アラクネ(1)~邂逅~※再投稿
その女、名をアラクネーと云う。大変優れた機織り女であったが、その腕を鼻にかけ、ギリシア最高の女神にして機織りを司る女神であるアテナの怒りを買い、アラクネーとアテナは機織り勝負をすることになった。アラクネーの織ったタペストリーは大変優れたものであったが、神々に対し不敬な物語を織り込んだタペストリーであったが為、アテナはアラクネーの織ったタペストリーを破壊し、アラクネーの頭を打ち据えた。アラクネーは逃げ出し、結局、首を吊り死んだ。哀れに思ったのか、怒りが収まらず呪いをかけたのか、アテナはアラクネーの亡骸にトリカブトの汁を撒き、蜘蛛に転生させたのであった。今日、ギリシア語で蜘蛛のことを、この女の名を取り、アラクネーと呼ぶ。
天気予報では明日から降り積もる筈の雪が、せっかちな雲は明日までこらえきれず、降りそそぐ速度に緩急をつけた霙となって土師マユミ(はじまゆみ)の喪服を、点々と、より黒く染める。
仕事を終えたマユミは、一旦家に帰ると、この日の為に卸した初めての喪服に袖を通し、久しぶりに会う小学校の友人達との待ち合わせの場所へと向かっていた。
社会人になって初めての雪だな。
マユミはまるで初めて雪を見る子供のように、目を丸め、不思議そうな顔をしてビニール傘のフィルターを通し、真っ暗でいながらも確かに灰色模様の夜空を見上げた。
待ち合わせ場所に見る懐かしい面々、皆卸したての喪服を着ている。幼小中高大学とマユミと腐れ縁になった幼なじみの尾形ミシモ(おがたみしも)もいるが、中学受験をしたマユミはあまり地元の、友達だった、子らと遊ぶようなこともなく、集まった五人のうち、ミシモ以外の三人とは実に小学校の卒業アルバムを受け取った日以来の邂逅であった。
「あれマユミだよ。おーい」待ち合わせた駅の駅前ロータリーの向こう側から来たマユミを初めに発見し、それを他の四人に知らせたのは菱山カナコ(ひしやまかなこ)。小学校の時も、道で会った時には、遥か遠くから手を振って挨拶をしてくる、挨拶の間が悪い子だったな、と、マユミは思い出し、うっすらと笑みを浮かべた。体の成長が小学生の時に止まってしまったのか、少し大人びた顔つきになったものの、小学生の頃は普通だった身長が今では五人の中で群を抜いて低い。
「久しぶりだね。元気かえ?」野崎アヤ(のざきあや)は相変わらず頬がふっくらしている。そのくせ体はモデル体型なのだから皮肉なものだ。彼女は確か有名女子校に進学した筈だとマユミは記憶を紡いだ。
「久しぶり過ぎてマユミとどう話してたか忘れちゃったよ」素直過ぎる発言をしたのは鈴木ホノカ(すずきほのか)だ。彼女は小学生の頃から一際目立つ麗しい顔をしていたが、その知的で凛とした風貌からは想像もつかない程勉強も運動も苦手で、尚且つ、所謂天然ボケである。マユミは彼女の頭を見て驚いた。彼女のショートカットの髪は暗めのワインレッドに染め上げられていたからだ。思えば小学生の頃から奇抜なことをする子であり、クラスのムードメーカーだった。「大丈夫大丈夫。明日はスプレーで黒くするわい」ほんの少し訝しんだマユミの表情を読み取ると、アヤはそう言って何故かマユミの腹を揉んで笑った。
「さて、と、行こう」この仲良しグループのリーダーはマユミの幼なじみである尾形ミシモであった。彼女には不思議なカリスマ性がある。勉強でも運動でも別段秀でた面は無いし、ましてやその顔立ちも決して美人側に属しているとは言えない、とはいえ決して醜悪な顔をしているわけではない、やや厚い唇に見開かないと開いているのかいないのかわからない閉じた眼、おまけに癖っ毛の持ち主である。だが、何故か彼女のすることは、静かに、クラスに浸透する。彼女が教室でファンデーションを塗れば、翌日にはみんな学校に持ち込むといった具合に。この仲良しグループの中だけではなく、中学高校大学と、文化祭など生徒が楽しみにしている学校行事には自然と彼女が実行委員として担ぎ上げられることを長く同窓であったマユミは知っている。自ら立候補し、率先して周りを引っ張ろうとするタイプのリーダーではなく、間抜けな面も多々あるのだが、周りから頼られ、しょうがなくリーダー役を受け持ち、その結果リーダー役が板についたタイプの真に優れたリーダーである。ミシモは気骨に溢れた人物で、十代の年頃、犯罪めいたことの一つや二つ誰でもするが、得てして
