アラクネ(4)~再投稿~
腕が、変だ。腕が、無い…。右腕が…。いや違う、ある。あるわ。変な方向に曲がっているだけ。なぁんだ。変な方向に曲がっているだけか。なぁんだ。変なの。…って。
マユミはパチリと両の眼を開けた。薄ぼんやりした暗闇の向こうに白い天井と照明。見慣れた部屋だが自分の部屋ではない。ミシモの部屋だ。ミシモの実家だ。右腕の異物感を確認する。マユミの隣、マユミの右腕を腕枕にしてホノカが寝ている。右腕の感覚がおかしいのは痺れていたからだ。「とんだハネムーン症候群ね」、そう呟いて、マユミは深呼吸をした。床に敷かれた布団の中。隣のシングルベッドではミシモが寝ている筈。マユミはゆっくりホノカの頭から意識の通じぬ右腕を体を使って引き抜くと、その勢いでがばっと背中を起こした。
状況を整理する。少し体がだるいだけで頭は痛くないし吐き気もしない。二日酔いは無さそうだ。まだ酔っ払っているからか、ウイスキーで酔っ払ったからか。
ぐっすり寝ていた所をみると寝ゲロも吐いていない。胸を触る。ブラジャーは外している。そして見たこと無い服を、いや、この服は通っていた高校のジャージだ。ミシモのジャージ。下着は、履いてない。隣で寝息をたてている者が男で無いことを再度確認し、ふぅーっと渇いた息を吐くと立ち上がる。ミシモはベッドの上に居なかった。
勝手知ったるミシモの家。部屋を出てトイレへ。便座に座ると、昨日自分がしたこと、されたことが、所々映画のフィルムを切り抜いたみたく頭の中で再生される。抜け落ちた記憶を手繰る。その記憶はアヤに背中をガンガンとストンピングされながら、カラオケ店内に持ち込んだ二本目のトリスをストレートノーチェイサーで飲んでいるところでぷっつり潰えていた。
また何かやらかしたに違いない。後悔するなら飲まなければいいのにな、マユミはうんざりしながら刺激臭のする便を流し、台所へと向かう。頭と喉が渇いている。
台所には誰も居らず、冷蔵庫を開け、スポーツドリンクをコップに注いでいると、ドタドタと三回建てのミシモの家の階段を降りてくる人物の足音が聴こえた。
ああ、おばさん怒っているかなぁ。
マユミの心配をよそに、足音の人物はミシモであった。ミシモは喪服を着ている。まだ寝ていないのかな、などとマユミがぽかんとミシモを酔い明け眼で見ていると、
「ああ、なんだ、とにかく、早く準備しないと焼きが終わっちゃうぞ」と、ミシモが言う。
「へ?今何時ですか?それと私の眼鏡と携帯と喪服はどこですか?それと昨日私は何をしましたか?」マユミが痛飲した時の羊飼いは決まってミシモだった。
「十時、葬儀はもう始まってる。急げ。お前の備品は私の部屋の机の上。喪服はそこに掛かっているから。下着も」
リビングの壁には確かにマユミとホノカの喪服が綺麗に掛けられている。ミシモのおばさんが掛けたに違いなかった。なんて迷惑なんだ、と、マユミが下を向くと、
「急げ。ホノカはまだ寝てるの?まずいぞ。あ、あと、お前が昨日何したかはアヤに訊くのがよい。ホノカぁ!」
ミシモがホノカを叩き起こす荒業の騒音を聴きながら、ぼーっとしてスポーツドリンクをゆっくり飲み干すと、こんなことしてる場合じゃないじゃない、と、尻に火がつき、急いで喪服に着替え始めた。
着替えている途中、マユミがちょうど全裸になっている時、ホノカがリビングにやってきた。
「…マユミ、まだ酔って」
「へ?」マユミは下着を履こうと立ったまま猫の如く身を丸めている姿勢で停止していた。
「覚えちゃいないよ。とにかく今は急げ。それとも今の姿のまま表にほっぽりだそうか?」見つめ合い、停止している二人にミシモが着替えを促した。
「せめて一時間早く起こしてくれれば、ミシモだけばっちりして」ホノカが当然と云えば当然の文句を言うと、
「私だってさっき起きたんだよ。散々騒いであんたらが寝たのが六時。こりゃ寝たら起きれないなと私は上で映画観てた。全く退屈な映画でさ。そして気がついたのがさっき。わかった?急げ」ミシモの号令の下、急ピッチで作業は続けられた。マユミの携帯電話は何故か真っ二つになっていた。しかしマユミはあまり衝撃を受けない。さもありなん。自分でやりかねないし、誰かがやったとしてもやられてしょうがないことをしたのだと一瞬で悟ったからである。
「オールなんてしてる場合じゃなかったな」
「お前が言うなぁ!」
「面目ないです、はい。ところでおばさん達は?」
「昨日の通夜に行ったんだよ。今日は旅行でどっか行った」
「やっぱりオールなんてしてる場合じゃ」
「黙れこの椎茸!」
「しいたけ?」
葬儀は街の小さな葬儀場で行われている。ミシモの家から走って三分程だろうか。三人は髪の毛に寝癖をつけたまま、結局ホノカは赤い髪のまま、やぼったい体と乱れ髪を振り乱し、アセトアルデヒド混じりの息を切らして走りつづけ、なんとか焼香に間に合ったようである。
葬儀場の横で、葬儀場の案内人が訝しげに見守る中、膝に手をついて嗚咽混じりに乱れた息を整えている様は、端から見れば故人の死を悼み泣き崩れている多感な女子に見えなくもない。
「しまった!香典忘れた」
マユミが受付にてようやくそのことに気がつくと、三人はまた、それぞれの実家へと走り出した。
続
