勇者と段々崩壊していく世界
思ってたよりやるね。
との評価を僕は盗賊よりいただいた。
俺達の噂ぐらいは知っていただろうに、
と、僕が言うと、
この目で確かめないことには話にならないよ、
と、盗賊はニヒヒと笑いながらいった。どことなく盗賊が満足気な雰囲気なのは、金目のものが手に入ったからか、それとも僕の武道の腕前が彼女の何かの基準を満たしていたからか、僕にはわからなかった。
もうそんなメガネをかけなくてもいいよ。
盗賊の根城近くについた。盗賊が僕に用意した変装は帽子にメガネ、付け髭という、より犯人らしさが増すのではないかと疑われるグッズだった。それでも一応変装三点グッズを装備する僕の情けなさったらなかった。まるでペットのようだ。
盗賊の根城は歓楽街の中でも古い地区、旧街道と呼ばれる狭い通り沿いにある昔の売春街の真ん中にある古いホテルの一室だ。もちろん寝る場所は転々とするし、寝る場所とは別に物を置いておく倉庫もある。倉庫の場所は僕も知らないが。
二人きりになって話すことも思いつかなかった僕は、先ほど盗賊が口を閉ざした話題をふってみた。
この街を出るといったな?
ああ、そう遠くない日にね。
どこへ行くんだ?
なんだい?、ああ、宿主がいなくなるとヒモは困るからねえ。
盗賊はくすりと笑った。
…はぐらかしたいなら俺はそれでもいいが。
心配のひとつでもしてると素直に言えりゃあ楽なのにねえ。
そういって盗賊は着ていた服を脱ぎ出した。僕はそれを見ていたが、欲情の感はピクリともしなかった。
ま、在庫も金に代えないといけないし、情報も仕入れなけりゃならない。しばらくはお前の身分は安泰だよ。もちろんその間いいようにお前の腕を使わせてもらうがね。
下着姿になると、盗賊はカバンから手帳と、本日せしめた現金や物を出し、何やらうんうんと手帳をにらんでは筆を走らせた。
感心しないな、
と、僕は言った。
このかっこがかい?
そうだ。
お前がいれば大丈夫だろうし、お前がいても大丈夫じゃない事態ならどんなかっこをしていても同じさ。
盗賊は僕が、いつでもこのホテルから逃げ出せる準備をしていないことに文句をつけている、ことを即座に理解していた。武道家も盗賊も、逃げる時の素早さが最終的な命綱だ。
ずいぶんと俺を信頼するんだな。いざとなったら俺はお前を犠牲にしてでも逃げるぜ。
別れた女を心配するような奴にそんなことができるのかね。ま、あたしはお前のそんな女々しさを信頼しているがねえ。
盗賊にそう言われて、僕は何も言い返せなくなった。
しばらく無言の時が続いた。僕はやることもないので寝ることにした。盗賊の目にはさぞ僕がふて寝を決め込んだようにうつったことだろう。
ふと目が覚めると、まだ盗賊は同じことをしていた。
僕と目が合うと盗賊は、言ってることとやってることが違うじゃないか、と文句をいってきた。時計を見ると、6時間ほどぐっすりと眠っていたらしい。いざという時云々のあとではなんとも情けない。
悪い。熟睡させてもらった。
いいさ、眠れる時に寝ておきなよ。こっちもまずは算段がつきそうだ。あたしももうそっちにいくさ。
そう言うと彼女は湯を浴びに行った。あっさりと出てきた彼女は黒いローブ一枚の姿だった。
お前も浴びてこい、と彼女はいい、僕はそれに従った。湯を浴びおえると、僕はタオル姿になるしかなかった。盗賊が、汚い下着でベッドに入るな、と言ってきたからだ。汚いのは僕が着ていた服もそうだろうと思ったが、僕は口に出さなかった。
ベッドに入る。
盗賊は僕に背を向けていた。
僕はあらためて、この街を出たあとどこに行くんだ、ときいた。
盗賊は、やったあとになら話せる話もあるもんだ、といった。
そういうもんか、と僕が言うと、
そういうもんさ、
と、盗賊はいった。
僕は彼女の肩まで伸びた髪を撫でながら、お前はきれいでいい女だ、といった。あまりに臭いセリフだったので、全体的に小ぶりだがな、とつけたした。
それをきいてふりむいた盗賊はじっと僕をみたあとに少しにやけて、知ってるよ、といい、僕の唇をふさいだ。
避妊具をつける暇さえなかった。
ことが終わると、僕はタバコを吸いだした。
良かったよ。
嘘つけ。誰にでもいうんだろう?
いやいや、なかなかのもんさ。
嘘つけよ。
へんなとこで自身のない男だねえ。
年下の奴におだてられて舞い上がるほど若くも老いてもいない。
へんだね。
…なにがだ?
27歳だったろ?
そうだ。
あたしは28だ。もうすぐ29だがね。
………詐欺、だろ。
褒め言葉として受けとっておくよ。
…いや、おかしい。俺の見たてにそう狂いが生じては困る。武道家として致命的なミスだ。嘘だろ?
困ったもんだお前は。実際そうなんだからしょうがない。その気があればあたしの調達屋としての活動歴でもしらべりゃあわかるさ。この街に来てもう8年は経つからねえ。
僕はしばし絶句した。どうやら嘘ではなさそうだからだ。この肉体で、この肌の張りで、三十路手前だと?
そんなことよりききたいことがあるんじゃないのかい?、あたしが寝る前にきかないと、次はあるかわからないよ。
僕は気を取り直して、少し何をきくか考えた。そして、
…お前がこの街を出るのは、他の街で調達屋をするからか?、
と、きいた。
んー、調達屋というよりも、本分の盗賊稼業に精を出そうと思ってね。いい話をきいた。でかいヤマさ。うまくいくかどうかはわからないが、失敗してもそん時はそん時さ。こちとら盗賊だからね。
何を狙っている?、何を盗む?
国さ。
え?
