勇者と段々崩壊していく世界
悪い悪い。盗賊なんていう世界にいるとひとつもふたつも品ってやつが落ちていけないねえ。悪気はないんだ。
盗賊は私に頭を下げた。
いえ。
もうわかってると思うが、あたしは武道家と会ったし、あんたのこともきいたよ。そんで武道家のやりたいことを手助けしてやった。以前、武道家とフナムシに助けられたことがあってね。タダ働きさ。
マリネのやりたいこと、とは…。
うーん、
そう言うと盗賊はしばし悩んだ。
そうだねえ、結局なにかをぶっ飛ばしたいんじゃないかい?。武道家だからさ。まあ多少やけっぱちにはなっていたねえ。おっと悪い悪い。こんなことのべつまくなしに言っていたら時間がいくらあっても足りやしない。
…マリネはいまどこにいるんですか?
そればっかりは言えない。確かにあたしはあいつの寝床の世話をした。いる場所を知っているよ。だが、誰にも居場所を教えない、っていう条件がついたからね。言えない。
そんな!
私はとても歯がゆくなった。目の前に待ち望んだマリネの、その居場所を知っている者がいる。手を伸ばせば届くところにマリネはいる。けど、目の前は漆黒の闇に閉ざされ、肝心のマリネの姿は見えない。
ただ、武道家と会いたいというのならひとつ言えることがある。
それは、一体…。
あんたの行動は間違っていないよ。彼は三週間後に王城にいくと言っている。このまま武道家が気変わりしなければ、そこで会えるだろう。ん?、ははっ、現金なやつだねまったく。
私の顔を見て、盗賊はニヤニヤした。私の顔にどんな変化があったのか。私は顔に出さないようにしていたのに。うれしさ?、自身の行動や推測に間違いがなかったことによる優越感?、欺瞞?。行動がむくわれた悦び?。
…何も泣かなくていいだろうに。
みるみるうちに、私の目に涙がたまっていった。そうだ、これは解放だ。苦しみや辛さ、恐怖や不安、そういった私にのしかかっていたものから、いま、きっと一時的なものに過ぎないのだろうけど、確かに私は解放されたのだ。
すみません。
私は涙がこぼれないようにした分だけ流れる鼻水をハンカチでぬぐった。
なあ、あんたは武道家に会ったら何をするんだい?
…謝って、とにかく謝ろうと、謝ろうと思っています。
…へえ。
そのあとのことは考えていません。
…なるほどねえ。
その後、私はマリネについてのことをいくつもきいた。あからさまにはぐらかされた返事もあったけど、三週間後に会えるとわかっていると、はぐらかす盗賊にイラついたりすることはなかった。マリネは元気にしていて、来るべき日に備えて鍛錬している。それだけわかれば私は十分だった。
あとは宿泊先に移動しながら話そう。
歩きながら盗賊は、身分偽造についての説明や、私が名乗る職業とそれら装備の調達、付け焼き刃の鍛錬について、明日からしばらくこの街を出るが三週間以内に帰ってくること、これから行くところは盗賊の隠れ家のひとつでまず安全だということ、街のチンピラに絡まれることがあったら盗賊の使いだと言いい盗賊から渡されたブローチを見せろということ、それが通じないような雑魚に絡まれた場合はさっきの酒場に逃げ込むなり自分で考えろということ、などを事務的に話した。
ここですか?
そういぶかしんだ顔をするんじゃないよ。とって食いやしないし、させないからさ。これでもあたしのお気に入りの寝床なんだ。
盗賊に案内された建物はさびれたラブホ、というよりも明らかに売春宿だった。
中にはいると、盗賊は受付にいた中年の男に話しかけた。話し終わると盗賊は私に、なにか困ったことがあったらこの人にいいな、この人は元剣士で腕もいいから鍛えてもらうのもいいんじゃないか、と、言い、追加で料金をいただくがね、と、つけくわえた。
部屋の中には、いくつか盗賊の私物があった。盗賊は整理しながら、清掃のことやいざという時の逃げ道になる裏口、食事について説明をした。
と、いうこった。はじめは居心地悪いかもしれないが、慣れりゃこんないい場所なかなかないよ。それにここは、あたしの部屋、だからね。石けんひとつとってもいいもん使ってるよ。もちろん好きに使いな。
そういって盗賊は、はじめて女の子らしく笑った。
じゃ、あたしは行くよ。明日からと言ったが出発は今日の夜中なんでね。
なにからなにまで、ありがとうございます。
気にしないこったね。あたしだっていただくもんはしっかりいただいてるんだ。ああそうだ、あたしがこんなこと言うのは柄じゃないが、あんたがこうなっちまったもんはなっちまったんだから仕方ないもんさ、やることは決まってるんだ、信じて突き進みな。
ありがとうございます。
私は頭を下げて盗賊に感謝した。
ああそれから、今さらかもしれないが、そんなかしこまって話さなくていいよ。あたしは気楽に話してくれた方が好きさ。いくらあんたがいくぶん年下だといっても、あたしはそんなこと気にしないからさ。
とし…した、ですか…
…あたしの年齢は、武道家に会ったらききなよ。それじゃ。
盗賊が部屋を出ていくと、どっと疲れが押し寄せてきた。私はベッドに身を預け、仰向けになった。明かりのともっていない安物のシャンデリアを眺めながら、私はここで寝ても平気なのか、盗賊に騙されているんじゃないか、襲われるんじゃないか、などを考えているうちに、不安をよそにどんどんまどろんで行く自分を感じていた。まどろみの中でたまにどこかの部屋の扉が開閉される音を何度かきいた。
なんだ?、えらく機嫌の良さそうな顔をしてるな。
へえ、わかるかい?
こっちは閉じこもっているっていうのに。
支度は?
問題ない。もう出るか?
いや、ちょっと休むよ。あんたと違ってあたしは忙しかったんだ。
そうか。おつかれさん。
先に湯でも浴びてきなよ。
休むんじゃないのか。
あたしとやるのに不満でもあるのかい?
…あるわけないだろ。じゃあ浴びてくる。少し休んでろ。といっても、ここまできて寝るなよ?
寝てたら起こしてくれていいよ。今日は機嫌がいいんだ。前の女のことなんて忘れさせてやるよ。
うるせえなあ。寝るなよ。
………欲しいものは奪いとるんだ。盗賊だからねえ。
目が覚めると、朝だった。部屋の中も、私の身にも、何事もなく朝がきていた。それを確認すると、私はほっと息をもらした。
湯を浴びる。盗賊の言っていたように、とても上品な香りのする石けんがそこにあった。遠慮なくつかわせてもらう。
髪が乾かしていると、ドアを一定のリズムでノックする音がきこえた。あらかじめ盗賊にきいていた、受付の人間がするノックの仕方だった。
それでも慎重に、私は覗き窓から外を見た。昨夜、受付にいた中年の男がそこにいた。よく見ると、体躯こそスッとしているが、顔中傷だらけだ。
その姿におののいた私は、ドアチェーンをかけたまま、ドアを少し開けた。
おはようございますウルシ様。朝食をお召し上がりになさいますか?
そう言われて、私はとてもお腹がすいていることに気がついた。
あ、はい。お願いします。
すぐにお召し上がりになさいますか?