マユミはパチリと両の眼を開けた。薄ぼんやりした暗闇の向こうに白い天井と照明。見慣れた部屋だが自分の部屋ではない。ミシモの部屋だ。ミシモの実家だ。右腕の異物感を確認する。マユミの隣、マユミの右腕を腕枕にしてホノカが寝ている。右腕の感覚がおかしいのは痺れていたからだ。「とんだハネムーン症候群ね」、そう呟いて、マユミは深呼吸をした。床に敷かれた布団の中。隣のシングルベッドではミシモが寝ている筈。マユミはゆっくりホノカの頭から意識の通じぬ右腕を体を使って引き抜くと、その勢いでがばっと背中を起こした。
状況を整理する。少し体がだるいだけで頭は痛くないし吐き気もしない。二日酔いは無さそうだ。まだ酔っ払っているからか、ウイスキーで酔っ払ったからか。
ぐっすり寝ていた所をみると寝ゲロも吐いていない。胸を触る。ブラジャーは外している。そして見たこと無い服を、いや、この服は通っていた高校のジャージだ。ミシモのジャージ。下着は、履いてない。隣で寝息をたてている者が男で無いことを再度確認し、ふぅーっと渇いた息を吐くと立ち上がる。ミシモはベッドの上に居なかった。
勝手知ったるミシモの家。部屋を出てトイレへ。便座に座ると、昨日自分がしたこと、されたことが、所々映画のフィルムを切り抜いたみたく頭の中で再生される。抜け落ちた記憶を手繰る。その記憶はアヤに背中をガンガンとストンピングされながら、カラオケ店内に持ち込んだ二本目のトリスをストレートノーチェイサーで飲んでいるところでぷっつり潰えていた。
また何かやらかしたに違いない。後悔するなら飲まなければいいのにな、マユミはうんざりしながら刺激臭のする便を流し、台所へと向かう。頭と喉が渇いている。
台所には誰も居らず、冷蔵庫を開け、スポーツドリンクをコップに注いでいると、ドタドタと三回建てのミシモの家の階段を降りてくる人物の足音が聴こえた。
ああ、おばさん怒っているかなぁ。
マユミの心配をよそに、足音の人物はミシモであった。ミシモは喪服を着ている。まだ寝ていないのかな、などとマユミがぽかんとミシモを酔い明け眼で見ていると、
「ああ、なんだ、とにかく、早く準備しないと焼きが終わっちゃうぞ」と、ミシモが言う。
「へ?今何時ですか?それと私の眼鏡と携帯と喪服はどこですか?それと昨日私は何をしましたか?」マユミが痛飲した時の羊飼いは決まってミシモだった。
「十時、葬儀はもう始まってる。急げ。お前の備品は私の部屋の机の上。喪服はそこに掛かっているから。下着も」
リビングの壁には確かにマユミとホノカの喪服が綺麗に掛けられている。ミシモのおばさんが掛けたに違いなかった。なんて迷惑なんだ、と、マユミが下を向くと、
「急げ。ホノカはまだ寝てるの?まずいぞ。あ、あと、お前が昨日何したかはアヤに訊くのがよい。ホノカぁ!」
ミシモがホノカを叩き起こす荒業の騒音を聴きながら、ぼーっとしてスポーツドリンクをゆっくり飲み干すと、こんなことしてる場合じゃないじゃない、と、尻に火がつき、急いで喪服に着替え始めた。
着替えている途中、マユミがちょうど全裸になっている時、ホノカがリビングにやってきた。
「…マユミ、まだ酔って」
「へ?」マユミは下着を履こうと立ったまま猫の如く身を丸めている姿勢で停止していた。
「覚えちゃいないよ。とにかく今は急げ。それとも今の姿のまま表にほっぽりだそうか?」見つめ合い、停止している二人にミシモが着替えを促した。
「せめて一時間早く起こしてくれれば、ミシモだけばっちりして」ホノカが当然と云えば当然の文句を言うと、
「私だってさっき起きたんだよ。散々騒いであんたらが寝たのが六時。こりゃ寝たら起きれないなと私は上で映画観てた。全く退屈な映画でさ。そして気がついたのがさっき。わかった?急げ」ミシモの号令の下、急ピッチで作業は続けられた。マユミの携帯電話は何故か真っ二つになっていた。しかしマユミはあまり衝撃を受けない。さもありなん。自分でやりかねないし、誰かがやったとしてもやられてしょうがないことをしたのだと一瞬で悟ったからである。
「オールなんてしてる場合じゃなかったな」
「お前が言うなぁ!」
「面目ないです、はい。ところでおばさん達は?」
「昨日の通夜に行ったんだよ。今日は旅行でどっか行った」
「やっぱりオールなんてしてる場合じゃ」
「黙れこの椎茸!」
「しいたけ?」
葬儀は街の小さな葬儀場で行われている。ミシモの家から走って三分程だろうか。三人は髪の毛に寝癖をつけたまま、結局ホノカは赤い髪のまま、やぼったい体と乱れ髪を振り乱し、アセトアルデヒド混じりの息を切らして走りつづけ、なんとか焼香に間に合ったようである。
葬儀場の横で、葬儀場の案内人が訝しげに見守る中、膝に手をついて嗚咽混じりに乱れた息を整えている様は、端から見れば故人の死を悼み泣き崩れている多感な女子に見えなくもない。
「しまった!香典忘れた」
マユミが受付にてようやくそのことに気がつくと、三人はまた、それぞれの実家へと走り出した。
続
アラクネ(3)~再投稿っつうかなんつうか…~
「乾杯ね。乾杯。それとも献杯かな」
運ばれてきた四つのジョッキと一杯のアイスティを前に、アヤがついついしゃしゃり出た。この娘は秀才であるのに学習能力が無いな、と、マユミは思い、また、三つ子の魂百までか、と思った。
「おやおや、またお子様がでしゃばりましたね。お子様に乾杯も献杯もあるまいに、あ、あるまーに」マユミが目をアヤから伏せながら言う。
「しつこい!あるまーにって何?駄洒落?思いつきで言わないでよ!しょうもないよ!しつこいししょうもない!やっぱりあんたそんな子だったわ!学校で何を教わってきたのよ!中学生からやり直しなよ!」
アヤが夢中で、楽しそうに喚いている隙にミシモがビールを一気飲みした。
「おい!なんで?乾杯の音頭は?」