国をいただいてやるのさ。
との評価を僕は盗賊よりいただいた。
俺達の噂ぐらいは知っていただろうに、
と、僕が言うと、
この目で確かめないことには話にならないよ、
と、盗賊はニヒヒと笑いながらいった。どことなく盗賊が満足気な雰囲気なのは、金目のものが手に入ったからか、それとも僕の武道の腕前が彼女の何かの基準を満たしていたからか、僕にはわからなかった。
もうそんなメガネをかけなくてもいいよ。
盗賊の根城近くについた。盗賊が僕に用意した変装は帽子にメガネ、付け髭という、より犯人らしさが増すのではないかと疑われるグッズだった。それでも一応変装三点グッズを装備する僕の情けなさったらなかった。まるでペットのようだ。
盗賊の根城は歓楽街の中でも古い地区、旧街道と呼ばれる狭い通り沿いにある昔の売春街の真ん中にある古いホテルの一室だ。もちろん寝る場所は転々とするし、寝る場所とは別に物を置いておく倉庫もある。倉庫の場所は僕も知らないが。
二人きりになって話すことも思いつかなかった僕は、先ほど盗賊が口を閉ざした話題をふってみた。
この街を出るといったな?
ああ、そう遠くない日にね。
どこへ行くんだ?
なんだい?、ああ、宿主がいなくなるとヒモは困るからねえ。
盗賊はくすりと笑った。
…はぐらかしたいなら俺はそれでもいいが。
心配のひとつでもしてると素直に言えりゃあ楽なのにねえ。
そういって盗賊は着ていた服を脱ぎ出した。僕はそれを見ていたが、欲情の感はピクリともしなかった。
ま、在庫も金に代えないといけないし、情報も仕入れなけりゃならない。しばらくはお前の身分は安泰だよ。もちろんその間いいようにお前の腕を使わせてもらうがね。
下着姿になると、盗賊はカバンから手帳と、本日せしめた現金や物を出し、何やらうんうんと手帳をにらんでは筆を走らせた。
感心しないな、
と、僕は言った。
このかっこがかい?
そうだ。
お前がいれば大丈夫だろうし、お前がいても大丈夫じゃない事態ならどんなかっこをしていても同じさ。
盗賊は僕が、いつでもこのホテルから逃げ出せる準備をしていないことに文句をつけている、ことを即座に理解していた。武道家も盗賊も、逃げる時の素早さが最終的な命綱だ。
ずいぶんと俺を信頼するんだな。いざとなったら俺はお前を犠牲にしてでも逃げるぜ。
別れた女を心配するような奴にそんなことができるのかね。ま、あたしはお前のそんな女々しさを信頼しているがねえ。
盗賊にそう言われて、僕は何も言い返せなくなった。
しばらく無言の時が続いた。僕はやることもないので寝ることにした。盗賊の目にはさぞ僕がふて寝を決め込んだようにうつったことだろう。
ふと目が覚めると、まだ盗賊は同じことをしていた。
僕と目が合うと盗賊は、言ってることとやってることが違うじゃないか、と文句をいってきた。時計を見ると、6時間ほどぐっすりと眠っていたらしい。いざという時云々のあとではなんとも情けない。
悪い。熟睡させてもらった。
いいさ、眠れる時に寝ておきなよ。こっちもまずは算段がつきそうだ。あたしももうそっちにいくさ。
そう言うと彼女は湯を浴びに行った。あっさりと出てきた彼女は黒いローブ一枚の姿だった。
お前も浴びてこい、と彼女はいい、僕はそれに従った。湯を浴びおえると、僕はタオル姿になるしかなかった。盗賊が、汚い下着でベッドに入るな、と言ってきたからだ。汚いのは僕が着ていた服もそうだろうと思ったが、僕は口に出さなかった。
ベッドに入る。
盗賊は僕に背を向けていた。
僕はあらためて、この街を出たあとどこに行くんだ、ときいた。
盗賊は、やったあとになら話せる話もあるもんだ、といった。
そういうもんか、と僕が言うと、
そういうもんさ、
と、盗賊はいった。
僕は彼女の肩まで伸びた髪を撫でながら、お前はきれいでいい女だ、といった。あまりに臭いセリフだったので、全体的に小ぶりだがな、とつけたした。
それをきいてふりむいた盗賊はじっと僕をみたあとに少しにやけて、知ってるよ、といい、僕の唇をふさいだ。
避妊具をつける暇さえなかった。
ことが終わると、僕はタバコを吸いだした。
良かったよ。
嘘つけ。誰にでもいうんだろう?
いやいや、なかなかのもんさ。
嘘つけよ。
へんなとこで自身のない男だねえ。
年下の奴におだてられて舞い上がるほど若くも老いてもいない。
へんだね。
…なにがだ?
27歳だったろ?
そうだ。
あたしは28だ。もうすぐ29だがね。
………詐欺、だろ。
褒め言葉として受けとっておくよ。
…いや、おかしい。俺の見たてにそう狂いが生じては困る。武道家として致命的なミスだ。嘘だろ?
困ったもんだお前は。実際そうなんだからしょうがない。その気があればあたしの調達屋としての活動歴でもしらべりゃあわかるさ。この街に来てもう8年は経つからねえ。
僕はしばし絶句した。どうやら嘘ではなさそうだからだ。この肉体で、この肌の張りで、三十路手前だと?
そんなことよりききたいことがあるんじゃないのかい?、あたしが寝る前にきかないと、次はあるかわからないよ。
僕は気を取り直して、少し何をきくか考えた。そして、
…お前がこの街を出るのは、他の街で調達屋をするからか?、
と、きいた。
んー、調達屋というよりも、本分の盗賊稼業に精を出そうと思ってね。いい話をきいた。でかいヤマさ。うまくいくかどうかはわからないが、失敗してもそん時はそん時さ。こちとら盗賊だからね。
何を狙っている?、何を盗む?
国さ。
え?
国をいただいてやるのさ。
勇者と段々崩壊していく世界
それからさよならを口にするまで、僕達は無言となった。賑やかな喫茶店の片隅で、二人だけが何かに取り残されたように寂寞だった。
何か言い残したことがあるような気もするし、ないような気もする。何か伝えきれていないような気がするし、伝えすぎた気もする。上っ面では後悔していないと覚悟しているのに、芯の部分では後悔している気がする。いっそ愛していると言っていたら楽なのはわかっていたのに、それだけはついに言えなかった。彼女と次にあう日の約束はない。27年生きてきた。僕に約束された明日はない。
僕はしばらく潜伏を余儀なくされた。例の盗賊のもとでだ。というのも何をしていいのかわからないからだ。ウエノの動きもわからない。事情を知った盗賊が何度か僕の部屋周辺を探索にいってくれたが、特に異変はないようだった。ただ、慎重に動いた方がいい、というのは盗賊も僕も意見を同じにしていた。
匿ってもらうのと探索で、一回の無料分を使っちまったかな。
と、僕がいうと、
かまわないよ、むしろいい情報をくれたものさ。
と、盗賊はいった。
この仕事は情報が肝心なことは言わなくてもわかるだろう。何事も知っておいて損はないさ。何事も調べておいて損はない。もちろん命と天秤だけどねえ。
そう続けて、盗賊はきゅっと笑った。調達屋の仕事が好きでしょうがないのだろう。
なるほどな。いまの俺は倉庫に預けられた商材みたいなものか?
