勇者と段々崩壊していく世界
僕にも事情はあるし、彼女もそれなりに何か考えがあるようだ。そんな僕達には密室が必要だった。ただ彼女が何を考えているのか、僕にはどうでもよかった。彼女がこの先泣こうが喚こうが怒ろうが自殺を宣言しようが 、心の底からどうでもよいという気分になっていた。どうせなら最後に一回やっておかなきゃ損かな?、程度にしか彼女のことを思っていなかった。つい数時間前までストーキング行為をするほど彼女を愛していたというのに、もはや僕は彼女を、動くし喋るしなぜだか僕のこともよく知ってる物体、と見ていたと言っても過言ではない。
こんな朝早くに密室を用意するにはホテルしかないのは言うまでもない。だが、僕の精神がこの町のラブホに入るのを強く拒む。その心情は決して暴行事件 を犯した直後だから、という現実的なものではない。これは、屈辱、なのだろうか。僕の目にこの町のホテルはなんともいえない汚らわしさを纏って映る。そのなんともいえない汚らわしさはホテルだけでなく、いやホテル以上に、彼女をべっとりと包み込んでいる。そのべっとりとした汚らわしい膜状のフィルターが、僕に彼女を動く物体として見せていることに違いはないだろう。
犯行現場に戻ってしまうバカを犯さないようにする為、駅も利用できない。しようがないなので歩くことになった。歩いて隣町のホテルまで向かう。少し早足で歩いている最中、僕は以前の僕のように、あるいはそれ以上に饒舌だった。自分でも何がおかしいのかわからないが、やたら彼女に話しかけては明るく笑う自分がいた。
歩きながら少し考えてみた。彼女を愛するあまり、僕は彼女に嫌われることを怖れていたに違いない。喋る言葉に気を振りまいた。彼女の喋る疑問形には彼女の気に入る、またはあらかじめ彼女の中でこう答えて欲しいという希望或いは解答、をたとえ自分の意思に反しようがなるべく選んでいた。それが今この時になって、彼女を物体としか見られなくなって、初めて僕は彼女に本来の僕を見せているのかもしれない。今僕はとても気楽だ。彼女が僕の言葉で傷ついたりだとか、気に入らない発言をしないように考えたりしないことは、とても気が楽だ。僕自身のことしか考えないで彼女と言葉を交わす。とても素直な、だが抜き身の僕を、彼女にさらす。実に気分がいい。心が軽い。
いろいろ彼女と話したが今回このように歩いている原因の肝心な部分、彼女の浮気の弁解や、僕の持つ荷物のこと、については、そういうのは二人きりになってから話そう、と制した。ただその際彼女は、私は好きだよ?、と、言った。俺も君が好きだよ、自然と僕はこたえた。でもそんなのもう関係ないよね、僕は笑顔で言葉を付け足した。彼女の顔がまた青くなったのが見て取れた。
そうして30分ほど歩くと、やっとホテルに着いた。満室ではなくてほっとする。とっとと部屋に入ると、彼女は、それまでなんとか気丈に振舞っていたが、ベッドに突っ伏して、嗚咽を交えながら泣きはじめた。僕には彼女が泣いていることが全く理解できなかった。そんなに泣くのならあんなことしなければよかったじゃないかと思はないではないが、それ以上に、彼女が泣こうが喚こうが吐こうがどうでもよい、という無関心の方が先に立つ。かなりひどく泣いている彼女を見ても、僕の心には少しの波も起こらない。泣きながら彼女は、甘えたいのか甘やかされたいのか、僕に抱きつこうとしてきたりしたが、僕はやんわりとではあったが明確に拒否した。この時は僕に、汚い手で触るな、という嫌悪の感情が湧き立った。
泣き疲れた彼女が落ち着いてきたのを見て、僕は話を切り出すことにした。僕は彼女に対し、僕よりも遥かに小さいだろうが出来るだけ大きい心の傷をつけてやれ、と思っている。今も確かにそのつもりはある。だが、その決意は当初よりもだいぶ揺らいできていた。僕が本身をさらけ出して彼女と話し気が楽になったからなのか、彼女を物体として見ているからなのか、それとも僕がまだ彼女を愛しているからなのか、ただ単に人を必要以上に傷つけるられるほど僕が非道な人間ではないからだろうか、やはり死地へ向かう前に誰かに甘えたくなってきているのだろうか。僕はどこにどう行き着くかわからない話を始めた。
別れる別れないの話も重要だろうとは思うが、まず君に伝えることがある。あまりに突然だろうけど、まあそれが朗報か凶報かは君次第だが。と言って僕は苦笑いをうかべた。
彼女はきょとんとした顔で僕の顔を見た。そりゃあそうだろうな、と僕は思い、また苦笑した。
彼女が、何を?、と言う前に僕は、
俺は今から遠いところへ行く、と言った。
遠いってどこ?
遠くだ。
何しに?
まあ仕事かな。
仕事決まったの!?
そうとも言えるし、そうとも言えない。
どういうこと?
ただ一度そこに行ったら、おそらく帰って来ないと思う。
なんなのそれ?、仕事の関係で?
そうだね。向こうにずっといることになるだろう。
遠いってどれくらい?
まあそう簡単には会えないぐらいかな。
ふうん。
どう思う?
どうって?
今ならまだ断れる話だ。
行きたいの?
君はどう思う?
私は、私は…。
どうだ?
仕事が決まるなら、私は応援するよ。
…それは行ってもいいってことだよね?
うん。
会えなくなるよ?
ずっとじゃないんでしょ?