アヤが疑問をミシモに叩きつけるその隙に、マユミとカナコもミシモの後に続く。
「ぷはぁ」
アイスティの中に出来たガムシロップの澱みを、ストローの上を指で押さえてはまた離し、神経質な上下運動を繰り返してかき混ぜるホノカを見つけたアヤは、
「ホノカが最後だからね」
と、子供じみた文句を切り、目の前のジョッキをその膨れた頬一杯にして一気に飲み干した。
「へ?何が?」
呆気にとられたような返事をしてホノカはちゅるりとストローを吸った。
「甘っ!なにこれ」ホノカは苦いものを口に入れた子供のように顔に皺を寄せ、舌を出した。その顔はまるで無邪気な天使のようで、この場に男が居ればイチコロだな、と、マユミは思った。
「ちゃんとかき混ぜろよ!」
カナコがホノカの赤い髪を撹拌するよう、ぐしゃぐしゃにする。
「こうすりゃいいのに何ちんたらやってんの」
「…なるほどね」
「なるほどねってホノカ、あんた何を納得したっていうのよ」
「いやぁ、カナコの言う通り初めからぐちゃぐちゃにしちゃえばよかったなって。なるほど。そんな方法が。コペルニクス的転回だわ。コペ転ね。コペ転。ありがとう」
「あのねホノカ、このことをあんたに注意するのは、そうね、八回目よ八回目。いい加減にしてよね」
「それは、ご苦労様です」
「…まあ、いっか。ところで、みんな知ってると思うけど」
カナコはヒロフミの死に様のことを話し出した。みんな知ってると思う、と、したのは、ヒロフミの死に方が猟奇且つ珍奇に彩られていて、ピーピング趣味のマスコミに注目を浴びたからだ。とはいえ、事件性がなく、尚且つどうやら死んだ者がキ印であるらしいことがわかると、マスコミは一斉に手を引き、大衆食堂の日替わりメニューのように、次の日には世間からも忘れ去られていたが。
「そのことはここじゃなくて、どっかに行ってから話すべき」今にもヒロフミの死について知っていることを、声を大にして喋り出そうとするカナコ。そんなカナコをミシモは制止し、辺りを見渡した。ここは地元である。八割方埋まっている座席に座っているのは、恐らくそのほとんどが、知り合いか知り合いの知り合いの範疇にある人物達であろう。ただでさえ人の、特に地元の人間の興味を惹く事件である。ミシモはヒロフミの死についておかしな噂話が広がることは構わないと思っているが、その噂話の発信源にはなりたくなかった。
「そっか、そうだよね」とにかく話したくてしょうがなかったカナコは自身を恥じるようにしゅんとなった。
「ま、そのことは後でじっくり伺うけどね。でも今は、ほら、壁に耳あり、障子に」ミシモは言い終わる前にマユミに目配せをした。
「愛のメモリー」
…………。
「メアリーでいいのに。マユミはどこか奇をてらって失敗するのよね」と、カナコが不意に訪れた静寂を破った。
「ああ、わかるわかる。卒業アルバム見た?クラスのおもしろ担当だったくせして普通のことしか書いてないのよ?修学旅行が楽しかったとか立派な大人になりますとか。ふざけてるのよこいつは。それでいて失敗してるの。素直に本来のはしゃぎっぷりを書けばいいのにさ。そっちのがおもしろくなるのに、逆に狙ってさ。反対のこと書いて。一生残る思い出さえも奇をてらって失敗。天邪鬼なのよ。求めたら引いて引いたら構って欲しくて。波打ち際みたいな奴なのよ。大体、障子に愛のメモリーってどういうことよ」と、アヤ。
「そりゃ太陽の季節的な」マユミが知っている人は知っている、ドのつく下ネタをさらりと言うと、
「あ、そうだ。ラッキーホールって知ってる?こないだ調べたんだけどさ」
と、知っていた人であったホノカが思いついたままに話題を変える。千変万化の雑談は女の特権である。
話はそれから幾度も幾度も終わり無き転換を繰り返し、マユミ達の空白の時間を埋めていく。気がつけば夜も半ばまで過ぎ、初雪は霙からぼた雪へと変わっていた。
「今日はオールでしょ」カナコが言うに及ばず、皆その覚悟である。
「不謹慎にも程があるねぇ」と、マユミ。
「楽しみたいくせに」とアヤ。
「しかし、今の時間帯に喪服来た乙女達が歩いてたら、黒いマリア様みたいね。明日になったら近くの学校の七不思議になってるかも。いや、逆に喪服は男の欲情を煽るっていうから、モテモテ?喪服に欲情は全人類のDNAに刻まれているのよDNAに」と、ホノカ。
「カラオケか、明日眼が腫れてたら、泣いたからってことになるわな」と、ミシモ。
「その前にちょっとコンビニ寄るぞ」
マユミがそう言うと、
「気をつけなよアヤ、マユミが本格的に酔っ払うと手がつけられないよ。ああ見えて普段マユミは周りに気を使って自分を抑えているからね。好き放題しているように見えて、その実、心の中に自分を演じていることからくるストレスが溜まっているのよ。理性と記憶が無くなった時、あいつの中の獣が解き放たれた時…ああ、中学高校大学と、私がどれだけ苦労したことか。恐ろしい恐ろしい。ほんと、気をつけなね」ミシモはニヤリと表情を作りアヤに言った。
「何で私だけに忠告するのよ!」
アヤの声は空しく夜の街に響くと、すぐに雪へと吸い込まれていった。
続
運ばれてきた四つのジョッキと一杯のアイスティを前に、アヤがついついしゃしゃり出た。この娘は秀才であるのに学習能力が無いな、と、マユミは思い、また、三つ子の魂百までか、と思った。
「おやおや、またお子様がでしゃばりましたね。お子様に乾杯も献杯もあるまいに、あ、あるまーに」マユミが目をアヤから伏せながら言う。