僕が冗談を言うと、
バカ言うんじゃないよ、いまは暇なんだからあたしの手伝いでもしな。あんたぐらい腕がありゃあたしの仕事もひとつ大きくできるってもんさ。
と、盗賊はいう。
そりゃ手伝うのもやぶさかどころかしなけりゃならないとは思うが、なにせこんな身だしな。なるべく表に立つことはさけたい。そうだ、お前いま男はいるのか?、そっちならいくらでも手伝ってやるぞ。
僕の冗談とあわよくばが入り交じった言葉に盗賊は、
当て馬はごめんだよ。ましてや誰かのダシにされるのはもっとごめんだね。
と、かえし、
まったく未練がましさがにじみ出ていきないねえ。戻れるもんなら戻っちまえばいいのに。と、続けた。
いまさらあいつと戻れるかよ。
そうかねえ。
こんな身だしな。
女連れて一緒に逃げりゃよかったじゃないか。
バカ言え。
でも置いてきた方が危険だろう?
…お前はどう思う?。このヤマはやはり相当に危険なものか?
何度も言ったじゃないか。お前は逃げて正解さ。何されるかわかったもんじゃない。でも、彼女まで手が及ぶかはわからないね。でもたぶん、そんなことはないんじゃないか。わざわざ噂を拡げるようなマネをするより、狂人の戯言にしておいた方が楽だろう。
…そうか。
ま、そっちはあたしの知ったこっちゃないさ。未練がましいったらありゃしない。さあ、そんなことより早速手伝ってもらおうか。
まずは乳でも揉んでやればいいか?
まったく、みじめ過ぎてひとつ揉ましてやろうかと思っちまうよ。
…何をするんだ?
なあに、あんたの領分さ。二、三人ぶっ倒してほしい奴がいるんだよ。大丈夫、身分がバレるようなヘマはさせないさ。
…誰でもいいぜ。たとえ相手が王だろうがやってやるよ。
今度は僕がきゅっと笑った。
僕が匿われている間の、手伝い、はなんてことはない、盗賊への支払いを渋っている奴から金を徴収することだった。
時間をかけりゃいろいろと穏便に金を出させる手はある。
と、盗賊はいう。穏便に、とは相手の情報や購買履歴を相手にとって都合の悪い人物に流すと脅したり、金額相当の物を相手から、調達、したり、僕のようになんらかの手伝いで支払わせたりするらしい。
お前も弱いわけではないだろう、力で脅したりはしないのか。
と、きくと、
そんなことばかりしてたらいつかどんな目に会うか知れてるさ。相手に、ごねれば最終的にあたしが泣きをみるに違いない、って思わせておくぐらいがちょうどいいのさ。
と、盗賊はこたえた。最終的に相手を泣かせる自信や腕があるからそう言えるのだろう。
ではなぜ今になって俺を使う?
盗賊は、
あたしももうこの街から出ようと思ってね、
と、こたえ、それ以降は口を閉ざした。
僕がぶっ倒した相手は、精々チンピラ止まりの奴らだった。きっと盗賊が僕の腕を値踏みするために相手を選んだに違いない。最初の相手は若い兄ちゃんで、まだ10代だったかもしれない。問答無用でいけ、と盗賊に言われたので、そいつの住む部屋の扉をノックして、相手がこちらをのぞき見るように出てきたわずかな隙間からのどぼとけに二指で突きを食らわした。扉を開け放つと同時に倒れこむ相手の首を加減しながら踏みつけ、一丁あがりだ。独自に薬の売人になろうとしている奴だったらしい。盗賊は男の部屋から現金を得た。
次の奴もだいたい前の男と似たような奴で、似たような結果になった。盗賊はそいつの部屋から現金とあやしい薬を手に入れた。薬は金にかえるという。
最後の奴は少し厄介だった。というのも、盗賊は僕を値踏みしているようだ、としたが、それを確信せしめた相手だった。それでも僕の相手になるような奴ではなかったが、背が低い割に筋骨粒々として、目つきの鋭い男だった。きっと町の喧嘩自慢という奴だったのだろう。この時は問答無用ではなく、相手が暴れ出すまで待て、との命令が下されていた。わざと弱々しく交渉する盗賊を尻目に僕は男を、フナムシとの稽古、の時と同じ様にねめつける。弱々しくも決してひかない盗賊と僕の視線にしびれをきらした男がその気になると、ようやく僕の出番だ。立ち上がり、なかなか鋭いパンチから僕に組みつこうとしたところを見ると、組み技主体の武道でもやっていたのだろう。僕はその動きを見切って、がら空きのアゴに肘を入れ、またがら空きの腹に膝を入れた。どちらも僕が研ぎすましてきた一撃だ。もろに食らえば、人間なら倒れる。もちろん男は倒れ、盗賊は現金と金のブレスレットやネックレスを手に入れた。
何か言い残したことがあるような気もするし、ないような気もする。何か伝えきれていないような気がするし、伝えすぎた気もする。上っ面では後悔していないと覚悟しているのに、芯の部分では後悔している気がする。いっそ愛していると言っていたら楽なのはわかっていたのに、それだけはついに言えなかった。彼女と次にあう日の約束はない。27年生きてきた。僕に約束された明日はない。
僕はしばらく潜伏を余儀なくされた。例の盗賊のもとでだ。というのも何をしていいのかわからないからだ。ウエノの動きもわからない。事情を知った盗賊が何度か僕の部屋周辺を探索にいってくれたが、特に異変はないようだった。ただ、慎重に動いた方がいい、というのは盗賊も僕も意見を同じにしていた。
匿ってもらうのと探索で、一回の無料分を使っちまったかな。
と、僕がいうと、
かまわないよ、むしろいい情報をくれたものさ。
と、盗賊はいった。
この仕事は情報が肝心なことは言わなくてもわかるだろう。何事も知っておいて損はないさ。何事も調べておいて損はない。もちろん命と天秤だけどねえ。
そう続けて、盗賊はきゅっと笑った。調達屋の仕事が好きでしょうがないのだろう。
なるほどな。いまの俺は倉庫に預けられた商材みたいなものか?
