やってない世界
やってない。僕はまだやってない。やっちゃってない。うんこぐらいたいしたことない。全然やっちゃってない。まったく崩壊なんかしていない。まだまだ崩壊していってないよ。こんなの日常の出来事だよ。誰だってうんこぐらいするよ。やっちゃってないよ僕は。崩壊していくのはこっちの世界だなんて言わせないよ。やってないやっちゃってない。
はあ
たのしいな…
はあ
たのしいな…
勇者と段々崩壊していく世界
窓を少し開けると、部屋の中に冷気が染み出してくる。それはこのすきま風を通す部屋が部屋としてそれなりに機能している証でもあった。僕は普段通りに火鉢の側へ体を丸めながら向かう。くわえタバコで炭を箸で引っ掻いたりする。時折体を震わせては、うー、と小さな声で呻いたりする。
そんな普段通りの時行いをしている時、なにか変な臭いが鼻についた。なにか嗅いだことのあるようなないような不快な臭いだ。タバコを吸い終える頃、家を出たあと家を出る前に忘れないよう目立つ場所へ置いておいた物を忘れていることに気がついた時のように、その臭いのもとを思い出した。大便の臭いだった。
夕方の忘れ物かはたまた便所のトラブルか、僕は出来るだけ楽に解決できたらいいと祈りつつ便所の扉を開けた。便所は、便所なりに臭くはあったが、おおむねきれいだった。それを視認並び鼻認すると僕は大きな焦燥に襲われた。部屋の中から確実に大便の臭いがするのだからそれもしょうがないことだった。こんな状況があるのだろうか。一瞬にして様々なことが頭にうかぶ。泥棒稼業の縁起担ぎの一種には、盗みに入った宅で大便をひり出す、というものがあると聞いたことがある。ならば泥棒か?、いやしかしこの部屋に金目の物などもうなにも残っていない。部屋を見渡しても大便らしき物体はない。ついでに荒らされた形跡もない。灰皿だろうか。僕の吸うタバコの灰と少量の水が混じったものをしばらく放置した場合の臭いは大便のそれに近い。だが灰皿は夕方に洗ったばかりだった。灰皿の中身を捨てたゴミ箱に近づいてみるが、どうやら違う。とりあえず手を嗅いでみる。少し黄色味を帯びた左手の人差し指からタバコの臭いがする以外は、乾燥した肌の臭いしかしない。再三再四部屋を見渡してもブツは見当たらない。しかし確実に大便の臭いがする。この頃になると焦燥は怒りになり変わっていた。俺が一体なにをしたというんだ、俺は曲がりなりにも武道家で決して大便ハンターなんかではないぞ、大便ハンターってなんだよ、気がつけばブツブツと誰に聞かせるでもない言葉をつぶやいていた。
ようやくブツのありかに目星がついたのは、一度落ち着こうと、台所のシンクに腰を付けて紫煙をゆるりとくゆらせている時だった。窓を開けてから臭いがしはじめたことにやっと気づいた。僕はなにかを達成した余裕からかゆっくりと窓に近づいた。カーテンを開き、僕はざまあみろとの気持ちで深夜に、がたぴしと大きな音が立つのも構わず一気に窓をあけ開いた。
窓を開けた際に周囲の静寂を切り裂いた大きな音が、僕の日常が崩れ去る音ともなった。
ベランダの真ん中に厚手の布団を丸めた程度、こんもりと雪が積もっている。僕は信じられなかった。人の家のベランダにこんな大量の大便を捨てていく奴がいるなど、信じたくもなかった。大きな哺乳類の代表格、その名もゾウ、でも一頭で一度に出す量ではあるまい。ではなにか、僕が留守の間に数頭のゾウが僕の部屋のベランダに糞をしにやってきたというのか。部屋を借りるとき大家に、この部屋のベランダはたまに数頭のゾウが大便をしにくるけど構わない?、なんて説明された記憶はない。ええそうなんです、この部屋は僕達大便ハンターにとって大便を狙い大便に狙われる理想の環境が揃った安住の地です、まだまだ端くれですが一応大便ハンターの僕が言うのだからまちがいありません!、僕は現実逃避をしたくてしばらくそんなくだらないことばかりを考えていた。
そのこんもりとした雪の下に人の死体を発見したとき、僕がとにかく安堵したことは言うまでもない。なんだ、大便は人一人分しかないんだ、と。
絶対的安堵の下、よくわからない死体を前にタバコを吸い終えると、警察をよばなきゃなあ、と呑気に考えた。事件現場、きっとなんらかの事件であることに違いはないだろう、というやつに素人が手を加えるのは得策ではないとことぐらいは知っている。また現場に手を加えた結果疑われるのは勘弁だ。いや疑われるのはこの際どうもしようがないのではないか。とはいえ無実なのだから、大便臭くて大便臭くてでかい大便だと思いました、との弁解を弄することを覚悟でひとつ仏のツラぐらいは拝んでおくか。そんな好奇心から僕は死体に積もった雪を払う作業にとりかかった。
死体は、とんでもない形相をしていたが、なかなか鍛えられた顔つきの二十代後半と思しき男だった。こうなってくると僕の武道家としての興味が湧いてくる。体全体の雪を払うと、顔つきから察する通りの体をしていた。服装や手の指の太さなどから、僕はこの死体を喧嘩旅でもしている剣士ではないかと推測した。死体が剣を持っていないことと体の所々に赤黒いシミがあることから、勝負に敗れほうほうの体でこのベランダに逃げ込みそのまま息を引き取ったのだろうと考えた。