「しつこい!あるまーにって何?駄洒落?思いつきで言わないでよ!しょうもないよ!しつこいししょうもない!やっぱりあんたそんな子だったわ!学校で何を教わってきたのよ!中学生からやり直しなよ!」
アヤが夢中で、楽しそうに喚いている隙にミシモがビールを一気飲みした。
「おい!なんで?乾杯の音頭は?」
アヤが疑問をミシモに叩きつけるその隙に、マユミとカナコもミシモの後に続く。
「ぷはぁ」
アイスティの中に出来たガムシロップの澱みを、ストローの上を指で押さえてはまた離し、神経質な上下運動を繰り返してかき混ぜるホノカを見つけたアヤは、
「ホノカが最後だからね」
と、子供じみた文句を切り、目の前のジョッキをその膨れた頬一杯にして一気に飲み干した。
「へ?何が?」
呆気にとられたような返事をしてホノカはちゅるりとストローを吸った。
「甘っ!なにこれ」ホノカは苦いものを口に入れた子供のように顔に皺を寄せ、舌を出した。その顔はまるで無邪気な天使のようで、この場に男が居ればイチコロだな、と、マユミは思った。
「ちゃんとかき混ぜろよ!」
カナコがホノカの赤い髪を撹拌するよう、ぐしゃぐしゃにする。
「こうすりゃいいのに何ちんたらやってんの」
「…なるほどね」
「なるほどねってホノカ、あんた何を納得したっていうのよ」
「いやぁ、カナコの言う通り初めからぐちゃぐちゃにしちゃえばよかったなって。なるほど。そんな方法が。コペルニクス的転回だわ。コペ転ね。コペ転。ありがとう」
「あのねホノカ、このことをあんたに注意するのは、そうね、八回目よ八回目。いい加減にしてよね」
「それは、ご苦労様です」
「…まあ、いっか。ところで、みんな知ってると思うけど」
カナコはヒロフミの死に様のことを話し出した。みんな知ってると思う、と、したのは、ヒロフミの死に方が猟奇且つ珍奇に彩られていて、ピーピング趣味のマスコミに注目を浴びたからだ。とはいえ、事件性がなく、尚且つどうやら死んだ者がキ印であるらしいことがわかると、マスコミは一斉に手を引き、大衆食堂の日替わりメニューのように、次の日には世間からも忘れ去られていたが。
「そのことはここじゃなくて、どっかに行ってから話すべき」今にもヒロフミの死について知っていることを、声を大にして喋り出そうとするカナコ。そんなカナコをミシモは制止し、辺りを見渡した。ここは地元である。八割方埋まっている座席に座っているのは、恐らくそのほとんどが、知り合いか知り合いの知り合いの範疇にある人物達であろう。ただでさえ人の、特に地元の人間の興味を惹く事件である。ミシモはヒロフミの死についておかしな噂話が広がることは構わないと思っているが、その噂話の発信源にはなりたくなかった。
「そっか、そうだよね」とにかく話したくてしょうがなかったカナコは自身を恥じるようにしゅんとなった。
「ま、そのことは後でじっくり伺うけどね。でも今は、ほら、壁に耳あり、障子に」ミシモは言い終わる前にマユミに目配せをした。
「愛のメモリー」
…………。
「メアリーでいいのに。マユミはどこか奇をてらって失敗するのよね」と、カナコが不意に訪れた静寂を破った。
「ああ、わかるわかる。卒業アルバム見た?クラスのおもしろ担当だったくせして普通のことしか書いてないのよ?修学旅行が楽しかったとか立派な大人になりますとか。ふざけてるのよこいつは。それでいて失敗してるの。素直に本来のはしゃぎっぷりを書けばいいのにさ。そっちのがおもしろくなるのに、逆に狙ってさ。反対のこと書いて。一生残る思い出さえも奇をてらって失敗。天邪鬼なのよ。求めたら引いて引いたら構って欲しくて。波打ち際みたいな奴なのよ。大体、障子に愛のメモリーってどういうことよ」と、アヤ。
「そりゃ太陽の季節的な」マユミが知っている人は知っている、ドのつく下ネタをさらりと言うと、
「あ、そうだ。ラッキーホールって知ってる?こないだ調べたんだけどさ」
と、知っていた人であったホノカが思いついたままに話題を変える。千変万化の雑談は女の特権である。
話はそれから幾度も幾度も終わり無き転換を繰り返し、マユミ達の空白の時間を埋めていく。気がつけば夜も半ばまで過ぎ、初雪は霙からぼた雪へと変わっていた。
「今日はオールでしょ」カナコが言うに及ばず、皆その覚悟である。
「不謹慎にも程があるねぇ」と、マユミ。
「楽しみたいくせに」とアヤ。
「しかし、今の時間帯に喪服来た乙女達が歩いてたら、黒いマリア様みたいね。明日になったら近くの学校の七不思議になってるかも。いや、逆に喪服は男の欲情を煽るっていうから、モテモテ?喪服に欲情は全人類のDNAに刻まれているのよDNAに」と、ホノカ。
「カラオケか、明日眼が腫れてたら、泣いたからってことになるわな」と、ミシモ。
「その前にちょっとコンビニ寄るぞ」
マユミがそう言うと、
「気をつけなよアヤ、マユミが本格的に酔っ払うと手がつけられないよ。ああ見えて普段マユミは周りに気を使って自分を抑えているからね。好き放題しているように見えて、その実、心の中に自分を演じていることからくるストレスが溜まっているのよ。理性と記憶が無くなった時、あいつの中の獣が解き放たれた時…ああ、中学高校大学と、私がどれだけ苦労したことか。恐ろしい恐ろしい。ほんと、気をつけなね」ミシモはニヤリと表情を作りアヤに言った。
「何で私だけに忠告するのよ!」
アヤの声は空しく夜の街に響くと、すぐに雪へと吸い込まれていった。
続
アラクネ(2)~再投稿~
