アラクネ(3)~再投稿っつうかなんつうか…~
「乾杯ね。乾杯。それとも献杯かな」
運ばれてきた四つのジョッキと一杯のアイスティを前に、アヤがついついしゃしゃり出た。この娘は秀才であるのに学習能力が無いな、と、マユミは思い、また、三つ子の魂百までか、と思った。
「おやおや、またお子様がでしゃばりましたね。お子様に乾杯も献杯もあるまいに、あ、あるまーに」マユミが目をアヤから伏せながら言う。
「しつこい!あるまーにって何?駄洒落?思いつきで言わないでよ!しょうもないよ!しつこいししょうもない!やっぱりあんたそんな子だったわ!学校で何を教わってきたのよ!中学生からやり直しなよ!」
アヤが夢中で、楽しそうに喚いている隙にミシモがビールを一気飲みした。
「おい!なんで?乾杯の音頭は?」
アヤが疑問をミシモに叩きつけるその隙に、マユミとカナコもミシモの後に続く。
「ぷはぁ」
アイスティの中に出来たガムシロップの澱みを、ストローの上を指で押さえてはまた離し、神経質な上下運動を繰り返してかき混ぜるホノカを見つけたアヤは、
「ホノカが最後だからね」
と、子供じみた文句を切り、目の前のジョッキをその膨れた頬一杯にして一気に飲み干した。
「へ?何が?」
呆気にとられたような返事をしてホノカはちゅるりとストローを吸った。
「甘っ!なにこれ」ホノカは苦いものを口に入れた子供のように顔に皺を寄せ、舌を出した。その顔はまるで無邪気な天使のようで、この場に男が居ればイチコロだな、と、マユミは思った。
「ちゃんとかき混ぜろよ!」
カナコがホノカの赤い髪を撹拌するよう、ぐしゃぐしゃにする。
「こうすりゃいいのに何ちんたらやってんの」
「…なるほどね」
「なるほどねってホノカ、あんた何を納得したっていうのよ」
「いやぁ、カナコの言う通り初めからぐちゃぐちゃにしちゃえばよかったなって。なるほど。そんな方法が。コペルニクス的転回だわ。コペ転ね。コペ転。ありがとう」
「あのねホノカ、このことをあんたに注意するのは、そうね、八回目よ八回目。いい加減にしてよね」
「それは、ご苦労様です」
「…まあ、いっか。ところで、みんな知ってると思うけど」
カナコはヒロフミの死に様のことを話し出した。みんな知ってると思う、と、したのは、ヒロフミの死に方が猟奇且つ珍奇に彩られていて、ピーピング趣味のマスコミに注目を浴びたからだ。とはいえ、事件性がなく、尚且つどうやら死んだ者がキ印であるらしいことがわかると、マスコミは一斉に手を引き、大衆食堂の日替わりメニューのように、次の日には世間からも忘れ去られていたが。
「そのことはここじゃなくて、どっかに行ってから話すべき」今にもヒロフミの死について知っていることを、声を大にして喋り出そうとするカナコ。そんなカナコをミシモは制止し、辺りを見渡した。ここは地元である。八割方埋まっている座席に座っているのは、恐らくそのほとんどが、知り合いか知り合いの知り合いの範疇にある人物達であろう。ただでさえ人の、特に地元の人間の興味を惹く事件である。ミシモはヒロフミの死についておかしな噂話が広がることは構わないと思っているが、その噂話の発信源にはなりたくなかった。
「そっか、そうだよね」とにかく話したくてしょうがなかったカナコは自身を恥じるようにしゅんとなった。
「ま、そのことは後でじっくり伺うけどね。でも今は、ほら、壁に耳あり、障子に」ミシモは言い終わる前にマユミに目配せをした。
「愛のメモリー」
…………。
「メアリーでいいのに。マユミはどこか奇をてらって失敗するのよね」と、カナコが不意に訪れた静寂を破った。
「ああ、わかるわかる。卒業アルバム見た?クラスのおもしろ担当だったくせして普通のことしか書いてないのよ?修学旅行が楽しかったとか立派な大人になりますとか。ふざけてるのよこいつは。それでいて失敗してるの。素直に本来のはしゃぎっぷりを書けばいいのにさ。そっちのがおもしろくなるのに、逆に狙ってさ。反対のこと書いて。一生残る思い出さえも奇をてらって失敗。天邪鬼なのよ。求めたら引いて引いたら構って欲しくて。波打ち際みたいな奴なのよ。大体、障子に愛のメモリーってどういうことよ」と、アヤ。