どうやら僕は彼女に、行かないで、と言って欲しかったらしいことが理解できた。なぜなら、遠くに行って会えなくなってもいい、と言われた時からまるで駄々をこねる幼児のように、無性に腹が立ちはじめたからだ。
こんな朝早くに密室を用意するにはホテルしかないのは言うまでもない。だが、僕の精神がこの町のラブホに入るのを強く拒む。その心情は決して暴行事件 を犯した直後だから、という現実的なものではない。これは、屈辱、なのだろうか。僕の目にこの町のホテルはなんともいえない汚らわしさを纏って映る。そのなんともいえない汚らわしさはホテルだけでなく、いやホテル以上に、彼女をべっとりと包み込んでいる。そのべっとりとした汚らわしい膜状のフィルターが、僕に彼女を動く物体として見せていることに違いはないだろう。
犯行現場に戻ってしまうバカを犯さないようにする為、駅も利用できない。しようがないなので歩くことになった。歩いて隣町のホテルまで向かう。少し早足で歩いている最中、僕は以前の僕のように、あるいはそれ以上に饒舌だった。自分でも何がおかしいのかわからないが、やたら彼女に話しかけては明るく笑う自分がいた。
歩きながら少し考えてみた。彼女を愛するあまり、僕は彼女に嫌われることを怖れていたに違いない。喋る言葉に気を振りまいた。彼女の喋る疑問形には彼女の気に入る、またはあらかじめ彼女の中でこう答えて欲しいという希望或いは解答、をたとえ自分の意思に反しようがなるべく選んでいた。それが今この時になって、彼女を物体としか見られなくなって、初めて僕は彼女に本来の僕を見せているのかもしれない。今僕はとても気楽だ。彼女が僕の言葉で傷ついたりだとか、気に入らない発言をしないように考えたりしないことは、とても気が楽だ。僕自身のことしか考えないで彼女と言葉を交わす。とても素直な、だが抜き身の僕を、彼女にさらす。実に気分がいい。心が軽い。
いろいろ彼女と話したが今回このように歩いている原因の肝心な部分、彼女の浮気の弁解や、僕の持つ荷物のこと、については、そういうのは二人きりになってから話そう、と制した。ただその際彼女は、私は好きだよ?、と、言った。俺も君が好きだよ、自然と僕はこたえた。でもそんなのもう関係ないよね、僕は笑顔で言葉を付け足した。彼女の顔がまた青くなったのが見て取れた。
そうして30分ほど歩くと、やっとホテルに着いた。満室ではなくてほっとする。とっとと部屋に入ると、彼女は、それまでなんとか気丈に振舞っていたが、ベッドに突っ伏して、嗚咽を交えながら泣きはじめた。僕には彼女が泣いていることが全く理解できなかった。そんなに泣くのならあんなことしなければよかったじゃないかと思はないではないが、それ以上に、彼女が泣こうが喚こうが吐こうがどうでもよい、という無関心の方が先に立つ。かなりひどく泣いている彼女を見ても、僕の心には少しの波も起こらない。泣きながら彼女は、甘えたいのか甘やかされたいのか、僕に抱きつこうとしてきたりしたが、僕はやんわりとではあったが明確に拒否した。この時は僕に、汚い手で触るな、という嫌悪の感情が湧き立った。
泣き疲れた彼女が落ち着いてきたのを見て、僕は話を切り出すことにした。僕は彼女に対し、僕よりも遥かに小さいだろうが出来るだけ大きい心の傷をつけてやれ、と思っている。今も確かにそのつもりはある。だが、その決意は当初よりもだいぶ揺らいできていた。僕が本身をさらけ出して彼女と話し気が楽になったからなのか、彼女を物体として見ているからなのか、それとも僕がまだ彼女を愛しているからなのか、ただ単に人を必要以上に傷つけるられるほど僕が非道な人間ではないからだろうか、やはり死地へ向かう前に誰かに甘えたくなってきているのだろうか。僕はどこにどう行き着くかわからない話を始めた。
別れる別れないの話も重要だろうとは思うが、まず君に伝えることがある。あまりに突然だろうけど、まあそれが朗報か凶報かは君次第だが。と言って僕は苦笑いをうかべた。
彼女はきょとんとした顔で僕の顔を見た。そりゃあそうだろうな、と僕は思い、また苦笑した。
彼女が、何を?、と言う前に僕は、
俺は今から遠いところへ行く、と言った。
遠いってどこ?
遠くだ。
何しに?
まあ仕事かな。
仕事決まったの!?
そうとも言えるし、そうとも言えない。
どういうこと?
ただ一度そこに行ったら、おそらく帰って来ないと思う。
なんなのそれ?、仕事の関係で?
そうだね。向こうにずっといることになるだろう。
遠いってどれくらい?
まあそう簡単には会えないぐらいかな。
ふうん。
どう思う?
どうって?
今ならまだ断れる話だ。
行きたいの?
君はどう思う?
私は、私は…。
どうだ?
仕事が決まるなら、私は応援するよ。
…それは行ってもいいってことだよね?
うん。
会えなくなるよ?
ずっとじゃないんでしょ?
どうやら僕は彼女に、行かないで、と言って欲しかったらしいことが理解できた。なぜなら、遠くに行って会えなくなってもいい、と言われた時からまるで駄々をこねる幼児のように、無性に腹が立ちはじめたからだ。
こういうちゃんとした文章も書けるのですよ!
