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1989年6月2日ー6月1日「気象記念日」-

6月1日は「気象記念日」だった。

明治8年(1875年)のこの日、気象庁の前身の

東京気象台が発足したのを記念して設けられた。

気象は毎日の生活(学校に行くのにカサを持って

行くかどうか、部活があるかどうか、洗濯ものを

干してもいいかどうか、どんな服を着ていったらいいか・・・)

から産業に至るまで、なくてはならない情報だ。


産業などは、例えば、ことしの夏は暑いかどうかで、

クーラーをどのくらい作ったらよいかが決まり、

もし、その予報が間違っていたら大損害を受ける。


だから気象庁の発表する予報や資料をもとに、

産業ごとに気象情報を売る商売は、

いま大繁盛だ。


しかし、いま気象で最も大事な仕事は、

異常気象や地球温暖化現象の解明。

世界中の気象学者が集まって研究している。

1989年6月1日ー入学試験に失敗する天才ー

学校の中間テスト、なかなか、成績がよかったそうだね。

まずは、おめでとう。

しかし、まだ、中間テスト、気を抜いたらいけないよ。

それに、肝心なのは入学試験、がんばらなくちゃ。


でも、心配することはない。

あのアインシュタインでも、大学の入試に失敗。

数学、物理だけは抜群だったので、教授が

特別に入学させてくれた。


「ガロア群理論」という難しい理論を提唱した

有名なフランスの物理学者、ガロアも、

入学試験は片っ端から落ちている。


論文も、だれからも理解されず、いつも

黙殺されていた。


だが、二人とも余り頭がよすぎたためかも知れない。

喜んでばかりはおれない。


1989年5月31日ーアメリカの銃規制ー

アメリカに留学するのはいい。

また、そうしてほしいと思う。

けれども、一番心配なのは、間違って、

銃で撃たれないかということだ。


開拓時代の伝統で、アメリカ人は、銃を持ち、

それで自分を守ることを、当然の権利だと考えている。


憲法も、銃の保持を禁止することを禁じているくらいだ。

だが、最近は、アメリカも変わってきた。

銃を規制しようという動きも、ぼつぼつと出てきた。


そして、ついにカリフォルニア州でアメリカ初の

銃規制法ができた。


これまでは販売を規制する法律はあったが

この法律は、所持から製造まで全面禁止する

のだという。


カリフォルニア州はロサンゼルスのあるところ。

留学するころには安全な国になっているかも知れない。


1989年5月30日ーアポロ11号の乗組員たちの記者会見ー

ことしのの7月20日は、1969年に、人間が初めて

月着陸を果たしてから、ちょうど20年。

これを前に、アポロ11号に乗りこんでいた

ニール・アームストロング(59歳)、マイケルコリンズ(59歳)

