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心理コンサルタントの白瀧です。
さて、前回の記事の続きです。
前回の記事では、不作法な人の例として、22歳の夜尿症に悩む女性について書きました。
彼女は、家に引きこもり気味でしたが、家庭の事情がそれを許さず、働きに出ることになりました。
ところが、働き始めて二日目に、以前からの病気である夜尿症が再発したのでした。
恐らく、住み込みの仕事か何かだったのでしょう。
そのために、仕事場の人たちは激昂し、彼女を解雇してしまいました。
この病気の本当の意味を知らなかった母親は、娘を激しく非難しました。
そして、彼女は、自殺を試み、入院することになりました。
そこで、母親はひどく絶望して、二度と娘のそばを離れない、と誓ったのです。
それゆえ、夜尿症、夜と孤独に対する恐れ、自殺の試みという三つの現象は、すべて、同じ目標に向けられていたのです。
それらは、言わば次のように語りかけているのです。
「私は、母親のそばにいなければならない」
あるいは、
「母親は、絶えず私に注意を向けていなければならない」
と。
不作法さという虚栄心
そういうわけで、不作法さというものは、根の深い意味をもっているのであり、私たちは、一方において、それによって人を判断することができる、ということ、そして、他方において、そのような性質が除去され得るのは、その人を全体的に理解したときだけである、ということを認識することができるのです。
私たちは、子どもの不作法さというものが、大抵、次のことを目標にしていることが分かります。
つまり、周囲の人たちの注意を自分に向けること、特別の役割を演じること、そして、大人たちに彼(女)らの弱さと無能力さを示すことです。
お客が訪問したときなどに際して、目立つ、そして、大抵、不愉快な仕方でお客の目を引こうとするような、しげく見られる不作法も同じ意味において理解することができます。
普段は、非常に行儀のよい子どもが、お客が部屋に入って来るや否や、まるで何かに憑りつかれでもしたかのように不作法に振る舞う場合があります。
そのような場合、その子どもは、何かの役割を演じようとしているのであり、自分の目的が、何か彼(女)にとって満足のいくような形で達成されない限り、自分の試みを止めることはないでしょう。
そのような子どもは、大人になると、そうした不作法さの助けを借りて、社会一般の諸要求から身をそらしたり、それらの邪魔をしようとしたりする、という性質を必ず身につけるようになるのです。
これらの現象の背後に隠れているのは、支配欲と虚栄心なのですが、それらは非常に風変わりな形で現れてくるので、しばしば、それと分からないままなのです。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
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