地産地消って誰が言い出した?
農林水産省は6日、野菜の豊作に伴う値崩れを防ぐために1972年から実施してきた「産地廃棄」を見直すため、第三者でつくる検討委員会を設立する方針を明らかにした。新鮮な白菜やキャベツなどをトラクターでつぶして畑の肥料にする廃棄処分の実態に対し、消費者から「もったいない」「教育に悪い」との声が高まっているためだ。産地廃棄は緊急需給調整策の一つで、キャベツ、大根、白菜など6品目が対象となる。卸売価格が過去9年間の市場平均価格の7割以下に下がると、出荷を見送るように要請し、生産コストの一部を補てんする。
・・・・そもそも根本的な原因は何なのか未だに農水省は発表しない。とても『豊作』が原因とは思えないのだ。温暖だったから、たまたま豊作だった!ずっと前から温暖化により気象が異常が変化している事くらい私でも知っている。そして、以前にも書いたが、物の価格は需要と供給のバランスで決められると言う事は中学生でも知っていることだ。
わたしの知っている言葉に『地産地消』 (ウィキペディアより)がある。簡単にいえば、地元で出来たものは地元で消費しようということだ。「これよりも身土不二(地元の食品を食べると健康によい)の方が好きだ)」実は、これ農林水産省生活改善課(当時)が1981年から4ヶ年計画で実施した「地域内食生活向上対策事業」から生じたものだ。耳障りのいい言葉だが、グルメな言葉くらいにしか一般認識はないのではなかろうか。国はこんなことも言いながら、ある部分ではグローバルな市場開放を行っている。(どういうことだ!)そして、生産ペースと輸入される野菜の量を足してみればとてもニッポンの人口では食べきれない量になると思うのだ。
また、運賃代や梱包材をペイしないから、このような事態の場合「廃棄」とは片腹痛い。そして、今回の補助金5億円は自己廃棄者(自分で野菜を処分をした人が対象であり、無料であげたりするのは対象にならないらしい)のみということでとてもツライことである。農家は一体何の為に、何を作っているのやら。こうなっては、既に収穫された形のままでは売れる訳がなく、付加価値をつけられる加工品しかない!
朝日新聞によれば、農水大臣は国民からアイデアを募集すると書いてあったが、アホか!
国の政策に虐げられている国民に、これまた無料奉仕をせよ!とはどういう神経をしているのやら。頭脳明晰なエリート官僚は、何の為に一般市民より選ばれているのか?作った野菜を廃棄するのは、子供教育上よくないとクレームが入っているそうだが、私は、今の政治家の行いの方が、もっと教育上悪いと思っているのだが、比較にならないか・・・。
いずれにせよ国政による需要と供給のバランス、農家は作った責任は自分で持つ、消費者は少々高くても国産品に購入するなどの意識改革なくしては成り立たないことだ。
団塊の世代を対象に『田舎暮らしの提案や新規就農者』の募集をしている国や自治体の実態があるが、作っても売れないj状況にも関わらずなぜ募集をするのだろうか?誘致の活動は税金である、そのまた廃棄も税金であることをお忘れになるな。
『守・破・離』
私が剣道を習いはじめたのは8歳の頃。
剣道では面を被る前に、面を固定したり汗止めの役目をする『手ぬぐい』を頭に巻きます。この手拭いには道場開設者の剣を志す理念というものが書かれています。他の道場もいろいろと心に残る文字があったのですが、私の高校の頃の手拭いの文字はというと、
『守・破・離』(シュ・ハ・リ)
どこかで見たり聴いたりする事はあると思いますが、私はこの文字を3年間頭に巻いていました。
