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心理コンサルタントの白瀧です。
さて、みなさんは、『偽りの記憶』というのをご存知でしょうか?
簡単に言えば、人は、知らず知らずのうちに、実際には起こっていない出来事や学習していないことを記憶として作り出してしまうというものです。
しかも、本人は、かなりの自信をもって、この『偽りの記憶』を真実だと思って思い出しているのです。
これについては、大学生を対象に興味深い実験が行われています。
まず実験に先駆け、被験者の親から、被験者が2歳~10歳の時期に体験したエピソードを3つ聞き取り調査しておきます。
そして、実験では、実際に体験した3つのエピソードに加えて、「5歳のときに出席した結婚式で走り回っていて、テーブルの上のものをひっくり返し、花嫁の両親に迷惑をかけた」という実際には体験していない偽りのエピソードを1つ使用します。
この実験の目的は、親に確かめておいた幼い頃のエピソードを被験者がどれくらい詳しく思い出せるかを調べることであり、被験者には、これらのエピソード一つひとつについて、1日おきに、3回にわたって思い出してもらいます。
その結果、実際のエピソードを思い出した人数の割合は90%を超え、思い出すことを繰り返すことによって、その割合はわずかながら増えていきました。
一方、実際には体験していない偽りのエピソードを思い出した人については、1回目は誰もいませんでしたが、2回目、3回目と繰り返し思い出しているうちに、その割合が増え、最終的には40%もの人が偽りの記憶を思い出してしまったのです。
この実験の結果からもわかるように、人は、たとえ実際には起こっていない出来事であっても、条件さえ整えば比較的簡単に偽りの記憶を形成してしまうものなのです。
この『偽りの記憶』については、犯罪を目撃した人の証言の信憑性を争う場合などによく引き合いに出されます。
目撃者の証言は、犯罪を目撃した直後の証言と時間が経ってからの証言とが食い違う場合が多々あります。
これは、時間が経つにつれて、メディアなどからの情報や取り調べの警察官の話などから自分の記憶がどんどん書き換えられていくからだと思われます。
アドラーは、
「人間は、この世界を純粋に経験することはできず、必ず自分の価値に応じた意味づけを通してしか経験できない」
と述べています。
つまり、人は、自分の記憶さえも自分の価値観に合うように経験しているのです。
先の実験の例で言えば、偽りのエピソードを教えられた被験者がその記憶を思い出すことが周囲の人たちの期待に応えることになるという価値観を持っている人なら、偽りのエピソードを簡単に実体験として思い出すことになるでしょう。
これは成功体験や失敗体験にも言えることです。
例えば、ものごとが上手くいかずに、自分は何をやってもいつも失敗すると思っている人は、どんな経験をしてもそれを失敗に結びつけてしまいます。
そして、上手くいっていたことさえも、自分では気づかないうちにいつの間にか失敗した経験として『偽りの記憶』に書き換えてしまうのです。
それが、どんどん自らの失敗した記憶を強化することになり、やがて自分は絶対に成功しないと考える脳を作り上げていきます。
それに対して、何ごとも必ずうまくいくと信じて前向きに行動する人は、自分の経験を成功体験へと結び付けていきます。
そして、たとえ自分が失敗した経験であっても、いつの間にかそれを成功した経験として『偽りの記憶』に書き換えてしまうのです。
それが、どんどん自らの成功した記憶を強化することになり、やがて自分は必ず成功すると考える脳を作り上げていきます。
つまり、人間にとって重要なことは、経験したこと自体ではなく、人が自分の経験に対してどのような意味を与えているかなのです。
もしもあなたが何をやっても上手くいかないと普段から嘆いているのだとしたら、自分が失敗したと思っている記憶は本当に正しい記憶でしょうか?
ひょっとすると、それは、あなた自身があなたの価値に合うように書き換えた『偽りの記憶』かもしれません。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
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