勇者と段々崩壊していく世界
僕の口は動き続けた。何時間もかけて人を呪ったのは初めてだ。何時間もかけて本音を口にしたのも初めてだ。
悪辣な僕の口が動くたびに、彼女を傷つけるという快感に酔う。僕の考えが及ぶ限りの悪辣な論法で彼女を打ちのめす。武道修行の一環として樹木や石など動かぬ物を、脚や拳の感覚がなくなってもなお叩きに叩いた経験もある。痛みを感じなくなるまで叩くと、ある種のトランス状態に達し、自身の拳や脛に白い骨が見えてくるまでになるとそこからは狂乱の宴で踊り狂っているような気持ちになったものだ。痛みが痛みではなく、とてもあたたかいものとして感じてくる。とてつもない快感だった。その場合宴が終われば当然猛烈な痛みに苦しむことになる。
だが、僕の口は痛まない。全身全霊で彼女を打ちのめす僕の心に、痛みはない。あるのはひたすらに快感のみだった。今後悔恨の情がわかない自信がある。たとえ彼女が今目の前で自殺をしても、自責の念がわいてくることはないだろう。できるだけ苦しんで死ねたらいいね、と僕は心底思い、それと同時に口に出す。
心の何処かで、代償のない快楽はない、と僕の中にある自己防衛機能がたまに諦観した顔でそっとささやく。しかし誰にも僕を止められない。内部でもそうだし、なまじ頑強な体をしているだけに外部でもそうだ。彼女は涙も枯れ、ただ何時間も視線の定まらぬ顔をして僕の喋る音を聴かされていた。白痴が目を開けたまま眠っているかのようだ。実際に眠いのだろうが。
罵声をあびせ続けているとチェックアウトの時間になった。もう正午を過ぎていた。僕達はチェックアウトする準備をする必要もほとんどなく、淡々とホテルを出た。外の空気に触れたからか、衆人の目を気にしたのか、彼女に声が戻った。
私達もうおわりだよね。
当たり前だろうが。何回言わせればわかるんだお前は。
そうだよね。
本当は同じことをしてお前に俺と同じ苦しみを味合わせてやりたかったが、もう時間がねえ。
ごめんね。
うるせえな。もう謝罪は受け付けねえ
って言ったでしょ。
…ごめん。
うるさいって。
僕はニヒヒと笑って会話をしている。ネズミほどの小動物を握りつぶすのが楽しくて仕方ない男、が小動物を握りつぶす時に見せる笑みと同じだろう。悪意はないがひたすらに悪辣だ。
これからどうするの?
と、彼女が言う。
てめえは死ね、
と、僕が言う。乾いた風が吹く昼下がりに僕達はフラフラと喫茶店を探していた。罵声をあびせているし、心底彼女に愛想を尽くしたし、彼女も僕に愛想を尽かしたはずで他に好きな人がいるというのに、僕達は未練がましく二人の時間を求めていた。
ランチタイムが終わる頃、僕達は降りたことのない駅の近くの喫茶店に入った。ブラックコーヒーとアイスカフェオレ。彼女はカフェオレに入れるガムシロップを半分残す。残りを僕が使う。猫舌な僕は席についてタバコを吸いおわって始めてコーヒーに口をつける。いつもの光景が続く二人の終わりの時だった。
これからどうするの?
何度目かの彼女の質問に、僕は初めてまともに対応した。
トッツクポーリに行く。また勇気ある者達の招集があるかわからないが、あれば今度は参加する。
どうやって?
…身分証明の話か?