五人の喪服の乙女達が辿り着いた所は、駅前ロータリーに存在するファミリーレストランであった。今日の、ひとまずの目的地である。本番は明日。しかし、この日の為に喪服を卸したということは間違っていない。
小学校時代の同窓生、佐藤ヒロフミが死んだことにより、三年置きに同窓会をしようと涙ながらに決められた本気でありながら社交辞令と化した約束から長い沈黙を破り、連絡網というものが同窓生一同に回った。実は、連絡網が回り巡るより早く、大概の同窓生はその事実を耳に入れていたのだが。
マユミの場合、実家住まいであるからして、野崎アヤからの連絡が家の電話にかかってきて、その電話をマユミ本人が取った。マユミも大概の同窓生の一員であり、ヒロフミの死を連絡網より事前に知っていたもので、普段あまり家の電話を取るということはしないのだが、イレギュラーなタイミングで電話が鳴った時、虫の知らせのより確かな感覚におそわれ、向こうの電話口の主がアヤであることを直感した。久しぶりに話すアヤと事務的な連絡をやりとりしたのち、携帯電話のアドレスを交換。マユミは次の人である菱山カナコに、卒業アルバムを紐解き、伝えられた連絡を回し、携帯電話のアドレスを交換、今日の日に至った。
というのも、マユミが大急ぎで喪服や葬式のマナーの準備をしている時、カナコから一通のメールが来たからである。曰わく、
「私初めて喪服を買ったんだけど、初めて喪服を卸した時ってお葬式の為に着ちゃいけないらしいよ。なんか喪服着てご飯食べたりするらしい。というわけで、喪服ヴァージン集めてプチ同窓会希望。こっちが本命だったりして」
カナコはそれを母親から聞いたらしかった。マユミはカナコの母親が作ったスイートポテトの限りない甘さを思い出してニヤニヤと部屋で一人微笑した。
マユミは当然ミシモと連絡を取ると、ついでにアヤにも連絡を取り、カナコは中学まで一緒だったホノカと連絡を取り、皆が初めて喪服を卸すことになることを確認し、この日のプチ同窓会は実現したのである。
「じゃあ、中生」席に着くなりミシモが注文した。
「私も」マユミが続く。二人にとっては少し前までの日常的な行動であった。
「いいのかな?一応しんみりしないといけないんじゃ」
ミシモとマユミが、とりあえずビール、を注文した所でアヤが、冗談めいて口を出した。この五人には、喪服を着ているとはいえ、しんみりする、などという感情は芽生えていない。ピアノの演奏会前日のような、死者に対し不敬であるとわかっているものの、それこそ久しぶりに会うであろう同窓生達との面通しのことを思うと、少なくともマユミはウキウキした気分ですらある。
「明日になりゃ自然にそうなんだからさ、弔い酒よ弔い酒」
カナコがアヤに言い、ミシモとマユミに続いた。
「じゃあ私は色々と考慮した結果、アイスティで」
「おい、色々考えるなよ」
時計回りに巡る注文の順番を無視し、あまつさえホノカはビールの連鎖の流れを切りアイスティを注文したところで、カナコがツッコミをいれた。
「じゃ、じゃあ私は」
アヤが所在なさげに注文しようとしたところで、
「ふむ、ビール、ビール、ビール、アイスティ、ときて、ここまではわかるよ。ここまではわかる。ビール、ビール、ビールときたところにホノカがアイスティ。わかる。わかるよ。では、果たして最後の注文者であるアヤっぺは何を注文しようと云うのかね?何を、注文しようと云うのかね?」
マユミがいやらしい顔をしてアヤの顔をじろりとねめつける。
「うっ」
アヤが、何か突飛なものを注文しないといけない雰囲気、を感じたところで、
「ああ!懐かしい!そう云えばアヤっぺって呼んでた!うん!」アヤの突飛な注文のタイミングを切り裂いて、ホノカがさも懐かしげに感慨深く、しかしながら店内に響くような大きな声で言った。
「うるさい!あんたが時計回りを無視したからこんなことになってんのよ!大体なんで私が“じゃあ私はお子様セットを”なんて注文しなきゃいけないのよ!ていうかマユミ!わかるよって何よ!何がわかるっていうのよ!思い出した!あんた子供の頃から誰かを貶めるのが好きだったわ!」即興劇の見せ場を横取りされ、立つ瀬がなくなったアヤはのべつまくなしにがなり立てた。
「ああ、そうそう。マユミってそんな子だったね。でも決して自分は晒されないというか、ね」アヤの口調に反してホノカがのんびりと応える。
「そんな風に言われると凄く気分悪いんですけど」マユミがそう答えるとアヤ以外の四人が、ミシモとマユミは店員の存在を視野に入れながら、わいわいがやがやと喋くり始めた。
置いてけぼりのアヤと店員。店員が少しムっとした口調で、
「お子様セットは十二歳以上のお客様はご注文出来ませんが」
早く決めろ、と、言わんばかりに言った。
待ってましたとばかりにミシモとマユミが目を合わし、
「あらあら、恥ずかしいねぇ」と、ミシモ。
「なにやら無茶を言うお子様がいるみたいよ」
「なるほど、久しぶりに会った小学校の同級生だから、気分も小学生時代に戻ったんじゃないかしら」
「ああ、ノスタルジックって云うやつね」
「ノスタルジーに浸るなんてそんな、あの人一体何様かしら?」
「何様って…ひょっとして、お子様?」
「くくくく」
二人のひそひそ話にカナコとホノカがくすりと笑う。アヤは呆れたように、静かにビールを注文した。
続
小学校時代の同窓生、佐藤ヒロフミが死んだことにより、三年置きに同窓会をしようと涙ながらに決められた本気でありながら社交辞令と化した約束から長い沈黙を破り、連絡網というものが同窓生一同に回った。実は、連絡網が回り巡るより早く、大概の同窓生はその事実を耳に入れていたのだが。
