勇者と段々崩壊していく世界 | からだに恥をかく体操〜えんぴつみがき〜

勇者と段々崩壊していく世界

元勇者隊7名による強奪被害にあった村とこの時フナムシ達がいた村は、少し離れているが地図上は隣同士だった。村と村の間にはあまり高くないとはいえ道無き山が横たわっている。
ひょっとしたらその7人はこの村にやってくるのではないか、誰とも言わず三人はそのことを考えた。強奪被害にあった村から見て、より辺鄙な場所はというとフナムシ達がいる村の方角だからだ。
フナムシは彼らがこの村にやってくると確信していた。その結論に絶対の自信があった。自分でもなぜだかは知らないがとにかくそう思っていたという。おそらくフナムシの知識や経験、その7人の中で知った奴らの日頃の言動や行動、などから得られる細かい計算をすっ飛ばして答えだけを導いた状態だったのだろう。命を賭して戦いに来たのに未だ戦えぬ焦りが導いた短絡的且つ希望的観測に過ぎないものかもしれない。
フナムシはすぐさま準備に取りかかった。兵士にきけば事件があったのは二日前のことだという。人目を避けて行動しているに違いないから、来るならば夜だ。強奪した物資は金やら食糧やらで、とにかく目の付いたものを適当に奪っていったらしい。フナムシは彼らがはじめての強奪行為にやましさと興奮とが入り混じり恐慌のような状態に陥り、冷静に今後必要な物資を物色できなかったと読んだ。自分ならばまずこれから本格的に始まる冬を乗り切る装備を奪うとフナムシは記した。
今頃必要な物資が足りないことに焦っているに違いない、フナムシはそう睨んだ。加えて、まだ雪の帽子を被っていないとはいえ彼らが山から降りてくることは無いと踏んだ。道を行くよりも山に入った方が見つかるリスクは低い。だが7人もいれば過酷な山越えに異議を唱える者が必ず現れる。その時に、身も心も疲れ、極度の不安や緊張にさいなまされている彼らが、それでも過酷な地に足を踏み入れるだろうか。物資も不十分。金などあっても意味がない。きっと彼らは次こそ確実に必要ものを奪って国から逃げ切ってやるとの希望のみを極度のストレスから逃れる唯一の糧として胸に抱き、この村に近付いている。早く体に脈打つ不安を解消したくてたまらないに違いない。次こそはうまくやると心に刻んでいるに違いない。
はからずもフナムシの勘は的中した。その夜に犯罪者達はこそこそと村にやってきたのだ。そしてフナムシパーティは見事元勇者隊の3人を捕まえた。
3人が語るには、他の4人とは意見を違え途中で別れたという。隊の分裂は、フナムシにとって全く考えの及ばなかったことだが、幸いなことだった。手練れ7人を相手にするのは準備が足りなかった。フナムシがしていた準備とは、主に7人を先に発見し見つからずに逃げる準備だった。フナムシが臆病なわけではない。僕達にとっては当然の選択で、死ぬかもしれぬ地に足を踏み込む無謀さは持っていても一戦一戦生き残る為に持てる知識や技術を全て費やすのが僕らの武道だからだ。
3人を捕まえるのはあっけなく、とても容易だったという。3人しか村に入ってきていないことを確認したフナムシは、僕とフナムシがやってきた稽古のように不意打ちで一人を打ち倒すと、他の二人は戦意を失い、むしろ捕まりたがっていたとさえ感じるほどの様子だったという。話を聞くになんとも尻切れな話だが、久しぶりに撃つ手刀は晴々としたものになった、とフナムシが記しているところを見ると、フナムシの機嫌を持ち直す効果はあったようだった。
その後は兵士が種々の手続きをしに村役場まで3人を連れたてていった。フナムシと剣士はその間兵士の荷物をチェックすることになった。
なぜ剣士が兵士への協力に対してこの条件を持ち出したかというと、兵士の荷物の中に一つだけ鍵付きの小箱があったからだ。兵士はそれを二人に隠しているふしがあった。剣士は元々強奪犯を捕まえるのにやぶさかではなかったらしく、本命の条件は手紙のことのみで、こっちはただの好奇心によるおまけみたいなものだったらしい。
兵士からあらかじめ鍵を預かっていた二人は早速その小箱を開けた。中には日誌のような本が入っていた。表紙には冒険の書と書かれていた。