うん。と、彼女は頷いた。バカな彼女だが、さすがに人の耳のある中で僕のことを追われている身とはいわなかった。
必要になれば知り合いの盗賊にでもかけあう。きっと問題無い。
と、僕は言った。実は今までそのことについてまるで考えてはいなかったが、口からでまかせに言った自分の言葉に、なるほどなと感心した。歓楽街でそこそこ暴れていた僕とフナムシは、自然と闇に潜む者達と親しくなる機会がうまれた。僕が言った盗賊もその一人で、金さえ払えば用意できねえものはねえ、との看板を掲げるフリーの調達屋だ。腕は確からしいのだが、以前盗賊が取引先の組織と金の問題で揉めたことがあり、僕とフナムシが仲介に立ったことがあった。僕達は組織から仲介を頼まれたのだが、結果的に盗賊側についてしまった。あまりに組織から払われる仲介料が仕事量に比べなめくさっていたからだ。些細な下っ端仕事だった問題が、いつのまにかそこそこ大きな組織のメンツに関わるほどの問題となっていき、ついには組織の顧問格にまで話が及んだ。盗賊も僕達もひくにひけぬ状況になってしまい、本格的に歓楽街のある地方から逃げる準備を進めていたが、その顧問格というのが実は僕とフナムシの師匠と一時期兄弟弟子の関係にあったことがわかった。僕達二人は言うなれば甥弟子にあたる。たったそれだけの繋がりだったが、問題は三方一両損という常識的な形で解決となった。問題が一応の決着をした際、僕とフナムシは盗賊から、物にもよるが欲しいものがあったら一度だけタダ働きしてやる、との言葉を頂戴していた。書類上別人になりかわるぐらいきっとなんとかなるだろう。
わ…。
と言って彼女は黙った。私はどうしよう、どうすればいいのか、きっとそんなことをつい口に出してしまいそうになったのだろう。
…しょうがねえな。
僕はつい、こんなことを言ってしまった。
さっきの話は大袈裟に言っただけだから、たぶん大丈夫だよ。
なにが?、と彼女は言う。
捕まえられたりはしないよ。たぶんな。正直俺もよくわからないが、少なくとも俺が相当なヘマをしない限りは大丈夫だろう。捕まったり、捕まった時にお前に全部言ったと言わなければ。言わねえから安心しとけ。
さっきまであれほど悪態をついていたのに、僕はもう彼女を…。
私のこと言ってもいいよ。
彼女は静かな声で言った。
そんな状況で俺がお前のことを言ったら、その時こそはやばいぞ。
彼女はまた、いいよ、と言った。
ふざけるな。
と僕は強がることで精一杯になった。
悪辣な僕の口が動くたびに、彼女を傷つけるという快感に酔う。僕の考えが及ぶ限りの悪辣な論法で彼女を打ちのめす。武道修行の一環として樹木や石など動かぬ物を、脚や拳の感覚がなくなってもなお叩きに叩いた経験もある。痛みを感じなくなるまで叩くと、ある種のトランス状態に達し、自身の拳や脛に白い骨が見えてくるまでになるとそこからは狂乱の宴で踊り狂っているような気持ちになったものだ。痛みが痛みではなく、とてもあたたかいものとして感じてくる。とてつもない快感だった。その場合宴が終われば当然猛烈な痛みに苦しむことになる。
だが、僕の口は痛まない。全身全霊で彼女を打ちのめす僕の心に、痛みはない。あるのはひたすらに快感のみだった。今後悔恨の情がわかない自信がある。たとえ彼女が今目の前で自殺をしても、自責の念がわいてくることはないだろう。できるだけ苦しんで死ねたらいいね、と僕は心底思い、それと同時に口に出す。
心の何処かで、代償のない快楽はない、と僕の中にある自己防衛機能がたまに諦観した顔でそっとささやく。しかし誰にも僕を止められない。内部でもそうだし、なまじ頑強な体をしているだけに外部でもそうだ。彼女は涙も枯れ、ただ何時間も視線の定まらぬ顔をして僕の喋る音を聴かされていた。白痴が目を開けたまま眠っているかのようだ。実際に眠いのだろうが。
罵声をあびせ続けているとチェックアウトの時間になった。もう正午を過ぎていた。僕達はチェックアウトする準備をする必要もほとんどなく、淡々とホテルを出た。外の空気に触れたからか、衆人の目を気にしたのか、彼女に声が戻った。
私達もうおわりだよね。
当たり前だろうが。何回言わせればわかるんだお前は。
そうだよね。
本当は同じことをしてお前に俺と同じ苦しみを味合わせてやりたかったが、もう時間がねえ。
ごめんね。
うるせえな。もう謝罪は受け付けねえ
って言ったでしょ。
…ごめん。
うるさいって。
僕はニヒヒと笑って会話をしている。ネズミほどの小動物を握りつぶすのが楽しくて仕方ない男、が小動物を握りつぶす時に見せる笑みと同じだろう。悪意はないがひたすらに悪辣だ。
これからどうするの?