だが僕のそうした推測はすぐに打ち破られた。死体の胸ポケットに見覚えのある色の紙を発見したからだ。大便ハンターごっこや推理ごっこをして遊んでいた僕の緊張度が一気に高まった。点と点が結びつくとはこういうことかと我ながら関心するほどの確信を得た。死体の胸ポケットからその紙を引きずり出す。それはやっぱりフナムシからの手紙だった。
そんな普段通りの時行いをしている時、なにか変な臭いが鼻についた。なにか嗅いだことのあるようなないような不快な臭いだ。タバコを吸い終える頃、家を出たあと家を出る前に忘れないよう目立つ場所へ置いておいた物を忘れていることに気がついた時のように、その臭いのもとを思い出した。大便の臭いだった。
夕方の忘れ物かはたまた便所のトラブルか、僕は出来るだけ楽に解決できたらいいと祈りつつ便所の扉を開けた。便所は、便所なりに臭くはあったが、おおむねきれいだった。それを視認並び鼻認すると僕は大きな焦燥に襲われた。部屋の中から確実に大便の臭いがするのだからそれもしょうがないことだった。こんな状況があるのだろうか。一瞬にして様々なことが頭にうかぶ。泥棒稼業の縁起担ぎの一種には、盗みに入った宅で大便をひり出す、というものがあると聞いたことがある。ならば泥棒か?、いやしかしこの部屋に金目の物などもうなにも残っていない。部屋を見渡しても大便らしき物体はない。ついでに荒らされた形跡もない。灰皿だろうか。僕の吸うタバコの灰と少量の水が混じったものをしばらく放置した場合の臭いは大便のそれに近い。だが灰皿は夕方に洗ったばかりだった。灰皿の中身を捨てたゴミ箱に近づいてみるが、どうやら違う。とりあえず手を嗅いでみる。少し黄色味を帯びた左手の人差し指からタバコの臭いがする以外は、乾燥した肌の臭いしかしない。再三再四部屋を見渡してもブツは見当たらない。しかし確実に大便の臭いがする。この頃になると焦燥は怒りになり変わっていた。俺が一体なにをしたというんだ、俺は曲がりなりにも武道家で決して大便ハンターなんかではないぞ、大便ハンターってなんだよ、気がつけばブツブツと誰に聞かせるでもない言葉をつぶやいていた。
ようやくブツのありかに目星がついたのは、一度落ち着こうと、台所のシンクに腰を付けて紫煙をゆるりとくゆらせている時だった。窓を開けてから臭いがしはじめたことにやっと気づいた。僕はなにかを達成した余裕からかゆっくりと窓に近づいた。カーテンを開き、僕はざまあみろとの気持ちで深夜に、がたぴしと大きな音が立つのも構わず一気に窓をあけ開いた。
窓を開けた際に周囲の静寂を切り裂いた大きな音が、僕の日常が崩れ去る音ともなった。
ベランダの真ん中に厚手の布団を丸めた程度、こんもりと雪が積もっている。僕は信じられなかった。人の家のベランダにこんな大量の大便を捨てていく奴がいるなど、信じたくもなかった。大きな哺乳類の代表格、その名もゾウ、でも一頭で一度に出す量ではあるまい。ではなにか、僕が留守の間に数頭のゾウが僕の部屋のベランダに糞をしにやってきたというのか。部屋を借りるとき大家に、この部屋のベランダはたまに数頭のゾウが大便をしにくるけど構わない?、なんて説明された記憶はない。ええそうなんです、この部屋は僕達大便ハンターにとって大便を狙い大便に狙われる理想の環境が揃った安住の地です、まだまだ端くれですが一応大便ハンターの僕が言うのだからまちがいありません!、僕は現実逃避をしたくてしばらくそんなくだらないことばかりを考えていた。
そのこんもりとした雪の下に人の死体を発見したとき、僕がとにかく安堵したことは言うまでもない。なんだ、大便は人一人分しかないんだ、と。
絶対的安堵の下、よくわからない死体を前にタバコを吸い終えると、警察をよばなきゃなあ、と呑気に考えた。事件現場、きっとなんらかの事件であることに違いはないだろう、というやつに素人が手を加えるのは得策ではないとことぐらいは知っている。また現場に手を加えた結果疑われるのは勘弁だ。いや疑われるのはこの際どうもしようがないのではないか。とはいえ無実なのだから、大便臭くて大便臭くてでかい大便だと思いました、との弁解を弄することを覚悟でひとつ仏のツラぐらいは拝んでおくか。そんな好奇心から僕は死体に積もった雪を払う作業にとりかかった。
死体は、とんでもない形相をしていたが、なかなか鍛えられた顔つきの二十代後半と思しき男だった。こうなってくると僕の武道家としての興味が湧いてくる。体全体の雪を払うと、顔つきから察する通りの体をしていた。服装や手の指の太さなどから、僕はこの死体を喧嘩旅でもしている剣士ではないかと推測した。死体が剣を持っていないことと体の所々に赤黒いシミがあることから、勝負に敗れほうほうの体でこのベランダに逃げ込みそのまま息を引き取ったのだろうと考えた。
だが僕のそうした推測はすぐに打ち破られた。死体の胸ポケットに見覚えのある色の紙を発見したからだ。大便ハンターごっこや推理ごっこをして遊んでいた僕の緊張度が一気に高まった。点と点が結びつくとはこういうことかと我ながら関心するほどの確信を得た。死体の胸ポケットからその紙を引きずり出す。それはやっぱりフナムシからの手紙だった。
勇者と段々崩壊していく世界
元勇者隊7名による強奪被害にあった村とこの時フナムシ達がいた村は、少し離れているが地図上は隣同士だった。村と村の間にはあまり高くないとはいえ道無き山が横たわっている。