マユミの場合、実家住まいであるからして、野崎アヤからの連絡が家の電話にかかってきて、その電話をマユミ本人が取った。マユミも大概の同窓生の一員であり、ヒロフミの死を連絡網より事前に知っていたもので、普段あまり家の電話を取るということはしないのだが、イレギュラーなタイミングで電話が鳴った時、虫の知らせのより確かな感覚におそわれ、向こうの電話口の主がアヤであることを直感した。久しぶりに話すアヤと事務的な連絡をやりとりしたのち、携帯電話のアドレスを交換。マユミは次の人である菱山カナコに、卒業アルバムを紐解き、伝えられた連絡を回し、携帯電話のアドレスを交換、今日の日に至った。
というのも、マユミが大急ぎで喪服や葬式のマナーの準備をしている時、カナコから一通のメールが来たからである。曰わく、
「私初めて喪服を買ったんだけど、初めて喪服を卸した時ってお葬式の為に着ちゃいけないらしいよ。なんか喪服着てご飯食べたりするらしい。というわけで、喪服ヴァージン集めてプチ同窓会希望。こっちが本命だったりして」
カナコはそれを母親から聞いたらしかった。マユミはカナコの母親が作ったスイートポテトの限りない甘さを思い出してニヤニヤと部屋で一人微笑した。
マユミは当然ミシモと連絡を取ると、ついでにアヤにも連絡を取り、カナコは中学まで一緒だったホノカと連絡を取り、皆が初めて喪服を卸すことになることを確認し、この日のプチ同窓会は実現したのである。
「じゃあ、中生」席に着くなりミシモが注文した。
「私も」マユミが続く。二人にとっては少し前までの日常的な行動であった。
「いいのかな?一応しんみりしないといけないんじゃ」
ミシモとマユミが、とりあえずビール、を注文した所でアヤが、冗談めいて口を出した。この五人には、喪服を着ているとはいえ、しんみりする、などという感情は芽生えていない。ピアノの演奏会前日のような、死者に対し不敬であるとわかっているものの、それこそ久しぶりに会うであろう同窓生達との面通しのことを思うと、少なくともマユミはウキウキした気分ですらある。
「明日になりゃ自然にそうなんだからさ、弔い酒よ弔い酒」
カナコがアヤに言い、ミシモとマユミに続いた。
「じゃあ私は色々と考慮した結果、アイスティで」
「おい、色々考えるなよ」
時計回りに巡る注文の順番を無視し、あまつさえホノカはビールの連鎖の流れを切りアイスティを注文したところで、カナコがツッコミをいれた。
「じゃ、じゃあ私は」
アヤが所在なさげに注文しようとしたところで、
「ふむ、ビール、ビール、ビール、アイスティ、ときて、ここまではわかるよ。ここまではわかる。ビール、ビール、ビールときたところにホノカがアイスティ。わかる。わかるよ。では、果たして最後の注文者であるアヤっぺは何を注文しようと云うのかね?何を、注文しようと云うのかね?」
マユミがいやらしい顔をしてアヤの顔をじろりとねめつける。
「うっ」
アヤが、何か突飛なものを注文しないといけない雰囲気、を感じたところで、
「ああ!懐かしい!そう云えばアヤっぺって呼んでた!うん!」アヤの突飛な注文のタイミングを切り裂いて、ホノカがさも懐かしげに感慨深く、しかしながら店内に響くような大きな声で言った。
「うるさい!あんたが時計回りを無視したからこんなことになってんのよ!大体なんで私が“じゃあ私はお子様セットを”なんて注文しなきゃいけないのよ!ていうかマユミ!わかるよって何よ!何がわかるっていうのよ!思い出した!あんた子供の頃から誰かを貶めるのが好きだったわ!」即興劇の見せ場を横取りされ、立つ瀬がなくなったアヤはのべつまくなしにがなり立てた。
「ああ、そうそう。マユミってそんな子だったね。でも決して自分は晒されないというか、ね」アヤの口調に反してホノカがのんびりと応える。
「そんな風に言われると凄く気分悪いんですけど」マユミがそう答えるとアヤ以外の四人が、ミシモとマユミは店員の存在を視野に入れながら、わいわいがやがやと喋くり始めた。
置いてけぼりのアヤと店員。店員が少しムっとした口調で、
「お子様セットは十二歳以上のお客様はご注文出来ませんが」
早く決めろ、と、言わんばかりに言った。
待ってましたとばかりにミシモとマユミが目を合わし、
「あらあら、恥ずかしいねぇ」と、ミシモ。
「なにやら無茶を言うお子様がいるみたいよ」
「なるほど、久しぶりに会った小学校の同級生だから、気分も小学生時代に戻ったんじゃないかしら」
「ああ、ノスタルジックって云うやつね」
「ノスタルジーに浸るなんてそんな、あの人一体何様かしら?」
「何様って…ひょっとして、お子様?」
「くくくく」
二人のひそひそ話にカナコとホノカがくすりと笑う。アヤは呆れたように、静かにビールを注文した。
続
爆笑
少し前に旧友と再会して、そいつんちで飲むことになったんだ。
部屋にはいると、おれは上着を脱ぐ。そしてその勢いのまま着ている服を全部脱ぎにかかった。わりと時間のかかる爆笑必至の超絶ギャグだよ。ま、挨拶代わりだ。おれの手が股間を守る最後の一枚に手をかけようとしたとき、そいつが言った。
「変わんねえなお前は」
って。だからおれはこう言ったんだ。
「いや、おれは変わったよ。あのころは全裸にゃならなかったからな」
腰布を勢いよく脱ぎ捨て、おれが全裸になると、そいつは笑って言ったよ。
「やっぱりガキのまんまじゃねえか」
ってね!!