僕が冗談を言うと、
バカ言うんじゃないよ、いまは暇なんだからあたしの手伝いでもしな。あんたぐらい腕がありゃあたしの仕事もひとつ大きくできるってもんさ。
と、盗賊はいう。
そりゃ手伝うのもやぶさかどころかしなけりゃならないとは思うが、なにせこんな身だしな。なるべく表に立つことはさけたい。そうだ、お前いま男はいるのか?、そっちならいくらでも手伝ってやるぞ。
僕の冗談とあわよくばが入り交じった言葉に盗賊は、
当て馬はごめんだよ。ましてや誰かのダシにされるのはもっとごめんだね。
と、かえし、
まったく未練がましさがにじみ出ていきないねえ。戻れるもんなら戻っちまえばいいのに。と、続けた。
いまさらあいつと戻れるかよ。
そうかねえ。
こんな身だしな。
女連れて一緒に逃げりゃよかったじゃないか。
バカ言え。
でも置いてきた方が危険だろう?
…お前はどう思う?。このヤマはやはり相当に危険なものか?
何度も言ったじゃないか。お前は逃げて正解さ。何されるかわかったもんじゃない。でも、彼女まで手が及ぶかはわからないね。でもたぶん、そんなことはないんじゃないか。わざわざ噂を拡げるようなマネをするより、狂人の戯言にしておいた方が楽だろう。
…そうか。
ま、そっちはあたしの知ったこっちゃないさ。未練がましいったらありゃしない。さあ、そんなことより早速手伝ってもらおうか。
まずは乳でも揉んでやればいいか?
まったく、みじめ過ぎてひとつ揉ましてやろうかと思っちまうよ。
…何をするんだ?
なあに、あんたの領分さ。二、三人ぶっ倒してほしい奴がいるんだよ。大丈夫、身分がバレるようなヘマはさせないさ。
…誰でもいいぜ。たとえ相手が王だろうがやってやるよ。
今度は僕がきゅっと笑った。
僕が匿われている間の、手伝い、はなんてことはない、盗賊への支払いを渋っている奴から金を徴収することだった。
時間をかけりゃいろいろと穏便に金を出させる手はある。
と、盗賊はいう。穏便に、とは相手の情報や購買履歴を相手にとって都合の悪い人物に流すと脅したり、金額相当の物を相手から、調達、したり、僕のようになんらかの手伝いで支払わせたりするらしい。
お前も弱いわけではないだろう、力で脅したりはしないのか。
と、きくと、
そんなことばかりしてたらいつかどんな目に会うか知れてるさ。相手に、ごねれば最終的にあたしが泣きをみるに違いない、って思わせておくぐらいがちょうどいいのさ。
と、盗賊はこたえた。最終的に相手を泣かせる自信や腕があるからそう言えるのだろう。
ではなぜ今になって俺を使う?
盗賊は、
あたしももうこの街から出ようと思ってね、
と、こたえ、それ以降は口を閉ざした。
僕がぶっ倒した相手は、精々チンピラ止まりの奴らだった。きっと盗賊が僕の腕を値踏みするために相手を選んだに違いない。最初の相手は若い兄ちゃんで、まだ10代だったかもしれない。問答無用でいけ、と盗賊に言われたので、そいつの住む部屋の扉をノックして、相手がこちらをのぞき見るように出てきたわずかな隙間からのどぼとけに二指で突きを食らわした。扉を開け放つと同時に倒れこむ相手の首を加減しながら踏みつけ、一丁あがりだ。独自に薬の売人になろうとしている奴だったらしい。盗賊は男の部屋から現金を得た。
次の奴もだいたい前の男と似たような奴で、似たような結果になった。盗賊はそいつの部屋から現金とあやしい薬を手に入れた。薬は金にかえるという。
最後の奴は少し厄介だった。というのも、盗賊は僕を値踏みしているようだ、としたが、それを確信せしめた相手だった。それでも僕の相手になるような奴ではなかったが、背が低い割に筋骨粒々として、目つきの鋭い男だった。きっと町の喧嘩自慢という奴だったのだろう。この時は問答無用ではなく、相手が暴れ出すまで待て、との命令が下されていた。わざと弱々しく交渉する盗賊を尻目に僕は男を、フナムシとの稽古、の時と同じ様にねめつける。弱々しくも決してひかない盗賊と僕の視線にしびれをきらした男がその気になると、ようやく僕の出番だ。立ち上がり、なかなか鋭いパンチから僕に組みつこうとしたところを見ると、組み技主体の武道でもやっていたのだろう。僕はその動きを見切って、がら空きのアゴに肘を入れ、またがら空きの腹に膝を入れた。どちらも僕が研ぎすましてきた一撃だ。もろに食らえば、人間なら倒れる。もちろん男は倒れ、盗賊は現金と金のブレスレットやネックレスを手に入れた。
とある日の僕のなまなましい日常
先日のことです。私は愛犬のジュリオに乗って町一番と評判のなまめかしい場所へと向かいました。
ジュリオはチワワですがよく走る犬で、僕の櫛を通しに通した長髪がさらさらごうごうと風に乗って舞うのです。それはとても心持ちの良い感覚に僕を誘います。
30分ほども走ると、大きな門が見えてきます。なまめかしい場所の入口となる大門です。そこから先はジュリオからおりて歩かなけりゃなりません。
ジュリオを門前のコインパーキングに預けようと、尻のポケットから金のぎっしり入った小袋をだそうとすると、なんとまあどんなに尻をまさぐろうが金のぎっしり入った小袋が見つからないではありませんか。さてはジュリオが食べたなと、僕はジュリオの腹を手で引き裂いたのですが小袋は見つかりません。ジュリオはオスなので子袋すら見つかりません。せめて子袋ぐらい、となにかとても損した気分です。
来る時にケツからこぼれ落ちたのだろうかと、仕方なく僕は来た道をたどろうとしました。しかし、なんということでしょう。愛犬のジュリオが腹から贓物をまき散らし死んでいるではありませんか!。この短い間に一体何が起こったというのでしょう。
金もなくすし足もなくす。家を出る時のウキウキとした気分はすっかり雨散霧消してしまいました。