ひょっとしたらその7人はこの村にやってくるのではないか、誰とも言わず三人はそのことを考えた。強奪被害にあった村から見て、より辺鄙な場所はというとフナムシ達がいる村の方角だからだ。
フナムシは彼らがこの村にやってくると確信していた。その結論に絶対の自信があった。自分でもなぜだかは知らないがとにかくそう思っていたという。おそらくフナムシの知識や経験、その7人の中で知った奴らの日頃の言動や行動、などから得られる細かい計算をすっ飛ばして答えだけを導いた状態だったのだろう。命を賭して戦いに来たのに未だ戦えぬ焦りが導いた短絡的且つ希望的観測に過ぎないものかもしれない。
フナムシはすぐさま準備に取りかかった。兵士にきけば事件があったのは二日前のことだという。人目を避けて行動しているに違いないから、来るならば夜だ。強奪した物資は金やら食糧やらで、とにかく目の付いたものを適当に奪っていったらしい。フナムシは彼らがはじめての強奪行為にやましさと興奮とが入り混じり恐慌のような状態に陥り、冷静に今後必要な物資を物色できなかったと読んだ。自分ならばまずこれから本格的に始まる冬を乗り切る装備を奪うとフナムシは記した。
今頃必要な物資が足りないことに焦っているに違いない、フナムシはそう睨んだ。加えて、まだ雪の帽子を被っていないとはいえ彼らが山から降りてくることは無いと踏んだ。道を行くよりも山に入った方が見つかるリスクは低い。だが7人もいれば過酷な山越えに異議を唱える者が必ず現れる。その時に、身も心も疲れ、極度の不安や緊張にさいなまされている彼らが、それでも過酷な地に足を踏み入れるだろうか。物資も不十分。金などあっても意味がない。きっと彼らは次こそ確実に必要ものを奪って国から逃げ切ってやるとの希望のみを極度のストレスから逃れる唯一の糧として胸に抱き、この村に近付いている。早く体に脈打つ不安を解消したくてたまらないに違いない。次こそはうまくやると心に刻んでいるに違いない。
はからずもフナムシの勘は的中した。その夜に犯罪者達はこそこそと村にやってきたのだ。そしてフナムシパーティは見事元勇者隊の3人を捕まえた。
3人が語るには、他の4人とは意見を違え途中で別れたという。隊の分裂は、フナムシにとって全く考えの及ばなかったことだが、幸いなことだった。手練れ7人を相手にするのは準備が足りなかった。フナムシがしていた準備とは、主に7人を先に発見し見つからずに逃げる準備だった。フナムシが臆病なわけではない。僕達にとっては当然の選択で、死ぬかもしれぬ地に足を踏み込む無謀さは持っていても一戦一戦生き残る為に持てる知識や技術を全て費やすのが僕らの武道だからだ。
3人を捕まえるのはあっけなく、とても容易だったという。3人しか村に入ってきていないことを確認したフナムシは、僕とフナムシがやってきた稽古のように不意打ちで一人を打ち倒すと、他の二人は戦意を失い、むしろ捕まりたがっていたとさえ感じるほどの様子だったという。話を聞くになんとも尻切れな話だが、久しぶりに撃つ手刀は晴々としたものになった、とフナムシが記しているところを見ると、フナムシの機嫌を持ち直す効果はあったようだった。
その後は兵士が種々の手続きをしに村役場まで3人を連れたてていった。フナムシと剣士はその間兵士の荷物をチェックすることになった。
なぜ剣士が兵士への協力に対してこの条件を持ち出したかというと、兵士の荷物の中に一つだけ鍵付きの小箱があったからだ。兵士はそれを二人に隠しているふしがあった。剣士は元々強奪犯を捕まえるのにやぶさかではなかったらしく、本命の条件は手紙のことのみで、こっちはただの好奇心によるおまけみたいなものだったらしい。
兵士からあらかじめ鍵を預かっていた二人は早速その小箱を開けた。中には日誌のような本が入っていた。表紙には冒険の書と書かれていた。
本の中身は、二人がそれを見た瞬間察した通り、行程の内容や二人の技量、性格が事細かに報告されていた。他にも行く先々での動植物の生態なども書かれていた。その中に、武道家はサバイバルに精通しているが戦いとなれば獲物を使う剣士の方が武道家より優れるだろう、との一節を見つけた時、フナムシは憤慨したという。
一見なんともないといえる旅の日誌だったが、中身をあらためた二人はある覚悟を覚えた。
俺達は捨て石だ。
次の用意は既に始まっている。
フナムシはそう思っても今度は憤慨したりはしない。準備はなによりたいせつだからだ。捨て石になる覚悟はあるし、次に情報を託すのは当然の準備だ。普段のフナムシならば、いや普通の招集ならばそれで良い。俺達が魔王を倒せなかったら当然次の手を打つしかない。その準備は欠かせない。しかしなぜそれを隠すのか。
普通の討伐ならばそれでもいい。だが今回の事態は、魔王側から要請されているものだ。勇気ある者達の招集及び彼らによる魔王討伐、これは魔王側から三国に要求されているものだ。フナムシに疑念が生じた。本人はそのことを全くの勘だと記す。
果たして俺達が失敗した時に、魔王から次の討伐要請はある保証はあるのか?
国は次があることを確かに知っているのではないか?
国と魔王は何かしらの思惑の上にどこかで繋がっているのではないか?