これは能楽を確立した世阿弥の教えと聞きました。ニッポンには様々な『道』がありますが、物事を学び始めてから習得し、独立までの段階を表すそうです。芸術や武道の道だけではなく、これは一般にも十分通用する言葉だと思いますので、今回取り上げてみました。
『守』最初の段階では、指導者の教えを守っていきます。
できるだけ多くの話を聞き、指導者の行動を見習って、指導者の価値観をも自分のものにしていきます。 学ぶ人は、すべてを習得できたと感じるまでは、指導者の指導の通りの行動をします。
『破』次の段階では、指導者の教えを守るだけではなく破る行為をしてみます。 自分独自に工夫して、指導者の教えになかった方法を試してみます。
『離』最後の段階では、指導者のもとから離れて、自分自身で学んだ内容を発展させていきます。
あらゆる『道』に限らず、習得~独立というのは身近にあります。当然ながら、最初の『守』を卒業できなければ、次はないのです。最近のニッポン人を見ると、『守』を完結せず、途中から『破』へ勝手に移り、ここで自分なりに悟ってしまうケースが多いと思います。多くは『破』を『離』と勘違いをしているんですね。
人にはそれぞれの道を極めた師につき教えを乞います。師なくして、その道を成就することは難しいのです。今の時代、師(親、先生、目上の人)をないがしろにし、人間関係の縦横の関係は薄れ、なくなりつつあります。師のレベルが低くなったといわれる事もありますが、師事すべき師はいたるところに存在しています。自分の気持ち次第でその師は側にいるようです。与えられた師だけが師ではない。師とは徳を積んだ人ばかりでなく、技量が高い人だけでもありません。また、経済的に余裕のある方でもないのです。思ったより身近にいるのかもしれません。自分を成長させる要素に『師』がいる、いないでは大変差が出てくると思います。
その道を会得しようとなると、その技量や能力以前に礼儀というのを教わります。(教わるものではなく、自分で身につけなければならないもの)国語を習う前にひらがな、カタカナを覚えることと一緒で、礼儀やその修行をする内容に敬愛がなければ修行や修得する意味すらない訳です。時間厳守、稽古への準備、使用する、させてもらうものを大切に扱い、整理整頓を行うことは最低限の事であり、これを守らない場合は道場の中にすら入れてもらえません。年齢が高くなるにつれ、与えられる目標は高くなり自己管理と目標のほかに、後輩の指導と管理が入っていきます。そうすると修行は、本来『個』の成就にもかかわらず、『集団』の成就という形に変わっていきます。しかしこの流れも、修行の一つの形であり、最終的には『個』としての成就である、と思います。
私の愛読するブログoumiclinic様が『滅び逝く日本のこころ』 と題されて連載エッセイを書かれていますが、よく『道』について取り上げられますので、どうしても剣道をしていた頃を思い出してしまいます。思い出しても、当時より身に着けたものはそうそう忘れる事はありません、長い間受けた教えというのは自然に表に出ています。8歳より剣道の教えをいただいた恩師から、大学の恩師まではそれぞれ縦系の人間関係もありましたので、基本的な方針が似ていたことも幸いし、自分の基本が形成されたと思っています。
それぞれ、どなた様にも「道」はありましょうがプラスになることばかりでありマイナスと私は思っています。もし、お子様などがいらっしゃるのであれば何かの道で人生の修行をされるのもよろしいかと思います。家庭内での躾とはまた違います。また、年齢問わず『道』へはどなたでも飛び入り参加はできますので、門をくぐってみられるのもよいのではないでしょうか?