と、彼女が言う。
てめえは死ね、
と、僕が言う。乾いた風が吹く昼下がりに僕達はフラフラと喫茶店を探していた。罵声をあびせているし、心底彼女に愛想を尽くしたし、彼女も僕に愛想を尽かしたはずで他に好きな人がいるというのに、僕達は未練がましく二人の時間を求めていた。
ランチタイムが終わる頃、僕達は降りたことのない駅の近くの喫茶店に入った。ブラックコーヒーとアイスカフェオレ。彼女はカフェオレに入れるガムシロップを半分残す。残りを僕が使う。猫舌な僕は席についてタバコを吸いおわって始めてコーヒーに口をつける。いつもの光景が続く二人の終わりの時だった。
これからどうするの?
何度目かの彼女の質問に、僕は初めてまともに対応した。
トッツクポーリに行く。また勇気ある者達の招集があるかわからないが、あれば今度は参加する。
どうやって?
…身分証明の話か?
うん。と、彼女は頷いた。バカな彼女だが、さすがに人の耳のある中で僕のことを追われている身とはいわなかった。
必要になれば知り合いの盗賊にでもかけあう。きっと問題無い。
と、僕は言った。実は今までそのことについてまるで考えてはいなかったが、口からでまかせに言った自分の言葉に、なるほどなと感心した。歓楽街でそこそこ暴れていた僕とフナムシは、自然と闇に潜む者達と親しくなる機会がうまれた。僕が言った盗賊もその一人で、金さえ払えば用意できねえものはねえ、との看板を掲げるフリーの調達屋だ。腕は確からしいのだが、以前盗賊が取引先の組織と金の問題で揉めたことがあり、僕とフナムシが仲介に立ったことがあった。僕達は組織から仲介を頼まれたのだが、結果的に盗賊側についてしまった。あまりに組織から払われる仲介料が仕事量に比べなめくさっていたからだ。些細な下っ端仕事だった問題が、いつのまにかそこそこ大きな組織のメンツに関わるほどの問題となっていき、ついには組織の顧問格にまで話が及んだ。盗賊も僕達もひくにひけぬ状況になってしまい、本格的に歓楽街のある地方から逃げる準備を進めていたが、その顧問格というのが実は僕とフナムシの師匠と一時期兄弟弟子の関係にあったことがわかった。僕達二人は言うなれば甥弟子にあたる。たったそれだけの繋がりだったが、問題は三方一両損という常識的な形で解決となった。問題が一応の決着をした際、僕とフナムシは盗賊から、物にもよるが欲しいものがあったら一度だけタダ働きしてやる、との言葉を頂戴していた。書類上別人になりかわるぐらいきっとなんとかなるだろう。
わ…。
と言って彼女は黙った。私はどうしよう、どうすればいいのか、きっとそんなことをつい口に出してしまいそうになったのだろう。
…しょうがねえな。
僕はつい、こんなことを言ってしまった。
さっきの話は大袈裟に言っただけだから、たぶん大丈夫だよ。
なにが?、と彼女は言う。
捕まえられたりはしないよ。たぶんな。正直俺もよくわからないが、少なくとも俺が相当なヘマをしない限りは大丈夫だろう。捕まったり、捕まった時にお前に全部言ったと言わなければ。言わねえから安心しとけ。
さっきまであれほど悪態をついていたのに、僕はもう彼女を…。
私のこと言ってもいいよ。
彼女は静かな声で言った。
そんな状況で俺がお前のことを言ったら、その時こそはやばいぞ。
彼女はまた、いいよ、と言った。
ふざけるな。
と僕は強がることで精一杯になった。