過去記事の再投稿。ツッコミ役を排除した形です。といってもなんのこっちゃわからんでしょうが。では以下に。
黒巻き猫のラビリンスは毎夜、星に願いをかけている。
「星よ星、夜の帳にまたたき光を放つ星々よ。わたしの願いを叶えておくれ。わたしの探し物を見つけておくれ」
ラビリンスはフクザツなメス猫で、齢95になる。もう少しで尾っぽが二つに別れ、猫叉となる一歩手前の、アラサーならぬアラマタなメス猫だ。ホルモンバランスが劇的な変化を始めたラビリンスの体と心は、とてもアンバランスで、段々と人面味を帯び始めた顔は荒俣宏に似ているし、それを傾国の美女顔だと思わざるにいられない。
かいつまんで言うと、ラビリンスは探し物を見つけられるよう星に願いを託しているものの、実は「探し物など見つからなければいいのににゃあ」と荒俣宏の唇のような頭の中で思っている。ちなみに荒俣宏の唇の中には、腐ったみかんが六房入っている。
昼のポカポカ太陽の下、ラビリンスは気ままにひなたぼっこ。荒俣宏はドイツで車上荒らし。
探し物のことなんかほったらかしで、うたた寝。荒俣宏は毎日とても悲しい。
道行く銀ガエルのマニファクチャーがうたた寝をするラビリンスの鼻前で挨拶をしたならば、ついついマニファクチャーの後ろ脚をもいでしまう、もいでもいで姫なラビリンス。
実は、その銀ガエルのマニファクチャーこそ、荒俣宏、の、生き別れた双子の姉の義理の兄のいとこの息子の友達の親戚の知人の荒俣宏に似ている荒俣宏である。
こうして太陽が出ている昼日向を好きに生きていられるのもすべて、ラビリンスが探し物を探している途中だからだった。探し物を探しているのだから、ラビリンスはニートではない。決して、ニートではない。決して、ニートではない。
夏の暑い日には、近所への体面上、町へ行き、仕事を探す。しかし、いつものように見つからないから、公園の木陰に行き、土を掘り、冷たい地面を求める。
冬の寒い日には、近所への体面上、町へ行き、仕事を探す。いつものように見つからないから、ラビリンスは身近のオンボロギツネをその歯牙にかけ、自分の毛皮の上になめした血まみれの皮衣を身につけて、先斗町に行く。
この生活様では顔だけではなく行動まで荒俣宏のようだ。
昼間にいっぱい寝るから、ラビリンスの夜は長い。そして、インコの体は驚くほど熱い。
星々がまたたく今日の夜、ラビリンスは草原の小さな丘の上から、一等輝く星に願いを託す。時折夜空に舞う流れ星は、地球防衛軍の間隙を縫い地球に飛来する宇宙山賊「六月の花嫁」のビーム兵器「ガッデムマカロンマザーファッカー」みたいだにゃあ、と荒俣宏が言ったとか言わなかったとか。
その日の夜空は空気の澄んだ雲ひとつないアクリルの空で、とてもきれいだった。まるで、荒俣宏がサスマタでピロシキを食べているようにきれいな夜だ。
と、この夜の星空を見たサスマタピロシは言うに違いない。
ラビリンスが星に言った。
「星よ星、夜空に輝くきれいな星よ、どうかわたしの願いを叶えておくれ。わたしの探し物を見つけておくれ」
その時、空に大きな流れ星がピロリロリンと弧を描いた。ラビリンスは、これはひょっとして宇宙山賊「六月の花嫁」がついに地球防衛軍の防衛網を突破し、「ガッデムマカロンマザーファッカー」によりこの地をメギドに変貌させる日がきた、とは思わなかった。地の果てでひとり慌てる荒俣宏。荒俣宏の命運や如何に。後半へ続く。
言い忘れたが、この世界に人間は荒俣宏しか生き残っていない。
大きな流れ星が夜空に跳ねると、ラビリンスの視界は光に包まれた。その時、狸に鼻をつままれる荒俣宏。光に包まれたラビリンス。マタマタを風呂敷に包むサスマタピロシ。光に包まれたラビリンス。生放送で激高し卑猥な放送禁止用語を連呼する舘ひろし。舘ピロシ。それを偶然観ていたエグザイル。光に包まれたエグザイル。二人足りないエグザイル。もうなんなら誰もいなくなったエグザイル。笑う荒川静香。敵地でハットトリックを決めた荒俣宏。ファックユー。
明るい光の中、黒目を細くしぼめ、ラビリンスはなんとか視力を確保した。
その白く輝く世界の中で目をこらすと、ラビリンスの目の前に光の球があった。
光の球は言った。
「私は星。空にまたたき世界を見る星。探し物を探す日々を送る迷い猫よ、あなたの想いは銀河を貫き、光の届かぬ深淵なる闇を越え、私のもとへと運ばれてきました。毎夜の願いをこの時、叶えてあげましょう」
ラビリンスは歓喜した。ついに、積年の願いが遂げられるのだから。
「ああ、お星様、お星様。この薄汚い猫めに光を与えてください。わたしの願いを叶えてください。わたしの探し物を見つけてください」
ラビリンスはしゃきりと香箱を作って星に言った。
「いいでしょう。迷い猫よ、あなたの探し物はなんですか」
「見つけにくい物です」
「そうでしょう。探し物とは見つけにくい物だと、かの荒俣宏も言っています」
「はい」
「では、願いを強く想うのです。それはきっと見つかることでしょう」
気がつくと、ラビリンスは草原の小さな丘の上にいた。どうやらうたた寝をしていたようだと合点した志の輔は、ラビリンスにこう言った。
「次の笑点司会者は俺だよな?」
シュプレヒコールの波。観衆の中、ひときわ大きな声でわめく安達祐実。