えっと、はい。あ、でも、急がなくても結構です、はい。
かしこまりました。では10分ほどお待ちください。
よ、よろしくお願いします。
男の丁寧な応対に、私は面を食らってしまった。
オムレツにトースト、それからコンソメの香りがするスープ。運ばれてきた朝食は、とてもシンプルだった。だけど、運ばれてきた瞬間から、それらは私の嗅覚に美味であることを訴えかけてきた。
コーヒー、紅茶、オレンジジュースの中から飲み物を選べ、と言うので、コーヒーも紅茶も苦手な私はオレンジジュースを選んだ。男は、メニューにご要望があればいつでもおっしゃってください、と言って、部屋を出ていった。毎回コーヒーと紅茶を用意させてしまっては大変だから、しっかりと私の嗜好を伝えなくては。
オムレツもトーストもスープも、どれも本物だった。とてもシンプルだが、今まで食べたことが無いと思えるほど美味しい。オレンジジュースにしたって、普段私が飲むような、安物の味ではなかった。きっと用意されていたコーヒーも紅茶もただものではないのだろう。なおさらちゃんとしっかり伝えておかなくては。
この料理をあの無骨そうな男が作ったのかと思うと、可笑しくなった。同時に、あの人は信頼しても良さそうだ、と考えた。美味い料理を作ってくれたから、それだけで信頼するのか、と自問自答して、また可笑しくなった。ひとりでこんなにニヤニヤするのは久しぶりだ。
食べ終わったら食器は部屋の外に出しておけばいい、と言われていたが、私は受付まで運ぶことにした。男は、少し困った顔をしたように見えたが、ありがとうございます、と言った。
部屋に戻ると、やることがないことに気がついた。しかもまだ朝だ。
一時間ほど間をおいて、私は男に会いに行き、剣の指導をしてもらうことにした。代金はいくらかかるのかきくと、それは盗賊にきいてほしい、と言われた。
そうして連日、私は宿の中庭で剣の稽古に明け暮れた。それしかすることがないのだ。
男は丁寧に、付け焼き刃、の剣法を教えてくれた。剣法、というよりも、演技、に近いものかもしれない。期限を考えれば、そっちのほうが私にとって都合がいいことは明白だった。
ここに厄介になって二週間ほど経った頃の夕刻、盗賊がやってきた。昨晩この街に帰ってきたらしい。
盗賊は私を外に連れ出し、とあるアパートの一室に案内した。盗賊はそこを、隠れ家兼物置のひとつ、といった。盗賊が先に部屋へ入り、私は合図があるまで外で待った。
私が部屋に入ると、ワンルームのがらんどうとした部屋のどこに隠していたのか、盗賊の足下に、剣やらナイフやら帷子やらローブやら、武器や防具が並べられていた。
私の武器は剣に決まっていたが、防具となるとよくわからなかった。
そんな私に盗賊は、ひとつ考えがある、といって、一計を話した。
そこで私ははじめて盗賊も招集に参加することを知った。
なぜ部隊に?、ときいた私に盗賊は、
欲しいものがあるのさ、
と、こたえた。
盗賊は私に頭を下げた。
いえ。
もうわかってると思うが、あたしは武道家と会ったし、あんたのこともきいたよ。そんで武道家のやりたいことを手助けしてやった。以前、武道家とフナムシに助けられたことがあってね。タダ働きさ。
マリネのやりたいこと、とは…。
うーん、
そう言うと盗賊はしばし悩んだ。
そうだねえ、結局なにかをぶっ飛ばしたいんじゃないかい?。武道家だからさ。まあ多少やけっぱちにはなっていたねえ。おっと悪い悪い。こんなことのべつまくなしに言っていたら時間がいくらあっても足りやしない。
…マリネはいまどこにいるんですか?
そればっかりは言えない。確かにあたしはあいつの寝床の世話をした。いる場所を知っているよ。だが、誰にも居場所を教えない、っていう条件がついたからね。言えない。
そんな!
私はとても歯がゆくなった。目の前に待ち望んだマリネの、その居場所を知っている者がいる。手を伸ばせば届くところにマリネはいる。けど、目の前は漆黒の闇に閉ざされ、肝心のマリネの姿は見えない。
ただ、武道家と会いたいというのならひとつ言えることがある。
それは、一体…。
あんたの行動は間違っていないよ。彼は三週間後に王城にいくと言っている。このまま武道家が気変わりしなければ、そこで会えるだろう。ん?、ははっ、現金なやつだねまったく。
私の顔を見て、盗賊はニヤニヤした。私の顔にどんな変化があったのか。私は顔に出さないようにしていたのに。うれしさ?、自身の行動や推測に間違いがなかったことによる優越感?、欺瞞?。行動がむくわれた悦び?。
…何も泣かなくていいだろうに。
みるみるうちに、私の目に涙がたまっていった。そうだ、これは解放だ。苦しみや辛さ、恐怖や不安、そういった私にのしかかっていたものから、いま、きっと一時的なものに過ぎないのだろうけど、確かに私は解放されたのだ。
すみません。
私は涙がこぼれないようにした分だけ流れる鼻水をハンカチでぬぐった。
なあ、あんたは武道家に会ったら何をするんだい?
…謝って、とにかく謝ろうと、謝ろうと思っています。
…へえ。
そのあとのことは考えていません。
…なるほどねえ。
その後、私はマリネについてのことをいくつもきいた。あからさまにはぐらかされた返事もあったけど、三週間後に会えるとわかっていると、はぐらかす盗賊にイラついたりすることはなかった。マリネは元気にしていて、来るべき日に備えて鍛錬している。それだけわかれば私は十分だった。
あとは宿泊先に移動しながら話そう。
歩きながら盗賊は、身分偽造についての説明や、私が名乗る職業とそれら装備の調達、付け焼き刃の鍛錬について、明日からしばらくこの街を出るが三週間以内に帰ってくること、これから行くところは盗賊の隠れ家のひとつでまず安全だということ、街のチンピラに絡まれることがあったら盗賊の使いだと言いい盗賊から渡されたブローチを見せろということ、それが通じないような雑魚に絡まれた場合はさっきの酒場に逃げ込むなり自分で考えろということ、などを事務的に話した。
ここですか?
そういぶかしんだ顔をするんじゃないよ。とって食いやしないし、させないからさ。これでもあたしのお気に入りの寝床なんだ。
盗賊に案内された建物はさびれたラブホ、というよりも明らかに売春宿だった。
中にはいると、盗賊は受付にいた中年の男に話しかけた。話し終わると盗賊は私に、なにか困ったことがあったらこの人にいいな、この人は元剣士で腕もいいから鍛えてもらうのもいいんじゃないか、と、言い、追加で料金をいただくがね、と、つけくわえた。
部屋の中には、いくつか盗賊の私物があった。盗賊は整理しながら、清掃のことやいざという時の逃げ道になる裏口、食事について説明をした。
と、いうこった。はじめは居心地悪いかもしれないが、慣れりゃこんないい場所なかなかないよ。それにここは、あたしの部屋、だからね。石けんひとつとってもいいもん使ってるよ。もちろん好きに使いな。
そういって盗賊は、はじめて女の子らしく笑った。
じゃ、あたしは行くよ。明日からと言ったが出発は今日の夜中なんでね。
なにからなにまで、ありがとうございます。
気にしないこったね。あたしだっていただくもんはしっかりいただいてるんだ。ああそうだ、あたしがこんなこと言うのは柄じゃないが、あんたがこうなっちまったもんはなっちまったんだから仕方ないもんさ、やることは決まってるんだ、信じて突き進みな。
ありがとうございます。
私は頭を下げて盗賊に感謝した。
ああそれから、今さらかもしれないが、そんなかしこまって話さなくていいよ。あたしは気楽に話してくれた方が好きさ。いくらあんたがいくぶん年下だといっても、あたしはそんなこと気にしないからさ。
とし…した、ですか…
…あたしの年齢は、武道家に会ったらききなよ。それじゃ。
盗賊が部屋を出ていくと、どっと疲れが押し寄せてきた。私はベッドに身を預け、仰向けになった。明かりのともっていない安物のシャンデリアを眺めながら、私はここで寝ても平気なのか、盗賊に騙されているんじゃないか、襲われるんじゃないか、などを考えているうちに、不安をよそにどんどんまどろんで行く自分を感じていた。まどろみの中でたまにどこかの部屋の扉が開閉される音を何度かきいた。
なんだ?、えらく機嫌の良さそうな顔をしてるな。
へえ、わかるかい?
こっちは閉じこもっているっていうのに。
支度は?
問題ない。もう出るか?
いや、ちょっと休むよ。あんたと違ってあたしは忙しかったんだ。
そうか。おつかれさん。
先に湯でも浴びてきなよ。
休むんじゃないのか。
あたしとやるのに不満でもあるのかい?
…あるわけないだろ。じゃあ浴びてくる。少し休んでろ。といっても、ここまできて寝るなよ?