未だ僕の金がぎっしり入った小袋は見つかりません。きっと善い人が、拾ったのはいいものの警察を信用していないので直接僕に返そうとしているのでしょう。住所の記されたものが入ってないので困っているに違いまりません。ひょっとしたら読者の皆々様の中に該当の人物がおいでになっているかもしれません。また金のぎっしり入った小袋ですから、持ちなれない人が持つと金を落とし続けているかもしれません。落ちた金は自販機の下などにも転がっていくでしょう。町で金を拾ったという人へ、それは僕の金ですから、僕の落とした小袋から漏れた金ですから、返してくださいね。返してください。僕に、直接、返してください。連絡待っています。
ジュリオはチワワですがよく走る犬で、僕の櫛を通しに通した長髪がさらさらごうごうと風に乗って舞うのです。それはとても心持ちの良い感覚に僕を誘います。
30分ほども走ると、大きな門が見えてきます。なまめかしい場所の入口となる大門です。そこから先はジュリオからおりて歩かなけりゃなりません。
ジュリオを門前のコインパーキングに預けようと、尻のポケットから金のぎっしり入った小袋をだそうとすると、なんとまあどんなに尻をまさぐろうが金のぎっしり入った小袋が見つからないではありませんか。さてはジュリオが食べたなと、僕はジュリオの腹を手で引き裂いたのですが小袋は見つかりません。ジュリオはオスなので子袋すら見つかりません。せめて子袋ぐらい、となにかとても損した気分です。
来る時にケツからこぼれ落ちたのだろうかと、仕方なく僕は来た道をたどろうとしました。しかし、なんということでしょう。愛犬のジュリオが腹から贓物をまき散らし死んでいるではありませんか!。この短い間に一体何が起こったというのでしょう。
金もなくすし足もなくす。家を出る時のウキウキとした気分はすっかり雨散霧消してしまいました。
未だ僕の金がぎっしり入った小袋は見つかりません。きっと善い人が、拾ったのはいいものの警察を信用していないので直接僕に返そうとしているのでしょう。住所の記されたものが入ってないので困っているに違いまりません。ひょっとしたら読者の皆々様の中に該当の人物がおいでになっているかもしれません。また金のぎっしり入った小袋ですから、持ちなれない人が持つと金を落とし続けているかもしれません。落ちた金は自販機の下などにも転がっていくでしょう。町で金を拾ったという人へ、それは僕の金ですから、僕の落とした小袋から漏れた金ですから、返してくださいね。返してください。僕に、直接、返してください。連絡待っています。
勇者と段々崩壊していく世界
僕の口は動き続けた。何時間もかけて人を呪ったのは初めてだ。何時間もかけて本音を口にしたのも初めてだ。
悪辣な僕の口が動くたびに、彼女を傷つけるという快感に酔う。僕の考えが及ぶ限りの悪辣な論法で彼女を打ちのめす。武道修行の一環として樹木や石など動かぬ物を、脚や拳の感覚がなくなってもなお叩きに叩いた経験もある。痛みを感じなくなるまで叩くと、ある種のトランス状態に達し、自身の拳や脛に白い骨が見えてくるまでになるとそこからは狂乱の宴で踊り狂っているような気持ちになったものだ。痛みが痛みではなく、とてもあたたかいものとして感じてくる。とてつもない快感だった。その場合宴が終われば当然猛烈な痛みに苦しむことになる。
だが、僕の口は痛まない。全身全霊で彼女を打ちのめす僕の心に、痛みはない。あるのはひたすらに快感のみだった。今後悔恨の情がわかない自信がある。たとえ彼女が今目の前で自殺をしても、自責の念がわいてくることはないだろう。できるだけ苦しんで死ねたらいいね、と僕は心底思い、それと同時に口に出す。
心の何処かで、代償のない快楽はない、と僕の中にある自己防衛機能がたまに諦観した顔でそっとささやく。しかし誰にも僕を止められない。内部でもそうだし、なまじ頑強な体をしているだけに外部でもそうだ。彼女は涙も枯れ、ただ何時間も視線の定まらぬ顔をして僕の喋る音を聴かされていた。白痴が目を開けたまま眠っているかのようだ。実際に眠いのだろうが。
罵声をあびせ続けているとチェックアウトの時間になった。もう正午を過ぎていた。僕達はチェックアウトする準備をする必要もほとんどなく、淡々とホテルを出た。外の空気に触れたからか、衆人の目を気にしたのか、彼女に声が戻った。
私達もうおわりだよね。
当たり前だろうが。何回言わせればわかるんだお前は。
そうだよね。
本当は同じことをしてお前に俺と同じ苦しみを味合わせてやりたかったが、もう時間がねえ。
ごめんね。
うるせえな。もう謝罪は受け付けねえ
って言ったでしょ。
…ごめん。
うるさいって。
僕はニヒヒと笑って会話をしている。ネズミほどの小動物を握りつぶすのが楽しくて仕方ない男、が小動物を握りつぶす時に見せる笑みと同じだろう。悪意はないがひたすらに悪辣だ。
これからどうするの?
と、彼女が言う。
てめえは死ね、
と、僕が言う。乾いた風が吹く昼下がりに僕達はフラフラと喫茶店を探していた。罵声をあびせているし、心底彼女に愛想を尽くしたし、彼女も僕に愛想を尽かしたはずで他に好きな人がいるというのに、僕達は未練がましく二人の時間を求めていた。
ランチタイムが終わる頃、僕達は降りたことのない駅の近くの喫茶店に入った。ブラックコーヒーとアイスカフェオレ。彼女はカフェオレに入れるガムシロップを半分残す。残りを僕が使う。猫舌な僕は席についてタバコを吸いおわって始めてコーヒーに口をつける。いつもの光景が続く二人の終わりの時だった。
これからどうするの?
何度目かの彼女の質問に、僕は初めてまともに対応した。
トッツクポーリに行く。また勇気ある者達の招集があるかわからないが、あれば今度は参加する。
どうやって?
