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心理コンサルタントのしらたきです。
さて、今日は、かなり以前の記事になりますが、女性の子育てに関する記事の続きを書きたいと思います。
前々回記事『女性の子育てについて思うこと』は、→コチラ
前回記事『女性の子育てについて思うこと その2』は、→コチラ
今回のテーマは、女性が持っているとされる『母性本能』についてです。
女性は、生まれつき子どもを産み育てることに無条件の喜びを感じる、
あるいは、女性は、どんな場合でも自分の子どもを無条件に愛し、
子どものためなら自分を犠牲にするのも厭わない。
これが女性の本質であり、これを『母性本能』とか『母性愛』などと表現されます。
最近でも、「母性本能をくすぐる男性の仕草」などというタイトルがネットや雑誌などでよく目にすることがあります。
では、この『母性本能』、果たして女性は生まれつきこのような本能を持っているのでしょうか?
最近の進化論、あるいは、生物学の見地から言えば、このような『母性本能は幻想に過ぎない』、というのが一般的な考え方です。
もちろん、それは、女性には子どもに対する愛情がない、ということを意味しているのではありません。
女性は、母親として子孫を残すための母親の利益に応じた愛情を持っている、ということなのです。
それは、現代の社会においても、生まれる前に一方の性別を極端に望む母親がいることや、
生まれた後も性別や生まれた順序などによって母親の愛情が微妙に異なることからも窺い知れます。
要するに、母親の子どもへの愛情は、どんな子どもも無条件に愛するというような普遍的なものではなく、母親を取り巻く文化や母親が育ってきた環境などに大きく左右される、ということなのです。
そもそもこの『母性本能』という考え方は、女性の慈悲深い愛情を称えて言われるようになったのでは決してありません。
むしろその逆で、女性を蔑視し差別するために言われるようになったものなのです。
かつての進化論の考え方では、女性は、男性のように優れた能力を持つように進化しなかった、
つまり、女性は進化が途中で止まった生き物であり、
そのために、男性のような優れた能力を持つことが出来なかった存在だとされていました。
それゆえ、女性は、男性に比べて能力が劣る生き物だとされていたのです。
だからこそ女性には、子どもを産み育てることに無条件の喜びを感じ、
どんな場合でも子どもを無条件に愛する『母性本能』が備わっているのだ、とされたのです。
要するに、女性は、男性のように優れた能力がない劣った存在であり、
もともと子育てをすることしか能がなく、
そのために『母性本能』が備わっているのだ、とされていたのです。
つまり、『母性本能』とは、女性に子育てを押し付けるためだけの男性にとって都合のいい詭弁であったと言えるのです。
しかし、女性は、未だにこの『母性本能という幻想』に翻弄されています。
現代でも、女性自ら「母性本能がくすぐられる」と口にするなど、
この『母性本能』というありもしない幻想を持っていることに心地よさを感じている女性もいれば、
自分の子どもへの愛情に疑問を感じ、この『母性本能という幻想』に苦しめられている女性もいます。
こうして考えてみると、女性は、いつの時代も、女性蔑視や差別という狭間で、子育てという過酷な責務を負わされている存在だと言えるのです。
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