寝てたら起こしてくれていいよ。今日は機嫌がいいんだ。前の女のことなんて忘れさせてやるよ。
うるせえなあ。寝るなよ。
………欲しいものは奪いとるんだ。盗賊だからねえ。
目が覚めると、朝だった。部屋の中も、私の身にも、何事もなく朝がきていた。それを確認すると、私はほっと息をもらした。
湯を浴びる。盗賊の言っていたように、とても上品な香りのする石けんがそこにあった。遠慮なくつかわせてもらう。
髪が乾かしていると、ドアを一定のリズムでノックする音がきこえた。あらかじめ盗賊にきいていた、受付の人間がするノックの仕方だった。
それでも慎重に、私は覗き窓から外を見た。昨夜、受付にいた中年の男がそこにいた。よく見ると、体躯こそスッとしているが、顔中傷だらけだ。
その姿におののいた私は、ドアチェーンをかけたまま、ドアを少し開けた。
おはようございますウルシ様。朝食をお召し上がりになさいますか?
そう言われて、私はとてもお腹がすいていることに気がついた。
あ、はい。お願いします。
すぐにお召し上がりになさいますか?
えっと、はい。あ、でも、急がなくても結構です、はい。
かしこまりました。では10分ほどお待ちください。
よ、よろしくお願いします。
男の丁寧な応対に、私は面を食らってしまった。
オムレツにトースト、それからコンソメの香りがするスープ。運ばれてきた朝食は、とてもシンプルだった。だけど、運ばれてきた瞬間から、それらは私の嗅覚に美味であることを訴えかけてきた。
コーヒー、紅茶、オレンジジュースの中から飲み物を選べ、と言うので、コーヒーも紅茶も苦手な私はオレンジジュースを選んだ。男は、メニューにご要望があればいつでもおっしゃってください、と言って、部屋を出ていった。毎回コーヒーと紅茶を用意させてしまっては大変だから、しっかりと私の嗜好を伝えなくては。
オムレツもトーストもスープも、どれも本物だった。とてもシンプルだが、今まで食べたことが無いと思えるほど美味しい。オレンジジュースにしたって、普段私が飲むような、安物の味ではなかった。きっと用意されていたコーヒーも紅茶もただものではないのだろう。なおさらちゃんとしっかり伝えておかなくては。
この料理をあの無骨そうな男が作ったのかと思うと、可笑しくなった。同時に、あの人は信頼しても良さそうだ、と考えた。美味い料理を作ってくれたから、それだけで信頼するのか、と自問自答して、また可笑しくなった。ひとりでこんなにニヤニヤするのは久しぶりだ。
食べ終わったら食器は部屋の外に出しておけばいい、と言われていたが、私は受付まで運ぶことにした。男は、少し困った顔をしたように見えたが、ありがとうございます、と言った。
部屋に戻ると、やることがないことに気がついた。しかもまだ朝だ。
一時間ほど間をおいて、私は男に会いに行き、剣の指導をしてもらうことにした。代金はいくらかかるのかきくと、それは盗賊にきいてほしい、と言われた。
そうして連日、私は宿の中庭で剣の稽古に明け暮れた。それしかすることがないのだ。
男は丁寧に、付け焼き刃、の剣法を教えてくれた。剣法、というよりも、演技、に近いものかもしれない。期限を考えれば、そっちのほうが私にとって都合がいいことは明白だった。
ここに厄介になって二週間ほど経った頃の夕刻、盗賊がやってきた。昨晩この街に帰ってきたらしい。
盗賊は私を外に連れ出し、とあるアパートの一室に案内した。盗賊はそこを、隠れ家兼物置のひとつ、といった。盗賊が先に部屋へ入り、私は合図があるまで外で待った。
私が部屋に入ると、ワンルームのがらんどうとした部屋のどこに隠していたのか、盗賊の足下に、剣やらナイフやら帷子やらローブやら、武器や防具が並べられていた。
私の武器は剣に決まっていたが、防具となるとよくわからなかった。
そんな私に盗賊は、ひとつ考えがある、といって、一計を話した。
そこで私ははじめて盗賊も招集に参加することを知った。
なぜ部隊に?、ときいた私に盗賊は、
欲しいものがあるのさ、
と、こたえた。
だいたい
前回更新分の文字数を調べてみた。改行分を含めたらだいたい400字詰原稿用紙10枚分ぐらいだった。そんなつもりではなかったのでびっくらこきました。
無駄になげえって感想しかありやしません。
iPhoneアプリから投稿する量じゃねえ。
無駄になげえって感想しかありやしません。
iPhoneアプリから投稿する量じゃねえ。
勇者と段々崩壊していく世界
知ってるさ。
盗賊は短くこたえた。
私が、なにを?、と言う前に、
そんなかっこして、ほんとに家でも出てきたのかい?
と、いって、盗賊はきゅっと笑った。笑う彼女の顔はほんとうにかわいく、よく見るとどこか凛とした強さが感じられた。
家は、出てきたも同然です。
ふうん。そっか。
盗賊はそう言うと、手酌で勝手に飲みなよ、と私の前にある空のグラスをあごで指した。私は自分が言ったことが、家を出てきたも同然、という言葉に、家を出てきた、という現実を感じていた。なんともバカらしいことだけど。
安心しなよ、お金はいらないから。
盗賊は酒を飲む気配を見せない私に、少しイラついているかのようだった。しかたなく、私はグラスにワインを注いだ。
家を出た、か。行くあてはあるのかい?
くっ、とのどにワインを流しこむ私をじっと盗賊は見ていた。
いえ、いや、あります。
ははっ、どうやらなさそうだねえ。
盗賊はそう言うと、確かにわかりやすい娘だ、といい、ポッケからタバコを取りだした。やっぱりマリネと一緒の銘柄だった。
以前から同じタバコなんですか?
私の質問に盗賊はまた、ほんとわかりやすい、とこたえ、
違うよ、と、鼻で笑った。
バカにされているからか、はぐらかされている焦りからか、私は盗賊にイライラしてきた。盗賊に、ではないのかもしれない。手の届く先にあるご馳走を掴み取ろうとしない自分に、なのかもしれない。このままではいけない。腹の探り合い、いや、盗賊に様子見を決め込まれては困る。時間も惜しい。ここまできて私は、待つ、を選択するのか。もう待つのはいやだ。進まなければ。掴み取らなければ。私は早く確信に至らなければならない。
あなたはマリネの
私が覚悟を決めて言おうとした言葉を最後まで盗賊はきかなかった。
その前に、
そういって私を制した盗賊は、一度大きく息を吐いた。
その前に?
いいかい?、今さっきあんたが言おうとしたことはあたしとの、交渉、に値するもんだ。気をつけて話しな。
交渉、ですか。
そうさ。
何に、気をつけなければいけないのでしょうか。
あたしの交渉のルールは簡単。嘘をつくな、だけさ。嘘をつくな、ということはわかるかい?。単純にあんたが嘘をつくのもダメだし、たとえあんたが本当のことを言っていたとしても、あたしが嘘だと思えばそれは、あんたが嘘をついた、ことになる。だから、気をつけて話しな。脅すわけじゃあないが、あたしはこう見えて盗賊稼業だ。仕事のルールを踏みにじられた時には、相応のことをやらせてもらうよ。ま、幸いあんたは嘘がヘタだ、本当のことだけを素直に喋りゃいいんだ。
マリネから何度かきいたことがあるような盗賊のルールだった。ひょっとしたらずいぶん前からマリネはこの女と知り合い以上の関係があったのかもしれないと、疑心に満ちる私は思い、苦しくなった。私はこの女を頼るしかないのか。ひょっとしたらマリネの、今の、彼女であり、マリネの浮気相手だったかもしれないこの女に。だけど、
わかったかい?
考える時間もなく盗賊は確認を求め、私は、
わかりました。
と、こたえるしかなかった。
じゃあもう一度いうよ。泊まるところは決まっているのかい?
私は慎重にルールに当てはまる言葉を選んだ。
決まってはいませんが、どこかのホテルに泊まる予定です。
私がそう言うと、
上出来。
と、盗賊はいった。
いつまで家に帰らないんだい?