…身分証明の話か?
うん。と、彼女は頷いた。バカな彼女だが、さすがに人の耳のある中で僕のことを追われている身とはいわなかった。
必要になれば知り合いの盗賊にでもかけあう。きっと問題無い。
と、僕は言った。実は今までそのことについてまるで考えてはいなかったが、口からでまかせに言った自分の言葉に、なるほどなと感心した。歓楽街でそこそこ暴れていた僕とフナムシは、自然と闇に潜む者達と親しくなる機会がうまれた。僕が言った盗賊もその一人で、金さえ払えば用意できねえものはねえ、との看板を掲げるフリーの調達屋だ。腕は確からしいのだが、以前盗賊が取引先の組織と金の問題で揉めたことがあり、僕とフナムシが仲介に立ったことがあった。僕達は組織から仲介を頼まれたのだが、結果的に盗賊側についてしまった。あまりに組織から払われる仲介料が仕事量に比べなめくさっていたからだ。些細な下っ端仕事だった問題が、いつのまにかそこそこ大きな組織のメンツに関わるほどの問題となっていき、ついには組織の顧問格にまで話が及んだ。盗賊も僕達もひくにひけぬ状況になってしまい、本格的に歓楽街のある地方から逃げる準備を進めていたが、その顧問格というのが実は僕とフナムシの師匠と一時期兄弟弟子の関係にあったことがわかった。僕達二人は言うなれば甥弟子にあたる。たったそれだけの繋がりだったが、問題は三方一両損という常識的な形で解決となった。問題が一応の決着をした際、僕とフナムシは盗賊から、物にもよるが欲しいものがあったら一度だけタダ働きしてやる、との言葉を頂戴していた。書類上別人になりかわるぐらいきっとなんとかなるだろう。
わ…。
と言って彼女は黙った。私はどうしよう、どうすればいいのか、きっとそんなことをつい口に出してしまいそうになったのだろう。
…しょうがねえな。
僕はつい、こんなことを言ってしまった。
さっきの話は大袈裟に言っただけだから、たぶん大丈夫だよ。
なにが?、と彼女は言う。
捕まえられたりはしないよ。たぶんな。正直俺もよくわからないが、少なくとも俺が相当なヘマをしない限りは大丈夫だろう。捕まったり、捕まった時にお前に全部言ったと言わなければ。言わねえから安心しとけ。
さっきまであれほど悪態をついていたのに、僕はもう彼女を…。
私のこと言ってもいいよ。
彼女は静かな声で言った。
そんな状況で俺がお前のことを言ったら、その時こそはやばいぞ。
彼女はまた、いいよ、と言った。
ふざけるな。
と僕は強がることで精一杯になった。
悪辣な僕の口が動くたびに、彼女を傷つけるという快感に酔う。僕の考えが及ぶ限りの悪辣な論法で彼女を打ちのめす。武道修行の一環として樹木や石など動かぬ物を、脚や拳の感覚がなくなってもなお叩きに叩いた経験もある。痛みを感じなくなるまで叩くと、ある種のトランス状態に達し、自身の拳や脛に白い骨が見えてくるまでになるとそこからは狂乱の宴で踊り狂っているような気持ちになったものだ。痛みが痛みではなく、とてもあたたかいものとして感じてくる。とてつもない快感だった。その場合宴が終われば当然猛烈な痛みに苦しむことになる。
だが、僕の口は痛まない。全身全霊で彼女を打ちのめす僕の心に、痛みはない。あるのはひたすらに快感のみだった。今後悔恨の情がわかない自信がある。たとえ彼女が今目の前で自殺をしても、自責の念がわいてくることはないだろう。できるだけ苦しんで死ねたらいいね、と僕は心底思い、それと同時に口に出す。
心の何処かで、代償のない快楽はない、と僕の中にある自己防衛機能がたまに諦観した顔でそっとささやく。しかし誰にも僕を止められない。内部でもそうだし、なまじ頑強な体をしているだけに外部でもそうだ。彼女は涙も枯れ、ただ何時間も視線の定まらぬ顔をして僕の喋る音を聴かされていた。白痴が目を開けたまま眠っているかのようだ。実際に眠いのだろうが。
罵声をあびせ続けているとチェックアウトの時間になった。もう正午を過ぎていた。僕達はチェックアウトする準備をする必要もほとんどなく、淡々とホテルを出た。外の空気に触れたからか、衆人の目を気にしたのか、彼女に声が戻った。
私達もうおわりだよね。
当たり前だろうが。何回言わせればわかるんだお前は。
そうだよね。
本当は同じことをしてお前に俺と同じ苦しみを味合わせてやりたかったが、もう時間がねえ。
ごめんね。
うるせえな。もう謝罪は受け付けねえ
って言ったでしょ。
…ごめん。
うるさいって。
僕はニヒヒと笑って会話をしている。ネズミほどの小動物を握りつぶすのが楽しくて仕方ない男、が小動物を握りつぶす時に見せる笑みと同じだろう。悪意はないがひたすらに悪辣だ。
これからどうするの?
と、彼女が言う。
てめえは死ね、
と、僕が言う。乾いた風が吹く昼下がりに僕達はフラフラと喫茶店を探していた。罵声をあびせているし、心底彼女に愛想を尽くしたし、彼女も僕に愛想を尽かしたはずで他に好きな人がいるというのに、僕達は未練がましく二人の時間を求めていた。
ランチタイムが終わる頃、僕達は降りたことのない駅の近くの喫茶店に入った。ブラックコーヒーとアイスカフェオレ。彼女はカフェオレに入れるガムシロップを半分残す。残りを僕が使う。猫舌な僕は席についてタバコを吸いおわって始めてコーヒーに口をつける。いつもの光景が続く二人の終わりの時だった。
これからどうするの?
何度目かの彼女の質問に、僕は初めてまともに対応した。
トッツクポーリに行く。また勇気ある者達の招集があるかわからないが、あれば今度は参加する。
どうやって?
…身分証明の話か?