真性だからオペしたお前にそれを言う資格ねえっての!!(蛇足)。だっはっはっ!!
はあ…………
さて、次回から再投稿祭り始まるよ。カヒツシュウセイってやつだよ。あれの一回目を再投稿しちゃったら火がついちゃってまったく、ははは。ばいなら。
部屋にはいると、おれは上着を脱ぐ。そしてその勢いのまま着ている服を全部脱ぎにかかった。わりと時間のかかる爆笑必至の超絶ギャグだよ。ま、挨拶代わりだ。おれの手が股間を守る最後の一枚に手をかけようとしたとき、そいつが言った。
「変わんねえなお前は」
って。だからおれはこう言ったんだ。
「いや、おれは変わったよ。あのころは全裸にゃならなかったからな」
腰布を勢いよく脱ぎ捨て、おれが全裸になると、そいつは笑って言ったよ。
「やっぱりガキのまんまじゃねえか」
ってね!!
真性だからオペしたお前にそれを言う資格ねえっての!!(蛇足)。だっはっはっ!!
はあ…………
さて、次回から再投稿祭り始まるよ。カヒツシュウセイってやつだよ。あれの一回目を再投稿しちゃったら火がついちゃってまったく、ははは。ばいなら。
アラクネ(1)~邂逅~※再投稿
その女、名をアラクネーと云う。大変優れた機織り女であったが、その腕を鼻にかけ、ギリシア最高の女神にして機織りを司る女神であるアテナの怒りを買い、アラクネーとアテナは機織り勝負をすることになった。アラクネーの織ったタペストリーは大変優れたものであったが、神々に対し不敬な物語を織り込んだタペストリーであったが為、アテナはアラクネーの織ったタペストリーを破壊し、アラクネーの頭を打ち据えた。アラクネーは逃げ出し、結局、首を吊り死んだ。哀れに思ったのか、怒りが収まらず呪いをかけたのか、アテナはアラクネーの亡骸にトリカブトの汁を撒き、蜘蛛に転生させたのであった。今日、ギリシア語で蜘蛛のことを、この女の名を取り、アラクネーと呼ぶ。
天気予報では明日から降り積もる筈の雪が、せっかちな雲は明日までこらえきれず、降りそそぐ速度に緩急をつけた霙となって土師マユミ(はじまゆみ)の喪服を、点々と、より黒く染める。
仕事を終えたマユミは、一旦家に帰ると、この日の為に卸した初めての喪服に袖を通し、久しぶりに会う小学校の友人達との待ち合わせの場所へと向かっていた。
社会人になって初めての雪だな。
マユミはまるで初めて雪を見る子供のように、目を丸め、不思議そうな顔をしてビニール傘のフィルターを通し、真っ暗でいながらも確かに灰色模様の夜空を見上げた。
待ち合わせ場所に見る懐かしい面々、皆卸したての喪服を着ている。幼小中高大学とマユミと腐れ縁になった幼なじみの尾形ミシモ(おがたみしも)もいるが、中学受験をしたマユミはあまり地元の、友達だった、子らと遊ぶようなこともなく、集まった五人のうち、ミシモ以外の三人とは実に小学校の卒業アルバムを受け取った日以来の邂逅であった。
「あれマユミだよ。おーい」待ち合わせた駅の駅前ロータリーの向こう側から来たマユミを初めに発見し、それを他の四人に知らせたのは菱山カナコ(ひしやまかなこ)。小学校の時も、道で会った時には、遥か遠くから手を振って挨拶をしてくる、挨拶の間が悪い子だったな、と、マユミは思い出し、うっすらと笑みを浮かべた。体の成長が小学生の時に止まってしまったのか、少し大人びた顔つきになったものの、小学生の頃は普通だった身長が今では五人の中で群を抜いて低い。
「久しぶりだね。元気かえ?」野崎アヤ(のざきあや)は相変わらず頬がふっくらしている。そのくせ体はモデル体型なのだから皮肉なものだ。彼女は確か有名女子校に進学した筈だとマユミは記憶を紡いだ。
「久しぶり過ぎてマユミとどう話してたか忘れちゃったよ」素直過ぎる発言をしたのは鈴木ホノカ(すずきほのか)だ。彼女は小学生の頃から一際目立つ麗しい顔をしていたが、その知的で凛とした風貌からは想像もつかない程勉強も運動も苦手で、尚且つ、所謂天然ボケである。マユミは彼女の頭を見て驚いた。彼女のショートカットの髪は暗めのワインレッドに染め上げられていたからだ。思えば小学生の頃から奇抜なことをする子であり、クラスのムードメーカーだった。「大丈夫大丈夫。明日はスプレーで黒くするわい」ほんの少し訝しんだマユミの表情を読み取ると、アヤはそう言って何故かマユミの腹を揉んで笑った。
「さて、と、行こう」この仲良しグループのリーダーはマユミの幼なじみである尾形ミシモであった。彼女には不思議なカリスマ性がある。勉強でも運動でも別段秀でた面は無いし、ましてやその顔立ちも決して美人側に属しているとは言えない、とはいえ決して醜悪な顔をしているわけではない、やや厚い唇に見開かないと開いているのかいないのかわからない閉じた眼、おまけに癖っ毛の持ち主である。だが、何故か彼女のすることは、静かに、クラスに浸透する。彼女が教室でファンデーションを塗れば、翌日にはみんな学校に持ち込むといった具合に。この仲良しグループの中だけではなく、中学高校大学と、文化祭など生徒が楽しみにしている学校行事には自然と彼女が実行委員として担ぎ上げられることを長く同窓であったマユミは知っている。自ら立候補し、率先して周りを引っ張ろうとするタイプのリーダーではなく、間抜けな面も多々あるのだが、周りから頼られ、しょうがなくリーダー役を受け持ち、その結果リーダー役が板についたタイプの真に優れたリーダーである。ミシモは気骨に溢れた人物で、十代の年頃、犯罪めいたことの一つや二つ誰でもするが、得てして