本の中身は、二人がそれを見た瞬間察した通り、行程の内容や二人の技量、性格が事細かに報告されていた。他にも行く先々での動植物の生態なども書かれていた。その中に、武道家はサバイバルに精通しているが戦いとなれば獲物を使う剣士の方が武道家より優れるだろう、との一節を見つけた時、フナムシは憤慨したという。
一見なんともないといえる旅の日誌だったが、中身をあらためた二人はある覚悟を覚えた。
俺達は捨て石だ。
次の用意は既に始まっている。
フナムシはそう思っても今度は憤慨したりはしない。準備はなによりたいせつだからだ。捨て石になる覚悟はあるし、次に情報を託すのは当然の準備だ。普段のフナムシならば、いや普通の招集ならばそれで良い。俺達が魔王を倒せなかったら当然次の手を打つしかない。その準備は欠かせない。しかしなぜそれを隠すのか。
普通の討伐ならばそれでもいい。だが今回の事態は、魔王側から要請されているものだ。勇気ある者達の招集及び彼らによる魔王討伐、これは魔王側から三国に要求されているものだ。フナムシに疑念が生じた。本人はそのことを全くの勘だと記す。
果たして俺達が失敗した時に、魔王から次の討伐要請はある保証はあるのか?
国は次があることを確かに知っているのではないか?
国と魔王は何かしらの思惑の上にどこかで繋がっているのではないか?
剣士もだいたい似たような疑念を抱えたようだった。役場から帰ってきた兵士にそれらの疑念をいくつか問いかけたが、たとえなにか思惑があったとしても俺みたいな下っ端がなにかを知っているわけない、と言い、頼むからこのことは誰にも言わないでくれ、と念をおすことに忙しくしていた。軽い脅しで秘密を明け渡す小心者ならば言っていることは嘘ではなかろう、とフナムシは判断した。ただそのあと少しだけ兵士と組手をし、特に武器を持った相手に対する時の戦術を披露したという。
二通目の手紙はその後何事もなくトッツクポーリの街道を行くおとりの6隊と合流した日までの些細な出来事を綴り結ばれた。
三通目の手紙は二通目から一週間後にきた。中身は少なかったが「う」で始まる文がいくつかあった。それでもこの三通目の手紙で僕はトッツクポーリの現状を大体知ることになったのだから、兵士との取引は生きているということだ。
三通目の手紙の内容で僕がトッツクポーリの現状以外に気になった点があった。それは、馬でもあれば今すぐトッツクポーリに入ってやる、という一言だった。「う」で始まっているので、これは嘘だ。おそらくは今すぐトッツクポーリに入れないという意味をなしていると思われるが、そうだとしたら意味がわからない。なぜトッツクポーリに入れないのか、足留めをかけられているのか、だとしたらストップをかけているのはウエノなのか魔王なのか。そもそもそんなことがわざわざ暗号を用いて伝えるほどのことなのか。そういった事情はまるで、自分で確かめろ、とでも言いたげに、フナムシは何も記さなかった。もう一度くらいは手紙をのこせる、その15文字で僕に謎を残したまま手紙は終わった。
彼女の家から僕の家に着いたのは真夜中にさしかかろうかという時間だった。僕のアパートは寂れた住宅街の角にあるので、この時刻は既に真っ暗だ。人っ子一人見当たらないという表現を新しく降り積もる雪に誰の足跡もないことで証明していた。どきどきしながら郵便受けを見ると、近所のラーメン屋が出前を始めるというチラシ以外なにもなかった。それもそうだろう、昨日の夕方6時までは家にいたのだから。
部屋に入ると安堵と不安が二重にのしかかってくる。フナムシのそれと彼女のそれだ。僕は火鉢の墨に火を落とそうと震える手で悪戦苦闘しながら、ついでにタバコを吸った。タバコを吸うときは煙がこもらないよう窓を開ける。この部屋は墨の火ぐらい点けても換気をせずに済む程度のすきま風は入ってくる。だがタバコの煙を追いやるほどではない。だから窓を開ける。ベランダに通ずる大きな窓を少し開ける。そんな日常の行為が僕の日常を一転させるとは知らずに、僕は窓を少し開けた。