盗賊の質問に、私は何とこたえてよいか迷った。
わからないってことかい?
はい。
へえ。じゃあ質問をかえよう。そうだねえ。……おっと、
盗賊は話の途中で小柄な体をくるりとひねり、後ろを向いて時計を見た。辺りはもう暗くなっているだろう。
まっすぐになった盗賊は、
じっくり探ってみたいけど、そんな時間はなさそうだ。ずばりきいてやることにする。
と、いって、少し苦笑いを浮かべた。
トッツクポーリにでも行くつもりかい?
私は、はい、とこたえた。
やっぱりねえ。その理由は?
私は、マリネがトッツクポーリにいる気がするから、とこたえた。
へえ、
とだけ盗賊はいって、何かを考えているようだ。
少しして、盗賊は、
勇者部隊に参加するつもりか?、
と、いった。
私は、はい、とこたえた。
盗賊はそれをきくと、三週間後の招集についての展望を語った。
曰く、今回は前回と違い、駆けつける人間もそう多くはならないだろう。だから最初に提出する書類さえ、造って、しまえば、中身が戦いのシロウトでも正式に部隊の一員として認められる可能性は高い。国にしてみれば次のことも考えて、できるだけ多くの人間を送り出したいと考えるに違いない、
ということだった。最後に盗賊は、まあ参加しようとする者が少し考えりゃ誰でもそう思うだろうけど、と加えた。私はそんなことを少しも考えていなかった。
あんたはもう…きくだけヤボだね。
そう言うと盗賊は、カバンから紙とペンを取りだして何か書きはじめた。
そのワインとぶどうジュースはタダだが、こっちはちゃんとお金をもらうよ。
書きながら盗賊はひとり言のようにつぶやいた。
私はまた、はい、とこたえた。
情報と身分偽造と、それからおまけに三週間気軽に、しかもいろいろと安全に泊まれるところもつけてやろう。どれも、在庫、で済むからね。特別に安くしとくよ。
盗賊は書きおわると、私に紙を差し出した。紙には、武道家についての情報等の値段が書かれていた。私は情報や身分偽造の相場は知らないが、食費さえも含まれる宿泊代は格安といえた。トータルでみても、充分に手持ちの金で払える金額だった。
どこかのホテルに泊まると言ったけど、もし家族やら誰かがあんたを探すことになったら見つからない自信はあるのかい?。家出捜索にゃ本腰を入れてないといっても警察が動けば、ある程度以上ちゃんとしたホテルにいたらまず見つかるよ。動くのが警察だけならまだしも、っと、まあそれはいい。かといってちゃんとしてないとこに泊まったら今日の二の舞になりかねないねえ。
盗賊はニヤリと笑う。私はぴくりと体をふるわせた。
ははっ、さっきのは気にしないこったね。ああやって人をからかう人間もここらにゃ少なくない。
私が気にしたのはさっきの出来事ではなく、盗賊が言った、動くのが警察だけならまだしも、の部分だ。家出の捜索に警察以外の誰が、話の筋からみるに警察以上の能力を持った誰が、私の行動理由を知らない者から見れば単なる家出人の私を捜すというのか。なぜそんなことを盗賊は言ったのか。盗賊は知っているからに違いない。私が知っていることを。私がマリネからきかされた国の秘密のことを。
これでお願いします。
私は盗賊の示したとおりにすることにした。
いま払えるかい?。
私はカバンから金の入った銀行名が刻印された袋を取り出した。
言っておくけど、これはあたしのこだわりみたいなもんでさ、金があたしに渡った時点で、やっぱり違うところに泊まりたいとか、他のやつに偽造を頼むとか、そういったキャンセルはさせないよ。といっても、安心しな。その代わり誰よりも確実な仕事をさせてもらう。
わかりました。
私は代金を支払った。盗賊はすぐさま勘定にはいり、
武道家についてききたいことがあるなら言いな、
と、いった。
あなたはマリネとつきあっているのですか?
最初にそれかい?、別にいいけどさ、もっと知ってためになることをきいた方がいいと思うんだけどねえ。
盗賊はあごを引いて、声こそ出さないが顔をくしゃりと崩した。確かに盗賊の言うとおりだと思い、私は一瞬恥ずかしくなったが、すぐにこれも大事なことだと考えるに至った。
どうなのですか?
ああ、悪い。つきあっていないよ。ふふっ。
ふたりはどういった関係なのですか?
そりゃ仕事を依頼してきたやつとそれを受けたやつって関係さ。ふふっ。もっとはっきりいいなよ。
…肉体関係はあるのですか?
…仮に、あたしとあいつがやっているとしても、それをちょっと前まであいつの恋人だったあんたがどうしようもないぐらい気に食わない気持ちになったとしても、だ。あんたは三週間、あたしの指定した場所で宿泊してもらうし、あたしの助けでトッツクポーリにいけるかもしれないんだ。恋人の情婦に助けられる、その覚悟があってきいているのかい?。いまなら質問を撤回できるよ。
盗賊は私を下からにらみつけるようにじっと見すえながら言った。
…いま、覚悟を持ちました。
想像するだけでいやだ。もしそうだとしたら、これ以上ないぐらい屈辱だ。耐えられるか、わからない。自分に折り合いをつけられるか、わからない。覚悟なんかないかもしれない。でもそれ以上に知りたい。
いいね。ぞくぞくするよ。その感じ。
盗賊はニンマリとして、胸を数回さすった。
それで、どうなのですか?
ないよ。やってない。あたしは客や同業者と寝ないことにしているんだ。あんたと違ってねえ。
言い終わって、あはははは、と、高い声に比してどこか湿った笑い声をあげる盗賊を、私はただ見ていることしかできなかった。
盗賊は短くこたえた。
私が、なにを?、と言う前に、
そんなかっこして、ほんとに家でも出てきたのかい?
と、いって、盗賊はきゅっと笑った。笑う彼女の顔はほんとうにかわいく、よく見るとどこか凛とした強さが感じられた。
家は、出てきたも同然です。
ふうん。そっか。
盗賊はそう言うと、手酌で勝手に飲みなよ、と私の前にある空のグラスをあごで指した。私は自分が言ったことが、家を出てきたも同然、という言葉に、家を出てきた、という現実を感じていた。なんともバカらしいことだけど。
安心しなよ、お金はいらないから。
盗賊は酒を飲む気配を見せない私に、少しイラついているかのようだった。しかたなく、私はグラスにワインを注いだ。
家を出た、か。行くあてはあるのかい?
くっ、とのどにワインを流しこむ私をじっと盗賊は見ていた。
いえ、いや、あります。
ははっ、どうやらなさそうだねえ。
盗賊はそう言うと、確かにわかりやすい娘だ、といい、ポッケからタバコを取りだした。やっぱりマリネと一緒の銘柄だった。
以前から同じタバコなんですか?
私の質問に盗賊はまた、ほんとわかりやすい、とこたえ、
違うよ、と、鼻で笑った。
バカにされているからか、はぐらかされている焦りからか、私は盗賊にイライラしてきた。盗賊に、ではないのかもしれない。手の届く先にあるご馳走を掴み取ろうとしない自分に、なのかもしれない。このままではいけない。腹の探り合い、いや、盗賊に様子見を決め込まれては困る。時間も惜しい。ここまできて私は、待つ、を選択するのか。もう待つのはいやだ。進まなければ。掴み取らなければ。私は早く確信に至らなければならない。
あなたはマリネの
私が覚悟を決めて言おうとした言葉を最後まで盗賊はきかなかった。
その前に、
そういって私を制した盗賊は、一度大きく息を吐いた。
その前に?