うん。と、彼女は頷いた。バカな彼女だが、さすがに人の耳のある中で僕のことを追われている身とはいわなかった。
必要になれば知り合いの盗賊にでもかけあう。きっと問題無い。
と、僕は言った。実は今までそのことについてまるで考えてはいなかったが、口からでまかせに言った自分の言葉に、なるほどなと感心した。歓楽街でそこそこ暴れていた僕とフナムシは、自然と闇に潜む者達と親しくなる機会がうまれた。僕が言った盗賊もその一人で、金さえ払えば用意できねえものはねえ、との看板を掲げるフリーの調達屋だ。腕は確からしいのだが、以前盗賊が取引先の組織と金の問題で揉めたことがあり、僕とフナムシが仲介に立ったことがあった。僕達は組織から仲介を頼まれたのだが、結果的に盗賊側についてしまった。あまりに組織から払われる仲介料が仕事量に比べなめくさっていたからだ。些細な下っ端仕事だった問題が、いつのまにかそこそこ大きな組織のメンツに関わるほどの問題となっていき、ついには組織の顧問格にまで話が及んだ。盗賊も僕達もひくにひけぬ状況になってしまい、本格的に歓楽街のある地方から逃げる準備を進めていたが、その顧問格というのが実は僕とフナムシの師匠と一時期兄弟弟子の関係にあったことがわかった。僕達二人は言うなれば甥弟子にあたる。たったそれだけの繋がりだったが、問題は三方一両損という常識的な形で解決となった。問題が一応の決着をした際、僕とフナムシは盗賊から、物にもよるが欲しいものがあったら一度だけタダ働きしてやる、との言葉を頂戴していた。書類上別人になりかわるぐらいきっとなんとかなるだろう。
わ…。
と言って彼女は黙った。私はどうしよう、どうすればいいのか、きっとそんなことをつい口に出してしまいそうになったのだろう。
…しょうがねえな。
僕はつい、こんなことを言ってしまった。
さっきの話は大袈裟に言っただけだから、たぶん大丈夫だよ。
なにが?、と彼女は言う。
捕まえられたりはしないよ。たぶんな。正直俺もよくわからないが、少なくとも俺が相当なヘマをしない限りは大丈夫だろう。捕まったり、捕まった時にお前に全部言ったと言わなければ。言わねえから安心しとけ。
さっきまであれほど悪態をついていたのに、僕はもう彼女を…。
私のこと言ってもいいよ。
彼女は静かな声で言った。
そんな状況で俺がお前のことを言ったら、その時こそはやばいぞ。
彼女はまた、いいよ、と言った。
ふざけるな。
と僕は強がることで精一杯になった。
勇者と段々崩壊していく世界
ねえ、という彼女の問いかけに、僕ははっとして頭を上げた。思考の行き詰まった僕が体を動かさずに目玉をキョロキョロと動かしたり、髪の毛を手で掻き乱したりし始めてどのくらいの時間が経ったのかはわからない。
どうするの?
僕は彼女のまるで何も考えていないといった無神経な一言に腹が立つと同時に、頭の回らぬ彼女という日常のおかげか少しだけ冷静になることができた。
逆に訊くけど君はどうする?
彼女はただ、えっ、と言ったきりだ。頭が回り出した僕は彼女が置かれた立場を少し誇張して言ってやることにした。
これは、まあいわゆる国家機密といって差し支えのないものだよね?。フナムシが、逃げろ、と言っているのだし、どういうわけか剣士は死んでる。
少なくとも俺はおそらく国に追われる、いや違うな、すでに追われていると考えられる身なわけだ。少なくとも死体の素性がわかれば、俺が何を知ったのか、知っているのか、国なり誰かなりは知りたがるものだろう。そしてきっと俺が何も知らなくても、口封じをするんじゃないだろうかね。冒険の書を持っている、持っていた形跡がある、というだけでさ。しかも口封じをするんなら早ければ早い方が都合がいいだろう。情報が拡散する前に僕を捕まえようとするだろうさ。となるとだよ?
彼女と目を合わせず彼女越しにホテルの鏡の中にいる僕を見ながら、風が吹けば桶屋が儲かる的論法をさらに稚拙にした論法を用いて喋っていた僕はここでしっかりと彼女の顔にピントを合わせた。
そりゃ俺が数万人の前でこの内容を、まあこれの何がどう危険な情報なのかは知らないが、俺が何人もの不特定多数の人に向けて演説を行った場合にはどうなるかはわからないけど、特定の人数に喋った場合だったら迷わず、俺と同じく口封じするよね。
そうして僕はにっこりと笑顔を作って、
おめでとう、今日から君は僕と同じ世界の住人だ、
と言った。
彼女はバカだが今自身が置かれた状況を少しも理解できないほどではない。だがその厳しい現実、といってもあくまで僕の思考上の現実なのだが、から目を背けなくてはならないと精神が無意識的に自己防衛しているのだろう、ぽかんと僕のことが誰だかすらわかっていないような顔をして僕を見ている。そんな彼女を、僕は彼女が自己防衛できぬほど絶対的な絶望にさらしたくなった。
さっきの男、相手の男は今どうなってるかな?、病院かな?、それとも死んじゃったかな?、…冗談だよ。あれぐらいじゃあ死にゃあしないだろうが、目を覚ました時に一人ってことはないだろうね。駅員が向かってきてただろうからさ。駅員なんてあんなことがあったら提携先の医者を呼ぶだろうし、当然事務的に警察も呼ぶだろう。そうしたら事情を説明しなきゃならん。そうなると仮に俺にやられたと事実を言わなかったとしても、俺を追っている者が俺のことを調べればすぐにその事件と俺が結びつくだろうよ。となると俺が君に会っているというこの事実が発覚するわけだ。それだけで、彼らはきっと君も口封じの対象とするだろう。…でも大丈夫。安心して。
僕はまたにっこりと笑顔を作った。
彼女の顔は人形のように固まっていた。
君には俺が持つ全てを教えてあげたし、これから俺がどうするかも教えてあげるから。だから安心してよ。
彼女はとても機械的にぽつりと、なにが?、と言った。
よかったね。拷問を受ける時間が減るよ!
泣き崩れたり、怒ったり、僕は何らかの反応を待ったが、彼女はなんの反応も見せず、ただじっとして時折目を左右に動かしていた。意味がわからなかったのかと、もう一度同じことを言ったが、反応はなかった。どうやら何かを考えているらしいが、彼女と出会ってまもなく以来、僕には彼女が何を思考しているのかわからなかった。
沈黙と興奮に耐えられず、僕は頭に浮かんだ言葉を次々口に出すことを止められなかった。
守ってやろうか?、君一人ぐらいならなんとかできるぞ。なんちゃって。実際なんとかできねえこともないが、誰がいまさらお前なんかに命を張れるか。当たり前だが警察は守ってくれねえぜ。せいぜいあいつに守ってもらうんだな。あいつじゃ無理だけどね!