最近、嫁と話しているのが、もう少し時間ができたら一緒に『華道』を習いに行こうという目標を立てています。
温暖化が奪っていくもの【生きるサイクル】
急に暖かくなってきました。
寒い冬に暖かくなるということは、とってもありがたいことですが怖くないですか。
私が良くお訪ねする、ultraman1959様大変な本に出会いました やみなみ様不都合な真実 はアメリカの元副大統領アル・ゴア氏の『知られざる真実』を記事と取り上げられていました。またカンペーさんポイントオブノーリターン は、もっとせっぱつまっている地球人に対し「地球温暖化」のタイトル変更の提言をされています。
単なる気候の変化ではなく、気候は狂ってしまったのだ!というのは本当かもしれません。
先日、新聞に載っていたのですが、地域の特産品にも今度影響がでてくるそうです。温度上昇により『リンゴ』が白くなる!温度変化により色づきがなくなるそうです。そして、同じ品種のリンゴが、他の地方でも栽培できるようになるということです。そうすると、従来の地域では栽培ができないかもしれません。これは他の農産物にしてもあてはまります。また海産物の産地もあります。温暖化により海の生態系が変わり、今、捕れる魚介類も捕れなくなるかもしれません。地域の特産物とは、その地域の地形や場所、季節があるからこそ特色があります。
まさに『授かり物』だと思うのです。
この授かり物さえ、私たちから奪っていくのです。ご承知の通り、原因は人間にあります。
旨いものが食べれる食べれないという問題ではなく、それを主業にしてきた方たちや職人の方からも奪っていきます。私たちの欲は果てしなく大きく、今後も止む事を知らなさそうです。あまりにも大きな財産の消失であると思います。
私は花を見るのがとても好きなのですが、今年の桜はいつ咲くのだろう?5年後、この桜はいつ頃咲いているのだろうと思うと、不安になります。植物のサイクルが変わるように私たちの生活もサイクルが変わっていくのだろうと思ってしまうのです。
昨今の教育の問題にしてもそうですが、大人の道徳観は瀕死の状態です。地球の環境問題に個々の大人を参加させ、意識付け、実行に取り組ませることが、しいては子供への良い教育につながると思うのですが。(具体論は聞かないでください)
一杯の麦飯と
疲れたな~と思うときは外側も内側も体がまいっている。
今日は、昨日からそんな日だった。
でも、飯は喰わなけりゃいけない。
こんな時スタミナをつける、肉類や油類はキツイ!
歳をとりすぎたとは思わないが、体が欲するものがある。
いつも、そう思ったときに食べるのが、
茶碗一杯の麦飯にとろろ(山芋)をかけて
『ガー!!!』と食べる。
そして、ご飯の残りに味噌汁をブっかけて、サラサラと流し込む。
お下品な食べ方だが、胃に負担を感じず、
夜は早く床につけば翌日は体も軽く壮快だ!
私は疲れたときには、ど~も土から養って育ったものが欲しくなる。
土へ帰れという事か?なるほど昔から泥遊びは無性に好きだった。
疲れたときには、こんな飯はいかがですか?
世界の車窓の内側から #11
たった7分の片道電車だけど、 満員電車なんかに乗りたくはないけど前向きに電車の中で楽しもうと努力した。
受験シーズンなのでしょうか?
車内で参考書を読んでいたり勉強している
学生たちをよく見かけます。
中学生男子か?
なんの参考書を読んでいるんだ?
『音読、耳で覚える英単語』・・?
・・・・
・・・・
ガタンゴットン♪
ガタンゴットン♪
まずは、国語からやり直しだな!
と、おじさんは思うよ!( ̄ー ̄)
学生の皆さん、今やれる事は、
今のうちにやっておきましょう。
勉強する意味・・・・・・・・・・・?
そんな質問は10年早い!
誰に向かって口を利いている!
やってみてから質問をせよ。
※カメラは使用しません、手鏡も使用しません
もしも~し?
厚労相問題、世論の風向き判断=愛知、北九州両選挙を注視-与野党
柳沢伯夫厚生労働相の問題で自民党内は1日、自発的辞任による事態収拾を求める動きは沈静化に向かった。安倍晋三首相が「反省の上に職務を全うしてもらう」との方針を明確にした以上、尊重せざるを得ないとの判断だ。ただ、辞任論がくすぶる自民、罷免を求め審議拒否を続ける野党ともに、世論の風向きが読めないのが実情。各党とも与野党が対決する4日投開票の愛知県知事選、北九州市長選の結果を注視している。
・・・以上時事通信社より引用。
国会議員の数はニッポンで何人いるのだろうか?
その耳は幾つついているのか?
その耳は正常なのだろうか?
そしてマスコミさんたちは、一市民である。
自分たちの声をインタビューしながら、投げつけないのか?
風向き?
は、当然『国会議員に対して逆風』である。これが世論ではないのだろうか?
選挙でそれがわかったとして、厚生大臣の辞任か?首相の辞任か?
北九州の選挙では安倍首相の奥さん“アッキー”も応援にきている。
これで自民が落選したら、夫婦で官邸を撤収ではなかろうか?
