のことをいうのだそうだ。
失礼な話だね。
しかし、4月からは変わるだろう。
物を買うと、必ず消費税がつき、がぜん、
一円玉が幅をきかすからだ。
たとえば、はがきは41円、封書が62円、
その他、ほとんどの値段が半端になる。
だから、一円玉もこう呼ばれる。
「一円玉美人」
美人がいると話がはずみ 、コミュニケーションが
うまくいく。つまり一円玉があると、
買い物がスムーズに行くからだ。
○○○ちゃんは「何美人」?
1989年1月31日ー「デノミネーション」ー
「百円」とか「千円」といった、お金の呼び方のことを
「デノミネーション」という。
しかし、一般に「デノミネーション」あるいは略して「デノミ」という時には、
少し意味が違ってくる。
「お金の名称変更」のことだ。
たとえば、「きょうから百円を一円に、千円を十円、
一万円を百円と呼ぶ」と政府が宣言することがデノミといわれる。
いま1ドルは120円前後。
先進国で、このようにドルをその国のお金に直した場合、
3ケタ以上になるのは日本とイタリアだけ。
アメリカとの貿易額を日本円になおすと、余り大きすぎて、
もう「兆」では数え切れない。
そこで、いま「百円を一円にし、1ドルを1円20銭」にしようという
論議が活発になってきた。
そうなると日曜のこづかいは10円になる。
どう思う。
1989年1月30日ーマハトマ・ガンジー暗殺ー
戦争がおわってからも、多くの世界の有名な政治家たちが
暗殺されている。
アメリカのケネディー大統領、インドのマハトマ・ガンジー、
インディラ・ガンジー、エジプトのサダト大統領、
スウェーデンのパルメ元首相、韓国の朴大統領・・・。
このなかで、最も衝撃的だったのは、もちろん、ケネディー大統領。
そして、お父様にとっては、その次がマハトマ・ガンジーだった。
マハトマとは「偉大なる魂」という意味。
インドは戦前、イギリスの植民地で、
いいこともあったが、イギリス人に差別され、
こき使われてきた。
これに対して、ガンジーは一切、暴力を使わず、
“非暴力の抵抗”に徹し、抗議し続け、独立をかちとった。
その非暴力主義者が暗殺されたのだからショックだった。
昭和23年1月30日のことだ。
【関連記事】
1989年1月29日ー暖冬、極冬は偏西風次第ー
突然、ものすごい寒さがやってきた。
この前の暖冬がウソのようだ。
1日で十数度も、上がったり、下がったりしたときもある。
気象庁の予報も一転、二転。
昨年末は、この冬は「厳冬」といったのに
一週間ほど前に「暖冬」と修正、その直後にこの有様だ。
しかし、1昨年の雪が例年より、2,30日も遅い「初雪」
というから、全体的にみれば「暖冬」なのかも知れない。
こうした極端な気候の変化はどうしておこるのだろう。
北極圏を取り巻くように一周する偏西風というのがある。
これには南北に流れる型と東西に流れる型の2種類あり、
交互に現れる。
ことしは、最初、南北型で北の寒さを日本に送ったが、
今年になり東西型に変わり北風が止まった。
最近はまた南北型になったようだ。