剣士もだいたい似たような疑念を抱えたようだった。役場から帰ってきた兵士にそれらの疑念をいくつか問いかけたが、たとえなにか思惑があったとしても俺みたいな下っ端がなにかを知っているわけない、と言い、頼むからこのことは誰にも言わないでくれ、と念をおすことに忙しくしていた。軽い脅しで秘密を明け渡す小心者ならば言っていることは嘘ではなかろう、とフナムシは判断した。ただそのあと少しだけ兵士と組手をし、特に武器を持った相手に対する時の戦術を披露したという。
二通目の手紙はその後何事もなくトッツクポーリの街道を行くおとりの6隊と合流した日までの些細な出来事を綴り結ばれた。
三通目の手紙は二通目から一週間後にきた。中身は少なかったが「う」で始まる文がいくつかあった。それでもこの三通目の手紙で僕はトッツクポーリの現状を大体知ることになったのだから、兵士との取引は生きているということだ。
三通目の手紙の内容で僕がトッツクポーリの現状以外に気になった点があった。それは、馬でもあれば今すぐトッツクポーリに入ってやる、という一言だった。「う」で始まっているので、これは嘘だ。おそらくは今すぐトッツクポーリに入れないという意味をなしていると思われるが、そうだとしたら意味がわからない。なぜトッツクポーリに入れないのか、足留めをかけられているのか、だとしたらストップをかけているのはウエノなのか魔王なのか。そもそもそんなことがわざわざ暗号を用いて伝えるほどのことなのか。そういった事情はまるで、自分で確かめろ、とでも言いたげに、フナムシは何も記さなかった。もう一度くらいは手紙をのこせる、その15文字で僕に謎を残したまま手紙は終わった。
彼女の家から僕の家に着いたのは真夜中にさしかかろうかという時間だった。僕のアパートは寂れた住宅街の角にあるので、この時刻は既に真っ暗だ。人っ子一人見当たらないという表現を新しく降り積もる雪に誰の足跡もないことで証明していた。どきどきしながら郵便受けを見ると、近所のラーメン屋が出前を始めるというチラシ以外なにもなかった。それもそうだろう、昨日の夕方6時までは家にいたのだから。
部屋に入ると安堵と不安が二重にのしかかってくる。フナムシのそれと彼女のそれだ。僕は火鉢の墨に火を落とそうと震える手で悪戦苦闘しながら、ついでにタバコを吸った。タバコを吸うときは煙がこもらないよう窓を開ける。この部屋は墨の火ぐらい点けても換気をせずに済む程度のすきま風は入ってくる。だがタバコの煙を追いやるほどではない。だから窓を開ける。ベランダに通ずる大きな窓を少し開ける。そんな日常の行為が僕の日常を一転させるとは知らずに、僕は窓を少し開けた。
ひょっとしたらその7人はこの村にやってくるのではないか、誰とも言わず三人はそのことを考えた。強奪被害にあった村から見て、より辺鄙な場所はというとフナムシ達がいる村の方角だからだ。
フナムシは彼らがこの村にやってくると確信していた。その結論に絶対の自信があった。自分でもなぜだかは知らないがとにかくそう思っていたという。おそらくフナムシの知識や経験、その7人の中で知った奴らの日頃の言動や行動、などから得られる細かい計算をすっ飛ばして答えだけを導いた状態だったのだろう。命を賭して戦いに来たのに未だ戦えぬ焦りが導いた短絡的且つ希望的観測に過ぎないものかもしれない。
フナムシはすぐさま準備に取りかかった。兵士にきけば事件があったのは二日前のことだという。人目を避けて行動しているに違いないから、来るならば夜だ。強奪した物資は金やら食糧やらで、とにかく目の付いたものを適当に奪っていったらしい。フナムシは彼らがはじめての強奪行為にやましさと興奮とが入り混じり恐慌のような状態に陥り、冷静に今後必要な物資を物色できなかったと読んだ。自分ならばまずこれから本格的に始まる冬を乗り切る装備を奪うとフナムシは記した。
今頃必要な物資が足りないことに焦っているに違いない、フナムシはそう睨んだ。加えて、まだ雪の帽子を被っていないとはいえ彼らが山から降りてくることは無いと踏んだ。道を行くよりも山に入った方が見つかるリスクは低い。だが7人もいれば過酷な山越えに異議を唱える者が必ず現れる。その時に、身も心も疲れ、極度の不安や緊張にさいなまされている彼らが、それでも過酷な地に足を踏み入れるだろうか。物資も不十分。金などあっても意味がない。きっと彼らは次こそ確実に必要ものを奪って国から逃げ切ってやるとの希望のみを極度のストレスから逃れる唯一の糧として胸に抱き、この村に近付いている。早く体に脈打つ不安を解消したくてたまらないに違いない。次こそはうまくやると心に刻んでいるに違いない。
はからずもフナムシの勘は的中した。その夜に犯罪者達はこそこそと村にやってきたのだ。そしてフナムシパーティは見事元勇者隊の3人を捕まえた。
3人が語るには、他の4人とは意見を違え途中で別れたという。隊の分裂は、フナムシにとって全く考えの及ばなかったことだが、幸いなことだった。手練れ7人を相手にするのは準備が足りなかった。フナムシがしていた準備とは、主に7人を先に発見し見つからずに逃げる準備だった。フナムシが臆病なわけではない。僕達にとっては当然の選択で、死ぬかもしれぬ地に足を踏み込む無謀さは持っていても一戦一戦生き残る為に持てる知識や技術を全て費やすのが僕らの武道だからだ。
3人を捕まえるのはあっけなく、とても容易だったという。3人しか村に入ってきていないことを確認したフナムシは、僕とフナムシがやってきた稽古のように不意打ちで一人を打ち倒すと、他の二人は戦意を失い、むしろ捕まりたがっていたとさえ感じるほどの様子だったという。話を聞くになんとも尻切れな話だが、久しぶりに撃つ手刀は晴々としたものになった、とフナムシが記しているところを見ると、フナムシの機嫌を持ち直す効果はあったようだった。
その後は兵士が種々の手続きをしに村役場まで3人を連れたてていった。フナムシと剣士はその間兵士の荷物をチェックすることになった。
なぜ剣士が兵士への協力に対してこの条件を持ち出したかというと、兵士の荷物の中に一つだけ鍵付きの小箱があったからだ。兵士はそれを二人に隠しているふしがあった。剣士は元々強奪犯を捕まえるのにやぶさかではなかったらしく、本命の条件は手紙のことのみで、こっちはただの好奇心によるおまけみたいなものだったらしい。
兵士からあらかじめ鍵を預かっていた二人は早速その小箱を開けた。中には日誌のような本が入っていた。表紙には冒険の書と書かれていた。
本の中身は、二人がそれを見た瞬間察した通り、行程の内容や二人の技量、性格が事細かに報告されていた。他にも行く先々での動植物の生態なども書かれていた。その中に、武道家はサバイバルに精通しているが戦いとなれば獲物を使う剣士の方が武道家より優れるだろう、との一節を見つけた時、フナムシは憤慨したという。
一見なんともないといえる旅の日誌だったが、中身をあらためた二人はある覚悟を覚えた。
俺達は捨て石だ。
次の用意は既に始まっている。
フナムシはそう思っても今度は憤慨したりはしない。準備はなによりたいせつだからだ。捨て石になる覚悟はあるし、次に情報を託すのは当然の準備だ。普段のフナムシならば、いや普通の招集ならばそれで良い。俺達が魔王を倒せなかったら当然次の手を打つしかない。その準備は欠かせない。しかしなぜそれを隠すのか。
普通の討伐ならばそれでもいい。だが今回の事態は、魔王側から要請されているものだ。勇気ある者達の招集及び彼らによる魔王討伐、これは魔王側から三国に要求されているものだ。フナムシに疑念が生じた。本人はそのことを全くの勘だと記す。
果たして俺達が失敗した時に、魔王から次の討伐要請はある保証はあるのか?