いいかい?、今さっきあんたが言おうとしたことはあたしとの、交渉、に値するもんだ。気をつけて話しな。
交渉、ですか。
そうさ。
何に、気をつけなければいけないのでしょうか。
あたしの交渉のルールは簡単。嘘をつくな、だけさ。嘘をつくな、ということはわかるかい?。単純にあんたが嘘をつくのもダメだし、たとえあんたが本当のことを言っていたとしても、あたしが嘘だと思えばそれは、あんたが嘘をついた、ことになる。だから、気をつけて話しな。脅すわけじゃあないが、あたしはこう見えて盗賊稼業だ。仕事のルールを踏みにじられた時には、相応のことをやらせてもらうよ。ま、幸いあんたは嘘がヘタだ、本当のことだけを素直に喋りゃいいんだ。
マリネから何度かきいたことがあるような盗賊のルールだった。ひょっとしたらずいぶん前からマリネはこの女と知り合い以上の関係があったのかもしれないと、疑心に満ちる私は思い、苦しくなった。私はこの女を頼るしかないのか。ひょっとしたらマリネの、今の、彼女であり、マリネの浮気相手だったかもしれないこの女に。だけど、
わかったかい?
考える時間もなく盗賊は確認を求め、私は、
わかりました。
と、こたえるしかなかった。
じゃあもう一度いうよ。泊まるところは決まっているのかい?
私は慎重にルールに当てはまる言葉を選んだ。
決まってはいませんが、どこかのホテルに泊まる予定です。
私がそう言うと、
上出来。
と、盗賊はいった。
いつまで家に帰らないんだい?
盗賊の質問に、私は何とこたえてよいか迷った。
わからないってことかい?
はい。
へえ。じゃあ質問をかえよう。そうだねえ。……おっと、
盗賊は話の途中で小柄な体をくるりとひねり、後ろを向いて時計を見た。辺りはもう暗くなっているだろう。
まっすぐになった盗賊は、
じっくり探ってみたいけど、そんな時間はなさそうだ。ずばりきいてやることにする。
と、いって、少し苦笑いを浮かべた。
トッツクポーリにでも行くつもりかい?
私は、はい、とこたえた。
やっぱりねえ。その理由は?
私は、マリネがトッツクポーリにいる気がするから、とこたえた。
へえ、
とだけ盗賊はいって、何かを考えているようだ。
少しして、盗賊は、
勇者部隊に参加するつもりか?、
と、いった。
私は、はい、とこたえた。
盗賊はそれをきくと、三週間後の招集についての展望を語った。
曰く、今回は前回と違い、駆けつける人間もそう多くはならないだろう。だから最初に提出する書類さえ、造って、しまえば、中身が戦いのシロウトでも正式に部隊の一員として認められる可能性は高い。国にしてみれば次のことも考えて、できるだけ多くの人間を送り出したいと考えるに違いない、
ということだった。最後に盗賊は、まあ参加しようとする者が少し考えりゃ誰でもそう思うだろうけど、と加えた。私はそんなことを少しも考えていなかった。
あんたはもう…きくだけヤボだね。
そう言うと盗賊は、カバンから紙とペンを取りだして何か書きはじめた。
そのワインとぶどうジュースはタダだが、こっちはちゃんとお金をもらうよ。
書きながら盗賊はひとり言のようにつぶやいた。
私はまた、はい、とこたえた。
情報と身分偽造と、それからおまけに三週間気軽に、しかもいろいろと安全に泊まれるところもつけてやろう。どれも、在庫、で済むからね。特別に安くしとくよ。
盗賊は書きおわると、私に紙を差し出した。紙には、武道家についての情報等の値段が書かれていた。私は情報や身分偽造の相場は知らないが、食費さえも含まれる宿泊代は格安といえた。トータルでみても、充分に手持ちの金で払える金額だった。
どこかのホテルに泊まると言ったけど、もし家族やら誰かがあんたを探すことになったら見つからない自信はあるのかい?。家出捜索にゃ本腰を入れてないといっても警察が動けば、ある程度以上ちゃんとしたホテルにいたらまず見つかるよ。動くのが警察だけならまだしも、っと、まあそれはいい。かといってちゃんとしてないとこに泊まったら今日の二の舞になりかねないねえ。
盗賊はニヤリと笑う。私はぴくりと体をふるわせた。
ははっ、さっきのは気にしないこったね。ああやって人をからかう人間もここらにゃ少なくない。
私が気にしたのはさっきの出来事ではなく、盗賊が言った、動くのが警察だけならまだしも、の部分だ。家出の捜索に警察以外の誰が、話の筋からみるに警察以上の能力を持った誰が、私の行動理由を知らない者から見れば単なる家出人の私を捜すというのか。なぜそんなことを盗賊は言ったのか。盗賊は知っているからに違いない。私が知っていることを。私がマリネからきかされた国の秘密のことを。
これでお願いします。
私は盗賊の示したとおりにすることにした。
いま払えるかい?。
私はカバンから金の入った銀行名が刻印された袋を取り出した。
言っておくけど、これはあたしのこだわりみたいなもんでさ、金があたしに渡った時点で、やっぱり違うところに泊まりたいとか、他のやつに偽造を頼むとか、そういったキャンセルはさせないよ。といっても、安心しな。その代わり誰よりも確実な仕事をさせてもらう。
わかりました。
私は代金を支払った。盗賊はすぐさま勘定にはいり、
武道家についてききたいことがあるなら言いな、
と、いった。
あなたはマリネとつきあっているのですか?
最初にそれかい?、別にいいけどさ、もっと知ってためになることをきいた方がいいと思うんだけどねえ。
盗賊はあごを引いて、声こそ出さないが顔をくしゃりと崩した。確かに盗賊の言うとおりだと思い、私は一瞬恥ずかしくなったが、すぐにこれも大事なことだと考えるに至った。
どうなのですか?
ああ、悪い。つきあっていないよ。ふふっ。
ふたりはどういった関係なのですか?
そりゃ仕事を依頼してきたやつとそれを受けたやつって関係さ。ふふっ。もっとはっきりいいなよ。
…肉体関係はあるのですか?
…仮に、あたしとあいつがやっているとしても、それをちょっと前まであいつの恋人だったあんたがどうしようもないぐらい気に食わない気持ちになったとしても、だ。あんたは三週間、あたしの指定した場所で宿泊してもらうし、あたしの助けでトッツクポーリにいけるかもしれないんだ。恋人の情婦に助けられる、その覚悟があってきいているのかい?。いまなら質問を撤回できるよ。
盗賊は私を下からにらみつけるようにじっと見すえながら言った。
…いま、覚悟を持ちました。
想像するだけでいやだ。もしそうだとしたら、これ以上ないぐらい屈辱だ。耐えられるか、わからない。自分に折り合いをつけられるか、わからない。覚悟なんかないかもしれない。でもそれ以上に知りたい。
いいね。ぞくぞくするよ。その感じ。
盗賊はニンマリとして、胸を数回さすった。
それで、どうなのですか?
ないよ。やってない。あたしは客や同業者と寝ないことにしているんだ。あんたと違ってねえ。
言い終わって、あはははは、と、高い声に比してどこか湿った笑い声をあげる盗賊を、私はただ見ていることしかできなかった。
勇者と段々崩壊していく世界
旧街道沿いの建物に、女の子は入っていった。駆け足で近づくと、そこは酒場だった。おそらくは開店前の、普段の私なら絶対に足を踏み入れないさびれた店構えだ。
私にはこのさびれた店構えが、裏社会の入口にみえた。入ったらもう二度と出てこれないような感覚になる。だけど、入らなければ。これが最後のチャンスになるかもしれない。それにもう、待つ、のはいやだ。
意を決して、私は店にはいる。扉を開けると、カランコロンと外観に似つかわしくない鈴の音が鳴った。私の想像していたより綺麗で、掃除が行き届いていそうな店内には、客席に二人組の男と、カウンター内にマスターらしき人物しかいなかった。
いらっしゃい。
マスターらしき人物は、私と目があうと少し間をおいてから、しょうがないなとばかりぶっきらぼうに言った。私は、なんだかマヌケだけど、一応の歓迎の言葉に少し安心した。それは店が開店していることだったり、普通の酒場と違わず客として迎えてくれたことに準拠する。
酒場の止まり木に足を据える前に、私は、
いま女の子が店に入ってきたと思うのですが。
と、マスターに語りかけた。
それを聞くとマスターはふいと店内を見渡した。私もつられて店内を見た。二人組の男達が私をじろっと見ていた。
そんな子はいないようだが。
店内を一瞥したマスターはいった。
そんなはずはありません。わたしちゃんとこちらに入っていくのを見ました。
私は食い下がった。
悪いねお嬢さん。私はさっきまでちょっと裏にまわって準備をしていたんでね、女の子が入ってきたかは見ていないんだ。ただここにいないということは、その子は来ていないよ。来客をしらせる入口の鈴も鳴ってないしね。
それでも、私はちゃんと見たんです。間違いありません。
なおも私は食い下がった。マスターとの水掛け論が何回か続いた。マスターと先の見えないやりとりを続けていると、
嬢ちゃん、ここは酒場だぜ。何か口に出す前に、酒を口にいれな。
と、二人組の男のひとり、小太りで前歯のない男が私にいってきた。マスターは一瞬じろりと男の方をにらむと、ご注文は?、といった。
アルコールを摂取する気分になれなかった私はぶどうジュースを頼んだ。前歯のない男が、笑った拍子に酒でも詰まらせたのだろう、せき込む声が静かな店内にこだました。私はムッとした。
ぶどうジュースを取りに、マスターは店の奥へと引っ込んでいった。同時に二人組の男がこちらにやってきて、座りなよ、といった。逃げだしたくなったけど、逃げるわけにもいかないので、私はカウンターに腰掛けた。
で、家出娘がこんな場所に何のようだ?