「同情するならそれなりのポジションを用意しな」
ラビリンスの日常はその日以降も変わらなかった。昼日向の公園でうたた寝をしたり、銀ガエルのマニファクチャーの後ろ脚をいたずらにもいだりして、楽しく過ごした。
あの日あの時あの場所で星に願えなかったら、宏はいつまでも荒俣宏のまま。君のために宏になる、君を宏続ける。ピロシキよく食べる、関口宏のママ。ママ。
あの時ラビリンスが願ったものはこうだ。
「生きている目的を探しているのです」
その願いは叶えられ、ラビリンスは毎日楽しく過ごせるようになった。
もう少し経つと、ラビリンスは猫叉に変わる。
猫叉に変われば、尾っぽが増えて、ますます荒俣宏似の美女になるにゃあと、ラビリンスは思った。
あなたの探し物はなんですか?。
赤坂見附憎い者ですか?。
ラビリンスは今日も元気です。
ちなみに荒俣宏はあの日以降、言葉では言い表せないほどのひどい目にあい続けているけど、ラッキー池田は今日も元気です。めでたしめでたし。
ほんとなんのこっちゃわからんでしょうなあ。これは。
黒巻き猫のラビリンスは毎夜、星に願いをかけている。
「星よ星、夜の帳にまたたき光を放つ星々よ。わたしの願いを叶えておくれ。わたしの探し物を見つけておくれ」
ラビリンスはフクザツなメス猫で、齢95になる。もう少しで尾っぽが二つに別れ、猫叉となる一歩手前の、アラサーならぬアラマタなメス猫だ。ホルモンバランスが劇的な変化を始めたラビリンスの体と心は、とてもアンバランスで、段々と人面味を帯び始めた顔は荒俣宏に似ているし、それを傾国の美女顔だと思わざるにいられない。
かいつまんで言うと、ラビリンスは探し物を見つけられるよう星に願いを託しているものの、実は「探し物など見つからなければいいのににゃあ」と荒俣宏の唇のような頭の中で思っている。ちなみに荒俣宏の唇の中には、腐ったみかんが六房入っている。
昼のポカポカ太陽の下、ラビリンスは気ままにひなたぼっこ。荒俣宏はドイツで車上荒らし。
探し物のことなんかほったらかしで、うたた寝。荒俣宏は毎日とても悲しい。
道行く銀ガエルのマニファクチャーがうたた寝をするラビリンスの鼻前で挨拶をしたならば、ついついマニファクチャーの後ろ脚をもいでしまう、もいでもいで姫なラビリンス。
実は、その銀ガエルのマニファクチャーこそ、荒俣宏、の、生き別れた双子の姉の義理の兄のいとこの息子の友達の親戚の知人の荒俣宏に似ている荒俣宏である。
こうして太陽が出ている昼日向を好きに生きていられるのもすべて、ラビリンスが探し物を探している途中だからだった。探し物を探しているのだから、ラビリンスはニートではない。決して、ニートではない。決して、ニートではない。
夏の暑い日には、近所への体面上、町へ行き、仕事を探す。しかし、いつものように見つからないから、公園の木陰に行き、土を掘り、冷たい地面を求める。
冬の寒い日には、近所への体面上、町へ行き、仕事を探す。いつものように見つからないから、ラビリンスは身近のオンボロギツネをその歯牙にかけ、自分の毛皮の上になめした血まみれの皮衣を身につけて、先斗町に行く。
この生活様では顔だけではなく行動まで荒俣宏のようだ。
昼間にいっぱい寝るから、ラビリンスの夜は長い。そして、インコの体は驚くほど熱い。
星々がまたたく今日の夜、ラビリンスは草原の小さな丘の上から、一等輝く星に願いを託す。時折夜空に舞う流れ星は、地球防衛軍の間隙を縫い地球に飛来する宇宙山賊「六月の花嫁」のビーム兵器「ガッデムマカロンマザーファッカー」みたいだにゃあ、と荒俣宏が言ったとか言わなかったとか。
その日の夜空は空気の澄んだ雲ひとつないアクリルの空で、とてもきれいだった。まるで、荒俣宏がサスマタでピロシキを食べているようにきれいな夜だ。
と、この夜の星空を見たサスマタピロシは言うに違いない。
ラビリンスが星に言った。
「星よ星、夜空に輝くきれいな星よ、どうかわたしの願いを叶えておくれ。わたしの探し物を見つけておくれ」
その時、空に大きな流れ星がピロリロリンと弧を描いた。ラビリンスは、これはひょっとして宇宙山賊「六月の花嫁」がついに地球防衛軍の防衛網を突破し、「ガッデムマカロンマザーファッカー」によりこの地をメギドに変貌させる日がきた、とは思わなかった。地の果てでひとり慌てる荒俣宏。荒俣宏の命運や如何に。後半へ続く。
言い忘れたが、この世界に人間は荒俣宏しか生き残っていない。
大きな流れ星が夜空に跳ねると、ラビリンスの視界は光に包まれた。その時、狸に鼻をつままれる荒俣宏。光に包まれたラビリンス。マタマタを風呂敷に包むサスマタピロシ。光に包まれたラビリンス。生放送で激高し卑猥な放送禁止用語を連呼する舘ひろし。舘ピロシ。それを偶然観ていたエグザイル。光に包まれたエグザイル。二人足りないエグザイル。もうなんなら誰もいなくなったエグザイル。笑う荒川静香。敵地でハットトリックを決めた荒俣宏。ファックユー。
明るい光の中、黒目を細くしぼめ、ラビリンスはなんとか視力を確保した。
その白く輝く世界の中で目をこらすと、ラビリンスの目の前に光の球があった。
光の球は言った。
「私は星。空にまたたき世界を見る星。探し物を探す日々を送る迷い猫よ、あなたの想いは銀河を貫き、光の届かぬ深淵なる闇を越え、私のもとへと運ばれてきました。毎夜の願いをこの時、叶えてあげましょう」