国は次があることを確かに知っているのではないか?
国と魔王は何かしらの思惑の上にどこかで繋がっているのではないか?
剣士もだいたい似たような疑念を抱えたようだった。役場から帰ってきた兵士にそれらの疑念をいくつか問いかけたが、たとえなにか思惑があったとしても俺みたいな下っ端がなにかを知っているわけない、と言い、頼むからこのことは誰にも言わないでくれ、と念をおすことに忙しくしていた。軽い脅しで秘密を明け渡す小心者ならば言っていることは嘘ではなかろう、とフナムシは判断した。ただそのあと少しだけ兵士と組手をし、特に武器を持った相手に対する時の戦術を披露したという。
二通目の手紙はその後何事もなくトッツクポーリの街道を行くおとりの6隊と合流した日までの些細な出来事を綴り結ばれた。
三通目の手紙は二通目から一週間後にきた。中身は少なかったが「う」で始まる文がいくつかあった。それでもこの三通目の手紙で僕はトッツクポーリの現状を大体知ることになったのだから、兵士との取引は生きているということだ。
三通目の手紙の内容で僕がトッツクポーリの現状以外に気になった点があった。それは、馬でもあれば今すぐトッツクポーリに入ってやる、という一言だった。「う」で始まっているので、これは嘘だ。おそらくは今すぐトッツクポーリに入れないという意味をなしていると思われるが、そうだとしたら意味がわからない。なぜトッツクポーリに入れないのか、足留めをかけられているのか、だとしたらストップをかけているのはウエノなのか魔王なのか。そもそもそんなことがわざわざ暗号を用いて伝えるほどのことなのか。そういった事情はまるで、自分で確かめろ、とでも言いたげに、フナムシは何も記さなかった。もう一度くらいは手紙をのこせる、その15文字で僕に謎を残したまま手紙は終わった。
彼女の家から僕の家に着いたのは真夜中にさしかかろうかという時間だった。僕のアパートは寂れた住宅街の角にあるので、この時刻は既に真っ暗だ。人っ子一人見当たらないという表現を新しく降り積もる雪に誰の足跡もないことで証明していた。どきどきしながら郵便受けを見ると、近所のラーメン屋が出前を始めるというチラシ以外なにもなかった。それもそうだろう、昨日の夕方6時までは家にいたのだから。
部屋に入ると安堵と不安が二重にのしかかってくる。フナムシのそれと彼女のそれだ。僕は火鉢の墨に火を落とそうと震える手で悪戦苦闘しながら、ついでにタバコを吸った。タバコを吸うときは煙がこもらないよう窓を開ける。この部屋は墨の火ぐらい点けても換気をせずに済む程度のすきま風は入ってくる。だがタバコの煙を追いやるほどではない。だから窓を開ける。ベランダに通ずる大きな窓を少し開ける。そんな日常の行為が僕の日常を一転させるとは知らずに、僕は窓を少し開けた。
勇者と段々崩壊していく世界
ウエノの都市部にも雪が積もり出していた。夜中に彼女の帰宅を見た僕は家に帰ろうとまだほとんど足跡の着いていない雪道を歩いていた。
今日は朝から彼女と会う約束をしている。そんな日はこれから寝てしまわないよう家には帰らなかったのだがいわゆる虫の知らせというものに近い感覚がしたので、僕は動悸を抱えながらもなるべく足早に帰宅した。
「勇者隊連絡途絶える」
この報せを聞いたのが一昨日のこと。フナムシが勇気ある者の部隊に参加してからおおよそ一ヶ月経っていた。フナムシはその間三通僕に手紙をよこしていた。その手紙の間隔と昨日のニュースとで、僕にフナムシから手紙が来るなら今日の朝だと思っていた。だから虫の知らせに近い感覚としたが、確証こそないがそれよりもっと確かな感覚だった。
フナムシからの手紙にはよく部隊のことが書かれていた。手紙を書いてもどうせ検閲が入るに決まってる、と考えたフナムシは旅立つ前の日の夜、僕と最後に会った日の夜にいくつか暗号を教えた。暗号の大きな部分をいうと、文頭が「う」で始まる文章は全く正反対の意味、最初と最後の文は必ず15文字で書きそれ以外の文字数だったら改竄あるいは偽物、と決められた。細かい部分をいえば他にも、仕事が懐かしいと書いたら危険な状況である、などといくつかの単語と意味を示し合せていた。もちろん検閲があることも暗号には含まれていて、それは過去に対戦した人物の名前でわかることになっていた。そしてその人物の強さが検閲の度合いにリンクするしかけだった。なぜこんなことをしたのかといえば、前代未聞の戦いを求めた魔王とそれに乗った、いや従ったともいえるウエノを誰が信用するのかということもあるが、僕達実戦を求める武道家にとっては当然の所作だったから、との方が感覚的には強い。
最初の手紙は勇気ある者が城に集まった日から一週間ほどあとにきた。僕は早速様々なことを知った。集まった人数が国の予測よりも多く戦歴や強さもバラバラで、全員が一部隊として活動するのは非効率かつほぼ不可能で、数人ずつチームを組み、それが部隊活動の最小単位になったこと。およそ一週間そのチームで、おもに連携面であるが、様々な特訓を課されたこと。その特訓はとても激しく初日でかなりの人数またはチーム丸ごと、こんなことをしにやって来たわけじゃない、というような顔をしていて呆れたとのこと。フナムシは彼らを、かなり高確率で自分が死ぬことも理解できぬバカで花見湯山のついでに平和を叫ぼうとしただけの自己満足花畑野郎共、と暗号でもって僕に知らせた。武器や防具、サバイバルに必要な道具よりも化粧品を多く持ってきたバカが何人もいたらしい。この特訓は良いふるいになり、特訓の日々が終わりいよいよ討伐へ出発という前日には部隊に参加した面々の数は半分以下になっていた。明日になればさらに減るだろうとフナムシはいう。フナムシはこの特訓のふるいがなかったらどうなっていたか考えるのも億劫だと手紙を結んだ。もちろん最後には15文字を足して。
