問屋町
以前住んでいた家に近くに
「問屋町」という地名の場所がある。
その名の通り問屋街、
卸センター という繊維製品を中心とした
卸問屋が集中している場所である。
wikipediaで見ていると、もともと数箇所に
散らばっていた繊維問屋が合同で作った
問屋街らしいので、非常に整然とした街に
なっていると思う。
しかし、京都の繊維問屋なんかもそうなのだが
屋号が「○○株式会社」という感じで
商事とか産業とかが屋号に入っていないので
何をしている会社なのか判り難くて
結構びっくりすることがある。
そんな街だが、今訪れると、繊維問屋以外に
結構しゃれた飲食店や小売店が出来ているのでびっくりする。
こんなしゃれた店で食事をしていると
怖いおじさんが「しゃれたモン喰うとるやないけ!」と
殴りこんできそうでビビッてしまいそうである。
とはいえ、一度こんな街に事務所でも構えてみたいものである。
いや、何の事務所ではなく、事務所を構えてみたいのだ。
事務所のソファで寝起きするのが密かな夢だから。
ボンネット
携帯のとあるサイトを見ていると
489系金沢車が修学旅行列車で
運転されるという記事を見たので
出かけてみた。
本来、風光明媚な場所で撮影するのがよいのだろうが
何せ鉄ちゃん復活組で、気持ち的にそこまで余裕がないので
湖西線の某駅で撮影することにした。
しかし、この日は寒かった。
しかも、予報に反して雨も降る始末。
何とか列車通過時には雨も上がり
無事撮影することが出来た。
しかし、つい最近まで普通に見られていた
485系とか489系もすっかり見られなくなった。
私が子供のころはブルートレインと並ぶ
あこがれの列車だったのだが・・・。
でも、「感動をありがとう!」などとは思わない。
昔の特急は滅多に乗れない存在だったので、
いまいち印象に残っていないから。
しかしこの某駅「和邇」と書いて「わに」と読むのだが
駅前のショッピングセンターにワニの絵が描いてある。
しかもその名は「アルタ」。
お昼休みはウキウキウォッチング・・とやってるのか?
樅ノ木は残った
と、いうタイトルを付けてみたが
小説とは全く関係ない話であることを
先にお詫びしておく。
以前、埠頭の事を書いていると
何となく嘗て住んでいた神戸の事が
懐かしく思えてきて、大阪に出るついでに
神戸まで足を伸ばしてきた。
大阪で用事を済ませ、難波相合橋の
正宗屋にて軽く景気づけをして、三宮行きの
快速急行に乗り込む。
考えてみたら難波から、神戸まで直に行けるとは
今更ながら時代は変わったものだ。
子供の時にはすでに西大阪延伸線の計画はあったが、
工事は中断されていて、幻の計画だと思っていた。
最寄り駅の阪神青木駅に降り立ったのは
阪神大震災以来ではないかと思う。
まずは海辺の方に向かったが、阪神大震災で
焼失した場所が多く、嘗ての面影は無い。
以前「東神戸フェリーターミナル」として賑わっていた場所は
現在ショッピングセンター になっていて、もはや昔とは違う
場所になっていると思っていた・・・が、
正面に見える建物に「KFC」のマーク、
もしや、と思い近づいてみると、入口に
「神戸フェリーセンター」の文字。
建物は残っていた。思わず感慨に耽って
建物を眺めていた。
少し進むと、昔友人の家に行くときに不思議に思いながら
通った、フェンスのトンネルのある道も残っていた。
正直これだけで満足できた。思い出は残っている、と。
大人になってみると非常に小さく感じること。
それだけ成長したという事なのだろうが、
縦だけではなく、横への成長が著しいのは
由々しき問題であるな・・と。
夜を行く
私の勤務時間は、9:30-18:30または
12:00-21:00までのどちらかになっている。
したがって最近まで、会社を出ると
もう日が暮れてしまっていた。
でも、暗くなってからでも、何となく
写真を撮りたくなることもある。
そんなときは、なんだかんだ言いながら
カメラを持って駅へと向かう。
しかし、デジタルになってから
色々撮影できる範囲が増えたものだと思う。
夜のカットなんて、平気でISO1600とか
3200とかの感度を使用しているが、
フィルム時代は1600でも十分特殊フィルムで
3200に至っては、超特殊フィルムで、
学生時代にどうしても使いたくて、
わざわざ京都のカメラ屋まで買いに言ったものだった。
見えないものが見えるような、
何か自分が神の領域に入ったような気がするが、
家で仕上がりを見ると凹んでしまうのが
関の山なのだが・・・。
しかし、すっかり日も長くなり
明るいうちに帰れるようになってきた。
明るいうちに帰るのも気分がいいものである。
「きたぐに」の春
5月に入って流石に日が長くなってきた。
日が長くなってくると、明け方に出かけて
撮りたくなってくるものがある。
それは「急行 きたぐに」。
特に、縁もゆかりも無い列車なのだが、
憧れの寝台特急を彷彿とさせ、心動かされるものがある。
また、嘗て滋賀県彦根で仕事をしていた時、
たまに徹夜で仕事をして、わざわざこの列車に乗って
帰宅したこともある。
元特急車らしいゆったりとした座席は徹夜明けには
心地よかった。
こっそり入り込んだ寝台車は、狭いながらも旅情を誘う
もので、普段見慣れた車窓も又違った風景に見えた。
一度この列車で旅に出たいものだが、
行き先の新潟が縁もゆかりも無く、
どうもピンと来ない街なので躊躇してしまう。
列車に乗るのが目的の旅は、嫁ハンを納得させにくいし、
一人で行くのは、小遣い制の身に応える。
嗚呼・・。