ラビリンスは歓喜した。ついに、積年の願いが遂げられるのだから。
「ああ、お星様、お星様。この薄汚い猫めに光を与えてください。わたしの願いを叶えてください。わたしの探し物を見つけてください」
ラビリンスはしゃきりと香箱を作って星に言った。
「いいでしょう。迷い猫よ、あなたの探し物はなんですか」
「見つけにくい物です」
「そうでしょう。探し物とは見つけにくい物だと、かの荒俣宏も言っています」
「はい」
「では、願いを強く想うのです。それはきっと見つかることでしょう」
気がつくと、ラビリンスは草原の小さな丘の上にいた。どうやらうたた寝をしていたようだと合点した志の輔は、ラビリンスにこう言った。
「次の笑点司会者は俺だよな?」
シュプレヒコールの波。観衆の中、ひときわ大きな声でわめく安達祐実。
「同情するならそれなりのポジションを用意しな」
ラビリンスの日常はその日以降も変わらなかった。昼日向の公園でうたた寝をしたり、銀ガエルのマニファクチャーの後ろ脚をいたずらにもいだりして、楽しく過ごした。
あの日あの時あの場所で星に願えなかったら、宏はいつまでも荒俣宏のまま。君のために宏になる、君を宏続ける。ピロシキよく食べる、関口宏のママ。ママ。
あの時ラビリンスが願ったものはこうだ。
「生きている目的を探しているのです」
その願いは叶えられ、ラビリンスは毎日楽しく過ごせるようになった。
もう少し経つと、ラビリンスは猫叉に変わる。
猫叉に変われば、尾っぽが増えて、ますます荒俣宏似の美女になるにゃあと、ラビリンスは思った。
あなたの探し物はなんですか?。
赤坂見附憎い者ですか?。
ラビリンスは今日も元気です。
ちなみに荒俣宏はあの日以降、言葉では言い表せないほどのひどい目にあい続けているけど、ラッキー池田は今日も元気です。めでたしめでたし。
ほんとなんのこっちゃわからんでしょうなあ。これは。
勇者と段々崩壊していく世界
僕が見つけたのはもちろん彼女が男を連れてホテル通りから出てくるところだ。前回と同じ仕事場の同僚と云う男だった。なにもこんな日に、こんな時に、そんな事をすることはないだろう、と僕は激しく落胆し、汚れるのも構わず地面に膝をついた。
しかしすぐさま起き上がる、今は体から力を抜かしてる場合ではないことを思い出したからだ。僕が目線をあげると、僕の存在に気づいた男が、なんだか僕にはよくわからない余裕のある表情をして、駅の方へと逃走を図っていた。逃げる者を追ってしまうのは一体人間の中のどういった本能が働いているのだろうか。僕にはよくわからないが、男にかまっている時間はないというのに、僕は彼女の、違う違う、というやけに明るい感じの声、それは彼女が嘘をつく時の癖だった、に今度こそ耳を貸さず、全力で男を追いかけ出したところをみるに、その行為にはカモの子が親の後ろについて歩くようなとても純粋な本能がある気がしてならない。
僕は脚には自信がある。すぐに男を捕まえた。ついでと言ってはなんだが、捕まえるのと同時に男の腹に向けて無遠慮に膝を入れ、少し大人しくなってもらった。おそらく格闘には縁のない人生を歩んできたろう優男は、腹を抑えて倒れ、当たり前だが苦しんでいる。どうやら呼吸がままならないようだ。なんだかわからない男の余裕の表情は見る影もなく、僕が追撃の様を見せると、今にも胴体に詰まる液やブツを放出しそうな顔をした。僕は大便ハンターではないので、そんなものを漏らされてもひり出されても困る。
彼女がこの場に駆けつけて来るまでの短い間、僕は思案した。ここまで彼女や男にコケにされて、僕はそれでも当初の予定通り彼女にカッコをつけて別れの挨拶を交わす必要があるのか?、と。そんなはずはない。あってたまるか。彼女のことは確かに好きだが、それ故にこの女が憎い。僕は僕の苦しみを彼女に身をもって教えなければならない。それがひいては彼女の為にもなるだろう。そんなことを考え、僕はいろいろと彼女を揺さぶってみることにした。
彼女が到着したのを見届けると、僕はポケットからナイフを取り出した。ナイフを抜くと、彼女と苦しんでいる男の呼吸が止まり、もともと静かだった辺りがもっと静かになったのがよくわかった。数瞬ののち、やめて、と彼女が叫んでその静寂はやぶられた。また、ここには長く居られないということにもなった。きっと今の声やこれからの声を聴いて駅員が様子を見にくるからだ。
僕には男を殺すつもりはない。もちろんフナムシの件がなかったら話は別だが。こんな時に、こんな奴らの為に、正規の手配人になるつもりは毛頭ない。だから僕は青白い顔をした彼女に、違うよこれを使うのは俺じゃないよ、と言った。それを聞いた彼女は不思議そうな顔をしていた。
僕はうずくまりながらも少し抵抗する男の手に、赤ん坊にスプーンを握らせるようになんとかナイフを握らせた。
こいつが使うんだナイフは、僕が独り言を装った風に言うと、彼女はやはり意味がわからないのだろう、とにかくやめて違うんだって、とまた叫んだ。僕はそんな彼女の声をただうるさいとしか思わなかった。