二通目の手紙がきたのは最初の手紙から10日ほど経った頃だった。トッツクポーリまでの行軍過程が主な内容だった。城からトッツクポーリまで馬や専車を使えば二日でいける距離だが状況と作戦上、部隊はそうするわけにもいかなかった。部隊の作戦は少ない兵力で魔王を仕留めるという目的上隠密行動が適している。魔王はたった一人、たった一夜でトッツクポーリを落とした人物だ。トッツクポーリを落とし、何か得体の知れない力で何者も寄せつけずに今日に至っている。魔王が他国の動きをどこまで把握しているかは誰にもわからない。わかっているのは得体がしれないということと弱いはずがないということ、それからトッツクポーリの大まかな兵力だった。
トッツクポーリの兵力は最低で20万人を越える。20万というこの数字はトッツクポーリの人口とほぼ一致する。人口の数を最低の兵力としたのは、魔王の兵は人間だけではないからだ。動物や植物すらも魔王は得体の知れない力で兵に変える。僕はそのことをフナムシが伝えてくれるまで知らなかった。他国の事情はわからないがおそらく関係者以外は知らないだろう。そのことはトッツクポーリの全滅を意味していた。
僕はトッツクポーリを落としたのは魔王一人ではなく魔王の軍団で、三国がトッツクポーリに攻め入らないことなど起こっている事態を鑑みるに魔王の兵力は精々一万ぐらいだと考えていた。起こっていることと知っていたことと多少矛盾するが魔王さえ暗殺すればトッツクポーリを占拠する武力勢力は瓦解し、トッツクポーリの正規軍が反撃にでて都市は解放されると軽く思っていた。しかし事はそうではないらしかった。魔王は兵を既存の生命から「創れる」。そのことを国は知っていた。おそらく魔王はこちらの動向を把握していると国は考えているとフナムシは記した。
ウエノの勇者部隊は13隊残った。3、4人からなるそのチームのことを
パーティと称しているらしい。トッツクポーリへの道のりの半分ほどは専車を利用してトッツクポーリへの街道を皆で移動する。その後6隊はそのままトッツクポーリへまっすぐ移動をする。フナムシ曰くこれはおとりの隊らしい。フナムシは勇者隊を指揮する軍師により戦いに近いおとり隊への参加を直訴したが、却下された。それは当然だろう。野山を駆け巡りながら育ち、山籠りの経験もある彼にわざわざ街道を行かせる理由がない。世の中なんでもできる奴は思い通りになんにもできないものだ。
残りの隠密行動の隊は四つに別れ、道無き道を行き、最良の予定では最終的に先を行く6隊とトッツクポーリの手前で一時合流する。それではまるで隠密行動の意味がないとフナムシは記し、国は俺達を信用していないと続けた。トッツクポーリへの道程も自由ではなく、細かくチェックポイントが用意されていた。主に何日以内にこの村の使者に会うことというものだった。その日程は決して楽な日程ではなく、「寄り道」はできなかったという。
フナムシの隊は余りの隊で、一隊のみの行軍になった。フナムシ含め三人からなるパーティだ。一人は招集初日の特訓から組んでいる男の剣士で、腕前も性格もなかなかのものだという。もう一人はウエノの兵士で、特訓には参加しておらず、軍師の小間使いのようなことをしていた男だった。その他の隠密行動をする隊にも国の兵士は混ぜられていた。
日常的と言っていいほどサバイバルに精通したフナムシは、こんなことに時間をかける暇はない、と、もちろん他の二人に気を使いながらだが、できうる限り最速のスピードで日程を消化した。チェックポイントの村に着く頃には他の二人は疲労困憊の様子だったという。その上フナムシは、まだ本格的な戦いは無いと踏み、朝や夜に修行を欠かさなかったという。僕らにとっては当たり前のことだが、他の二人はきっと驚き呆れていたことだろう。
そんな調子で三つ目のチェックポイントに着いた時、そこは起きて畑仕事をして酒飲んで寝ることぐらいしかやることがないようなちいさな村で、歓待が終わりあとはもう寝るだけだと個室のベッドに潜り込んだ瞬間、フナムシは兵士に呼び出された。剣士も一緒だった。
兵士は四つに分かれたうちの一つの行路を行く二隊7名から連絡が途切れた、と言った。それを聞いたフナムシは、まだまだ出るぞ、と返した。フナムシは半分冗談のつもりで言ったらしいのだが、兵士の顔はみるみる青くなっていった。というのも無理はない、その7名の手により自分と同じ役割をしている者が始末されていたのだから。
その逃げ出した勇気ある者達は行方知れずだが、時を同じくして近くの村で村中が被害にあうような強奪事件があったという。兵士は青くなった顔で、きっと逃げた7人の犯行に違いない、と語った。だからなんだと言う二人に兵士は、出来るならばその7名を探して始末しろとのお達しだ、と言う。フナムシは憤慨した。俺は魔王と戦いにきたのだ、内紛している暇はない、と。
