アラクネ(4)~再投稿~ | からだに恥をかく体操〜えんぴつみがき〜

アラクネ(4)~再投稿~

腕が、変だ。腕が、無い…。右腕が…。いや違う、ある。あるわ。変な方向に曲がっているだけ。なぁんだ。変な方向に曲がっているだけか。なぁんだ。変なの。…って。

マユミはパチリと両の眼を開けた。薄ぼんやりした暗闇の向こうに白い天井と照明。見慣れた部屋だが自分の部屋ではない。ミシモの部屋だ。ミシモの実家だ。右腕の異物感を確認する。マユミの隣、マユミの右腕を腕枕にしてホノカが寝ている。右腕の感覚がおかしいのは痺れていたからだ。「とんだハネムーン症候群ね」、そう呟いて、マユミは深呼吸をした。床に敷かれた布団の中。隣のシングルベッドではミシモが寝ている筈。マユミはゆっくりホノカの頭から意識の通じぬ右腕を体を使って引き抜くと、その勢いでがばっと背中を起こした。

状況を整理する。少し体がだるいだけで頭は痛くないし吐き気もしない。二日酔いは無さそうだ。まだ酔っ払っているからか、ウイスキーで酔っ払ったからか。

ぐっすり寝ていた所をみると寝ゲロも吐いていない。胸を触る。ブラジャーは外している。そして見たこと無い服を、いや、この服は通っていた高校のジャージだ。ミシモのジャージ。下着は、履いてない。隣で寝息をたてている者が男で無いことを再度確認し、ふぅーっと渇いた息を吐くと立ち上がる。ミシモはベッドの上に居なかった。

勝手知ったるミシモの家。部屋を出てトイレへ。便座に座ると、昨日自分がしたこと、されたことが、所々映画のフィルムを切り抜いたみたく頭の中で再生される。抜け落ちた記憶を手繰る。その記憶はアヤに背中をガンガンとストンピングされながら、カラオケ店内に持ち込んだ二本目のトリスをストレートノーチェイサーで飲んでいるところでぷっつり潰えていた。

また何かやらかしたに違いない。後悔するなら飲まなければいいのにな、マユミはうんざりしながら刺激臭のする便を流し、台所へと向かう。頭と喉が渇いている。

台所には誰も居らず、冷蔵庫を開け、スポーツドリンクをコップに注いでいると、ドタドタと三回建てのミシモの家の階段を降りてくる人物の足音が聴こえた。

ああ、おばさん怒っているかなぁ。

マユミの心配をよそに、足音の人物はミシモであった。ミシモは喪服を着ている。まだ寝ていないのかな、などとマユミがぽかんとミシモを酔い明け眼で見ていると、

「ああ、なんだ、とにかく、早く準備しないと焼きが終わっちゃうぞ」と、ミシモが言う。

「へ?今何時ですか?それと私の眼鏡と携帯と喪服はどこですか?それと昨日私は何をしましたか?」マユミが痛飲した時の羊飼いは決まってミシモだった。

「十時、葬儀はもう始まってる。急げ。お前の備品は私の部屋の机の上。喪服はそこに掛かっているから。下着も」

リビングの壁には確かにマユミとホノカの喪服が綺麗に掛けられている。ミシモのおばさんが掛けたに違いなかった。なんて迷惑なんだ、と、マユミが下を向くと、

「急げ。ホノカはまだ寝てるの?まずいぞ。あ、あと、お前が昨日何したかはアヤに訊くのがよい。ホノカぁ!」

ミシモがホノカを叩き起こす荒業の騒音を聴きながら、ぼーっとしてスポーツドリンクをゆっくり飲み干すと、こんなことしてる場合じゃないじゃない、と、尻に火がつき、急いで喪服に着替え始めた。

着替えている途中、マユミがちょうど全裸になっている時、ホノカがリビングにやってきた。

「…マユミ、まだ酔って」

「へ?」マユミは下着を履こうと立ったまま猫の如く身を丸めている姿勢で停止していた。

「覚えちゃいないよ。とにかく今は急げ。それとも今の姿のまま表にほっぽりだそうか?」見つめ合い、停止している二人にミシモが着替えを促した。

「せめて一時間早く起こしてくれれば、ミシモだけばっちりして」ホノカが当然と云えば当然の文句を言うと、

「私だってさっき起きたんだよ。散々騒いであんたらが寝たのが六時。こりゃ寝たら起きれないなと私は上で映画観てた。全く退屈な映画でさ。そして気がついたのがさっき。わかった?急げ」ミシモの号令の下、急ピッチで作業は続けられた。マユミの携帯電話は何故か真っ二つになっていた。しかしマユミはあまり衝撃を受けない。さもありなん。自分でやりかねないし、誰かがやったとしてもやられてしょうがないことをしたのだと一瞬で悟ったからである。

「オールなんてしてる場合じゃなかったな」

「お前が言うなぁ!」

「面目ないです、はい。ところでおばさん達は?」

「昨日の通夜に行ったんだよ。今日は旅行でどっか行った」

「やっぱりオールなんてしてる場合じゃ」

「黙れこの椎茸!」

「しいたけ?」

葬儀は街の小さな葬儀場で行われている。ミシモの家から走って三分程だろうか。三人は髪の毛に寝癖をつけたまま、結局ホノカは赤い髪のまま、やぼったい体と乱れ髪を振り乱し、アセトアルデヒド混じりの息を切らして走りつづけ、なんとか焼香に間に合ったようである。

葬儀場の横で、葬儀場の案内人が訝しげに見守る中、膝に手をついて嗚咽混じりに乱れた息を整えている様は、端から見れば故人の死を悼み泣き崩れている多感な女子に見えなくもない。

「しまった!香典忘れた」

マユミが受付にてようやくそのことに気がつくと、三人はまた、それぞれの実家へと走り出した。