立てるか?立てるよな?立て!、何度か軽く踏みつけながら男に命じると、男は言うことを聞いた。僕は腕を広げ腹を開けると、俺を殺せ、と男に言った。当然のこととして僕に刺されるつもりはない。もし男が本気で僕を刺しに来たら徹底的に迎撃する腹づもりだ。僕の狙いは男になにかするではなく、彼女の心に傷をつけることにあるのだから。
突然人に、俺を殺せ、と言われても迷いなくそれを実行できる奴など、殺しの快楽を覚えた殺人鬼か研究熱心な武道家ぐらいしかいまい。男はナイフを持って茫然と立っているだけだった。男の手が震えている。ナイフを落とされて、拾え、と言ったりするやりとりも面倒なので、僕は、少しタメの時間が短いなと心で苦笑いをしながら性急にことを運ぶ。
お前を殺すのは簡単だ、だがそれはお前にとっても実は楽なことだ。いいか、俺は死ぬのが怖くないわけではないが、死ぬことを強く望んでいる人間だ。お前を殺して捕まるよりはお前に殺されてお前が捕まる方がどれだけ楽かわからない。お前の人生を俺の死で台無しにしてやる。お前が、お前と彼女が如何に苦しんだり後悔したりするのを考えると楽しみでしょうがない。さあ、早くやれ。やらないんならしょうがない。第二希望を実行するだけだ。お前を殺すだけだ。
小さく、しかしなるべくドスを効かせてわめいていると、僕の耳に遠くから人が駆けてくる足音が聞こえた。タイムリミットだ。僕はまた、少しタメが短いなと心で苦笑いをしながら放心状態の男の横っ面を叩き、おまけで倒れた男の喉を踏みつけてやった。男は動かなくなったが、おそらく大した怪我はしていないだろう。
大便の臭いがたつより早く、僕は彼女の手を引っ張って、とりあえず逃げるぞこいつは生きてるから大丈夫、と笑顔で言った。彼女が一緒に逃げてくれるか少し憂慮されたが、彼女は僕について駆け出した。何本か先の通りの裏道に入って僕達は一息をついた。
息を整え終わると開口一番彼女は、今日会う?、と言った。そういえば今日は彼女は休みで、午後から会う約束をしていた日だった。こんな時に開口一番こんなことを言う、いつも通り自分の予定や楽しさしか考えてない彼女に僕はつい笑ってしまった。彼女に見せる久方ぶりの笑顔だった。そんな僕を見て彼女も少し笑った。だが彼女は知らない。この時の僕に笑う余裕が生まれていたのは、僕の世界と僕と彼女の世界がすでに崩壊しているからだ。
しかしすぐさま起き上がる、今は体から力を抜かしてる場合ではないことを思い出したからだ。僕が目線をあげると、僕の存在に気づいた男が、なんだか僕にはよくわからない余裕のある表情をして、駅の方へと逃走を図っていた。逃げる者を追ってしまうのは一体人間の中のどういった本能が働いているのだろうか。僕にはよくわからないが、男にかまっている時間はないというのに、僕は彼女の、違う違う、というやけに明るい感じの声、それは彼女が嘘をつく時の癖だった、に今度こそ耳を貸さず、全力で男を追いかけ出したところをみるに、その行為にはカモの子が親の後ろについて歩くようなとても純粋な本能がある気がしてならない。
僕は脚には自信がある。すぐに男を捕まえた。ついでと言ってはなんだが、捕まえるのと同時に男の腹に向けて無遠慮に膝を入れ、少し大人しくなってもらった。おそらく格闘には縁のない人生を歩んできたろう優男は、腹を抑えて倒れ、当たり前だが苦しんでいる。どうやら呼吸がままならないようだ。なんだかわからない男の余裕の表情は見る影もなく、僕が追撃の様を見せると、今にも胴体に詰まる液やブツを放出しそうな顔をした。僕は大便ハンターではないので、そんなものを漏らされてもひり出されても困る。
彼女がこの場に駆けつけて来るまでの短い間、僕は思案した。ここまで彼女や男にコケにされて、僕はそれでも当初の予定通り彼女にカッコをつけて別れの挨拶を交わす必要があるのか?、と。そんなはずはない。あってたまるか。彼女のことは確かに好きだが、それ故にこの女が憎い。僕は僕の苦しみを彼女に身をもって教えなければならない。それがひいては彼女の為にもなるだろう。そんなことを考え、僕はいろいろと彼女を揺さぶってみることにした。
彼女が到着したのを見届けると、僕はポケットからナイフを取り出した。ナイフを抜くと、彼女と苦しんでいる男の呼吸が止まり、もともと静かだった辺りがもっと静かになったのがよくわかった。数瞬ののち、やめて、と彼女が叫んでその静寂はやぶられた。また、ここには長く居られないということにもなった。きっと今の声やこれからの声を聴いて駅員が様子を見にくるからだ。
僕には男を殺すつもりはない。もちろんフナムシの件がなかったら話は別だが。こんな時に、こんな奴らの為に、正規の手配人になるつもりは毛頭ない。だから僕は青白い顔をした彼女に、違うよこれを使うのは俺じゃないよ、と言った。それを聞いた彼女は不思議そうな顔をしていた。
僕はうずくまりながらも少し抵抗する男の手に、赤ん坊にスプーンを握らせるようになんとかナイフを握らせた。
こいつが使うんだナイフは、僕が独り言を装った風に言うと、彼女はやはり意味がわからないのだろう、とにかくやめて違うんだって、とまた叫んだ。僕はそんな彼女の声をただうるさいとしか思わなかった。
立てるか?立てるよな?立て!、何度か軽く踏みつけながら男に命じると、男は言うことを聞いた。僕は腕を広げ腹を開けると、俺を殺せ、と男に言った。当然のこととして僕に刺されるつもりはない。もし男が本気で僕を刺しに来たら徹底的に迎撃する腹づもりだ。僕の狙いは男になにかするではなく、彼女の心に傷をつけることにあるのだから。