怯えているからだろうか、兵士の言葉数は少なかった。だが、頑として一線は退かなかった。終いには、探す気がなくても探すフリはしてくれと言い出した。それでは結局探しているのと同じじゃないか、とのフナムシの反論にも兵士はただ、頼む、と頭をさげた。
埒があかないとばかりに、剣士がはじめて口を開いた。剣士は兵士に取引を持ちかけた。頼み事ならきいてやってもいい、ただし見返りなき頼みをきくほど俺達の仲に信用はない、と。
剣士は兵士に、内容は見せるからお前の責任下にある時は手紙の検閲を緩くすることと兵士の持ち物を検査させろということ、それから決して安くない額の金を要求した。フナムシは剣士に妻とまだ幼い子がいることを知っていたので、その条件が遂行されるならば魔王と戦う以外のことをしてもいいとという気持ちに落ち着いた。また兵士の持ち物にも興味はあった。
しばらく悩んだ兵士は、金は約束できないが、と絞り出すように言い他の二つを了承した。安心しろ誰にもこのことは言わない、剣士の言うことにフナムシは同意した。
そう二通目の手紙は、それでも肝心なところは暗号が施されていたが、あまり制限のないものとなった。中身も多量で、いくつかの束になっていた。
なぜフナムシ達にその役割が巡ってきたかというと、その7人のルートとフナムシ達のルートが近いからだという。さらにフナムシ達が遠回りのルートを想定以上に飛ばして来たために、より近付いているという。
フナムシは二日だけ捜索及び討伐に時間をかけてもいいと言い、兵士は、十分だと答えた。
今日は朝から彼女と会う約束をしている。そんな日はこれから寝てしまわないよう家には帰らなかったのだがいわゆる虫の知らせというものに近い感覚がしたので、僕は動悸を抱えながらもなるべく足早に帰宅した。
「勇者隊連絡途絶える」
この報せを聞いたのが一昨日のこと。フナムシが勇気ある者の部隊に参加してからおおよそ一ヶ月経っていた。フナムシはその間三通僕に手紙をよこしていた。その手紙の間隔と昨日のニュースとで、僕にフナムシから手紙が来るなら今日の朝だと思っていた。だから虫の知らせに近い感覚としたが、確証こそないがそれよりもっと確かな感覚だった。
フナムシからの手紙にはよく部隊のことが書かれていた。手紙を書いてもどうせ検閲が入るに決まってる、と考えたフナムシは旅立つ前の日の夜、僕と最後に会った日の夜にいくつか暗号を教えた。暗号の大きな部分をいうと、文頭が「う」で始まる文章は全く正反対の意味、最初と最後の文は必ず15文字で書きそれ以外の文字数だったら改竄あるいは偽物、と決められた。細かい部分をいえば他にも、仕事が懐かしいと書いたら危険な状況である、などといくつかの単語と意味を示し合せていた。もちろん検閲があることも暗号には含まれていて、それは過去に対戦した人物の名前でわかることになっていた。そしてその人物の強さが検閲の度合いにリンクするしかけだった。なぜこんなことをしたのかといえば、前代未聞の戦いを求めた魔王とそれに乗った、いや従ったともいえるウエノを誰が信用するのかということもあるが、僕達実戦を求める武道家にとっては当然の所作だったから、との方が感覚的には強い。
最初の手紙は勇気ある者が城に集まった日から一週間ほどあとにきた。僕は早速様々なことを知った。集まった人数が国の予測よりも多く戦歴や強さもバラバラで、全員が一部隊として活動するのは非効率かつほぼ不可能で、数人ずつチームを組み、それが部隊活動の最小単位になったこと。およそ一週間そのチームで、おもに連携面であるが、様々な特訓を課されたこと。その特訓はとても激しく初日でかなりの人数またはチーム丸ごと、こんなことをしにやって来たわけじゃない、というような顔をしていて呆れたとのこと。フナムシは彼らを、かなり高確率で自分が死ぬことも理解できぬバカで花見湯山のついでに平和を叫ぼうとしただけの自己満足花畑野郎共、と暗号でもって僕に知らせた。武器や防具、サバイバルに必要な道具よりも化粧品を多く持ってきたバカが何人もいたらしい。この特訓は良いふるいになり、特訓の日々が終わりいよいよ討伐へ出発という前日には部隊に参加した面々の数は半分以下になっていた。明日になればさらに減るだろうとフナムシはいう。フナムシはこの特訓のふるいがなかったらどうなっていたか考えるのも億劫だと手紙を結んだ。もちろん最後には15文字を足して。
二通目の手紙がきたのは最初の手紙から10日ほど経った頃だった。トッツクポーリまでの行軍過程が主な内容だった。城からトッツクポーリまで馬や専車を使えば二日でいける距離だが状況と作戦上、部隊はそうするわけにもいかなかった。部隊の作戦は少ない兵力で魔王を仕留めるという目的上隠密行動が適している。魔王はたった一人、たった一夜でトッツクポーリを落とした人物だ。トッツクポーリを落とし、何か得体の知れない力で何者も寄せつけずに今日に至っている。魔王が他国の動きをどこまで把握しているかは誰にもわからない。わかっているのは得体がしれないということと弱いはずがないということ、それからトッツクポーリの大まかな兵力だった。
トッツクポーリの兵力は最低で20万人を越える。20万というこの数字はトッツクポーリの人口とほぼ一致する。人口の数を最低の兵力としたのは、魔王の兵は人間だけではないからだ。動物や植物すらも魔王は得体の知れない力で兵に変える。僕はそのことをフナムシが伝えてくれるまで知らなかった。他国の事情はわからないがおそらく関係者以外は知らないだろう。そのことはトッツクポーリの全滅を意味していた。