そして・・・
自民党は1日、安倍晋三首相のキャラクターグッズの販売を始めた。「52歳の首相の若さをイメージしたい」と青色を基調にしたが、どれもきまじめな表情やポーズで、やや地味な印象。陰る人気をばん回するには、インパクトに欠ける仕上がりとなった。
本気でやってるの?
日本語では、これを「さかなでする」っていうんじゃないの?
何かがきれいになるだろう
※これは商用ではありません。
嫁が、
これ欲しいちゃけど・・・
何それ?
『洗剤リング』
ほう?!
洗剤や柔軟仕上剤はいらんし、水道代も浮くらしいし、水道管もきれいになるし、環境もいいとよ!節約にもなるし・・・。
そんな舌咬みそうなセリフどこで聞いてきたとよ!
テレビ通販でやっとった!
あ~た、ダンナが通信販売しとるって知っとろ~が・・・・・
・・・・・・・・
ちょっと待って、ネットで見てみる
リングの中には組織水というものが入っていて組織水の技術は化学反応ではなく物理工程であり量子物理学を利用している。基本分子が原子レベルで量子物理的に構成され、水分子の独特の構成組織のために電気振動共鳴性が発生し、その性質を利用したのが組織水技術です・・・・・。
・・・・・・・・・・・・ぜんぜんわからん
けど環境には悪くなさそうやね
昨年の、なにわのおっさん様の「誰にでも出来る、そして、誰でもするべき、「自然界への配慮」 」という記事や、ultraman1959様の「大変な本に出会いました 」の記事が頭に残っていて普段の生活でも自然に何かができればと思っていた。あの日以来我が家の台所洗剤は10分の1位に薄められている。(泡があんまり立たんのですよ)
という訳で、先週の日曜日に頼んでおいたものが本日届きました。
初日の洗濯の結果は、いつもとあまりかわらないらしく、まずまずだ。
直径10センチ位のリングで、振ってみると中でチャプチャプと液体の音がする。
ちなみに「これはランドリークリーンリング」というものだ。もし詳しく知っている方がいらっしゃれれば教えて欲しい。
やってることが間違いでなければよいのだが、少しは貢献しているだろうか?
頑張っちょくれ! 中標津!
早いもので今年も1ヶ月が終わりました。
「牛乳からお酒だって?」。北海道根室管内中標津町の酒屋「なかはら」=中原千歳社長(62)、0153・72・3116=が地元産牛乳を使った発泡酒を発案、網走市の地ビール会社「網走ビール」が開発に成功し、2月1日から発売する。見た目は透明度が高く、味は発泡酒そのもので後味に風味がある。商品名は「ビルク」。フルーティーで女性好みの新感覚発泡酒として期待されている。誕生のきっかけは、生産過剰で生乳を大量に破棄した昨年3月の悪夢。基幹産業が酪農の同町としては、消費拡大を図る必要に迫られていた。「牛乳でビールが造れないか」。店長の長男一治さん(33)が、以前から懇意にしていた網走ビールに相談した。
・・・先のエチゼンクラゲの開発といい私にとっては明るいニュースだ。逆境を好転させる知恵をもっているのも人間の証である。そしてニッポン人の証であって欲しい。出来上がったばかりなので、お味のほどはわからないが、九州で販売されれば私は買うぞ。牛乳はもともと澱粉質が少ない事から醗酵が難しいといわれたらしいが、「あきらめない」精神が実ったようだ。ミルキーでフルーティーであれば、国内だけでなく欧米でもぜひ活躍してもらいたいものだ。明るいニュースがなかった北海道だけに本当に嬉しい。アルコール飲料だけに消費者はまだまだ限られるが、この『ビルク』を使って様々な商品開発をして欲しいものだ。
個人的にはナイトキャップにはよいのではなかろうか?ぐっすり眠れそうだ。
開発の原点は・・・牛乳の消費低迷を聞いた、中原一治さん(33)の母、秀子さん(63)が「牛乳でお酒ができないのかしら」と話したことがヒントになり誕生した。
『私のプログラムミスでした』・・・・安倍晋三
厚生大臣の軽率・な言葉よりまたも世の中が大混乱である。防衛相などは昔話をやっちゃった!などと言い訳をしているようだがアメリカは未だにブチ切れ状態。ただ座っているお飾り首相も、止まらない大臣たちの口には戸を立てることもできないし、ましてや首に鈴をかけれるご様子でない。これが与党の代表か?一国の総理か?おまけに耐震偽装問題では尻に火どころの状況ではなくなった。四面楚歌とはこのことだ。
女性の方やこの発言を聞いた国民は至極最もな思いと発言である。ウチの嫁もご立腹で『わたしゃあ、不良品たいねえ!不良品なら税金も納めることなかろうもんねえ、●●(私の事)も役立たずゲナ、あ~生活が楽になる!』(おいおい!都合の良いことを考えるな!)