突然人に、俺を殺せ、と言われても迷いなくそれを実行できる奴など、殺しの快楽を覚えた殺人鬼か研究熱心な武道家ぐらいしかいまい。男はナイフを持って茫然と立っているだけだった。男の手が震えている。ナイフを落とされて、拾え、と言ったりするやりとりも面倒なので、僕は、少しタメの時間が短いなと心で苦笑いをしながら性急にことを運ぶ。
お前を殺すのは簡単だ、だがそれはお前にとっても実は楽なことだ。いいか、俺は死ぬのが怖くないわけではないが、死ぬことを強く望んでいる人間だ。お前を殺して捕まるよりはお前に殺されてお前が捕まる方がどれだけ楽かわからない。お前の人生を俺の死で台無しにしてやる。お前が、お前と彼女が如何に苦しんだり後悔したりするのを考えると楽しみでしょうがない。さあ、早くやれ。やらないんならしょうがない。第二希望を実行するだけだ。お前を殺すだけだ。
小さく、しかしなるべくドスを効かせてわめいていると、僕の耳に遠くから人が駆けてくる足音が聞こえた。タイムリミットだ。僕はまた、少しタメが短いなと心で苦笑いをしながら放心状態の男の横っ面を叩き、おまけで倒れた男の喉を踏みつけてやった。男は動かなくなったが、おそらく大した怪我はしていないだろう。
大便の臭いがたつより早く、僕は彼女の手を引っ張って、とりあえず逃げるぞこいつは生きてるから大丈夫、と笑顔で言った。彼女が一緒に逃げてくれるか少し憂慮されたが、彼女は僕について駆け出した。何本か先の通りの裏道に入って僕達は一息をついた。
息を整え終わると開口一番彼女は、今日会う?、と言った。そういえば今日は彼女は休みで、午後から会う約束をしていた日だった。こんな時に開口一番こんなことを言う、いつも通り自分の予定や楽しさしか考えてない彼女に僕はつい笑ってしまった。彼女に見せる久方ぶりの笑顔だった。そんな僕を見て彼女も少し笑った。だが彼女は知らない。この時の僕に笑う余裕が生まれていたのは、僕の世界と僕と彼女の世界がすでに崩壊しているからだ。
勇者と段々崩壊していく世界
恐る恐るフナムシからの手紙を開封した。とても短くて殴り書きされたものだった。
「俺はダメだった。お前には本当のことを報せる。何故そうするのかはわからない。剣士に手紙と荷物を託す。剣士と逃げてくれ」
手紙の中身はそれだけだった。
逃げろ、と言われても何からだ?。きっとメッセンジャーだったのだろう剣士はいま僕の目の前で死んでいる最中だ。
とにかくこのままだと僕の身が危険にさらされるのはわかった。フナムシもきっと死んだ。そんな状況なのに、ぼくは不思議と冷静だ。とりあえずフナムシから剣士に託された荷物とやらを探り、とっととこの部屋から出なければならない、と決めた。これは僕が寝ても覚めても行往坐臥つねに戦いに関連したことを考えていた武道家だったからではなく、きっとここ数ヶ月の間、何も出来る気がしなかった、せいだと思う。まるで暗い鬼が住み着いた精神に初めてはっきりとした、シンプルで疑いようの無い行動指針が示され、僕の脳内が堰を切ったように、今何をすべきか、を導き出そうとしているのだろう。自身の命が他者によりきっと問答無用で奪われる危機、という劇薬は、仕事帰りの彼女を目にして何もせず、何も出来ず、何をしていいかすらわからなかった僕にやらねばならぬことを思い出させた。その劇薬は彼女からはついに与えられなかった信用という薬だった。出来れば彼女からわずかな希望を信じられる行動と愛という、絶望から脱け出す薬を欲しかったが、僕の飲まされた薬は勝手にただならぬ事態に巻き込まれたことにより生まれた、絶望に導かれる薬だった。どちらも結果的に作用は同じだったのだから人間というものはよくわからない。
剣士は上着の中に小箱を抱えていた。僕には、実際にその小箱を見たことはなかったが、中に何が入っているのかよくわかった。この場で読むべきか、移動するか。僕はベランダから身を乗り出して先ほどよりもよくよく辺りを観察した。剣士の足取りが雪に残っていないか確かめるためだ。月明かりの期待できない真っ暗闇の中、目を凝らしてよく見ると、うっすらと一線を引くように通りから僕の部屋のベランダに雪が凹んでいるのが認められた。僕は今すぐ部屋を出なければならなくなった。
しばらく寒さに耐えられるようしっかりと、しかし素早く服を着込みながら、山籠りの度に世話になっていたナイフをポケットに入れる。山籠りグッズの中から小さな手鍋や水筒やクシ、園芸用の小さなスコップ、それから部屋の中のマッチを集め、フナムシから託された小箱と手紙と共にリュックにぶち込む。はたと気付いて彼女からの手紙や写真もぶち込む。最後に手帳をぶち込む。これでこの部屋に僕と彼女を繋げるものはないはずだ。できれば食糧が欲しいところだが、無いのだからしょうがない。予想以上にリュックが膨れてしまったが、そんなことを気にしている余裕はない。
雪道は逃走に向いていない。足跡は残り、小さな音ならば雪に吸収される。僕はとにかく一度眠らぬ街の大通りへと向かう必要があった。不特定多数の足跡が無数に刻まれた道へ。僕は駆け出した。