「そりゃ太陽の季節的な」マユミが知っている人は知っている、ドのつく下ネタをさらりと言うと、
「あ、そうだ。ラッキーホールって知ってる?こないだ調べたんだけどさ」
と、知っていた人であったホノカが思いついたままに話題を変える。千変万化の雑談は女の特権である。
話はそれから幾度も幾度も終わり無き転換を繰り返し、マユミ達の空白の時間を埋めていく。気がつけば夜も半ばまで過ぎ、初雪は霙からぼた雪へと変わっていた。
「今日はオールでしょ」カナコが言うに及ばず、皆その覚悟である。
「不謹慎にも程があるねぇ」と、マユミ。
「楽しみたいくせに」とアヤ。
「しかし、今の時間帯に喪服来た乙女達が歩いてたら、黒いマリア様みたいね。明日になったら近くの学校の七不思議になってるかも。いや、逆に喪服は男の欲情を煽るっていうから、モテモテ?喪服に欲情は全人類のDNAに刻まれているのよDNAに」と、ホノカ。
「カラオケか、明日眼が腫れてたら、泣いたからってことになるわな」と、ミシモ。
「その前にちょっとコンビニ寄るぞ」
マユミがそう言うと、
「気をつけなよアヤ、マユミが本格的に酔っ払うと手がつけられないよ。ああ見えて普段マユミは周りに気を使って自分を抑えているからね。好き放題しているように見えて、その実、心の中に自分を演じていることからくるストレスが溜まっているのよ。理性と記憶が無くなった時、あいつの中の獣が解き放たれた時…ああ、中学高校大学と、私がどれだけ苦労したことか。恐ろしい恐ろしい。ほんと、気をつけなね」ミシモはニヤリと表情を作りアヤに言った。
「何で私だけに忠告するのよ!」
アヤの声は空しく夜の街に響くと、すぐに雪へと吸い込まれていった。
続
運ばれてきた四つのジョッキと一杯のアイスティを前に、アヤがついついしゃしゃり出た。この娘は秀才であるのに学習能力が無いな、と、マユミは思い、また、三つ子の魂百までか、と思った。
「おやおや、またお子様がでしゃばりましたね。お子様に乾杯も献杯もあるまいに、あ、あるまーに」マユミが目をアヤから伏せながら言う。
「しつこい!あるまーにって何?駄洒落?思いつきで言わないでよ!しょうもないよ!しつこいししょうもない!やっぱりあんたそんな子だったわ!学校で何を教わってきたのよ!中学生からやり直しなよ!」
アヤが夢中で、楽しそうに喚いている隙にミシモがビールを一気飲みした。
「おい!なんで?乾杯の音頭は?」
アヤが疑問をミシモに叩きつけるその隙に、マユミとカナコもミシモの後に続く。
「ぷはぁ」
アイスティの中に出来たガムシロップの澱みを、ストローの上を指で押さえてはまた離し、神経質な上下運動を繰り返してかき混ぜるホノカを見つけたアヤは、
「ホノカが最後だからね」
と、子供じみた文句を切り、目の前のジョッキをその膨れた頬一杯にして一気に飲み干した。
「へ?何が?」
呆気にとられたような返事をしてホノカはちゅるりとストローを吸った。
「甘っ!なにこれ」ホノカは苦いものを口に入れた子供のように顔に皺を寄せ、舌を出した。その顔はまるで無邪気な天使のようで、この場に男が居ればイチコロだな、と、マユミは思った。
「ちゃんとかき混ぜろよ!」
カナコがホノカの赤い髪を撹拌するよう、ぐしゃぐしゃにする。
「こうすりゃいいのに何ちんたらやってんの」
「…なるほどね」
「なるほどねってホノカ、あんた何を納得したっていうのよ」
「いやぁ、カナコの言う通り初めからぐちゃぐちゃにしちゃえばよかったなって。なるほど。そんな方法が。コペルニクス的転回だわ。コペ転ね。コペ転。ありがとう」