小太りではなく、私の隣に座った痩せてぎょろりとした目の男の方が問いかけてきた。このとき私は自分のかっこが家出娘のそれみたいだとはじめて気がついた。
こんな場所とはどういうことですか?
私がそう言うと、小太りの男は、今度はちゃんと笑い声をあげた。
笑う男を制して、痩せた男が、
人を探しているみたいだな。
と、いい、私が何か言う前に、
話をつけてきやってもいい。
と、つづけた。
マスターが戻ってきて、ぶどうジュースを持ってきた。マスターはそのまま私の席から離れていった。バトンタッチということだろうか。お代の請求はされなかった。
どういうことですか?
あんたのいう女の子のことなら知ってるぜ。会わせることも可能だ。
本当ですか!?
私は素っ頓狂な声を出した。少し間をおいてまた小太りが笑う。
報酬次第だ。わかってるんだろ?、俺らがどんな種類の人間か。ここがどんな場所か。そんな反応してたぜ。ここに入ってきた時からずっと。
痩せた男が私をねめつけてきた。奥でそっと小太りが立ち上がり、私を見てニヤリとすると、入口の方へ歩いて行った。
お金なら少しあります。
ははっ、と痩せた男は笑って、
話が早くて助かる。
と、いった。
いくらで彼女に会わせてくれますか?
最近まとまった金が手に入ったんだ。
痩せた男はそういいかえして、私をねめつけている視線を下げた。首筋に、胸元に、胸に、腰に。
金はあるんだ。こっちが払ってもいいぐらいな。あとは、わかるだろ?
はっとした私が入口をみると、小太りがニヤニヤと下卑た笑みを浮かべて私を見下ろしていた。いつの間にかマスターの姿は消えていた。
何も言葉が出てこない私に、痩せた男が言った。
ここは出会いの酒場。俺達みたいにさびしーい男と、カモとのな。
痩せた男が私の手を握った。振りほどこうとしたけれど、見た目以上に男の力が強く、できなかった。
ちゃんと仕事はするよ。ただ抵抗はするなよ。会わせてやらないぞ。
男はそう言って私の体を強引に横にまわした。正面になると、片手で私の髪を掴み、空いた手で自分のズボンのベルトをカチャカチャとはずしにかかった。
まずは口だ。なあに、心配するな。そのあとちゃんとあんたも気持ち良くしてやる。
そう言うと、痩せた男はぐいと私の顔を太ももに押しあて、抑えつけた。私は、ひぃ、とか、やだ、とか、そんなことを口に出していたと思う。
歯を立てたら殺すからな。
痩せた男は股間からボロンとそれを出し、ぐいと私の顔を上げさせると、ニヤリと笑う自身の顔を私に見せつけた。涙で視界がゆがんで、よくは見えなかったけど。
やられるんだ。今から私は。…でも。
小太りの男の、ひひひ、という笑い声が脳内にこだました。
その時、そのぐらいでいいだろ、と、女の声がした。
痩せた男はその声を聞くと、すぐに私を抑えつけていた手を離し、チャカチャカと股間部をもとにしまった。
声の主は私のすぐ近くにきていた。あの女の子だった。
やあ、まさかこんなとこにまで来るとは思えなかったがねえ。私が盗賊だ。
女の子は真顔で私にいった。そして少し私をじっと観察したのち、
安心しなよ。こいつら女に興味はないから。
と、くすくす笑った。
女の子は男達を店から追い出すと、マスターにワインを頼んだ。
なあ、言われた通りにからかってやったけど結局あの娘はあねさんのなんだったんだ?
さあな。タバコが変わったことに関係があることぐらいしかわからねえ。
そうだよなあ。わかりやすい癖もあるもんだ。復讐か?
単にからかってやりたかっただけじゃないか?、いずれにせよ、あねさんのそういうとこには深く関わらん方が身のためだ。
そうだなあ…。怖いもんな、あねさんは…。
マスターは何事もなかったかのようにグラスを磨きあげている。女の子はマスターに、何か二言三言つげると、グラスとワインボトルを持って茫然とする私を調理場の奥へとさそった。
調理場の奥には店員の控え室の他に、広くはないがベッドと机とソファのある、むしろそれ以外には明かりしかない部屋があった。あたしの部屋さ、もう出払うがね、と、盗賊はいった。
マリネという武道家をご存知ですよね?
落ち着いてきた私は、ベッドに腰掛けワインを飲んでいる盗賊にきいた。私の盗賊に対する第一声だった。
私にはこのさびれた店構えが、裏社会の入口にみえた。入ったらもう二度と出てこれないような感覚になる。だけど、入らなければ。これが最後のチャンスになるかもしれない。それにもう、待つ、のはいやだ。
意を決して、私は店にはいる。扉を開けると、カランコロンと外観に似つかわしくない鈴の音が鳴った。私の想像していたより綺麗で、掃除が行き届いていそうな店内には、客席に二人組の男と、カウンター内にマスターらしき人物しかいなかった。
いらっしゃい。
マスターらしき人物は、私と目があうと少し間をおいてから、しょうがないなとばかりぶっきらぼうに言った。私は、なんだかマヌケだけど、一応の歓迎の言葉に少し安心した。それは店が開店していることだったり、普通の酒場と違わず客として迎えてくれたことに準拠する。
酒場の止まり木に足を据える前に、私は、
いま女の子が店に入ってきたと思うのですが。
と、マスターに語りかけた。
それを聞くとマスターはふいと店内を見渡した。私もつられて店内を見た。二人組の男達が私をじろっと見ていた。
そんな子はいないようだが。
店内を一瞥したマスターはいった。
そんなはずはありません。わたしちゃんとこちらに入っていくのを見ました。
私は食い下がった。
悪いねお嬢さん。私はさっきまでちょっと裏にまわって準備をしていたんでね、女の子が入ってきたかは見ていないんだ。ただここにいないということは、その子は来ていないよ。来客をしらせる入口の鈴も鳴ってないしね。
それでも、私はちゃんと見たんです。間違いありません。
なおも私は食い下がった。マスターとの水掛け論が何回か続いた。マスターと先の見えないやりとりを続けていると、
嬢ちゃん、ここは酒場だぜ。何か口に出す前に、酒を口にいれな。
と、二人組の男のひとり、小太りで前歯のない男が私にいってきた。マスターは一瞬じろりと男の方をにらむと、ご注文は?、といった。
アルコールを摂取する気分になれなかった私はぶどうジュースを頼んだ。前歯のない男が、笑った拍子に酒でも詰まらせたのだろう、せき込む声が静かな店内にこだました。私はムッとした。
ぶどうジュースを取りに、マスターは店の奥へと引っ込んでいった。同時に二人組の男がこちらにやってきて、座りなよ、といった。逃げだしたくなったけど、逃げるわけにもいかないので、私はカウンターに腰掛けた。
で、家出娘がこんな場所に何のようだ?