一応言っておくが、俺は君が、君から望んで浮気したことを知ってるからな?。君から抱いてって言ったことだって知ってるからな。見たり聞いたりしたわけじゃあねえけどさ。そのぐらいわかるよ。何年てめえのバカに付き合ってきたと思ってるんだ。とっとと別れてりゃ、別れてくれてりゃ死ななくて済んだのにな。
妊娠するか不安か?、または早く産んで幸せになりたい?。どっちでも俺の知ったこっちゃないが、アドバイスをあげるとしたら、そんなこと考えなくていいよ。考えなくていい。だってそれがわかる前に殺されるからね。ざまあみろ。
俺は生き延びようと思えばかなりの確率で生き延びられるよ。そりゃトッツクポーリには行くよ。ただいざとなったら逃げるからね。それに俺はバカじゃないからね。君は結局バカで死ぬんだよ。なぜならバカだから。あれ、ひょっとしたら君の家族すら危ないかも…悲しいねえ。俺は愉快だけど!
どうするの?
僕は彼女のまるで何も考えていないといった無神経な一言に腹が立つと同時に、頭の回らぬ彼女という日常のおかげか少しだけ冷静になることができた。
逆に訊くけど君はどうする?
彼女はただ、えっ、と言ったきりだ。頭が回り出した僕は彼女が置かれた立場を少し誇張して言ってやることにした。
これは、まあいわゆる国家機密といって差し支えのないものだよね?。フナムシが、逃げろ、と言っているのだし、どういうわけか剣士は死んでる。
少なくとも俺はおそらく国に追われる、いや違うな、すでに追われていると考えられる身なわけだ。少なくとも死体の素性がわかれば、俺が何を知ったのか、知っているのか、国なり誰かなりは知りたがるものだろう。そしてきっと俺が何も知らなくても、口封じをするんじゃないだろうかね。冒険の書を持っている、持っていた形跡がある、というだけでさ。しかも口封じをするんなら早ければ早い方が都合がいいだろう。情報が拡散する前に僕を捕まえようとするだろうさ。となるとだよ?
彼女と目を合わせず彼女越しにホテルの鏡の中にいる僕を見ながら、風が吹けば桶屋が儲かる的論法をさらに稚拙にした論法を用いて喋っていた僕はここでしっかりと彼女の顔にピントを合わせた。
そりゃ俺が数万人の前でこの内容を、まあこれの何がどう危険な情報なのかは知らないが、俺が何人もの不特定多数の人に向けて演説を行った場合にはどうなるかはわからないけど、特定の人数に喋った場合だったら迷わず、俺と同じく口封じするよね。
そうして僕はにっこりと笑顔を作って、
おめでとう、今日から君は僕と同じ世界の住人だ、
と言った。
彼女はバカだが今自身が置かれた状況を少しも理解できないほどではない。だがその厳しい現実、といってもあくまで僕の思考上の現実なのだが、から目を背けなくてはならないと精神が無意識的に自己防衛しているのだろう、ぽかんと僕のことが誰だかすらわかっていないような顔をして僕を見ている。そんな彼女を、僕は彼女が自己防衛できぬほど絶対的な絶望にさらしたくなった。
さっきの男、相手の男は今どうなってるかな?、病院かな?、それとも死んじゃったかな?、…冗談だよ。あれぐらいじゃあ死にゃあしないだろうが、目を覚ました時に一人ってことはないだろうね。駅員が向かってきてただろうからさ。駅員なんてあんなことがあったら提携先の医者を呼ぶだろうし、当然事務的に警察も呼ぶだろう。そうしたら事情を説明しなきゃならん。そうなると仮に俺にやられたと事実を言わなかったとしても、俺を追っている者が俺のことを調べればすぐにその事件と俺が結びつくだろうよ。となると俺が君に会っているというこの事実が発覚するわけだ。それだけで、彼らはきっと君も口封じの対象とするだろう。…でも大丈夫。安心して。
僕はまたにっこりと笑顔を作った。
彼女の顔は人形のように固まっていた。
君には俺が持つ全てを教えてあげたし、これから俺がどうするかも教えてあげるから。だから安心してよ。
彼女はとても機械的にぽつりと、なにが?、と言った。
よかったね。拷問を受ける時間が減るよ!
泣き崩れたり、怒ったり、僕は何らかの反応を待ったが、彼女はなんの反応も見せず、ただじっとして時折目を左右に動かしていた。意味がわからなかったのかと、もう一度同じことを言ったが、反応はなかった。どうやら何かを考えているらしいが、彼女と出会ってまもなく以来、僕には彼女が何を思考しているのかわからなかった。
沈黙と興奮に耐えられず、僕は頭に浮かんだ言葉を次々口に出すことを止められなかった。
守ってやろうか?、君一人ぐらいならなんとかできるぞ。なんちゃって。実際なんとかできねえこともないが、誰がいまさらお前なんかに命を張れるか。当たり前だが警察は守ってくれねえぜ。せいぜいあいつに守ってもらうんだな。あいつじゃ無理だけどね!
一応言っておくが、俺は君が、君から望んで浮気したことを知ってるからな?。君から抱いてって言ったことだって知ってるからな。見たり聞いたりしたわけじゃあねえけどさ。そのぐらいわかるよ。何年てめえのバカに付き合ってきたと思ってるんだ。とっとと別れてりゃ、別れてくれてりゃ死ななくて済んだのにな。
妊娠するか不安か?、または早く産んで幸せになりたい?。どっちでも俺の知ったこっちゃないが、アドバイスをあげるとしたら、そんなこと考えなくていいよ。考えなくていい。だってそれがわかる前に殺されるからね。ざまあみろ。
俺は生き延びようと思えばかなりの確率で生き延びられるよ。そりゃトッツクポーリには行くよ。ただいざとなったら逃げるからね。それに俺はバカじゃないからね。君は結局バカで死ぬんだよ。なぜならバカだから。あれ、ひょっとしたら君の家族すら危ないかも…悲しいねえ。俺は愉快だけど!