暴走しがちな、盲目的に悪ノリした集団の中でも、一線を越えようとすれば、はっきり、それは駄目だ、と言える人間であり、また皆が従う。所謂「学校では教えてくれない」善悪の基準を、極々自然体でありながら、周りに植え付ける役割をもミシモは担っていた。マユミはミシモといる時いつも安心だった。
続
続きは前々回記事参照
天気予報では明日から降り積もる筈の雪が、せっかちな雲は明日までこらえきれず、降りそそぐ速度に緩急をつけた霙となって土師マユミ(はじまゆみ)の喪服を、点々と、より黒く染める。
仕事を終えたマユミは、一旦家に帰ると、この日の為に卸した初めての喪服に袖を通し、久しぶりに会う小学校の友人達との待ち合わせの場所へと向かっていた。
社会人になって初めての雪だな。
マユミはまるで初めて雪を見る子供のように、目を丸め、不思議そうな顔をしてビニール傘のフィルターを通し、真っ暗でいながらも確かに灰色模様の夜空を見上げた。
待ち合わせ場所に見る懐かしい面々、皆卸したての喪服を着ている。幼小中高大学とマユミと腐れ縁になった幼なじみの尾形ミシモ(おがたみしも)もいるが、中学受験をしたマユミはあまり地元の、友達だった、子らと遊ぶようなこともなく、集まった五人のうち、ミシモ以外の三人とは実に小学校の卒業アルバムを受け取った日以来の邂逅であった。
「あれマユミだよ。おーい」待ち合わせた駅の駅前ロータリーの向こう側から来たマユミを初めに発見し、それを他の四人に知らせたのは菱山カナコ(ひしやまかなこ)。小学校の時も、道で会った時には、遥か遠くから手を振って挨拶をしてくる、挨拶の間が悪い子だったな、と、マユミは思い出し、うっすらと笑みを浮かべた。体の成長が小学生の時に止まってしまったのか、少し大人びた顔つきになったものの、小学生の頃は普通だった身長が今では五人の中で群を抜いて低い。
「久しぶりだね。元気かえ?」野崎アヤ(のざきあや)は相変わらず頬がふっくらしている。そのくせ体はモデル体型なのだから皮肉なものだ。彼女は確か有名女子校に進学した筈だとマユミは記憶を紡いだ。
「久しぶり過ぎてマユミとどう話してたか忘れちゃったよ」素直過ぎる発言をしたのは鈴木ホノカ(すずきほのか)だ。彼女は小学生の頃から一際目立つ麗しい顔をしていたが、その知的で凛とした風貌からは想像もつかない程勉強も運動も苦手で、尚且つ、所謂天然ボケである。マユミは彼女の頭を見て驚いた。彼女のショートカットの髪は暗めのワインレッドに染め上げられていたからだ。思えば小学生の頃から奇抜なことをする子であり、クラスのムードメーカーだった。「大丈夫大丈夫。明日はスプレーで黒くするわい」ほんの少し訝しんだマユミの表情を読み取ると、アヤはそう言って何故かマユミの腹を揉んで笑った。
「さて、と、行こう」この仲良しグループのリーダーはマユミの幼なじみである尾形ミシモであった。彼女には不思議なカリスマ性がある。勉強でも運動でも別段秀でた面は無いし、ましてやその顔立ちも決して美人側に属しているとは言えない、とはいえ決して醜悪な顔をしているわけではない、やや厚い唇に見開かないと開いているのかいないのかわからない閉じた眼、おまけに癖っ毛の持ち主である。だが、何故か彼女のすることは、静かに、クラスに浸透する。彼女が教室でファンデーションを塗れば、翌日にはみんな学校に持ち込むといった具合に。この仲良しグループの中だけではなく、中学高校大学と、文化祭など生徒が楽しみにしている学校行事には自然と彼女が実行委員として担ぎ上げられることを長く同窓であったマユミは知っている。自ら立候補し、率先して周りを引っ張ろうとするタイプのリーダーではなく、間抜けな面も多々あるのだが、周りから頼られ、しょうがなくリーダー役を受け持ち、その結果リーダー役が板についたタイプの真に優れたリーダーである。ミシモは気骨に溢れた人物で、十代の年頃、犯罪めいたことの一つや二つ誰でもするが、得てして
暴走しがちな、盲目的に悪ノリした集団の中でも、一線を越えようとすれば、はっきり、それは駄目だ、と言える人間であり、また皆が従う。所謂「学校では教えてくれない」善悪の基準を、極々自然体でありながら、周りに植え付ける役割をもミシモは担っていた。マユミはミシモといる時いつも安心だった。
続
続きは前々回記事参照