バス・オルドリン(60歳)の3人が、最近、記者会見をした。


アームストロングは、例の有名な言葉を残した

宇宙飛行士だ。


「一人の人間にとっては、小さな一歩だが、

人類にとっては偉大な一歩」


これは、事前に用意されていたのではなく、

「月面についてから頭に浮かんだ」のだそうだ。


月面に何千年も残る足跡をどう思うと聞かれた時には、

こう答えた。


「だれか月に行って足跡を消してくれ!」


今は会社社長。

静かな生活を送っている。



1989年5月29日ー中国から茶の栽培方を盗んだオランダ人ー

文明開化とともに紅茶もいち早く輸入され

明治7年の5月27日、銀座で初めて売り出された。

紅茶は茶の色が赤く、緑茶は緑だから、

その名がある。イギリスなど欧米では

「ブラック・ティー(黒茶)」。これは紅茶の葉が黒いから、

こう呼ぶようになった。


どちらもチャといわれる同じ植物の葉からできる。

葉を摘んで、そのまま放置すると黒変し紅茶となり、

摘んだ葉をすぐに蒸すと緑茶になる。


中国や日本では砂糖、ミルクが少なかったので、

緑茶が好まれ、この2つの豊富な欧米では、

これとよく合う紅茶が好まれるようになったらしい。


中国は茶の栽培方を絶対に外に知らせなかった。

外国に売り、莫大な利益を得るためだ。

しかしオランダ人が中国の茶畑へ潜入、

殺されるような目にあって盗み出すのに成功した。

1831年のこと。知られざる裏面史だね。

1989年5月28日ー5月27日は海軍記念日ー

戦前に教育をうけた日本人なら、

5月27日と聞くと、すぐに頭に浮かぶ。

「海軍記念日」


明治38年のこの日、日本海で日本の

連合艦隊がロシアのバルチック艦隊を

全滅させた日だ。

日本海海戦という。

これで日露戦争にピリオドがうたれた。


このときの連合艦隊の司令長官が

東郷八郎元帥だった。

この人の名前が、小学校の教科書に

のることになったことは、前にも書いたね。


だから、これからの日本人は「海軍記念日」

を覚えることになるだろう。


しかし、お父様はちょっと賛成できない。

大体、あの海戦は日本が勝つのが当たり前。

ロシアの艦隊は大西洋、インド洋を通り、

何ヶ月もかかってやってきたため、

みんなクタクタになり病人が続出していたのだ。

だからお父様は東郷元帥は余り英雄だと思っていない。




1989年5月27日ー梅雨のはしりー

最近、気象庁の天気相談所には、こんな問い合わせ

が相次いでいる。


「もう梅雨に入ったの」


降ったり、止んだりする空模様をみると、

だれしもがそう思う。

けれども、これは「梅雨のはしり」、本格的な

梅雨ではない。


普通、6月前後になると、オホーツク海に

高気圧が居座る。

これをオホーツク海高気圧という。

そして、この高気圧から北の冷い空気が

太平洋に送り出す。


一方、日本の南方海上の小笠原高気圧からは

日本に向かって暖かい空気が吹き込まれる、

この寒暖の空気がぶつかる所に長い

前線ができ、雨を降らせる。

これが梅雨前線。


さらに、この前線が、じっと動かなくなった時、

本格的な梅雨となる。


いまはまだ、オホーツク海、小笠原両高気圧が

フラフラしているので梅雨ではないというわけだ。


1989年5月26日ー130日間洞窟生活をおくった女ー

アメリカでイタリアの27歳の女性が、

130日間にわたる「洞窟生活」の実験に

挑戦、この23日、地上に無事“帰還”した。


洞窟は地下9メートル、日光も届かず、時計も

ない中で続けられた。

これは、将来、人間が他の惑星に行くようになった時に、

どれだけ孤独に耐えられるかを調べるため、

○○○ちゃんもよく知っている米航空宇宙局(NASA)

が行った。


地上に出てきた彼女が、取材陣を見て真っ先にいったのは

「あら、人間だわ」。


非常に元気だったが、やはり、いろいろと

“異常”がみとめられたそうだ。

時計も太陽も見えなかったため、彼女にとっての

一日は40時間。

出て来た時も、その日が「3月14日」(洞窟に入ったのは

1月13日)だと思い込んでいた。

そのほか、3ヶ月も生理がなく、1日20時間も睡眠をとり、

筋肉と骨が衰えているようだという。


宇宙旅行も大変なようだ。


1989年5月25日ー楠正成と正行「七生報告」ー

楠正成(くすのき まさしげ)と、その子の正行(まさつら)は、

お父様の小中学生時代には神様のような人だった。


後醍醐天皇に味方し、鎌倉幕府の大軍を、

大阪の南にある赤坂、千早(ちはや)の城で、散々、

討ちまかした。


ついで、かつての幕府の将、足利尊氏(あしかがたかうじ)が、

再び反乱、後醍醐天皇に背いた時、これと戦い、

最後には神戸の湊川(みなとがわ)で戦死する。

それが1336年の5月25日だ。


出陣を前に、正行と桜井の駅(京都と大阪の間)で

別れる話は特に泣かした。


負けるのを知っていて、正行に志をつぐよう

言い聞かせる。


正行も、のち四條畷で戦死する。

これは大阪の東側にある。


学校で遠足といえば、こうした記念の地

ばかりに行っていた。


「七生報告(しちせいほうこく)」は正成の言葉

七度生まれ変わって国に報いるという言葉だ。

戦時中、特攻隊がみんなこの言葉を鉢巻に

書いた。思えば罪な忠臣だ。

1989年5月24日ーキラービー(殺し屋バチ)の交配作戦ー

キラービー(殺し屋バチ)が、いよいよ来年には

アメリカのテキサス州あたりに侵入しそうだ。

本名は「アフリカ・ミツバチ」。


研究用として33年前の1956年にブラジルに持ち込まれた

うちの26匹の女王バチが逃げ出したのが、騒ぎの発端。


「怒りっぽいけれど、特に危険はない」らしいが、

果物の受粉や、いわゆるハチミツにはなくてはならぬ

「家畜ミツバチ」にとっては強敵である。

つぎつぎと追い払われ、殺されている。


対策は2つ。

輸入食品に紛れ込んでくるのを港で防ぐのと、

交配で、おとなしいハチにしてしまうこと。

いまは交配作戦がハチの通り道になっている

2か所でおとなしいミツバチの群れを放し、

キラービーを誘惑している。

人間もやはり混血が必要だ。