僕はトッツクポーリを落としたのは魔王一人ではなく魔王の軍団で、三国がトッツクポーリに攻め入らないことなど起こっている事態を鑑みるに魔王の兵力は精々一万ぐらいだと考えていた。起こっていることと知っていたことと多少矛盾するが魔王さえ暗殺すればトッツクポーリを占拠する武力勢力は瓦解し、トッツクポーリの正規軍が反撃にでて都市は解放されると軽く思っていた。しかし事はそうではないらしかった。魔王は兵を既存の生命から「創れる」。そのことを国は知っていた。おそらく魔王はこちらの動向を把握していると国は考えているとフナムシは記した。
ウエノの勇者部隊は13隊残った。3、4人からなるそのチームのことを
パーティと称しているらしい。トッツクポーリへの道のりの半分ほどは専車を利用してトッツクポーリへの街道を皆で移動する。その後6隊はそのままトッツクポーリへまっすぐ移動をする。フナムシ曰くこれはおとりの隊らしい。フナムシは勇者隊を指揮する軍師により戦いに近いおとり隊への参加を直訴したが、却下された。それは当然だろう。野山を駆け巡りながら育ち、山籠りの経験もある彼にわざわざ街道を行かせる理由がない。世の中なんでもできる奴は思い通りになんにもできないものだ。
残りの隠密行動の隊は四つに別れ、道無き道を行き、最良の予定では最終的に先を行く6隊とトッツクポーリの手前で一時合流する。それではまるで隠密行動の意味がないとフナムシは記し、国は俺達を信用していないと続けた。トッツクポーリへの道程も自由ではなく、細かくチェックポイントが用意されていた。主に何日以内にこの村の使者に会うことというものだった。その日程は決して楽な日程ではなく、「寄り道」はできなかったという。
フナムシの隊は余りの隊で、一隊のみの行軍になった。フナムシ含め三人からなるパーティだ。一人は招集初日の特訓から組んでいる男の剣士で、腕前も性格もなかなかのものだという。もう一人はウエノの兵士で、特訓には参加しておらず、軍師の小間使いのようなことをしていた男だった。その他の隠密行動をする隊にも国の兵士は混ぜられていた。
日常的と言っていいほどサバイバルに精通したフナムシは、こんなことに時間をかける暇はない、と、もちろん他の二人に気を使いながらだが、できうる限り最速のスピードで日程を消化した。チェックポイントの村に着く頃には他の二人は疲労困憊の様子だったという。その上フナムシは、まだ本格的な戦いは無いと踏み、朝や夜に修行を欠かさなかったという。僕らにとっては当たり前のことだが、他の二人はきっと驚き呆れていたことだろう。
そんな調子で三つ目のチェックポイントに着いた時、そこは起きて畑仕事をして酒飲んで寝ることぐらいしかやることがないようなちいさな村で、歓待が終わりあとはもう寝るだけだと個室のベッドに潜り込んだ瞬間、フナムシは兵士に呼び出された。剣士も一緒だった。
兵士は四つに分かれたうちの一つの行路を行く二隊7名から連絡が途切れた、と言った。それを聞いたフナムシは、まだまだ出るぞ、と返した。フナムシは半分冗談のつもりで言ったらしいのだが、兵士の顔はみるみる青くなっていった。というのも無理はない、その7名の手により自分と同じ役割をしている者が始末されていたのだから。
その逃げ出した勇気ある者達は行方知れずだが、時を同じくして近くの村で村中が被害にあうような強奪事件があったという。兵士は青くなった顔で、きっと逃げた7人の犯行に違いない、と語った。だからなんだと言う二人に兵士は、出来るならばその7名を探して始末しろとのお達しだ、と言う。フナムシは憤慨した。俺は魔王と戦いにきたのだ、内紛している暇はない、と。
怯えているからだろうか、兵士の言葉数は少なかった。だが、頑として一線は退かなかった。終いには、探す気がなくても探すフリはしてくれと言い出した。それでは結局探しているのと同じじゃないか、とのフナムシの反論にも兵士はただ、頼む、と頭をさげた。
埒があかないとばかりに、剣士がはじめて口を開いた。剣士は兵士に取引を持ちかけた。頼み事ならきいてやってもいい、ただし見返りなき頼みをきくほど俺達の仲に信用はない、と。
剣士は兵士に、内容は見せるからお前の責任下にある時は手紙の検閲を緩くすることと兵士の持ち物を検査させろということ、それから決して安くない額の金を要求した。フナムシは剣士に妻とまだ幼い子がいることを知っていたので、その条件が遂行されるならば魔王と戦う以外のことをしてもいいとという気持ちに落ち着いた。また兵士の持ち物にも興味はあった。
しばらく悩んだ兵士は、金は約束できないが、と絞り出すように言い他の二つを了承した。安心しろ誰にもこのことは言わない、剣士の言うことにフナムシは同意した。
そう二通目の手紙は、それでも肝心なところは暗号が施されていたが、あまり制限のないものとなった。中身も多量で、いくつかの束になっていた。
なぜフナムシ達にその役割が巡ってきたかというと、その7人のルートとフナムシ達のルートが近いからだという。さらにフナムシ達が遠回りのルートを想定以上に飛ばして来たために、より近付いているという。
フナムシは二日だけ捜索及び討伐に時間をかけてもいいと言い、兵士は、十分だと答えた。