暴走しがちな、盲目的に悪ノリした集団の中でも、一線を越えようとすれば、はっきり、それは駄目だ、と言える人間であり、また皆が従う。所謂「学校では教えてくれない」善悪の基準を、極々自然体でありながら、周りに植え付ける役割をもミシモは担っていた。マユミはミシモといる時いつも安心だった。
続
続きは前々回記事参照
天気予報では明日から降り積もる筈の雪が、せっかちな雲は明日までこらえきれず、降りそそぐ速度に緩急をつけた霙となって土師マユミ(はじまゆみ)の喪服を、点々と、より黒く染める。
仕事を終えたマユミは、一旦家に帰ると、この日の為に卸した初めての喪服に袖を通し、久しぶりに会う小学校の友人達との待ち合わせの場所へと向かっていた。
社会人になって初めての雪だな。
マユミはまるで初めて雪を見る子供のように、目を丸め、不思議そうな顔をしてビニール傘のフィルターを通し、真っ暗でいながらも確かに灰色模様の夜空を見上げた。
待ち合わせ場所に見る懐かしい面々、皆卸したての喪服を着ている。幼小中高大学とマユミと腐れ縁になった幼なじみの尾形ミシモ(おがたみしも)もいるが、中学受験をしたマユミはあまり地元の、友達だった、子らと遊ぶようなこともなく、集まった五人のうち、ミシモ以外の三人とは実に小学校の卒業アルバムを受け取った日以来の邂逅であった。
「あれマユミだよ。おーい」待ち合わせた駅の駅前ロータリーの向こう側から来たマユミを初めに発見し、それを他の四人に知らせたのは菱山カナコ(ひしやまかなこ)。小学校の時も、道で会った時には、遥か遠くから手を振って挨拶をしてくる、挨拶の間が悪い子だったな、と、マユミは思い出し、うっすらと笑みを浮かべた。体の成長が小学生の時に止まってしまったのか、少し大人びた顔つきになったものの、小学生の頃は普通だった身長が今では五人の中で群を抜いて低い。
「久しぶりだね。元気かえ?」野崎アヤ(のざきあや)は相変わらず頬がふっくらしている。そのくせ体はモデル体型なのだから皮肉なものだ。彼女は確か有名女子校に進学した筈だとマユミは記憶を紡いだ。
「久しぶり過ぎてマユミとどう話してたか忘れちゃったよ」素直過ぎる発言をしたのは鈴木ホノカ(すずきほのか)だ。彼女は小学生の頃から一際目立つ麗しい顔をしていたが、その知的で凛とした風貌からは想像もつかない程勉強も運動も苦手で、尚且つ、所謂天然ボケである。マユミは彼女の頭を見て驚いた。彼女のショートカットの髪は暗めのワインレッドに染め上げられていたからだ。思えば小学生の頃から奇抜なことをする子であり、クラスのムードメーカーだった。「大丈夫大丈夫。明日はスプレーで黒くするわい」ほんの少し訝しんだマユミの表情を読み取ると、アヤはそう言って何故かマユミの腹を揉んで笑った。
「さて、と、行こう」この仲良しグループのリーダーはマユミの幼なじみである尾形ミシモであった。彼女には不思議なカリスマ性がある。勉強でも運動でも別段秀でた面は無いし、ましてやその顔立ちも決して美人側に属しているとは言えない、とはいえ決して醜悪な顔をしているわけではない、やや厚い唇に見開かないと開いているのかいないのかわからない閉じた眼、おまけに癖っ毛の持ち主である。だが、何故か彼女のすることは、静かに、クラスに浸透する。彼女が教室でファンデーションを塗れば、翌日にはみんな学校に持ち込むといった具合に。この仲良しグループの中だけではなく、中学高校大学と、文化祭など生徒が楽しみにしている学校行事には自然と彼女が実行委員として担ぎ上げられることを長く同窓であったマユミは知っている。自ら立候補し、率先して周りを引っ張ろうとするタイプのリーダーではなく、間抜けな面も多々あるのだが、周りから頼られ、しょうがなくリーダー役を受け持ち、その結果リーダー役が板についたタイプの真に優れたリーダーである。ミシモは気骨に溢れた人物で、十代の年頃、犯罪めいたことの一つや二つ誰でもするが、得てして
暴走しがちな、盲目的に悪ノリした集団の中でも、一線を越えようとすれば、はっきり、それは駄目だ、と言える人間であり、また皆が従う。所謂「学校では教えてくれない」善悪の基準を、極々自然体でありながら、周りに植え付ける役割をもミシモは担っていた。マユミはミシモといる時いつも安心だった。
続
続きは前々回記事参照