勇者と段々崩壊していく世界 | からだに恥をかく体操〜えんぴつみがき〜

勇者と段々崩壊していく世界

ねえ、という彼女の問いかけに、僕ははっとして頭を上げた。思考の行き詰まった僕が体を動かさずに目玉をキョロキョロと動かしたり、髪の毛を手で掻き乱したりし始めてどのくらいの時間が経ったのかはわからない。
どうするの?
僕は彼女のまるで何も考えていないといった無神経な一言に腹が立つと同時に、頭の回らぬ彼女という日常のおかげか少しだけ冷静になることができた。
逆に訊くけど君はどうする?
彼女はただ、えっ、と言ったきりだ。頭が回り出した僕は彼女が置かれた立場を少し誇張して言ってやることにした。
これは、まあいわゆる国家機密といって差し支えのないものだよね?。フナムシが、逃げろ、と言っているのだし、どういうわけか剣士は死んでる。
少なくとも俺はおそらく国に追われる、いや違うな、すでに追われていると考えられる身なわけだ。少なくとも死体の素性がわかれば、俺が何を知ったのか、知っているのか、国なり誰かなりは知りたがるものだろう。そしてきっと俺が何も知らなくても、口封じをするんじゃないだろうかね。冒険の書を持っている、持っていた形跡がある、というだけでさ。しかも口封じをするんなら早ければ早い方が都合がいいだろう。情報が拡散する前に僕を捕まえようとするだろうさ。となるとだよ?
彼女と目を合わせず彼女越しにホテルの鏡の中にいる僕を見ながら、風が吹けば桶屋が儲かる的論法をさらに稚拙にした論法を用いて喋っていた僕はここでしっかりと彼女の顔にピントを合わせた。
そりゃ俺が数万人の前でこの内容を、まあこれの何がどう危険な情報なのかは知らないが、俺が何人もの不特定多数の人に向けて演説を行った場合にはどうなるかはわからないけど、特定の人数に喋った場合だったら迷わず、俺と同じく口封じするよね。
そうして僕はにっこりと笑顔を作って、
おめでとう、今日から君は僕と同じ世界の住人だ、
と言った。
彼女はバカだが今自身が置かれた状況を少しも理解できないほどではない。だがその厳しい現実、といってもあくまで僕の思考上の現実なのだが、から目を背けなくてはならないと精神が無意識的に自己防衛しているのだろう、ぽかんと僕のことが誰だかすらわかっていないような顔をして僕を見ている。そんな彼女を、僕は彼女が自己防衛できぬほど絶対的な絶望にさらしたくなった。
さっきの男、相手の男は今どうなってるかな?、病院かな?、それとも死んじゃったかな?、…冗談だよ。あれぐらいじゃあ死にゃあしないだろうが、目を覚ました時に一人ってことはないだろうね。駅員が向かってきてただろうからさ。駅員なんてあんなことがあったら提携先の医者を呼ぶだろうし、当然事務的に警察も呼ぶだろう。そうしたら事情を説明しなきゃならん。そうなると仮に俺にやられたと事実を言わなかったとしても、俺を追っている者が俺のことを調べればすぐにその事件と俺が結びつくだろうよ。となると俺が君に会っているというこの事実が発覚するわけだ。それだけで、彼らはきっと君も口封じの対象とするだろう。…でも大丈夫。安心して。
僕はまたにっこりと笑顔を作った。
彼女の顔は人形のように固まっていた。
君には俺が持つ全てを教えてあげたし、これから俺がどうするかも教えてあげるから。だから安心してよ。
彼女はとても機械的にぽつりと、なにが?、と言った。
よかったね。拷問を受ける時間が減るよ!
泣き崩れたり、怒ったり、僕は何らかの反応を待ったが、彼女はなんの反応も見せず、ただじっとして時折目を左右に動かしていた。意味がわからなかったのかと、もう一度同じことを言ったが、反応はなかった。どうやら何かを考えているらしいが、彼女と出会ってまもなく以来、僕には彼女が何を思考しているのかわからなかった。
沈黙と興奮に耐えられず、僕は頭に浮かんだ言葉を次々口に出すことを止められなかった。
守ってやろうか?、君一人ぐらいならなんとかできるぞ。なんちゃって。実際なんとかできねえこともないが、誰がいまさらお前なんかに命を張れるか。当たり前だが警察は守ってくれねえぜ。せいぜいあいつに守ってもらうんだな。あいつじゃ無理だけどね!
一応言っておくが、俺は君が、君から望んで浮気したことを知ってるからな?。君から抱いてって言ったことだって知ってるからな。見たり聞いたりしたわけじゃあねえけどさ。そのぐらいわかるよ。何年てめえのバカに付き合ってきたと思ってるんだ。とっとと別れてりゃ、別れてくれてりゃ死ななくて済んだのにな。
妊娠するか不安か?、または早く産んで幸せになりたい?。どっちでも俺の知ったこっちゃないが、アドバイスをあげるとしたら、そんなこと考えなくていいよ。考えなくていい。だってそれがわかる前に殺されるからね。ざまあみろ。
俺は生き延びようと思えばかなりの確率で生き延びられるよ。そりゃトッツクポーリには行くよ。ただいざとなったら逃げるからね。それに俺はバカじゃないからね。君は結局バカで死ぬんだよ。なぜならバカだから。あれ、ひょっとしたら君の家族すら危ないかも…悲しいねえ。俺は愉快だけど!