小太りではなく、私の隣に座った痩せてぎょろりとした目の男の方が問いかけてきた。このとき私は自分のかっこが家出娘のそれみたいだとはじめて気がついた。
こんな場所とはどういうことですか?
私がそう言うと、小太りの男は、今度はちゃんと笑い声をあげた。
笑う男を制して、痩せた男が、
人を探しているみたいだな。
と、いい、私が何か言う前に、
話をつけてきやってもいい。
と、つづけた。
マスターが戻ってきて、ぶどうジュースを持ってきた。マスターはそのまま私の席から離れていった。バトンタッチということだろうか。お代の請求はされなかった。
どういうことですか?
あんたのいう女の子のことなら知ってるぜ。会わせることも可能だ。
本当ですか!?
私は素っ頓狂な声を出した。少し間をおいてまた小太りが笑う。
報酬次第だ。わかってるんだろ?、俺らがどんな種類の人間か。ここがどんな場所か。そんな反応してたぜ。ここに入ってきた時からずっと。
痩せた男が私をねめつけてきた。奥でそっと小太りが立ち上がり、私を見てニヤリとすると、入口の方へ歩いて行った。
お金なら少しあります。
ははっ、と痩せた男は笑って、
話が早くて助かる。
と、いった。
いくらで彼女に会わせてくれますか?
最近まとまった金が手に入ったんだ。
痩せた男はそういいかえして、私をねめつけている視線を下げた。首筋に、胸元に、胸に、腰に。
金はあるんだ。こっちが払ってもいいぐらいな。あとは、わかるだろ?
はっとした私が入口をみると、小太りがニヤニヤと下卑た笑みを浮かべて私を見下ろしていた。いつの間にかマスターの姿は消えていた。
何も言葉が出てこない私に、痩せた男が言った。
ここは出会いの酒場。俺達みたいにさびしーい男と、カモとのな。
痩せた男が私の手を握った。振りほどこうとしたけれど、見た目以上に男の力が強く、できなかった。
ちゃんと仕事はするよ。ただ抵抗はするなよ。会わせてやらないぞ。
男はそう言って私の体を強引に横にまわした。正面になると、片手で私の髪を掴み、空いた手で自分のズボンのベルトをカチャカチャとはずしにかかった。
まずは口だ。なあに、心配するな。そのあとちゃんとあんたも気持ち良くしてやる。
そう言うと、痩せた男はぐいと私の顔を太ももに押しあて、抑えつけた。私は、ひぃ、とか、やだ、とか、そんなことを口に出していたと思う。
歯を立てたら殺すからな。
痩せた男は股間からボロンとそれを出し、ぐいと私の顔を上げさせると、ニヤリと笑う自身の顔を私に見せつけた。涙で視界がゆがんで、よくは見えなかったけど。
やられるんだ。今から私は。…でも。
小太りの男の、ひひひ、という笑い声が脳内にこだました。
その時、そのぐらいでいいだろ、と、女の声がした。
痩せた男はその声を聞くと、すぐに私を抑えつけていた手を離し、チャカチャカと股間部をもとにしまった。
声の主は私のすぐ近くにきていた。あの女の子だった。
やあ、まさかこんなとこにまで来るとは思えなかったがねえ。私が盗賊だ。
女の子は真顔で私にいった。そして少し私をじっと観察したのち、
安心しなよ。こいつら女に興味はないから。
と、くすくす笑った。
女の子は男達を店から追い出すと、マスターにワインを頼んだ。
なあ、言われた通りにからかってやったけど結局あの娘はあねさんのなんだったんだ?
さあな。タバコが変わったことに関係があることぐらいしかわからねえ。
そうだよなあ。わかりやすい癖もあるもんだ。復讐か?
単にからかってやりたかっただけじゃないか?、いずれにせよ、あねさんのそういうとこには深く関わらん方が身のためだ。
そうだなあ…。怖いもんな、あねさんは…。
マスターは何事もなかったかのようにグラスを磨きあげている。女の子はマスターに、何か二言三言つげると、グラスとワインボトルを持って茫然とする私を調理場の奥へとさそった。
調理場の奥には店員の控え室の他に、広くはないがベッドと机とソファのある、むしろそれ以外には明かりしかない部屋があった。あたしの部屋さ、もう出払うがね、と、盗賊はいった。
マリネという武道家をご存知ですよね?
落ち着いてきた私は、ベッドに腰掛けワインを飲んでいる盗賊にきいた。私の盗賊に対する第一声だった。
勇者と段々崩壊していく世界
約束したわけではないけれど、家族に一週間旅行に行くと残してたからには、一度家に帰らなくてはならない。どうせ仕事休んだことママにうるさく言われるんだろうな。
昼頃、自宅に戻ると、誰もいなかった。ママは買い物にでも行っているのだろうか。私はママとの話の流れで、このうちを出て行かなければならなくなった場合、勘当された場合にそなえることにした。一週間世話になった仕事着を脱ぎ捨て、そそくさと私服に着替える。必要最低限の物をカバンに詰め込もうとすると、玄関の鍵をいじくる音がした。ママが帰ってきた。タイミングの悪いことだ。
ウシ、いるの!?
玄関がひらく音がしたと思った次の瞬間に、ママの怒声がきこえた。どくんと、その声量を聴いた私の体が脈をうつ。
いないよー、と、マリネみたいに平然と言えたらなあ、と頭に浮かんだ。たぶん心がバランスを保つためにそんなバカなことを思いついたんだ。
私が何か返事をする前に、ママと顔を合わすことになる。ママは私をにらむ。眉尻を吊り上げ、眉間にシワをよせて、口を、いー、の形にして歯を少し見せ震わせている。どうしようもないほど怒っている時にママがみせる顔だ。こうなると、私がなにを言っても通じない。
勘当、されるのかな。そんなことを思いながら、私はママと目を合わせた。その瞬間、ママの顔から怒りの表情が消えた。怒りがきえ、焦燥しているような、不安な、今にも泣き出してしまいそうな顔になった。私にはなにが起こったのかわからなかった。
少し前に会社の人が来たよ。
ママは一度私から視線をきると、淡々と言った。
誰?
ママは返事をせずにリビングへ向かうと、ガサゴソと何かを探しだし、私に差し出した。上司の名刺だった。
あー、来たんだ。
私は、他人がきけばひどくのんきに聞こえる調子でいった。
すごく、
と、言ったあと、ママはすこしタメて、
…心配していたよ。
と、いった。ママの目が赤くなっているのを私は見た。
へえ。まあ無断で休んだんだからそうなるよね。
また私はひどくのんきな調子でいった。いつものママなら激怒して私に文句を浴びせる、いやもっと、こんなことをしたのだから、私のことを殴りつけるぐらいはしてもいいだろうに、ママは、
まあもういいけどさ、どこ行ってたの?、旅行楽しかった?
と、いった。ママの声は所々裏がえっていた。私はその声をきいて少しつらくなった。
楽しかったよ。遠出をしたわけじゃないけど。
私は今まで一度も注視して見たことのない部屋の片隅を見ながら言った。
マリネ君とだよね?