「あのねホノカ、このことをあんたに注意するのは、そうね、八回目よ八回目。いい加減にしてよね」
「それは、ご苦労様です」
「…まあ、いっか。ところで、みんな知ってると思うけど」
カナコはヒロフミの死に様のことを話し出した。みんな知ってると思う、と、したのは、ヒロフミの死に方が猟奇且つ珍奇に彩られていて、ピーピング趣味のマスコミに注目を浴びたからだ。とはいえ、事件性がなく、尚且つどうやら死んだ者がキ印であるらしいことがわかると、マスコミは一斉に手を引き、大衆食堂の日替わりメニューのように、次の日には世間からも忘れ去られていたが。
「そのことはここじゃなくて、どっかに行ってから話すべき」今にもヒロフミの死について知っていることを、声を大にして喋り出そうとするカナコ。そんなカナコをミシモは制止し、辺りを見渡した。ここは地元である。八割方埋まっている座席に座っているのは、恐らくそのほとんどが、知り合いか知り合いの知り合いの範疇にある人物達であろう。ただでさえ人の、特に地元の人間の興味を惹く事件である。ミシモはヒロフミの死についておかしな噂話が広がることは構わないと思っているが、その噂話の発信源にはなりたくなかった。
「そっか、そうだよね」とにかく話したくてしょうがなかったカナコは自身を恥じるようにしゅんとなった。
「ま、そのことは後でじっくり伺うけどね。でも今は、ほら、壁に耳あり、障子に」ミシモは言い終わる前にマユミに目配せをした。
「愛のメモリー」
…………。
「メアリーでいいのに。マユミはどこか奇をてらって失敗するのよね」と、カナコが不意に訪れた静寂を破った。
「ああ、わかるわかる。卒業アルバム見た?クラスのおもしろ担当だったくせして普通のことしか書いてないのよ?修学旅行が楽しかったとか立派な大人になりますとか。ふざけてるのよこいつは。それでいて失敗してるの。素直に本来のはしゃぎっぷりを書けばいいのにさ。そっちのがおもしろくなるのに、逆に狙ってさ。反対のこと書いて。一生残る思い出さえも奇をてらって失敗。天邪鬼なのよ。求めたら引いて引いたら構って欲しくて。波打ち際みたいな奴なのよ。大体、障子に愛のメモリーってどういうことよ」と、アヤ。
「そりゃ太陽の季節的な」マユミが知っている人は知っている、ドのつく下ネタをさらりと言うと、
「あ、そうだ。ラッキーホールって知ってる?こないだ調べたんだけどさ」
と、知っていた人であったホノカが思いついたままに話題を変える。千変万化の雑談は女の特権である。
話はそれから幾度も幾度も終わり無き転換を繰り返し、マユミ達の空白の時間を埋めていく。気がつけば夜も半ばまで過ぎ、初雪は霙からぼた雪へと変わっていた。
「今日はオールでしょ」カナコが言うに及ばず、皆その覚悟である。
「不謹慎にも程があるねぇ」と、マユミ。
「楽しみたいくせに」とアヤ。
「しかし、今の時間帯に喪服来た乙女達が歩いてたら、黒いマリア様みたいね。明日になったら近くの学校の七不思議になってるかも。いや、逆に喪服は男の欲情を煽るっていうから、モテモテ?喪服に欲情は全人類のDNAに刻まれているのよDNAに」と、ホノカ。
「カラオケか、明日眼が腫れてたら、泣いたからってことになるわな」と、ミシモ。
「その前にちょっとコンビニ寄るぞ」
マユミがそう言うと、
「気をつけなよアヤ、マユミが本格的に酔っ払うと手がつけられないよ。ああ見えて普段マユミは周りに気を使って自分を抑えているからね。好き放題しているように見えて、その実、心の中に自分を演じていることからくるストレスが溜まっているのよ。理性と記憶が無くなった時、あいつの中の獣が解き放たれた時…ああ、中学高校大学と、私がどれだけ苦労したことか。恐ろしい恐ろしい。ほんと、気をつけなね」ミシモはニヤリと表情を作りアヤに言った。
「何で私だけに忠告するのよ!」
アヤの声は空しく夜の街に響くと、すぐに雪へと吸い込まれていった。
続