体力はだいぶ衰えたとはいえ、まだ脚には自信がある。馬でも使われない限り誰にも追いつけはしない。さすがに馬を使われたらこんな雪の日でも気付くだろう。その時は逃げるとは違う覚悟を前に出すしかない。
僕はフナムシとよく稽古をしていた歓楽街まで走った。とても遠かったが、その分色々と考えることができた。主に追手の有無や、これからの行動のことだった。歓楽街につきしばらくウロウロしながら人の出入りのある建物の中に入ると、僕は履いている靴の底をナイフで削り、靴跡の形を変えた。追手の影は見えないから、これで一安心といったところだ。
他に行くところも無いし、いずれにせよ最後に挨拶ぐらいはしなければならないと、僕は彼女の家へと向かうことにした。僕の行動に矛盾があるようだが、安心したことで多少甘い水をすすりにいこうと考えるのは、こんな状況でも必然のことだ。こんな状況だからこそ、生き残る力を分けて欲しかったのかもしれない。
彼女の住む町に着く頃には、闇が段々と薄くなりつつあった。図らずも、駅が動き始める時間だった。
この日はその気なしだったが、そんな日に限って見つけてしまうのだから、僕はついてない。
「俺はダメだった。お前には本当のことを報せる。何故そうするのかはわからない。剣士に手紙と荷物を託す。剣士と逃げてくれ」
手紙の中身はそれだけだった。
逃げろ、と言われても何からだ?。きっとメッセンジャーだったのだろう剣士はいま僕の目の前で死んでいる最中だ。
とにかくこのままだと僕の身が危険にさらされるのはわかった。フナムシもきっと死んだ。そんな状況なのに、ぼくは不思議と冷静だ。とりあえずフナムシから剣士に託された荷物とやらを探り、とっととこの部屋から出なければならない、と決めた。これは僕が寝ても覚めても行往坐臥つねに戦いに関連したことを考えていた武道家だったからではなく、きっとここ数ヶ月の間、何も出来る気がしなかった、せいだと思う。まるで暗い鬼が住み着いた精神に初めてはっきりとした、シンプルで疑いようの無い行動指針が示され、僕の脳内が堰を切ったように、今何をすべきか、を導き出そうとしているのだろう。自身の命が他者によりきっと問答無用で奪われる危機、という劇薬は、仕事帰りの彼女を目にして何もせず、何も出来ず、何をしていいかすらわからなかった僕にやらねばならぬことを思い出させた。その劇薬は彼女からはついに与えられなかった信用という薬だった。出来れば彼女からわずかな希望を信じられる行動と愛という、絶望から脱け出す薬を欲しかったが、僕の飲まされた薬は勝手にただならぬ事態に巻き込まれたことにより生まれた、絶望に導かれる薬だった。どちらも結果的に作用は同じだったのだから人間というものはよくわからない。
剣士は上着の中に小箱を抱えていた。僕には、実際にその小箱を見たことはなかったが、中に何が入っているのかよくわかった。この場で読むべきか、移動するか。僕はベランダから身を乗り出して先ほどよりもよくよく辺りを観察した。剣士の足取りが雪に残っていないか確かめるためだ。月明かりの期待できない真っ暗闇の中、目を凝らしてよく見ると、うっすらと一線を引くように通りから僕の部屋のベランダに雪が凹んでいるのが認められた。僕は今すぐ部屋を出なければならなくなった。
しばらく寒さに耐えられるようしっかりと、しかし素早く服を着込みながら、山籠りの度に世話になっていたナイフをポケットに入れる。山籠りグッズの中から小さな手鍋や水筒やクシ、園芸用の小さなスコップ、それから部屋の中のマッチを集め、フナムシから託された小箱と手紙と共にリュックにぶち込む。はたと気付いて彼女からの手紙や写真もぶち込む。最後に手帳をぶち込む。これでこの部屋に僕と彼女を繋げるものはないはずだ。できれば食糧が欲しいところだが、無いのだからしょうがない。予想以上にリュックが膨れてしまったが、そんなことを気にしている余裕はない。
雪道は逃走に向いていない。足跡は残り、小さな音ならば雪に吸収される。僕はとにかく一度眠らぬ街の大通りへと向かう必要があった。不特定多数の足跡が無数に刻まれた道へ。僕は駆け出した。
体力はだいぶ衰えたとはいえ、まだ脚には自信がある。馬でも使われない限り誰にも追いつけはしない。さすがに馬を使われたらこんな雪の日でも気付くだろう。その時は逃げるとは違う覚悟を前に出すしかない。
僕はフナムシとよく稽古をしていた歓楽街まで走った。とても遠かったが、その分色々と考えることができた。主に追手の有無や、これからの行動のことだった。歓楽街につきしばらくウロウロしながら人の出入りのある建物の中に入ると、僕は履いている靴の底をナイフで削り、靴跡の形を変えた。追手の影は見えないから、これで一安心といったところだ。
他に行くところも無いし、いずれにせよ最後に挨拶ぐらいはしなければならないと、僕は彼女の家へと向かうことにした。僕の行動に矛盾があるようだが、安心したことで多少甘い水をすすりにいこうと考えるのは、こんな状況でも必然のことだ。こんな状況だからこそ、生き残る力を分けて欲しかったのかもしれない。
彼女の住む町に着く頃には、闇が段々と薄くなりつつあった。図らずも、駅が動き始める時間だった。
この日はその気なしだったが、そんな日に限って見つけてしまうのだから、僕はついてない。