しかしこの発言は、政治家や官僚、地方公務員の幹部の方々の意識を象徴するように思えた。国民は出産マシーンであり、集金マシーンである。いわゆる私たちはマシン(機械)であるから、将来への人口推測や税収、出産率などあんな楽観的な数字をだせるわけだ。生身の人間として多少の幅を見込めば、そんなお粗末な将来予測などできないだろう。
私は、今回の発言は元々腹に思っていただけに、単なる言い間違いの失言だと思っている。思っていないことがポンポン口から勝手に出るわけはない、さらに発言した後もそれに気付かないなどとは思考プログラムのバグだというのか?
私たちは思考や理性と言葉と感情を持つ知的な生命体であると思っていたのだが、いよいよロボット軍団化されようとしているのだな。そういうことだったら政治家や公務員のプログムづくりからはじめなきゃ!
そうそう、衆院本会議で各党代表質問があっていたが。
まるで自民党の痴話げんかで目くそ鼻くそのレベルじゃないか?
確かに台本のある茶番だからロボットにもできるわな!
皆様、お陰さまで!
私事ですが、お陰様で嫁いえケンママも回復し、
今朝からはりきって弁当を作っております。
なにわのおっさん様、t-tsuru様、ultraman1959様、
oumiclinic様、kntpo様、mathe様、カンペー様、
みなみ様、猪狩屋泰蔵様、ありがとうございました。
過分なお褒めのお言葉、嫁いやケンママのうわ言へのご賛同重ねてお礼申し上げます。
ということで、私が好きでよく使う言葉に『お陰様で』というのがあります。
仕事でもプライベートでも、家族の間でも良く使います。なぜ?多く使うようになったかは覚えていませんが、事業部の立ち上げなどを多くやってきたせいか多くの方に助けられてきたからだろうと思います。初めての事や新しい事をやるとぶつかってばかりなので、いろんな人に聞き、学ぶ事が多く、心細さが満たされた時の感謝の言葉だったと思います。世知辛い世の中にあるにもかかわらず人の温かさを教えてもらった時です。
中にはその人のお陰でなくてもこの言葉を使いますが、この言葉をかけられて悪い気はしないと思います。重すぎず軽すぎず心地よいトーン♪私もこの言葉をかけられると、次も何か協力しようかなあと思ってしまうからです。自分一人では何も出来ないから出てくる感謝の言葉、こんな言葉が世の中に蔓延したらいいですね。
さらに「どういたしまして」という組み合わせは抜群に好きで、この「どういたしまして」を言える人は本当に最近見かけなくなった。ともすると『お陰様で』が『ど~も』の一言で済ます人も多くなった。相手により、またその内容により言葉の選択があると思うのですが、流行り言葉とは分けて使いたいものです。
このような分野は薀蓄がなくすみません。
まだまだ自分の言葉になっていないとことでしょう。
もっとさりげなく言えたらなあと思っています。
芸能ネタで追伸です。嫁が
「たぶんマッチとアキナは“あの人は今!”という番組に出るのはプライドが許さんケン、小刻みにテレビ出とるとよ!」
と、いう深読みをしておりますがいかがでしょうか。
お陰様で家族皆な元気になりました。m(_ _ )m