…そう。ふたりで。
まったくこの子は何を考えているのやら。
ママはニヤリと笑って、
マリネ君が許してくれたのなら良かったじゃない。
と、続けた。
それから、はっとした顔をして、ママはそそくさと台所に向かった。考える前に口に出してしまう私の性格は、このママ譲りなのだ。
よかった。
とだけ、私はかえした。
ママはとりつくろうように、
あーあ、これでマリネ君が、娘さんをください、って挨拶してきた時に断れなくなっちゃった。
と、明るい声でいった。私が何も返事を返さないので、続けて、
マリネ君ってほんとに強かったんだねえ。
と、言った。瞬発的に私は、
強いよ、すごく…。
と、声にだした。
その気があれば、一国相手にしても私を守りきれるぐらい、すごく。その気があれば…。
私は心の中でそう続けた。
ママが溜まっていなかったはずのシンクの片づけを終わらすと、パートに行くね、と出ていった。今日はもうどこにも行かないんでしょ?、と私に念をおすことはわすれなかった。
行かないよ、とだけ返事をしたけど、私にその気はなかった。ママが私に気を使っている。きっとパパはそれ以上に私に気を使うだろう。それは問答無用で怒られると思っていた私にはうれしい誤算だったけど、いっそ怒られてしまって、勘当されたほうが楽だったかもしれないと思えるほど、つらかった。パパとママとこのまま一緒に食卓を囲むのは、想像してみると、とても居心地が悪い。私のせいなのだけれど。
私は、必要最低限の物をカバンに詰め込んで、家を出た。
しばらく帰らないけど、まあちゃんと一緒だから大丈夫。少ししたら手紙を書きます。
とだけ書置きを残して。
行くあてはないけど、ヒントはある。マリネが見つからないなら、マリネが接触したであろう盗賊を探せばいい。そのことには少し前から気がついていた。けど、裏社会にいる人との接触は怖くて、それ以外の方法で何も見つからなかったらそうしよう、と避けてきた。でも、もう大丈夫だ。三週間後に王城へ、トッツクポーリへ行くことに比べれば、どうということもない。それに、私の身分も、マリネと同じく、偽造してもらう必要がある。
私は歓楽街へ向かった。盗賊や裏社会に詳しくない私は、そういったものイコール歓楽街、だとの認識があるし、マリネが私と歓楽街に行きたがらなかったのは、マリネがそういった繋がりから私を遠ざけるためだったのかもしれないと思ったからだ。
歓楽街に着いたはいいけど、見た目も、性別も知らないマリネの知り合いの盗賊を人いきれの中から見つけ出すことなど不可能だ。無知な私には同業者を見分けることすら難しい。私はなんとなく、自身のイメージに従って、表通りから裏道へと歩いていった。
旧街道まで出ると、まだ暗くなっていないのに、歓楽街の空気が少し澱んでいるように感じた。いや、なまじ外が明るいだけに、一昔前の華やかさに埃をかぶした旧街道の景色がまじまじと見え、一層強くそう感じたのだろう。だけどこの澱みの中にこそ、私が探しているものが生息しているに違いない。
きょろきょろと辺りに何かないかと探しながら歩いていると、思いの外かんたんに、すんなりと、私はヒントを見つけた。
女の子だ。道の向こうに女の子がいる。マリネの部屋のベランダをのぞこうとした時に見た、あの女の子だ。
昼頃、自宅に戻ると、誰もいなかった。ママは買い物にでも行っているのだろうか。私はママとの話の流れで、このうちを出て行かなければならなくなった場合、勘当された場合にそなえることにした。一週間世話になった仕事着を脱ぎ捨て、そそくさと私服に着替える。必要最低限の物をカバンに詰め込もうとすると、玄関の鍵をいじくる音がした。ママが帰ってきた。タイミングの悪いことだ。
ウシ、いるの!?
玄関がひらく音がしたと思った次の瞬間に、ママの怒声がきこえた。どくんと、その声量を聴いた私の体が脈をうつ。
いないよー、と、マリネみたいに平然と言えたらなあ、と頭に浮かんだ。たぶん心がバランスを保つためにそんなバカなことを思いついたんだ。
私が何か返事をする前に、ママと顔を合わすことになる。ママは私をにらむ。眉尻を吊り上げ、眉間にシワをよせて、口を、いー、の形にして歯を少し見せ震わせている。どうしようもないほど怒っている時にママがみせる顔だ。こうなると、私がなにを言っても通じない。
勘当、されるのかな。そんなことを思いながら、私はママと目を合わせた。その瞬間、ママの顔から怒りの表情が消えた。怒りがきえ、焦燥しているような、不安な、今にも泣き出してしまいそうな顔になった。私にはなにが起こったのかわからなかった。
少し前に会社の人が来たよ。
ママは一度私から視線をきると、淡々と言った。
誰?
ママは返事をせずにリビングへ向かうと、ガサゴソと何かを探しだし、私に差し出した。上司の名刺だった。
あー、来たんだ。
私は、他人がきけばひどくのんきに聞こえる調子でいった。
すごく、
と、言ったあと、ママはすこしタメて、
…心配していたよ。
と、いった。ママの目が赤くなっているのを私は見た。
へえ。まあ無断で休んだんだからそうなるよね。
また私はひどくのんきな調子でいった。いつものママなら激怒して私に文句を浴びせる、いやもっと、こんなことをしたのだから、私のことを殴りつけるぐらいはしてもいいだろうに、ママは、
まあもういいけどさ、どこ行ってたの?、旅行楽しかった?
と、いった。ママの声は所々裏がえっていた。私はその声をきいて少しつらくなった。
楽しかったよ。遠出をしたわけじゃないけど。
私は今まで一度も注視して見たことのない部屋の片隅を見ながら言った。
マリネ君とだよね?
…そう。ふたりで。
まったくこの子は何を考えているのやら。
ママはニヤリと笑って、
マリネ君が許してくれたのなら良かったじゃない。
と、続けた。
それから、はっとした顔をして、ママはそそくさと台所に向かった。考える前に口に出してしまう私の性格は、このママ譲りなのだ。
よかった。
とだけ、私はかえした。
ママはとりつくろうように、
あーあ、これでマリネ君が、娘さんをください、って挨拶してきた時に断れなくなっちゃった。
と、明るい声でいった。私が何も返事を返さないので、続けて、
マリネ君ってほんとに強かったんだねえ。
と、言った。瞬発的に私は、
強いよ、すごく…。
と、声にだした。
その気があれば、一国相手にしても私を守りきれるぐらい、すごく。その気があれば…。
私は心の中でそう続けた。
ママが溜まっていなかったはずのシンクの片づけを終わらすと、パートに行くね、と出ていった。今日はもうどこにも行かないんでしょ?、と私に念をおすことはわすれなかった。
行かないよ、とだけ返事をしたけど、私にその気はなかった。ママが私に気を使っている。きっとパパはそれ以上に私に気を使うだろう。それは問答無用で怒られると思っていた私にはうれしい誤算だったけど、いっそ怒られてしまって、勘当されたほうが楽だったかもしれないと思えるほど、つらかった。パパとママとこのまま一緒に食卓を囲むのは、想像してみると、とても居心地が悪い。私のせいなのだけれど。
私は、必要最低限の物をカバンに詰め込んで、家を出た。
しばらく帰らないけど、まあちゃんと一緒だから大丈夫。少ししたら手紙を書きます。
とだけ書置きを残して。
行くあてはないけど、ヒントはある。マリネが見つからないなら、マリネが接触したであろう盗賊を探せばいい。そのことには少し前から気がついていた。けど、裏社会にいる人との接触は怖くて、それ以外の方法で何も見つからなかったらそうしよう、と避けてきた。でも、もう大丈夫だ。三週間後に王城へ、トッツクポーリへ行くことに比べれば、どうということもない。それに、私の身分も、マリネと同じく、偽造してもらう必要がある。
私は歓楽街へ向かった。盗賊や裏社会に詳しくない私は、そういったものイコール歓楽街、だとの認識があるし、マリネが私と歓楽街に行きたがらなかったのは、マリネがそういった繋がりから私を遠ざけるためだったのかもしれないと思ったからだ。
歓楽街に着いたはいいけど、見た目も、性別も知らないマリネの知り合いの盗賊を人いきれの中から見つけ出すことなど不可能だ。無知な私には同業者を見分けることすら難しい。私はなんとなく、自身のイメージに従って、表通りから裏道へと歩いていった。
旧街道まで出ると、まだ暗くなっていないのに、歓楽街の空気が少し澱んでいるように感じた。いや、なまじ外が明るいだけに、一昔前の華やかさに埃をかぶした旧街道の景色がまじまじと見え、一層強くそう感じたのだろう。だけどこの澱みの中にこそ、私が探しているものが生息しているに違いない。
きょろきょろと辺りに何かないかと探しながら歩いていると、思いの外かんたんに、すんなりと、私はヒントを見つけた。
女の子だ。道の向こうに女の子がいる。マリネの部屋のベランダをのぞこうとした時に見た、あの女の子だ。